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土岐市・多治見市における重水素核融合実験のトリチウムと中性子

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 土岐市・多治見市における重水素核融合実験のトリチウムと中性子

 中津川市の我家から名古屋方面に国道19号を30キロほど行くと、土岐市があって、向こう隣が多治見市である。
 いずれも奈良時代あたりから窯業が盛んになり、陶磁器生産量も日本一、住民の気質は地場中小零細窯業の苛酷さを反映してか保守的な傾向が強く、あまり人に優しい印象を受けない。

 この町の私の印象は、「我慢の町」である。
 日本一の暑さも我慢、窯業という過酷な重労働も、ひたすら我慢、円高による陶磁器輸出不振の苦しみも我慢で堪え忍び、生きてゆくためには我慢に次ぐ我慢という気質があるように思える。
 
 ここに、1997年、名古屋大学プラズマ研究所と、京大・広島大の核融合研が合同し、核融合科学研究所として土岐市下石地区に移転してきた。

 なんで土岐市かといえば、ここには高品位のウラン鉱が発見され、かつては採掘精錬施設もあって、住民が放射能に馴染んでいるだろうとの勝手な思いこみが権力側にあったからだろう。

 核融合技術というのは、かつて、「バラ色の未来を開く人類最先端の技術」などと、幼児がウルトラマンの仮面を被って、その気になってしまったような幼稚な興奮をもって語られた。

 しかし、50年にわたる研究活動は失敗に次ぐ失敗、次々に予想外の問題が明らかになり、カネや時間をかけた割に、ろくな技術的進展もなく、もんじゅや六ヶ所村再処理工場同様、無用の長物、何一つ生み出さない、お荷物プラントで知られている。

 私の表現に文句があれば、関係者は50年にわたる核融合研究で得られたものを示してみよ!
 莫大な税金を投入したあげく、ほとんど技術的成果もなく、トリチウムによる環境汚染など、ろくでもない結果ばかりだ。
 これまでの放出トリチウムで、どれだけの白血病患者やダウン症児が誕生し、悲劇を招き続けたことか。いつまでも隠蔽できると思うな。

 最先端エネルギー開発なんてエラそうな能書きをたれてるが、本当は核融合エネルギー開発なんて、人の能力のはるか雲の上、彼方のUFO級高級技術であって、強欲を競い合って戦争殺戮ばかりに没頭する愚かな人類の手に届くような代物ではない。
 もし、この技術が実現するとすれば、それは地球から戦争が追放されたとき以降の話である。

 今の稚拙なレベルの人類にできることといえば、皆殺し兵器、水爆を作って大量殺戮し、環境を取り返しのつかないほど汚染し、人類滅亡に貢献することくらいだろう。

 仮に核融合炉発電に成功したとしても、原発の数千倍ともいわれる巨大事故の恐怖、得られるメリットの数万倍の健康被害などデメリットと、手のつけられないほどのエネルギー浪費を引き起こすことは、すでに明らかである。

 未来を冷静に見渡して、子供たちの素晴らしい未来のための本当に必要なインフラ整備を考えている人たちから見れば、まるで、怪我や病気の苦悩、苦痛を何一つ経験したことのない、幼児の妄想お遊びにすぎないのである。

 我々の本当に必要とする技術は、他国に競合して「一番優れてる」と威張りたいだけの軽薄な優越主義、他人からの誉め言葉だけを追い求める愚か者の救いがたいナルシズムとしてのリニア新幹線や核開発プラントではない。

 それは、子供たちの未来に安全と幸福をもたらすものでなければならず、例えば、安全な歩道、自転車専用道であり、遺伝子を絶対に傷つけない農業的成果であり、利他思想に導かれる共同体生活の技術である。

 決していじめや人間疎外の生まれない、みんなが笑顔を共有できる社会であり、弱者を切り捨てない社会であり、差別の悲しみを思い知らされない社会である。
 みんなが助け合って、生活を楽しむためのインフラである。

 だが、もんじゅ、六ヶ所村再処理場とならんで、核融合と称する税金ドブ捨て、「お遊びプラント」を生かし続けている自民党政権の本当の腹づもりは、どうみても軍事技術=水爆製造への希望しかありえない。

 見栄と体面、金儲けだけを唯一の価値と信じて渡り歩く馬鹿丸出しの国家主義者が、「国の体面」とやらの妄想から、水爆を保有することで、国際的地位を高めるなんて下劣な自己満足を求めて生かされているだけのことだ。

 子供の頃から「競争に勝って誉められる」という洗脳教育を受け続けて、他人より優れることだけが人生の唯一の目的であるかのように信仰してしまった、お粗末極まりない人間性の連中が、子供たちの未来も、技術成立後の後先の問題も一切考えず、ただ「作って誉められたい」一心で、環境への影響や、未来への負担を一切考慮せずに、妄想に突き動かされて作り出してしまったウソで固めた虚構が、この核プラントの正体である。

 当初、クリーンエネルギーなんて、ほざいていた核融合は、膨大なトリチウムを発生し、それが人類はおろか、地球生物の未来まで完全破壊しかねないことが分かってきた。

 かつて行われた水爆実験や原子炉や再処理場が莫大なトリチウムを放出し、人類全体にガンや白血病、知的障害などの遺伝病を作り出してきたことが明らかになってきた。

 エネルギーが極度に弱いため、測定さえ困難なトリチウムのベータ線は、核関係者の素朴な期待に応える無害クリーンな放射線どころか、有機化して体内に取り込まれると、深刻な遺伝子破壊を引き起こす悪魔の電子線であることが分かってきた。

 トリチウムは、水と分離することが不可能であり、エントロピーの法則に従って、地球上で拡散し平均化する。
 どんなに汚染されない水を選ぼうとしても絶対不可能である。環境に放出されたトリチウムは100%、「地球の水」となり、我々の肉体に侵入してくるのだ。

 トリチウム水が体内に入ると、たちまち全身に均等に分布し、遺伝子の構成元素となる。
 これが数年もすれば、核崩壊してヘリウムに変わってしまうのだから、遺伝子などバラバラに壊れてしまう。人体に取り込まれたトリチウムの量が増えるにしたがって、遺伝子は壊滅的ダメージを受け、白血病やダウン症などの遺伝障害を引き起こすことが明らかにされた。

 例えば、トリチウムの放出量が桁違いに多い施設、フランスのラアーグ核燃再処理工場、イギリスのセラフィールド再処理工場、重水素を多用するCUNDI型原子炉として知られるカナダ、ピッカリング原発、そして日本の六ヶ所村再処理工場、さらに玄海原発なども、トリチウム放出施設として知られるが、このすべての施設で、周辺住民に恐ろしい被害をもたらしている。

 ラアーグ・セラフィールドともに、周辺に居住する子供たちの白血病発症率が、トリチウムの少ない地域と比べて数十倍になっている。
 ピッカリング原発では、稼働後、周辺地域でダウン症が80%増加したことをグリーンピースが明らかにした。

 玄海原発の周辺では白血病発症率が10倍になっている。失敗続きでほとんど稼働していない六ヶ所村再処理工場でさえ、わずかな稼働期間の後、青森県の白血病発症率が激増している。

http://www.windfarm.co.jp/blog/blog_kaze/post-4139

 【土岐核融合研による重水素実験】

 この核融合研究所は、数十年前から「重水素実験」の準備を進め、被曝の恐ろしさに無知蒙昧で、目先の発展だけに目を奪われ、住民の健康被害に一切目を向けようとしない、多治見市や土岐市の市長ら関係者を騙すことに成功し、今年、2016年度から、いよいよ実現することになった。

 重水素実験とは、核融合炉の基礎技術として、1億度にのぼるプラズマで重水素が、どのような反応を示すか調べる実験と称している。

 これは当初、1998年の計画では、一回10秒間の重水素プラズマ放射実験を年間、数千回も行うというものだった。
 このとき、わずか10秒間に発生する中性子の量は50万シーベルトであって、1000兆ベクレルを超えるトリチウムを発生させるという。

 なぜ中性子が発生するかといえば、プラズマに重水素が入ると核融合反応が起きるからである。これを持続させれば核融合炉ということになるが、半世紀以上の実験を経ても、持続的核融合炉は世界中の誰も成功していない。
 
 だが、莫大な中性子は生成される。
 人間一人の100%致死線量は7シーベルトであり、この10秒間の中性子量は7万人分の致死量にあたる。トリチウムの量も原子力発電所なみであった。

 これに対し、槌田敦氏や小柴昌俊氏などの良心的学者から強い疑念が表明され、大きな反対運動の盛り上がりになったことで、融合研側は、あわてて実験計画の縮小を発表した。
 しかし、その説明が、まったく子供だましのウソに満ちていて、反対派の強い怒りをかった。

 核融合研の公表試料やパンフレットは虚偽に満ちている。
 
 http://www.nifs.ac.jp/~j_plan_001.html

 パンフレットには一回3秒の実験で、1億ベクレルのトリチウムが発生し、大半を回収すると書かれているが、3秒の実験を一日何回、年間何回やるのかについては、どこにも書かれていない。

 これでは、パンフレットを見た読者は、3秒、1億ベクレルのトリチウムで、すべて終わりと勘違いしてしまう。
 それどころか、当初、核融合研側は、この実験ではトリチウムは使わないと説明してきたが、これが真っ赤なウソであった。
 市民団体側からの指摘で、渋々自白したのである。

 実際には、3秒の実験は、他の資料によれば一日30回、週4回であり、年間555億ベクレルのトリチウム放出を予定しているのである。
 日あたり30億ベクレルのトリチウム取り扱いは、研究所側の説明による放射線管理法にさえ抵触しない微量どころか、明確に法的規制対象を意味するものである。

 年間の稼働日数によっては、さらに一桁以上大きくなる可能性もあり、これは通常の加圧水型原子炉の放出量と同じレベルである。
 しかも、トリチウムの95%を回収すると説明しているが、そんな技術は、今のところ、世界中のどこにも実現しておらず、口先だけのごまかしにすぎない。

 【恐怖の中性子】

 中性子の放出量も、当初の一回あたり、50万シーベルトから減るとはいうが、一日、30回も14MeVという超高エネルギーで、10万シーベルト以上の中性子が環境に放出されるのである。

 中性子は放射線のなかで、もっとも恐ろしい線質で、ガンマ線の20倍の生体細胞破壊効果があるとされる。
 人体に当たると体内に放射能を作ってしまい、内部被曝を引き起こす。
 東海村JCO臨界事故のとき、10キロ以上離れた地点の家屋内から、中性子の痕跡であるナトリウム24が発見されているので、飛距離も数十キロを考える必要がある。

 一般に中性子の飛距離は数百メートルと説明されているが、実際には数十キロの飛程もありうることが証明されたのは、JCO事故が初めてであった。これは確率の問題なのだ。

 ガンマ線も透過力が強いが、中性子の比ではない。理由は、中性子が電荷を持たないため、電気的干渉(クーロン力)の影響を受けないためである。
 中性子の遮蔽は、唯一、水素原子の衝突、弾性散乱によって行われる。弾性散乱とは、ほぼ同じ質量の原子どうしがぶつかることで、相互にエネルギーを交換し、反対方向に散乱する減衰のメカニズムである。
 陽子一個分の質量の中性子(核子)は、陽子一個だけを持つ水素原子と同じ質量で、この正面衝突によってエネルギーを失うことが遮蔽を意味する原理になる。

 このため、遮蔽には、水や、水を含むコンクリートなどが使われる。
 人体は70%以上が水分であるため、中性子の被曝をまともに受ける。

 かつて、「中性子爆弾」が計画された理由も、中性子が水分の多い生物だけを破壊し、建物などを傷つけないと誤解されたからだが、実際には、人間を殺すほどの中性子放射があると、被曝したすべての物質が放射能に変わってしまい、人間は利用どころか、近づくことさえできなくなることが分かって愚かな妄想は終わった。

 核融合研側は2mのコンクリート壁で1000万分の1まで減衰遮蔽すると主張するが、中性子エネルギーが14MeVと猛烈に強いことと、発生量が膨大であるため、必ず、遮蔽能力を超えて通過する確率が出てくる。

 放出された中性子の、すべてが水素元素と衝突して減衰するわけでなく、一部は、すり抜けて外部に放射されるのである。
 こんなのを一日30回、年間数千回もやられたのでは、周辺住民の健康はたまったものじゃない。

 本当に安全な遮蔽は、おそらく数十億分の1以下に減衰可能な遮蔽能力が必要で、この場合、遮蔽には10m厚以上の水プールで覆うことが必要になるはずだ。
 あまけに、中性子にはスカイシャインという散乱現象が存在し、遮蔽のない天井部分に放射された中性子は、空中の水素原子と弾性散乱を起こし、エネルギーを減衰させて反対側に戻って来るのである。

 つまり、上空に向かった中性子の相当割合が、多治見・土岐市街地に放射されるのである。
 JCO事故の際、数十キロの飛距離が確認された理由は、このスカイシャインによるものではないかと私は考えている。

 この散乱によってエネルギーの弱まった中性子が、また実に厄介な代物で、高速中性子から熱中性子へと変化し、ぶつかった原子に容易に潜り込んで放射能化してしまう。
 人体・生物への被曝影響が著しく大きい理由は、この熱中性子の核反応=放射化能力にある。

 たとえ一回あたりの被曝量が微々たるものであっても、一日30回、年間数千回も浴び続ければ、必ず健康被害が出てくるであろうことは容易に想像できよう。

 さらに、減衰した中性子が、周辺のあらゆる機器、建物、土壌に潜り込んで、これを放射能化することを忘れてはいけない。
 この実験は、膨大な核廃棄物を作り出すことになるだろう。

 鋭敏なスペクトル測定器を持参して、重水素実験中に施設の外側にいれば、中性子の生成したナトリウム24の1369KeVガンマ線を容易に検出できるはずだ。
 市販の中性子シンチレータにも明瞭に反応するだろう。

 【核融合研の卑劣な体質】

 名大プラズマ研究所が発展的に移転した核融合研は、名大時代の体質を引きずっているのか、あらゆるところでウソをつく傾向がある。

 「実験にトリチウムは使わない」と説明しておきながら、実態はトリチウム実験そのものであったこと。

 パンフレットに、矮小卑劣な誤解を目的にした、説明ばかりが目につくこと。例えば、一日30回もの試験を行うのに、説明を見ると一回だけのような記述になっている。

 実験によって発生するトリチウムを95%除去と、世界の誰も成功していないウソを書いて「だから安心」と誤魔化す。

 一番ひどいのは、住民や地元自治体の説明に、公正中立な安全評価委員の判断に委ねたとの下りで、ここまでくると核融合研が、旧動燃なみの、とんでもないウソつき組織だと分かる。

 核融合研は、「公正・中立な第三者の専門家、市民」から構成されている安全評価委員会で、重水素実験の安全性が確認されたとしている。
 東濃3市もこの委員会の安全確認をよりどころにして同意の方針を打ち出した。

だが、この安全評価委員会の委員16名はその過半数を超える委員が核融合研への理解、協力者であった。
 うち2名は核融合研の運営会議に所属。人選も核融合研が行い、場所も核融合研の建屋で行い、報酬も核融合研が支払っている。

 どこが 「公正・中立」なのか?
 多治見市長は3月19日の一般質問で、この委員会が公正・中立なものと「判断できない」と答弁しながら実験に同意を決定した。

 こんなウソつき体質の核融合研であるから、中性子の遮蔽も、まったく信用できない。
 たとえ1000万分の1以下の遮蔽力であっても、元の中性子が安全量の1000万倍あれば、それは遮蔽ではない。
 私は、スカイシャイン効果による中性子反射被曝が、想像以上に大きい可能性を恐れている。

 【重水素実験(DD実験)】 「東濃核融合科学研究もんだい」から引用

 DD実験とは、5kev程度の温度をもつDプラズマに、250kev程度の高エネルギーの水素(H)ま たは重水素(D)のビームを入射して、Dプラズマの温度を高め(これを熱化という)、これにより核融合を起こさせることを目的としている。

 このDとDとの衝突によるDD核融合反応は次の反応式群で示すように(i)と(ii)の2つの反応から なりたち、トリチウム(T)と中性子(n)を発生する。

(i)   D+D → p +T
(ii)  D+D → 3He+n(2.5Mev)

しかし、この反応はこの段階で止まらず、次の(iii)と(iv)の2つの反応がただちに起こることに なる。

(iii)  D+ T → He + n(14.0 Mev)
(iv)  D+3He → He + p(水素)

この2つの反応は、DとDの反応よりも容易に起こるので、核融合研究では最も重要な研究とされている。

(iii)の反応はDT反応と呼ばれ、トリチウムの使用と同時に、14Mevという超高エネルギーの中性子を発生することになるので、多くの市民運動の 反対にあい、相手方は「トリチウムは使用しない」と約束したのである。

そこで、相手方は (i)、(ii) の反応から直ちに (iii) の反応が生じるDD実験の実施をすることにより、(iii) の反応による実験を実施することを考え出したのである。
 DD実験は実質的にはDT実験と言って良い。DD実験は明らかに「トリチウムは使用しない」という 約束に反する。

 中性子の危険性

1) 重水素実験にあっては、高エネルギー中性子の発生は不可避である。本実験では大量に発生する中性子が遮蔽壁で守られているに過ぎない。遮蔽壁が何らかの理 由で崩壊すれば大量の中性子が外部に放散され被害が生じる。たとえば、LHD内には実験中、装置内には高いエネルギーが存在することになるが、炉に事故が 生じれば、行き場を失ったエネルギーによる爆発、さらには中性子漏れという事故が生じることになる。

2) 本件遮蔽壁は構造上天井部分が薄くならざるを得ず、その薄い部分を経て透過する中性子が漏れることになる。これらの漏れ出た中性子は外気中で反射し、地上 に降り注ぐことになる(スカイシャイン現象)。

3) 中性子は遮蔽壁と外部をつなぐパイプなどを通じて遮壁外部さらには施設外部に漏れ出す危険がある。

4) 本件炉から発生する中性子により炉本体はもちろん、外部装置は放射化し、放射性廃棄物となる。特に、炉で使用されるニオブの放射化が深刻である。こうして 放射化した物質により申請人らに健康被害が生じる危険性もある。

 【現実問題として多治見・土岐市住民は、どのような被害を受ける可能性があるのか?】

 計画の概要を見る限り、有毒有害なトリチウムの生成量は年間500~1000億ベクレルにおよび、ほぼ加圧水型原発による放出量と同程度になる。
 核融合研側の説明にあるトリチウム95%回収は、現実に成功例がなく、まったく信用できない。

 これまで、このレベルのトリチウム排出を行ってきた、すべての原発の周辺自治体で白血病発症率の上昇が見られる。

① 柏崎刈羽原発の周辺自治体では、女性の白血病発症率が全国平均の二倍になっている。
 
② 「玄海原発がある佐賀県玄海町では、子どもの白血病の発症率が全国平均に比べて10倍以上高い」
 (2012年3月19日発行 肥田舜太郎著『内部被曝』より)

③ カナダ・ピッカリング原発では、トリチウムの放出により、周辺住民新生児のダウン症発症率が80%上昇した。

④ 青森県立中央病院のホームページによれば、青森県内の白血病・悪性リンパ腫・多発性骨髄腫は、東北地方最多である。
この原因として、六ヶ所村再処理工場の運用や過去の核漏洩事故頻発が強く疑われている。

⑤ フランスのラアーグやイギリスのセラフィールド再処理工場の周辺でも、被曝影響を受けない地方の数十倍の白血病発症が確認されている。

2002年、国際的なガン研究の専門誌(International Journal of Cancer)に、セラフィールド再処理工場で働き被ばくした男性労働者の子どもたちは、他の地域の子どもたちに比べ、白血病、リンパ腫など血液のガンの 発生率が2倍近く高く、工場があるシースケール村においては、15倍も高いリスクがあった。

⑥ フランスで、原発から5キロ圏内の子どもと一般の子どもの白血病発生率の比較を行った。15歳以下の子どもは、他地域の子どもに比べて白血病の発症率が1.9倍高く、5歳未満では2.2倍高い。

⑦ ドイツ政府の調査では、原発から5km圏内の小児ガンは全国平均の1.61倍、小児白血病は2.19倍となっている。

⑧ 「原発5キロ圏内で子どもの白血病が倍増」
フランス国立保健医学研究所が国際誌にて発表/ルモンド紙
(2012年1月14日 フランスねこのNews Watching)から抜粋

 反論できない危険信号が発せられた。フランスにある原発の5キロ圏内に住む子どもたちは、通常の2倍の割合で白血病にかかる、という指摘だ。フランス国立保健医学研究所(INSERM)のジャクリーヌ・クラヴェル氏が率いるフ ランス放射線防護原子力安全研究所(IRSN)の科学者研究チームが『国際がんジャーナル』(International Journal of Cancer)に発表した。これは過去にイギリスのセラフィールド原発、スコットランドのドーンレイ原発、ドイツのクルーメル原発において実施された調査で、原発の近辺に住む子どもたちに通常より高い率で白血病が発生することが証明されたのに続く調査結果である。


 これらの告発報告は、無数といえるほどあって、いずれも原発放射能と周辺に居住する子供たちの白血病ガン発生率との相関関係を示すものである。
 ICRPはじめ国際原子力産業は、これらの報告を隠蔽し、無視し、矮小化して民衆の健康を犠牲にして原子力産業を守ることに専念してきた。

 土岐市・多治見市における重水素実験も、まったく同じスタンスであって、トリチウムの有害性が、すでに立証されているにもかかわらず、半世紀前の無害論を持ち出して、健康被害への懸念を嘲笑するような姿勢に終始している。
 
 土岐・多治見市長の無知蒙昧ぶりからも、このまま実験が続けば、白血病やダウン症児増加などの被害は避けられないだろう。
 これまで、放射能被曝の意味を理解できる住民によって多くの啓発的市民運動が行われてきたが、社会全体の「拝金主義」風潮から、目先のカネのためなら未来の子供たちの健康など、どうでもいいと考える市民が増えているのも事実であって、被曝被害に関心を持つ市民は少ない。

 こうした被曝被害が、人々の目に理解されるには、数十年という時間が必要である。残念ながら、我々は問題の解決を未来に委ねるしかなさそうだ。

 この土岐核融合研による重水素実験は、トリチウム問題に加えて中性子問題が露見している。

 中性子被曝については、過去にJCO(住友金属鉱山)によるウラン臨界事故のデータしかないが、このときも、数十キロ離れた地域にまで中性子の痕跡が残されていて、原因として中性子上空散乱=スカイシャインを強く疑っている。

 核融合研側の中性子対策は2mのコンクリート壁だけであって、スカイシャインに対する対策は皆無のようだ。
 したがって、実験開始後、周辺住民に中性子被曝の可能性が強く疑われる。
 これは本当にそうなるのか、反対派側の技術を総動員して監視してゆくことになるだろう。

 もし予測どうりスカイシャインによる周辺住民の中性子被曝が発生した場合、これは恐ろしい結果を招くことになるだろう。
 住民は、中性子という、もっとも危険な放射線の生物学的効果のモルモットにされることになるだろう。

 【河田昌東氏のこと】

 なお、この土岐重水素実験への反対市民運動の講師として度々登場してきた、元名大生物学助教、河田昌東氏については、私はフクイチ事故後の姿勢に強い疑問を持っており、あたかもエートス賛成派のような講演を聴いて強い不快感を抱いた。

 彼は、福島の重被曝地の子供たちを移住させようとしない。そこで防護措置をとれば生きてゆけるかのような幻想を抱かせる。

 なぜ、彼が、エートス賛成派と同じスタンスをとるのか、彼自身による放射線ゲノム研究報告を聴いて理解した。
 彼は科学の発展のためには、住民の犠牲があってもやむをえないという学問上の立場である。

 放射線被曝に閾値は存在せず、どんな微量被曝であろうと、それなりの結果が出ることが明らかであるが、そんなことを言っていては科学の進歩がないという理屈であり、容認限度を定めて我慢せよというわけだ。

 彼は放射線ゲノム研究に妊婦研究員を参加させ、実験を通じて5ミリ以下の被曝だったから安全だったと結論づけた。
 だが、本当にそうなのかは、放影研の広島被曝報告を見て判断願いたい。

http://www.rerf.or.jp/radefx/uteroexp/physment.html

 私は、河田氏の姿勢では、彼と同じ学閥に属する核融合研の重水素実験計画も「科学発展のために容認」という結論に傾斜することを危惧している。

 私は30年以上前に、河田氏の主宰する「反原発キノコの会」に参加しようとしたが、結局、違和感を感じて離れることになった。
 その原因について、こうした科学優先思想に対するモヤモヤした違和感だったと、なんとなく納得がいった。

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放射線・放射能測定の知識

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 放射線・放射能測定の知識http://admin.blog.fc2.com/control.php?mode=editor&process=load&eno=55#

 私は30年くらい前に放射線作業に従事したことがあって、そのとき、いくつかの放射線取り扱い国家資格を取得するとともに、放射線測定を学んだ。

 とはいっても、GM式サーベイメータで作業環境の測定をする初歩的なもので、環境に拡散してしまった放射能を測定するなど、高度な測定は、フクイチ事故後、すべて手探りで身につけたものである。

 今回は、たくさんの測定を行ってきた経験から得た、あまり知られざる知識を公開しておきたい。
 少し内容が専門的すぎて、わかりやすさをモットーにしてきた私の信条から外れるが、これ以上、わかりやすくする能力は私にはない。

 当時、私が測定上の知識として理解していたのは、ガンマ線がエックス線や紫外線と同じ光の粒子線であって、ただ波長だけが異なること。
 エネルギーが上がる=波長が短くなるにつれて透過力が強くなること。

 ベータ線が電子と同じものであること、空中での飛距離も1m以下であることなど程度であった。
 ベータ線が鉄骨などに当たったり、電界で進路を曲げらるとエックス線が出てくることも知識にあった。

 この程度の知識でありながら、フクイチ事故後の環境放射線測定は一定の成果があったと思うが、放射能の挙動と被害は複雑怪奇で、調べるほどに高度に専門的な知識が要求されることを知らされた。

 【放射線の基礎知識】

 まずは、放射線と放射能の違いについて。
 放射線はアイソトープ=放射能から出てくる粒子線のことで、アルファー線・ベータ線・ガンマ線・中性子線の四種類がある。厳密には、この数倍あるが、実用上は4種類覚えれば十分である。

 アルファー線は原子核のことで、一番質量が大きく、飛距離は数ミリと短いが、エネルギーは非常に大きい。
 外部から被曝しても、大半が衣類や皮膚で跳ね返され、ほとんど影響をもたらさないが、体内に入ると細胞を直接破壊する猛毒物質となる。

 ベータ線はエネルギーの高い電子と同じもので、これは外部被曝でも皮膚に強い放射線障害=ベータ線熱傷をもたらすことがある。
 体内に入った場合も、アルファー線ほどではないが、細胞に強い電離作用をもたらし、遺伝子を破壊する性質がある。
 内部被曝の危険度はアルファー線の10分の1程度である。

 ガンマ線は、光や電波と同じものだが、波長が普通の光より極端に短く、極めて物質透過性が強い。
 このため体内を通過するときに、電離作用によって細胞を破壊するが、その威力は内部被曝におけるアルファー線より弱い。

 セシウムやコバルトから発射される高エネルギーのガンマ線は、体内に電離被曝を与える前に突き抜けてしまう確率が高い。
 電離作用の危険性はベータ線と同程度である。

 ガンマ線の場合は100KeV以下のエネルギーの弱いものの方が皮膚や目の細胞に吸収されやすく、内部被曝でも突き抜けずに破壊を起こしやすいので危険性が高い。
 1KeV付近の軟X線は、紫外線と同様、皮膚に効率的に吸収されて皮膚ガンや白内障のイニシエータとなる。

 ICRPによる線質や線量当量評価が問題なのは、一番作用の弱いガンマ線外部被曝だけを重視し、アルファー線・ベータ線の内部被曝による遺伝子破壊作用を極端に軽視していることである。

 この理由については、ICRP線量等量評価報告書をまとめた張本人が、「原子力産業への配慮から内部被曝を千倍も小さく見積もってきた」と自白している。
 http://no-nukes.blog.jp/archives/7316790.html

 中性子線は極めて特殊な条件(原子炉や再臨界核燃料)などからしか出てこないので、水素によって遮蔽されるなどの基本知識を知るだけで十分である。
 JCO臨界事故のような場合には出てくるが、外部被曝のみで、体内を透過するとき水分の働きで減速して細胞構成原子を放射能化してしまう。
 被曝危険度は最高、ガンマ線の20倍に及ぶ。
 透過力はJCO事故のとき20K離れた家屋内でナトリウム24が検出されているので、実際には数十キロはあると思われる。

 フクイチから出た放射能のうち、内部被曝などで人体に害を与えるため、必ず知っておかねばならないのは上に述べた4種類である。

 放射能・放射線の測定には、先に書いたように、IAEA・ICRPの定めた概念に大きな欺瞞があるので注意が必要になる。

 放射線測定の基本は

① 放射線の種類 アルファー線・ベータ線・ガンマ線を見分ける
② そのエネルギーレベルを調べる
③ 線量率(単位時間あたり放射量)を調べる
④ 核種を調べる

 実際の測定に使われるのは
①GM管式
②シンチレータ式
③電離箱式
④半導体式
であり、シーベルト級線量を測定するときはセレン計などを使う。実用にはGMとシンチだけ覚えればよい。

 エネルギーと核種を見ることができるのはシンチレータ・スペクトル検出器のみであるが、基本的にガンマ線だけの測定になる。
 中性子やベータ線の測定は、専用のシンチ測定器が必要になる。

 GM管の場合、中性子以外の3種類とも検知可能だが、それぞれの線質別に測定するためには工夫が必要である。

 電離箱式の場合は、エネルギー依存性が非常に少なく、ほとんど補正の必要ないデータがダイレクトに取れるが、持ち運びなどで不利なことが多いので、屋外で使われることは少ない。

 【GM管式測定器の使い方】

 フクイチ事故以来、もっともたくさん使われている線量計がGM管式で、インスペクターやソエック・ラディックスなどが有名であるが、きちんとした使い方を知らないでいる人が多いので、必要な知識を書いておきたい。

 GM管式測定器は、検知管に入った放射線が一個一個、電気信号に変換されたパルスを計測する仕組みであるため、この数を数えてから定数に応じてシーベルト値に変換したり、そのまま毎分あたりカウント数(CPM)を表示する。
 ベクレルに換算する機種もあるが、理論的には無理なことで、核種をセシウム137に限定し、大雑把な参考値として示す程度である。

 GM管式で信頼のおける数値はパルス個数のみであり、シーベルトやベクレルへの変換は便宜的なものにすぎず、信用すべきでない。

 パルス個数でも、すべての放射線が100%パルスに変わるわけではないので、条件に応じた補正が必要になると理解していただきたい。

 とりわけ核種の異なるガンマ線の測定は厄介である。
 ガンマ線の検出効率は0.1~1%程度しかないため、セシウム137のガンマ線で更正するのが普通である。
 核種が変わるとエネルギー依存性のため、誤差が大きくなる。

 ベータ線の検出効率が100%近くあるため、少しでもベータ線のカウントが含まれると、過剰測定が生まれて正しい測定値が出にくい。このためベータ線遮蔽ケースを使う必要がある。

 基本的にGM管は、通過した電離放射線の数を数える測定器であって、エネルギーや正確な線量当量(シーベルト値)を知ることはできない。

 しかし、ベータ線の個数を調べるには高い感度を発揮し、高効率な測定が可能である。厳密に調べる場合は、ガンマ線・宇宙線の影響を排除するため10センチ厚の鉛遮蔽が必要になる。
 エネルギーや核種を調べたい場合は、シンチレータ式測定器を使う。

 通常の小型GM管のCPM:シーベルト(線量当量)変換定数は、1マイクロシーベルトあたり120CPM(毎分120カウント)前後が多く、インスペクターなどの大型管では同じく330CPM前後である場合が多い。
 この線量当量(生体細胞に対するダメージの単位)の値は適当なものであって信頼性に欠ける。

 線量当量率はセシウム137ガンマ線を基準にしてある場合が大半で、エネルギーの大きく異なる他核種の測定では校正補償が必要になる。
 GM管にはエネルギーレベルによる検出特性があって、1000KeVを超えたりすると、電離反応を起こす前に突き抜けたりして、検出効率が落ちてしまう場合があるため、エネルギー補償機構つきが望ましい。

 高価な測定器には自動補償、補正機能がついているが、安価な測定器では自分でエネルギー補正をしなければならない。

 測定器のエネルギー特性
http://blog.livedoor.jp/nijhousi/archives/52034643.html

 また入射個数が大きくなると分解時間を超えて窒息現象が起きるため数え落としが発生することになり、計算補正が必要になる。

 真の個数(CPS)=表示個数(CPS)÷(1-表示個数×分解時間)
 計算にあたっては、分解時間表記がマイクロ秒のため、10^-6とする。

 この場合、普通に使われている小型GM管の場合、分解時間(不感時間)が90マイクロ秒とすると、表示が10000CPM=83μSv/hの場合、1.8%程度である。30μSv/hあたりまでなら、ほぼ影響はない。

 インスペクターのような大型GM管の場合、分解時間40マイクロ秒、表示が毎分100000CPM=303μSv/hとして1666CPS。
 補正値は1785CPS、数え落としは119CPS=7140CPM、約7%程度になる。
 10000CPM(30μSv/h)の場合、0.6%程度しか数え落とさない。
 
 【放射能汚染地での使い方】
 
 フクイチ事故以降は、ほとんどの場合、放射能汚染地の空間線量の測定に使われているはずだが、この場合も、かなり予備知識が必要になる。

 まず、放射線というものは、毎秒ごとに安定した放出率があるわけでなく、非常にランダムで大数の法則に従うため、最低でも3分以上、可能なら10分以上計ってから平均値を求めないと正しい測定値にならないと知るべきである。

 GM管の電離信号が作動する電圧はプラトー領域と呼ばれる数百ボルトで、単三電池から数百ボルトをコンデンサに入れるだけで数十秒かかる。 (電力はほとんど消費しない、電圧をかけるだけで、電離があると「電子雪崩」を起こして信号に変わる。)

 数十秒以下の測定では、出てきた数値も安定せず、ノイズばかりの低品質なものになってしまう。
 測定器のスイッチを入れて電気信号が安定するだけでも1分程度を必要とするので、スイッチオンから「3分間待つのだぞ」を心がけていただきたい。

 安定した品質の高い測定値のためには、一カ所で30分程度、同一条件で測定して平均値を求めるのが正しい。このとき外部ノイズを排除するため、極端で、おかしな値を削除してしまって、中央値に近い標準偏差内の値だけを用いた方がよい。

 食品などの測定の場合は、必ず長時間測定を行い、外部BGの影響を排除するため、できるだけ厚い遮蔽箱を用いる必要がある。
 最低でもBGを半分以下にできる遮蔽箱は必需品であろう。これでも、分かるのは、キロあたり数百ベクレル以上の大きな汚染のみである。
 これでも原発放射能事故から1年は有効である。
 数ベクレルの汚染を知ろうと思うなら、厚さ5センチ以上の遮蔽のある精密測定器を使う必要がある。

 食品や土壌などの場合、遮蔽箱内で1時間以上のBG、平均値を採取し、サンプルを入れて30分以上の平均値を出し、BGから差し引くことで信頼性のある線量が測定できる。
 数カウントでもBGに対して明瞭な差が出れば、放射能汚染は想像以上に深刻と考える必要がある。
 産総研の校正用玄米を校正に利用すれば、正しいベクレル値に近い値を推定できる可能性がある。

 土地の汚染、空間線量率測定だが、必ず地上1mと地表の二カ所を測定する必要がある。
 またはベータ線を遮蔽する厚さ3ミリ以上のアクリルケースに入れて測定と、外して測定の二種類のデータが必要になる。

 理由は、汚染地のガンマ線空間線量と、地表のベータ線線量を区別するためであり、この差、乖離によって汚染が原発放射能由来であることが明確になるからだ。
 空間と地表が同じ値なら放射能汚染はないと判断できる。

 まず地面から1m以上、離すことで、アルファー線・ベータ線が届かなくなり、ガンマ線の線量率だけが残ることになる。
 次に、地表面を測定し、その値から1m空間測定値を差し引けばアルファ、ベータ線の地表における線量率が分かる。

 GM管のベータ線感度が良すぎるため、シーベルト値(線量等量)の表示される測定器では、セシウム137のガンマ線を基準に校正してあるため、地表のベータ線が含まれる測定値では、実際より、はるかに大きな値になってしまう。
 したがって地表の値は参考記録とし、土地の汚染値は1m空間値の方を採用しなければならない。
 このとき、ガンマ線しか計れないシンチレータ式測定器を併用すると、GM管式の値との乖離と補正すべき比率がわかりやすい。

 ベータ線だけの測定の場合は、シーベルト値を無視してCPM値、パルス個数だけを見る。
 放射線の個数を表示するGM管測定器では、ベータ線を、ほぼ全量を計測する性能がある。ガンマ線は0.1~1%%程度にすぎないので、全量ベータ線個数とみなしても大きな誤差は出ない。
 シーベルト値を見てしまうと、100倍以上の過剰値になるので注意されたい。(ラディックスのようにCPM表記のないGM測定器は使えない)

 【アルファ線の測定】
 
 GM管でアルファー線を計測する場合、特別な条件が必要である。
 まず、測定器の検出窓がマイカ(雲母)でできている必要があり、さらに測定口から検知窓までの距離が10ミリ以下である必要があるので、条件を満たしていない測定器が多い。

 アルファ線を測定する場合、必ず汚染を濾紙に拭き取り、移し替えてからGM管の窓で測定しないと、取り返しのつかないコンタミ汚染を引き起こす可能性がある。この方法を「スミヤ法」と呼ぶ。

 例えば、ダイレクトに「黒い粉」のようなアルファ線を測定窓につけて計ってしまうと、検出窓が微粉末で汚染されてしまい、この場合、マイカ窓の清掃は絶望的に困難である。
 いったん測定窓がアルファー線核種に汚染されたGM測定器は、以降ガンマ線の測定もできなくなる。
 アルファ線の空間飛程は最大数センチ程度が多いので、検出口まで汚染を拭き取った濾紙を近づける。
 このときコンタミ汚染を引き起こさないよう最大の注意が必要である。

 アルファ線が検知窓を通過すれば、検出効率は100%であるが、カウントが多い場合はベータ線同様の数え落とし補正を行う。
 正しいアルファ線の線量率を知るためには、標準の表面汚染、校正用線源が不可欠である。
 厳密な測定には、外部ガンマ線の影響を受けない5センチ厚以上の鉛遮蔽内での測定が望ましい。

 【シンチレーション式測定器で注意すべきこと】

 シンチレーション式測定器は、すでにGMからとって変わって測定器の主役になっている。
 大半の線量計がガンマ線しか測定できない。これは、ベータ線による過剰検出の影響を避けられる代わりに、フクイチ放射能由来であるベータ線を検出できず、放射能汚染の判断が困難である。

 シンチレータはCSI・NAI結晶が代表的だが、たくさんの種類があり、一長一短がある。
 基本的には、シンチレータ結晶を放射線が通過すると励起によって蛍光が発生し、それを光電増幅装置で信号に変えて記録する。
 放射線のエネルギーに比例した蛍光が起きるので、個数だけでなく、エネルギーや核種まで知ることができる。
 水素を含むシンチレータなら中性子の測定も可能である。

 昔は非常に壊れやすいもので、知人から借りて測定中にプローブを落として壊してしまい、修理代に10万円も支払った苦い思い出もある。
 今は、携帯型なら落としても壊れることは少ない。大型のものはガラス製の光電子増幅管が入っている可能性があり、割れやすいから注意が必要である。

 【私が使用しているシンチ測定器】

 私が使用しているシンチレータ測定器は、空間線量率を測定するタイプとして、テクノAP社のTA-100U、これは2011年夏頃購入したものだが、結構な価格で、長所としては、パソコンにスペクトルや線量率を記録保存可能ということである。
 短所としては、とても感度が低くて、土壌のスペクトルを測定記録する場合でも、最低1000ベクレル以上ないと、セシウムXも検出できない。
 それでも線量率グラフは、普段は見落とすジャイアントパルスも記録でき、時系列での比較が可能なので、空間線量率による地震予知などの道具として利用可能である。

 もう一つは、シンメトリックス社のIFKR254で、これは1インチのCSIを備え、感度も良く、5種類の核種を検出できる。
ただし、実用上は、K40とセシウムXの検出くらいしか意味はない。
 ビスマス214とヨウ素131の検出能力が欲しいが、いずれもセシウムXや鉛214のピーク内に入ってしまうので区別不能になってしまい、シンチレータの分解能(IFKR254は5%)では線量の検出は困難である。

 使用法としてはカメラ用三脚に収納容器を接続(三脚ねじを切ったもの)、地面から1m離した空間に計器を置いて、パソコンに接続、専用ソフトで時間ごとのスペクトルを記録、単位時間(1時間程度)に何個のガンマ線が通過したかを記録して、土地の汚染度と核種を調べる。
 
 コバルト60が検出された場合は、サムピークなどゴーストピークを見分ける必要があるため、土壌サンプルを採取して厚い遮蔽を持った専用スペクトル計で分析することになる。

 当時、70万円程度の価格で、性能から考えれば非常に安価だったが、その後、CSI結晶価格が暴騰して、現在は100万円を超えている。
 キチガイ政権による消費税の泥棒的値上げがあって、こうした高価品の購入は困難になっている。

 付属遮蔽装置を使えば、サンプルのベクレル測定も可能だが、キロあたり200ベクレル以上でないと誤差の少ない正しい値には、なりにくいので実用上は無理がある。

 【ベクレル計 】

 食品の放射能測定には、当初、普通のGM管を遮蔽箱に入れるスタイルで使っていた。
 しかし、GM管とバックグランド線量を半分程度遮蔽する組み合わせで得られる汚染の検出は、キロあたり300ベクレル以上で、それも数カウント程度の差であるから、放射能事故直後の緊急対応くらいにしか使えない。

 そこで最初に購入したのが、ドイツ製のスクーリング食品放射能測定器、EL25であった。
 これも結構な値段で、50万円以上したが、性能は期待外れで、カタログではキロ20ベクレル可能と書かれていたが、実際にはキロ200ベクレルがいいとこであった。
 それ以上のベクレル値ならば、結構正確で、数百万の高額品と大きな差はなかった。

 検出器は浜松ホトニクス製の2インチ薄型NAIが入っていて、相当に性能が良いものだが、遮蔽が10ミリ厚鉛では、薄すぎてどうにもならない。
 そこで、遮蔽鉛を別途購入、周囲に詰めて厚さ3センチ程度まで増やすと、やっとキロ100ベクレル程度は検出できるようになった。

 キロ100ベクレルでは国の規制値じゃあるまいし、やはり食品測定としてはキロ数ベクレル程度の検出能力が欲しい。
 だが、私の資力では、それ以上の精密測定器を購入することは不可能だった。

 そこに降ってわいたように、蕨市のIさんから測定器購入資金の協力の申し出があり、シンメトリックス社のIFKR254 やZIPを扱うことができて、本当に感謝している。
 もうIFKR製品は個人では手が届かないほど高価になっていて、普通なら触ることさえできなかった。

 【食品放射能測定器、IFKR-ZIP】

 この測定器は2012年ころ、シンメトリックス社の野中修司社長が開発したもので、キロあたり1ベクレル程度まで検出できる画期的な測定器である。

 当初の販売価格は150万円、もちろん私は買えなくて、蕨市のIさんの援助申し出にすがった。
 現在ではCSI価格の暴騰により200万円を超えている。あまりに高価なので、私が測定をやめたらIさんに返却する約束をしている。

 数百万円もするNAI測定器でも、実際の精度はキロあたり20ベクレル程度がやっとであって、1ベクレルという精度は驚異的なレベルである。

 最高精度とされるゲルマニウム半導体測定器でも、実質的な精度はキロあたり1ベクレル程度しか使えない場合が多い。
 理由はMCAの性能が悪く、10時間を超える長時間測定で、データの矮小化が起きてしまうからである。

 おまけに1ベクレル以下の精度にする場合は、1トンもの鉛遮蔽と、液体窒素によるサンプルと検出器の冷却が必要になり、多額のコストがかかる。
 民間測定所では運用コストに耐えきれず、液体窒素を使用しない測定も行われている。この場合、キロ1ベクレル以下の精度は出ない。

 ゲルマニウム半導体の分解能力は、我々の保有するシンチ計の50~100倍あって、性能的には太刀打ちどころではないが、1トンもの設備と液体窒素ランニングコストの負担を考えれば、諦めるしかないだろう。

 ZIPの場合は、常温測定で冷却不要、重量も50Kg程度しかない。
 外観は極めてコンパクト、ゲルマ機のように床改造も必要ない。
 CSIシンチはNAIに比べて温度ドリフトが3分の1以下なので、大げさな空調コントロールも不要で、測定器が10度以上40度以下なら正常に作動する。
 5度以下になると、さすがにゲイン調整が必要なドリフトが生じてくる。寒さには少し弱いようだ。

 サンプル容器は、ゲルマ機でもNAIシンチ測定器でも検出器センサーが円筒形であるため、それを覆うような変則的なマリネリ容器が使われる。
 ところが、この容器は複雑な形状のため、平均に詰めるには熟練を要し、平均でないと誤差が大きく出てくるのである。

 汚染サンプルは、検出器にガンマ線を届ける前に、自分自身による遮蔽で吸収されてしまうことがあり、これを自己吸収と呼んでいる。
 液体の場合はひどく、水の場合は3センチ厚を超えると自己吸収によって線量が大幅に低下してしまうため、マリネリ容器は、どこでも3センチ厚を超えない形状に設計されている。

 これに対し、野中修司氏は、市販のZIP袋を、そのまま測定容器にすることを思いついた。
 100×140ミリZIP袋なら、水を入れても3センチ厚を超えない。形状も一定している。
 この大きさだと、玄米が160gずつ、計320g入り、軽快なフットワークで測定が可能である。
 ZIP袋はホームセンターなど、どこでも安価に入手可能である。測定後、そのままサンプル資料として保全することも容易である。

 測定器に二つのZIP袋収容穴を設け、それを挟むような位置にCSI2インチ相当の結晶を置くことで、測定効率はマリネリ容器よりも優れたものになった。
 また驚異的なMCA性能と併せて、超長時間測定でもドリフトを起こしにくく、温度変化に強く、20時間の連続測定を可能にしたことで1ベクレルの精度を確保することに成功した。

 条件を整えれば、キロあたり0.2ベクレルでも検出可能であるが、数日間もかかってしまい、環境ノイズの影響を受けて誤差が多くなる。

 【1ベクレルのために】

 現在、IFKR-ZIPの公称精度はキロあたり3ベクレルになっている。
 理由は遮蔽が鉛40ミリと薄いことで、実は、この遮蔽力では、バックグランドの変化に対応した、安定した1ベクレル精度が出せないのである。

 BGをたくさん採取しても、BGごとに測定値が変動することになる。これでは1ベクレル精度を主張する資格はない。

 BGは時間ごとに変化し、降雨降雪で変化し、地殻変動や太陽風・宇宙線でも変化するため、これらの変動を遮蔽によって安定化させようと思うと、鉛100ミリの遮蔽が求められるのである。

 しかし、私が1ベクレル精度に固執する理由は、現在の凶悪な妄想に取り憑かれた反知性狂人政権がやがて自滅し、人間性にあふれた知性的政権が登場してくれば、必ず食品基準値がキロ1ベクレル以下という基準に正しく戻されると信じているからだ。
 我々は、キロ1ベクレル以下の飲食を保証される必要がある。

 そこで、私はZIPでの1ベクレル精度にこだわり続け、BGを選定するにあたって、数百本採取したなかから、3~5ベクレルのシンメトリックス社製校正線源を測定して、正しい数値を示すものだけを利用する。

 降雨時は測定を避け、できる限り遮蔽を強化、底や周囲に鉄板30ミリ厚や鉛を加えて、装置全体が装甲車のような遮蔽になっている。
 さらに、環境温度を適正に保ち、温度ドリフトなどノイズを出さないようにするなどの対策を行い、何とか1ベクレル精度が確保できていると考えている。

 このような素晴らしい精度は、MCA基盤の微分非直線性の精度によるもので、野中さんを狙う産業スパイが設計図を盗んで再現しようとしても無理、部品を改善しても不可能、あくまでも基盤組み立ての半田付け技量やノイズ低減回路の長い技術的蓄積から生まれるものである。

 これは、野中修司という国宝級電子回路職人にしかできない「匠の技」の世界なのである。まさに文化財級の製品というべきであろう。
 逆に言えば、IFKR製品は野中修司の人生とともに消えて、この性能を再現できる技術は存在しなくなるともいえる。

 もう3年以上使っているが、シンチレータ測定器のハードウェアとしての性能は文句なしに世界一だと思う。
 あえて文句を言えば、7%の分解能が大きすぎることくらいか。

 しかし、先に述べたBGの適正な選択に加えて、K40のコンプトン散乱やビスマス214の「揺らぎの干渉」による嵩上げ効果などがあって、使い方は容易ではない。
 
 せめてMCAソフトにK40コンプトン嵩上げ自動補正くらい世間並みにつけてくれと文句を言ったら、野中さんから、そんな甘いもんじゃない、世間のK40補正ソフトは全部インチキだと言われた。
 やはり、1ベクレルの世界では、いちいち個別のBGによる補正をする必要があるらしい。

 測定器の校正線源である産総研標準汚染玄米は、キロあたり30ベクレル前後のK40値がある。
 これを超え、測定サンプルのK40が40ベクレル以上あるとコンプトン散乱が1460Kピークの左肩になだらかな丘を作りはじめる。
 この丘の上にセシウムなどのデータが乗るので、結果が嵩上げしてしまうのである。K40が50ベクレルを超えると、もう1ベクレルですまない誤差が出ててくる。

 したがって、仮に大豆がK40=200ベクレルあったとすると、200-30=170ベクレルのK40補正BGで相殺することで嵩上げ効果が消える。
 この場合、10ベクレル程度の階段で、多数の異なるK40補正用BGを用意しておく必要がある。
 私の場合は、塩化カリウムを1g単位で水に溶かし、それに高分子ポリマーを加えてゲル状にしたZIP袋補正試料を数十袋も用意し、適宜利用している。

 実は嵩上げを起こすのはK40だけではない。
 降雨に含まれるラドンから出てくるビスマス214や、トリウム汚染から出るタリウム208などもセシウムのピークに含まれてしまい、その測定上の分布に含まれる揺らぎが嵩上げを起こす。

 これもBGに含めれば相殺可能だが、定量化とBG作成が困難なため、私は雨天時の測定は避けるようにしている。

 【放射能=ベクレル】

アルファー線、ベータ線、ガンマ線を問わず、アイソトープが一秒あたりに一回崩壊(塊変)し放射線を放出することを1ベクレルという。
 これが放射能の単位として通用していて、SI系単位改訂前は370億ベクレル=1キュリーであった。

だから、ベクレルやキュリーという表記だけでは放射能の重さや大きさ、危険度を示す単位にはならない。あくまでも、毎秒あたり、いくつの塊変が起きるのかという放射能量を示すだけの単位である。

 同じベクレル数でも、生物にとっての危険度や物理作用は、放射線の種類や内部被曝か外部被曝か、部分的被曝か全身被曝かの作用形態によって極端に違うので、ベクレル=危険度ではない。

 このため、細胞に与えるダメージを基準にしたシーベルト(線量等量・単位改訂前はレムで表記された)という単位も設定されているが、これも実務計算は極めて複雑で分かりにくい。

 ベクレル(キュリー)は放射能量を示す単位、シーベルトは生体細胞へのダメージを表す単位、そして、もう一つ、グレイ(吸収線量)という単位があり、これが放射線の物理エネルギーの尺度になる。

 グレイとは、放射線が当たる物質1キログラムあたりに吸収されて熱エネルギーに変わるエネルギー量を示す。
 本来はジュール/キログラムと表記されるべきだが、ICRPはグレイという単位を用い、単位改訂前はラド=1グレイ/100 で表記された。

 1Kgの物質に1ジュールのエネルギーが吸収される線量を1グレイと呼ぶ。1ジュール=0.24カロリー 1気圧で20度の水、1gを0.24度上昇されるエネルギーに相当する。

 ガンマ線の場合、グレイ≒シーベルトで、約7グレイ≒7シーベルトのガンマ線を浴びると、100%致死量
4グレイ≒4シーベルトで半数致死量になる。
 だからガンマ線被曝の致死量は、体温を上げるほどのエネルギーには、ほど遠いことがわかる。
 人間の五感には、まったく感じないうちに死んでしまうのである。

 放射線関係の単位は、同じものを表すのに、たくさんの表記があって、実に複雑、一般大衆が誤解するような表記が多い。
 これは放射線実務を難解なものとして大衆から遠ざけようとする国際原子力産業の意図が働いているのだろうと思う。

 放射線が通過した細胞におけるエネルギーの吸収率(発熱量)や、それによって与えられるダメージを数量化する狙いで設けられた単位であるが、内部被曝のダメージを極端に軽視したい原子力産業の意向を汲んだICRPによって、正しい被害評価ができなくなってしまっている。

 【ベクレル測定上の注意点】

 ベクレル測定は、フクイチ放射能事故が起きるまで、まったく経験がなく、知識もなく、教書もほとんど見あたらなかったので、本当に手探りで失敗を重ねながら経験を積むことになった。
 私の技量では、とても有料化できないので、この3年間は無償で測定して、技量の習熟をいただいたという印象である。

 食品や土壌、飲料水の汚染は基本的にベクレルで表記する。

 毎秒、いくつの塊変を行うのか? という単位だが、普通はキログラムあたりの重さで表記し、100Bq/Kgのように書く。

 土地の汚染については、地表から5センチの深さまで土壌を採取し、キログラムあたりのベクレル数を出して、これを65倍した数値を平米あたりベクレル数としている。
 航空調査などでは、キロ平方メートルあたりのベクレル数で表されることも多い。この場合は、ベクレル単位もメガを使ったりして実に煩雑である。

 食品の測定で注意が必要なのは、サンプルをマリネリ式測定容器に正しく詰めることに熟練が必要で、詰め方次第で20%程度の誤差が出てくる可能性があること。
 IFKR-ZIPなら、ただZIP袋にいっぱいに詰めるだけで良い。

 食品は、可能な限り粉砕し、ペースト状や粉末状にした方が正しい値が出る。私は大半の場合、フードプロセッサを使用している。

 キロあたり1ベクレル程度の測定には、ZIPの場合10~20時間必要である。NAIシンチでは遮蔽を強化しても、キロ10ベクレル程度の精度しか出ない。長時間測定するとデータが矮小化してしまうのである。

 飲料水の場合、東京都水道水のセシウム汚染はリットルあたり、0.001ベクレル付近なので、そのままでは測定不能である。
 CDクリエーションの鈴木氏が研究の結果、100リットル程度の水道水をイオン交換樹脂やゼオライトに吸着させて、樹脂側を測定することで見えない汚染を可視化することに成功している。

http://cdcreation.grupo.jp/blog/1193538
 
 100リットルの水道水を風呂桶に溜めて、バスポンプなどを利用して循環させ、イオン交換樹脂に通すことで樹脂がセシウムを吸着する。
 全量吸着できたかは、TDSメータを使い、水が0PPMを示せば吸着終了として、樹脂を測定する。

 NAI測定器では、MCA特性から長時間測定での誤差が大きくなるため、規定時間=最大数時間程度の範囲で測定しなければならない。
 10時間以上ではデータの矮小化が起きてしまう。IFKR-ZIPの場合は、20時間でも測定可能だが、やはり、わずかな矮小化が起きるので。可能なら5~10時間程度にとどめるのがよい。

 何度も書いたが、一番大切なことは、雨天での測定を避けることである。
 雨には多くのラドン222が含まれ、娘核種のビスマス214が609Kのガンマ線を出すため、5センチ程度の遮蔽を透過して、スペクトルデータに609Kのピークを作ってしまい、 これがセシウム値を嵩上げしてしまうのである。

 似たような降雨時のBGを採取して補正できなくもないが、定量化が困難で、厳密な値を出すのは難しい。キロあたり5ベクレル程度より悪い精度でもかまわなければ、多少の降雨は無視してもよい。

 ビスマス214とタリウム208は、セシウムXのピークに近いため、イタズラをしてセシウム値を嵩上げすることが多いので、よほど注意が必要である。
 せっかくK40を補正してもビスマスに邪魔されることも少なくない。ビスマス214の補正用BGを作るのは、かなり困難で、降雨BGデータをたくさん集めて適宜利用するしかないだろう。

 【ゴーストピーク】

 ベクレル計から得られた測定スペクトルのなかにはゴーストと呼ばれる実体のない幽霊ピークができることに気をつける必要がある。

 ①コンプトン散乱

 セシウム137が光電効果を起こせば662K相当のシンチレーション光を発するが、コンプトン散乱(非弾性散乱)を起こすと、それより184K低い478K付近にコンプトンエッジというゴーストピークを作りながら、左肩に緩やかに下がってゆく散乱線を作る。

 一番影響が大きいのが、どこにでも大量に存在するK40で、このコンプトン散乱がセシウムなど目的核種のベクレル値を嵩上げしてしまい、測定の邪魔をすることが多い。

 K40のコンプトン散乱では、本当のピークが1461Kであるのに対し、1244K付近にゴーストピーク(コンプトンエッジ)ができる。
近似式は、コンプトンエッジまでの距離=求める核種のMeV/(1+求める核種のMeV×3.91)
 1.461/(1+1.461×3.91)=0.217 本来のピークより217K下にエッジ。
1.461-0.217=1244 1244KeVにコンプトンエッジができるわけである。

 おおむね500Kから5000K程度のガンマ線で問題になることが多い。

 ②サムピーク

 シンチ結晶体に、2本のガンマ線が同時に進入すると、両方のエネルギーを足し算したピークが記録されることがある。
 これがゴーストピークの代表で、実体のないピークを作ることで核種検出の大きな障害になる。

 セシウムは605K・662K・796Kのガンマ線を出すが、605+662=1267 605+796=1401k 662+796=1458K などのサムピークがスペクトルに現れることがある。
 本当に、そんなエネルギーがあるわけでなく、偽の幽霊ピークであるが、分解能の低い測定器の場合、他核種のピークに紛れ込み、誤検出や過剰検出を招くことがある。
 
 ③ 電子対生成

 電子対生成は1020K以上のエネルギーを持ったガンマ線が原子核の近くを通ると511Kの陰陽電子の対生成を起こしてガンマ線が消えてしまう確率があることをいう。

 逆に、511Kの陰陽電子がぶつかると電子対消滅で1020Kのガンマ線を生成する。
 K40、コバルト60やタリウム208などの強いガンマ線で起きやすく、511Kと1020K付近のピークは対生成の影響を考える必要がある。

④ 後方散乱 制動X線

 強いベータ線の出るサンプルでは、ベータ線が鉛遮蔽に当たって特性X線(制動X線)としてピークを作ることがある。
 また、サンプルから出たガンマ線が検出結晶以外の方向に出て、鉛遮蔽で散乱されて波長を変えることがある。
 ただし、これらの確率が測定を邪魔することは少ない。


 【最後に】
 現在、私の家ではIFKR254・ZIP・TA100Uは常時通電し、24時間稼働している。
 このために専用のパソコンも置いている。
 ZIPは大量のBGを採る必要があるし、254は環境放射線量の変化を見るのに必要であり、TA100は線量時系列変化を見て地震予知に利用している。
 大きな地震が近づくと、ジャイアントパルスという極端に高いパルスが消えてしまい、平均的に線量が低くなるのである。
 またラドンの噴出を調べるためにも254の時系列観測は欠かせない。

 フクイチ事故後、測定器の大量需要からシンチ結晶の暴騰があって、測定器価格が大幅にアップしているなかで、とりあえず在庫を保有していたシンメトリックス社の測定器が安く入手できて本当に助かった。
 もう、今後、我々の手に入ることはないだろう。

 シンメトリックス社では、最新測定器として、サムピークやコンプトン散乱などの影響を受けないダブルシンチレータのZIPPROを発売中だが、高級車を一台買えるほどの価格になってしまった。
 しかし、食品関連企業が、将来の1ベクレル規制を考えるなら、信頼性の高いZIPPROを購入すべきだと思う。

http://cdcreation.grupo.jp/free801460

ウラン2 劣化ウラン


ファルージャの奇形児
電車、駅構内での意識喪失
ウラン2 劣化ウラン

 【アメリカによる中東侵攻の本当の意味】

 ウランの核分裂を利用すれば、莫大な放射能ゴミが出てくる。なかでも「燃えない核燃料」であるウラン238=劣化ウランがアメリカの核開発軍事利用に伴って大量に蓄積し、良心の存在しない軍国主義者は、それを兵器に利用することを思いついた。

 それを使えば、罪なき一般市民に形容しがたいほどの残酷な被害を与えることが分かり切っていたが、アメリカは広島長崎に投下した原爆と同じように、まるで人々に残酷な苦しみを与えることが最大の快楽であるかのように情け容赦なく使い、狙い通りの恐ろしい結果が生まれた。

 イラク戦争で膨大な量の劣化ウラン弾がアメリカによって攻撃に使われ、その放射能によって、イラク住民が被曝し、奇形児出生や白血病など極めて深刻な被曝病が大量発生、大変な社会問題を引き起こした出来事を振り返りながら、劣化ウラン問題を本質から考えてみたい。

 劣化ウラン弾薬がイラク住民に対して大量使用された事態の大雑把な歴史を思い出してみることにしよう。

 1990年、フセイン政権がクウェートに侵攻占拠、国連安保理は撤退を要求したがイラクは応じず、1991年1月、多国籍軍がイラクを空爆、イラクは停戦に応じた。

 侵攻の原因はクウェートがイラク領内の石油資源を抜き取るような国境採掘を勝手に行ったせいだが、イラク側が侵略者の悪者であるかのような報道だけがなされた。
 このときイラクの悪事を告発したクウェート市民の映像は、すべてアメリカによる捏造と、やらせであったことが後に発覚した。

 1996年、フセインはクルド族へ攻撃を仕掛け、国連の大量殺戮兵器査察団の調査も妨害、1998年には米英がイラクを空爆。
 世界のイラク、フセイン政権を見る目は厳しさを増した。そしてアメリカは、イラクは大量破壊兵器を隠し持っている、軍事侵攻して叩きつぶす必要があるとプロパガンダを開始した。

 そして2001年9月11日、同時多発テロが起きて、アメリカがイラクや中東テロリストが仕組んだのではないかと大宣伝する。
 しかし、これも、アメリカの歴史に一貫して流れる壮大な捏造、陰謀、自作自演であった証拠が後に続々と出てくる。

 アメリカは、対外侵略戦争には、必ず自作自演の陰謀を仕掛ける歴史がある。
 真珠湾攻撃はアメリカの作戦に乗せられた日本軍の暴走だったし、ベトナム北爆の契機となったトンキン湾事件も侵略爆撃を正当化するためのアメリカの自作自演と暴露された。
 キューバ危機も、パナマ侵攻も、すべてアメリカの陰謀から始まった侵攻理由のための捏造と演技である。アメリカはアポロ13号でっちあげに見られるようにウソ、捏造と自作自演の陰謀王国なのである。

 そして911テロもまた、イスラエルの秘密諜報機関モサドによる仕掛けであったことが暴露され、倒壊した鉄骨にはテルミット溶融の痕跡が明確で、攻撃も受けていない周囲の健全なビルまで倒壊させてみせ、我々を唖然とさせた。

 無数の証拠や、貴金属や犠牲者の遺骸が混じった倒壊残骸は、事件からわずか二ヶ月後、証拠調べもされないまま中国に払い下げられた。
 あまりにも異常で不自然な倒壊の真相を調べようとした報道関係者は、次々にテロ容疑で逮捕され、NHK論説委員が「犠牲者にイスラエル人が皆無は不自然」と発言すると、翌日に不可解な転落死を遂げた。

 主犯とされたビンラディンは2001年にドバイのCIA病院にて腎不全で治療を受け、その後死亡していたこともフランス情報機関によって明らかにされていて、2011年にビンラディン殺害騒動でオバマが、それらしく感想を述べているのを見て、アメリカの三文役者の陳腐な茶番劇を世界中の情報通が嘲笑することになった。

 しかし、911テロの隠された本当の目的が、我々の想像をはるかに超える壮大な人類史的陰謀であることは、その後のアルカイダからイスラム国に至る流れのなかで、「イスラムを叩きつぶす」というユダヤ的思惑が浮き上がって見えていることから分かる。

 アメリカという国を支配するのは建国以来、すべて陰に隠れたユダヤ人であって、アメリカはイスラエルの属国であるからこそ理不尽なイスラエル擁護を続けてきた。

 イスラエルという国はユダヤ教を支配する母国で、すなわちアメリカ=ユダヤ教であって、ユダヤ教の敵であるイスラムを全世界的に崩壊させることこそ真の目的であろうことは実に明白である。
 アメリカ政府にはモルモン教徒が優先的に採用されているが、これもモルモン教がキリスト教を装ったユダヤ教に他ならないからである。

 ユダヤ教聖書=旧約には、アブラハムの二人の子、イサクがユダヤ教の祖となり、イスマエルがイスラムの祖となると書かれていて、やがて二人の子孫が最終戦争を起こすと預言されているのである。
 イスラエルは、この宗教的目的のために、イスラムへの信仰を地に堕とす、残虐を絵に描いたようなアルカイダやイスラム国を秘密裏に結成させ、武器を与えて国家規模のテロ組織に育てた。
 彼らが残虐であるほどに世界はイスラムへの不信感を高めてゆく。
 まさに狙いはイスラム壊滅という壮大な陰謀なのである。

 実に大雑把な解説で申し訳ないが、アメリカという国家(実は日本も)は、ユダヤ人たちの政治的宗教的目的に利用される機関にすぎないことは、世界中の真実を見抜く情報通の疑いようのない常識である。
 世界の戦争の根源には、いつでも世界の富の9割を所有するユダヤ人国家、イスラエルが存在していて、アメリカの大企業や政府機関を支配する9割もユダヤ人である。
 アメリカを真に支配する中央銀行FRBも6つのユダヤ人銀行が結成した私的銀行にすぎない。
 FRBを憲法違反であって廃止すると宣言したJFケネディ大統領は、直後にFRBの陰謀実行機関、CIAによって暗殺された。

 本稿の目的である劣化ウラン弾も、白リン弾とともにイスラエルがガザ攻撃で多用しているが、これを薄める目的でイスラエルは先行してアメリカに劣化ウラン弾・白リン弾を使用させているのである。

 2002年末に、イラクは国連査察団を再び受け入れるが、アメリカはCIAを使って「イラクには大量破壊兵器=核生物毒ガス兵器が準備されている」
 と再び捏造プロパガンダを開始した。

 2003年3月、アメリカは国連決議も無視して、イラクを911テロを引き起こさせたテロリストの最大支援者、「悪の枢軸」と決めつけ、再びイラクへの大規模な空爆攻撃を開始した。

 5月にはブッシュが勝利宣言、事実上イラクを占領、フセイン政権は崩壊し、後にフセインは絞首刑にかけられた。
 だが、ブッシュが国際社会に大宣伝した「大量破壊兵器」はイラクのどこを探しても発見できず、結局、アメリカが捏造宣伝したデマにすぎなかったことが世界中に知れ渡った。

 【イラク戦争で使われた劣化ウランとは何か?】

 一連の空爆と地上軍による戦闘のなかで、アメリカはイラク軍やスンニ派抵抗勢力に対して、歴史上初めて、放射能毒性の強い劣化ウラン弾薬を400トン以上も使用した。

 劣化ウランとは、もちろんウラン鉱石を製錬したウラン金属から、0.7%しかない核燃料になるウラン235を分離した残り99.3%の残渣である。
 世界最大の核開発国であるアメリカには、75万トンもの劣化ウランが、どうしようもない放射能ゴミとして存在し、世界全体では処分の困難な160万トンもの劣化ウランゴミがある。

 ここで、実は劣化ウランには二種類あることを、もっとも重大な知識として押さえておく必要がある。これが分からないと、これから述べるファルージャの悲劇の本当の意味を理解できないのだ。

 ウラン精錬濃縮で出てくる金属劣化ウランは、元のウラン鉱石に比べてもガンマ線は少なく(主に放射平衡によるBi214)、これによって催奇形性や発ガン性が存在しないわけではないが、イラクからのレポートほど深刻な被害は見あたらない。

 ゴミとはいえ、比重が19と重いため、船舶や航空機の重量調整バラストなどに利用価値があって、広く使われてきたし商品価値のあるものだ。

 ところが、再処理工場で使用済み核燃料からプルトニウムを精製した残りの廃棄物中に含まれる劣化ウランは、恐ろしい放射能毒性を持っていることが知られている。
 核燃料が原子炉で稼働すれば、その放射能は数億倍に増える。猛毒のプルトニウム239をはじめ、マイナーアクチノイドと呼ばれる猛毒超ウラン元素が大量に生成され、生物にとって恐ろしい被曝障害をもたらす存在になるのである。

 当初、まさか米軍が、あまりにも非人道的な再処理工場由来の劣化ウランを弾薬にしてイラクやコソボに撃ち込んだなどと誰も思わなかったが、この劣化ウラン弾が恐怖の再処理ウランである証拠がコソボから出てきたのだ。

 1999年にコソボ紛争では3万1千発ほどの劣化ウラン弾が発射されている。
 NATOは、イタリア政府からの安全性への懸念に対し
「劣化ウラン弾は精製ウランよりも放射能が低く、健康にまったく影響のない安全で合法的な武器である」と反論し、「科学的根拠のない」ものと断定した。

 コソボで使用された劣化ウラン弾を分析したスイスの研究者たちは、微量(0.0028%)のウラン236を検出した。この元素は自然には存在しない。
 つまり、ウラン鉱石から精製されたウランに含まれるはずのない元素である。すなわち、この劣化ウランは使用済み核燃料の再処理工場から来た事を意味するものであった。

 2004年、激しい地域封鎖殺戮戦争のあったファルージャなどでは、凄まじい残酷さで知られる白リン弾を大量に使用したことも米兵が証言している。
 その戦闘は無差別殺戮といえるもので、米兵たちは「動くものはすべて皆殺しにしろ」と命令を受けていたと証言している。

 そして劣化ウラン弾の使用は莫大なものであった。

 イラク戦争で使用された劣化ウラン弾の総量については様々な報告があって、米軍が1991年以降に使用した劣化ウランの総量は4600トン。第一次湾岸戦争で1000トン、コソボ紛争で800トン、アフガニスタンで800トン、イラク戦争で2000トンと推計されるが、これは弾薬総重量の可能性があり、弾頭だけに使われる劣化ウランの総量としては、先の400トンあたりが妥当かもしれない。

 イギリス原子力公社は、米軍によってイラク全土にばらまかれた劣化ウランは、長期的に700万人を殺害する能力を持っていると報告している。

 劣化ウラン弾がもっと大量に使われたのが激戦があったファルージャなどで、ここでは悲惨を極めた被害が出ており、劣化ウラン弾を始めとする様々な化学物質による汚染が深刻な健康被害をもたらした。

 死亡率も極めて高く、2009年のファルージャ総合病院では出生児の24%が死亡、75%が奇形児であると報告された。

 ウラン金属の化学毒性としては、腎臓障害が広く知られている。しかし、使われたウランが再処理工場由来のものであるとすれば、プルトニウムはじめ多くのマイナーアクチノイド猛毒放射能元素の影響を受けて、猛烈な催奇形性や発ガン性を発揮するはずであって、ファルージャ総合病院での恐ろしい結果が、まさにそれを示している。

 イラク戦争後に観察された病気としては腎臓、肺、肝臓等の疾患や免疫系の障害が含まれる。劣化ウラン弾は、特に、子供たちの間で白血病、腎臓病、貧血等を急激に増加させた。

 女性の間では流産や早産が劇的に増加した。特に、ファルージャでは非常に顕著で、イラク政府の公式な統計によると、1991年に最初の湾岸戦争が起こる前の癌の発生率は10万人に対して40人だった。1995年には癌の発生率は10万人当たり800人となり、2005年には10万人当たり1,600人となった。そして、最近の調査によると、この増加傾向は続いている。

 これはイラク保健省の統計によるもので、実際の被害は、この数倍に及ぶと指摘されている。イラクの場合、自国に都合の悪い数字は、すべて半分に矮小化されて公表されるといわれる。

 日本では先天異常の発生率は1から2パーセント、ファルージャで生まれた子供たちの間では14.7パーセントであることから、日本の放射能被害地域における先天異常に比べると10倍も多い。
 2013年の3月の時点に、「出生異常の率は依然として14パーセントのままだ」であった。

 ファルージャで生まれてくる子供たちの15%が先天的異常ということは、ほぼ全員が見えざる異常を抱えていることを意味する。
 知的遅滞などの異常は、かなり年齢を経ないと発見されない。また、こうした子供たちの余生は大幅に短いのが普通である。

 これほどの死者と異常、病気をもたらした劣化ウランが、米軍の説明してきた核燃料濃縮後の金属ウランである可能性は極めて疑わしく、限りなく再処理工場由来の恐怖の猛毒劣化ウランである可能性が大きいのである。
 こんなことがやれる国は、陰謀だけで成立しているようなアメリカかイスラエルくらいしかない。非人道国家アメリカなら、やりかねない。これは人類の未来に対する犯罪である。

 劣化ウランは湾岸戦争で大々的に使用された。米国政府の発表によると、0.01グラムの劣化ウランに晒されると1週間の内に健康障害が起こる。

 米軍は陸軍少佐ダグラス・ロッキに命じて、劣化ウランの危険性を警告したマニュアルを作成したが、これを一切公開せず握りつぶした。
 劣化ウランの毒性を米軍が知って使ったということが明らかになれば、補償責任や戦争犯罪としての責任を問われることから、その危険性を徹底的に隠蔽し、兵士にも一切教えなかった。
 劣化ウランは、何の被害ももたらさない安全兵器だとデマを主張し続けたのである。

 このため米兵にも大量の被爆者が出た。米国内で被曝による命に関わるほどの深刻な障害を訴える帰還兵は、アメリカ政府の把握だけでも数百名を超えている。
 イラクに派遣された米兵50万人強のうち、52%にあたる25万人が帰国後も被曝症状を訴えているのである。
 これは湾岸戦争症候群と呼ばれ、深刻な社会問題となっている。
 ロッキ氏によれば、帰還兵の劣化ウラン被曝死は1万人に上り、22万人が障害者になったと報告されている。

 米軍の戦車から発射された砲弾は敵軍の戦車に当たると衝撃によって3100グラムの放射性微粉が生成される。
 劣化ウランの微粉を吸い込んだり飲み込んだりすると、この微粉は水溶性ではないことから、体内に数年間も留まり、体内被曝の原因となる。

 この砲弾には約4.8キロの劣化ウランが使用されている。その重量の70パーセント前後が標的への衝突によって微粉化するものと想定されている。
 0.01グラムの劣化ウランが体内に入ると健康障害が起こると言われている程であるから、参戦した米軍の兵士たちの間にたくさんの被害者が出たとしても決して不思議ではない。
 帰還した従軍兵士の約37%は、さまざまな症候に今も悩まされ補償を要求している。
 彼らの尿におけるウラン濃度は十数年を経ても高い。理由は肺に沈着したウラン粒子が徐々に血液に溶け出してくるためと説明されている。

 また日本から派兵された自衛隊のイラク駐屯隊員も被曝している。
 イラクなど海外派兵隊員の総数は延べ2万人、うち死者は35名、在職中自殺者が16名、帰国後も25名が自殺している。

 このうちの多くが被曝によるものと私は考えている。自衛隊・日本政府にとって劣化ウラン粉塵による内部被曝は存在しないものであり、体の変調やストレスを訴える隊員は、単なる怠惰としか理解されない。

 しかし、被曝による変調は恐ろしい苦痛や意欲減退を伴い、朝ベットから起きるのも大変なことなのだ。自殺者が出るのも当然だろう。

 【チッソの劣化ウラン火災にともなう、ある恐ろしい推理】

 イラク帰還米兵で劣化ウラン被曝によると思われる症状は、比較的共通するものが多い。

 1993年米下院退役軍人問題委員会で軍を告発した元陸軍看護兵キャロル・ピクーは、排泄(排尿排便)のコントロールができなくなったと訴えた。
 軍は検査治療にも応ぜず、排尿器具だけを渡されたと涙ながらに告発した。

 帰還兵メリッサも排便障害を訴えているし、帰還兵の訴えの中に排便排尿障害が非常に多いのに驚かされた。

 湾岸戦争症候群を列挙すると、悪心・嘔吐・腹痛・呼吸困難・胸内苦悶・頭痛・頭重・めまい・耳鳴り・頻尿・排尿不快・尿失禁・皮膚知覚異常・しびれ・かゆみ・痛覚・温冷感・自律神経障害・てんかんに似た意識消失発作

 ここで、私は「おや!」と思った。
 これは、現在、東京都民が訴えている症状に酷似しているのだ。

 というより、電車のなかでテンカンのような意識消失発作が続いて電車が救護のために頻繁に遅延していることがツイッターなどで報告されていて、最近では、電車内で排便排尿してしまう人が増えていることが明らかだからだ。

 もちろん、フクイチ放出による放射能のせいかもしれないが、福島など重汚染地帯から、この種の報告を目にすることは少なく、東京に集中している。
 そこで、私は、ひょっとすると湾岸戦争症候群が東京で起きているのではないかと疑ってみることにした。

 実は、東京では2011年3月11日に恐ろしいことが起きていた。
 東北巨大震災の揺れのなか、千葉県市原市、チッソ五井石油コンビナートが4時過ぎに大規模な火災を起こし、劣化ウラン保管庫にあった20トンの劣化ウランが爆発的燃焼を起こしたのである。

 このとき、爆燃を起こした時間帯に、周辺のモニタリングや測定者による測定値が大幅に上がっている。
 劣化ウランの場合は、燃焼して微粒子になった酸化ウランが放射平衡を起こしているビスマス214のガンマ線を出す可能性がある。

 また都内における定点観測の中性子濃度が劇的に上昇している。
 劣化ウランも自発中性子を出すし、フクイチからの放射能放出は3月14日頃と思われるので、これはもうチッソの劣化ウランの爆燃放出によると見て間違いないだろう。

 となれば、今、都内の電車で起きている多数の意識喪失発作や排便排尿障害は、チッソによるウランから来ている可能性を考えなければならない。
 あの水俣病を引き起こしたチッソが、再び大変な公害を起こしてしまった可能性があるのだ。
 現時点において、これらは証明されたものではないが、疑うべき根拠は十分すぎるほどある。

 今後は、ツイッターなどを通じて、湾岸戦争症候群に類似した症状がないか、呼びかけてみる必要があるだろう。
 燃焼した劣化ウランは酸化ウラン微粒子として呼吸から取り込まれ、肺に沈着する。

 イラク帰還兵の例では、ウランの生物半減期が短いにもかかわらず、実際には10年以上経ても高濃度のウランが尿から検出される。
 この理由は、肺に沈着したウラン粒子が、少しずつ血液中に溶け出しているからと考えられる。
 長い時間にわたって、重金属毒性とアルファー線、放射平衡のガンマ線によって内部被曝を深刻化させてゆくのである。

 泌尿器系の病気を引き起こす理由は、ウラン金属の化学毒性が腎臓を攻撃するからで、排便排尿障害をもたらすと考えられる。

希ガス クリプトン85 ラドン

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希ガス クリプトン85 ラドン

 2013年の夏頃だったか、(調べたら8月23日だった)
 友人と福島方面の汚染度調査に出かけて、千葉県まで帰ってきたとき、我孫子市の利根川付近を車で走っていたら、友人が突然、「なにこれ!」と叫んだ。

 肌身離さず持っているRADEXの検知管の二つある上等の測定器が、突然、ピーピーと警報音を鳴らし始めたのだ。
 見ると、とんでもない数値が出ていた。

 30μ/hとか70μ/hとか凄い数値が上下している。ところが、私の持っていたシンチレータ測定器はまったく反応していなかった。
 ということは、測定器の故障でなければGM管だけに反応するベータ線が出ていることを意味する。

 実は、出かけた19日にも、同じような現象が新潟の湯沢温泉から魚沼あたりでも起きた。
 このときは、計器のトラブルと思ったが、利根川付近の場合、10分以上も似たような数値が乱高下し、10キロも離れると、まったく正常に戻ったので、これは、とんでもないベータ線が出ている可能性が強いと思った。

 帰宅後、いったい該当するベータ線発生源は何か? いろいろ調べても容易に分からない。
 可能性のある核種といえば、ホットスポットを作りやすいセシウムやストロンチウムだが、いくらなんでも70μでは凄すぎる。
 飯舘村の土壌を採取して調べたが、測定器が完全に振り切れる状態だった。しかし千葉や茨城の測定箇所では、柏市であっても、せいぜい数μ/hが最高値だった。

 セシウムなら、ガンマ線が出るので必ずシンチレータ測定器に反応する。ストロンチウム90は、娘核イットリウム90が強力なベータ線を出すが、地面に付着してるものが車内で検出されることは飛程を考えればありえない。(ベータ線は空気中で、よく飛んで1m程度)

 車内でベータ線が検出されるなら、それは地表付近を這うように進み、車内にも侵入してくる重い気団であるはずだ。

 あとは事故から二年以上経ているので、半減期の長い、少なくとも数年以上ある長寿命核種以外、考えにくい。
 それと、十数分も驚くほどの高いレベルで検出され続けたので、相当に膨大な量でなければならない。

 フクイチから大量に出る可能性のある核種といえば、まずはガス体である希ガス類とヨウ素にトリチウムだ。
 これらのガス体核種は、セシウムやストロンチウムに比べると10倍以上も環境放出され、炉心メルトダウンの場合は、ほぼ全量出てしまう可能性が強い。

 ベータ線エネルギーの弱すぎるトリチウムは普通では測定できず、検知管に反応することはありえない。測定のときは、検知管の窓を突破できないため、内部にガスを入れて測定するしかないほどだ。
 それに水素なので、すぐに上空に昇ってしまうだろう。

 次に、ガス体になりやすいヨウ素131は半減期8日、事故から二年経ていれば、再臨界か医療用以外、検出される可能性は、ほぼない。

 となると、残るのは希ガス、それも上空に昇らず地表付近を気団として徘徊するほど質量が大きな核種。
 希ガスというのは化学的に不活性なヘリウム・ネオン・アルゴン・クリプトン・キセノン・ラドン であって、このうち寿命が長く、強いベータ線を出して被曝に関与する元素といえば、クリプトン・キセノン・ラドンである。

 ヘリウムやネオンなど軽い元素は拡散性も強いと思われるので問題にならない。深刻な被曝を引き起こすようなベータ線もほとんど出ない。アルゴンの同位体にも検出可能な放射能らしいものは見られない。

 残るのは、フクイチ事故で、もっとも大量に放出された可能性のあるクリプトン85とキセノン133だ。ラドンは源がウラン238なので、莫大に出た可能性があるが、半減期が3.8日なので一ヶ月存在できない。

 クリプトン85は、687Kの強いベータ線を出す。ガンマ線も出るが、ほとんど問題にならないほど少ない。おまけに半減期が10.76年と長い。消えるまでに百年はかかりそうだ。
 質量も相当に重く、気団として地表を這い進む性質がありそうだ。これは条件にぴったり合っていて怪しい。

 キセノン133は、346Kのベータ線を出すものの、半減期が5.3日と短く、一ヶ月そこそこで消えてしまう。

 というわけで、もし犯人が希ガスであるとしたなら、クリプトン85に絞られてくる。
 ただし、これが2011/03/15日頃、フクイチから大量に出たとしても、二年以上の間、地表付近を彷徨い続けてなお、毎時70マイクロのベータ線を出し続けることが可能かと考えると、相当に無理がある。

 (希ガスの場合は、ファンデルワールス力という結合があって、容易に分離拡散せず気団のまま彷徨する可能性がある)

 疑わしいものは他にもないだろうか?

 東電はフクイチ3号機瓦礫撤去工事で4兆ベクレル(大本営発表なので、実際には一桁以上多いはず)の放射能を飛散させている。
 時期的には、2013年夏場で、これと符号するのだ。
 可能性は大いにあって、この工事によって南相馬市の稲に基準値を大幅に超えるセシウムを付着汚染させてしまったことが明らかになっている。

 調べてゆくと、フクイチで大型クレーンを導入して大規模な瓦礫撤去工事を行ったのは2013年8月19日であった。
 我々が我孫子市利根川を通過したのが、8月23日、時期的に符号する。行きの魚沼市内での異常値も8月19日、工事当日だった。

 https://www.youtube.com/watch?v=dwa9CvKEvoU 
 これは前年6月の工事風景

 フクイチ作業の動画を見ると、強風のなか、クレーンがまともに外壁を壊していて、もの凄い粉塵飛散が見られる。
 この映像を欧米の専門家が見たら、腰を抜かして関係者は、ただちに逮捕、危険物散布、殺人罪でテロ殺人犯と同等の扱いを受けるだろう。
 日本では、警察どころか、マスコミも報道さえしなかった。

 瓦礫撤去は、使用済み核燃料プールに大量に落下した大きなコンクリートブロックをクレーンで引き抜く作業で、このとき燃料プールに瓦礫を落としたり、被覆管を傷つけるような作業ミスが、たくさん起きたはずだ。

 同日、作業に伴って、瓦礫の下敷きになっていた放射線粉塵が飛散し、作業員二名が頭部を被曝したとニュース報道されている。

 東電は「株価が下がるから石棺工事もシールド工事もしない」と平然と言い放つような、人間としての良心のかけらもない拝金ゾンビ集団なので、工事に際して放射能の飛散を防ぐような配慮は一切していない。(せいぜい水をかける程度=安く上がるから)

 このとき、瓦礫が使用済み核燃料棒を押しつぶし、内部に大量に貯まっていたクリプトン85など希ガス類が莫大な量、環境に放出された可能性を考えると、この常識外れの異常なベータ線も、十分に合理的に説明可能だろう。

 内部にあった希ガス類は、減衰の時間経過を考慮すると、ほぼクリプトン85が大部分を占めていたはずだ。

 こう考えれば、不可解なベータ線大量検知の謎が、問題なく説明できてしまうので、ほぼ間違いないだろう。

 ただし、これは大変なことなのだ。後に説明するが、クリプトン85は原子力産業が説明しているような不活性の安全ガス体ではなく、実際には呼吸から肺に入って強いベータ線被曝を与え、肺ガンのイニシエータとして作用する。
 また、生殖腺に蓄積する性質があり、奇形やダウン症、人類小子化の原因になっている可能性がある。
 東電は、このときも許し難い極悪犯罪=大量放射能環境放出を意図的に行ったのである。


 【希ガス】

 上の例のように、クリプトン85やキセノン133は常温でガス体であって、使用済み核燃料被覆管に高圧で閉じこめられていて、これが破壊されれば、とんでもない量が瞬時に全量放出されるのである。

 フクイチ事故の被曝を考える上で、もっとも大量に放出されたはずの希ガス類を知ることは重要である。

 希ガスの性質と、同位体の問題をおさらいしておこう。

 希ガスは周期律表で最後の第18族元素群、ヘリウム・ネオン・アルゴン・クリプトン・キセノン・ラドンの常温ガス体元素を言い、外殻電子が閉ざされて反応することができず、昔は化学反応を起こさない不活性ガスと言われたが、近年、一定の条件で化合物を作る性質も明らかにされた。

 この同位体とトリチウム・ヨウ素がフクイチから放出された核種のなかで、もっとも大量であって、環境に巨大な影響を与えていると考える必要がある。

 それは、セシウム・ストロンチウムなどメルトダウンで知られた核種の10~数十倍のオーダーであって、核燃料被覆管内にガスとして閉じこめられ、事故時に真っ先に全量放出されるからである。

 問題になる核種は、このうちクリプトン・キセノンである。他の核種を調べても、生物に深刻な影響を与える放射能は確認できない。(今、分からないだけで将来明らかになる可能性は大いにある)

 実は、ラドンという希ガスが内部被曝に大きな問題を起こしているのだが、これは自然核種であって、独立した項目で説明する必要がある。

 当然のことだが、報道はセシウムやヨウ素ばかり強調して、おそらく桁違いに多いはずのクリプトン85についてほとんど無視、あるいは黙殺し続けている。

【クリプトン85】

 2012年5月12日 カレイドスコープがクリプトンに関する記事を書いた。
 http://kaleido11.blog.fc2.com/blog-entry-1268.html
 カレイドはなみいる反原発派の評論ブログの中でも群を抜いて優秀で、少し人間的に冷たいが、的を得た文章ばかりである。

 重要な部分を少し抜粋してみよう

 週刊朝日の誌上対談「広瀬隆×アーニー・ガンダーセン対談」

 ガンダーセン
 「当時は(私は)原発賛成派で、スリーマイル島事故の後、テレビで放射能はほとんど漏れていないと言っていました
11年後、1990年になってやっと大量の放射能が漏れていたことに気づいたんです。
 白血病や肺ガンの増加が指摘されました。
 肺ガンは、事故で放出された放射性のキセノンとクリプトンの吸入によるものだと思います」。

 広瀬氏:
「今回の事故でも、キセノンやクリプトンはすべて出たのに、まったく話題にもならない。
 放射性物質を体に取り込む内部被曝を防ぐ手立てがほとんどなされていなくて、私は、これが原因で大変なことが起きると非常に心配しています」。


 つまり、広瀬・ガンダーセン共に、希ガスは原子力産業が主張するような不活性で安全なガス同位体ではなく、明確に肺ガンや白血病を引き起こす疑いのある危険な核種だと明言している。
 これは当たり前のことだ。687KeVという強力なベータ線を放出する核種が、想像を絶するほどの膨大な量で環境を汚染し、それを呼吸で吸い込めば、気管支や肺の内部にベータ線熱傷さえ起こしかねない重篤な被曝障害をもたらすのは当然のことだ。

 肺ガンに至らずとも前駆症状として喘息など呼吸器系の疾患に大きく関与するのは常識的な判断であって、これが不活性ガスだから安全だなどと宣う原子力産業の手先学者は、被曝について無知蒙昧だけではすまされない。
 人々の健康に対する極悪迫害者であって、徹底的に糾弾するしかないだろう。こんなことを言うクズは、この世にいてはならない。


 1940年代の大気中濃度は、空気1m3あたり0.001ベクレル以下。天然クリプトン85は、ほぼ存在しないと考えられるほど微量だった。
 1940年代後半には、アメリカの核兵器製造のための再処理がおこなわれたために、大気が汚染されていった。

 世界で行われている核燃料の再処理の状況から、現在の濃度は1m3あたり1ベクレル以上と推計されている。1940年代の1000倍です。
(Wikiおよび原子力資料情報室)

 2012年3月~5月、フクイチ2号機におけるクリプトン85の異常な激増

 福島第一原発2号機の格納容器内で確認されたのは、5月8日の検出値で、2.6×102(Bq/cm3)ですから、これを1m3当たりに換算すると、×100(cm)3で、2億6000万ベクレル/1m3という途方もない量になる。

 2012年3月頃から、二号機付近で、クリプトン85の激増があり、この原因として地下にメルトスルーした核燃料の再臨界が起きたか、または核燃料プールに保存された核燃料被覆管が破れるような、何らかの作業をしたと考えられる。
 再臨界については、周辺でテルル139mやヨウ素131が頻繁に検出されており、継続性は別にして、ブスブスと火がついている状態であることは間違いなさそうだ。

 クリプトン85は、希ガスのため、非常に捉えにくく、その挙動も十分わかっていないことから、電力会社、政府はクリプトン85の人体への影響について、常に作為的とも言える過小評価を行っている。

 青森県六ヶ所村再処理工場では、年間あたりで33京ベクレルという途方もない莫大なクリプトン85の環境放出を計画しており、もし、その毒性が明らかになったなら、六ヶ所村どころか、世界の原子力産業の命運を地獄に葬るほどのインパクトがある。
 再処理工程の放出量が、あまりに莫大であり、東北北海道全体で、我々が我孫子市で遭遇したような恐ろしいほどのベータ線数値が連日測定される可能性があるのだ。

 クリプトン85のフィルタリング除去については、実は、すでに十年以上前に研究開発が行われ、技術的な目処は立っている。
 方法としては、該当希ガス核種の融点以下に冷却すれば液化するので、これをLNGのようにタンク保管するだけのことだ。
 クリプトン85については、排ガスを融点のマイナス153度以下、実用上はマイナス170度前後に冷却し、液化させて、同等に冷やした活性炭吸着剤に含ませ、そのままタンクに入れて100年ほど保管すれば消えてゆく。

 ところが、この種の技術がLNG運用で確立されているにもかかわらず、国は「カネがかかりすぎる」と決めつけ、フィルタリング放棄どころか、全量を環境放出すると、めちゃくちゃな決定をした。

 年間33京ベクレルという恐ろしい数値のベータ核種を環境に投げ捨てることの意味は、途方もなく無謀で残酷な事態である。
 これによって全世界の生物に恐ろしい影響が及ぶであろう。
 このままのペースでクリプトン85の激増(70年で1000倍)が続くなら、あと数十年もすれば全世界の生物が死滅する可能性さえある。

  クリプトン85は北半球では1985年までの10年間で大気中の濃度が2倍になり、世界気象機関(WMO)はオゾン層破壊や酸性雨を引き起こす物質とともに、監視項目に指定した。
 
 どんなに毒性が弱くとも、日常的に数十マイクロという線量で被曝したなら、累積線量では恐ろしい数値が出るだろう。再処理工場稼働は、まさに巨大な国民殺戮計画と呼ぶべきである。

 それゆえ、国際原子力産業と、その手先であるIAEA・ICRP・WHO、つまり、原子力を推進したい側の人々にとって、クリプトン85の存在は、隠しておかねばならない秘密であって、その毒性も徹底的に隠蔽されてきた。
 マスコミも鼻薬を嗅がされたのか、ほとんど報道しないのである。

再びカレイドからの無断引用

 一般の放射性核種は、大気中に漂っていたものがエアロゾルなどに吸着され、雨により地表に降下します)が、クリプトン85は、それとは異なった動きをすることが分かっています。

 普通、大気中に放出された放射性物質によって、雨天時、あるいは雨天直後の地上の空間線量率は上がり、風のない晴天の日には、空間線量率が上がることはないはずです。

 しかし、この実験では、晴天時でも空間線量が大幅に上昇することが認められ、その原因をクリプトン85が急激に大量に生成されたことに求めています。
 クリプトン85は、雨(当然、雪にも)に影響されない、ということです。(つまり、空気中のエアロゾルとくっつきにくい)

 「再処理施設から放出される核種のうち、クリプトン85の量が最大である」と結論付けています。

 再処理工場では、クリプトン85は排気塔から、すべて大気中に放出されることになっています。

 クリプトン85地表濃度に関する原燃の著しい過少評価によれば、六ヶ所村の日本原燃は、

 「排気は排気筒からさらに高く吹き上がるとされ、大気安定度によって異なるが、原燃の標準では吹き上がり高さは190mである。
 放射能雲(プルーム)の中心は、常にその高さの位置にあるとされ、風に流されつつ上下左右に拡散すると仮定されている。
 風速は一般に高さによって異なり、排気筒の高さでは大きく、地表面では小さいが、計算ではプルーム全体が排気筒の高さでの風速に従って流されると仮定している。
排気筒近くでは、プルームが下まであまり拡散してこないので、地表面濃度は小さいという結果になる」
 と主張しています。

 この日本原燃の犯罪的な過小評価については、
日本原燃(株)の事業申請書(大気へ気体放出量)から実効線量を計算した表において、「六ヶ所村再処理工場から大気への放出放射能は、年間5700人の吸入急性致死量に相当。
また、一般人、3900万人の年摂取限度に相当」
との分析があります。
(三陸の海を放射能から守る岩手の会:作成2006.3)

 六ヶ所再処理工場の運転によって大気中に放出される放射能の中でもクリプトン85は、最大の量で、毎年 3.3×10の17乗=330,000,000,000,000,000Bq(33京ベクレル)が六ヶ所村の上空に放出されます。

 放出の方法も、高さ約 150メートルの排気塔から排風機を使って時速約70キロメートルの速さで大気中に放出されます。

 膨大な量の放射性クリプトンを放出するため放出口では許容濃度をはるかに超えているのですが、非常に高い排気塔から加速して排気し大気中に拡散することで薄めてしまうから、地上に降りてくるときに濃度が低くなり問題ないというのが国や日本原燃の説明です」。
(以上、原子力資料情報室)

 クリプトン85は、不活性な希ガスであるため、水分には容易に溶けずに(クリプトンの水への溶解度は、わずか0.067)、空気中にほぼそのままの状態で漂っています。

 人は、まず呼気からクリプトン85を吸い込み、これが肺から血中に取り込まれて全身を回ります。
クリプトン85は水分に溶けないので、血液などの体液に溶けるのではなく、物理的に血液の中に「混じる」ということ。

 クリプトン85の健康への悪影響でまず挙げられるのが皮膚ガンです。
また、血液に取り込まれて血流と共に全身に行き渡ってしまうので、体のどこにでも濃縮される可能性がありります。

 特に、全身のリンパ組織に悪性腫瘍ができるホジキン病を発症させると考えられています。
そして、次に白血病を誘発する可能性が出てきます。

 イギリス北西部にあるセラフィールド再処理工場の周辺で、白血病が増えていることは知られています。

 原因は、プルトニウムなどのミクロン以下の極微粒子を肺に吸い込んで、それが全身を回り、局所的な部位に高い被曝線量を継続して与えることが原因であるとされていますが、ICRPのリスクモデルでは、これを認めていません。

 ただし、核の再処理工場から出てくるのは、むしろクリプトン85のほうが圧倒的に多いはずであり、半減期の長いプルトニウム(プルトニウム239の半減期は2万4000年)より、半減期10.76年のクリプトン85を考慮しないわけにはいかないでしょう。

 白血病が多いのは、セラフィールド再処理工場周辺だけでなく、他の核再処理工場でも同様ですから、再度、クリプトン85の人体への悪影響について、使用済み核燃料の再処理という観点から洗いなおして欲しいものです。

 東海村核燃料再処理工場では、1970年代半ばからクリプトン85が、すべて大気中に放出されてきました。

引用以上

 なぜ長々とカレイドを引用したかというと、実は、クリプトン85に関する過去の被曝障害関連論文が、なぜかネットから失われてしまっているからである。
 おそらく国際原子力産業がクリプトン85の毒性を隠蔽することが原子力産業の命運を定めることに気づき、総力を挙げて徹底的な隠蔽を行っているのではないだろうか?

 数年前には入手可能だった被曝関連の論文や、ウクライナでの被曝死者報告、福島現地で放射能汚染された遺体が無数にあるなどという大切なニュース記事が、最近、すべて削除されている。
 削除したって事実が消えるわけではないが、南京大虐殺や慰安婦問題に見られるように、証拠隠滅の上に自分たちの妄想に都合の良い虚偽の説を、それらしく流布するという極右勢力、日本会議による歴史捏造が、被爆問題にも及んできていると見る必要がある。
 
【ラドン】

 希ガスを語る上で、ラドンを外すわけにはいかない。
 周期律表18族で6元素の最後(今では7元素が提唱されている)
 ラドンは、独立に存在するのではなく、一番大本にあるウラン238が次々と塊変(崩壊)して、ラドンとして現れ、また塊変して別の核種に変わってゆく。

 原料がウランなのだから、原子炉の核生成物にも含まれるのは当然だが、一般には、天然由来の放射能鉱石から発生する核種であって、我々人類が、生物学的発生以来、つきあうことを避けられない核種であった。

 ラドンは地殻からガス体として放出され、上空に昇って、水や溶剤に溶けやすい性質から雨水に大量に含まれていて、雨が降るとガンマ線測定器が実際よりも大きな値を示す理由は、ラドンの放射能のせいである。

 ただし、ラドン自体は、ほとんどガンマ線を出さず、アルファー線を出してポロニウム218に塊変する。ガンマ線が検出されるのは、曽孫娘核種であるビスマス214からである。

 実は、ラドンには2系統の核種があって、ウラン238から始まってラジウム226、ラドン222と塊変するウラン系列の系統と、トリウム232から始まって、ラジウム228、ラジウム224を経てラドン220(通称トロン)になるトリウム系列の系統がある。

 現実に存在するラドンは、多くの場合、この二種類 ラドン222とラドン220が混在している。なぜなら大元のウランやトリウムを含む土壌が、同時に、この二つを含んでいる場合が多いからである。
 ラドン222は、4世代後のビスマス214が609Kのガンマ線を出すので存在がわかりやすい。
 トロン=ラドン220は、4世代後にタリウム208という2.6MeVと583Kの猛烈なガンマ線核種があって、平衡した場合、これが同時に検出されることがある。

 ラドンが水に溶けやすい気体である性質から、系列崩壊の途中でラドンとなった段階で気体として上空に昇り、雨水に含まれて降りてくる。
 このときには、ラドン222・ポロニウム218・鉛214・アスタチン218・ビスマス214などが同時に含まれ(平衡し)ていて、このうちビスマス214の609Kガンマ線がラドンのガンマ線として我々に検知されるのである。
 ビスマス214は半減期が20分ほど、3時間もすれば消えてしまうため、雨がやめば、すぐに検知されなくなる。

 【系列崩壊】

 アイソトープと呼ばれる放射性同位体核種を考えるにあたって、この系列塊変を理解できないと、放射能の意味も理解できなくなってしまう。

 すべての同位体核種(アイソトープ)は、放射線を出しながら次々と別の核種に変わってゆく性質がある。放射性同位体とは、種類を変えながら変化(壊変)する元素のことである。
 そして本体と壊変後の別の核種が同時に存在する(平衡する)ことで、娘核種の放射能が本体の放射能であると考えられているケースがたくさんある。

 例えば、一番代表的なセシウム137の場合、512Kのベータ線を出してバリウム137mに変わり、662Kの強いガンマ線を出して安定なバリウム137に壊変する。この過程は、いつでも平衡し同時に存在する。
 我々がセシウムのガンマ線と言うとき、実はバリウム137mのガンマ線というのが正しいはずだが、実用上は壊変系列が平衡している場合、セシウム137のガンマ線は662Kと言い習わしている。

 この例は、ほとんどの核種に共通するもので、単独で終わる核種など存在しないし、それはアイソトープ(放射性同位体)とは呼ばない。

 この壊変系列が非常に多数に渡るものを、特別に系列崩壊と呼ぶ。
 これは原子核の性質によって数学的に定まるもので、質量数を4で割った余りによって系列を定めることができる。
 自然核種の場合、4n系列=トリウム系列 4n+2=ウラン系列 4n+3=アクチニウム系列。
 その他、人工核種として4n+1=ネプツニウム系列がある。


 ウラン238は、19核種もの系列塊変を経て最後は安定な鉛206になる。
 トリウム232は、12核種の遷移塊変を経て最後は安定な鉛208になる。
 我々が鉛と認識しているものは、いずれかの系列塊変のなれの果てである鉛206と208(鉛207も含まれることがある)の混合物なのである。

 ウラン235から始まって鉛207に終わるアクチニウム系列は、人類がウラン鉱石を精製して核原料としてのウラン235を作りだしてから成立した系列で、核実験や原子炉の放出物のなかでのみ問題になる。

 そして、この系列塊変(崩壊)の途中では、すべての核種が同時に平衡状態で存在し(崩壊時間の短い核種は、すぐに消えてしまう)、系列全体を一つの核種=放射能として認識しないと放射能の意味が理解できなくなってしまう。

 おまけにウランとトリウムは土壌中に同時に存在する場合が多いから、あまりにも多数の核種が平衡状態で産出されるため、土壌の放射能分析は大変な難作業になってしまう。

 この系列塊変によって出てくる多数の放射能のせいで、実はウラン鉱石の場合、それを工業的に精製したウラン235や劣化ウランよりも、原材料のウラン鉱石の方が数倍もの強い危険な放射能を含んでいて、ウラン鉱における深刻な被曝問題が出てくるのである。

 添付したスペクトルグラフは、数日前、我が家の井戸水をCSIシンチ放射能計で測定したものだが、セシウムはビスマス214の誤検出で、実際には含まれていない。
 609KeV(304Ch)の明瞭なピークはビスマス214が出すガンマ線で、これがウラン系列の中の、ラジウム226か、ラドン222から出ていることが分かる。

 実は雨水や井戸水に溶ける性質があるのはラドン222で、私の土地は「ラドン温泉付」との謳い文句で売り出された別荘地で、土壌には大量のウランやトリウムが含まれ、井戸水は放射能水となっている。

 つまり、この井戸水の正体はラドン鉱泉なのである。本当は、ウランやトリウムを起源とする系列数十種類の放射能が含まれているはずだが、強いガンマ線として現れるのはビスマス214など数種類である。

 これほどのレベルとなると、さすがに飲用には問題があって、飲料水はミネラルウオーターを利用し、井戸水は生活用水に利用している。
 ただし、近所の多くが井戸水を利用し、わが蛭川村は長寿村に数えられているので、自然核種については原発核実験由来の人工核種に比べれば、それほど深刻さはないかもしれない。

 ラドンはウラン成分の含まれる、すべての土壌から気体として出てくるが、厳密に言えば花崗岩の含まれた土壌である。
 ウランやトリウムの大半が花崗岩に含まれているからで、これを原料に用いる陶器やコンクリート、大理石などからも出てくる。
 そして、人体に有害な作用を引き起こすことが確認されている。

 【ラドンの被曝障害】

 2005年6月、WHOはラドンを「世界のガンの6~15%がラドン被曝によって引き起こされる」
 という目を疑うような報告書を公開した。
 ラドンは喫煙に次ぐ肺ガンの主要なイニシエーターであると明記されている。

 またリットル100ベクレルを超えるラドンを含有する井戸水の利用を制限すべきと言う勧告を出している。
 室内においても、空気1立方メートル中、100ベクレルを超えると、非喫煙者の場合、0.1% 喫煙者の場合、2.5%、罹病率が高まるとする。
 欧米のデータから、1立方メートル中100ベクレルの空気を吸っている集団の肺ガンリスクは有意に高いとの報告があった。
 この線量効果関数は完全に直線的であり、閾値は存在しないとされる。
 
 ウランの含まれた土地ではラドン濃度が高くなり、気体として吸い込んだ強力なアルファー線と系列核のビスマス214のガンマ線が肺細胞を直撃するという説明である。
 
 だが、WHOは近年、原子力産業の役員が入り込んで勝手に報告を原子力産業に有利なようにデータを改竄する傾向がある。
 彼らの報告の、すべてを信用することは避けるべきだろう。
 ラドン以前に、原子力産業から放出されるクリプトン85やキセノン133、トリチウムなど人工核種を疑う必要があるからだ。

 現在、ラドン濃度と肺ガン罹患率が比例するというのは世界的定説になっていて、ラドン・ラジウム温泉によるホルミシス効果よりも、被曝リスクの方を問題にする論調が増えている。

 私の個人的な印象を言えば、WHOのラドン有害説には、原子力産業による莫大なクリプトン85放出を正当化する狙いが隠れているような気がする。
 吸入量でいえば、再処理工場から出るクリプトン85の量は年間30京ベクレルを超え、それだけで、自然界のラドン被曝量を桁違いに超える可能性があると考えている。

 再処理工場から出るクリプトン85は毎日90兆ベクレル、この気団が周辺都市に吹き寄せたとすれば、1立方メートルあたり数千・数万ベクレルのオーダーで地域の空気を汚染することが十分に予想でき、肺ガンのイニシエーションとして十分であって、これをウソにまみれたICRP/IAEA・WHOが連携してラドンのせいにすり替えることを、我々は考える必要があるのだ。

ウラン1


 ウラン 1

 私の住処は中津川市蛭川というところで、恵那山を見あげるように広がっている恵那盆地の北の端に位置している。

 恵那盆地は、恵那山、裏木曽山地、東濃山地など1000~2000m級の大きな山脈に囲まれた盆地で、恵那市と中津川市という小都市を抱えていて、出口は木曽川を経て伊勢湾に向かっている。

 東濃地方とはいうが、山のスケール、雰囲気は美濃ではなく完全に信州で、中央アルプスの3000m近い稜線と恵那山・小秀山の2000mの稜線、笠置や高峯、二ツ森の1000mの稜線に囲まれ、映画「青い山脈」のロケ地にもなったほどだ。

 まさに「青い山脈」に囲まれた自然と人間の融和した素晴らしい土地が恵那盆地である。
 とりわけ、山々から流れ出でる水の素晴らしさには感銘するしかない。
 こんな景観・環境のなかで子育てをすれば、子供はのびのびと感受性豊かに育ち、曲がったことの嫌いな骨太の「信州人」になること請け合いだ。

 こんな美しい山里ではあるが、わが蛭川は放射能や鉱業を研究する人たちにとっては特別な意味を持っている。
 ここは、フクイチ事故が起きるまで、日本一の放射線高線量地帯で知られていたからである。

 今でも、我が家の地面に線量計を置くと、軽く0.3マイクロシーベルト/毎時くらいは出ている。予備知識なしに測定すると、フクイチ放射能で汚染されていると驚かされることになる。

 蛭川は、村全体が花崗岩の岩盤の上にあって、昔から石材産業が盛んで、村中に分散している石切場には、至る所にペグマタイト鉱床があり、ぱっくり口を開けた鍾洞には水晶やトパーズを産出、川の中にはトパーズが散在しているが手間を惜しんで採取する者などいない。
 我が家の裏山は薬研山といって、マニアに知られた国内でも指折りの稀少鉱物産地で、サファイアの産出地として有名だが、国内で唯一ルビーを産出したことさえある。

 花崗岩地帯というのは文字どおり「宝の山」なのだが、困ったこともある。
 この中にウランやトリウムという自然放射能が含まれているからだ。
 実は、村中が放射能鉱物に汚染され、ラジウムやラドンの放射線を放っている。一方で、この恩恵を受けて、至る所にラジウム・ラドン鉱泉が沸いている。

 これが住民の健康に、どのような影響を及ぼしているか、まだよく分かっていない。
 WHOはラドンがもたらす発ガン作用を大きく評価し、警告している。
 周囲を見渡すと、ガンで死ぬ人は少なくないようにも思われる。

 【我が家の土のスペクトル】

 愛知・三重・岐阜の大半が陶土地帯で、日本でも屈指の高線量地帯なのだが、蛭川の場合、突出して空間線量が高い事情は、この付近でトリウムを産出するからである。
 我が家の裏山である薬研山は、戦後、トリウム鉱山としてモナズ石などを産出した。これは放射線障害防止法に引っかかるほどの高線量である。
 
 トリウム鉱床はトリウム232を起点とするトリウム系列の平衡放射能を含み、→ラジウム228 →アクチニウム228 →ラドン220(トロン) →鉛212 →タリウム208 など12塊変を経て安定な鉛208にたどり着く。

ただし、放射平衡を起こしている崩壊系列のなかで、ラドンがガスであるため、空中に散逸し、それ以降の娘核種の放射能は非常に少なくなるのが普通である。

 このうち強いガンマ線を出すのが、Ac228=911K/969K Pb212=239K Tl208=583K/2615k などで、放射平衡を起こした状態で存在するため、12塊変すべての核種が同時に存在し、ガンマ線検出器には、上の3核種の5本のガンマ線がスペクトルに現れてくるがラドン220以降の核種では割合が大きく低下する。

 また、トリウム鉱床が単独で存在することは希で、ほとんどの場合、ウランも同時に含んでいるため、ウラン系列におけるガンマ線も同時に検出される。

 ウラン系列は、ウラン238を起点に、→ラジウム226 →ラドン222 →鉛214 →ビスマス214 →鉛210 →ポロニウム210 など19塊変を経て安定な鉛206にたどり着く。
 このうち強いガンマ線を出すのは、Bi214=609K/1120K/1764K Pb214=295K/352K などである。

 蛭川村の土をガンマ線スペクトル計で測定すると、ほとんどの場合、両者のガンマ線核種ピークが出てくるが、そのなかで鮮明なピークを作るのは、ビスマス214=609K(ウラン系列) アクチニウム208=911k(トリウム系列)である。
 このスペクトルは我が家の土を、この文章のために採取して測定したものである。
 アクチニウムの二つのピークもよく見えるし、ウラン系列のビスマス214のピークも強烈である。

 【東濃ウラン鉱】 

 日本のウラン開発は鳥取・岡山県境の人形峠から始まった。
 1955年に発見された人形峠周辺の鉱区では、ウランの採掘、精錬まで行われ100トン近いウラン金属を製造し、東海村などで利用された。
 現在でも、採掘当時のウラン鉱残滓による放射能汚染が大きな問題になっている。

 1973年のオイルショック時には、ウランの国際価格が高騰し、もっとも多忙な時期を迎えたが、1979年、アメリカのスリーマイル原発におけるメルトダウン事故を受けて価格は暴落、採算が取れず輸入に転じ、事業所は閉鎖された。

 東濃地方は、日本屈指の花崗岩地帯であって、ここにウランが産出する可能性は戦前から指摘されていた。
 わが蛭川から西に40キロほど行くと瑞浪市があって、その西隣が土岐市、この付近に1961年、国内最高品位と埋蔵量のウラン鉱が発見された。

 蛭川から名古屋市付近まで国道19号線添いの広大な土地は、どこも花崗岩の崩壊したマサ土=陶土の産地で、したがって長石などの成分がウランを含んでいる。
 この付近のガンマ線量は、フクイチ事故前の関東の人たちが測定したなら驚かされるような高線量である。

 ウラン鉱の発見は、土岐市内、国道21号線(旧道)沿いの崖に、直接、閃ウラン鉱の露頭が見えているという驚くようなもので、その埋蔵量の多さを予感させるもので、学者や政府関係者は色めき立った。

 実際、埋蔵量は人形峠鉱区の二倍と国内最大だったが、外国から比べると、あまりに規模が小さく、国際競争力を持てるほどのものではなかったため、1987年、わずか20年ほどで、採鉱事業は中止に追い込まれた。

 もっとも大きな転機はスリーマイル原発メルトダウン事故によるウラン国際価格の低迷だった。
 今では、この露頭を覆うように東濃地科学センターが建設されていて、初期、事業見通しの甘さを学術利用にすり替えているように見える。
 
 1980年におけるウラン価格は、キロあたり15000円程度、それから20年ほど緩やかに下がり続けて2004年にはキロ4300円まで下がった。
 しかし、2007年頃、突然暴騰し、キロ25000円台まで上がった。
 理由は先物投機ブームのなかで、有望な投機商品と位置づけられ各国の投資目標になったからだが、その後のリーマンショックで再び暴落してしまった。

 2015年におけるウラン鉱の価格はキロあたり10000円程度である。
 ウラン鉱の採掘精錬コストは、キロあたり130ドル前後とされているが、国産ウランの場合、それよりはるかに高くつき、商品としての復活の余地はない。

 日本政府がウラン鉱に強く魅惑された理由は、日本に核開発を持ち込んだ、正力松太郎や中曽根康弘らの本当の目的が、平和利用の名を騙った日本国核武装にあったことが明らかで、核ミサイルの原料を作りたかったからに他ならない。

 今では、40年にわたる原発稼働の結果、世界でも指折りのプルトニウム在庫と、それを含む高濃度核廃棄物を保有しており、これ以上、資源量の少ない国産ウラン開発をする理由がない。

 核兵器を保有することで「強い国家として世界を威圧する」という妄想に取り憑かれてきた保守政治家たちにとって、もはやウラン鉱に、かつてのような神秘的魅力はなく、膨大な量が貯まった高濃度核廃棄物からプルトニウムを取り出すことだけが興味の対象なのである。

 だからこそ、人類史上最悪の危険なお荷物プラント、もんじゅに対する未練が収まらないのだが、もんじゅの再稼働が絶望的な事態を前に、今度は研究目的を終えたはずの茨城県、常陽まで再稼働させると言い始めた。
 運転すれば、高純度兵器級プルトニウムが入手できるからである。

 なお、ウランの世界最大の埋蔵国は、表向きオーストラリアということになっているが、実は北朝鮮の埋蔵量が豪州を陵駕するという調査結果があり、これが中国が北朝鮮を支援し続ける真の意味であるとの指摘がある。
 中国は北朝鮮の莫大な鉱物資源を何らかの形での併合によって私物化したいのである。

 【ウランとは】

 ウラン鉱石から製錬したウラン金属には質量数238と235の同位体があり、238が約99.3%、235が約0.7%含まれている。
 核分裂するのはウラン235だが、ウラン238も常陽のようなナトリウム炉の中に入れておくだけで高純度のプルトニウムを生成することができる。

 ウランは地球上の採掘可能な埋蔵量は547万トンと推定されている。
 主要なウラン資源国は、埋蔵量の多い順にオーストラリア、カザフスタン、カナダ、南アフリカ、アメリカなどである。なお、採掘可能埋蔵量が推定400万トンの朝鮮民主主義人民共和国がオーストラリアを上回る可能性がある。

純度を高められたウラン金属は、濃縮工場に送られて、ガス拡散法または遠心分離法でウラン238に対するウラン235の濃縮度を高める。
 日本では六ヶ所村に濃縮工場がある。

 日本のウラン濃縮技術は、実は戦前、陸軍における仁科芳雄を首班とするニ号研究と、海軍における荒勝文策を首班とするF研究に分かれて競い合っていた。
 仁科が非効率で莫大な電力を消耗する熱拡散法による濃縮を利用したのに対し、荒勝の海軍側は大本命の遠心分離法を追求した。
 遠心分離法は、現在でも気体拡散法より大幅にコストが低いことから世界中が濃縮に利用するようになっているが、超高速回転に耐えるベアリングなどの精密な金属加工技術が必要とされ、日本の職人「お家芸」が役立っていて、世界の中でも突出したレベルにある。

 朝鮮併合統治時代に、現在の北朝鮮興南道のチッソ工場内に隣接した理研施設内で極秘開発が行われ、湯川秀樹の主導により、当時としては世界最高レベルの技術水準にあった。

 北朝鮮には世界最大級のウラン資源があって、これを海軍が直接、開発していたが、表向きは、陸軍との競争に勝つために秘密にされ、ウランの調達は上海の闇市場から購入としていた。
 現在の北朝鮮が、国情と不釣り合いな先端的核開発を行っている理由は、当時の技術や日本人人脈が、そのまま北朝鮮に居残って金政権に伝えたとされている。
 なお北朝鮮が核実験に使用している坑道は、当時の日本軍によるウラン採掘坑道ではないかと言われている。

 湯川らは太平洋戦争敗戦までに100Kg程度のウラン235を抽出したとされ、ソ連参戦と北朝鮮への侵攻と、さらに広島長崎への原爆投下の際に、証拠隠滅のため、将校が船で興南道沖合に運び、自爆核爆発させたと指摘されている。

 http://jp.sputniknews.com/japnese.ruvr.ru/2013_06_13/115687091/

http://ameblo.jp/kyasutaka1/entry-11469717712.html

 湯川らの核濃縮の最盛期に、興南道では奇病が発生し、多数が死亡した。
 この原因は、東洋最大といわれたチッソ興南工場の水銀廃液による最初の水俣病ではないかと言われているが、核開発も関係しているかもしれない。
 今では調査のしようがなく、原因は闇に葬られたままである。

 http://www.geocities.jp/saishjuku/0105_t.html

 【ウラン鉱の毒性 インド・ジャコゥダの例】

 小出裕章氏による「インドの原子力開発とジャドゥゴダ」というウラン鉱のもたらした惨害についての報告があるので抜粋引用しておきたい。

http://www.jca.apc.org/~misatoya/jadugoda/koide.html

 インド東部・ビハール州には、カースト最低身分より、さらに身分の低い先住民が住んでいた。そこから独立した「ジャールカンド州」では人口の28%が被差別先住民だという。
 ジャールカンドにはインド唯一のウラン鉱山があり、現在稼働している14基(合計出力272万kW)の原子力発電所を支えるとともに核兵器開発の基礎を与えてきた。

 インドは世界でも有数のトリウムの産地ではあるが、ウラン鉱石の品位は低い。通常、ウラン鉱石は0.2%以上の品位でなければ採算に合わないといわれているが、ジャドゥゴダを含めてこれらのウラン鉱山でのウランの品位は0.06%しかない。

 一方、生じる鉱滓と残土の量は厖大である。鉱滓だけでも年間40万トン、40万m2の鉱滓池を作っても毎年1mずつ池が埋まっていくことになる。その上、鉱山で掘り出して周辺に捨てられる残土はそのまた数十倍となり、管理することすら容易でない。

 ジャドゥゴダ周辺において深刻な放射能被害が生じていることを伝えたのは、2000年地球環境映像祭で大賞を受賞した映画「ブッダの嘆き」 であった。
 その映画では、ジャドゥゴダに巨大な鉱滓池が作られ、その内外で生活せざるを得ない先住民たちにさまざまな疾病が生じていることが示された。特に近年になって子どもたちに現れてきた先天的障害は深刻な様相だという。

 鉱滓池から1kmの範囲内に7つの村があり、そこでは47%の女性が月経不順に悩み、18%の女性はここ5年以内に流産あるいは死産を経験したという。女性の3分の1は不妊であり、住民の間には皮膚病やガン、先天的異常などが多発しているという。
州保健局による健康診断を受けた鉱滓池近くの住民712人のうち32人が放射線による疾病の疑いをもたれた。

 インドで利用されているCANDU型の原子炉では、濃縮核原料は必要とせず、天然のウランをそのまま燃料にできる。
 したがって、ウラン鉱のウラン238を主体とした汚染を考えればよい。U238が鉛206になるまでには合計14種類の放射性核種に姿を変える。そして、これらの放射性核種が生み出されたその場所から動かないのであれば、14種の放射性核種の放射能強度はすべて等しくなることが知られていて、そうした状態を「放射平衡」と呼ぶ。

 しかし、ひとたびウランを地上に引き出してしまうと、放射平衡の状態は崩れてしまう。なぜなら崩壊系列の途中にあるラドンは希ガスに属し、完全な気体として挙動しようとする。
そのため、ウランを含んだ鉱石や土壌の中から空気中に逃げ出してしまい、鉱石や土壌中のラドン以下の放射能濃度は低くなる。

 また、ラジウムはウランに比べて水溶性であるため、周辺に水が存在している場合には鉱石や土壌から溶け出し、やはりウランに比べて濃度が低くなる。
 一方、鉱石を製錬してウランを取り出す場合には、当然、製品の中にはU-238やU-234が多くなり、その他の放射性核種は少なくなる。逆に、廃物である鉱滓にはウランが少なくなるが、トリウム230以下の全ての放射能が存在する。
 したがって、地底に眠っていたウランを地表に引き擦り出してしまえば、ウランそのものからの被曝、鉱滓となったトリウム以降の核種による被曝、そして空気中に浸みだしてくるラドンによる被曝の3種類の被曝が生じる。

線量率
 DungridhiとChatikocha 0.1~0.7
 それ以外の集落 0.1~0.2
 残土を使った道路など 0.5~0.7
 鉱滓池 0.7~1.2
 (参考)Ranchi 0.2~0.3
 場所 ウラン濃度[ppm]
 Rakha Mine Station 5200
 DungridhiとChatikocha 2~30
 それ以外の集落 4~11
 残土を使った道路など 20~110
 鉱滓池 40~530
 (参考)Ranchi 17
 熊取 2

 地球の地殻中には、どこにでもカリウム40やウラン、トリウムなどの天然の放射能が存在していて放射線を放出している。従って、人間はそうした天然の放射線からの被曝を避けることはできない。
 ごく一般的な場所では年間で0.3mSv(0.04マイクロSv/h)程度であるが、ジャドゥゴダ地域はウラン 鉱山もある地域のため、もともと天然のガンマ線が多い地域になっている。

 空間ガンマ線量率の多い少ないは、その場所の土壌に含まれている放射能の量に関連している。そして、その多い少ないを決める要因には、天然の理由もあるし、人為的な理由もある。天然の理由はもちろん人間の力で避けることはできず、受け入れるしかない。

 空気中ラドン濃度場所 ラドン濃度[Bq/m3]
集落(Tilaitand) 45
鉱滓池(第一) 260
Bhatin鉱山坑道からの排気口 2400

 通常の屋外環境のラドン濃度は10Bq/m3程度なので、ジャドゥゴダ周辺の集落におけるラドン濃度も高めになっている。その理由は天然によるものかもし れないが、鉱滓池における値は数十倍となっていて、鉱滓池からラドンの汚染が広がっていることを示しているように見える。
 Bhatin鉱山の坑道からの排気口での値はそのまた10倍となっており、坑道内で働く労働者の被曝が心配である。

 当初500mから600mほどの深さであった掘削坑道は今では1000mもの地底になっている。鉱山労働者としてかり集められている先住民たちの健康問題こそが、ジャドゥゴダの最大の問題なのではないか。

 当たり前のことであるが、汚染は存在している。ウランを地底から掘り出し、それを地表付近に野ざらしで放置するようなことをすれば、汚染が生じない道理がない。その上、始末に困った残土を積極的に建物や道路の建設資材に用いるようなことをすれば、汚染はさらに拡大する。

 ビハール州の環境委員会は2年にわたって周辺を調査した上で、1998年に最終報告を出しているが、 「鉱滓池周辺5km以内には集落はあるべきでない」と指摘している。

 鉱滓池は住民の生活の場所になっており、住民は放射能の危険性を知らされないまま日常的に鉱滓池に出入りしている。当然、被曝も生じる。

 ジャドゥゴダで子ども達に先天的な異常が多発していることを受け、日本に生まれた支援組織「ブッダの嘆き基金」はジャドゥゴダから20km程 度離れた場所に新たに「シェルター」を建設して子ども達を避難させる計画をたてている。

 ジャドゥゴダはもともと先住民の土地であった。しかし、ウランが採掘されることになって、住民たちは土地を奪われた。
 農地であった場所あるい は集落そのものを奪われた住民たちがDungridihやChatikocahの集落に暮らしている。

 引用以上

 上に述べられているように、実は精錬済みのウラン鉱の放射能よりも、精錬前のウラン鉱石の方が桁違いに放射能が強い。
 これが土壌内に隠れているうちは大きな問題を起こさないが、ひとたび採掘されて生活空間に出てくると、大きな被曝被害を引き起こすのである。

【人形峠におけるウラン鉱石被害】

 日本でもジャドゥゴダと同じ問題が起きた。それは日本最初のウラン発掘地、人形峠であった。
 (「ウラン採掘と人形峠旧ウラン鉱山」および、「人形峠のウラン鉱の後遺症…他人事でした」より引用)

 10年にわたってウランの試験的な採掘が行われた人形峠ウラン鉱区。 挙げ句に、人形峠のウランなど全く採算がとれないことが明らかとなって、採鉱作業は放棄された。

 その間、延べ1000名の労働者が坑内作業に従事したが、最近の一連の事故でも明らかになった動燃のずさんな体質はこの当時はいっそう酷く、作業環境のデータも個人の被曝データ もまともなものは残っていない
(と動燃は言っている)。

 限られたデータは当時の坑内の作業環境が著しく劣悪で、坑内は国際的な基準と比べて1万倍ものラド ン濃度であったことを示している。
 肺癌の犠牲となる労働者は暫定評価で70名となった。

 人形峠でのウラン採掘を放棄したあと、動燃は海外からのウラン鉱石を人形峠まで運び込んで製錬・濃縮試験を始めた。当初、坑内労働にかり出された住民たちも、一部は動燃の下請企業労働者として働き、一部は静かな生活を営む山村の住民に戻っていた。

 試掘のため住民から借り上げられていた土地もすでに住民の土地に戻っていたが、88年になって、その土地に鉱石混じりの土砂が20万m3(ドラム缶100万本分)、野ざらしのまま打ち捨てられていることが発覚した。

 残土の堆積場では、放射線作業従事者でも許されないほどの空間γ線が測定され、半ば崩れた坑口付近では放射線取扱施設から敷地外に放出が許される濃度の1万倍ものラドンが測定された。

 それでも、動燃は残土堆積場を柵で囲い込むなどの手段で残土の放置を続け、行政は安全宣言を出してそれを支えた。
 ただ、鳥取県側の小集落方面(「かたも」と読む)地区だけは、動燃、行政の圧力をはねのけ、残土の撤去を求め続けた。

 私有地の不法占拠を続けることになった動燃は、1990年になって、残土を人形峠事業所に撤去する協定書を結んだ。ところが、それまで残土の安全宣言を出していた岡山県は、事業所が峠の岡山県側にあることを理由に、鳥取県からの残土の搬入を拒んだ。動燃も岡山県の反対を口実に撤去を先延ばしし、10年目に入った現在も、残土は撤去されないままとなっている。

95年末の「もんじゅ」、97年 3月の「東海再処理工場」、4月の「ふげん」、そして最近発覚したウラン廃物のずさんな管理など、動燃の施設で相次いでデタラメ管理問題が噴出した。
 人形峠においては、放射線の管理区域でもない純粋な私有地において、許容濃度をはるかに超える放射性物質が住民を襲っている。

 自らの土地に放射能を放置され、何とかそれを撤去してほしいと求めてきた住民の悲願は、10年たっても叶えられずに来た。住民の間には疲れと絶望が広がり、それを見て取った鳥取県は方面地区への残土の埋め捨てを画策して動き始めた。

 榎本さんら住民の闘いが始まったのは88年。山陽新聞が「ウラン採掘に伴い排出された放射性物質を含む土砂(残土)が、人形峠周辺の民家近くに放置されている」と報じたのがきっかけだった。

 ウラン残土は全体で45万立方メートルにも達した。うち1万6000立方メートルを占めた方面集落では、閉山後にがんを発症したり、体調を崩す人が続出 していた。
 住民らは「原子力開発という国策に貢献したのに、後始末もしないのか」と憤り、公社を引き継いだ動力炉・核燃料開発事業団(動燃)に全面撤去を 求めた。

 小出裕章氏や市民団体が支援に乗り出し、その調査で、土壌やわき水、栽培した稲などから放射性物質のラドン(気体)が次々に検出された。ウラン残土が積まれた土地のそばでは、国内平均値(1立方メートル当たり5ベクレル)の数千倍の濃度を記録した。

 1、2審ともに住民側が勝訴し、04年、最高裁で判決が確定した。

 動燃はこの間、核燃料サイクル開発機構(核燃機構)、日本原子力研究開発機構へと名前を変える。05年、特に放射線量が高い残土290立方メートルを米国ユタ州の先住民居留地に搬出。残りは08年からレンガへの加工を進め、6月末、最後の1個が搬出された。

 「自分が別に起こした訴訟では、ウランと住民のがんとの直接の因果関係は認められんかったが、私らが放射性物質を吸ったことは間違いない。今、盛んに議論されている『内部被ばく』じゃないかと思っとります。原発労働者の被ばくには労災認定もあるが、ウラン鉱山での被ばくは完全に無視された。そりゃあ悔しいですよ」

 榎本さんは今、そう語る。採掘現場で雑役をしていた妻も94年に肺がんで失った。

 住民らを支えた鳥取短期大学名誉教授(食品学)の石田正義さん(72)は「地元の人たちは被ばくや農産物への風評被害を恐れ、一刻も早い残土撤去を願っていた。だが、動燃、核燃の対応は撤去先として同じ町内の別の場所を提示するなど、はぐらかしや先送りばかりで誠実さが感じられなかった」と述懐する。

 榎本さんの著書「人形峠ウラン公害ドキュメント」に、地元の言い伝えを紹介した一節がある。

 <方面の奥の山にも昔からの言い伝えがありました。ここの所にはあまり手を出してはならない(略)“月の輪”と呼んでいるところで、入っちゃならん、掘っちゃならん、いろったり(いじくったり)したらタタリがある……>

 採掘から半世紀。戒めを破って掘り出したウラン鉱石が放つ放射能は、今もなお完全には取り除けていない。」”

 最後に

 ウラン問題は、あまりにも奥が深く、数回程度のブログで語り尽くせるものではない。次回は、さらに奥深く詰めたウラン問題を書きたいと思っている。

 こうしてウラン鉱問題を調べてゆくと、原子力産業に対する住民の権利の戦いに小出裕章氏が果たしてきた役割の大きさを思い知らされる。

 私自身は小出氏が熊取原発の運営によって生活の糧を得てきたライフスタイルには賛成できない。熊取原発は住宅街の中にあり、周辺に見えざる放射能の影響があったと考えられるからである。
 また「熊取六人衆」のなかに原子力産業擁護の姿勢が見えるのも非常に残念だ。
 しかし小出氏の業績は戦後市民運動史のなかで後生にいつまでも残る立派な仕事だと考える。
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ヨウ素131と甲状腺ガン

 ヨウ素131と甲状腺ガン

 ヨウ素は人間にとって不可欠な元素である。
 甲状腺ホルモンの原料として、細胞の新陳代謝を向上させる働きがある。
 ヨウ素が不足すれば、たちまち代謝が下がって寒さに弱くなるし、だるさを感じて体を動かす意欲が低下してくる。

 子供では脳や体の成長障害を起こすことも多い。
 被曝病としてのブラブラ病も、おそらく甲状腺を破壊された結果、ヨウ素の欠乏によるものだろう。

 千葉市内に住んで被曝し、甲状腺が廃縮してしまった友人の話では、最悪の時は、何かをしようとする意欲が完全に失われ、掃除や洗濯さえできなくなって、「誰か助けて!」と悲鳴を上げるほどだったという。

 診断は、甲状腺機能低下症の橋本病で、生涯、甲状腺ホルモン、チラージンの世話にならねば生きてゆけなくなった。
 ヨウ素被曝が原因の場合、逆に亢進するバセドー氏病になる確率も存在する。
 甲状腺被曝と免疫系難病の関係も指摘されていて、フクイチ事故後、千葉県内の多発性硬化症発症が7倍になったと聞いた。

 私は、原子力産業・マスコミ・医学界・政府ぐるみの隠蔽工作にもかかわらず、フクイチ事故が引き起こす甲状腺ガンは、いずれ数十万人に上るだろうと予想している。

 事故後、甲状腺嚢胞や橋本病を発症した人たちの大半が、福島第一原子力発電所からのヨウ素131被曝によるものであって、東京・千葉・茨城・栃木・群馬なども福島と同様の甲状腺障害や甲状腺ガンが激増しているはずである。

 事故年夏以降に、私が東京都内で行った被曝に関する講演会で
 「都内の人たちにも必ず甲状腺機能に影響が及ぶ」
 と述べたのを聞いた世田谷区の主婦4名が検診を受けたところ、全員に甲状腺嚢胞が発見されたと連絡があった。
 ヨウ素は数千キロも飛散するので、外国における発症も無視できえないと考える。全体としては恐ろしい数字が出てくるだろう。

 東日本全体では、すでに数万人が発症しながら、表沙汰にならないよう医師たちによって隠蔽されているだけだろうと考えている。
 甲状腺専門病院として権威のある伊藤病院でさえ、山下俊一の「放射能との関係を認めるな」という通達が効いているのか、被曝と関係づけまいとして必死の隠蔽を行っている姿勢が、ありありと見える。
 患者にも、橋本病など甲状腺機能低下障害が被曝誘発性であることを決して教えないのである。

 甲状腺医学界が、かくも必死に被曝と甲状腺障害・発ガンの関係を認めたくないのは、甲状腺治療の主流が、大量のヨウ素131を注入する放射線療法になっていて、影響が及んで批判されることを懸念しているのであろう。

 莫大なヨウ素131を体内に注入する放射能療法は、目先のガンを破壊できても、巨大な発ガンイニシエーションとして作用するため、十年もすれば患者をガン多発で殺してしまうと考えられる。
 数年後に被験者の全員に甲状腺機能低下症が避けられないはずだし、やがて再び甲状腺ガンや悪性リンパ腫に進むはずだ。

 大局観をもって医療を捉えられる医師は少なく、教えられたことしか知らず、言われるがままの治療しかできない医師ばかりでは、目先の成果のために、長いスパンで患者を殺してしまうことになるだろう。
 甲状腺医学界など、その典型ではないだろうか?

 ヨウ素は、人類が自然と融和した生活を送っている間は、ほぼ問題を起こさない物質であって、海のない地域で不足が問題になる程度であった。

 しかし、原発を稼働するようになって、これが原発の核分裂生成物であって、放射能放出事故時に、もっとも大量に放出される核種であるため、非常に困った恐ろしい現象を引き起こすことになった。

 【韓国の原発】

 事故が起きていなくとも、原発運営者がフィルタリング経費を節約する目的で、日常的に希ガスとともに放出している可能性があって、韓国では原発稼働に伴う甲状腺ガンの激増が問題になっている。

 韓国の甲状腺ガン激増は原発とともに始まり、今では10万人あたり60名と、日本での10万人あたり7名を14倍も上回り、風土病的な扱いを受けたあげく、検査機器の発達による「過剰診断」と韓国原子力産業の隠蔽工作に加担した医師たちによって決めつけられ、原因究明を妨害されてきた。

 しかし、2015年6月、韓国の釜山東部地方裁判所は、初めて甲状腺ガンが原発放射能=ヨウ素131によるものと認定し、被害者が勝訴している。

 ヨウ素は希ガスの性質に近く、韓国の原発6基が、すべて日本海に面した東岸に作られて日常的に大量の放射能を放出している疑いがあり、冬期は季節風が韓国から吹き寄せることから、対馬や九州などでは、健康被害の大規模な調査が必要であろう。

 【ヨウ素131】

 ヨウ素は周期律表5周期、17族、原子価が定まらないハロゲン属であって、フッ素、塩素、臭素など、いずれも化学活性が激烈なものばかり、隣の18族が希ガスであることから、ガス体になりやすい性質が分かる。
 どれほど扱いにくい物質か想像ができるだろう。

 原子炉で作られる放射能のうち、ヨウ素が格段に多いというわけではなく、全体の3%程度であって、Tc99やBa133、CsX、SrXの方が多いのだが、事故による放出されやすさの性質からいえば、希ガスと、ガス体になりやすいヨウ素が、もっとも大量に環境に出てくる。
 その量は、セシウムの10倍以上ともいわれている。

 希ガスは化学反応を起こしにくい性質があるので、人体との相互作用も少ないが、ヨウ素ばかりは、反応性も強く、また人体が必須元素として選択的に摂取するため、セシウムやストロンチウムと並んで、もっとも深刻な内部被曝を引き起こす核種である

 ヨウ素は融点114度、気化点184度で、常温では固体であるが昇華性・揮発性があって、希ガスなどに似た挙動を持つ。
 このため原発は、圧力維持で副次的に出てくるガス体を完全に回収できず、一部は環境に放出されてしまい、日本の多くの原発でも、周辺で甲状腺ガンや白血病の増加が確認されている。

 原発メルトダウン事故では、ときに炉心は5000度に達するため、ヨウ素は完全にガス体に変わり、ほぼ全量が希ガス類とともに遠方に放出される。
 (仮に圧力容器が健全でも、爆発を防ぐベントを行う必要があるため)
 チェルノブイリ事故のときは、数日後に日本の国土でも、土壌キロあたり数百ベクレルも検出されたと記録されている。

 原子炉内のヨウ素は、5種類の同位体129・131・132・133・135が存在する。いずれも外殻電子の数は同じであって、化学的性質も同一であるが、アイソトープとしての性質が異なっている。

 I129は原子炉では少ないが核実験で生成される率が高く、半減期が1570万年と長く比放射能は低いものの、ベータ線を放出するため甲状腺に対する影響は捨てることができない。
 実は、しばしば、比放射能の低い核種が、高い核種よりも生体に強い影響を与える例が存在している。

 I131だけは8日程度の半減期を持ち、原子炉から放出されると環境に二ヶ月ほど残って、深刻な内部被曝を引き起こす。
 他の同位体は数時間~数十時間の半減期で、数日で消えてしまうが、比放射能はI131より、はるかに強いため軽視できない。

 ヨウ素131は606KeVのベータ線と365KeVのガンマ線を放出する核種で、生物が必須元素として体内に取り込むと、ただちに甲状腺に集まり、一ヶ月以上もの間、強い内部被曝を起こして細胞を破壊するため、大量に吸収すると甲状腺嚢胞ができやすく、甲状腺機能を痛めつけた上、甲状腺ガンに進行しやすくなる。

 一般のシンチレータ・スペクトル検出器で容易に検出できるが、鉛214のガンマ線が352KeVと近いので、分解能の低い測定器で、ピークが重なってしまって誤検出を起こしやすい。

 ウラン系列のラジウム226やラドン222があると系列崩壊平衡で鉛214が出てくるので注意が必要である。福島事故後のアマチュアによるヨウ素検出報告の多くが、鉛214の誤認であった。
 また医療用途に一回あたり数億ベクレルと、驚くほど大量に使われることがあるため、下水などから検出される可能性もある。

 半減期は8.02日、89%がベータ崩壊、10%がガンマ崩壊を起こし、キセノン131(安定同位体)へと推移する。
 第一段階はベータ線を出してキセノン131mに変化し、直ちにガンマ線を出して安定元素のキセノン131となる。

 【ヨウ素131による内部被曝】

 米国内では、1950年代から1960年代初頭の児童にヨウ素131の蓄積が顕著に見られる。
 これはその期間の地上核実験の結果、汚染された草を食べた牛からの牛乳の摂取によるものであった。
 この当時、甲状腺被曝させられた人々は、死ぬまで甲状腺ガン発症リスクがついて回っている。

 1962年の核実験フォールアウトは凄まじいもので、日本列島でさえ原発事故なみの放射能が記録されたことがあって、政府がアメリカの圧力によって隠蔽工作を行ったため表沙汰になっていないが、国内でもヨウ素濃縮サイクルによる牛乳汚染から循環器障害=心筋梗塞、甲状腺ガンや遺伝子障害=奇形など多くの被曝障害で出たことが確実である。

 私は、当時、小学生高学年程度だったが、記憶しているのは「特殊学級」が設置され、たくさんのダウン症児や知的遅滞児がいたこと、学年に数名もの口蓋裂児童がいたことである。
 核実験停止後は「特殊学級」児童は激減し、特別養護学校への集約に変わっていった。今では口蓋裂児童を見ることも少ないが、今後は悲観的である。

 ヨウ素の内部被曝については、放出された多くの核種のなかでも数百万倍~1千万倍という最大級の生物濃縮が指摘されている。(市川定夫論文)

 市川は、体重50Kの母親が妊娠二ヶ月の胎児を身ごもっていた場合、母親のヨウ素被曝の大半が胎児に移行し、その濃縮率は5万倍に達すると指摘している。

 放射線医学総合研究所の資料によれば、フクイチ事故の起きた3月12日~23日までの間、甲状腺に0.2マイクロシーベルトの被曝をした場合の年齢別甲状腺等価線量が示されている。

 この場合、一歳児では108ミリシーベルトの被曝
     5歳児では64ミリシーベルトの被曝
18歳以上では16ミリシーベルトの被曝
 と明記されている。東日本の全域で、おそらく、ヨウ素131を吸入させられた人たちは数~数十マイクロシーベルトの被曝をしているはずであって、その甲状腺等価線量は恐るべき数値になるはずである。

 とりわけ、福島以外では、千葉県・茨城県・栃木県・群馬県・東京区部などで大きなヨウ素被曝が起きたものと予想でき、これらの地域で、とりわけ、事故当時、胎児・乳児・幼児だった人たちに、すでに数千人単位、将来は数十万人単位での甲状腺ガン患者が予想されるのである。

 甲状腺ガンのイニシエーションは、ヨウ素131を、数時間吸入しただけで十分であって、その後の被曝が存在しなくとも、生涯、死ぬまで発症のリスクが低下することはないと、チェルノブイリの経験から示されている。

 【チェルノブイリ原発事故】

 1986年4月26日、ウクライナにあるチェルノブイリ原子力発電所4号炉で大きな爆発事故が起こった。
 この原発事故により、大量の放射能が大気中へ放出された。
 チェルノブイリから約8,000キロ離れた日本でも、土壌・野菜・水・母乳などから強い放射能が検出された。

 原発周辺30km圏内の住民の強制避難は、事故から1週間経った5月2日に決定されたが、住民は放射能事故について何も知らされず放置されていて、莫大な放射能放出への知識も対策もなかった。
 5月3日から1週間かけて避難が完了。30km圏からの事故直後の避難民数は約12万人であった。

 この間、事故処理作業に当たった80万人の作業員のうち、初期活動を行った消防士など27名が致死的被曝を受けて急死した。
 他の作業員たちも、まったく無事な人は少なく、大半に循環器障害や痴呆症など深刻な被曝後遺症状が現れ、多くが寿命を全うできずに世を去った。

 ロシア、ウクライナ、ベラルーシの3国の汚染地域の総面積は145000k㎡とされ、600万人の住民がこの汚染地域内での生活を余儀なくされている。
 ちなみに、日本の場合は、フクイチ事故によって汚染された土地の面積は、欧州連合の報告によれば51000K㎡、私の推計では150000K㎡程度で、チェルノブイリ事故と、ほぼ同程度、この中に4000万人が生活をさせられている。
 私は日本列島の半分近くが放射能汚染地帯になったと考えている。

 事故から4年後、1990年頃からこどもたちの間で甲状腺ガンが急増した。放出されたヨウ素131がこどもたちの甲状腺に取り込まれ、被曝をもたらしたのである。

 事故から9年後の1995年をピークに、こどもたちの間での甲状腺ガンは減ってゆくが、これはガンの発生数が減ったということではなく、事故当時のこどもたちが青年・大人へと成長し、それにともない甲状腺ガンの発生する年齢も上がっていったからである。
 ヨウ素被曝を受けない世代では、甲状腺ガンのリスクは平常値である。
   
 甲状腺ガンは時間が経ってから発病することが多い。
 原発事故が原因とされる甲状腺ガンの発病率は、事故当時0~6歳だったこどもたちに最も高いことがわかってきた。
 つまり2016年現在、30~35歳を迎えている世代が、今後も甲状腺ガンになる可能性が高いことになる。このリスクが時間を経て低下する可能性は低い。

 【笹川財団によるチェルノブイリ被曝調査】

 チェルノブイリ事故後、日本の右翼勢力を代表する笹川財団が1991年~96年にかけて、長崎大の重松逸蔵を団長として、長瀧重信・山下俊一などの調査団を送った。

 メンバーの顔ぶれを見ると、731部隊関係者であったり、加害企業チッソ側に立って水俣病の隠蔽にかかわったり、およそ命と人権を守る立場に逆行した悪質な医療関係者が多い。
 フクイチ被害の隠蔽で知られる「幸福の科学」の高田純も含まれている。

 調査対象サンプルは12万人である。 内容は、
 ① 椅子型ボディカウンターでのセシウム内部被曝の測定。
 ② 血球数を調べる血液検査、当時、すでに被曝量を正確に知ることのできた染色体検査は含まれなかった。
 ③ 最後に甲状腺超音波画像検診が行われた。

 ここで医師団のまとめ役であった山下俊一は、「チェルノブイリ原発事故被災児の検診成績I・Ⅱ・Ⅲ」報告書のなかで非常に重要なことを述べている。
 山下俊一は、フクイチ事故後、原子力産業擁護の立場に立って「クヨクヨしてると放射能が来る、笑っていれば来ない」とか「被曝者の壮大な実験研究ができるとか」、医学者としての人間的常識を欠いた異常な発言で世界を驚かせたが、このときには、まだ科学者の顔の片鱗を見せていた。

 18P
① 放射能濃度と甲状腺異常は明らかにリンクしていて、線量の高いゴメリ州では甲状腺結節の発生頻度も高いこと。
 
② 日本では100万人に年間1~2人の割合で甲状腺ガンが発見されるが、大半が思春期以降で、10歳以下の児童が罹患することは、まずない。

③ チェルノブイリ周辺では、91年5月に6歳(事故時1歳)の子供にリンパ節に転移した(悪性の)甲状腺ガンが見つかった。

④ その後、いかに早く小さな結節を見つけても、ガンはリンパ節に転移していることが多く、早期診断が重要であること。

 19P
⑤ 吸引針検診、細胞診断を行ったところ、結節の7%に甲状腺ガンが認められ、ゴメリ州では20%に認められた。
(ゴメリ州の汚染度は、ほぼ東京都内程度である)

 この文章は、今や異常者と思うしかない山下に読ませたいほどで、福島県県民健康調査の福島医大や座長、星北斗らの『過剰検診による見かけの多発説』が、どれほど悪質な隠蔽屁理屈か、彼らの視線の先に県民の未来を守ろうとする意志は皆無であって、東京電力と、その資金と権力だけを守ろうとしている矮小卑劣な姿勢が一目瞭然である。

 【福島県甲状腺検診の基準と結果】

 福島県と福島医大関係者によって行われた県民健康診断では、2015年11月の暫定報告の結果から、調査対象、福島県の18歳以下、20万人中、113名の甲状腺ガン確定(大半は手術、うち72%にリンパ節転移・悪性ガン)
 2015年末時点で、疑いも含めれば甲状腺ガン発症は160名に達する。この数は、毎回増えていて、2016年は、桁違いに激増することが約束されている。
 福島県は、治療費補助予算を900名分組んだと報道された。
 
 判定基準
 A1=結節・嚢胞がない 64.2%
 A2=5ミリ以下の結節・20ミリ以下の嚢胞がある(30%程度) 

 B=5.1ミリ以上の結節、20.1ミリ以上の嚢胞がある
 C=甲状腺の状態を見て、ただちに二次検査を要する

 充実性嚢胞は甲状腺ガンを疑う
 A2は正常範囲と考え、次回検診まで経過観察

 これはC判定による二次検査だけの結果であって、チェルノブイリ山下論文からすれば、A2判定でさえ20%程度の悪性の疑いがあって、福島の18歳以下青少年のうち数千名が、すでに甲状腺ガンを発症している疑いを示唆するものである。

 この期に及んで県民健康検査座長の星北斗が「原発放射能の影響とは考えにくい」と平然と述べる神経は尋常のものではない。
 この男は人間ではない。いずれ、世界中の誰からも蛇蝎のように嫌悪され、相手にされない運命さえ気づいていないようだ。

 鈴木真一は、手術の結果、72%が悪性転移と明確に述べていて、ヨウ素131降下量と甲状腺ガンのリンクは、どんなに誤魔化そうとしても不可能なほど、地域的にも発症理論上も因果関係が明確であって、これを無理矢理「無関係」と言い切る医師学者は、もはや学問とは無縁の政治的捏造、欺瞞以外の何者でもない。

 東電からの補助金欲しさなのだろうが、こんなウソ八百ばかり並べ立てて国民を小馬鹿にしていると、いずれ恐ろしいツケが回って、もはや日本にいることさえできなくなると予告しておく。

 疫学専門家の岡山大、津田教授によれば、福島県民甲状腺診断の結果を疫学的に分析すると、甲状腺ガン発生率は日本国民平均の20~50倍になると(これでも控えめに)述べている。
 また政府の公表しているヨウ素131放出量がチェルノブイリの一割程度という推計も、実情と合わず意図的に矮小化、隠蔽していると指摘した。

 山下は、チェルノブイリ現地の経験から、ゴメリ州の場合、結節の20%に甲状腺ガンを認めたと論文に書いている。
 この経験からすれば、A2を放置することさえ、悪質な怠慢というべきである。福島の汚染度はゴメリ州の比ではない。

 【自然甲状腺ガンと被曝甲状腺ガンは、まったく別の病気】

 甲状腺専門家が、甲状腺乳頭ガンの予後は良好で、放置しても深刻な事態にならないと主張するのは、被曝性発ガンでなく従来の甲状腺ガンの症例にすぎない。
 放射線起因性、ヨウ素131被曝による甲状腺ガンは、極めて悪性でアグレシップな進行の早さがあるとチェルノブイリ医療関係者が指摘している。被曝ガンと一般ガンは分けて考えるべきであると。
(カリフォルニア大学、リディア・サブロツカ助教授)

 山下は、6歳以下の子供に甲状腺結節を認めれば、その40%が、すでにリンパ転移した悪性の甲状腺ガンであると明確に述べているのである。
 実際に、福島県民検診によって甲状腺ガンと診断され、手術を受けた子供の72%は、すでにリンパ転移や肺転移があったと報告されている。

 福島県健康診断関係者が原発放射能による多発を認めない根拠としている理由に、検査機器の性能向上と、過剰な検診によって普段発見されない甲状腺ガンが発見されたにすぎず、多発ではないとの主張がある。
 つまり機器の進歩がなければ発見されなかったガンが無理矢理、発見されたわけで、これまでは、ガンがあっても気づかないまま寿命を迎えていた。という詭弁・欺瞞・詐欺のデパートのような理屈を述べている。

 この「過剰診断説」の尖兵が、東大大学院教授の渋谷健司で、このグループに東大の中川恵一らや、福島医大、東京保健衛生医大の伴信彦らがいて、県民診断委員座長、星北斗や鈴木真一らがいる。

 彼らは、
 「甲状腺ガンはフクイチ放射能の影響ではなく、機器の進歩による発見率の増加にすぎない、検診も手術も行わず放置しても悪影響はない」
 と後生に残るであろう文化財級屁理屈を主張しているわけだが、二次検診で手術適応となった72%が、切ってみれば悪性のリンパ転移ガンであった結果には一切触れておらず、マスコミもこれを追求しないという呆れ果てた東電への癒着構図が見えている。

 渋谷や星、高村昇ら御用医師・学者たちは、被曝による甲状腺ガンの予後は良好であって、死者は非常に少ないと宣伝しているが、これは、非放射線性の一般的な甲状腺ガンの特徴であるにすぎず、被曝誘発ガンについて、まったくの無知をさらけ出しているか、真実を卑劣に隠蔽している。                                ヨウ素131被曝による甲状腺ガンは、一般的甲状腺ガンとはまったく挙動が異なり、非常に進行が早く、転移しやすく悪性度が高い、予後も良くないというのが被曝研究医師の共通見解である。

 チェルノブイリ現地では556名の子供が甲状腺ガンになり、うち95%が転移を伴う悪性であった。一般の甲状腺ガンでは、決してこうはならない。
 医療関係者は、放射線誘発ガンを一般ガンと明確に区別しなければならないのである。
 被曝ガンを放っておいたなら確実にガン全身転移で死亡する。
 渋谷らの主張は、無知蒙昧というより、意図的な殺戮を意味すると考えるべきである。

http://www.thyroid.org/wp-content/uploads/publications/clinthy/volume21/issue10/clinthy_v2110_10_12.pdf

 一般甲状腺ガンの場合は、男女比で女4:男1の割合だが、被曝甲状腺ガンの場合、男女比が逆転して、女1:男1.4(福島では1.8)になる。
 これも被曝性の大きな特徴であって、原因が性ホルモンによる内因性ではなく、放射線によってDNAが損傷する結果、発ガンするメカニズムから来ているからである。

 また、もっとも悪性度が高く死亡率も極度に高いといわれる未分化ガン・低分化ガンについても、被曝発症の場合は、通常の4.2倍であって、甲状腺ガンは無害という渋谷らの主張が虚構にすぎないことを裏付けている。

 また、チェルノブイリ現地では、日本などから派遣された医師たちによって、甲状腺ガン転移(リンパ節、や肺)などの治療にヨウ素131注入療法を行っていて、「非常に成績が良い」と自慢するように書かれている。

 それはメカニズムやガンの親和性を考えれば当然だと思うが、問題は、再度注入されたヨウ素131が大量の新たな被曝を起こし、健全な細胞まで破壊する結果、転移ガンの治療に成功したとしても、新たな誘発ガンを作って、患者を殺してしまう結果になると容易に予想できるのである。

 【ヨウ素131、真実の放出量】

 御用医師たちが、福島の甲状腺ガンはフクイチ放射能と無関係と、愚劣なウソを平然と述べる根拠として、ヨウ素131の被曝量がチェルノブイリより少なかったという虚構がある。

 東電は自らの試算で、フクイチからのヨウ素降下量は、チェルノブイリ事故の1割、500ペタベクレルであると2012年5月に公表している。
 日本政府の試算は、東電を守ろうとしたつもりなのか、さらに少なく160ペタベクレルである。炉心に存在する量は6010ペタベクレルとされるので、2.6%しか放出しなかったと奇っ怪極まりない数値を公式見解としている。

 ヨウ素と同じガス体である希ガス類の放出率が100%であることを思えば、信じがたい異様な計算であって、計算した人物の脳味噌を解剖したいものだ。

 この推計に対し世界中の科学機関から批判が相次ぎ、国連科学委員会は、フクイチからの実際の放出量を2655ペタベクレルと評価した。
 これはチェルノブイリからの放出量1760ペタベクレルの1.5倍である。

 福島県健診評価委員たちは、極端な矮小化が見える政府試算値を前提にしてヨウ素131被曝量を設定しているようだ。
 つまり2655÷160=16.6
 17倍も少なく設定されたヨウ素131放出量を前提として
 「こんなに少ないのだから甲状腺ガンが多発するはずはない」
 と、幼稚園児にさえ笑われるような間違ったデータをタテにし続けている。もはや、人智の外にある異様な観念的硬直を見せて突っぱねているのだ。

 なぜ、ここまで「甲状腺ガン多発は被曝と無関係」という屁理屈にこだわるのかといえば、結局、現在の誤った放射線医療を守ろうとしているのだろうとしか思えない。
 すなわち、目先のガン細胞を殺すために、健全な細胞まで大規模に破壊し、やがて患者を殺すしかない放射線医療の虚構を守るために、被曝と発ガンの関係を表沙汰にしたくなくて、曖昧であってほしいという切なる願望があるのではないだろうか?

 【ヨード剤配布問題】

 こうした姿勢によって、フクイチ事故の際は、用意してあった被曝防止用ヨウ素剤の配布さえ拒否され、県民に服用されることはなかった。
 服用したのは、県民への配布を拒否、妨害した医師たちと、県庁の役人と、その家族のみであった。

 もし、服用させていれば、現在160名を超える甲状腺ガンと疑い例は、半分以下に減っていたであろうとの試算も示されている。

 福島医大などの医師たちは、日本では問題にならないはずの無意味なヨウ素過剰有害説をタテに、日本では日常的にヨード成分の多い食品を摂取しているから服用は無意味と理屈を主張している。

 アメリカやフランスの服用基準が50ミリシーベルト段階であるのに対して、日本だけは100ミリシーベルト段階であって、「100ミリシーベルト被曝しない限り甲状腺ガンのリスクは存在しない」という原子力産業関係者が捏造した妄想、虚構を前提にした運用がなされていた。

 だがチェルノブイリ救援医師団の報告によれば、甲状腺被曝量が50ミリシーベルトであっても、統計的に有意な甲状腺ガンの増加が見られると、はっきりと書かれている。(P Jacob/1999/原子力安全委員会仮訳)

 この報告を無視して、100ミリシーベルトを強要した発想こそ、アレバ社やGEなど国際原子力産業に役員を送り込まれて、事実上乗っ取られているIAEA/ICRPが定めた事故対策計画なのである。

 この国連機関=国際原子力産業による隠蔽工作は、あまりにも卑劣、極悪なもので、膨大な資料が必要になるので別に稿を立ち上げたい。  

 プルトニウム その1

 【大震災とメルトダウン】

 2011年3月11日、PM2:46 M9.0の東日本大震災が発生した。

(当時の気象庁マグニチュード基準からはM8.4が最大で、後に、原発事故が想定外の大天災によって起きた不可抗力と強調する目的でモーメントマグニチュードが突然、導入された)

 その日の夕方に、東京電力は福島第一原子力発電所の全電源喪失を公表した。
 それを聞いて私は、少なくとも翌朝までに炉心メルトダウンによる放射能大放出が起きると判断し、ツイッターで妊娠可能女性と子供たちの避難を呼びかけた。

 これに対し、アゴラの石井孝明とネトウヨ、馬場正博らが、メルトダウンなどとデマを流すな、放射能汚染など起きるはずがない、東海デマの言うことを信用するなと宣伝した。

 NHKでは東大教授、関村直人が出ずっぱりで
 「メルトダウンなどありえない、放射能放出も起きない」
 と虚偽の宣伝を続け、多くの人たちが騙されて避難のタイミングを失った。

 私が緊急避難を呼びかけたのは、原子炉が冷却機能を失うと3時間で被覆管が溶融し核燃料が溶け落ちるメルトダウンが発生することを知っていたからである。
 原子炉というのは、いつでも安全限界ギリギリの綱渡り運用しかできない超危険なシステムなのである。

 しかし、ECCSが作動しなくとも、強制空冷設備もあるので、もう少し大丈夫かなと楽観したが、実際には、非常強制空冷装置が小泉政権下で不要とされ、撤去されていたことを後に知った。

 フクイチでは稼働している、すべての原子炉で非常用も含めて電源が遮断され、すべての冷却装置、安全装置が作動せず、最悪のタイミング、最短時間でのメルトダウン、人類史上、未曾有の放射能大量放出が起きていたのである。

 当日の21時過ぎには、住民避難の指令が政府から出されたが、これは、原発から、わずか3Km以内の住民だけであった。
 その後、12日午後には双葉町内でミリシーベルト級線量が確認され、メルトダウンは確実なものとなり、莫大な放射能放出が続いたが、民主党政権は住民を避難させて救済に走るどころか、佐藤雄平福島県知事と細野豪志大臣を中心にSPPEDIデータを隠蔽したことで避難した住民を大量被曝させた。
 http://date11.web.fc2.com/speedi.html

 激しい汚染の確認された飯舘村方面も、避難指示を出したのは実に一ヶ月後であった。この間、民主党政権は「ただちに影響は出ない」と吹聴し、住民を年数百ミリシーベルトの被曝地帯に住民を置き去りにしたままだった。

 13日には東京消防庁や自衛隊によって必死の強制注水が行われたが、水位が上がらないことから、溶融核燃料が炉心底を突き破ってメルトスルーに至ったと考えられた。
 消防庁の努力は徒労に終わり、隊員の重篤な被曝だけが残った。

 3月12日、15時36分、1号機が水素爆発を起こした。
 これは核燃料被覆管が溶融して水と接触することで大量の水素が発生するために、原子炉災害では常識的かつ必然的な結末である。
 しかし、破壊的圧力も小さく、原子炉の損傷も少ないと思われた。

 3月13日、午前、敷地内で中性子が観測され、明らかな炉心溶融が推定された。
 この頃には学者を動員した必死の隠蔽工作もむなしく、世界はチェルノブイリに匹敵するか、それ以上の原子炉事故が発生したことを知った。
 我々はレベル7事故を、レベル5と評し、宣伝し続けた東京大学の、大スポンサー東電の意向に迎合した卑劣な隠蔽姿勢を忘れない。

 3月14日11時1分、3号機の建屋が大爆発を起こした。
 このときピカッと黄色に光ったと同時に黒煙が高さ600mまで垂直に上がってキノコ雲状を呈し、音速を超える爆発であることが確認された。

 こうした爆発は通常の水素爆発では起こりえないもので、これが一種の核爆発であると、アメリカの核専門家ガンダーセンが後に指摘した。

 https://m.youtube.com/watch?v=LPiyVSdQnRE

 爆発したのは使用済み燃料プールに保管された核燃料だが、後に東電は、格納容器も破損し、大量の放射能放出があったと報告したので、原子炉内でも何らかの爆発が起きていた可能性も否定できない。

 このとき、私はフクイチ3号機がMOX燃料を使っていたことを思い出した。
 MOXとはプルトニウムを数%混入した危険な核燃料で、核分裂エネルギーの半分をプルトニウムが占めるのである。
 「これは本当に大変なことになった」
 と思った。

 プルトニウムは世界最悪の毒物で、角砂糖5個分あれば全日本人を殺せると言われていた。
 そのプルトニウムが爆発によって大量に大気放出されたのである。

 フクイチ原子炉の大爆発よって、近郊の多くの住民が死亡したが、政府や東電の必死の隠蔽にもかかわらず、さまざまなデータが数千名という大量死を示している。

 例えば、宮城、岩手の震災間接死者の割合が、直接死者の9.7%前後だったのに対し、福島県の間接死者の割合が直接死の125%だったことから、約1800名の被曝死が発生したと推計される。
 事故後の報道でも、大熊町に千名近い、猛烈に放射能汚染された遺体があると時事通信が配信している。

 さらに、今後、20~30年程度で、放射能汚染された東日本一帯で数千万人の(本来の寿命を全うできない)被曝死者が発生すると私は考えている。
 このとき、3号機から大量放出されたプルトニウムは、どのような現象を引き起こすのか?
 プルトニウムが、そこに存在した意味とは?

 【MOX燃料プルトニウムとは?】

 3号機に装填されていたMOX燃料は、通常のウラン燃料に4~9%のプルトニウムを加えたもので、これによって核分裂の半分がプルトニウムによって担われる。
 この方式の運転を「プルサーマル」と呼んでいる。

 日本政府にはプルサーマル運転をしなければならない事情がある。それは、すでに日本には使用済み核燃料の再処理によって50トン近い兵器級プルトニウムの備蓄があって、世界中から核武装を懸念されているのである。

 核武装し、再び戦前のような侵略戦争国家に戻らないか世界から注視されてきた。それどころか、日本は、すでに秘密裏に核武装しているのではと疑われてきた。
 こうした疑惑の前に、少しでもプルトニウム在庫を減らしてアリバイ証明しようと考えると、MOX燃料使用を推進するしかなかったのである。

 しかし、MOX燃料の核反応はウランに比べて中性子活性が激しく、制御が数倍も困難になると指摘されている。
 制御棒を入れても簡単に収まってくれず、冷却も困難、分裂停止後もウラン燃料の数百倍もの時間、崩壊熱による発熱が続くといわれ非常に厄介な代物である。

 核原料として使用後の高レベル廃棄燃料も、再処理に進む前に、実に100年近い冷却貯蔵が必要であって、地層処分に至っては、事前に500年の冷却を必要とするのである。
 その間の安全を保証するシステムは空想的で非現実的である。保管主体の電力企業どころか、日本国家の存続さえ保証されないのだ。
 
 1号機や4号基で核爆発が起きず、3号機だけで起きた理由はプルトニウムの存在であろう。
 
 ガンダーセンによれば、3号機核燃プール上で水素爆発が起きて、プール内のMOX燃料を激しく圧縮した結果、臨界範囲に入ってしまって爆発に至った。
 これがウラン235なら臨界爆発には至らなかったと思われ、プルトニウムならではの特異な反応であったと考えられる。

 我々は、原子炉の基礎知識として、原発級核燃料の濃度では絶対に核爆発はありえないとの説明を信じてきた。
 ところがMOX燃料は、これにプルトニウムが4~9%含まれたものが核燃料の30%以上を占めるほど添加される。
 
 当然、核反応が起きやすくなり、臨界連鎖に至りやすい。
 とりわけ、使用済みMOX燃料に含まれるプルトニウム240は239の7万倍も自発核分裂を起こしやすく、大量の中性子を放出して、極めて臨界しやすい危険な代物であって、保管プールに中性子を抑制するための大量の硼酸を添加して数十年以上も管理する必要がある。

 このMOX使用済み核燃料が入ったプール上で水素爆発が起きると、臨界爆発が起きることを3号機が証明してみせた。

 この爆発を即発性臨界爆発といい、中途半端な核爆発であった。
 臨界メカニズムは、プルトニウムX(偶数核は中性子を出しやすい)の自発核分裂を抑制している硼酸水が失われれば十分であって、水素爆発がプールの硼酸水を吹き飛ばして核燃料を露出させ圧縮してしまったというのが、もっともわかりやすい説明である。(核燃料は密度を高めるだけで臨界に向かう)

 もちろん巨大なファイヤボールを伴う普通の核爆発ではないが、使用済みMOX燃料を溶融粉砕して大気に大規模に放出する「汚い核爆発」であって、戦術級原爆などより人類へのダメージが、はるかに大きな代物である。

 これはショックな現実だった。原発の核燃料でさえ核爆発が起きるということは、原子力政策の根幹に、とんでもないウソが隠されてきたことを意味するのである。
 このことで世界の核テロのハードルが大きく下がり、兵器級核燃料を用いなくとも、原発使用済みMOX燃料を強奪さえすれば「汚い核爆弾」が作れるという事実を証明したのである。

 アメリカ原子力委員会NRCでは、MOX燃料を使った場合、事故の深刻さ、汚染度はウラン燃料の4倍に達すると評価された。
 その大きな理由は、大気拡散されるプルトニウムの存在である。

 この事実により、アメリカではMOX燃料に対する危険性の認識が飛躍的に高まり、事実上、NRCは認可しない方向に進んでいるが、日本では逆で、ほとんど全部の原発、耐用年数をはるかに超えた危険な老朽原発でさえ危ないMOX燃料を使うスケジュールが進んでいた。
 東電はフクイチ事故が起きなければ、柏崎刈羽原発でMOX化を進める予定でいた。

 【軍国亡霊に憑依された自民党政権のプルトニウムへの異常な執着】

 MOX燃料は、プルトニウム240の比率が高まり、極めて臨界しやすく制御が困難であって、世界中が使わない方向に向いているのに、なぜ、日本だけが積極的に使う意志を見せているのか?

 自民党政権は事実上、極右団体である日本会議に支配されていることが安部晋三の登場以来、誰の目にも明らかになった。
 日本会議の思想的根幹は、生長の家創始者、故谷口雅春の戦前回帰思想によるものである。
 その中身は、完全に戦前の侵略的権力欲に満ちた軍部の亡霊そのものといえるだろう。

 具体的には、天皇に絶対権力を与え、国民は、すべて天皇の忠臣であって、天皇と国家のために死ぬ義務を自覚させる。
 「日本は偉大な国家」との妄想を共有させ、世界に優越する強力な軍隊と核武装を成立させる。
 「世界に冠たる日本、美しい日本」という幻想と優越感で若者を思想的に拘束し、戦前の男尊女卑思想、封建価値観に全国民を統一洗脳するという、まさに絵に描いたようなファッシズム思想である。
 
 安部晋三が幼児のように、はしゃぎたてて戦闘機に乗ってみたり、戦車に乗って記念写真を撮って大喜びしているが、彼の頭の中には、「強い軍隊・偉大な日本」というお粗末なコンプレックスから発した愚劣きわまりない妄想しか存在しない。
 右翼というのは、元々、異常にコンプレックスが強く、短絡的で知能が大きく不足した人々なのである。
 知能指数が低いと右翼になるという研究報告も存在している。

 この日本会議の目標こそ、プルトニウム核兵器を保有し、世界に覇を唱え、核ミサイルを世界に売りさばいてボロ儲けしたいというもので、戦争前に陸軍統制派が岸信介の経営する昭和通商を使ってアヘン麻薬を大規模に販売し、ボロ儲けしていた発想に重なる。

 実は、日本の原子力利用は、草創期から、旧日本軍関係者によって推進されてきた。
 その中心人物は読売社主、正力松太郎であり中曽根康弘であった。
 正力は戦時中の大政翼賛会の会長、中曽根は海軍士官で若くして大隊長を務めた日本軍超エリートであったことが知られている。

 彼らは「強大な日本」という優越妄想に陶酔する旧軍エリートたちを代表し、日本が国際的に独立するためには核兵器武装が不可欠という幻想に生きてきた。
 彼らの言う「原子力平和利用」とは、エネルギー開発を隠れ蓑にした核武装準備であったことは、すでに繰り返し暴露されている。

 プルトニウムの臨界量はウラン燃料の三分の一である。それゆえ、核兵器としての自由度は、ウランとは比較にならないほど大きい。
 最小を追求すれば自走式榴弾砲で発射することさえ可能である。長崎に落とされたプルトニウム爆弾の大きさは広島型の半分以下であった。

 「この小さな核爆薬を持たねばならぬ」

 これこそ、正力・中曽根らの頭の中に刻まれた信念であっただろう。
 大量殺戮兵器を手にすることこそ、世界から恐怖による畏敬を受ける唯一の手段である。
 彼らのエリート意識、優越感を満足させる。プルトニウムという神秘の元素は、彼らの妄想のなかで怪しく光り輝き、憑依した旧軍の亡霊たちが、プルトニウムを求めて彷徨い始めたのである。

 後に、二人ともアメリカCIAのスパイであった事実が暴露された。
 これは、日本の核武装には、背後にアメリカの力が働いていることを覗わせるものである。

 【もんじゅ】

 原子炉でMOXを稼働すると2割もの猛烈に危険なプルトニウム240が生成され、これが数Kgも集まっただけで臨界暴走する可能性があるともいわれる。
 Pu240の核反応は激烈で、核兵器原料として使用すると、全体の核反応が起きる前に240だけが臨界爆発し、爆弾をバラバラにしてしまって、核兵器としては機能しなくなってしまうという。

 この危険なMOX燃料を核分裂させて、周囲を劣化ウランのブランケットで覆うと、その中に純度の極めて高い兵器級プルトニウム239が生成される。
 これが「もんじゅ」であって、そのままブランケットが核反応を起こして暴走、核爆発する可能性が小さくなく「人類が生み出した、もっとも危険な玩具」とも言われる。

 「もんじゅ」で生成されるプルトニウムは純度99%以上で、そのまま1Kg、大きなピンポン球くらいの量で核兵器ができてしまう。
 核爆発させるには、離してセットされた燃料どうしを爆薬で密着させるだけでよい。
 もんじゅには、すでに60Kgを超える純プルトニウムが保管されていて、これだけで核爆弾が数十個作れるといわれる。

 このことこそ、建設以来、まともに稼働したことがなく、将来に渡っても稼働する見込みのない「もんじゅ」に、自民党=日本会議が未練たらしく拘泥している本当の理由に他ならない。

 日本会議の悲願は、日本国家としてプルトニウム核弾頭で武装し、世界を恫喝することなのだ。

 だが、もんじゅには人類の手に余る決定的かつ致命的な欠陥があった。
 それは、水を使って冷却すると純プルトニウムが生成されないため、ナトリウムを使うしかないという理論上の手に負えない欠陥である。

 ナトリウム700トンを500度で運用するために、あらゆる技術を動員しても、安定した安全運用が絶望的に不可能であり、必ず大事故を起こすという結末が約束されているのである。

 それは、あたかもプラスチック製の銃のようで、数発も弾丸を撃てばバラバラになってしまう。短時間なら制御可能だが、長期の安全設計が不可能なのだ。
 高温の金属ナトリウムは、わずかに大気に触れただけでも猛烈に反応し、吹き出したナトリウムが水を含んだコンクリートなどに接触すれば大爆発を起こす。
 配管材料の性能限界を超えた過酷な運転環境が求められ、長期間の運用に耐えられない。

 ナトリウムが冷却機能を失えば、もんじゅ原子炉そのものが巨大な核爆発を起こしてしまう。その規模は、人類が経験した、いかなる核実験をも超える恐ろしいものになる。
 実際には、数百トンのプルトニウムが全地球上にばらまかれることになるだろう。
 これは、もう暴走などのレベルを超えて、全人類を滅亡に陥れる恐るべき仕掛けと言わねばならない。

 こんな想像を絶するような恐怖をもたらすプラントを運営して核武装しようという発想そのものが、まともな人間のものではない。
 原発の父、正力松太郎は、警視庁警備局長時代に関東大震災が起きたとき、「朝鮮人が井戸に毒を入れて強姦しまくっている」とウソを垂れ流した張本人であった。
 これによって在日朝鮮人6000名以上が誤解によって殺害されたといわれる。
 こんな悪魔のような人間性の人物が日本核開発の原点にいるのだ。もんじゅに至るまで、核開発を支配しているのは悪魔そのものである。


 【プルトニウムの毒性】

 さて、3号機の大爆発で大気に放出されたプルトニウム量は、どれだけなのか?

 3号機には548体、94トンの核燃料が装填されていた。このうち3割がMOXとすれば、30トン、そのうち5%がプルトニウム239とすれば、1500Kgということになる。
 このなかに凄まじく臨界しやすいプルトニウム240も20%含まれている可能性がある。

 このうち、どれだけが大気放出されたのか、東電は分かっているはずだが、知らぬフリをして隠し続けている。
 公表すれば、世界を震撼させる恐ろしい推計がなされるからであろう。

 「プルトニウムは角砂糖5個分で全日本人を殺せる」
 と言われ続けてきた。
 仮に1割が大気放出されたと仮定しても、150Kg、人類を数千回も殺せる量なのである。

 毒性について高木仁三郎「プルトニウムの恐怖」から引用しよう。

■ プルトニウムは、この世で最も毒性の強い超猛毒の物質である。その原因は、放出するα線である。

■ α線の電離作用は貫通力が低く、皮膚をわずか40ミクロンも走れば止まってしまい、体外被ばくとしての影響力は少ない。ところが、逆にいえば、プルトニウムが体内にとりこまれると、そのとりこまれたプルトニウムのまわりのごくわずか0.1ミリグラムにも満たない部分に、大きなエネルギーをすべて与えることを意味するから、その破壊効果はきわめて大きくなる。

■ 呼吸を通じて鼻(口)から吸収されると、気管や肺の繊毛に沈着し、長く留まって組織を被爆する。
 最も大きな問題は、肺を構成する細胞の核に存在する遺伝子を、そのα線の電離作用によって傷をつけることである。遺伝子は細胞の再生(代謝)を司っているから、傷ついた遺伝子によって誤った情報が伝えられ、増幅されるとガンを発生せる。

■ いっぽう消化器系を通してとりこまれたプルトニウムは胃腸壁を通して吸収されやすく、吸収されたプルトニウムは主として骨に集まりやすい。これは骨のガン、とくに白血病の原因となる。もちろん、とりこまれた部位に応じて各種のガンを誘発しうるが、肺がんと白血病が、プルトニウムの最も恐ろしい影響である。

■ アメリカのロッキー・フラッツ平原にあるダウケミカル社の工場は、1955年から一貫して核兵器用のプルトニウムを作ってきた。工場の歴史はプルトニウム放出の歴史だった。
 廃液の漏れ出しなどの事故があり、日常的に放出されていたことによって、合計100gに近いプルトニウムが環境中に漏れ出したと推定される。
 プルトニウムの1人あたりの許容量は4000万分の1g。つまり、40億人分の許容量のプルトニウムに当たる。

 その汚染は、工場の風下方向に何kmにも広がり、他の土地の何十倍もの汚染が観測された。土地の汚染は砂ぼこりとなった酸化プルトニウム粒子を舞い立たせ、空気汚染をもたらした。

■ 1970年代、コロラド州のジェファーソン郡保健局の医師ジョンソンは、住民たちの異常に気がついた。記録を集め始めた彼のファイルに、ガン死増加のデータが次第に蓄積され始めていた。

 彼は汚染地域を、地表地域を、地表土のプルトニウム汚染度に従って、3つに分けた。
 地域Ⅰはプルトニウム濃度が1850-29.6ベクレル/m2の地域(人口約15万人)
 地域Ⅱは29.6-1.4ベクレル/m2の地域(人口約19万人)
 地域Ⅲは1.4-0.37ベクレル/m2の地域(人口約25万人)。
 そして、同じデンバー地区内にある、汚染が0.37ベクレル/m2以下の地域Ⅳ(人口約42万人)と比較した。

 1969、1970、1971の3年間、すべてのガンを合計した発ガン率をみると、地域Ⅳを対照とした場合、地域Ⅰ、Ⅱ、Ⅲに住む白人男性の発ガン率を見ると、それぞれ24%、15%、8%高かった。
 女性では、同じ地域について、それぞれ10%、5%、4%高いという値が得られた。
 地域Ⅳは、州全体の発ガン率と統計的に有意の差がなかった。

 個別のガンの種類別にみると、肺・気管支ガン、白血病、リンパ腫、骨髄腫、睾丸・卵巣ガン、消化器ガンなど、ほとんどすべてのガンの発生率の増加が認められた。
 1969年―1971年の3年間で、地域Ⅰ、Ⅱ、Ⅲの人口に「統計的に予測されるガン」のケースは5747件であるのに対して、実際には6248件が観測され、501の「過剰のガン」があったと推測された。
 そのうち、とくに罹患者が多く顕著なのは、肺ガン(過剰数121、24%増)、直腸および結腸ガン(過剰数141、22%増)、などであった。

 この傾向は、その後も引き続き観測され、1975年の調査でも、白血病や肺ガンの死亡率の異常が確認されている。
 以上

 高木仁三郎の著書によれば、微粒子となったプルトニウムを吸い込んだ場合、20~40年の潜伏期間を経て、ほぼ全員が肺ガンを引き起こす可能性がある。
 ガンダーセンの推計によれば、東日本に居住する全員が、メルトダウン中に合金化したホットパーティクルというプルトニウム粒子を吸い込んでいて、その量は、いずれ潜伏期間後に肺ガンを引き起こすに十分であるという。
 この粒子は、アメリカ西海岸、シアトルでさえ検出されている。
 2011年4月段階で、シアトル市民はフクイチ由来のホットパーティクルを毎日5個以上吸い込み、東京では毎日10個以上吸い込んでいると報告された。

 いったい東日本の20~40年後に、何が起きるというのか?
 想像するだけで絶望的な恐怖に襲われる。

 (以下も参考資料より引用抜粋)

 ウランはプルトニウムと同様にアルファ放射体であるが、プルトニウムの放射能はウランに比べて桁違いに高い。すなわち、プルトニウムの比放射能が約10万倍も強い。
 この比放射能は半減期に逆比例するもので、プルトニウム239の半減期が2万4千年に対して、ウラン235が7億年、ウラン238が45億年である。プルトニウムの放射性有毒性は正にこの差、ウランよりも半減期が極端に短いことにある。

 吸入摂取の場合は、数十日から数百日の生物学的半減期で肺から出て、その一部は血液を介して主として骨と肝臓に移行する。骨からは生物学的半減期50年、肝臓からは20年で排泄されると言われている。したがって、プルトニウムの体内被ばくによる影響は、肺、骨及び肝臓における晩発障害である発ガンである。

 プルトニウムが体内にとどまる時間を表す生物学的半減期は、骨では50年、肝臓で20年と評価されている。

 小出裕章は、α線源であるため放射線荷重係数が大きいこと、同じα線源である天然核種のウランなどと比べ半減期が短いため比放射能が高いこと、体内での代謝挙動(肺での不均等被曝は、発ガン性が極端に高くなる)の3点から「かつて人類が遭遇した物質のうちでも最高の毒性をもつ」と報告している

 最も有害な取り込み経路は、空気中に浮遊するプルトニウム化合物粒子の吸入である。気道から吸入された微粒子は、大部分が気道の粘液によって食道へ送り出されるが、残り(4分の1程度)が肺に沈着する。

 沈着した粒子は肺に留まるか、胸のリンパ節に取り込まれるか、あるいは血管を経由して骨と肝臓に沈着する。

 これまでの知見では、プルトニウムの発ガンは潜伏期間が20~40年と非常に長く、動物実験では潜伏期間中に寿命が来てしまって発ガンを確認するのは困難であった。
 だが人間は、体内での生物半減期50年といわれるプルトニウムを摂取すれば、寿命のうちに発ガンする確率は高い。

 放射能半減期はプルトニウム239の場合約2万4000年(α崩壊)。比重は19.8で、金属プルトニウムは、ニッケルに似た銀白色の光沢を持つ大変重い金属
 融点は639.5 °C、沸点は3230 °硝酸や濃硫酸には酸化被膜ができ溶けない。塩酸や希硫酸などには溶ける。原子価は+3〜+6価(+4価が最も安定)。

 金属プルトニウムは、特に粉末状態において自然発火する事がある。
 塊の状態でも、湿気を含む大気中では自然発火する事があり、過去のプルトニウム事故の多くが、この自然発火の結果とされている。

 原子炉において、ウラン238が中性子を捕獲してウラン239となり、それがβ崩壊してネプツニウム239になり、更にそれがβ崩壊してプルトニウム239ができる(原子炉内では他のプルトニウム同位体も多数できる)。

 アルファ崩壊よる発熱のため、ある程度の量のプルトニウムは体温より暖かい。大きい量では水を沸騰させることもできる。

 中性子反射体のない球状プルトニウムの臨界量は16 kgだが、中性子を反射するタンパーを用いると核兵器中のプルトニウムピットは10 kg(直径10 cmの球に相当)まで減らすことができる。
 1 kgのプルトニウムが完全に反応したとすると、20キロトンの TNT 相当の爆発エネルギーを生むことができる。

 戦術核兵器でプルトニウムの爆縮点火を前提にすると、プルトニウムの質量を1Kg程度に抑えられるとの報告もある。

 1945年以来、約10トンのプルトニウムが、核実験を通じて地球上に放出された。核実験のフォールアウトのために、既に世界中の人体中に1-2 pCi (0.037-0.074 Bq) のプルトニウムが含まれている。
 フォールアウト起源のプルトニウムが地表面の土壌に0.01-0.1 pCi/g (0.37-3.7 Bq/kg) 存在する。

一般的な商用原子炉である軽水炉から得られたプルトニウムは少なくとも20 %の 240Pu を含んでおり、原子炉級プルトニウムと呼ばれる。

 原子炉級プルトニウムでも核兵器の製造は可能である。すなわちMOX燃料で得られた使用済み核燃料は核兵器としても利用可能だが、Pu240という極度に制御の困難な核物質を含んでいるため、通常の核兵器には利用されない。
 だが、テロリストにとっては、世界中で大量に使われているMOX燃料は奪いやすい核原料であり、容易に核爆発を起こすことができ、しかも通常核爆弾よりも桁違いに深刻な核汚染を引き起こすことができてテロ効果が高い。

 原子炉級プルトニウムを高速増殖炉に装填して原子炉の運転をすると、その炉心の周囲にあるブランケットという部分で高純度の兵器級プルトニウムが産出される。
 常陽のブランケットには純度99.36 %のプルトニウムが22 kg、もんじゅのブランケットには97.5 %のプルトニウムが62 kg含まれている。
 これを再処理工場で取り出すだけで原子爆弾30発以上を製造できる量になる。

 このことこそ、極右政党化した自民党が万害あって一利もない、史上最大、最悪のお荷物「もんじゅ」に拘泥する理由であることは、すでに述べた。

 【731部隊もひれ伏す、アメリカ政府によるプルトニウム極悪人体実験】

 プルトニウムが発見されてから数年の間、その生物学的・物理的特性はほとんど知られていなかった。そこで、合衆国政府およびその代理として活動する私的組織によって一連の放射線人体実験が行われた。

第二次世界大戦の間から戦後に渡り、マンハッタン計画やその他の核兵器研究プロジェクトに従事した科学者が、実験動物や人体へのプルトニウムの影響を調べる研究を行った。

 ドイツで障害者40万人を国家の邪魔者として殺戮したT4作戦が知られているが、アメリカでも似たような残酷な非人間的殺戮実験が行われた。

 マサチューセッツ州では、障害者施設で重度障害者の朝食にプルトニウムを添加する実験が行われた。もちろん同意など存在しない。
 ミューヨーク州でも病院で患者への大規模なプルトニウム注入実験が暴露された。
 患者や受刑者に強要されたプルトニウム注入は、もちろん極秘裏であって、個人が特定されたのは数十名にすぎない。
 この実験は30年に及び、被害者は数万人以上であり、わけても障害者に対する極悪なプルトニウム実験の悪質さは、身の毛もよだつものである。
(アイリーン・ウェルサム=プルトニウムファイルより)

 アメリカという自称民主主義国家の仮面の下の正体は、間違いなく本物の悪魔であった。

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トリチウム

 トリチウム

 東京電力は日本国民の電気を供給する公的使命を持った巨大企業でありながら、国民を見下し、小馬鹿にし、ウソで誤魔化す体質が身についた組織である。

 半世紀前に原発運営に着手して以来、マスコミに公表する内容は、すべて自分たちに都合の良いウソばかりと断言してもよい。
 都合の悪いことは公表しないか、数十分の一に矮小化し、みんなが忘れた頃になって、さりげなく、小出しにアリバイ証明のように流す。

 フクイチ事故の報告も、矮小化に次ぐ矮小化、ウソにウソを塗り重ねて、自分たちでさえ真実がどこにあるのか分からなくなっている。
 事故処理能力など存在しないのに、やってるフリだけをして時間稼ぎをしている。
 ウソをついても時間が経てば世間が忘れてくれるとでも勘違いしているのだろう。

 私は、最初から原子炉格納容器が破壊され、メルトダウンした核燃料が大気放出されたと予想していたが、東電は御用学者と工作員を総動員して
 「メルトダウンは起きていない」
 「原子炉は無事に冷やされてる、格納容器は健全だ」
 と見え透いたデマカセを言い続け、真実の情報ををデマ扱いしてきたのだ。

 だが、彼らは、原子炉が完全破壊されていることなど、事故の瞬間から、とっくに知っていた。それは事故直後のフクイチ所長や東電役員の涙の会見を見れば分かる。

 それを公表すれば2011年3月の消防隊や自衛隊を導入して決死の冷却を行ったことが完全に徒労であり、作業被曝者たちは、これから無駄死にを強いられることが暴露されてしまう。
 たくさんの命を犠牲にしたことも、原子炉の破壊を食い止めるために設置されていたはずのECCSや防爆安全弁など、すべての機能がまったく作動しなかったことも認めねばならなくなる。
すなわち、フクイチが壮大なガラクタにすぎず、安全対策が、ほとんど行われていなかった事実を認めねばならなくなるのである。
 ドバイに逃げた東電フクイチ事故総責任者、勝俣恒久を刑事被告人として強制送還させねばならなくなるのである。

 そして2015年12月、さりげなく小さな報告として格納容器破壊を垂れ流した。
 だが、このことでフクイチ事故は、それまでのレベル7ではなくレベル8を考えるべき未曾有の巨大事故を意味するものに変わったのである。

 そして、東電とマスコミ、政府が必死になって隠蔽してきたフクイチ地下から噴出する蒸気の正体も明確に理解することができるようになった。
 それは莫大なトリチウムを含んだ水蒸気であった。
 地下では溶融核燃料が再臨界している。その証拠が、ヨウ素131やテルル129mなど短寿命核種の検出である。

 臨界し発熱する核燃料に地下水が接触して猛烈な蒸気が地面の割れ目から噴き出していて、これには膨大なトリチウムが含まれている。
 これがフクイチの真実の姿であって、お笑いタレント安部晋三の軽薄すぎるデマ「フクイチ、アンダーコントロール」は、世界中の笑いものにされるべき妄想にすぎない。

 連日連夜、フクイチから大気に放出されている莫大なトリチウム蒸気は、いったい、地球と人間社会にどのような影響を与えているのか?
 この先、子供たちの未来は、どうなるのか?

 佐野千遙博士によって、フクイチのトリチウムは気象に重大な影響を与えると昨年、はじめに報告された。
 http://ameblo.jp/allahakbar231/entry-12013183585.html

 結果として佐野氏の予告通り、夏場、不可解な日照不足になって、米などの品位等級を大幅に落としてしまった。

 また、気象史に例を見ない、異様な湿度100%の多発も、トリチウムの影響と指摘する声がある。

 今の段階で、これらのメカニズムについて解明されているわけではないが、フクイチのトリチウム放出は、おそらく地球規模で大きな異変をもたらす疑いが十分にある。

【トリチウム】

 トリチウムが初めて発見されたのは、1931年、コロンビア大学のハロルド・ユーリー教授によってだが、当初、これが放射能を持つことは分からなかった。

 半減期12.3年の水素同位体は、わずか18.6Kevのベータ線を放出し、3ヘリウムに変化するが、18.6Kの微弱ベータ線を検出することは技術的に困難だった。

 GM管はエネルギー特性により低すぎるエネルギーのベータ線には感応しないし、そもそも検出器の窓を突破できるほどのパワーも存在しない。
 これを測定するためには、電離箱の中にトリチウムガスを送り込むしかなかった。
 現在でも、トリチウムのベータ線を通常の測定器で測定するのは不可能。シンチレータ検出器の入った厚い遮蔽箱に気体か液体を流し込んで測定するしかない。

 このように、あまりに微弱なベータ線しか出さないトリチウムは、当初から無害安全だと思われたのも当然であった。
 だが、真実は逆であった。

 エネルギーが低いと生体内で電子(=ベータ線)の親和性が高まり、電離密度が高エネルギー核種の10倍も高くなり、細胞の破壊力が大きくなっていたのだ。
(矢ヶ崎克馬琉球大教授)

 被曝法則には有名なベルゴニー・トリボンドーの法則と、もう一つペトカウの法則がある。
 これは、同じ累積線量を浴びても、短時間で高線量を照射されるのと、長時間で低線量を照射されるのとでは、低線量の方が、はるかに細胞破壊効果が大きいというものである。

 トリチウムにおける低エネルギー被曝が、実は高エネルギー核種による被曝よりも電離作用が大きく、深刻な事態を引き起こすという事実は、ペトカウ効果に共通するもので、いずれも長らく原子力産業におけるタブーとして隠蔽されてきた。
 現在ですら、これを否定する無知な学者や核産業関係者が多い。NHKを筆頭に、報道も一切されていない。

 トリチウムのベータ線は測定できないほど微弱で、したがって安全であるという見え透いたウソを、いまだに原子力産業は押し通そうとしている。
 もしトリチウムの恐ろしい真実が知られてしまったなら、年間数千兆ベクレルというトリチウム放出が人類の未来を奪う極悪行為であると世間に認識されてしまうのだ。

 だが、それどころか、トリチウムを有機化したOBTという形態だと、桁違いに生物毒性が高まることが発見されたのである。
 トリチウム水が植物・藻類に吸収されると光合成を経て、有機型トリチウムOBTに変化する。
 これは普通のトリチウムとは、まったく挙動が異なり、造血組織や遺伝子に対して激しい毒性を示すようになる。

 トリチウム水HTOの生物半減期は十日ほどで、継続摂取がなければ、三ヶ月もあれば体内から消えてしまうが、OBTの場合、生物半減期が40日前後、消えるには一年以上を要する。

 トリチウム水が体内に入った場合、内部被曝の危険度はガンマ線より大きい。
 セシウムが体内に入った場合の吸収率と似ていて、トリチウムは、ほぼ100%吸収される。皮膚からも吸収されてしまう。
 その後、すみやかに体組織に均等に分布し、2%がDNAの構成要素となる。

 DNAの水分子になった場合、本来は永久不変の細胞水として機能すべきものが、次々と壊変し、ヘリウムに変わってしまうのだから、DNAにとってはたまったものじゃない。基本的な機能が失われ、遺伝情報が崩壊してしまう。
 この結果、ダウン症が起こりやすくなり、ガンや白血病のイニシエーションともなる。

 カナダのオンタリオ湖岸にあるピッカリング原発で1991年に行われたグリーンピースの調査で、トリチウムが原因で、周辺住民の新生児にダウン症が85%増加したことが疫学的に証明された。
 この原発は特別に多くトリチウムを放出するタイプで、その放出量は、年間1000兆ベクレルにも達するため、トリチウム影響調査に選ばれたが、他の原発でも厳密な疫学調査を行えば必ずダウン症などの増加を発見できるだろうと担当者は述べている。

 この調査で特記されるのは、トリチウムの放射線エネルギーは極めて低いので、シーベルト=線量等量に一般化されたICRPの評価では健康被害はありえないほど小さいという結論が最初から出てしまう。
 このためICRP評価基準を避けて、グリーンピース調査団は、トリチウムの化学的毒性からアプローチし、ダウン症の有意発症を証明してみせた。
 放射線被曝は、化学毒性、生物毒性、物理毒性を加えて総合的な評価が欠かせないことを示すものとなった。

 イギリス、セラフィールド核燃再処理工場周辺において、子供たちの白血病増加の原因についても、疫学調査の結果、トリチウムが原因であろうと疑われている。

 水素は、普通の水素(軽水素)、重水素、三重水素の三種類あるが、同位体の化学的性質を決定するのは原子核の質量ではなく、外殻電子の数なので、いずれも同じ化学的性質を持つ水素であり、すべて水になる。
 ところが、いくつかの実験によれば、トリチウム水を飲用させたマウスや、水中に泳がせた魚は、すべて死に絶え、植物は、まったく発芽しなかったと報告されている。

 ピッカリング原発での被害アプローチは、放射線物理学・生物学ではなく、化学毒性の立場から行われたが、生物体組織にとってトリチウムは極めて有害であることが明らかになり、その割合が増えると生物は死滅してしまう。
 トリチウムの全毒性は、いまだに未解明であって、被害は一部しか知られていないことを知っておく必要がある。


 トリチウムは元々、自然に生成される核種だが、人類が核開発を始めたことで激増し、自然に存在していた量の5倍以上に増えている。
 1962年の大気圏核実験後には100倍以上に増えたとの報告もある。

 当初、トリチウムを無害核種と勘違いした核兵器国家米ソは、これを莫大に放出する核融合兵器でさえ「核汚染をひき起こさないクリーンエネルギー」と宣伝し、水爆実験を重ねた。
 
 1954年のアメリカによる水爆実験は2京ベクレルのトリチウムを大気放出し、加えて1962年の膨大な大気圏核実験によって、地球上の水はリットルあたり100ベクレルを超したといわれ、カナダなどで行われた核融合実験も莫大な汚染を引き起こしたとされるが、その後、半世紀の時を経て、やっと環境汚染が減少した段階だった。。

 原発の運転によっても、加圧水型で年間200兆ベクレル、沸騰水型で年20兆ベクレルのトリチウムが生成され、全部を大気放出している。
 核燃料処理施設では桁違いに深刻で、六ヶ所村処理場の場合、年間2000兆ベクレルの大気放出が計画されている。
 日本の54基の原発から放出されるトリチウムの総量は400兆ベクレルに達し、もし六カ所再処理施設が稼働すれば、年間2400兆ベクレルという莫大な量が大気放出されてしまうことになる。

 これらの核開発の結果、元々の自然界の雨水中に存在するトリチウムは、リットルあたり0.2~1ベクレルだったものが激増し、今ではリットルあたり1~3ベクレルになっている。

 トリチウムの半減期は12.3年であり、百年もすれば、ほぼ消える。
 半世紀以上を経て、やっとリットル数ベクレルまで低下したところにフクイチ事故が起きた。

 東電は徹底した隠蔽体質で真実を一切公表していないが、大気放出されているトリチウムは、再処理工場なみの莫大な量になっている疑いがあり、この結果、環境水資源中のトリチウム桁数が増える可能性が指摘されている。

 さらに土岐市などで核融合実験が行われるようになり、これも莫大なトリチウムを除去しないまま環境に放出し、周辺住民の健康被害やダウン症児激増が懸念されている。

 気体水素としてのトリチウムの分離は容易である。トリチウムガスと空気を混合して触媒を通せば、そのまま水になってしまう。これをシリカゲルで集めるだけだ。
 土岐市核融合研では、9割を水にして処理するというが、年間、数百兆ベクレルのトリチウムの全量を保管することなど不可能で、どこかで環境に垂れ流すしかない。
 具体的には、土岐市の大気と土岐川(庄内川)に流されるのである。

 おまけに、この施設では年間50万シーベルトという中性子が発生する。
 東海村JCO臨界事故の例では中性子を浴びたナトリウム24が20キロも離れた場所で発見されていることから、土岐市全域に、もっとも危険な中性子照射が発生してしまう可能性を示している。
 この完全遮蔽には、幅が10mもの水プールの遮蔽壁で施設全体を覆う必要があるが、そんな計画は存在しない。

 トリチウムガスからトリチウム水を作るのは極めて容易だが、トリチウム水からトリチウムを分離するのは絶望的に困難である。
 アレバ社あたりが東電に売り込んでいるようだが、アルプス同様、ほとんど成功していない。いわば高額の処理費をせしめる詐欺の一種と見た方がよい。
 ひとたび水になったトリチウムを元のガスに戻すのは原理的にも不可能に近く、気体拡散法や遠心分離法などを使っても、コストが凄まじいものになるだろう。
 外殻電子の数が同じなら化学的には同じものである。質量が異なれば物理的に違うもので、質量差を利用して分離するわけだが、重水の分離は容易だが、三重水素の分離は極度に困難だと考える必要がある。
 酸化マンガンがトリチウムを選択的に吸着する性質があるとされ、分離技術が公開されたが、これも本当に実用化できるのか疑わしい。

 トリチウムは水であって、すべての水に拡散平均化する性質(エントロピー増大)を持っている。
 すべての生物の細胞内に情け容赦なく入り込んでDNAを破壊して回るのである。
 トリチウムが自然消滅するには、生成から百年を要する。
 この間に、どれほど多くの子供たちがダウン症や白血病で残酷な悲劇に見舞われるか想像もつかない。

 こんな危険な物質を作り出しながら電気を供給することに何の知性が存在するというのだろう?
 そこにあるのは、自分たちが最先端の科学技術を手にしているという、愚かな自己陶酔、優越感だけだ。
 他の放射能ばらまき集団と同じで、子供たちの未来を何一つ考えないで、目先の金儲けと権力欲だけに奔走する愚劣きわまりない利己主義者の姿である。
 電気を売るとの名目だが、本当はは戦争の技術開発に過ぎない。核融合の研究とは、すなわち水爆開発以外ありえないのである。
 
 原子力を扱うことの意味は、国家という虚構の自己肥大、自己陶酔、自分たちが選ばれた人間であるとの愚かな優越感、他国を圧倒したいと考える優越妄想、他国の脅威という被害妄想であって、人間の愚かさの究極の姿だと知るべきなのだ。
 
 こんなゴミのような低俗な権力者ばかりがのさばり、ウルグアイのムヒカ前大統領のような人間愛に満ちた人を見ることは滅多になくなってしまった。
 核開発あるかぎり子供たちの未来は残酷の一語である。

 この世界の究極の法則は「因果応報」=与えたものを受け取るという意味であるとすれば、こうした、あまりに愚かな原子力開発は、同時に我々に内在する思想と人間性の反映といえるかもしれない。
 フクイチから出る水蒸気
フクイチから出る水蒸気
フクイチから出る水蒸気
フクイチから出る水蒸気

セシウムとストロンチウム

 セシウムとストロンチウム

 フクイチ事故後、放射能を調べるために、夢中になって、たくさんの検出器を購入した。
 これに要した費用で手作りハウスが建つほどで、おかげで老後資金も危うくなり若干の後悔がある。

 また支援者様の協力により、シンメトリックス社のIFKR-ZIPというハード面では世界最高レベルのシンチレータ測定器も手元に置くことができた。

 だが、これらの測定器は、どんなにがんばってもガンマ線を出す核種しか測定できない。
 生物に影響を及ぼすガンマ線核種は、たくさんあるが、放射能事故のガンマ線測定で意味のある結果を出せるのは事実上セシウムだけである。

 生命に深刻な脅威を与える核種は、セシウム以外にヨウ素、ストロンチウムやプルトニウムなどがあり、ガンマ線を出さない核種は、まったく測定できないことに強い苛立ちが続いている。

 こればかりはカネがあれば、どうにかなるというものじゃない。
 非ガンマ核種の測定には大学の研究室なみの設備と知識が必要になり、さらに精密測定システム確立には1000万円級の費用がかかるだろうと思う。

 フクイチからは数千種類もの核分裂物質が放出された。その量は、2015年12月に密かに報道された3号機格納容器破損を考えれば、チェルノブイリ事故の10~20倍に上る、人類史上未曾有のレベル8事故であったと考えなければならない。

 しかも、東電がカネを惜しんでフクイチ石棺化を拒否しているため、未だに膨大な量の放射能が毎日、日本列島を汚染し、日本の民衆を殺戮し続けているのである。

 放射能の大半は短寿命核種で、事故後、数秒から数日で消滅してしまうが、寿命が長く、かつ生物の構成要素である元素の性質を持つものは生物に長期間にわたって恐ろしい悪影響を与える。

 例えば、セシウム137とストロンチウム90は、いずれも半減期30年程度だが、ほぼ影響が失われると考えられる千分の一以下になるには300年を要する。
 究極の発ガン物質といわれるプルトニウムに至っては半減期2万年、ほぼ消えるには20万年、この頃、人類が地球上に存続していることを想像するのは難しい。

 放射能が消えるまでの間、呼吸や飲食から少しずつ体内に入り込み、心臓の筋肉や臓器、脳細胞を犯してゆく。
 それだけでない、細胞の染色体DNAを直撃し、バラバラに壊してしまうため、遺伝情報が破壊され、発ガンや奇形児出生の原因になってしまう。

 こうした内部被曝は、発症までには5年以上の長い潜伏期間があり(敏感な体質の人は早い)、その後も収束せず、死ぬまで被曝の影響から逃れることはできない。

 ここで、原発事故における代表的核種であるセシウムとストロンチウムについて、必ず覚えておくべき知識を書いておくことにしたい。

 ヨウ素は甲状腺ガンの評価とともに、まとめて書くことにしたい。
 プルトニウムの被曝障害は極めて潜伏期間が長く、あと20年ほども経たないと書いてもピンと来る人は少ないだろう。だが、いずれ想像もできないほど恐ろしい現実に我々は直面させられるだろう。

【セシウムX】

 セシウムXというのは、同位体セシウムは極めて種類が多く、後ろにつく番号がたくさんあるために、セシウム同位体の全体を表す表現である。
 このうち、覚えておくべき番号は、半減期が2年程度のセシウム134と30年程度のセシウム137である。
 セシウム137は2011年3月の、事故直後の新鮮な状態を100%とすると、2016年で、まだ90%も残っていて、1986年に事故を起こしたチェルノブイリ現地でさえ50%も残っている。

 原発事故汚染のサンプルをシンチレータ・スペクトルグラフで見ると、セシウム134の605kと796kの二つのピークと137の662Kのピークが三つ並んでいて、これを「セシウム三兄弟」と呼んでいる

 事故後は鮮明だった三つのピークも、五年経た今では真ん中の137=662kだけが坊主のように突出し、134のピークは、やや沈んで不鮮明になりつつある。
 
 セシウムが極めて重要なのは、原子炉内で生成される量が非常に多いのと、生物が生体構成元素であるカリウムと同じ原子価(1)を持つセシウムを見分けて排除することができず、カリウムと間違えて体内に取り込んでしまうからである。

 セシウムとストロンチウムは、ウラン235が核分裂を起こして割れた後に、もっともたくさん生成される核種である。
 割れた後の核種質量を足すと元の235になることはなく、わずかに少ない分がエネルギーに転換している。
 稼働中の原子炉ではセシウムとストロンチウムが、ほぼ同量あるといわれる。

 一般にセシウムの問題ばかりが報道されるのは、ガンマ線核種であるため、容易に測定可能であること、セシウムが671度で気化し、ストロンチウムの1382度より低いため、蒸気の状態で、より遠方を大規模に汚染する性質があるからである。

 だが、ストロンチウムの汚染が少ないわけでは決してなく、セシウム汚染地帯よりやや近郊に、時間をかけてやってくるだけのことなのだ。

 フクイチではメルトダウンで5000度近い温度が確認されていて、ストロンチウムも十分に蒸発した可能性が強い。
しかし多くは気化後、すぐに液体に戻って大地に降下し、長い時間をかけてカルシウムに近似した性質から地下水や水棲生物を汚染してゆく。

 周期律表の同じ欄にある元素は、本質的に似た性質を持っていて、生物にとっては見分けが厄介である。
 だが、同じ第一族アルカリ金属とはいえ、セシウムはカリウムと性質がかなり異なり、化学活性力が非常に強い。
 
 自動車や建物に降り注いだセシウムは、たちまち強い化学的活性によって塗膜やコンクリート、樹脂、ゴムなどに結合してしまい、その除去は極めて困難である。
 人体においても降雨などから毛髪に沈着しやすく、セーターなどの純毛製品は洗浄しても除去はほぼ不可能であり、捨てるしかない。
 3月15日の降雨時、着ていた衣類は絶望的に汚染されていることを知るべきである。

 人体内においても、カリウム代替として取り込まれた後、カリウムでは考えられないような挙動を示す。
 例えば、セシウムXが人体に入ると、わずか数十分のうちに心臓筋肉や血管に集まってしまい、細胞に大きなダメージを与え、量が多くなれば、被曝者を心筋梗塞で殺してしまう。
 甲状腺ガンの原因としても大きな要素になっているとの報告もある。
 北ウクライナ晩発性障害の研究報告によれば、事故後7年で、住民の98%が循環器系障害を発症したとされていて、この主な原因はセシウムXによるものだろう。

 心筋梗塞を引き起こすほどのセシウム量とは、体重1キロあたり、50ベクレル以上といわれ、敏感な子供では10ベクレル以上で異常が見られるとのバンダジェフスキー博士の報告がある。
 これは、セシウムを毎日100ベクレルも摂取していれば、数十日程度でそうなってしまう。
 だから国の定めた食品基準、キロあたり100ベクレルとは、まさに極悪政治による殺人基準という他はない。


 セシウムの放射線にはガンマ線とベータ線の二種類があって、137のガンマ線は実は崩壊してバリウムに変わった娘核種Ba137mが出すものである。
 662KeVのガンマ線は非常に強いもので生物に対する電離作用も大きく危険なものである。
 こんなガンマ線を日常的に浴びていると、白内障やガンの原因になる。とりわけ小児白内障は、線量率とは無関係に、眼に浴びた総量が数百ミリシーベルトなら発症してしまう。福島の20ミリシーベルト地帯に居住させられている子供たちは、いずれ全員白内障を引き起こすだろう。
 チェルノブイリのデータでは、白内障を発症した子供は10年程度で全員死亡している。

 このエネルギーの付近には、近い波長の危険な核種が集まっていて、問題になるのはRa226→Bi214の609K、Ag110mの658K、Cs134の605Kなど、たくさんあり、これらが同時にあると、普通のシンチ測定器で核種を見分けるのは事実上不可能に近い。

 セシウムは食品の成分として体内に取り込まれ、呼吸や水道水からも大量に入ってきて内部被曝を引き起こす。

 被曝で本当に問題になるのは外部被曝ではない。
 ICRPもIAEAもWHOも国際原子力産業が役員を送り込んで事実上乗っ取られたような状態にあって、彼らは被曝の被害や危険性を隠蔽することに必死で、安全デマをまき散らし、内部被曝の影響を完全に無視している。

 人類の生活と、その未来を破壊する本当の主役は、放射能内部被曝である。
 飲食呼吸を通じて体内に入り込んだ放射能が、どのような影響を与えるのか、我々は正しい知識を得て未来の子供たちに伝えなければならない。

 私の仲間である葛飾区の鈴木氏(CDクリエ-ション)が、金町浄水場の水道水をイオン交換樹脂を使った厳密な方法で測定したところ、水道局の公表値より一桁多い、リットルあたり0.01ベクレルというセシウムXを検出した。

(水道水中の低濃度セシウムを測定するには、100リットル程度の水道水にイオン交換樹脂数百グラムを入れてバスポンプなどで循環させる。TDSメータで0PPMになればセシウム吸着終了、樹脂を測定する)

 水は多量に消費するため、濃度が薄くとも絶え間なく体内に大量に入ってくる。一日3リットル程度は飲食するので、毎日の累積値は大きなものになってしまう。
 金町浄水場の取水源は利根川なので、利用者は膨大な人数に上る。東日本の水道水は、どれだけの人々を殺すか見当もつかない。

 ちなみに、飲料から毎日5ベクレル、食品からも5ベクレルを体内に入れた場合、どうなるかというと、一年後に体内のセシウムは1400ベクレル。
 これを体重50キロで割るとキロあたり28ベクレル、体重30Kだとキロ48ベクレル、バンダジェフスキーの警告する心筋梗塞水準に達してしまう。

 私の放射能測定器は、検出限界キロあたり1ベクレルまでいける。自民党民主党のような人権無視のキチガイ政権が追放され、科学的民主的知性を拠り所とする、まともな政権が登場したなら、おそらく食品基準は、現在の100分の1、キロ1ベクレル以下になるだろう。
 これからは1ベクレルを確認できる測定器が必要な時代がやってくる。
 これから測定器を購入される方は、最低1ベクレルを確定できる性能を目安にしていただきたい。

 だが、本当は、これでも胎児乳幼児に与える影響は、決して楽観できるものではない。
 体重5キロの赤ちゃんが、毎日0.32ベクレルを摂取すると(=東京の赤ちゃんの平均的摂取量あたり)、1年程度で体内にキロあたり10ベクレルのセシウムが平衡状態になるとの試算があった。
 これは、バンダジェフスキーが、子供の心筋に異常を示す値であると指摘している。これ以上だと、いつ心筋梗塞を起こしても不思議でなく、他の病気にもかかりやすくなる。

 赤ちゃんの飲む水は、東京のレベルでも実は危険なのである。だから私は、事故直後から、放射能の影響の及ぶ東日本の妊婦、妊娠可能女性、乳幼児は、ただちに安全地帯に疎開移住せよと書き続けてきた。

 それをデマと決めつけ、数千万の人が私たちの警告を無視して住み続けているわけだから、いったい、どれほどの残酷な結末が待っているのか、想像もつかない。


【ストロンチウムX】

 セシウムXとストロンチウムXは、いずれも半減期30年程度で、原子炉内における量も同じ、障害も似ていると言いたいところだが、まったく違う。
 ストロンチウムの毒性はセシウムの数十倍~数百倍と考えられている。

 その理由は、セシウムの生物学的半減期が70~100日程度、体内汚染が数百ベクレルあっても、完全に摂取を停止できれば、二年程度で体内から排出され消えてしまう。

 ところがストロンチウムの場合は恐ろしい現実がある。
 体内に侵入したストロンチウム90のうち3割程度が吸収されて骨などの体組織に結合してしまう。
 ひとたび体組織に同化したストロンチウムは死ぬまで排出されない。
 物理半減期30年より長い生物半減期が50年といわれ、10歳の子供が体内にストロンチウム1000ベクレルあったとして、その後の摂取が皆無としても、彼が50歳になっても体内に500ベクレル残っていて、その間、骨部などで恐ろしい放射線を浴び続ける。

 この結果、何が起きるかといえば、造血細胞を強力なベータ線が照射するため、骨ガンや白血病を発症する。
 また、故アーネスト・スタングラスによって、ストロンチウムXの内部被曝によって、生成された娘核種イットリウム90が、ちょうどヨウ素131が甲状腺に集まるように、膵臓に選択的に集まり、インシュリン細胞を直撃する結果、糖尿病が引き起こされる機序が明らかにされたのである。

 ストロンチウムXの被曝が引き起こすもの、それは糖尿病・白血病・骨ガンである。

 ストロンチウムXは基本二種類で、Sr89と90である。89は1.5MeVという強力なベータ線を放出するが半減期は50日ほどで、5年後の今は、ほとんど検出されなくなっている。
 90は半減期30年で、千分の一になるまで300年、その間、546KeVというベータ線を出すが、娘核種がイットリウム90で、これが厄介、2280KeVという細胞内飛距離の長い猛烈なベータ線を出して細胞をまともに破壊する。
 ベータ線が皮膚に当たると治癒の厄介なベータ線熱傷を引き起こすが、もっとも強烈なベータ線が体内にあって骨髄などに当たっている状態を想像願いたい。
 ストロンチウム90を放置すると十日ほどで両者が平衡し、両方のベータ線を同時に出すことになる。

 このストロンチウム90を検出測定するのは、我々、貧乏人にとって猛烈に厄介である。
 ベータ線というのは、核種を定める定性スペクトルが出ず、連続的なダラーとしたスペクトルしか見えないため、エネルギーを特定できないのである。
 理由については、ニュートリノ転換とかトンネル効果とか言われるが、ここでは説明を避ける。

 どうやってベクレル値を測定するかというと、まず、ストロンチウムを純粋に化学分離する。次に十日ほど放置してイットリウム90と平衡させる。
 そしてイットリウム90の2.28MeVというベータ線エネルギーの数を数える。
 これはGM管で測定するため、BGガンマ線が入らぬよう厚い遮蔽、大きな装置が必要になる。
 とても我々の力の及ぶところではない。

ストロンチウムは周期律表で第二価、ベリリウムから始まってマグネシウム、カルシウム、ストロンチウム、バリウムと続く。隣にいるカルシウムと化学的性質が近似していて、生物は、これを見分けられず、カルシウムと間違えて体内に吸収してしまう。

 カルシウムもまたカリウムと同様に生物の必須元素であり、甲状腺がヨウ素を選択的に吸収するように、すべての生物がカルシウムを選択的に吸収すると同時に、混入したストロンチウムをも吸収するのである。

 ストロンチウム=カルシウムのもっとも重要な性質は「容易に水に溶ける」ということであって、このことが想像もできないほど恐ろしい結果をもたらす。
 ストロンチウムの沸点は1382度なので、メルトダウンした原子炉から蒸気放散しても、すぐに冷やされて液状化してしまい、霧状に漂い、粒子はくっつきあって成長し、ヨウ素やセシウムに比べると、それほど遠くない場所に沈着する。

 セシウムのように派手なガンマ線は出さないが、実は、もっとも恐ろしいベータ線を出すことは先述の通り。
 事故直後、フクイチ近傍にいた多くの人が、手や顔に水泡を生じ、火傷の症状が出た。これもストロンチウムXによるベータ線熱傷の症状であって、治癒には時間がかかる。
 皮膚ガンの直接のイニシエータとして作用する危険な物質である。

 ストロンチウムの挙動は、どうなっているのか?
 先に述べたように、ストロンチウムの測定には半月近い時間と高額の費用がかかり、政府も意図的に測定を無視してきた。
 それを正当化する理屈として、セシウムとストロンチウムの同位対比は一定だから、セシウムを調べればストロンチウム量も分かるというものだった。
だが、これは我々の調査で真っ赤なウソであることが判明している。セシウムとストロンチウムの比率は決して一定でなく、単に「放射能がたくさん降下した地域」程度の評価しかできない。

 政府は食品に含まれるストロンチウムXの測定も、ほとんどしていない。市場に自由に出荷させている。
 「セシウムを測定してるから大丈夫」という屁理屈には何の根拠もない。

 ところが、その真実の挙動は実に恐ろしいものだ。
 「水に溶けやすい」という性質は、地表に降下したストロンチウムが雨水によって徐々に溶け出して地下に吸収され地下水に入り込むことを意味している。
 同時に河川から海へと汚染が進んでゆく。
 この水棲生物にストロンチウム90が沈着し、濃縮されてゆくのである。

 地下水を上水源とする自治体は多い。日本の大半の水道源となっているはずだ。その飲料水にストロンチウム90が時間をかけて混入してくるのである。
 こうした汚染水を飲んでいると、どうなるのか?
 まずは、スタングラスが明らかにしたように糖尿病が激増するだろう。
 次に、ひとたび体内に入ったら死ぬまで排泄されない性質から、極微量であってもストロンチウム生物濃縮が進んでゆく。
 そして骨髄照射から白血病を引き起こす。もちろん骨ガンもだ。

 太平洋産の魚介類のセシウム値は事故直後に比べれば下がっているものが多いが、セシウムが貯まりやすい底棲魚類では生物濃縮が起こって逆に上がっている。
 ストロンチウムの場合は、測定をせず隠蔽しているだけで、実際には水棲生物の骨部に、どんどん生物濃縮が進んでいると見なければならない。

 魚類にあっては、セシウムとストロンチウムの比率は明らかに逆転していて、どんなにセシウムが少なくとも、ストロンチウムは必ず含まれていると考えなければならない。
 少なくとも、太平洋沿岸の魚は、もう食べてはいけない。
 東日本の河川生物、鮎やイワナも同じ。水が汚染されるのだから、放射能汚染地帯に子供たちや妊娠可能女性を住まわせてはならない。
 セシウムがキノコを汚染するように、ストロンチウムは魚を汚染すると覚えていただきたい。
 
 今後、東日本にあっては、セシウム由来の循環器系障害、ストロンチウム由来の白血病、血液病、ヨウ素由来の甲状腺ガン、トリチウム由来のダウン症などが激増する見込みだ。
 東日本の汚染地帯に人間が住んではならない。子供と妊娠可能女性は、たった今からでも安全地帯への移住を実行していただきたい。

 パンドラの箱は解き放たれ、今、潜伏期間の五年が過ぎた。
 これから起きることは恐怖でしかない。

 2016年1月4日

2016年問題とは何か? 2016年1月1日


2016年問題とは何か?

 2011年3月の人類未曾有の福島放射能事故が起きた直後から、私は五年後の2016年頃から恐ろしい被曝障害の爆発的発症が起きると言い続けてきた。
 発症のピークは7年後の2018年頃であり、それから50年以上も人々を残酷に苦しめ続けると。

 被曝発症に5年程度の潜伏期間があることは、チェルノブイリ事故の経験から分かり切ったことだった。
その気になって調べれば、資料などいくらでも出てくる。どれほど恐ろしいことが起きるのか、ネットには無数の情報が待っている。

 それなのに、多くの人々が被曝を極度に甘く考え、信じられないほどの無知をさらけ出し、東京電力や日本政府が放射能被害を隠蔽して賠償を逃れる目的で流している見え透いた安全デマに乗り、平気で「食べて応援」などという恐ろしい罠にはまりこんでいる。
 
 いったい、どこまで愚かなんだ!
 と叫びたくなるが、それでも、いったい誰が、5年前に浴びた放射能で、恐ろしい結果が生じることを理解し、正しい対応ができるだろう。
 しかも、底知れないガンや白血病、遺伝病の恐怖が数十年も続くことなど誰が想像できるだろう。

 おまけに、東京電力は、2015年12月に、三号機の圧力容器が破壊されて中の膨大な放射能が外気放出されたと、さりげなく公表した。
 ECCSと共に原子炉安全装置の核心をなす圧力逃し弁のゴムパッキンが溶融して役に立たなかった事実も、多数の情報に埋もれさせるように公表した。
 我々は、膨大な放射能量から原子炉完全破壊があったと予想していたが、それを御用学者を使ってデマと宣伝し、隠蔽し続けたあげく、五年も経ってから密かに小さな漏洩程度であるかのように公表したのだ。

 このニュースは非常に重要で、原子炉完全破壊によって放出された放射能量は、従来、東電が説明してきた量の10~20倍に上ることが明らかであり、この事故はチェルノブイリと同等のレベル7ではなく、未曾有のレベル8だったことを示すのである。

 日本列島に降り注いだ放射能量は、実はチェルノブイリの比ではなかった。
 人口密度が6倍の日本に降下した放射能被曝被害も、チェルノブイリの数十倍になる可能性が十分にある。
 そして、それが現実のものとして日本国民を苦しめるまでに長い潜伏期間がある。

 狂犬病の犬に噛まれた場合、ときには数ヶ月、数年もかかってウイルスが全身に回り発症するという。
 ここまで時間がかかると、発症が起きても原因を思い出せる人は少ない。大半の人は、噛まれたことさえ忘れてしまっている。

 ノロウイルスの感染発症でも数日間かかることがあるが、これでさえ、原因と結果の関係をただちに指摘するのは難しい。

 ドクササコは食べてから発症まで数日か一週間を要する毒キノコで、末端激痛症という一ヶ月以上も続く凄まじい劇症苦痛を引き起こす恐ろしいキノコである。
 これでさえ、やや長い潜伏期間のため、原因の特定が食べた本人でさえ困難で、学問的に解明されるには長い時間を要した。

 放射能被曝の場合はこの世で、もっとも極端だ。
 因果関係があまりに長いので、疫学調査による証明さえ非常に困難で、だから原子力産業は、涼しい顔をしながら真っ赤なウソをついて人々を騙し続け、地獄に追いやるのだ。

 1971年、千葉の造船所で透過撮影用のイリジウム線源を紛失し、それを拾った作業員が家に持ち帰った。
 約一週間、被曝に気づかず身近に線源を置いてしまった六名の作業員のうち、数名に激しい被曝が起きた。

 数十日後、拾った本人は、線源を入れたポケットの臀部に激しい潰瘍が生じ、全員が精子機能に障害を生じた。
 線源を触った者は右手に被曝火傷を生じ、指が動かなくなった。10年後に感染症など悪化が著しく、指二本を切断することになった。
 線源を拾ってから指の切断まで10年を要している。

 イリジウム線源は外部被曝のみのガンマ線であって、だから、これだけの障害ですんだが、これが、もし飲食、呼吸などを通じた内部被曝であったなら、想像もできない致命的障害が起きていただろう。
 また、これらの作業員については、死ぬまで発ガンの危険が続くことになり、精子の遺伝子改変により子孫にも大きな影響が出ているだろう。

 チェルノブイリの被曝障害については、事故から10年後の1996年、NHK取材班による渾身の報告番組がネットに掲示されている。
 現在のNHKは、極右政権や原発推進派に乗っ取られ安全デマ以外の情報が片っ端から削除されているので、せめてこれだけは後生に伝えられることを祈らずにいられない。

https://www.youtube.com/watch?v=JKpJeGWmnwc
https://www.youtube.com/watch?v=wpgaEGQ7VUQ
https://www.youtube.com/watch?v=V-aQmc2B0q0
https://www.youtube.com/watch?v=g4LeI8cTgVY
https://www.youtube.com/watch?v=TO0qZ4AefOg

 いよいよ本番がやってきた!

 ウクライナはチェルノブイリを擁し、ほぼ日本の二倍の面積、人口は事故当時5200万人、それが2011年には4500万人まで減少した。
 700万人に及ぶ人口減少の理由は、チェルノブイリ放射能事故以外、考えられない。事故の前まで順調に人口が増加し、事故以来、減少の一途で回復していない。
 人口減少が始まったのは1986年の事故から8年後、1994年である。

 北ウクライナでの疾病統計によれば、被曝発症が爆発的に激増しはじめたのが、事故から五年後の1991年、この年、永遠不滅の鉄の帝国と思いこまされてきたソビエト連邦が崩壊し、ウクライナは独立した。

 ソ連最後の大統領、ゴルバチョフは、崩壊の原因について、チェルノブイリ事故の情報隠蔽により国民の信頼を失ったことであると明言している。

 ここに北半分、北ウクライナの被曝障害発症についてのデータグラフがある。
 このグラフこそが、被曝発症までの潜伏期間の恐ろしさを端的に証明している。
 事故から5年後に、呼吸器系循環器系の障害を中心に爆発的な発症が始まった。
http://www.olive-x.com/news_30/newsdisp.php?n=127081

 その割合は実に98%以上、ほぼ全員が障害を発症したのである。

 そして発症ピークは7年後から始まり、消長を繰り返しながら30年後の現在まで続いているのである。

 ウクライナでは政府系市民団体が、チェルノブイリ事故による死者総数は150万人を超えると発表しているが、実際には、統計上の人口欠損は700万人、この大半が被曝障害による死亡と考えられる。

 この文書のためにリンク先を確認したところ、47ニュースは、すでに削除されてしまっていた。政府による圧力で、被曝隠蔽のため都合の悪い情報は、すべて削除されているのだ。
 ここに同じ内容が書かれている。
四国新聞
http://www.shikoku-np.co.jp/national/international/article.aspx?id=20050424000273

 もう一つ、恐ろしいグラフを確認しておかねばならない。
 それは全ロシアにおける平均寿命の推移グラフである。
 
http://www2.ttcn.ne.jp/honkawa/8985.html

 1986年のチェルノブイリ事故を起点として、戦後、順調に右肩上がりの人口増加を続けてきた平均寿命が、突然、下降に転じた
 その度合いは凄まじく、事故から7年後には、男子の平均寿命が実に8歳も低下している。女子はやや少ないが、4歳以上も低下している。
 この差は性差というより、男性の多くが事故の後始末作業員として強制動員されたことなどが関係しているだろう。

 平均寿命グラフから死者数を知るのは、相当に高度な計算が必要だが、単純に考えて、寿命が13%低下することの意味は、1.3億人のソ連人口の2000万人近くが本来の寿命を全うできなかった=放射能被曝によって死亡したことを示すのだ。

 ロシアは被曝総数を全土で450万人程度と公表したが、統計上の死亡数は、そんな生やさしい数字ではない。
 ウクライナは、5000万人の人口中、被曝死を150万人と推計しているが、これも統計上の人口欠損は700万人であり、被曝を過小評価しているといわざるをえない。

 我々は、もし放射能事故がなかった場合、期待される人口から現実の人口を差し引いたものを「事故による死亡」と判定すべきである。

 問題は、その統計が信頼できるかどうかだ。

 チェルノブイリに隣接するベラルーシは世界から「最後の独裁政権」と評されるほど公的情報の信頼性の低い政権で、これが事故による被害を矮小化し、統計を捏造改竄してると指摘されている。

 我が日本はどうか?

 これが恐ろしい統計の改竄を行っている疑いが非常に強まってきた。
 本来、2011年事故年の死亡数を、前年の2010年の死亡にすり替えてデータを改竄した疑いが極めて強く、2010年には大量死の原因など存在しないにもかかわらず、2011年を上回る死者が出たように統計データが明らかな改変を受けている。
 これは安部政権が統計を改竄するように指示を出したとしか考えられない。

 選挙結果を不正プログラムで捏造する安部政権のことだから、統計の改竄など朝飯前であろう。


 さて、最初に戻って、2016年問題とは何か?
http://www.47news.jp/CN/201103/CN2011033101000278.html

 それはフクイチ放射能事故の結果が、日本国民、とりわけ東日本住民に津波のように、まともに押し寄せる年である。

 チェルノブイリ事故の場合、事故から5年後の1991年、ソ連という巨大な帝国が崩壊してしまった。
 あまりにも住民に安全デマをまき散らし、ウソばかりついて、誰一人政府を信用する者がいなくなってしまったのだ。

 日本では、ソ連の比ではない凄まじいウソがまかり通った。
 民主党政権の細野豪志は、住民を放射能事故から守るもっとも大切な情報であるSPEEDIデータを福島県とグルになって完全隠蔽し、あげく、住民は汚染の凄まじい飯舘村に逃げ、激しく被曝させられた。

 この結果何が起きたのか?

 20キロ圏に数百の猛烈に放射能汚染された累々たる屍という47ニュース報道記事があったが、これも削除された
http://www.asyura2.com/15/genpatu43/msg/228.html

 端的に分かりやすいのが「震災関連死の割合である」

震災関連死
 宮城県 918名 →震災直接死9539名 関連死9.6%
 岩手県 455名 →4673名 関連死9.7%
 福島県 2007名 →1612名 関連死125%
 津波も倒壊も少なかった福島県で関連死だけが、ずば抜けて多い理由は?誰にでも容易に理解できるだろう。
 福島県が被災他府県と異なったもの、それは唯一放射能被曝である。
 震災関連死2007名のうち、宮城・岩手と同じ割合を差し引けば、残りが被曝死になる。
 同じ9.6%=193名を引いた数は1814名 これだけの人が放射能によって死亡したことが容易に証明されるのだ。

 2015年には、すでにフクイチ事故がなかった場合、順調に人口が変化しないと仮定した場合、約100万人の人口欠損が起きている。
 このうち被曝死がどの程度含まれているのかは、今のところ分からないが、決して少ない割合ではない。

 だが、本番は今年からなのだ。

 そして2018年にはピークを迎える。それは文字通り、阿鼻叫喚の世界になるだろう。急死者に次ぐ急死者、路傍には突然死を迎えた遺体が放置される。
 火葬場は死者の洪水で、いつになったら火葬してもらえるのか見当もつかない。
 病院は患者の洪水、朝出かけて診察は午後になることだって十分ありうる。
 至る所で人々が苦しんでいる。死のうめき声に満ちた社会。

 甲状腺ガンや奇形児出生が本格化するのも今年からであると知っておいた方がよい。
 放射能は脳を蝕み、若い人にも認知症的な能力低下が起きる。今年から、至る所で、あらゆる事故が頻発するようになるだろう。

 政府は隠蔽だけが仕事で、絶対に真実と向き合わず、東電、資本家だけを守ろうとするだろう。
 そして誰一人政府を信用する者はいなくなる。

 社会も経済も負の回転だけになり、人々は飢え、食べるものも容易に入手できないことになるだろう。
 我々は、応仁の乱以来の、凄まじい権力崩壊を目の当たりにするのかもしれない。


これから何が起きるのか? その1

 私は311フクイチ事故直後から、「みんなが想像してる千倍以上恐ろしいことが起きると言い続けてきた」
 ほんの1グラム環境に漏れても大変なことになる放射能が数トンの単位で地上に拡散したのだ。それは広島原爆を数百個も同時に爆発させたほどの凄まじい放射能汚染が起きることを意味するのだから、政府マスコミ電力が吹聴してるような大本営発表ですむはずがなく、まさに日本民族存亡、日本国家崩壊の危機が訪れたと考えねばならない。

 私は30年以上前から反原発運動にかかわり、長い時間をかけて世界各地の核実験の影響や放射能事故を調べ、たくさんの被曝事例を知っていた。放射能被曝障害をデタラメに甘く考えるアホ学者も多いが、過去の被曝事件を少しでも調べれば「放射能が体にいい」などの妄言が、どれほど陳腐、無知蒙昧で唾棄すべき愚劣な発言か誰でも理解できるはずだ。

 フクイチ・メルトダウン爆発事故で放出された放射能総量は約8トンで、ほぼチェルノブイリ事故に匹敵するものであった。ならばチェルノブイリで起きたことが、そのまま日本で再現されるのは当然のことだ。
 チェルノブイリで、いったい何が起きたのか?

 この事故で、ソ連政府も後継のロシア政府も、未だに事故による死者総数は33名と言い張っている。だが、ウソで固めたことしか言わないソ連、ロシアの公式声明を真に受ける者は人類に皆無だろう。たぶん当のロシア政府関係者や国民の誰一人信じていない。身近に放射能による莫大な死者を見せつけられてきたはずだから。

 国連機関を装ってはいるが実質、原子力産業の代理機関であるIAEAですら死者4000名と評価していて、これも原子力産業に乗っ取られたICRP国際放射線防護委員会は数万名程度の死亡と評価、信頼性の高い欧州核医学研究機関ECRRは140万人の死者が出たと主張し、これを裏付けるようにウクライナ政府の下部機関も自国だけで、すでに150万人の死者が出たと公表した。
 だが、これらの数字すら膨大な死者数の氷山の一角にすぎないのである。

 ウクライナ・ベラルーシ現地で被曝者の救援に当たってきた分子生物学者の河田昌東は、被曝が原因と認定される疾病は全体の一割にも満たないと断言している。
 これまでICRPが被曝病と認めたのは癌・白血病だけだが、実際に人が死ぬのは心臓病・脳梗塞・糖尿病・多臓器不全など多岐にわたっていて、通常の病気と区別はつきにくく被曝との因果判定は不可能であって、大半の疾病や死亡は原因不明のまま放置されると指摘している。

 ICRPの被曝評価は、内部被曝が完全に無視され、外部被曝によるガン白血病に限定された原子力産業擁護の目的に沿った政治的なものであって、実際には内部被曝の影響はICRP評価の600倍に上るというのが矢ヶ崎琉大教授ら内部被曝研究者の常識なのである。

 我々は、フクイチ事故後、チェルノブイリ救援にあたってきたドイツの女医の言葉を噛みしめる必要がある http://vogelgarten.blogspot.com/2011/10/das-leise-sterben.html

 【インタビュアー: 汚染地域で生きること言うことを、どのように想像したらいいのでしょうか?
 生きるですって? 何よりも人々は死んで行くのです。静かに死んでいきます。主に癌が原因ですが、あらゆる病気で人々は死んでいきます。ストロンチウムも大きく起因しています。例えばエネルギー交換が不可能となって心筋がやられます。ベラルーシーで行った診察は、子供達が2歳、3歳、4歳にして急性心不全で死んで行くことを証明しています。癌だけではないのです。腎臓不全、肝不全や多くは血液製造障害が原因で人々は死んでいきます。これらは「チェルノブイリ・エイズ」という名称で知られ、生き延びられるチャンスはほとんどありません。】

 いったい、本当の死者は、どれほどなのだろう?
 その答は、原子力産業が莫大なカネをばらまいた政府、産業界や学問界には存在しない。ただ操作されない自然な人口統計のなかにあるはずだ。放射能の影響のあった地域に起きた人口の変化だけが真実を語ってくれるはずなのである。
 ところが、ソ連政府は1986年の事故後、3年間の人口動態統計を隠してしまった。これには驚いたが、WHOの人口動態統計にソ連の3年間は空白になっている。つまり、ソ連では、統計すら廃棄せざるをえないほど恐ろしい事が起きたのである。

 しかし、何もかも焚書することもできず、漏れ伝えられた情報もいくらか残っている。そのうち人口動態を推理可能な重要なものが以下のグラフである。
rosia.jpg


 このグラフの示すものは何か? 事故が起きた1986年から8年後の1994年に極端な平均寿命の低下が起きている。しかし、それ以前は、なだらかな右肩上がりのグラフによって順調に平均寿命が延びていることが分かる。
 この激しい凋落の理由について、ロシア関係者や御用学者たちは、91年に起きたソ連政府の崩壊を都合良く解釈し、これによって男たちが絶望しウオッカを飲み過ぎて寿命を縮めたなどとアホ臭いデタラメ解釈を公然と押しつけてきた。
 これを京大・今中哲治のような左派御用学者でさえ主張したのには本当に驚かされた。

 彼らの主張の根拠は、汚染被害の激しかったベラルーシではこうした凋落が小さいこと。1600キロと遠く離れたカザフスタンでも同じように凋落傾向があった。あんな遠くにまで放射能が飛散したはずがないというものだった。
 しかし、ベラルーシはチェルノブイリ事故で崩壊したソ連から分離独立したとはいえ、実は事故のあまりの惨禍に恐れをなしたソ連政府関係者が、独立させることで事故被害の後始末と補償をロシアから切り離す目的でウクライナとベラルーシを傀儡政権によって独立させたことが常識なのであって、とりわけベラルーシは利権官僚が傀儡独裁政権を結成してチェルノブイリ被害を含む統計データを捏造してきたことが広く知られている。
 またカザフスタンが1600キロ離れて被曝がなかったというのも、とんでもない詭弁であって、同じくらい遠いトルコも激しい汚染に見舞われ、たくさんの被曝死者を出しているし、ヨウ素・セシウム汚染は遠く地中海沿岸諸国や日本や北米でさえ驚くほどの濃度が検出されてきたののである。
 ましてカザフスタンはソ連の核実験場として有名で、中国のゴビ核実験場にも近く、被曝の影響を多重に受けて相乗作用が働いている可能性を容易に想像しうるはずだ。
 また、フクイチ事故の放射能が1万キロも離れた北米大陸を汚染し、アメリカの著名医学雑誌が1万4千名の死者が出たと正式論文を掲載しているのである。
http://www.prnewswire.com/news-releases/medical-journal-article--14000-us-deaths-tied-to-fukushima-reactor-disaster-fallout-135859288.html

 1万キロ離れたアメリカで、わずか数ヶ月のうちに14000名の被曝死者が出たことが事実なら、日本では、いったいどれほどの人々がすでに死亡し、これから死亡するというのだろう?

 これを、上のロシア平均寿命グラフから大ざっぱに推測してみよう。

 本来ならOECD諸国平均の順調な右肩上がりグラフがロシアにおいても期待されるはずであった。ところが94年、女性で74歳だった期待水準に比べて71歳、3歳も低下し、男性も65歳より57歳になって8年も低下していて、平均8%低下を意味していると考えられよう。
 ロシアの人口が1.5億人だったので、1.5億×8%=1200万人 が実質的に寿命を失ったことになる。しかも、これは94年だけの話だ。事故以来の毎年の期待寿命からの乖離を積み重ねれば実に恐ろしい数字が出てくる。これはチェルノブイリ事故の、期待される寿命に対する失われた余命、延べ総死者数がロシアだけで数千万人に迫る可能性を意味するのではないか?
 この厳密な計算は難しいが、読者には直感的に判断願う。これが酒を飲み過ぎたせいだと? バカも休み休み言え!

 私は、これと同じことが、これから日本で起きると主張してきたのだ!
 これから、恐ろしい数の人々が死んでゆく。仮に日本人の寿命が1割低下したとすれば、期待される余命を人口に換算するなら、やはり数千万の単位になる。放射能が飛散した全世界で失われた命の総数は、おそらく億に達するであろう。
 事故後25年を経たベラルーシの現状は凄まじいものだ。生まれてくる子供のうち、健全な者は20%しかいない。それも見かけだけの話で、多くは知的低下を来している。
 日本も必ず同じようになるはずだ。まともに生まれてくる子供たちは、ごく一部にすぎない。そして大半の子供が知能低下を来すはずだ。
 広島長崎の被曝データを検証した米軍ABCCの後継機関である放射線影響研究所は、さらに恐怖のデータを示している。
 http://www.rerf.or.jp/radefx/uteroexp/physment.html

 それは、胎児で5ミリグレイ(≒シーベルト)被曝した場合、4.4%が重度知的障害児として誕生するというものだ。たぶん、半数以上が軽度の知能低下を来すだろう。
 1962年核実験の影響を調査した米海兵隊の統計では、62年生まれのIQが無被曝年度兵に比較して10以上低かったと「被曝国アメリカ」という本に記載されている。

 福島周辺、おそらく東京都内ですら、3月の妊婦の被曝量はミリシーベルトの単位に達していたはずだ。稼働原発事故の初期は莫大な短寿命核種で汚染されるからだ。日本政府が放射線測定を始めたのは、そうした短寿命核種が消えた4月以降のことであった。
 これも政府関係者があまりの凄まじい線量と被曝を隠蔽する目的で意図的に計測しなかったことは明白だ。
 したがって、これから真の地獄が認識されるようになる。知的障害は出生直後には分からない。数年してはじめて分かるものだからだ。

 

これから何が起きるのか? その2

 チェルノブイリ事故では、はじめ何も起きなかった・・・・
 ソ連政府も高度汚染危険地域の住民を移住させた後、「健康には問題ない」と公表し、事故発生以来、大きな健康障害もなかった。

 近くの住民も「あの騒ぎはなんだったんだ?大丈夫じゃないか。」と笑い飛ばし、たかをくくって原発事故を忘れてしまい、普通の生活を送っていた。政府も安全と吹聴しただけで、避難以外に特段の対策もなかった。人々は普通にミルクを飲み、森に行ってキノコを採集して食べた

 5年経過。子供たちの様子がおかしい。甲状腺癌が増え始めた。
 10年経過して農作業中に突然鼻血が出始めた。白血病だ。
 15年経過して固形癌が増加。(なぜか、患者数の追跡調査はここで打ち切り。)
 20年経過してリクビダートル(原発事故処理作業員)の半分が死亡した。

 ほとんどの人たちが被曝の意味すら知らなかった。「放射能は危ない」という漠然とした知識だけはあったが、その具体的な症状、結果は誰も想像すらできなかった。放射線を扱う医師の多くも、レントゲン操作の経験からも、たいしたことは起きないと断定した。
 ICRPが原発事故による影響は外部被曝だけを問題にするよう指示したから、ソ連政府も内部被曝についてまるで無関心だった。

 事故直後から瀕死の病人や老人たちが次々に死亡したが、人々は、事故のパニック、混乱によると考え、当然と受け止めた。
 鼻血が出る人が多く、風邪がなかなか治らなくなった。皮膚病に罹る人が増えた。糖尿病に罹る人が激増した。首のリンパ節が腫れた。
 やがて人々を下痢と倦怠感が襲った。男たちが心臓病で突然死しはじめた。朝、自宅を出て数歩歩くとばったり倒れて死亡する若者が続出した。
 子供たちは集中力を欠き、成績がふるわなくなった。ぼーっとしてるだけで動かず、積極性のない子供が増え、それは大人にも増えていった。

 遠く離れた日本や韓国でも夏頃から同じ現象が起きた。それは「突然死」と呼ばれ、若者が一晩中扇風機をつけたまま寝て、朝起きたら死んでいたというものだ。
 それはチェルノブイリ事故の起きた1986年の夏以降に出現し、翌年からは報告されていない。死因の大半は「心不全」であった。
 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%89%87%E9%A2%A8%E6%A9%9F%E3%81%AE%E9%83%BD%E5%B8%82%E4%BC%9D%E8%AA%AC (脚注参照)

 「チェルノブイリで起きたことは福島でも起きる」
 ウクライナ医学アカデミーのコンスタンチン・ロガノフスキー氏はこう話す。

「私がテーマにしているのは、チェルノブイリ事故によって放出された放射線が及ぼす中枢神経への影響と、被曝者のストレス、PTSD(心的外傷後ストレス渉障害)などです。対象としているのは原発作業員、避難民、汚染地域の住民などで、とくに力を入れているのは、事故当時に胎児だったケース。いま23歳から25歳となっていますが、彼らが5~6歳の頃から私はずっと追跡調査をしています」
 ロガノフスキーはチェルノブイリ原発事故のとき、まだ医学部の4年生だったが、卒業後、このセンターに就職して、以来25年間、研究を続けている。氏の妻もここで小児科医を務めていて子供の被曝について調べているという。

 チェルノブイリで起きたことと福島であったことはよく似ている。事故後、最初にヨウ素が放出され、その後セシウムやストロンチウムが検出されるという流れもまったく同じですから。違いは福島には海があって、ここには河しかなかったことぐらいでしょう。したがってチェルノブイリ事故の後、住民や作業員に起きたことを見ていけば、これから福島でどういうことがあるか、わかるはずなのです。

 「チェルノブイリは、広島に落とされた原爆のケースに比べれば被曝線量は低い。しかし深刻な内部被曝の被害者は多数います。甲状腺がんや神経系の病気の増加や、言語能力、分析能力の低下も見られました」

 「言語能力には脳の2つの部位が関係しています。ブローカ野とウェルニッケ野です。いずれも左脳にあります。脳の中でも最も重要な部位の一つといえるでしょう。私はここが損傷しているのではないかと考えています」

 ロガノフスキー氏らの研究チームが11歳から13歳までの被曝した子供たち100人を被曝していない子供たち50人と比較したところ、とくに左脳に変化が生じていることがわかった。氏は「母親の胎内における被曝体験が精神疾患を引き起こしたり、認知能力の低下をもたらしたりする」と述べ、脳波の変化と知能の低下も見られたと指摘する。

「被曝していないグループの知能指数の平均が116に対して、被曝したグループは107。つまり10程度ぐらいの差がありました。私の妻もrural-urban(地方・都会)効果を加味した調査、つまり地方と都会の教育格差を考慮した形の調査を実施しましたが、結果は同じで被曝者のほうが同程度低かったのです」

 (註、米海兵隊も最大級核実験年の1962年に誕生した海兵隊員の知能調査を行ったところ、無被曝年誕生兵に比べてIQが10低いことを報告した・・・被曝国アメリカ)

 「ノルウェーは旧ソ連の国々を除くとチェルノブイリ事故の被害を最も受けた国です。この研究結果でも胎内で被曝した成人グループの言語能力は被曝していないグループに比べ低いと指摘していました」

 「長崎大学医学部の中根充文名誉教授によると、原爆生存者の中に統合失調症の患者が増えており、胎児のときに被曝した人の中でもやはり患者が増えているという。ただ中根さんはこの病と被曝が関係あるという証拠がまだないと話していました。1994年のことです。統合失調症は左脳と関連があるといわれており、私たちも長崎大のものと同じような内容のデータを持っています」

ウクライナだけで20万人いろというチェルノブイリ事故の処理に当たった作業員たちの中にも、精神を病む人が出ていると、ロガノフスキー氏は言う。

「精神障害者は少なくありません。そのなかにはうつ病、PTSDが含まれています」
「私たちはエストニアの作業員を追跡調査しましたが、亡くなった作業員のうち20%が自殺でした。ただエストニアはとくに自殺は悪いことだとされている国なので、自殺した人間も心臓麻痺として処理されることがあり、実数はもっと多いのかもしれません」

精神的な病に陥るのは何も作業員に限ったことではない。京都大学原子炉実験所の今中哲二助教が編纂した『チェルノブイリ事故による放射能災害』によると、ベラルーシの専門化が調べた、同国の避難住民の精神障害罹患率は全住民のそれの2.06倍だった。また、放射能汚染地域の子供の精神障害罹患率は汚染されていない地域の子供の2倍だったという。

 ロガノフスキー氏は被曝によって白血病やがんの患者が増えるだけでなく、脳など中枢神経もダメージを受けると考えているのだ。それは15年にわたる様々な調査・研究の成果でもある。その他にどんな影響が人体にあるのだろうか。氏は様々な病名を挙げ続けた。

「作業員に関して言えば圧倒的に多いのはアテローム性動脈硬化症です。がんも多いのですが、心臓病や、脳卒中に代表される脳血管の病気も増えています。白内障も多い。目の血管は放射線のターゲットになりやすいからです」

「チェルノブイリ事故の後、その影響でドイツやフィンランドでダウン症の子供が増えたという報告がありました。しかし、IAEA(国際原子力機関)やWHO(世界保健期間)はその研究に信憑性があると認めていません。ただ、私たち専門家の間ではなんらかの遺伝的な影響があると考えられています。小児科医である私の妻はチェルノブイリ事故で被曝した人々の子供や孫を調べましたが、事故の影響を受けていない子供と比較すると、はるかに健康状態が悪いことがわかりました。つまり被曝の影響は2代目、3代目、つまり子供やその子供にも出る可能性があるということです」

放射線の影響についてもっとはっきりしていることがある。それは「性差」で、氏によれば、「女性のほうが放射線の影響を受けやすいのだ」という。

「それは間違いありません。うつ病、内分泌機能の不全は女性のほうがずっと多い。チェルノブイリには女性の作業員がいたが、私はそういう点からいっても女性はそういう場で作業をやるべきではないと思っています」

 では、これから福島や日本でどんなことが起こると予想できるのか。ロガノフスキー氏は慎重に言葉を選びながら、こう話した。

「女性に関しては今後、乳がんが増えるでしょう。肺がんなどの他のがんの患者も多くなると思います。作業員では白血病になる人が増加することになるでしょう。ただ病気によって、人によって発症の時期はまちまちです。たとえば白血病なら20年後というケースもありますが、甲状腺がんは5年後くらいでなることが多い」

「チェルノブイリの経験から言うと、まず津波、地震、身内の死などによるPTSDを発症する人が多数いるでしょう。放射能の影響を受けるのではないかという恐怖心から精神的に不安定になる人も出ます。アルコール依存症になったり、暴力的になったりする人もいるかもしれません」

「私たちにはチェルノブイリでの経験があるし、たくさんのデータも持っているので、いろいろな面で協力できると思ったのです。そこで知り合いの医師たちを集めて、キエフの日本大使館に出向きましたが、門前払いされました。
チェルノブイリ事故が起きたとき、ソ連政府のアレンジによって、モスクワから心理学者や精神科医などからなる優秀なチームが避難所にやって来ました。彼らは地元ウクライナのスタッフと協力して被災者のケアに当たってくれたのです。福島ではそういうことがなされているのでしょうか。

ウクライナは裕福な国ではありませんが、チェルノブイリでの豊富な経験があります。私たちは今回、日本政府からお金をもらおうとして行動していたわけではありません。無償で協力しようとしただけなのです。拒否されるとは思わなかったので、とてもショックでした。

ロガノフスキー氏は、日本政府の姿勢に対して不信感を持っている。それは援助を断られたからだけではない。

「当初、発表された福島原発から漏れた放射性物質の量は実際とは違っていました。国と国の交流に大事なことは正確な情報を公開することです」

では、日本政府が定めた「年間20ミリシーベルト、毎時3.8マイクロシーベルト」という被曝限度量については、どう考えているのか。

「一般人は年間1ミリシーベルト、原発関連で働いている作業員は20ミリシーベルトが適性だと思います。これが国際基準です」

つまり、日本政府の基準を鵜呑みにしては危ないと考えているのだ。さらにロガノフスキー氏は低線量の被曝でも健康被害はあると指摘する。

「値が低ければ急性放射線症にはなりませんが、がんに罹りやすくなるなど長期的な影響はあります。そういう意味では低線量被曝も危険です」

これが、ロガノフスキー氏が長年、行ってきた低線量被曝が健康を害するかどうかの研究の結論である。氏は「ノルウェーでも同じ結論を出した学者がいる」と話す。

http://www.globe-walkers.com/ohno/interview/loganovski.html
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 これから何が起きるのか? その3


 1986年4月に発生したチェルノブイリ原発事故によって何が変わったのか? 
 もっとも巨大な変化といえば、それは戦後世界に君臨した鉄の帝国、ソビエト連邦が1991年に崩壊したことであった。
 これによって半世紀続いた「冷戦」が終わりを告げることになり、国家の命脈となる対立軸、競争相手を失ったアメリカが、欲に釣られデリバティブによる金融暴走によって自滅の道を歩むことになった。
 このとき、人口1.5億、影響下の社会主義圏人口は3億人、数千回も世界を滅ぼす軍事力持った巨大帝国が、自らの腐敗によって倒壊したのである。

 ソビエト連邦は、名前の通り中央政府の一元管理でなく、各共和国の連合体との位置づけだが、実際には各共和国は100%、秘密警察に監視され、共産党中央、政府の軍事支配下に置かれていた。
 しかし、硬直した官僚制度が利権の縄張り争いに明け暮れ、お粗末な政策にうんざりさせられ続けた国民の勤労意欲は大きく低下し、農産物が豊作でありながら大半を腐らせて食料危機に陥るなど、まともな国家運営すらできず、デフォルト状態の経済危機による共産党体制の低迷のなか、閉鎖的な利権体質に危機意識を抱いていたゴルバチョフ政権スタートの一年後にチェルノブイリ原発事故が起こった。

 最高幹部に君臨したはずのゴルバチョフに対し、事故発生による巨大な放射能漏洩危機の情報は、政府機関からではなくスエーデン政府と欧州マスコミからもたらされた。
 その後も、関連部門から上がってくる情報は「事故は適切に処理された、被害は軽微」という責任回避報告しかなく、彼はソ連体制の閉鎖体質がどれほど深刻なものか思い知らされることになった。

 首相ですら知り得なかった真実の情報が事故現場の民衆にもたらされるはずはなく、「パニック抑止」の名目で、危険情報はすべて隠蔽され、人々は何一つ真実の危険を知らされず、避難命令に右往左往し、取り返しのつかない被曝を重ねることになった。
 数年後、人々は、チェルノブイリ原発事故が何をもたらしたのか、次々に死亡する人たち、子供たちの地獄のような有様や自分の体の絶望的不調で思い知るところとなった。

 「お上意識」の傲慢、冷酷な官僚による口先だけの「安全デマ」や人命軽視、利権優先の姿勢をソ連民衆は自らの運命によって思い知らされることになった。やがて民心は離反し、政府はあらゆる信頼を失なって政権や共産党支配の秩序が根底から崩壊していったのである。

 ゴルバチョフはグラスノスチ(情報公開)ペレストロイカ(民主改革)によって体質改革を試みたが、長年、特権の座布団にぬくぬくと居座り続けた利権集団である官僚グループの激しい抵抗に遭い、あらゆる改革も失敗を重ねることになった。むしろ改革は逆進し、官僚独裁体制の強化が図られ、ゴルバチョフ自身が追放されそうにすらなった。
 
 こうした状況下で、かつて帝政ロシア国家が、クリミア戦争、日露戦争敗北による国家不信によって消滅した時と同じように、国民の政治不信、行政への不満が渦巻き、官僚が政策を発令しても、誰も見向きもしないという極度の組織崩壊に陥り、もはや政権の威信は地に堕ち、国家としての統制が困難になったのである。

 とりわけ、情報を与えられないことで何の対策も取れず、結果として膨大な人的経済的被害を被った地方政府の中央に対する不信が激化し、納税拒否や指令遂行拒否などが続くことで、中央政府は、もはや地方政府を制御できる状態でなくなってしまった。

 ベラルーシ、ウクライナなど被災地方国では、中央政府を見限って独立の機運が高まり、時を同じくして東ドイツ崩壊を突破口に東欧社会主義圏全体がソ連体制を見限ることになり、雪崩のような国家崩壊が進行していった。
 この当時の東欧ソ連情勢は、まさに朝から晩までテレビに釘付けになるほど緊迫したもので、我々は、未来永劫続くかに見えた巨大軍事帝国の崩壊が、これほどあっけないものであったことに驚かされたとともに、わが日本、そして米国政権すら、ある日突如として崩壊する可能性を肌身で知ったのである。

 事故の凄まじい被害に恐れをなしたソ連政府は、莫大な補償を回避し、被害を隠蔽して責任を逃れる手段として、ソ連帝国の規模を縮小し、もはや統制のきかないウクライナとベラルーシをソ連邦から分離独立させることを考えた。
 これは、中央政府の息のかかった傀儡政権を樹立して、パイプラインなどの利権を保全したままウクライナ政府に事故処理義務を押しつけ、補償や被害を握りつぶす作戦であった。

 その後、ロシア体制になって、燃料や食料などのライフラインをロシアに制御されている弱点を突かれ、両国とも再びロシアによる傀儡官僚に支配されることになり、事実上、かつての官僚利権体制が復活しつつあるが、「チェルノブイリのくびき」を抱える両国が再びロシアに併合されることはないだろう。

 人類を数千回も滅ぼせる核兵器を保有する鉄の巨大帝国、ソ連という巨大組織がいとも容易に崩壊していった最大の理由は、チェルノブイリという人類史上希有の破局、国家存亡の危機に際して、官僚による利権の争奪戦場のようになっていた国家機構が、臨機応変に対応できる能力を失っていたということに尽きるだろう。

 クリミア・日露戦争の敗北によるロシア帝国の崩壊は、軍部を掌握していた特権階級が特権意識と利権要求を剥き出しにし、大衆の命を奴隷のように使い捨てにするだけで能力を失っていたことが民心の決定的な不信と離反を招き、政府を信頼する者がいなくなってしまったことが最大の原因だが、まったく同じことがソ連でも起きたのである。原発事故は数千万の命と巨大な資産を崩壊させる、まさに巨大戦争なのであって、民衆はソ連国家が自分たちを守らないで官僚利権だけを守る体質を思い知らされた。

 国民から信頼を失った政府は、存続することが不可能なのである。
 チェルノブイリ事故が巨大なソ連体制を崩壊させたことを書いている意図は、もちろん、この歴史的教訓を理解せぬまま、当時のソ連と同じ絶望的失態を繰り広げている日本政府の運命を説明するためのものである。

 フクイチ事故は、まさに巨大な戦争の勃発であった。これに対し、日本政府はソ連と同様の隠蔽、責任回避のみをもって対処してきた。国民の不安、不信に誠実に対応する姿勢は皆無であった。
 東日本震災とともに、放射能が降下した地域の住民は、明日が見えない状況のなかで、子供たちの未来に見え隠れする恐怖が消えないのに、政権は安全デマだけで事態を沈静化させようとしている。
 もはや、それをまともに信じる者もいない。今はインターネットによって自由に正しい情報を得ることのできる時代なのである。政府が、マスコミを利用し、権威者を総動員してウソにまみれた安全デマを垂れ流し続けても、人々は自分の運命にかかわる真実を知ってしまっている。

 フクイチ事故の経過を、我々は毎日、憤激と慟哭の思いで見つめ続けているわけだが、チェルノブイリ事故当時の報道を知っている者にとって、フクイチ事故の経過が、まるでコピーのように再現されていることで、日本政府の運命がソ連政府に重なって見える人が少なくないであろう。

 少なくとも、3月以降、現在に至るまで、日本国民の大半が民主党政権が決して国民を守らず、産業界と官僚機構だけを守っている現実を、これでもかと思い知らされてきた。
 少しでも現実に責任を負うことを知り、子供たちの快適な未来を用意してあげようと願う人たちにとって、もはや日本政府に期待するものは皆無といっていい。
 我々は、その崩壊と新しい革命的再編を願うしかない状況である。新しい救世主はどこにいるのかと・・・・

 日本政府は、子供たちの未来にとって決定的に有害無益であって、もはや国民にとって排除追放の対象でしかない。大勢の母親たちは、我が子を守るために政府を見限るしかない現実なのである。
 おそらく日本国民の8割以上が、今、そうした思いを噛みしめているであろう。したがって次の総選挙で民主党政権が歴史的瓦解を起こすのは確実だが、その代わりに国民にとって真の利益、子供たちの安全な未来を導く新しい政権の受け皿が存在しないことが歯がゆい状況だ。

 もう一度言う、原発事故は巨大な戦争勃発と同じ意味を持つ。フクイチ事故は太平洋戦争よりも桁違いに多い死者をもたらすだけでなく、資産破壊も比較にならないほど巨大だ。
 政府は、事故賠償と収束費用をわずか数兆円程度と見積もっているようだが、お笑いの超過小評価であって、そもそも日本に原発を導入した時点で、正力松太郎や中曽根康弘は、原発事故による損害額は国家予算を超えるとの認識があり、このため渋る電力会社を説得するため、事故時の賠償を国家が担保するという法律(原子力損害賠償法)を制定したのである。

 太平洋戦争では8000万人中約500万人が死亡したが、フクイチでは、今後30年間で、おそらく数千万人以上の死者が出るだろう。太平洋戦争では北方領土などの土地を含む日本固有資産の数割が破壊され消滅したが、フクイチ事故では、おそらく福島県だけでなく、東北・関東の大半を含む資産が消滅してしまうであろう。

 我々が見ている現実は、毎日、静かに進む戦争に負け続け、大本営発表のウソしか公表しない政府とマスコミの姿であり、権威を嵩に着てウソしか言わない学者たちの姿である。
 こんな日本政府、国家は間違いなく崩壊するしかない。救世主はどこにもいない。
 我々は、数年後に、ソ連崩壊と同様の、恐ろしいほどの無政府状況に置かれる運命が確実なのである。当分続くはずの地殻変動、地球環境崩壊がそれに追い打ちをかけるであろう。

 国家が崩壊するということは何を意味するのか?
 これも、我々はソ連崩壊の事例から学ぶ必要がある。ソ連では、崩壊後、何が起きたのか?
 伝えられている事実は少ないが、国家デフォルトを起こしたことにより、ルーブルの価値がおおむね200分の1に暴落したともいわれ、外国から食料を輸入することが不可能になった。都市生活者の多くが飢えて、餓死者が続出するようになった。

 しかし、幸いなことにソ連では市民農園(ダーチャ)というライフスタイルが定着していて、無償で土地を借りて農園別荘を持つ市民が8割に上り、その市民農園こそロシア生鮮食料供給の土台になっていたのである。
 これによって、通貨価値が崩壊した後も、ダーチャで生産された馬鈴薯が通貨の役目を果たし、市民が大規模に餓死する最悪の事態は避けられた。
 共産党体制は崩壊したが、市民の自給自足体制が整備されていたことにより、命と生活そのものが崩壊することは少なかった。おまけに、数年後、ロシアを窮地から救う石油や天然ガス資源の値上がりがあり、瀕死のロシアは蘇り始めることができた。

 だが日本ではどうだろう?
 日本の食料自給率は40%と試算されている。かつて自給自足の豊かな農業国だった日本は、輸出産業の利権を延ばすために、外国に対して農業関税を撤廃し、自動車・機械など輸出産業の利益のために国内農業を売り渡す犯罪的政策をとってきた。
 これによって国内農業者は経営圧迫を受け、大半の農業が経済的に成立しなくなってしまったことにより、食料自給自足体制を崩壊させてきた。

 おまけに現在、民主党政権はTPP条約により、国内農業を完全に二度と立ち直れないほど抹殺しようとしていて、すでに農業人口老齢化や若者が継承しないノウハウ消滅により、自給率は4割でなく一説によれば二割にも満たず、イラン米国戦争が始まり石油供給が絶たれるなら、機械化農業ができなくなるため自給率は1割以下に落ちるとされる。
 我々は食料の6割を輸入に依存させられてきた。TPP締結後は、それが1割となり、極悪農業独占のモンサントの支配する野菜しか買えなくなるわけだ。

 こんな状況下で、日本政府が崩壊し、無政府的状況で輸入食料、石油もなくなったとすれば、我々の生活はいったいどうなるのか?
 これを予測して、対策をたてることが至急の課題なのである。
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警察国家への道 その8 リーダーシップと司法権力

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 警察国家への道 その8 リーダーシップと司法権力

 ほとんどの人は、自分ではなく他人を見て生きている。
 一人一人が自己・自我を確立し、哲学と方法をもって、世界を分析しながら論理的に行動しているわけでは決してない。ただ、周囲を見渡しながら、「この人に従った方が良さそうだ」と思う人を見つけ、それを真似することで安心し、時間を過ごすというのが普通の人生なのである。
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 それゆえ、99%の人生は牧場の家畜たちと変わらない。群れのリーダーに付随して右往左往しながら生きているのであって、依存する他者に付和雷同して動くことしかできない。
 だが、わずか1%にも満たない人たちだけが、自分と周囲を見つめて対象を分析し、もっとも適切な行動を行おうとするのである。
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 こんな社会における「民主主義」など、しょせんタテマエだけの虚構にすぎない。それは決して全員参加型の民主主義ではなく、帰属する集団、「群れ」の集合社会なのであって、その本質は、群れのボスによる寡頭政治といえるだろう。
 我々の大半は、管理された「人間牧場」に帰属し、生かされているという現実に気づかねばならない。
 その最小単位は家族であり、最大単位が国家である。中間に、学校や企業や、宗教団体やら、さまざまの組織・結社・集団が存在しているわけだ。
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 天は、すべての人に等価の能力を与えていない。社会には、それを牽引する少数の人々が存在してきていたのであって、歴史上、民主主義が理屈どおりに機能した事例など存在しないのである。
 人々を吸着牽引し、帰属せしめる人たちを「オピニオンリーダー」と呼んでいる。社会が、どのような方向に進んでゆくのか? それは、彼らのリーダーシップにかかっている。
 筆者の青春時代、40年前の思想的オピニオンリーダーを思い出してみると、本田勝一・小田誠・井上ひさし・大江健三郎・羽仁五郎など実に多士済々、素晴らしい人材が揃っていた。
 政治家でも、田中角栄を筆頭に、佐々木更三・飛鳥田一雄など包容力と実行力を兼ね備えた凄みのある人材が目白押しだった。
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 現在は? と考えれば、明らかに社会を領導していると言える大容量のカリスマ、オピニオンリーダーは、すでに絶えて久しい。芸能界ですら、美空ひばりのような超カリスマは消えて、金儲けのために企業によって作り出され、設計され、演出された矮小な人材しか登場していない。
 とりわけ左翼勢力がひどい。社会党は村山富一以下が権力欲しさに自民党に野合した結果、思想もリーダーも自滅して消えた。市民運動界も、最期のリーダーだった市川房枝が消えてから、それらしい有力な政治的リーダーが出てこない。
 民主党が自滅しているのも、絶対的カリスマリーダーが不在だからで、それは強固な哲学に裏打ちされた、断固たる意志が成立していないことの証左であり、アンチテーゼしか存在しない軟弱な思想性では、歴史の波間に浸食されて消えゆく砂楼の運命が待つばかりだ。
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 だが、突出したカリスマに頼るという時代が終わったのも事実だ。
 我々の社会が「真の民主主義」を獲得するためには、求めるべき未来を感じ取り、隅々までしっかりとビジョンを思い描いた無数のオピニオンリーダーを輩出し、全員が確固たる主体性を確立し、いつでも誰でもリーダーとして機能する、等価な人間性を獲得しなければならないのである。
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 だが、現実を見るなら、恵まれた青春によって醸成された利己主義しか知らない人たちに満ちた今の社会では、そんな希望は絶望的だ。
 今、我々には惨めな政治的敗北感に加えて、苛酷な苦難の洗礼が必要なのだ。やがて来るにちがいない世界的暴風雨の地獄を超えた未来に希望を托すしかない。きっと、恐ろしいほどの苦難が一人一人の人間を鍛え、新たな素晴らしいリーダーたちを無数に産み出してくれるだろう。
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 第二次世界大戦、戦争の残酷、凄まじい苦難の鮮明な記憶が風化し、その体験者が消えゆき、世界が金融資本主導によるゼロサムゲーム(誰かがトクすれば誰かがソンする)時代に入ったのが1980年代末であった。
 かつて貧しかった大衆も、我先に投機ゲームに走り、目先の金儲けに無我夢中になってゆき、「良き人生」、「正義」を示すべきリーダーたちも、その存在理由を失っていった。
 リーダーたちに、「残酷な戦争を再発させてはならない」という苦悩体験から導かれた強烈なモチベーションが失われてしまったのだ。それが「戦後」の終焉であった。
.
 代わりにやってきたのは、他人を蹴落として、自分だけの有利を求める卑劣、姑息、愚劣な出し抜きゲーム、見栄張り合戦、金儲け競争であった。
 それは、あらゆる責任を他人に押しつけ、こそこそと影に隠れて利己的金儲けに走る矮小な人間性を再生産するものであり、およそ正義のリーダーシップを排除し、死滅させるものでしかなかった。
 そうして、日本社会から「正義」が見失われていったのである。
.
 だが、一方で、利己主義の鬩ぎあいのなかで、「誇り高き日本」という虚構に酔い痴れる「国家主義者」、右翼的ナショナリストだけが元気に登場していた。
 これは、同時期にフリーメーソン・イルミナティグループによる世界規模での「新自由主義経済運動」が展開され、金と権力の再編が進んだことによるもので、「世界金権運動」とでもいうべきだろう。
.
 そもそも、明治日本国家の成立以来、武家封建社会における愛藩主義の延長上で「国家主義ナショナリズム」を扇動する輩が日本政財界の主流を占め続けてきた。
 とりわけ明治政府において腐敗した極悪右翼リーダーとして登場したのが山県有朋・井上馨であり、彼らこそ警察管理国家の創立者であった。
 大正時代に入って、それを受け継いだ正力松太郎が昭和時代に至るまで権力の黒幕として君臨した。彼は、戦後もなおアメリカのCIAスパイを受任し、あらゆる反権力、社会運動を残酷に弾圧し続けた。
 それは、さらに岸信介・中曽根康弘と受け継がれ、仕上げは小泉・竹中であった。
 太平洋戦争前には陸軍統制派の暴走を導いた北一輝や石原完爾もいたが、まだ彼らには純粋な正義感が残り、正力や岸、児玉ほどの狡猾、悪質、残酷さはなかった。
 我々は戦後史を語る上で、関東軍731部隊と、児玉誉士夫・岸信介・笹川良一そして正力松太郎の名前を決して忘れてはいけない!
 彼らこそ、戦後史を構築した闇の極悪リーダーであり、今現在、日本に生きている我々に、権力の死霊として覆い被さり、未だに日本人民を迫害し続けている大悪霊なのである。
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 戦後史を終わらせるということは、これらの悪霊と中曽根・小泉・竹中の「新自由主義組」を死滅させることをもってしかなしえない。
 彼らのリーダーシップが、日本国家の隅々に、とりわけ権力機構に巣くって増殖し、日本の正義を食い尽くさんとしている現実を見よ!
 それはネット社会に拡散し、在日朝鮮人や被差別者、女性子供の弱者を踏みつぶして差別を拡大し、民衆をありえないような微罪で弾圧し、警察力で抑えつけ、日本を「新自由主義」の警察国家、奴隷社会に変えようとしている。
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 その住処はどこか? 悪党どもの根拠地は? それは検察庁である。さらにいえば、東京大学法学部卒という学閥である。彼らのアイデンティティは徹底した選民優越感でしかないのだ。
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 1980年代、中曽根康弘政権時代、基盤の薄い少数派だった中曽根は資金や選挙運動員に困窮し、正力松太郎グループ、児玉・笹川そして統一教会、文鮮明の主宰する国際勝共連合(今の日本会議)に援助を求めた。
 この結果、中曽根派は、統一教会から大量の運動員(原理研学生)と選挙資金を確保し、選挙にも大勝した。その見返りとして、統一教会から議員秘書を受け入れ、さらに原理研学生を日本政府キャリア官僚として、大量に送り込むことになった。
 彼らの行先は、防衛・司法・教育分野だったといわれる。それから30年近くを経て、当時、キャリア採用された原理学生が、防衛・司法官僚の中核に位置することになった。
 今のところ、誰が原理研出身だったのか隠蔽されていて、裁判長や検事のなかに多くの統一協会員が巣くっているはずと推量するしかないが、やがて、そうしたデータも入手できるだろう。そのときは、彼らの陰惨な正体を徹底的に暴いてやりたい。
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 こうした流れのなかで、検察庁に巣くった反共勢力が、政治的意図をもって牙を剥いたのが、小沢・鳩山に対する微罪弾圧を含めた民主党への攻撃であった。
 彼らのリーダーシップが、今や日本の悪性肉腫となり、自由な人間性の解放された社会を破滅に導こうとしていることを知る必要がある。
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 そもそも、検察庁の人脈は、徹底した選民意識に貫かれ、「末は博士か大臣か」の立身出世価値観を共有するエリート意識をアイデンティティとして連帯してきた。
 彼らの価値観は、「東大法学部出身者」が「この世で一番エライ」のであって、エリートが日本社会を定め、支配する構造だけが正しい選択であり、秩序である。これを破る者は権力をもって絶対に許さない・・・・というものであった。
 こうした学歴エリート、特権意識こそ、監督者のいない唯一の官僚部署、暴走を止める仕組みのない絶対権力者である検察の唯一のリーダーシップである。
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 このため、東大を出ていないばかりか、まともに高校すら行っていない田中角栄が宰相になるなど、日本における天地神明秩序を根底から破壊する大罪であって、断じて許すべからずという強烈な排斥意識を共有していたことから、あらゆる手段を使って、田中を冤罪に貶め、社会から排除する強烈な執念をもって追い落とし弾圧を行ったことが知られている。
 その結果がどうなったかは周知であり、田中は戦後もっとも有能な実力者政治家であったにもかかわらず、煮えくりかえるような怨念のなかに憤死するしかなかった。
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 実は、同じ構図の疑獄事件として中曽根康弘もまたロッキード・全日空・リクルート・かんぽの宿疑惑などに関与しており、その罪状は田中角栄の比ではなかったが、中曽根は東大法学部出身であり、検察の連帯するエリート集団の親分であって、これは、もちろん罪に問うはずがなかった。
 検察は証拠をすべて隠滅し、事件を完全にもみ消してみせた。この二人の差は、東大法学部というアイデンティティによるものでしかなかった。
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 同じ構図で、自分たちの価値観秩序を破壊する、いかなる勢力も、検察は断じて許すことができないのである。
 自民党の自滅により、民主党政権が成立するとともに、検察は民主党の官僚特権に対する介入を決して許すことができなかった。自分たち検察の牙城に指一本触れさせないと強固な意志を示した。
 戦後検察体制の成立以来続けてきた裏金利権問題を告発しようとした、身内の検察官、三井環でさえ罠に填め、冤罪に陥れて投獄したほどの、マフィア犯罪集団である検察にとって、彼らの既得権を侵害する勢力を認めることなどありえなかった。
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 その対象は、トップである小沢と鳩山に向けられた。小沢の資金管理団体、陸山会が土地を取得し、代金として3億4260万円を支出しているのに、そのことが同年の政治資金収支報告書に記載されておらず、翌17年の報告書に書いてあるという、たったそれだけのことで、小沢を逮捕し起訴しようとした。
 実行犯は当時小沢の秘書だった石川議員だ。小沢は石川と共謀して収支報告書に虚偽記載をさせた共犯者であるという疑いで起訴しようとし、検察トップから無理筋であると窘められると、今度は検察審査会を利用して、強引に起訴に持ち込もうとしている。
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 検察は事件にさえならない起訴理由を粉飾するため、陸山会資金に「水谷建設から受け取った5000万円のヤミ献金が含まれていたのではないか」という疑惑をでっちあげ、マスコミにリークし続けた。だが、検察特捜部が総力を挙げて、水谷建設や小沢サイドを捜索しても、ヤミ献金はおろか、不正資金のカケラも見つからなかった。
 これで検察のメンツが丸つぶれになった。このままでは「優秀と認められるべき」検察の権威が地に堕ちる。そこで、あの手この手で民主党全体に弾圧を拡張しているのが今の情勢である。
 字数制限で次回

警察国家への道 その7 新自由主義による連帯破壊がもたらした懲罰・死刑社会

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 「人が人を殺してはいけない」 このことは、人が人として生きるための原点であって、この意志・倫理を失って人類が存続することは不可能である。
 他人とのつきあいは、「殺るか、殺られるか」であってはいけない。人殺しを認める社会は、人殺しによって破滅することを過去の歴史が示している。
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 大虐殺を行った政権で無事に続いた例はないのだ。中国共産党は、おそらく、これから、有史以来最大最悪の呪われた恐怖を見せるだろう。
 死刑制度を存続させてきた、すべての国家に恐ろしい呪いがかけられている。そこでは国民が死刑制度に縛られて、悲惨と残酷に支配されているのだ。
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 筆者は、今、日本国民が、かつて想像もできなかった差別と苦難、家畜化社会に苦しんでいる原因は、9割が死刑制度を支持していることによる因果応報であると確信している。
 この世は、人に対して示した姿勢が、100%自分に還ってくる仕組みが作用しているのだ。 人を大切にする社会では自分が大切にされる。だが、人の命を虫けらのように扱う社会では、自分の運命もまた虫けらのように扱われるのである。
「悪いことをやったのだから殺されても仕方ない」 こう思いこんでいる日本人が9割だという。反対派は、たったの6%だ。
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 【2010年2月6日毎日より: 内閣府は6日、死刑制度に関する世論調査の結果を発表した。死刑を容認する回答は85.6%と過去最高に上り、廃止論は5.7%にとどまった。被害者・家族の気持ちがおさまらないとの理由が前回調査より増えており、被害感情を考慮した厳罰論が高まっていることが背景にあるとみられる。
 死刑を容認する理由(複数回答)は「死刑を廃止すれば被害を受けた人や家族の気持ちがおさまらない」が54.1%で前回比3.4ポイント増。「命をもって償うべきだ」(53.2%)、「死刑を廃止すれば凶悪犯罪が増える」(51.5%)はそれぞれ微減だった。
 一方、廃止の理由(同)は、「生きて償ったほうが良い」55.9%、「裁判で誤りがあった時に取り返しがつかない」43.2%、「国家であっても人を殺すことは許されない」42.3%など。】
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 死刑制度を支持する人たちが共通して主張することは、「殺された被害者の思いに配慮しろ」という姿勢である。
 だが、その「被害者」は、すでに殺された本人ではなく、「身内」と称する代弁者にすぎないことに注意すべきだ。十分な補償金が手に入れば、いつのまにか消えてしまう胡散臭い「感情」なるものが死刑を支持している理由である。殺された本人が、本当は何を望んでいるのか? それを知る者はいない。
 想像されただけの「被害者感情」、「身内」と司法が勝手に推量し、報復・制裁が必要だと決めつけている。
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 筆者らの若い時代、今から30~40年前を思い出してみると、「被害者感情」などと復讐を錦の御旗にするような議論は、理性を見失った未熟、愚劣な俗論として厳しく批判されていた。
 「思い、感情」など、主観的、恣意的なものであり、具体的に計量できるものでもなく、それは儚く通り過ぎ、劣化し、風化してゆく景観であり、いわば生鮮食品の味覚のようなものなのだ。
 そんないい加減なもので国家の施政が定まっては適わない。法治国家とは、人民の幸福な未来を見据えて、確固たる理性の視点に貫かれていなければならないはずだ。
 大切な視点は、仇討ちのように加害者に復讐することでなく、単に制裁処罰することで一件落着するものでもなく、どうしたら同じ過ちを繰り返さず、社会の安全を確保し、子供たちの未来を明るく変えてゆくかという姿勢のはずだ。
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 あの当時、我々は、まだ人間連帯への熱烈な希望があった。
 人が幸福に過ごすために、どうしたらよいか? 利他思想に満ちた議論に熱中した。そうして、人類全体の正義・幸福を求めて、我々はベトナムに侵略し、人民を苦難に陥れたアメリカに怒り、激しく抗議の意志を表して行動した。
 筆者も、ベトナム反戦運動の渦中に逮捕されたが、それは正義に殉ずる満足であり、かけがえのない勲章であった。
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 正義こそ最高の価値であり、正義に殉じて死を得ることこそ最高の人生であった。「正義のために生きる」このプライドに、我々は魅了され続けた。
 月光仮面やあしたのジョー、ウルトラマンの時代であった。人生は正義だと・・・・。
 「死刑制度に正義はあるのか?」
 「ない!」 社会は明確に答えていた。
 それゆえ、自民党・法務局は、「犯罪者の脳には先天的欠陥があり、悪を行った者は抹殺する必要がある」という信じがたい詭弁を弄し、宣伝していたのである。この論拠は、731部隊出身者であった東大医学部のロボトミー推進者、台弘教授が持ち出した虚構であった。これがヤツラの死刑維持の根拠、最期の屁理屈であった。
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 当時、ベトナム反戦・人間解放の市民運動を通じて、さまざまな社会矛盾の原因を解き明かし、どうしたら時代を前進させ、問題を合理的に解決できるか? という視点が議論される風潮があった。
 ここで江戸時代の仇討ちを正当化させるような「被害者感情」など言おうものなら、たちどころに「ナンセンス!」と罵倒されるのがオチだった。
 社会全体が、合理性を信奉し、より良いものへの進化を熱く求めた1970年代、それが突如、180度方向転換したのは1982年、自民党・中曽根康弘政権が成立してからであった。
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 大悪魔、正力松太郎の後継者と自他共に認じた中曽根康弘は、戦後、歴代自民党政権のなかで、貧富の格差を徹底的に拡大し、固定する「新自由主義」(新保守主義)を強硬に推進した最初にして最大の政権であり、レーガンの盟友として、まさに世界特権階級・エスタブリッシュメントの強力な代弁者であった。
 現在、我々が目撃している、子供たちのイジメ、オチコボレや、凄まじい格差貧困社会を構築し、底辺の大衆からあらゆる権利を奪い、人間性を矮小化に貶め、生存権すら金儲けによって奪い去ろうとする政治的潮流を日本に持ち込んだのは、まさしく中曽根康弘その人である。
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 また、統一教会・文鮮明が拠所としたのも、この新自由主義であり、金大中・盧武鉉・レーガン・クリントン・中曽根・小泉・安倍政権など、新自由主義政策を基幹とする政権に莫大な資金援助を与え、かつ選挙などでも手足となって支援してきた。
 このことは、今起きている社会的問題の原因を探る上で非常に重要なので、読者にはぜひ記憶していただきたい。「新自由主義」 「世界金融資本」 「グローバルスタンダード」 「警察国家」 「死刑制度」 「統一教会」 が同じ根の上に咲いた徒花であるということを。
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 「新自由主義」とは、文化・道徳観における「思想的自由主義」に対して、「経済的自由主義」を主張するものであり、その主役、推進役は、世界を投機の嵐に巻き込んだ国際金融資本であった。
 それは、彼らの無制限の金儲けを正当化するため、各国に「グローバルスタンダード」という名で、あらゆる規制を撤廃させ、どんな汚い投機でも受け入れさせるように押しつけた投資基準であった。
 世界に市場原理による金儲けの自由だけを基準にするよう求めた「新保守主義」という呼び方もされる。
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 その中味は、小さな政府推進、福祉・公共サービスの廃止縮小、公営事業の廃止・民営化、経済の対外開放、規制緩和による競争促進、労働者保護廃止などをパッケージとするものであった。
 日本ではレーガン・中曽根政権時代から、アメリカ政府の意向として「新自由主義社会」を実現するための改革要求が行われ、1993年、クリントン・宮沢会談によって正式に年次改革要望書として出発し、これまで、毎年、自民党政府に対して、アメリカと金融資本の意向を強要するものとなっていた。
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 それをアメリカの愛犬ポチたる自民党政権、とりわけ小泉純一郎・竹中平蔵内閣が、全面的に受け入れ、日本を「警察管理国家」と「金融投機立国」とする劇的な政治改革(改悪)を実現したのである。
 ちなみに、その中核であった竹中平蔵は、未解放部落出身ながらロックフェラー財団の援助を受けてハーバード大学に進み、ロックフェラーの利益に奉仕するためのサイボーグ改造を受けた人物であった。
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 アメリカによる年次改革要求に従って、「新自由主義」のさまざまな金融規制撤廃、「金融投機立国」、微罪でも投獄し、国民を恐怖支配するための苛酷法治社会、警察国家への改革が次々に行われた。
 当ブログ「警察国家への道」で取り上げてきた、児童ポルノ規制苛酷化法案、軽犯罪法の治安維持法的運用、犯罪に何の役にも立たない刃物や工具を取り上げる強硬な規制、死刑制度の苛酷運用、微罪による長期拘留弾圧など、ほとんどの異常な刑罰苛酷化、そして裁判員制度のもたらしている復讐制裁型社会などは、すべて、アメリカの要求を実現したものであり、まさに「新自由主義思想」によるものなのである。
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 こうした警察管理社会、国民が復讐制裁思想による法治を要求する恐るべき愚民社会こそ、社会を背後で支配する国際金融資本、その正体はフリーメーソン・イルミナティ、すなわち世界の特権階級にとって、民衆を家畜として管理支配するために周到に準備してきた成果であった。
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 ほとんどの人は、フリーメーソン・イルミナティと言ってもピンとこないであろう。それは世界を経済的に支配する大金持ちたちの秘密結社として知られたもので、表向き33階級に別れた差別的ピラミッドによって成立し、最高位に、世界の富の9割を保有するといわれるロスチャイルドやロックフェラーたちが君臨している。
 その運営は、「ビルダーバーグ会議」によって行われ、「ダボス会議」や「サミット」を通じて世界のフリーメーソン政権に拡散される。
 もちろん鳩山由起夫首相も祖父の代からの日本最高位に近いフリーメーソンの会員であって、彼らの意向を実現するために首相に選任されたのであって、日本人が選挙で選んだというのは幻想にすぎない。
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 彼らの真の正体は、3000年以上前から続く、旧約聖書を信奉するユダヤ悪魔教徒だといわれるが、筆者も薄々程度にしか知らない。
 ただ、はっきりしていることは、世界にある資産の大部分を彼らが所有し、大部分の国家を背後で支配し、自分たちの特権的地位を永続的に築くための活動を連綿と続けてきた秘密結社ということだ。
 そして、彼らユダヤ教徒の教典である「タルムード」に、自分たちだけが人間であって、ユダヤ以外の世界人民は、彼らに奉仕するためのゴイム(家畜)であると明確に記載され、世界人民を家畜として利用し、支配する人間社会の根源的システムを彼らが営々と築き続けてきたという事実である。
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 「新自由主義」とは、まさに彼らユダヤ教徒、タルムード信奉者によって作り出されたシステムであり、世界のすべての財産を彼らに集中するためのシステムであり、世界のすべての政府に、死刑制度、苛酷刑罰と警察管理国家をもたらし、そうして背後で、彼らが人民の生血を吸い続ける絶対的メカニズムを構築するということなのである。
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 このために、もっとも必要なことは、世界人民から自分で考える能力を奪い去ることであった。
 それは、人から理性を失わせ、感情的動物として家畜のように管理するシステムであり、人間性を貶め、思考能力を失わせ、ただ目先の感情だけに反応させ、言われたことしかできない愚民として飼育するものである。
 それは、生きていることのすべてが犯罪であり、日々、刑罰の恐怖に怯え、臆病に閉じこめ、矮小化した精神で互いにいがみ合い、撃ち合い、蹴落とし合い、非難し合う愚民に仕立てるものであった。
 まさに、そうしたシステムの核心に、死刑制度が存在することを忘れてはいけない。それは人から愛を奪い、家畜に変えるためのシステムなのだ。

警察国家への道 その6 裁判員制度のもたらす愚民化、報復制裁主義の愚劣

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 警察国家への道 その6 裁判員制度のもたらす愚民化、報復制裁主義の愚劣

 国家権力が納税・徴兵・教育・住民登録などの義務を国民に強要する理由は、「国民の生活と権利を守るため」と信じている、とても幸福な方が、たくさんおられるようだ。
 だが、まことに申し訳ないが、「世の中、そんなに甘くないよ」と、ウンザリ顔でいうしかないのである。 (ΘoΘ;)
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 半世紀以上、この国に生きてきた経験から申し上げるなら、国家が自分に与えたものと、奪ったものを勘案、相殺するなら、桁違いに後者が大きいと断ずる。
 筆者の見てきた日本国家とは、実に独善、自分勝手、ムダの固まりであり、権力者はメンツばかり尊大だが、中味はウソツキ・ゴロツキばかり。
 国民を騙し、愚弄し、傷つけ、殺害し、ウソの上にウソを塗り固めて、我々から苛酷な収奪を続けている泥棒システムの親玉に他ならないのである。
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 わが人生の大半は、国家というより、国家の背後にいて、それを利用して私腹を肥やしてきた官僚や大金持ち秘密結社の利権のために苛酷な奴隷労働を強いられ、召使いのように、家畜のようにこき使われ、利用されてきた。それは泣きたくなるような悲しい時間の浪費にすぎなかった。
 嗚呼、私は泥棒国家に奪われてきた時間を返してほしい。失われた時間を使って、世のため、人のために、はるかに素晴らしいことがなしえたのではないか? \(≧▽≦)丿
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 そして、それ以上に、そのことに気づかず、気づこうともせず、自分が奴隷・家畜として扱われている情けない、悲しい、恥ずかしい事態を見ようともせず、聞こうともせず、言おうともせずしない人々が大部分であることに憤激する。
 権力の暴力、恐怖に怯えて、こまわり君のように風景に埋もれた壁になりすまし、自分の臆病を正当化しながら、収容所の豚であり続ける人たちが日本人の大多数であり、自由を求めて出る杭を打ち、塀を乗り越えようとする者を密告し、寄ってたかって制裁している哀れにして悲惨な事態に、心が張り裂けんばかりだ。
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 「国民が国家を支配している」と思っているお目出度い人たちよ、現実はまるで違うのだ。見よ! それは、選挙によって民主主義が実現しているかのように思いこまされているだけなのだ。それは欺瞞なのだ。例えば、我々に本当に役に立つ人材を選ぼうとしても、そんな人が選挙に出られるシステムがどこにあるのか?
 少数政党を作っても、小選挙区制・二大政党制優先の前に、資金や宣伝力などから事実上、泡沫扱いになり、当選もできず、したとしても意味のある活動ができないように仕組まれているではないか。
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 なぜなのか? それは、国家を本当に支配している少数の連中が、自分たちの利権を守るための国家システムを、隅々まで堅牢無比の巨大要塞のごとく作ったからだ。
 家畜にすぎない国民に、選挙制度やマスコミ宣伝によって、我々が自由な市民であるかのごとき錯覚を見せ続けてきた。学校教育を支配し、子供たちに、あたかも選挙によって民意が実現するかのようなウソ八百を、真実であるように思いこませ、洗脳し続けてきた。選挙でない、民衆の直接の意思表明を、許し難い暴力であり、犯罪であるかのように思いこませてきたからなのだ。
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 昨年から、新たな国民義務として裁判員制度が登場した。
 だが、これも、「国民の手によって直接、犯罪者を裁く」 とキレイゴトを装ってはいるが、その実態は、国民をして国民を追いつめ、がんじがらめに束縛し、矮小卑屈な人生を強要するための、システムに他ならないのだ。
 それは、あたかも日本が民主主義国家であるかのような幻想を国民に抱かせて洗脳し、権力に都合のよい警察管理社会、収容所社会を厳重に構築するための新たな重い足枷にすぎないのである。
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 【産経「裁判員制度」 栃木2010.5.22 02:09より
 国民が刑事裁判に参加する裁判員制度は21日、施行から1年を迎えた。栃木県内ではこれまでに4件行われたが、従来の量刑判断よりも判決が重くなる傾向がみられ、厳罰化が懸念される一方、「市民感覚が反映された」とする声も。6月以降、9件(21日現在)が予定されており、司法関係者の負担も大きくなるなか、市民感覚を発揮できる法廷をいかに守っていくのか。法曹3者の力量が試される】
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 さて、裁判員制度が導入されて一年、多くのマスコミが、市民感覚、被害者の感情が正しく判決に反映されるようになった」と、良いことであるかのように指摘されている。この意味するところは何か?
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 日本では、かつて世界でも指折りの先進的な司法思想が導入されてきた。
 それは明治末、岐阜県出身の牧野英一が導入した「教育刑主義」司法制度であった。
 牧野はドイツ刑法草創期の重鎮、リスト(フォイエルバッハ派)の影響を受け、復讐制裁を目的とする刑罰、つまり応報刑に反対し、司法によって得られる国民の利益と秩序維持を目的とし、社会を犯罪から防衛しながら犯罪者による再度の犯罪を予防する観点が大切であると説いた。
 犯罪を結果の重大性ではなく、その行為を行う者の問題と捉えて、犯罪の原因を社会的要因と個人的要因に分けて考えた。前者は政府の社会政策で後者は個々の刑事政策で解決に導いていくべきであると主張した。
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 明治政府は、牧野らの努力、活動により、復讐制裁感情に支配された応報刑の未熟・愚劣さを克服し、司法の立場としては、犯罪の結果に感情的に左右されるのではなく、刑罰によって国家社会を防衛する視点、犯罪を繰り返させない視点、犯罪者を教育によって更正させる視点が基本にあるべきだとし、当時としては、世界的にも非常に優れた刑法思想によって司法体系を構築したのである。
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 これによって、国民の司法に対する信頼感も大きく高まり、すぐれて、それは国家への信頼感となって忠誠心を醸成することに役だったが、一方で、元武家支配階級による「国民を国家の捨て駒、家畜として利用する」という傲慢さも強く残り、結局、侵略戦争へと引きずられることになったが、思想犯罪のデタラメ運用を別にすれば、世界的にも極めて高く評価される先進的なものであった。
 この牧野式教育刑主義は、戦後も東アジアの刑法思想のモデルとなり、朝鮮半島やフィリピン、インドシナ半島などでも引き継がれていった。
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 だが、昨年導入された裁判員制度は、こうした牧野らの努力、司法における教育主義の崇高な理念を、真っ向から打ち砕き、前時代的、封建的な感情報復主義司法に大きく後退させる尖兵となって機能しはじめた。
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 筆者は、明治末に擁立された「教育刑主義」ですら、すでに時代遅れであり、そもそも「犯罪」なる概念自体が、恐怖心による誤解によって湾曲された不当なものであり、「すべての犯罪は病気である」という新しい人間錯誤理論を構築し、「病気は治療するものであって制裁復讐するものではない」という未来を拓く思想性を提起してきた。
 すなわち、人は本来、錯誤するものであり、それは人間の人であるがゆえの分けがたい属性であって、制裁や復讐によって克服するのではなく、教育と訓練によって克服すべきだと主張してきた。
 人は短所是正法によって矯正されることは決してなく、長所進展法だけが人を救うのである。
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 ところが裁判員制度の最大最悪の本質的欠陥は、それが民主主義を装いながら、実は、裁判員に事件調査権さえ与えず、短時間のレクチャーとプレゼンテーションによって、検察の一方的な情報だけを与えられ、「犯行者は悪いヤツだ!」と、その悪質性を強調されて刷り込まれることで、必ず、報復制裁型の判決を導くというシステムにある。
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 これによって何が起きるのか?
 それは、司法から厳密な調査と、国家や子供たちの未来にとって最善の判断は何か? という理性的、計画的な視点を奪い、ただ感情論による報復、制裁主義に陥ることしかありえないのだ。
 こうして、日本の司法界からは、すでに飴色がかった「教育刑主義」すら憎悪と復讐感情に洗脳された「裁判員システム」によって追放され、明治刑法よりも、さらに原始的、劣悪な感情的復讐刑法へと堕落してゆく必然性を持たされたということである。
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 こうしてみれば、裁判員制度は見せかけだけの民主主義であり、その本質は、司法から理性を奪い、国家全体を短絡的な感情や恐怖心によって支配しようとする劣悪な無知性社会に向かわせる意図が隠されていることが分かるはずだ。
 すなわち、国民から理性を奪い、感情だけに支配される動物的人間として飼育してゆこうとする権力の意図が鮮明に見えてくるのだ。
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 近年、刑法適用や判例が異常に苛酷さを増している現実を多くの人が気づいている。例えば、かつて死刑適用事案の基準は、成人が、人二人以上を悪質な意図方法で死亡されたことなどであった。
 ところが、近年、永山事件によって未成年者への死刑執行が既成事実化され、さらに、名古屋闇サイト殺人事件によって、一人の被害者死亡で加害者二名が死刑になるという判例が定着しかけている。
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 これなどは、母子家庭の娘が通りがかりの三名によって殺害されたが、母親がS学会の会員で、組織的な署名活動を行い、組織ぐるみで裁判支援を行い、感情的な女性裁判官によって死刑判決となったわけだが、母親の短絡的ヒステリーに迎合し、刑法運用の意味を見失った愚劣な判決といわねばならない。
 この事件以降に裁判員制度が導入されたが、犯人に対して苛烈な報復制裁を実現することが司法の役割であるかのような論理が、マスコミによっても公然と主張されるようになってしまった。
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 これは恐ろしいことで、牧野が提唱したように、国家とは司法によって、第一に社会の安定、秩序を維持するとともに、犯罪を犯した原因を、社会的問題と、個人的未熟性に分けて二面的に解決するという姿勢が完全に失われ、ただ復讐することだけが司法の意義であるかのように主張されはじめたのである。
 人は誰でも失敗する弱い存在であるにもかかわらず、失敗すれば制裁するという短所是正法だけが司法の中核となり、殺人を行えば犯人の処刑抹殺だけが解決であり、彼が過ちに至った原因を追及し是正することなどありえない。
 司法は、被害者感情だけを見て、加害者に代理報復、制裁すればこと垂れりとする原則を打ち出したことになる。
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 人は愚かな存在だ。生まれてから死ぬまで、ほとんど過ちの連続であり、一つ一つ、克服し、少しずつ利口になり、より高い人格が生成されてゆくのである。
 ところが、こうした司法の短所是正的姿勢では、少しでも失敗すれば殴り倒し、追放するというものであり、失敗した人を教育し、成長させようとする姿勢は微塵も見られない。
 こんなやり方で、失敗して殴られ、追放されることで、人間が成長するとでも思うのか? それがもたらすものは、失敗への強烈なプレッシャーであり、生きていることへの恐怖心であり、絶望であり、人間不信と人間疎外に他ならないではないか!
 こんな姿勢が未来を拓くとでも思っているのか!!
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 今、起きていること、裁判員制度もまた、警察国家への道、収容所列島への道を驀進するシステムである。
 それは人を追いつめ、権力に対して怯えさえ、恐怖心によって矮小姑息な人格を育成し、全国民を臆病な家畜として言いなりに支配しようとする愚劣な政策に他ならないのだ!

警察国家への道 その5 微罪逮捕・長期実刑による政治弾圧

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 警察国家への道 その5 微罪逮捕・長期実刑による政治弾圧

 「弁護士のなかの弁護士」と称えられた有能無比の安田好弘が、突然逮捕されたのは1998年暮れであった。
 容疑は安田が清算管理を委託された不動産会社に対して、「強制代執行を逃れる目的で、2億の資産をダミー会社に送って隠匿を指示した」とされる強制代執行妨害容疑であった。当初の報道では、安田らによる業務上横領だったのに、検察側の訴因が次々に変更される事態となった。
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 この事件を調査してゆくと、ダミーとされた会社には明確な営業実態があったばかりでなく、スーンズ社の経理担当者Oが、会社の資産2億円を帳簿操作で横領して隠匿、着服していた詐欺事件が発覚した。
 だが、東京地検はOのウソに満ちた供述を利用、虚構の構図をでっちあげ、罪をスーンズの社長や安田らに転嫁しようとした真実が明らかにされた。これによって、一審は、安田に対して完全無罪の判決を下した。
 これで安田事件が明らかな冤罪であり、東京地検が事件を捏造して起訴したという犯罪を行ったことが明確になったが、二審東京高裁(池田耕平裁判長)は、検察の言いなりになる愚劣な番犬でしかなく、一審無罪判決を覆して安田に罰金50万円の逆転有罪判決を下した。
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 逮捕当時、オウム真理教事件の主任弁護士であった安田は、その類希な実務能力と弁護実績が知られ、検察に「目の上のタンコブ」として強い敵対感を向けられていた。
 したがって、安田に対する冤罪でっちあげは、明らかに、検察庁が組織ぐるみで事件をでっちあげて、安田をオウム事件裁判から引きはがすための目的で弾圧したものに他ならなかった。
 安田起訴の不当性は、司法専門家の目から、あまりに明らかで、こんな事件をでっちあげられては弁護活動を検察が自由にコントロールするようになるとの危機感から、一審1200名、二審2100名もの全国の弁護士が安田の弁護に立った。だが東京高裁は、「真っ白な無罪」という一審完全勝訴を、新証拠の提出もないのに覆し、検察支持の弾圧判決を下したのである。
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 こうして、正義を踏みにじった検察の、強引な政治的弾圧を裁判所が支持したことは、その後、検察をますますつけあがらせることになり、次々と、異様なまでの人権侵害起訴攻撃を連発する事態となった。
 日本には検察当局の暴走に対する法的、機構的な歯止めが皆無であって、検察は、まさに国家権力、弱肉強食捕食者の頂点に立って我が物顔に勢力をふるってきた。
 彼らは、正力松太郎以来の、日本の国家権力を自分たちの利益のために利用しようとしてきた反動勢力と一体になって、際限のない、あたかもエージェント・スミスのような増殖と暴走を始めたのだ。
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 その後も、非常に悪質性の高い警察による事件でっちあげ、冤罪が明らかな起訴が続き、また司法の強権による被疑者・被告人・服役囚に対する人権無視も激しさを増していった。まさに、日本司法界は、安田事件以降、闇に包まれたといわねばならない。
 富山事件・志布志事件・足利事件など権力犯罪が表に暴露される例は稀少であって、ほとんどの場合、人権を侵害された被疑者・被害者の泣き寝入りに終わらされているのが実情なのである。
 そうして、昨年、民主党政権が成立してからは、マスコミとともに小沢・鳩山など政権中枢に対する犯罪にもならないはずの微罪立件によるダメージ作戦を強力に展開するようになり、今や、日本における最大最強の右翼勢力として、市民的権利の前に立ちはだかる怪物に成長していった。
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 近年、警察・検察・裁判所共に、明らかに事件の真相も、真犯人も知りながら、権力のメンツを守る目的と、政治弾圧に利用するために露骨な逮捕・起訴・有罪を繰り返すようになっているが、わけても、いくつかの事件は、これを放置するならば、我々の人間としての人格を崩壊させ、日本を家畜国家に陥れ、子供たちの未来を北朝鮮のような暗黒に塗りつぶす「警察国家への道」を拓くものというしかない極悪司法犯罪になっている。
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 しかも、これは森山真弓や野田聖子らが持ち込んだ児童ポルノ規制法や軽犯罪法を治安維持法として活用する路線と共にあり、国民のあらゆる権利、自由を犯罪として弾圧し、全国民を権力者の臆病な家畜に貶める決定的な権力犯罪というしかない。
 今や、日本では、ありふれた海辺での撮影・立小便・有名人の写真集所持、漫画の所持ですら性犯罪とされて、いつでも逮捕立件されるような息苦しい規制社会に陥れられることになってしまい、ありふれた工具を所持したり、路地裏を歩いたり、満員電車に乗れないほど警戒を求められるようになっている。
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 こうした国民生活への苛酷な規制の真の狙いは、何度も書いてきたように、国民を臆病者に陥れ、その精神を卑劣矮小化し、互いに監視し合い、権力に都合のよい人間像、すなわち家畜として、言いなり人生を送られる目的以外のものではない。
 かつて、ソ連や中国で起きた全体主義強要の時代を忘れてはいけない。そこではオーウェルが「1984年」で描いた世界、BBCの「プリズナー6」で描かれた監獄社会よりも桁違いに残酷な虐殺収容所が展開されていた。
 人は人を密告し、権力の定めた思想から外れた者は、片っ端から殺害される収容所社会が実現していたのだ。そう、それは「警察国家と収容所社会」であった。
 これを実現することこそ、ヤツラの本当の狙いである。
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「ヤツラ」のトップに君臨し続けてきたアメリカ副大統領、ディック・チェイニーは、自らの経営するハリバートン社に命じて、全米に600カ所のガス殺戮室・棺桶付の強制収容所を設置し、今では300万人の収容者を待つばかりとなっている。
 日本でも、チェイニーの陰謀と時を同じくして、警察国家、収容所社会が準備されてきたのだ。
 すでに30年前から、それは始まっていた。正力松太郎の後継者、中曽根康弘政権時代、統一教会原理研の若者たちが、自民党選挙運動員となり、彼らは当選すると秘書に採用され、さらにキャリア組として政府中枢に入り込んでいった。
 今や、国防・司法・教育における政府幹部官僚の中核に、その勢力が食い込み、清和会・森山真弓らと結託して、次々に司法・教育の反動化を進めてきたのである。
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 我々は、こうした収容所社会を阻止するため、司法の堕落腐敗を、たくさん糾弾し、必ず責任を取らせる戦いをする必要に迫られている。
 今起きている検察の暴走や司法の右傾化が、これから我々の生活を、どのように束縛してゆくのか、大々的に明らかにしてゆく必要がある。
 日常生活にかけられた軽犯罪法や児童ポルノ規制法などの治安維持法を撤廃させる戦いを行い、権力の家畜として洗脳を受けている国民大衆を目覚めさせなければならない。
 権力が、どれほど凄まじい暴走を行っているのか? その犯罪性を徹底的に糾弾しなければならない。日本が収容所列島と化し、互いに出る杭を打つ、悲惨な監視密告社会に向かうことを阻止するために、我々は命を賭す必要がある。
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 最近にあって、悪質な犯人捏造の第一が飯塚事件であった。これは、明確な冤罪死刑執行事件として、一人の無実の市民を権力が殺害してしまった極悪司法犯罪であり、その捏造性、悪質性が際だっていて、無実が明らかでありながら、すでに死刑を執行してしまった以上、司法担当者、権力による殺人事件として末永く糾弾断罪し続ける必要があるだろう。
 飯塚事件については、当ブログでも何度も取り上げていて、新たな情報も少ないため、今回はリンク紹介にとどめたい。これからも何度でも取り上げよう。
 http://blogs.yahoo.co.jp/tokaiama/1985773.html
 http://www.cc.matsuyama-u.ac.jp/~tamura/iidukajikenn.htm
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 冤罪死刑事件としては、袴田事件や名張毒葡萄酒事件など、いくつか存在するが、これらを本格的に調査するなら、無実なのに死刑執行された冤罪死刑事件が、他にも十数件存在しているという指摘がある。
 また、高知白バイ事故冤罪事件など、当事者も無実が明らかであることを知っているにもかかわらず、権力のメンツ保持だけを目的にした多数の事件、そして警察の怠慢を正当化する目的で捏造された事件も多い。
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 だが、今後の市民生活への影響、政治的な意味という視点では、安田事件とともに正義を目指す司法関係者を捏造事件で弾圧した例として三井環元大阪高検検事に対する悪質な弾圧を挙げないわけにはいかない。
 これは、2010年5月16日のテレ朝、「ザ・スクープ」において、鳥越俊太郎らが、本格的に事件の真相を暴露し始めた。
 これまで自民党政権下では、総務省によるテレビ倫理規制から、こうした反権力番組を放送することは至難だっただろうが、幸い、検察が調子に乗って権力を掌握した民主党をも切り刻み始めたことで、民主党における反撃の一環として放送が許されるようになったのだろう。
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 三井氏は検察庁内における違法な裏金による不正を暴露すべく鳥越俊太郎のインタビューを受ける前日、電話盗聴によって、このことを知った検察庁によって完全に填められ、冤罪に陥れられた。
 その罪状は、移転予定で、すでに引越を始めていたマンションに、虚偽の転居届けを出したという犯罪になりえない微罪であり、実際には、犯罪要素は皆無であった。
 後に、虚偽の届け出を利用して住宅取得補助金を得ようとしたとか、暴力団幹部に接待を受けたとかのでっちあげも追加された。
 森山真弓法相は、「三井に対して前代未聞の犯罪、検察の裏金疑惑は存在しない」とデタラメの隠蔽記者会見を行い、三井を極悪人に仕立ててみせた。
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 これに対して裁判所は、証拠もないまま懲役1年8ヶ月の実刑判決を下し、最高裁もこれを支持、三井氏は仮釈放もないまま立小便程度の微罪で二年近く投獄された。こんな微罪で、これほど苛酷な懲罰は過去に例など存在しない。
 もし、これを許すなら、日本国民は、今後、立小便で二年間の懲役を食らうことになるのだ。
 もちろん、これは三井氏の検察告発に対する強圧的な口封じであったが、このことによって検察当局は、取り返しのつかないほどの極悪でっちあげ犯罪に手を染め、もはや犯罪者集団と化した。その勢いをかって小沢や鳩山など民主党政権に対する微罪弾圧を繰り返して政権を追いつめてきたが、とうとう民主党サイドの反撃が始まったと受け止めてよいだろう。
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 そして、この番組で明らかになった検察当局の黒幕は、戦後政治家のなかで最悪の統一教会と結託した森山真弓(元法相)と、その背後にいた清和会勢力であろう。清和会・小泉純一郎・森山真弓・野田聖子ら。さらに彼らを番犬ロボットのように操っている、世界の闇権力、CIAや統一教会との関連も疑いのないところだろう。
 今後、森山真弓を国会に証人喚問することで、もはや検察当局の弾劾は避けられず、逃げ道もないと確信している。高橋徳広元検事による明確な告白は、検察にとってアタマを吹っ飛ばされるほどの致命傷になったと思える。
 今こそ、我々は、全力を挙げて、この三井疑獄問題を世に喧伝し、一気に検察の闇、統一教会やCIAと結託した日本の悪魔勢力を叩きつぶすときがきた
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 三井環問題や、高知白バイ事件、など司法の犯罪については、さらに稿を改めて書き続けたい。

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  警察国家への道 その4 治安維持法として濫用される軽犯罪法
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 http://butcher.asablo.jp/blog/2006/08/20/492636
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 【新宿署に十徳ナイフ所持で逮捕された。軽犯罪法違反、刃渡り6.8cmと調書に記載。海に行くときに持っていったままウェストバックに入れたままだった。持ち物検査されるまで十徳をもっていたの忘れてた。正当な理由がなく所持(入れ忘れは駄目)していたので違反だとされた。検察庁に調書と軽犯罪違反の調書とか反省文みたいなもの送られる。
 取り調べ所要時間 約1時間 左右の指、手のひら、横の指紋採られ、写真は 正面 右斜め横 横顔、 全身像。連れて行かれ 最初に警察署の取調室で
説明は、 まず、警察官から任意に持ち物検査を求められて、同意した。事の確認、(任意同行)
逮捕の理由、軽犯罪法の刃物の所持に関する罰則の説明、ここから本人履歴、身体的特徴現住所、本籍、出生地の確認、免許所持っていたので、それより転記、現勤め先、最終学歴、月収と家族構成体重、身長、足のサイズ、利き腕、眼鏡使用の有無 逮捕時の事、逮捕時間、場所、逮捕物の今回は十徳の購入ルート、マイルたまっていたのでANAかJALで貰ったのといつ購入したかの確認、かなり昔、5、6年前と言った。
なぜ逮捕されたか逮捕理由の再度説明 調書への署名、右手 人差し指による指紋押印 調書以外に2枚 計3枚にサインと押印しました。黒の特殊インキ。それから、写真撮影(Sony製のデジカメ)、指紋採取(NEC製) 新宿のヨドバシの前からてくてくと新宿署まで歩いていった。】
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 2008年6月秋葉原無差別殺人事件の起きる数年前から、東京都内では警察の強引な職質逮捕事件が頻発している。これは、実は、筆者らがベトナム反戦デモに明け暮れていた35~40年ほど前に、すでに人権無視の職質検挙が常態化していた実態があったのだが、この十年ほどの警視庁の職質は当時よりもはるかに苛酷になっていて、秋葉原事件以降は輪をかけて凄いらしい。
 渋谷・新宿など繁華街に行った若者で、こうした強引な職質で不快な目に遭わなかった者は少ないだろう。
 弁護士で元国家公安委員長の白川勝彦氏までまで違法職質の被害者となったことで、ブログで危険な警察国家に対する警鐘を鳴らしているので、ぜひ読んでいただきたい。
 http://www.liberal-shirakawa.net/idea/policestate.html
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 「罪を犯し、犯そうとしている疑い」がない限り現行犯逮捕はできないこと、市民には、令状のない職質・荷物検査・任意同行を拒否する権利があることさえ知る者がほとんどいない現状で、警察は、自分たちへの無条件服従が義務であるかのように主張し、当然の職権であるかのように既成事実化しているのが現状だ。
 911テロ以降、アメリカに発したテロ対策に名を借りた警察国家化が世界的に著しく、イスラム諸国まで警察による管理国家を加速させていて、その処罰も異常に苛酷化している。もちろん日本でも、刑法の運用が苛酷化し、30年前に比べると刑罰判例が五割以上厳しくなっているとの指摘がある。
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 しかも、かつてなら犯罪として認識さえされなかった、立小便や撮影など、ありふれた日常行為までも重罪に値する犯罪と決めつけ、驚くほど苛酷な刑罰を与える例が激増しており、市民の自由は弾圧され、人々は警察国家の取締弾圧に怯えて臆病になり、卑屈な生活を余儀なくされている。
 市民的自由の欠乏は、芸能・芸術のレベルに顕著に顕れると最初に書いた。
 40年前、自由な市民生活のなかで、素晴らしい芸術文化が花開いた時代に比べると、現在の芸術界の低迷は、人々の精神が萎縮し矮小化している実態を鮮明に写しだしている。
 寺山修司や唐十郎らが与えてくれた奔放で血が騒ぐ刺激を求めようと思っても、永井豪の漫画ですら児童ポルノ犯罪と認定され追放されているご時世に、どこを見ても萎縮した、当たり障りのない、低俗な権力のポチ芸能しか見られない現状である。
 岡林信康も高石知也も、フォークルも、若き谷村新司も、もう現れないのだろうか? 若き筆者が無我夢中で興奮した新宿西口の、あの感動も、もう二度と味わうことができないのか?
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 権力体制が大衆精神の臆病な矮小化を求めるの理由は、政権の最大の敵が、決して対立政党などではなく、本当は大衆の「自由な精神」であり、勇敢に権力と戦う者であるからなのだ。
 権力を維持するために、自由な精神を弾圧して、大衆を権力に怯える臆病者に仕立てることが、一番安易な体制運営法なのである。勇敢な反体制派を暴力と死刑によって徹底的に弾圧排除し、飼主に逆らわぬ家畜に仕立てることが政策の根元であり、このため教育・司法・軍事は、すべて反体制派を出さないためのシステムに作り替えられてゆくのである。
 権力が期待する人間像とは、「見ざる・言わざる・聞かざる」であり、権力の恐怖に怯えて、口をつぐむ者であり、言われたことしかできない矮小な精神性なのである。
 こうした人間性の愚民を作り出すことこそ、戦後、CIAスパイの元締、右翼国家主義者の黒幕として君臨した正力松太郎が布いた路線であった。
 一方で、プロ野球や芸能をエサとして大衆に与え、他方で警察力によって自由を弾圧し、臆病な愚民に貶める。そうして国家は、大衆が想像もできない原子力などの超高度技術と超絶兵器によって武装するというものだ。

 だが、こうした愚民化政策が成功するほどに、皮肉にも、権力の求める「強い国家」 「優れた技術」を産み出す国力・人間性は取り返しのつかないほどに衰退してゆく。
 なぜなら、それは伸びやかで自由な精神なくして生まれないからだ。日本が、40年前の自由闊達な社会と、あらゆる分野で、創意工夫が尊ばれ、世界的に大きな成果を挙げ続けた学問・産業は、人の自由・解放とともに失われていったのである。
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 警察国家への道と題しているが、日本では、実は、すでに警察国家が実現して久しいのだ。すでに戦前、正力が作った特高警察システムと治安維持法によって警察社会が実現していたのである。
 大勢の自由を求める知識人や労働者が弾圧され、殺害された体制から、陸軍統制派による侵略暴走が産み出され、日本全体が地獄に引きずられていった。

 戦後は、70年前後をピークとする人間解放運動を嫌った資本家・自民党が、正力の統制システムを受け継ぎ、1980年代に、後継者といわれる中曽根康弘が、新たな警察社会システムを構築していった。
 あの時代、統一教会、原理研の若者たちが大量に自民党の選挙運動員となり、議員秘書となり、そして議員のコネを利用してキャリア官僚に採用されていった。
 その主な行先は、司法・防衛・教育だったといわれ、それから30年、当時採用された原理研信者たちが、今や検察・警察・文科省の幹部に就任している事情と、現在の管理社会の実態は無縁ではない。
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 統一教会は、研究者たちが指摘しているとおり、キリスト教を名乗っているが、新約聖書など決して用いない。カトリックに近いが、独自の国家主義的教義を持っていて、世界の特権階級、フリーメーソン・イルミナティの走狗として活動していることが知られている。
 彼らの本質は、大衆に無数の格差、差別の階級を設け、コンプレックスを抱かせて対立させ、上の階級が下の階級を家畜のように支配する社会であり、朝鮮、李王朝の思想的根幹となった儒教的支配の適用といえるだろう。
 こうした差別社会で必然的に吹き出す不満、激情を、暴力と死刑で弾圧するシステムこそが警察社会の本質である。
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 警察による国民支配の大きな武器となっているのが「軽犯罪法」である。これこそ、まさに現代の治安維持法といわねばならない。
 問題は、警察が職質において伝家の宝刀のように使う「軽犯罪法」の強引な曲解適用の悪質さにある。これは、今や民衆弾圧法と化しており、我々のあらゆる、ありふれた日常的行為を片っ端から違法行為として検挙逮捕できるよう恣意的に運用されている実態があるのだ。 軽犯罪法の乱用は以下のように行われる。
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(1-2)正当な理由がなくて刃物、鉄棒その他人の生命を害し、又は人の身体に重大な害を加えるのに使用されるような器具を隠して携帯していた者
 (→刃渡り6センチ以上の刃物携帯は銃刀法違反とされ、それ以下は軽犯罪法対象であり、ソムリエナイフでさえ携帯すれば逮捕理由にされる。職質で車に載せていたマグライトが凶器と認定され逮捕された例もある。文房具のハサミでさえ刃物と認定され、ポケットにあれば逮捕)
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(1-3)正当な理由がなくて合かぎ、のみ、ガラス切りその他他人の邸宅又は建物に侵入するのに使用されるような器具を隠して携帯していた者
 (→ドライバーやペンチでさえ泥棒工具と認定され、職質・検問で発見されたなら逮捕される。車に保安工具として普通に搭載されているが、これも逮捕理由になる)
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(1-4)生計の途がないのに、働く能力がありながら職業に就く意思を有せず、且つ、一定の住居を持たない者で諸方をうろついたもの
 (→筆者のことか・・・余計なお世話だ。仕事に就けず、貯金で細々と生きているだけで逮捕理由になる)
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(1-5)公共の会堂,劇場、飲食店、ダンスホールその他公共の娯楽場において、入場者に対して、又は汽車、電車、乗合自動車、船舶、飛行機その他公共の乗物の中で乗客に対して著しく粗野又は乱暴な言動で迷惑をかけた者
 (→筆者は、かつて警察官の職質に遭うと「バカヤロー」を連発したが、それだけで立派な逮捕理由。役所で役人がサボってるときに「ボケー!」とでも怒鳴ろうものなら、もちろん逮捕)
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(1-8)風水害、地震、火事、交通事故、犯罪の発生その他の変事に際し、正当な理由がなく、現場に出入するについて公務員若しくはこれを援助する者の指示に従うことを拒み、又は公務員から扶助を求められたのにかかわらずこれに応じなかつた者
 (→公務員の指示に正当性があるか否かは問題でなく、一方的に服従を要求し、拒めば逮捕)
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(1-14)公務員の制止をきかずに、人声、楽器、ラジオなどの音を異常に大きく出して静穏を害し近隣に迷惑をかけた者
 (→先天性大声は、それだけで逮捕、耳が遠い人がラジオを聞いても逮捕)
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(1-20)公衆の目に触れるような場所で公衆にけん悪の情を催させるような仕方でしり、ももその他身体の一部をみだりに露出した者
 (→スノボ国母の腰パンが袋だたきに遭ったが、もちろん逮捕。今後は、ヘソ出しルックも逮捕。ビキニも当然逮捕、18歳未満少女のビキニなら、それを見ただけで児童性犯罪として逮捕か・・・)
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(1-22)こじきをし、又はこじきをさせた者
 (→ならば日本国と自民党を逮捕せよ!)
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(1-26)街路又は公園の他公衆の集合する場所で、たんつばを吐き、又は大小便をし、若しくはこれをさせた者
 (→筆者はしょっちゅうだ。オレは犯罪者か・・・\(≧▽≦)丿)
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(1-28)他人の進路に立ちふさがつて、若しくはその身辺に群がつて立ち退こうとせず、又は不安若しくは迷惑を覚えさせるような仕方で他人につきまとつた者
 (→職質の警官を逮捕しろ!)
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(1-32)入ることを禁じた場所又は他人の田畑に正当な理由がなくて入つた者
 (→春先、田んぼの畦でツクシやワラビを採取する者たちは全員逮捕)
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 第4条 この法律の適用にあたつては、国民の権利を不当に侵害しないように留意し、その本来の目的を逸脱して他の目的のためにこれを濫用するようなことがあつてはならない。
 (→警視庁は、都条例で逮捕にノルマや報償制度を導入、これによって警官は実績を上げるために、無理矢理、犯罪をでっちあげるようになった)
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 字数制限から次回

警察国家への道 その3 ありふれた行為が犯罪として処罰される社会

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 警察国家への道 その3 ありふれた行為が犯罪として処罰される社会

 「息を吹きかけた」と逮捕 (2010年5月)
 【電車内でみだらな行為をしたとして、明石署は3日、岡山県美作市真加部、JR西日本男性社員(50)を、県迷惑防止条例違反の疑いで逮捕した。「何もやっていない」と容疑を否認している。
 発表によると、同容疑者は午前8時20分頃、加古川―西明石間を走行中の姫路発敦賀行き新快速で、いすに座っていた姫路市内の女性(42)に、息を吹きかけるなどした疑い。女性の夫が気づき、同容疑者を取り押さえ、西明石駅で降ろし、110番で駆けつけた署員に引き渡した。同容疑者は同駅へ出勤途中だった。(2010年5月5日07時35分 読売新聞)】
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 似たような事件(2007年7月)
【7月24日11時57分配信 読売新聞  埼玉県警東入間署は23日、警視庁刑事総務課警部補の塚瀬俊弘容疑者(41)(埼玉県ふじみ野市東久保)を県迷惑行為防止条例違反(痴漢、卑わいな言動)などの現行犯で逮捕した。
 調べによると、塚瀬容疑者は同日午後8時50分ごろから約20分間にわたって、東武東上線・池袋発小川町行き急行電車内で、隣に立っていたアルバイト女性(23)の脇腹に左ひじを押しつけたり、耳に息を吹きかけたりした上、「足がきれいだね」などと声をかけた。
 女性が近くの男性客とともに取り押さえ、ふじみ野駅で署員に引き渡した。塚瀬容疑者は酒に酔っていた。調べに対し、「ひじは当たっていたかも知れないが、独り言を言っていただけ」と供述している。】
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 「これは、ひどい!」 と筆者らの世代なら誰でも思うはずだ。こんなことが犯罪になるなんて、ありえない・・・さすがにニュースを見て強いショックを受けた。
 ジョージ・オーウェルが独裁未来社会の恐怖を描いた「1984年」でも、これほど、めちゃくちゃな逮捕など予想されていない。
 こんなことじゃ、痴漢などとは無縁の人でも、街角でよろめいて女性に触れただけで、性犯罪者として逮捕されることになるだろう。すでにエロ漫画を所持しただけで麻薬犯なみの懲罰だ。十徳ナイフを所持していただけで逮捕されるご時世だ。立小便なんか性器露出と決めつけられる性犯罪になりそうだ。まさに、息をしただけで逮捕される時代がやってきた!
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 これで逮捕された駅員は、冤罪であることを証明できなければ、この職なきご時世に、そのまま解雇か、良くて依願退職という事態に陥るだろう。
 「被害者」が、思いやりのある普通の感覚の持ち主なら、仮に息で不快な思いをしたとしても、「加害者」が逮捕されることで、相手のダメージが桁違いに重くなることに気づいて、抗議する程度で穏便にすませるだろう。
 だが夫は彼を警察に突きだし、息を吹きかけたというアホらしい容疑で逮捕させた。そうして「加害者」は面子どころか、職を失いかねない窮地に追い込まれた。いったい、どちらが被害者なのか?
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 妄想というしかない「被害者」の主張を鵜呑みにして逮捕した警察当局は、恐るべき人権侵害と言わねばならないが、これに対して、明確に警察の暴走を批判する意見が、どこにも見られないことが、今起きている事態の真の恐怖なのである。
 筆者らの若い頃は、犯罪として逮捕、起訴される要件として、「故意・作為により誰の目にも明らかな被害が生じていること」という不文律があった。法的には、現行犯逮捕の要件としては、「罪を犯したことが明白であり、逃亡のおそれがあること」ということになっている。
 麻薬だって人に迷惑をかけないかぎり自己責任と考える人が多かった。むしろ公共場所での喫煙の方が、よほど深刻な犯罪だと思われた。
 当然、アグネスや野田聖子のように「エロ本を所持することが犯罪」などとの主張は、今から40年前なら、「完全にアタマがいかれてる」と思うしかない異常な感覚だし、日用品である十徳ナイフが「凶器」だと認定する警官の脳味噌も、無茶苦茶というしかなく、「息を吹きかけた犯罪」に至っては宇宙人との遭遇よりも奇怪なのである。
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 これだけなら、軽微な不快感を警察沙汰にした夫の精神異常を疑えば足りる笑い話にすぎないが、警察が苦情を受けて逮捕という強硬手段に至り、しかも。それをマスコミが大々的に報道して全国民が知るところとなり、かつ、雇用者のJRは、「加害者を厳正に処分する」と声明をだしたわけで、ここまで来ると、トンデモないモンスター恐怖社会の到来というしかない。
 もっと恐ろしいのは、若者たちが、こうした信じがたい司法の暴走を、ほとんど誰も批判しようとしないことだ。グーグルやツイッターで検索してみればいい、これが、どれほど深刻な人権侵害を引き起こすのか糾弾する声など、ほとんど出ていない。
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 それもそうかもしれない。今の若者たちは、他人が苦悩するということについて、ほとんど関心を持たない者が多いのだ。自分さえよければいいのであって、他人がどうなろうと知ったことか・・・が常識なのだ。
 これが、どれほど恐ろしいことか分かるだろうか?
 我々の若い時代、「人に起きることは自分に起きる可能性がある」と考え、誰の遭遇した運命であっても、いつかは自分の身にも起きることとして考え、思いやりをもち、一緒に連帯して対処することが、結局、自分の身を守ることになるという共有認識があった。
 我々は、決して一人で生きているわけではない。まさに、運命共同体なのである。他人の運命は、やがて自分の運命になるのだ。人の苦悩は、やがて自分の苦悩になる。人の喜びも、やがて自分の喜びとなると考えたのだ。
 理不尽がまかり通る社会を許すなら、子供たちの未来は真っ暗だ。人権のない世界に、どんな人生の喜びがあるというのか?
 世界も社会も正しく、「正義」の元に運営されるべきであり、そのために、自分のなしうることをなすのが義務だと考えていた。
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 「正義」こそ人生のすべてだ。最高の価値だ。正義を実現するために、命を失うことなど何をためらうことがあろうか?
 人の苦難を救済し、援助することこそ正義であった。筋の通らない、理不尽な行政、司法、対応は断固として許さない。間違ったことを許さない姿勢が、人間の求める、もっとも正しい姿勢であった。
 正義の前に、自分の利権や、命など軽いものだ。かつて、こんな「正義漢」が、ごろごろいたのだ。
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 人の苦難を救わなくて、どこに自分の喜びがあるというのか? だからこそ、高田馬場駅で酔っぱらいが線路に落ちたとき、命を厭わずそれを助けようとした人間愛が成立したのだ。彼らの行為と人生は貴いものだ。
 人を感動させるという行為は、まさに命を賭して正義を貫くというものだった。
 弁護士、安田好弘が、ほとんど報酬も期待できず、日本中からバッシングの嵐を受けて孤立無援になり、「インチキ弁護士」などと罵倒されながら、ただ誠実に被疑者の権利に奉仕し、死刑制度をやめさせようとしている行為も、まさに正義以外のなにものでもない。
 彼にとって、利益よりも名声よりも、何よりも正義が自分の命よりも重いのである。
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 若き筆者も、40年前、ベトナムで理不尽に殺されゆく人々の怒りと悲しみに連帯して、ベトナム反戦運動を戦った。それで、大学も行けなくなり、警察庁のブラックリストに載って、たくさんの仕事も失った。
 だが、一番大切な価値は、他人の苦しみに連帯し、共に戦うということであった。この連帯の満足にくらべれば、金儲けや地位や権力に何の価値があるというのか?
 我々の究極の価値は、醜い強欲、利己主義に支配された金儲けや権力・地位などではない。苦悩する他人に連帯し、ともに苦難を克服する連帯の喜びを得ることなのだ。まさに、「連帯を求めて孤立を恐れず!」であり、心の唯一の拠り所は、自分が正義を実現しているか? であった。
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 人生の真の価値は正義を貫くことだ! 断じて金儲けではない!
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 若者たちよ! こんな理不尽な司法を許していいのか? 日常的な行為すら勝手に犯罪と決めつけ、エロ本・十徳ナイフを所持すれば逮捕、女性の写真を撮れば痴漢で逮捕、息をしただけでも逮捕と、信じられない無茶苦茶な司法がまかり通っている!
 まるでイスラムの性弾圧ではないか? マレーシアで、ビールを飲んだ女性が鞭打ち刑に遭った。イランで婚前交渉した少女が絞首刑にされた。サウジで夫の死後、他の男性を家に入れた女性が石打刑で虐殺された。アメリカで日本漫画を所持した男性が懲役半年にされた。
 だが、今、日本で起きている事態は、その理不尽な本質において、これらの愚劣な刑罰と何一つ変わらないではないか?
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 まさに、正義が地に堕ちたといわねばならない!
 我々は、子供たちの未来を暗黒に塗りつぶさないために、自分の命を賭してでも、こうした愚劣な司法を粉砕しなければならないのだ。
 一方で、こんな国家の暴虐を許しておいて、ちょっとマシな家畜生活を得たとしても、それが、真の喜びを与えるとでも思うのか? 正義を貫かない臆病で卑劣な人生に何の価値があるというのか?
 いいかげんに卑屈な臆病人生を恥じよ! まさに、今、我々は権力と真っ向から戦わねばならない時がやってきたのだ!
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 なぜ、こんな愚劣な司法が、我々の日常生活を、隅から隅までがんじがらめに縛ることになったのか?
 真っ白な女高生のふとももにエロスを感じることも痴漢として糾弾され、宮沢りえのサンタフェの所持さえ処罰され、立小便をすれば性器露出性犯罪とされ、混んだ電車で女性に体が触れたら痴漢として逮捕され、息が吹きかかっただけで逮捕されるような、馬鹿げた社会に、どうしてなってしまったのか?
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 それは、この社会が利己主義に汚染され、人間の連帯を失ったからだ。
 学校教育における競争主義の導入、他人を出し抜いて自分だけ利益を得ることが正義とされるような、資本主義、経団連や自民党が持ち込んだ価値観が、人々を地獄に堕としたのである。
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 社会に差別が満ちあふれた。人は人を小馬鹿にし、カネ持ちや権力者を無意味に尊敬し、畏れるようになった。
 何を人生の価値として生きるべきか、人々は見失っていった。正義が何であるのかさえ忘れてしまった。
 人を許し、寛容が暖かい過ごしやすい社会を作る本質も忘れてしまった。人々は苛酷になり、他人の間違いを指摘し、他人をやっつけて得意がるような愚劣な人生観に洗脳されていった。
 権力に対して臆病になり、言われたままにしか生きられない下劣な家畜に成り下がったのだ。
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 だが、よく考えよ・・・・
 あなたの羨むベンツもセルシオも、ただの移動体ではないか? アルトやライフと何の違いがあるのか? あなたの自慢するグッチもエルメスも、婆さんの図他袋と何の違いがあるのか?
 橋の下のホームレスも、皇居の天皇も、我々と何一つ変わらない同じ人間ではないか?
 天皇も権力者も、警官も、検察も裁判も、すべて同じ人間がやっていることを忘れたのか?
 国家なんてありはしない! 同じ人間が、そこにいるだけなのだ。我々は、一人の人間として、すべての人たちに対峙しなければならないのだ。
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 あなたは裸の王様が、素晴らしい服を着ていると褒め称えるつもりなのか? あなたは、自らの恐怖心が作り出した幻想に閉じこめられて、死ぬまで真実を見ないつもりなのか?
 エロスは犯罪ではない! 健全な性欲が子孫を紡いできたのだ。美しい、みずみずしい女性に男が興奮し、それを写し、その媒体を見たがるのは自然なことだ。何が犯罪なのか?
 立小便は犯罪ではない! 自然な生理現象だ。トイレがなければ立小便するのが自然であって、何を恥じる必要があるのか?
 混み合った車内で、他人に触れるのは犯罪ではない! それを痴漢と決めつける女性は、二度と電車に乗るな! 息を吹きかけられたくなければ離れてろ!
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 我々は、地球の上で、人間として自然に生きているのだ。その日常行為を犯罪に仕立てるな! 子供たちの未来を暗黒の警察国家にするな!

警察国家への道 その2 児童ポルノ規制に見る矮小人間の大量生産

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 2006年5月、アメリカ、アイオワ州に住む38歳の男性が日本のエロ漫画を所有していたことで、当局に逮捕された。
 アメリカの犯罪全般に対する刑罰苛酷化の流れ、とりわけ性犯罪に対する人権無視の制裁的処罰は知られていたが、ひとりの趣味的コレクターが、日本で普通に店頭販売されている漫画を個人的に所有して逮捕されたことで、市民の自由が大きく損なわれる転換点であると多くの人に強い危機感を与えた。
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 日本から取り寄せたマンガの私的所有を理由に、最高20年の禁固刑の罪で起訴されたクリストファー・ハンドリーは、「未成年の性的行動を含む猥褻描写がある」と政府が主張する本の所持のため、PROTECT法(児童虐待に関する法律)によって起訴された。
 ハードリーは1200冊の市販マンガのコレクションを所持し、その中のわずか数冊の性的描写によって起訴された。
 CBLDF(出版物権利協会)の弁護士であるバートン・ジョセフは指摘した。
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「わたしの長い経験でも、個人が私的に楽しむための絵の所有だけが理由で、一般消費者が逮捕されるという事態は初めてです。この起訴は絵と絵を描く人にとって、そして特にコミックスという創造的で新しい試みをする分野にとって、表現の自由の規制という点で大きな影響を持つでしょう。歴史的に見ても、芸術の性質を誤解し、猥褻罪を曲解するものです。」
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 連邦郵便検査局はハンドリーの住居を捜索し、未成年の性的虐待を描いたわいせつ物(日本漫画)を更に没収し、ハンドリーは2007年5月にアイオワ州の大陪審において起訴された。
 上訴裁判費用の心配と、保守的なアイオワの陪審員では勝目がないと判断した私選弁護士の勧めにより、司法取引を選択したハンドリーは、アメリカ法18条1466A(b)(1)違反により、有罪を認めた。
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 これによって、「性的に露骨な行為を行う未成年が描かれた」日本マンガを所有するだけで、ハンドリーは最悪「15年の実刑、2500万円の罰金、3年間の司法当局による監視付き釈放」の可能性に直面することになった。
 アメリカでは2002年に最高裁が「現実の子供を使うことなく作られた画像に対する児童ポルノ禁止を拡大する州法は表現の自由に基づいて違憲」との判決を下していた。しかしその後、アメリカ連邦議会は未成年を性的に描くわいせつ物を更に具体的に定義、禁止した通称PROTECT法の法案を可決した。
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 結局、ハンドリーは、2010年2月、6カ月の懲役を言い渡され、3年の監視下での保釈、5年の執行猶予となった。おそらく、その後も、児童性犯罪者の烙印を押され、生涯、アメリカ社会の苛酷な監視を受け続けることになる。
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 この判決により、「実在しない仮想未成年キャラクターに対する性的虐待描写を描いた表現物(たとえばロリ漫画・エロゲーム)」の単純所持を違法とする判例が確定することになった。
 アメリカでは、18歳以下をイメージさせる裸の漫画を所持していただけで、懲役15年・財産没収の刑に処せられる可能性があるという判例が確立したのである。
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 また、オーストラリアでも、2009年12月に、架空のキャラクターを使ったわいせつ画像を自分のコンピュターに所持していた男性が逮捕され、3000ドルの罰金と2年間の監視付き保釈で有罪となったことがあった。
 ここでも実在しないキャラクターのわいせつ画像所有で有罪になったことで話題となった。
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 これらの事件は、日本人が、空港で売られている漫画雑誌を購入して、アメリカの税関で発見されたとき、そこに少女のエッチシーンが表現されていたなら、懲役15年の刑を受ける可能性を示したものであることに注意しなければならない。
 今後、実際に、旅行者が所持だけで逮捕され、実刑を宣告される事態が避けられないと思うべきで、エロ漫画がヘロインや覚醒剤なみの扱いとなってしまったのである。
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 我々、日本人の感覚からすれば、ちょっと信じられない、異常な取締りであって、イランやサウジで、結婚前に性交したことが発覚したカップルが逮捕され、絞首刑にされている恐るべき事態と、本質においては、ほとんど変わらない怖さを感じる。
 日本人にとって、イスラム諸国や欧米で起きている、こうした異常な性犯罪取締り苛酷化を横目で見て嗤っていられるうちは、まだマシだった。だが、ある日気づいてみると、同じような異常な性弾圧が、いつのまにかわれわれの足下にも忍び寄っていたことに愕然とさせられるのだ。
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 それは、悪辣な霊感詐欺商法で知られる統一教会が、日本で「倫理運動」と称して、たくさんのインチキ市民団体をでっちあげ、アグネス・チャンなどを広告塔として利用し、性風俗弾圧キャンペーンを繰り広げるなかで、気づかないうちに深刻な事態にまで進んでいたのである。
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 日本では、1999年に(第一次)児童ポルノ規制法(児童買春、児童ポルノに係る行為等の処罰及び児童の保護等に関する法律、平成11年第52号)が成立し、「児童」の定義を、教育基本法や民法における13歳ではなく、18歳未満と規定し、これに該当する性行為や性表現を、それまでより格段に厳しく処罰する取締法が成立していた。
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 この法案を成立させた中心的議員は、自民党の森山真弓・野田聖子・高市早苗らだが、民主党の小宮山洋子や公明党の松あきららも加わっている。
 この法律によって、2008年、乳幼児のおむつ換えのシーンや、小学生の入浴映像が「男児ポルノ」に該当するとして、放送倫理・番組向上機構が、自主規制を要望する動きに出ている。この年あたりから、テレビで未成年者の性的表現が、ほとんど見られなくなったことに読者の多くが気づいていると思う。
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 日本ユニセフ協会(統一教会系? 寄付の多くを私的流用するので悪名高い詐欺的組織)が、アグネスを看板にして推進している「子どもポルノ処罰」は、実写だけでなく、冒頭に取り上げた架空の漫画キャラで、「18歳未満に見える」性表現全般が対象になっている。
 また、2009年度に一時凍結になった第二次ポルノ規制法においては、宮沢りえの写真集サンタフェや、若き関根恵子の映画作品などは、それを所持しただけで犯罪とされ、懲役1年の実刑と規定されることになった。
 野田聖子は、この法案を、いずれ必ず可決してみせると息巻いている。岐阜県民が、こんな馬鹿者を国会議員に送るなら人間性が問われるというべきだ。だいたい自民党支持者はスケベ老人ばかりじゃないか。いずれ、自分が聖子推進の法律で窮地に立たされることを覚悟せよ。
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 また、性犯罪撲滅運動、処罰苛酷化をアメリカで中心的に推進してきた勢力は、誰あろう、カトリックと共和党なのだ。
 この数年、カトリック聖職者が児童性犯罪の最大勢力である事実が暴露され、ローマ法王が窮地に追い込まれていることは周知の事実だ。
 まさに一番危ない連中、「性職者」たちが、自分たちを真っ先に裁くであろうポルノ規制法を実現したという笑い話のような展開になっているわけだ。
 こんなアメリカに追従して、日本でも性犯罪処罰の苛酷化が、強い圧力で社会に浸透している事情について、どう考えるべきか?
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 もちろん、性犯罪だけでなく、ほとんどすべての犯罪について、社会が更正を期待する姿勢を見せて寛容だった半世紀前に比べて、対象範囲が恣意的に拡大し、処罰が苛酷化している実情に気づいている方が多いと思う。
 性犯罪については、苛酷化が、とりわけ被害者となりやすい女性たちの支持を得られやすいことから、いわば処罰苛酷化、警察国家、制裁国家に進む右傾化社会の尖兵としての意味がある。
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 欧米日だけでなく、イスラムなど第三世界でも同じような傾向が見られ、世界的に大衆生活に寛容な規制が撤廃され、処罰苛酷化に向かう流れを明確に感じ取ることができる。いったい、これはなぜなのか?
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 「人を許さない、非寛容社会」が、際だって世界の傾向として見えている事情は、社会全体の差別化が進み、特権階級と一般大衆の明確な分化が起きて、特権者たちは、差別が進んで民衆の不満が高まったことから、自分たちの財産や生命の維持に危機感を感じるようになった。
 それゆえ、刑罰を苛酷化することで、特権者たちが大衆から身を守ろうとしているといえるだろう。彼らは、人間に頼らず金に頼るしかない人生を送っていて、最期は、結局、法と暴力を利用するしかないのである。
 その特権階級が金融資本の台頭による投機社会になって俄に私財を増やし、政治的な力をつけて、自分たちの利権を擁護する目的で、このような苛酷な処罰社会を望んでいるのが真実だ。
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 さらに、こうした処罰苛酷化によって、大衆が著しく精神の自由度を失い、人間性を喪失し、精神の矮小化をもたらすことを指摘する必要がある。筆者は、自分の若い頃に比べて、若い人の人間に対する感覚が劣化、矮小化している現実をひしひしと感じている。
 他人とトラブルになったとき、寛容、許しの姿勢で、相手の短所、欠陥を吸収し、長所を伸ばしてやりたいという心のゆとり、愛情をもって望む人たちが極端に減った。それは、こうした刑罰苛酷化の社会的風潮がもたらしたものだ。
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 今から50年前、日本は敗戦に打ちひしがれた貧しい生活から、死にものぐるいで働くことで、やっと豊かな生活を掴みかけはじめていた。
 この頃、人々は、まだ戦争の残酷、悲惨を鮮明な記憶で思い知っていたから、人が明るく、楽しく毎日を過ごす姿を見ることが何よりも嬉しかったのだ。
 だから、他人に対して寛容で、少しばかり間違いをしても、許し、相手が幸せになってくれることを心から願っていた。人を叱るときでも、真に相手の幸せを考えた利他思想に満ちていた。
 社会は、助け合うことを当然とみなし、自分勝手な利己主義は、みんなから強く諫められ、人の幸せを願うことを正義とし、そのなかに人生の喜びを見いだそうとする人たちで溢れていた。それが1950~1980年の世界でも抜きんでて素晴らしい国家共同体だった日本社会を構築した原点だった。
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 この頃、人々は、「人間は失敗し、過ちを犯すもの」という優しい寛容思想を共有し、間違ったことをしでかしても、それを制裁するのではなく、更正させることを正義としていたのである。
 だから、青年が性的に満たされず、女性を襲うなどという事件は、今も昔も変わらずに起きていたが、それを苛酷な刑罰で制裁し、社会から追放するという姿勢ではなく、多くは、青年の性欲を満たし、満足させてあげるために、周囲の大人たちは配偶者を見つけてあげることに奔走したり、赤線地帯に連れていったりして、彼の心を癒し、二度と他人を傷つけないように諭すという暖かい姿勢だった。
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 日本の刑法自体が、制裁報復という愚劣な発想ではなく、牧野英一による「教育刑思想」によって構築され、犯罪を導き出した個人の思想を矯正し、更正させるという世界的に進んだ合理的思想で担われていたのである。
 明治刑法の牧野イズム、すなわち教育刑思想から、今、野田聖子やアグネスチャンらが主張している制裁報復による苛酷刑罰主義を見るならば、実に愚かな封建的前時代への回帰であって、その救いなき心の貧しさに驚くほかはない。
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 結局のところ、こうした制裁・報復思想による権力がもたらすものは、国民の心の貧しさ、矮小な精神性でしかなく、刑罰に怯えた臆病な大衆を大量生産することで、社会は、特権階級の利権だけを擁護する家畜社会へと変わってゆくのだ。

警察国家への道 その1 家康の施政哲学

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 警察国家への道 その1 家康の施政哲学

 今回は、今、日本国民が直面している著しい民衆管理苛酷化について警鐘を鳴らす目的で書きたいと思っている。
 淫行条例・ポルノ規制など、隠された心の襞まで管理し、エロ漫画を所持しただけで懲役半年という苛烈な懲罰で縛ろうとする姿勢に対して、これが何の目的でなされ、どのような結果を招くのかについて、読者に問題提起していきたい。
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 近世民衆管理の元祖といえば徳川家康だ。彼ほどの統制管理の達人は滅多にいない。それは家康が人の心を読み切る能力に優れていたからだが、家康統治の本質について触れた文章は滅多に見ない。
 これまで、家康の本質に迫ることのできた論者が、ほとんどいなかったのだ。
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 家康の築いた徳川時代は、1603~1868年までの265年間を言う。これは人類史上希にみる長期の固定体制政権で、他に比肩するとすれば、千年王国といわれる大ローマ帝国くらいだろう。
 だが、こちらは紀元前27年~西暦395年あたりまでが実質的なローマ帝国であって、長さでいえばいくらも変わらない。しかも、中味は持続的体制というには問題があり、継続性のある政権とはいえない。
 ところが、江戸時代は、たった一人の権力者が政治的基礎を構築し、それが260年以上も崩壊せずに継続したわけで、こんな例は、おそらく世界史にもほとんど存在しないだろう。
 これほどの超長期にわたる安定政権を築いた秘密は、どこにあるのか?
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 それは家康の築いたシステムに300年の時代に堪えうる普遍性があったということだ。人間と社会の核心を突いた本質的法則を見抜き、利用していたということだ。その家康政治の驚異的エッセンスについて、筆者が気づいたことを挙げてみよう。
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(1) まず家康は、強大な江戸幕府中央集権と、大きな権限をもった地方自治委任体制のバランスを確立した。
 中央政府の権限は、直轄地(天領)を除けば極小に抑えられた。経済運営ですら100%各藩の自治に委ねた。収税権は藩にあり、自治権を保証されただけでなく、収入も地方税として直接得ることができて、住民を国家が直接収奪する国税もなかった。後に、享保の改革で国税が設定されたが藩収の1%程度にとどまった。
 地方自治を強固に構築し、幕府が管理調停者にとどまって地方に余計な負荷をかけなかったことが政権長寿の最大の理由であったといえよう。逆に、崩壊に至った理由は、江戸時代末期に天災が相次ぎ、加えて権力機構が肥大して藩の費用が嵩み、各藩の負荷が激増して堪えられなくなったことであろう。
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 ここで家康の思想哲学の根底に、「他人を支配するスタイルは委任を原理とする」という姿勢が明確に見える。収入まで奪って管理し、あらゆる統制を強めるのでなく、配下の者の自主性を最大限尊重して生かし、できる限り自由を保証し、権力は、桶のタガのような調停者として君臨するにとどめるという姿勢が、体制を安定させ、長持ちさせる最大の秘訣であったといえよう。
 人類史における政権崩壊の共通点は、政権と官僚制度が肥大し、その独占権益と統制を極度に強めて配下の収益や自由を奪ったことで政権を底辺で支えるシステムが疲弊崩壊したことが真の理由なのである。
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(2) 家康の支配原理は、「二極化システム」であった。政争や武力衝突を起こしそうな強大な勢力、とりわけ宗教組織を、すべて二極に集中し、互いに対立させた。
 一番危ない武装兵を持つ修験を天台系と真言系に二極化し、神道も吉田系と白川系に、木地屋でさえ、筒井系と小椋系に分けた。幕府の抱える兵法者、大工や火消しなどまでも二極化しようとした。
 こうすれば、武力を持った集団は、必ず互いに競争牽制する意識が働き、相争い、幕府は、その調停者として君臨することで存在理由を確立することができたのである。
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 これは人の競争・闘争本能を利用した最高級の統治理論、知恵である。
 家康の用意した施政哲学の根元にあるものは、心の法則を利用するものであった。人は集団になると一定の原理、法則で動く性質を持っているのである。分けても、人が競争・闘争しようとする性質を、政治支配に利用するという視点こそ、まさに家康の真骨頂であった。
 これを会得したのは、おそらく今川氏の人質だった竹千代時代、日本最大の今川文庫のなかで対立を主題にした「太平記」を学んだことによるものだろう。
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(3)「知らしむべからず、拠らしむべし」 家康は、大衆が知恵をつけて反権力組織を結成することをもっとも恐れた。
 人が生まれて死ぬまでの、すべてを管理し、体制に疑問を抱く反抗者を出さないために、家康は、痒いところまで手の届くような徹底した管理システムを構築した。それは、人生のすべてが「お上」によって与えられ、支配下大衆は、家畜のように従っていれば、不満のない人生が過ごせるというものだった。
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 制度の核心にあったのは、民衆の自治と、それを統制する五人組連帯責任制度であった。この基礎となったのは、律令制下の五保制だが、秀吉が治安維持のため、下級武士に五人組・庶民に十人組を組織させたシステムを家康が継承発展させたものだ。
 五人組は、惣百姓・地主・大家を中核に、五戸前後を一組として編成し、組頭を定めて名主・庄屋の統率下に組織化した。これは連帯責任・相互監視・相互扶助を目的とし、領主はこの組織を利用して治安維持・争議解決・年貢確保・法令の伝達周知をはかった。
 これによって江戸時代の民衆は、生まれて死ぬまで、仕事も旅も、性と出産も、教育も、ケンカも病気も、あらゆる生活を監視され、一方で人生を委ね、生活に安心感を得ると同時に、他方で、体制の家畜として利用されるシステムに生涯押し込められることになった。
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 人間は、荒野に一人で放り出されたなら、いったいどうやって食物を得て、どうやって身を守り、欲望を満たし、何を目的に生きたらいいのか見当がつかず、強い不安を抱く弱い存在なわけだが、家康は、大衆に対して、その日常から思想、行為まで、すべてを明確に定めてみせたわけだ。
 これなら人生に不安も迷いもない。悩みもなく、ただ家畜として励んで終わればいいわけだ。こんな体制に疑問を抱かず、黙って従う大衆に洗脳教育するために、さまざまな仕組みを考え出したわけだが、その核心システムが五人組であった。
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 最大の問題は、生活に産み出される不満をどう解消するかということだ。五人組は、人間に関するさまざまの問題を、地域共同体(構成員は数十名)のなかで、助け合って解決するシステムであった。
 食欲・性欲・病気・教育・争議・死など、この助け合いシステムが、すべてを解決することで、権力は、その監視者、庇護者として君臨するものであった。そして、思想的根幹として、体制擁護の儒教(朱子学)と死生観・人生観について仏教を与えた。
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 こうして、人の心の隅々まで監視し、フォローする体制が確立、265年という長期安定政権が成立したわけだが、その崩壊は、結局のところ、体制が安定していたことで、システムに対する過剰な依存心が生まれ、そのなかで官僚たちが利権(私腹)を拡大し、権力を肥大化させ、システムを必要以上に増やしすぎて余計な荷物を抱え込むようになった結果、藩も民衆も、その負荷に耐えられなくなり、倒壊してしまったのが実態である。
 今、まさに、明治以来の日本権力が倒壊する現実を、我々は目撃しているわけだが、その本質にあっては、江戸幕府の倒壊と何一つ変わらないものであることを認識する必要がある。
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(4) 徳川時代は、人の心を矮小化することで統治した。 人の心が、どの程度解放され、活性化されていたか? それは時代の芸術作品に忠実に反映している。
 戦国の大争乱のなかで生まれた安土桃山時代の芸術文化は、まさにルネサンス、世界的にも人類最高峰に至ったものが多い。例えば茶道・織部・加納派絵画・水墨画・安土城・伏見城、京都の代表的な建築文化は、ほとんど、この時代に創り出されたものだ。だが、江戸時代、家康統治が始まってから、芸術文化は俄に活気を失い、その芸術的質も劇的に下落した。
 職人の精緻な工芸が廃れたわけではないが、戦国時代の雄大で開放的なロマンは、すでに見られない。人類最高峰の織部焼は幕命で廃棄処分にされ、芸能も失われた。
 人々は、体制に奉仕するためだけの人生を強要され、家畜としての一生に満足するよう、臆病で矮小姑息な人間性に貶められたのである。このために、解放された伸びやかな人間性を必要とする芸術・芸能をも矮小化していった。
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 徳川政治の本質は、人々の自由な主体性を奪い、豊かな心を奪い、いつでも権力に怯え、互いに監視しあって足を引っ張り合い、臆病者に貶めることであった。
 このため、人間に対して、「してはならない」 「御法度」をこれでもかと大量に作り出し、苛酷な刑罰をもって、はみ出し者を規制するシステムがとられた。
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 筆者が、今回、「警察国家への道」と題して、この文章を書いている理由は、表向き自民党から民主党政権に権力転換が起きても、国家が民衆を法によって苛酷に規制し、その思想と人生をがんじがらめに束縛する姿勢が変わっていないからである。
 為政者は国家体制のために国民を家畜として利用するという基本的な理念を一つも放棄していない。この国家体制を本当に支配し、そこに強固な利権を構築している輩の正体は、実に、資本主義を構築したフリーメーソンにつながる資本家たちである。
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 それは、表舞台には決して出てこない奥の院に鎮座してきた大金持ちたちと、それを参拝し飼犬として使役される政治家・官僚たちから成立している。
 その思想は、ユダヤ金融資本と何一つ変わらない。自分たちが国家システムを利用して特権階級として君臨する。大衆は特権階級に奉仕するためのゴイム(家畜)にすぎない。
 家畜を利用するために、その競争・闘争本能を利用して、人生の価値が他人を出し抜いて特権を得ることであると洗脳し、互いに争わせることで、権力を、その調停者として君臨させ続けるというやり方である。
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 この本質が、民主党政権に変わっても、ほとんど一つも変わっていない事情を明らかにし、今のやり方が、家康と同じように、大衆を臆病な家畜に仕立て、相互監視で矮小な人生を送らせる目的になることを明らかにしてゆきたい。

利己主義から利他主義へ その10 すべては旧約聖書・ユダヤ教

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 利己主義から利他主義へ その10 すべては旧約聖書・ユダヤ教

 日本は「先進国」だ。だが、どのような理由で先進国になったのか? きちんと説明できる人は少ない。
 筆者は、日本も含めて世界の「先進国」である欧米日が、そうなった理由を探してみて、結局のところ、これらの国家が共通して「競争原理」を適用してきた思想性を持っていることに気づいた。
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 先に述べたように、「競争原理」こそ、進歩発展のメカニズムである。
 これを信奉する国家では、国民は生まれてから死ぬまで、あらゆる競争に晒され、優れたものに憧れるように教育洗脳されることになる。他人を出し抜いた者がエライのだと・・・。
 人を出し抜いて勝者となり、競争社会からオチコボレた者を馬鹿にして排除し、秀でていると他人から評価されることを目指して邁進するという価値観を共有することで、そうした国家群が地球上で強い利権を確保する支配的勢力となったのは当然のことだ。
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 だが、忘れてはいけない・・・・こうした「競争原理社会」では、「優れたもの」を獲得したと同時に、必ず対極に「劣ったもの、悲惨なもの」までも副産物として作り出すことになるのだ。
 「世界一」の称号を得るために、「アンタはエライよ」と言われたいために、それと引き換えに失うものが必ず存在することを忘れてはいけない。大いなる豊かさを求めるなら、それは同時に大いなる貧しさをも産み出す。
 それゆえ、「先進社会」にあっては、素晴らしく恵まれた特権階級の「豊かな暮らし」が成立する反面、彼らが侮蔑てきた「後進社会」には決して存在しない、悲惨な貧困階層と人間疎外を産み出すことも避けられないのだ。
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 「先進社会」を動かす基本法則は弱肉強食、淘汰の原理であり、優越的支配層は豊かで恵まれた生活を謳歌する反面、底辺の大衆は家畜として彼らに奉仕するために飼育・使役される運命をもたらすのである。
 特権階級への奉仕さえできないオチコボレ大衆は、苛酷で悲惨な境遇に追いやられ、淘汰排除される残酷な国家システムが成立することになる。
 例えば、ヒトラーが提唱した優生保護思想、すなわち劣った人たちを「遺伝的悪」と決めつけて排除抹殺する思想は、こうした「先進社会」の避けがたい属性であって、特権者が敬われ、もてはやされる風潮の反作用として、必ず社会的蔑視の末に抹殺するシステムが成立するようになる。
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 日本では、ライ病者や遺伝障害者がそうであって、彼らの子供たちが、これまで、権力によって、どれほど強制的に抹殺処分されてきたか、その実態を知ったなら読者は驚愕するにちがいない。
 またホームレスや犯罪者、障害者、働けなくなった老人たちを援助しようとする暖かい思想など先進的行政には存在しない。あるのは陳腐な見せかけ、言い逃れの正当化だけであって、その実態は「臭いモノにフタ」、そして放置・餓死・病死・自殺を期待する人情のカケラもない侮蔑的政策に他ならなかった。
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 我々は、21世紀を迎えても、いまだに一向に改善しない、こうした「先進国行政」の愚劣さ、非人間性、「人間疎外」の理由を突き止めなければならない。
 「いったい、何が間違っていたのだ!」
 資本主義の下で、「自分さえよければよい」という利己主義に導かれて、この社会は発展したが、いまや、それは金融資本の強欲とともに歴史的破綻を起こしたのだ。
 もはや競争原理をもてはやす社会は完全に破滅しているのだ。もうすぐ、競争原理信奉者たちが最期にすがってきた御神体である紙幣は、紙屑になる運命だ。
 そうなって、右往左往しながら地獄を彷徨う前に、子供たちの未来は、どんな思想性をもって切り開くべきなのか、はっきりと理解する必要がある。
 「競争による進化」をもたらした愚かな思想とは、いったい何だったのか? いったい、どこから来たのか? はっきりと見抜くことができなければ、子供たちの明るい未来など作りようがないのだ。
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 筆者は、若い頃から、すでに40年以上も、こうした間違った社会の本質を見極めようとしてきた。そうして、ある一つの結論にたどり着くことになった。
 この社会を根底から破壊している利己主義や競争原理を、歴史や民族の移動から調べてゆくと、たった一つの思想教典に導かれることが分かった。その正体とは「旧約聖書」であった。
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 中世から近世、現代へ、地球上で大規模な発展成長を遂げた最初の国家群は、古代エジプト・ギリシア・ローマ帝国を引き継いだハプスブルグ王朝から欧州資本主義国家群だ。
 昨年、リスボン条約によって、EUが統一的な欧州合衆国政府を成立させたのも、その根底には、欧州特権階級の人々に古い統一国家、ローマ帝国・ハプスブルグ王朝に対する憧憬があったからだろう。
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 こうした国家群の再編成統一が、単に経済利権だけで行われるはずはなく、歴史的経緯からのアイデンティティが存在しなければ絶対に不可能だ。この意味で、EUはローマ帝国の再来であると断言してもよい。
 フリーメーソン・イルミナティと呼ばれる、世界のエスタブリッシュメント、超上流階級の大金持ちたちも、結局のところ、こうした「スグレモノへの憧れ」に突き動かされ、最終的には世界規模の統一政府、大ローマ帝国の再建を夢見ているにちがいない。
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 かつて世界の先進地だった欧州に、カトリックに敵対したプロテスタントが登場し、ピューリタンと呼ばれた彼らがアメリカ大陸に渡り、合衆国を建設した。
 もちろんアメリカも欧州とのアイデンティティを共有しており、その基盤はキリスト教であった。故に、欧米は一体的な「先進社会」である。
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 旧約聖書を基礎教典とするのは「世界三大宗教」であるユダヤ教・イスラム教・キリスト教だが、実は欧米におけるカトリックも、そしてプロテスタントも、その本質において、実は決してキリスト教とはいえずユダヤ教に近いものなのだ。
 その証拠に、カトリックはキリスト教といわれながら、実際には、新約聖書を引用することは少なく、ほとんどの教義は旧約聖書に基づいている。
 現在、欧米で性道徳に対する苛酷な倫理規制が進み、性や麻薬を含めて、僅かな人間の過ちを信じられないほど苛酷な刑罰で規制する法の仕組みが実現している。
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 アメリカでは麻薬を三回摘発されれば終身刑、万引きや売春の微罪で三回起訴されても終身刑だ。
 イエスは、人を苛酷な刑罰で規制せよなどと一言も言っていないが、これらの刑罰苛酷化による警察支配を進めてきたのはキリスト教勢力(共和党)なのだ。
 この思想はイエスの教えによる新約ではなく、人々を苛酷な刑罰によって従わせるように定めた旧約の教えによるものであって、したがって、欧米のキリスト教は、新しい契約を示したイエスではなく、旧約聖書を実現するユダヤ教と同じ本質を持っていることに気づく必要がある。
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 欧米のキリスト教は、イエスの思想と全く別のものと断言してもよい。イエスは生涯、一度も他人を殺せ、異教徒を排除せよ、キリスト教会に参拝せよなどと言ったことはない。
 ところが欧米キリスト教の歴史は、殺戮教と言ってもよいほど残酷な大虐殺に満ちている。中世カトリックは、十字軍遠征によってイスラム教徒数千万人を虐殺し、さらに魔女狩り摘発により数百万人の罪なき人々を残酷に殺害して回った。プロテスタントも負けていない。ルター・カルビンの凄まじい大虐殺は歴史に名を残した虐殺魔たちの所業にランキング入りしている。
 日本に落とした原爆も、ベトナム戦争の枯葉剤やナパーム弾も、キリスト教の教えに基づいて行われた。
 つまり、キリスト教は断じてイエスの思想ではなく、まさに旧約聖書倫理をキリストの名において強要するユダヤ教に他ならなかったのである。
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 旧約聖書は、まず女性を差別し、男のための家畜として利用する思想であって、奴隷を容認し、人に差別を持ちこみ増幅させる思想であった。
 そこから、「神に選ばれた」傲慢な選民意識に満ちたユダヤ教が発生し、競争原理と社会の進歩発展を進めていったわけだ。
 我々は、およそ世界の「先進技術」、電気からコンピュータや原子力の大部分、数学・物理化学の基礎理論の大部分がユダヤ教徒によって発見され利用されてきたことを知っている。
 その理由は、彼らが人を競争させ、差別し、利用し、追いつめたからなのだ。
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 ところが、同じ旧約聖書を聖典とするイスラム教にあっては、ユダヤ・キリスト教ほどの競争原理は持ち込まれなかった。
 基本的に、自然環境の苛酷な砂漠の民に持ち込まれた旧約聖書は、家父長社会を維持することに役だっても、競争原理を持ち込んでも、助け合いの思想なくしては生き延びる条件がなかったからだろう。
 イスラムはユダヤ教のタルムードのような選民主義に向かわず、苛酷な自然のなかで互いに助け合い、支え合う思想として利用するにとどまったのである。
 したがって、競争のないイスラムは「先進社会」にならなかった・
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 それでは、欧米とならんで「先進社会」を築いた日本ではどうだったのか?
 日本における思想的規範となったのは「神道」と「仏教」だが、仏教は1500年ほど前、秦氏によって朝鮮から持ち込まれたとき、すでに神道と習合していた。
 日本における仏教界は、基本的に、中国の形式が持ち込まれたものだったが、それは、すでに道教との習合だったと言えるだろう。
 むしろ、過去1500年間、日本における思想的規範をリードしてきたのは、神道思想である。
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 神道とは何か?
 それは、まさしく旧約聖書の体現であり、ユダヤ教の日本版と断言してもよい。その証拠、神道の公式マークであるカゴメ紋こそ、ユダヤ教のマークである「ダビデの星」 六芒星であることに端的に象徴されている。
 これまでも、これからも、神道とユダヤ教が同じものであることを機会を捉えて証明してゆきたいと考えているが、具体的な証拠は、あまりに多すぎるので、別の機会に譲ろう。
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 その核心的エッセンスは、神道も女性差別を原理とした、差別の重層的社会を構築することを目的としていることだ。
 神道思想に導かれた日本社会も、またローマ帝国以来の欧州と同じように競争原理に支配された社会であり、みんなが助け合って平等な社会を作るのではなく、選ばれた特権階級というゴールがあって、人々は、そこを目指して競争する仕組みが成立してきたということだ。
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 日本社会にあっては、「スグレ主義」が人々の価値観を支配し続けてきた。
 人は「優れたモノ」目指して、全身全霊で突き進んでいかねばならないとされた。
 みんな同じように、特権階級のゴール目指して全力でかけっこをするように強要され、オチコボレは馬鹿にされ、排除され、ときに殺害されてきたのである。
 こうした価値観は、今や、50年前よりも、はるかに激しいものになっていて、若者たちの選民への憧れは強烈で、逆に、弱者オチコボレに対する蔑視、排除も苛酷さを増している。
 まさに、旧約の競争原理、選民思想が日本社会にあって究極の結実をなしているといわねばならない。
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 人が、自分自身を見つめ、人を愛し、無理なくゆっくりと歩むことを許さない社会、家畜のように管理され、追い立てられ、息を切らして倒れたなら、後ろから殴り倒され、屠殺場に投げ捨てられる社会がやってきた。
 まさに、旧約聖書の理想が実現し、社会は究極の利己主義社会となっているのだ。

利己主義から利他主義へ その9 競争社会

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 侵入したハクビシンに襲われたニワトリが瀕死の状態になった。
 すると、仲間から突つかれたり、羽毛を抜かれたりして攻撃されたので、別のケージに移して回復させることにした。二ヶ月後、完全回復を見計らって元の飼育場に戻したところ、仲間たちから再び激しい攻撃に遭った。
 とりあえず落ち着いたものの、現在でも絶えず追い立てられ、エサを食べようとしても攻撃され、片隅で寂しく生きている。元は立派なボスだったのだが・・・・。
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 ニワトリは弱肉強食で、例え実の兄弟だろうと、親しい仲間だろうと、一度、病気や怪我で力を失うと、群れ社会から袋だたきに遭い、ときには殺されてしまう。
 ニワトリの直系先祖は、かつて地上の王だった恐竜、チラノザウルスだ。哀れチラノの末裔は、人間様の家畜として、また良き共として今日に至るわけだが、その見境のない闘争本能の凄まじさに太古の残映をかいま見ることができる。
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 ニワトリ社会にあっては、まずは己の利権を確立するために、激しくも徹底的な序列付け闘争を行い、優位の個体は、劣位の個体をいじめ抜き、エサも水も与えず、ときに殺してしまうことさえある。
 エサが余ったときだけ劣位個体はオコボレを食べることが許されるが、夜間、一番最初に襲われる可能性の高い危険な場所に追いやられるのだ。
 こうしてみると、「死の商人」ユダヤ金融資本の利権のために、愛国心教育で洗脳され戦場に送り込まれる哀れなアメリカ青年たちの運命が思い浮かぶのだ。
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 ニワトリ社会に鶏情はカケラもなさそうだ。そこでは優位を残し、劣位を淘汰するという原理が非情に貫かれている。そこでニワトリたちは、毎日、利己的な餌の奪い合い、順序付け合戦に明け暮れることになる。まさに実に人間的な利己主義社会を体現しているではないか!
 人間社会は、こんな肉食恐竜の末裔、ニワトリ社会から比べて、いったいどれほど進化したのだろう?
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 この数年、人類規模で起きている金融危機の始末を見ている限り、我々はニワトリだった時代から、その本質において、些かの進歩もないのではないか?・・・と悲しくなるときさえある。
 まさに我々の社会は、ニワトリ並みの利己主義社会なのだ! 人情のカケラでもあったなら、どうして世界中の貧しい人たちが石油や食料の暴騰に苦しむような残酷な投機ができるだろう?
 ゴールドマンサックスらユダヤ投機集団のやっていることは、アメリカ政府に財務長官を送り込み、自分たちに都合よく公的資金を引き出し、失敗のツケを国民負担に押しつけているだけだ。それどころか、テロをでっちあげて危機感を煽り、若者たちの命を金儲けのために弄び、戦場に送り込んで、莫大な利権を掠め取っているのだ。
 世界中の人々が苦しむのに目もくれず、石油や食料を買い占め、値をつり上げ、社員は数千億円という給料ボーナスをかすめ取ってゆく。まさに、これほどの凄まじい利己主義を実現してみせた強欲組織は、人類史上かつてなかったといえよう。
 もし、地上に本当の悪魔がいるとすれば、それはゴールドマンサックスやJPモルガンなどユダヤ金融資本のことではないか?
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 筆者はこれまで、こうした利己主義を生みだしたメカニズムは「競争」だと指摘してきた。
 我々は、生まれたそのときから競争に追い立てられ、「他人より秀でよ、成績を上げよ、社会的評価を求めよ、覇権を求めよ、蓄財せよ」 と息つく間もなく鞭打たれ、走り続けさせられてきた。立ち止まれば、そこでは自殺の運命しか許されない社会だった。
 「末は博士か大臣か」・・・「人を出し抜くことこそ正義」と幼いうちから洗脳させられ続け、競争を正当化させられてきた。
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 競争を正当化する理屈とはなんだったのだろう?
 それは、人には、というより生物にはプログラムされた「競争・闘争本能」があり、自然には劣位種(オチコボレ)を競争によって淘汰する原理が働いているというわけだ。
 競争によって、人々は知恵と認識を深化させ、次々と合理的なものを産み出し、社会を進化させてゆくというメカニズムが語られてきた。確かに、そうした一面は否定できない。
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 だが、他方で、競争は人々に非情な淘汰排除を正当化させ、優越志向をもたらし、ヒトラーの提唱した優生保護思想をも正当化してきた。
 社会に役立たない、障害者やライ・結核患者など弱者を抹殺せよ・・・と、日本でもライ患者の生んだ子を取り上げて殺害することが平然と行われてきた。ヒトラーは、ドイツの障害者を30万人以上、ガス室で抹殺したといわれる。(T4作戦)
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こんな思想の行き着く先は、「そして誰もいなくなった・・・」というオチでしかない。優れた者だけが生き残るとすれば、最期には誰もいなくなるのである。
 そんなことも気づかず、人々は競争に勝つ「優れたもの」に憧れ、いわば「スグレ主義」というべき観念的偏執を産み出し、他人を蹴落として自分だけが優位に立つ弱肉強食の、残酷な社会を作り出してゆくことになる。
 上流階級に集う経営者たちが、労働者を苛酷に扱い、血の一滴まで絞りに絞って合理化し、大衆を宣伝で騙して必要のないものまで買わせ、自分の会社を行き着くところまで拡大して「一番」になりたがるのも、こうした「スグレ主義」あるいは優越特権志向の産物であろう。
 こんな思想がもてはやされる社会では、やがて、かつてナチスや日本軍統制派がやった劣等民族大殺戮処分の思想が復活するにちがいない。
 それでも、あなたは優れたものが欲しいか? 劣ったものを処分したいのか? 競争原理を信奉したいのか?
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 実は、ユダヤ金融資本が、あれほど傲慢で強欲な世界資産の独り占めを行っている理由も、彼らの教科書であるタルムードという教典の教義を実行しているからだ。
 タルムードには、世界は最高エリートであるユダヤ人のためにあり、ユダヤ以外の人々は、ユダヤに奉仕するためのゴイム(家畜)であると明確に記されていて、ゴイムの命や財産をユダヤのために勝手に使っても構わないとまで書かれている。
 その理由は、彼らユダヤ教徒が神に選ばれた民であり、「優れているからだ」というわけだ。
 こんな思想こそ、競争と進化を金科玉条にした人たちの行き着く先なのだ。だから、世界のスグレ主義、人類の進歩の歴史は、ユダヤ人を中心に行われてきた。
 人類の先進技術のほとんど、核に至るまで、進化だけを目指したユダヤ教徒たちの尽力によるものといっても過言ではない。
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 もし人が競争しなくなったなら?
 その人間的成長も、社会的進化も、恐ろしいほどスピードが落ちて、自然の脅威や社会的問題を解決する能力すら失ってゆくかもしれない。
 いわゆる先進社会は消えて、ニューギニアやアマゾンの奥地に暮らす先住民のような生活を連綿と続けることになるかもしれない。
 だが、その何が悪いのか? という視点も見失わないようにしよう。ロボットが生産し、あらゆる生活が自動化されるオートマチック社会が、はたして人間に本当の幸せをもたらしているのか? もう一度、よく考えるべきだろう。
 筆者は、ニューギニアの山々に裸で暮らす人たちに憧れる口だが・・・。
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 子供たちは競争のなかで成長を見いだしてゆく。人類史においても、「競争とは進化の属性である」という理解も決して間違っていないだろう。
 競争は諸刃の剣であった。それは人類に優れた技術をもたらしたとともに、世界を支配する独裁者と、ゴイムとして使役される哀れな大衆の二極社会をもたらすことになった。
 物質的な豊かさと引き替えに、心の貧困を招いたとも言えよう。ごく少数の幸福な特権階級と、大多数の貧しい悲惨な家畜人類を作り出すことになった。
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 生命は競争と淘汰の苛酷な宿命を背負わされている。であるとするなら、人類に利権競争と弱者淘汰の宿命はやむをえないことなのか?
 いや、そうではない。それをもって人を究極に差別する利己主義社会を正当化することなどできないのだ。
 なぜなら、ニワトリよりも進化した高等動物たちのなかには、はるかに利他的な助け合い社会を構築してきた種もたくさんいるからであって、例えば、オオカミや類人猿の群れでは、鮮明な利他主義に貫かれているものもあるからだ。
 一番進化しているはずの人類だけが、古代恐竜なみの利己主義に退化してしまっているのは、いったい、どういうわけなのだ?
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 我々は、競争・闘争本能が社会をどのように支えているのか? 競争原理とは何か? そして、それが社会をどのように破壊しているのか? その両面を見て、本当に人類の未来に必要な思想とは何であるのか? しっかりと考えておく必要があるだろう。
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 我々は、人を成長させ、人類を進化させてきた「競争」というメカニズムをどのように位置づけ、利用し、そうして「人情味溢れた持続可能な社会」を、どのように構築していったらよいのか? はっきりとした理解をしておかないと、再びヒトラーの亡霊を呼び覚ますことにもなりかねない。
 今、ゴールドマンらユダヤ資本のやっていることは、ヒトラーの世界統一支配を経済面で行っているに他ならないからだ。
 このままゆけば、ユダヤ金融資本は、タルムードに書かれている通りの社会を、彼らの宗教的理念に従って実現してゆくことになる。
 競争原理を絶対視し、人類に無数の階段序列を設け、最高位に位置するユダヤ教徒が、大多数の民衆をゴイム(家畜)として利用する社会がやってくる。
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 そんな統一支配の武器がコンピュータであって、すべての人民に18桁の背番号を設定し、巨大なコンピュータで、生まれてから死ぬまで家畜として管理し、利用する社会なのだ。
 我々は、こうした恐るべき悪魔の目論見に対し、明確にノーを突きつけるときがやってきた。
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 競争原理は利己主義しか生まない。競争と進化だけが人生のすべてではない! 我々は競争から解放されて、のびのびと自分の足で大地を踏みしめ、誰からも追い立てられず、自分の意志で歩みたいと。
 そうして、他人を淘汰して自分が特権を得たいわけではなく、みんなが楽しく過ごせる社会、差別のない、明るい楽しい社会が欲しいんだ! ・・・と、大声を上げる日がやってきた。




















利己主義から利他主義へ その8 子供たちの未来こそ

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 「みんなが利己主義に走れば、結局、社会も人生も滅ぼしてしまう」という真理は、誰にでも分かる、恐ろしいほどに簡単な原理だ。
 みんなが自分のことしか考えなくなれば、協調で作り出されている社会なんか、あっというまに壊れてしまう・・・こんなことを分からない人がいるのか?

 それなのに、我々が生きている、この社会は、自分の利益しか考えない利己主義に完全に呑み込まれてしまい、すでに取り返しのつかないほど根底から崩壊してしまっているのだ。
 小金の余った老人やOL、主婦まで、みんなが金儲けを狙ってゼロサム(誰かが儲かれば、誰かが必ず損をする)の投機ゲームに夢中になり、儲かるファンドに投資し、ファンドがますますボロ儲けを狙って、石油や穀物を買い占めてガソリンや灯油、トウモロコシが暴騰した。それは今も続いている。

 おかげで、貧しい人たちは厳冬に暖房もつけられず、老人たちの寿命が大きく縮まっている。貧しい家庭の子供たちが、暖房も食事もまともに取れなくて寒い辛い思いをしている。
 飢えて倒れた人をまたいで歩く人々、今日のオカズも買えない人たちの脇を、投機で儲けた人の豪華なベンツが猛スピードで走り去ってゆく。
 こんな社会にしたのは、いったい誰なのか? 何なのか? 分からないとは言わせない・・・・。

 こんな強欲人間ばかりが世界を席巻してしまった。だから、世界経済は巨大な借金に押し潰されて崩壊している。もう取り返しがつかない・・・。
 今、見せかけだけ景気が回復しているように見えるが、実際には、この景気は政府が国債を信じられないほど増刷し、紙幣を印刷しまくって、株を無理矢理買い支え、ツケを子供たちの未来に回しているだけじゃないか・・・もちろん、こんなインチキ対策のメッキが剥がれるまで時間はかからない。
 我々は、やがて、911のツインタワーに閉じこめられた人たちのように、凄まじい崩壊地獄に直面することになるだろう。それは、たぶん前触れもなく、突然やってくる・・・。

 「利己主義じゃ、ダメなんだよ・・・」
 欲望に汚染されない子供たちにとっては、ありふれた人間関係から、毎日のように思い知らされる、あたりまえの真理であって、分からない方がどうかしている。
 それなのに、どうしても分からない人がいる。それは、分かると困ることがあるのだ。真実を見つめたくない人が、当たり前の真実に、最期まで気づこうとしない。
 金儲けだけが人生の目的だと信じている人に、「それは愚かな間違いだ、大切なことは物質の豊かさでなく、心の豊かさだよ」と繰り返し諭しても、決して聞き入れることはない。
 あたりまえのことも見えないのだ。みんなが、やっているからだ。周囲しか見えないからだ。牧童に追われる羊たちのように、立ち止まることもなく、追従だけに生きているからだ。我先に進む競争に夢中になっているからだ。
 そうだ我々は、家畜のように飼い慣らされている。競争社会のなかで、それ以外のものが見えないように洗脳され続けている。

 【アンデルセン童話 「裸の王様」より:
 新しい服が大好きな王様の元に、二人組の詐欺師が布織職人という触れ込みでやって来る。彼らは何と、馬鹿や自分にふさわしくない仕事をしている者には見えない不思議な布地を織る事が出来るという。
 王様は大喜びで注文する。
 仕事場に出来栄えを見に行った時、目の前にあるはずの布地が王様の目には見えない。王様はうろたえるが、家来たちの手前、本当の事は言えず、見えもしない布地を褒めるしかない。
 家来は家来で、自分には見えないもののそうとは言い出せず、同じように衣装を褒める。王様は見えもしない衣装を身にまといパレードに臨む。
 見物人も馬鹿と思われてはいけないと同じように衣装を誉めそやすが、その中の小さな子供の一人が、「王様は裸だよ!」と叫んだ。ついにみなが「王様は裸だ」と叫ぶなか王様一行はただただパレードを続けた。】

 誰の目にも、王様が裸に見える。しかし、裸に見える人は「馬鹿」だという噂が飛び交っている・・・だが、王様は裸だ。自分は馬鹿かもしれない・・・「自分が馬鹿だなんて・・・ウソー・・・」 内緒にしようね・・・。
 目に貼り付いた厚い鱗のおかげで、誰もが目の前にある、ありふれた真実を直視できないのだ。
 あなたの目に貼り付いた鱗は何でできてる? それは、自分だけがトクをしたいという強欲ではないのか? その鱗のおかげで、真実が見えない。だから、王様が裸だと言えないんだよ。

 なぜ、あなたは強欲になってしまったのか?
 それは、たぶん競争社会に置いてけぼりにされる恐怖心、カネ持ちや権力者、エライ人へのコンプレックスからだろう。
 「自分はオチコボレでないんだ」
 と安心して、オチコボレになる恐怖心から逃れたいんだろ? オチコボレがひどい目に遭わされるのを見せつけられてきたからな。あなたは、エライ人にならなければ人生の勝者になれないと信じ、脇目もふらずにひた走ってきた。
 あなたは競争社会に煽られ、焦り、そして必死になって追従し、それゆえに、あなたの目には厚い鱗がこびりついてしまったのだ。

 「みんなと同じでいたい」 つまり「赤信号、みんなで渡れば怖くない」
 の人生を送ってきた。
 だけど、たまにはオチコボレになる恐怖や出世・蓄財の競争を忘れて立ち止まり、よく考えてごらん。
 あなたの目指す、人生の勝者なんて、いったいどこにいるんだい?
 みんなが羨む、素晴らしい人物なんて、いったい、どこにいるんだい?
 よーく確かめてみな。大統領も天皇も法王も、タダのアホばかりじゃないか?

 筆者は、半世紀を超える人生のなかで、これまで、本当に完璧な人など一度も見たことがない。すべての人に、さまざまな間違いがあり、ウソがあった。
 「馬鹿」でない人など、一人もいるものか・・・釈迦だってキリストだって馬鹿だよ。馬鹿でなければ、キリストの名で人類最大の殺戮なんか起きるはずがない。釈迦だって、ただの、「エエとこのボンボン」じゃないか。
 偉大なソロモン王が、部下の女房を寝取ったことを隠したさに部下を戦場で殺させたのは有名な話だ。ムハンマド(モハメッド)や孔子なんて、もっとひどいぞ。
 ムハンマドは9歳の少女を妻にして強姦した。だからイスラムでは児童性犯罪が日常化している。女性を奴隷化して、どれほど虐殺させたか見当もつかない。
 孔子も凄まじい。女房を奴隷のようにこき使って何度も逃げられた。孔子がいなければ、中国や北朝鮮の傲慢な権力犯罪など生まれなかったかもしれない。孔子こそ、見えない裸の王様の服を、見えると言い張った真のウソツキだ。
 今、世界の聖人の頂点に立っていたはずのローマ法王が、性職者たちの児童性的虐待を隠蔽してきたことが暴露され、世界中から糾弾されてるじゃないか。
 偉人・聖人なんていってみたって、この程度なんだよ。

 もちろんのこと、日本のエライさんたちも負けてないぞ。
 「日本をお作りになった、ありがたい天皇様」の正体は、朝鮮人渡来者の一人にすぎない。元をただせば、中央アジア(キルギス)からやってきた人たちだよ。
 池田大作だ、大川隆法だなんてのは、もう書くのもウンザリだ。メシがまずくなるから、やめておこう。
 このブログを書いてきたら、我ながら、どうみても馬鹿丸出しの筆者を「先生」と呼ぶ者まで現れた。筆者は、地球上のどこへ出しても恥ずかしくない(いや恥ずかしい)立派なアホの一人だが・・・(ΘoΘ;)

 筆者は、何度も書いてきた。
 「地球は苦悩の惑星だ。地球にはアホしかいない。アホだから地球に生まれてきた」
 と、つまり、我々の生きている、この人間社会に、完全な人など皆無。全員が地球だけの、ある特別な事情でアホに生まれているんだ。それを認めたくないから、裸の王様の服が見えるとウソを信じてしまうわけだ。
 「自分はアホではない!」
 と信じたい。だから詐欺師に騙される。騙されたくないなら、自分を直視せよ。自分のアホさ加減、馬鹿さ加減を思い知ったらどうだい?
 自分の利己主義が、社会をどれほど破壊してきたか、いいかげんに直視したら、どうなんだい?

 人間なんてアホでいいんだよ・・・・。。。(〃_ _)σ∥
 人の一生は、生まれて育ち、生きて、育てて、死んでゆく。それだけじゃないか?
 「人間、立って半畳、寝て一畳」
 人生には、それだけしか必要ないんだよ。人類を数百回も滅ぼす核兵器が、どうして必要なんだい。どうして世界一の称号が欲しいんだい? どうして人様から羨まれる必要なんかあるんだい?

 誰からも認められなくとも、自分の心のなかで、子供たちの明るい未来のために、人様の幸せのために働いているという自己満足があれば十分じゃないか。
 人生、タダのアホで十分だ。大切なのは、自分の心だよ。他人の評価じゃない。自分が悔いなく生きること。それだけが人生の真の目的なんだ。
 そして、「悔いなき人生」とは、子供たちの素晴らしい未来に奉仕することだ。
 これが「利他主義」というものだ。

 我々は全員、一人残らずアホなんだ。特別な人など一人もいない。釈迦もキリストも、皇帝も、天皇も、法王も、モーゼもアホだった。もちろんオイラも・・・。
 自分がアホだという真理を自覚した、その瞬間、我々は、アホでない正しい道を歩むことになるだろう。
 それが利他主義だと筆者は書き続けてきた。

 自分もアホなんだから、他人をアホと馬鹿にするな。「間違いをしでかしたアホは死ね!」と制裁し処刑するようなアホなことはやめておけ!
 と、始めて言えるようになるわけだ。

 「利他主義」を目指す我らは「他」のために人生を捧げる。「他」とは何か?
 一番大切なそれは、子供たちの明るい未来だろう。
 子供たちが、健やかな明るい人生を楽しめるように、我々は人生を捧げる。なぜなら、我々自身が、祖先・先人の努力、子供たちの未来を大切にしようとした利他主義によって、この人生を支えられたからだ。
 誰からも評価される必要はない。タダのアホな人生で十分だ。だけど、子供たちの明るい未来を支えるために人生を費やしてきた。
 この利他主義の満足だけで、どんなエライ、立派な人よりも、素晴らしい人生を送ったと納得できるんじゃないかい?

利己主義から利他主義へ その7 旧約聖書の秘密

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 人々が利己主義だけを求めて行動するようになれば、たちまち社会が根底から崩壊すると、筆者は繰り返し主張してきた。
 逆に、みんなが他人の喜び、笑顔を愛し、その利益に奉仕し、社会全体が良くなるように願って行動すれば、たちまち素晴らしい天国に変わるのは当然だ。

 人間の生活が紡ぎ出す史観から見れば、これまでの人類歴史は、利己主義を求める勢力と利他主義を求める勢力の争いであったと言える。すなわち、人を家畜のように利用して自分だけが利益を独占したい権力者たちと、みんなで平等に助け合って生き抜こうとする名もなき利他主義者たちとの争いの歴史であった。

 歴史を記録するのは権力である。利他主義者たちは、自己顕示欲の強い権力者のように自分を飾って記録する必要はなかったから、その人生も思想も時の彼方に埋もれてしまっている。だが、それは何気ない生活習慣・民俗のなかに深く密かに息づいているのだ。
 人々の生活を支えてきた機織機や脱穀機、鍬や刃物や農産品種、田畑の作り方、衣類や家の構造などに、それが息づいている。(筆者は、いつか、こうした民俗道具のなかに息づく利他思想を明らかにしてみたい)

 権力が自分に都合良く書き換えた記録ではなく、真の生活進化歴史を知るためには、こうした民俗学の立場で、利他主義者たちの紡いだ歴史を知ることが大切である。今の学問は権力に奉仕するためのものだから、利他思想の歴史を教えることはない。したがって、それは自分で探し、見抜くしかない。

 「後世に自分を残したい」と考えるのは権力の大好きな利己主義者だ。利他主義者にとっては、今、目の前にいる他人の幸せだけが問題なのであって、自分のことなどどうでもよいわけだから、残す必要もない。
 だから歴史は権力史であり、利己主義者のものであることを見抜いておく必要がある。真の歴史は、歴史教科書のなかには存在しない。
 それは、あなたの着ている服、あなたの食べ物、あなたの家、あなたの机、あなたの生活を支えるすべての知恵と工夫の、進化のなかに息づいている。
 それは人の愛の歴史、成果なのだ。それを見いだすことこそ、失われた真の学問なのである。それは辛うじて民俗学(文化人類学)のなかに存在している。我々は、この生活の学問を大切にしなければならない。

 国家権力の大好きな利己主義者たちは、利他主義が生みだした成果を横取りして自分のために利用し、増殖させてきた。利他主義者たちは、見かけの上で、いつでも敗者であり、いいようにあしらわれてきたように見える。
 これまでのところ、どうやら利己主義側が完全勝利を収め、利他思想を滅ぼそうとしているように見える。
 しかし、それは上辺のことであって、真実は一人一人の心のなかにある。人は利他主義によって誕生し、支えられ、未来を紡ぎ出してゆくのである。その証拠に、我々の生活を高いところから見渡してごらん。利己主義者によるもの、国家権力による成果など、どこに見えるのか?
 今、我々の生活を支えている、すべての技術、物資は誰が開発し、作り、利用しているのか、よく考えてごらん。それは利己主義から生まれたものではない。
 人類が利他主義を見失ったなら、滅亡以外の道は残されていないのだ。なぜなら、利他主義だけが人々の成長と暮らしを支えているからだ。 

 人類史における利己主義の歴史を見てみよう。その正体は、記録された歴史とは、まったく異なる姿であることに驚かされるだろう。人類に利己主義をもたらした一番の犯人は誰か?
 私有財産なのか? 家族制度なのか? 国家権力なのか?
 いや、それらの背後にあって、決して姿を見せない、はるかに恐ろしいイデオロギーであった。

 それは、見かけだけ神のように威厳があり、慈愛に満ちた宗教思想である。だが、その正体は、人が人をカネで支配する社会を作ったユダヤ教徒の思想である。
 というより、ユダヤ教・イスラム教・キリスト教の原型となった教義、「旧約聖書」(旧約の意味は、神との旧い契約)である。
 旧約聖書こそは、女性を男性の奴隷・家畜として利用する社会システムを人類に与えたものだ。それは数十万年にわたる原始共産社会、母系氏族社会が破壊され、男系氏族社会、家父長社会が成立し、それを正当化し洗脳するための教書であった。

 創世記から
【…女に向かって言った。私はお前の産みの苦しみを大いに増す。お前は苦しんで子を産む。それでもお前は男を求め、男はお前を支配する。それから神は最後にアダムに言った。お前は女の声に従い、取って食べるなと命じた木から食べた。お前のゆえに、大地は呪われるものとなった。お前は生涯、苦しんで地から食物を取る。大地はお前に対して、いばらとあざみを生えさせ、お前は、顔に汗してパンを食べ、ついに土にかえる。人は塵だから塵に帰る。アダムは女をエバ(命)と名づけた。彼女がすべて命あるものの母となったからである。】

 旧約は、女を男に奉仕するための奴隷と位置づけ、家父長の権力と財産を、その子に相続させるため、女性の性を苛酷に規制してきたのだ。それは母系社会を否定し、男系社会を正当化するために登場した。
 女性が愛に導かれて定められた男以外に体を開けば、それだけで残酷に殺害される掟であった。これは女性を男性の奴隷として利用するための思想なのだ。
 旧約こそ、女性を根源的に差別する最初のイデオロギーであり、世界のすべての差別が、ここから始まったのである。

 ノアの子、セムの子孫たちは、シナイ半島からチグリス・ユーフラテス河畔に定着し、やがて、旧約聖書を共有し、ユダヤ教を成立させた。
 分けても、タルムードという教義は、自分たちが「神に選ばれた特権階級」であって、他のすべての人々は、自分たちに奉仕する家畜(ゴイム)であると決めつけるものだった。
 それは、最初の根源的差別である「女性差別」が成立した後に、必然的に派生する思想であった。差別は際限もなく勝手に増殖し、新たな差別と苦悩を次々に産み出すのである。

 中東で繁栄したユダヤ教徒のなかで、やがて、「旧約は間違っている」と、一人の男が民に語り始め、新しい契約を示した。
 これがナザレのイエスだ。だが、ユダヤ教徒、分けても「マムシの子ら」とイエスが憎んだパリサイ人は、自分たちの利権を壊されることを恐れて、イエスを激しく憎み、陰謀によって殺害した。

 彼らは、狡猾な「陰謀マニア」だった。彼らは、あらゆる場面で歴史の表舞台には決して登場しない。過去三千年にわたって、必ず権力の背後に隠れて、カネの力で権力を操り、宗教や政治を思うままに操り、自分たちの利権を構築してきたのだ。
 イエス殺害後、広く世界に頒布された新約を潰すため、ついにはキリスト教まで乗っ取ってしまった。
 イエスの「新約」神との新しい契約は、旧約を否定するものだったはずなのに、『ユダヤ教徒が作った「キリスト教」』では、新約を聖書と崇めながら、ほとんど引用しない。教えるのは旧約ばかりだ。これがローマカトリックである。
 だからこそ、イエスは「処刑せよ、虐殺せよ」などと一度も教えていないのに、「イエスの名において」、十字軍・魔女狩り・異端尋問・布教などで数千万人に及ぶ膨大な人々を殺戮して回った。それはイエスを本質において冒涜する悪魔の宗教となった。
 最近ではインターネットのおかげで、これまで隠してきた司教による児童性犯罪などの悪事が暴露されるようになり、もはや風前の灯火にまで追いつめられている。

 パリサイ人たちを特筆すべき事情は、彼らがカネと銀行を発明し、資本主義の元祖となったということだ。イエスが彼らを憎んだ事情も、パリサイ人が人に金を貸し付け、その金利が膨れあがってゆくことに憤ったからだった。
 このことが、実は人類史が金で支配され、権力を利己主義に彩る根源となった。パリサイ人たちの末裔こそ、資本主義の黒幕であり、現代社会の富の大部分を手中にするロスチャイルドらユダヤ財閥なのである。

 旧約聖書のもたらした最大の害悪は、女性を男性の奴隷として位置づけることにより、真実をねじ曲げ、隠蔽したということである。
 真実は、女性と男性は同じ人間であって、互いに相手を人間として尊重し、協調して人生と生活を築いていかねばならない。そこに差別が成立する必然性など皆無なのだ。
 だが、旧約を信奉するユダヤ教やイスラム教では、そうではない。女性は男が利用する家畜でしかないのだ。こんな間違った思想を信奉し、DV暴力や残酷な死刑の恐怖によって女性たちに差別観を無理矢理押しつけてきたのだ。
 だが現実は、まるで違う。女性は家畜などではない! 男女は平等なのだから、至る所でほころびが出て、旧約信奉者たちは不自然なウソを正当化し続けなければならないことになる。

 旧約はウソの上に生活と権力を構築したのである。したがって、旧約を正当化し続けるということは、自分も他人も、すべて騙し、ウソの世界に埋没することを強要されることだ。
 このことが旧約登場後3800年の歴史のなかで、人類全体にどれほど悪影響を与え続けたか知る必要がある。
 まさしく、地上の利己主義のほとんどは、こうしたウソから生まれ、拡大していることに気づかねばならない。
 女性を差別する人たちは、必ず、それだけでなく、あらゆる人間を差別するようになる。これがヒトラーに代表される優生保護思想である。
 ユダヤ教タルムードの、選民思想、「世界人民はユダヤ教徒に奉仕するための家畜として生まれてきた」という勘違いが、人類に、どれほど、ひどい不幸をもたらしたのか、我々は直視すべきときがきた。

 まさに、そんな差別思想の持ち主たちが、世界の科学技術をリードし、世界中の資産を所有し、世界人民に資本主義を押しつけ、そして世界人民を家畜として支配しようとしているのである。
 世界に科学技術幻想から原発をもたらし、ハプスブルグからの欧州王家、中華皇帝や天皇制をももたらし(孔子儒教と天皇神道の本質はユダヤ教である)、死刑制度をもたらし、資本主義と金融帝国主義をもたらしているのだ。
 旧約こそ、利己主義の根源にあり、世界史のなかで戦争や差別、搾取、人類の苦悩をもたらし続けたことを今こそ、我々は見抜かねばならない。

 我々は、もう一度歴史の根底に流れる真実を見直す必要がある。
 人類に限りない苦悩と悲惨をもたらし続けた世界権力史の根底に、旧約聖書が存在している事実を知らなければならない。
 そうして、権力史とは、まったく別に、民衆の利他主義による真の歴史が隠されてきたことに気づかねばならない。
 我々は、どちらの道を目指すべきか?

 我々の人生は、利他のために費やされる。他とは誰なのか?
 それは、子供たちの心暖かい未来、ウソや抑圧のない解放された未来に奉仕する利他思想が必要であることに気づかねばならないのだ。
 続く

 利己主義から利他主義へ その6

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 利己主義から利他主義へ その6 
 今起きている経済の大混乱について、ほとんどの人が「深刻な大不況」という程度の認識しかないが、たった今、我々は、本当は人類史最大級の激変に直面している現実を知らなければならない。

 それは地上を支配してきた、すべての価値が崩壊し、生きるため新たな価値観の再編が要求される時代になったということだ。
 家族・国家・宗教・カネ・仕事、あらゆる規範・価値・組織が自滅し、我々は絶望的な混乱に投げ出されようとしている。
 我々は、これから何が真実か見極め、新たな価値・仕事・人生の目的を求めて彷徨わねばならないのだ。

 60歳を過ぎた老人にとって、価値の崩壊は辛い現実だ。もう適応力がない。だが、これほどの激動を招いた原因は、その60歳代の団塊世代が強欲に走り、歴史的な社会秩序を金儲け欲によって破壊してしまったことにある。
 団塊世代は、自分たちの行ってきた強欲、カルマの果実を収穫しなければならない。それは、価値と信じて帰属してきた組織の破滅であり、依るべき心の故郷の喪失である。それは、家族の崩壊という形で、子供たちに忍び寄っている。
 団塊世代は、自分たちが求めてきたものが、どれほど社会を破壊し、子供たちの未来を破壊する危険なものだったのか、これから思い知らされることになるだろう。

 これまで筆者は、我々が、互いに孤立させられた一夫一婦制小家族から、多夫多妻制、互いに助け合う共同体の大家族生活スタイルに回帰する必然性をもっていると主張してきた。
 もう人生の果実と信じられた、名誉や社会的評価、一戸建て豪邸・美人妻・高級車・学歴といった虚構価値は強欲とともに腐敗死滅しているのだ。

 やがて人は、これまでのような他人と競う自我に支配された個人から、共同体に帰属する一部品となって個人の自我も失われるだろう。そうなれば、これまでの価値はすべてゴミに変わる。
 「自我を許さない組織」というイメージに、命令に無条件に従う天皇の軍隊のようなファッシズム組織を思い浮かべる人も多いだろう。だが、もちろん天皇制信奉者が吹聴するような、「王を戴く共同体」などではない。

 天皇制社会が共同体であるかのように主張する北一輝のような思想もあるが、それは王権社会であって、天皇への信仰、統治を利用した特権階級の利権確保システムに他ならない。
 それは、池田大作の支配する創価学会や、文鮮明の統一教会と同じものであり、本質は洗脳と詐欺に他ならない。神格的存在に憧れる陳腐な右翼の妄想に騙されてはいけない。

 これらの欺瞞的組織は、支配と利権のシステムを必ず世襲しようとするから、「権力世襲」を見たそのとき、これが低俗な利権の世襲であることを理解できるはずだ。「世襲」が現れたとき、それは大衆に敵対する勢力である。
 よって、天皇制も、北朝鮮も、統一教会も、自民・民主世襲議員も人間に敵対するインチキ利権勢力であり、すべて打倒・破壊・廃棄の対象でしかない。

 王権を利用して組織を支配する側と、家畜のように支配される民の分断された組織体は断じて共同体ではない。この原理を明確に認識できない者は、「共同体」の意味をまったく理解できていない。権力がなければ生きて行けない王権と、権力を作らない共同体を混同してはいけない。

 ただし、個人の自我が、組織によって吸収されてゆくという本質では似た部分もある。だが、共同体には構成員を家畜のように利用・使役・搾取する者などいない。いるとすれば、それは王権組織である。
 構成員は、帰属する群、共同体を一つの人格、自我として共有し、個人の人生は共同体の全体の利益に捧げられる。みんなの命や生活を守るための努力こそ、人生の最終目的と認識されるようになる

 ところが、王権組織(国家)は、首長と、その取り巻きに利権が集中し、利権システムを守るために、所属する民衆を家畜のように利用し、搾取し、命を弄ぶものである。
 構成員に明確な格差が成立しているものこそ、王権組織である。口先で社会主義であるかのような宣伝をしてみても、差別制度を温存する国家は、すべて王権である。
 差別・格差を本質とする王権の組織体制では、個人が組織に人生を捧げるモチベーションなど芽生えるはずがなく、したがって共同体が自発的モチベーションだけに依存するのに対し、王権では民衆動員のすべてに洗脳・武力・強制力・契約が用いられることになる。

 こうした王権組織にとって望ましい民衆生活(王権が期待する人間像)とは、どういうものか?
 それは「庚申信仰」のように権力維持に都合の良いもので、「見ざる、言わざる、聞かざる」 対話せず、自発性もなく、言われたことだけをやっていればよい無知蒙昧、愚鈍で従順な人物像である。
 このため、王権は、歴史的に民衆から力を殺ぎ、従順で愚鈍な人間性に仕立てるための、さまざまなシステムを開発してきた。その最大の核心部分が家族制度であった。

 そもそも、今、我々が当然の慣習と認識している「一夫一婦制小家族」が定着した歴史的理由は、王権・封建領主や資本家が、民衆を効率よく支配し、自分たちの独占的利益を確保するための民衆統治システムに他ならなかった。

 我々は、本来、数十万年前の大昔から、「群、共同体」(母系氏族)で生活していたのである。こんな大家族こそが、人間にとって、もっとも自然で効率的、合理的な生活スタイルであった。
 ところが、数千年前に強大な権力・武力を得た「王権」(男系氏族)が成立し、生活地域が「領主」を称する武力集団によって支配されるようになると、権力から独立し、ときに敵対する可能性のある「共同体」が王権領主の脅威となった。

 大家族共同体には、対話と知恵による合理性が集積され、人のモチベーションも高く、極めて活発な活動を行うため、王権の不合理を破壊する急先鋒となることが多かったからだ。
 このため、大家族生活の共同体を分断し、その対話による団結を破壊して力を殺ぐ必要があり、一夫一婦の小家族に孤立させることで弱体化し、共同もさせず、知恵を抑圧し、「知らしむべからず、依らしむべし」と、従順な家畜になることを要求したのである。

 例えば、日本史をみるなら、大和政権成立の時代、日本列島はたくさんの部族王権のひしめく時代であり、また無数の共同体によって拮抗した社会だった。
 大部族は互いに覇を競って争いを続け、そのなかで、朝鮮から渡来した戦闘力の優れた強大な秦氏(百済王家)末裔、天皇家が統一王権を宣言することになった。
 王権は、天皇家から源平・北条・足利氏、そして織田・豊臣・徳川と変遷したが、その間、全国に無数に成立していた豪族、小領主、地域共同体は、徴兵組み分けによって次々に分断され、孤立した家族に矮小化させられていき、最期には強大な大領主と無力な一夫一婦制家族の支配関係にまでされてしまった。

 数十名単位の大家族共同体であった農民の生活も、家康によって統制的な五人組共同体に強制的に組分けられていった。
 これに明治維新以降、資本主義が持ち込まれると、さらに五人組も解体され、徴兵納税義務から、一夫一婦制小家族への分断がさらに進み、村落共同体ですら破壊されるようになった。

 資本主義工業が要求する生活スタイルは、生産効率の要求に応じて容易に移動赴任できる一夫一婦制であり、物言わぬ家畜として支配するために、共同体にある頻繁な対話、民主的習慣を奪うことでもあった。
 また小家族に分断すれば、商品需要も増大する。共同利用の習慣を破棄させ、家族毎に生活用品を必要とし、助け合いの効率性を奪い、それに変わる商品ニーズを産み出した。
 たった二人の家族であっても、テレビや洗濯機、車が必要になり、大家族に比べて節約せず、非効率な浪費に走ることになり、資本主義需要を大幅に高めて歓迎されることになった。

 また小家族に分断したことで生まれた最大の成果は、「競争主義」であった。家族同士、見栄を張り合って、次々に浪費や贅沢を競合して拡大するというニーズ増大も生まれることになった。
 これが大家族の効率的な生活スタイルなら、現在の資本主義経済の規模は、おそらく数分の一に縮小してしまうだろう。
 一夫一婦制小家族制度によって、民衆は競って贅沢浪費の資本主義スタイルに埋没し、競争主義に洗脳されて、人生を全力で疾走しなければならないことになった。

 こうして、大家族の共同体生活で育まれていた「利他主義」が、小家族の見栄張り競争のなかで失われてゆき、人々は新たな「利己主義」の価値観に洗脳されていった。
 そして、利己的価値観が社会全体を支配するようになった結果、無言で社会の底辺を支えてくれていた民衆が消え去り、無私のボランティア精神、利他思想によって社会を支えるという「道徳的規範」も忘れ去られていった。
 このことで、とりわけ、社会の安定的運営の要にいる役人たちの腐敗が進み、「民衆に奉仕する」という役人の矜恃が失われ、天下りや業者との癒着利権に走った役人たちによって、日本社会は大きな音を立てて崩壊を始めたのである。

 小家族に分断され、矮小化した生活のなかでも、我々の群れへの帰属意識、本能は遺伝子に強く刻み込まれているわけだから、人々は無意識のうちに、帰属すべき群れを探して彷徨うと前回に指摘した。
 こうして、人々は、競争し、対立しながらも、帰属すべきアイデンティティを探し、高学歴、インテリ集団、経営者集団、中産階級などの帰属を求めてひた走ることになった。

 そうした帰属本能に規定され、強欲な金儲け競争のアイデンティティを目指したのが、世界的な意味での団塊世代であった。
 彼らは、競争本能に突き動かされ、「イチバーン」を求めて、拡大競争、強欲競争に走り、環境を破壊し、資源を浪費し、子供たちの未来に借金、ツケを回して、自らの利権を確保し、「持続可能な社会的基盤」をことごとく破壊し、取り返しのつかないほどの荒廃をもたらした。
 そして、その結果として、世界の金融秩序は自滅し、あらゆる組織が死滅し始めた。

 そうして、もはや、若者たちにあって、一夫一婦制による生活が成り立たなくなってしまったのだ。子供を作りたくとも、育てるカネがないどころか、明日のメシを用意するカネさえ必死に稼がねばならなくなった。
 この豪華な高層ビル街の下で、子供たちが今日の食事を取れずに飢えて過ごすという事態まで出現している。
 こうなったのは、子供たちの未来を食い潰して利権を漁った、今の団塊世代や官僚たちの努力によるものだ。

 まさに、日本は利己主義の結果が花開いたといわねばならない。
 これに対して、既存の価値観が、滅亡をもたらすという現実を思い知らされた若者たちが、身を守り、子供たちの未来を用意するために、農業共同体を結成し、一夫一婦制家族ではなく、結婚にこだわらない新たな共同体生活を模索するしか、生き残る術がないというのが現実なのである。
 今年から、追いつめられた人々は、すべてを捨てて、あらゆる価値を激変させなければならない。そのことによって団塊世代の価値観は崩壊し、老人たちの生活も追いつめられることだろう。
 だが、それは自分たちの愚かな強欲が招いたものである。

利己主義から利他主義へ その5 群体と帰属意識

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 「群体」という生物形態がある。
 数が増えても、そのまま集合している動物体で、我々の目から見れば、巨大な生物に見えるが、その実体は、とても小さな虫の集合にすぎない。
 ヒドロ虫類、管クラゲ類、サンゴ、コケムシ類、ホヤ、サルパなどがあり、サンゴの場合ほとんど群体で、群体ではないものは特別に単体サンゴと呼ぶ。
 群体サンゴは、群れから離れて生きてゆくことができない。さまざまな意味で共生関係にあり、また群れでありながら大理石のような美しい統一構造体を持ち、珊瑚宝石として我々を魅了してやまない。

 最近、北極の深海で発見されたmarrus orthocanna というクラゲは、数十尾が連結し、それぞれが推進・捕食・消化などの役割を分担していて、全体で一尾の生物として生きる共生関係にあるらしい。何かの事情で、一部が死んでも、すぐに他のクラゲが役割を受け継ぎ、共生が生き続けてゆく。
 高等生物にあっても、狼などは社会性が極めて高い動物で、群れなくしては生きてゆくことができない。群れこそ狼の本質である。
 狼は個体が役割分担して、生殖・子育て・食料確保などを行っていて、単独になれば、生きるモチベーションを失ってしまう。そして、この社会性の故に、日本狼はジステンパーや狂犬病が浸入して、わずか60年程度の短期間に絶滅してしまった。

 さて、人間はどうだろう? もちろん、人間も狼以上に社会性の強い動物であって、群れから離れたら生きてゆくことはできない。
 柳田国男が追求した、社会から背を向けて、山奥の孤立生活を求めた人たちは、どうなったか?
 おそらく、むしろ都会生活者の何倍も人恋しくなり、人に憧れたにちがいない。また、本当に数十年もの間、孤立し、社会から隔絶したなら、それは精神の停滞、廃人化をもたらしたにちがいない。人と相対し、刺激を受けることこそ、生きるモチベーション、源泉なのだから。

 人は、決して一人では生きられないのだ。筆者は中津川市の山奥で、一人で誰にも会わず、対話もせずに長い時間を過ごすことが多いが、こんな体験を積んでみれば、人が人によって生かされているという真実を思い知らされる。
 自分にとって、人の存在が、どれほど大切なものか、大都市の雑踏のなかでは、うっとおしいばかりで見えなかったが、山奥に住んでみれば、寂しい孤独感のなかに、それを実感することができる。

 また、人恋しさゆえに、他人から疎外されたくないという思いがあり、誰かとつながっていたい、共通の価値観、アイデンティティのなかにいたいという思いを強く抱く。
 そうなれば当然、利己的な行動を慎み、全体のために奉仕する利他的モチベーションも生まれてくるというものだ。
 利他主義というものは、人を愛する気持ちだけから芽生えるものであって、利己主義を強いられる荒んだ人間関係から生まれるものではない。人が恋しいという気持ちは、利他思想を育む上で一番大切なのである。

 逆に考えれば、利己主義が発生する原因は、人が増えすぎて人恋しさを失ったという事情も無視できない。利己主義の蔓延は、増えすぎた人を淘汰するための自然発生的メカニズムと考えることもできるかもしれない。
 つまり、増えすぎた人を減らし、人恋しさを回復するため、人が利己的になって人に敵対し、競争し、淘汰しあう必然性が生まれていると解釈することもできる。そうだとすれば、これは生物本能であって、『天の摂理』という他はない。

 例えば、バッタの幼虫は、低い密度だと単独生活を送るふつうの成虫になるが、幼虫が高い密度で生息すると群生相という飛翔能力と集団性が高い成虫に変化する。群生相の成虫は、孤独相の成虫にくらべて後脚が短く、翅が長いスマートな体型となり、体色も黒くなる。
 こうなると、巨大な集団で遠い地域に飛翔するようになり、いわゆる飛蝗害、パールバックが「大地」のなかで描写したイナゴの大被害が発生し、次に集団自滅も起きる。バッタの繁栄と自己淘汰メカニズムといってもよい。

 同じように、齧歯類も大規模な増殖と死滅を繰り返す。ネズミの仲間は、生息密度が高くなりすぎるとストレスが高まって遠くに移動し、レミングで有名になった大量死に至ることがある。
 人間も同じで、大都市のように人口密度が大きくなりすぎる地域では、ストレスが高まり、結果として人が優しさを失って苛酷になり、ときに凶暴化して、大量殺戮が起きることがある。

 21世紀の現代に至っても、この問題は解決するどころか、ますます深刻化していて、人類は未だに大量殺戮(ホローコスト・ジェノサイド)の危機に直面しているといわねばならない。
 例えば、人口密度が高く、民主主義思想が浸透していないアフリカ地域、スーダンのダルフールでは、過去40年間に600万人中、200万人以上の民族浄化思想による大量虐殺死者が出ているし、この数年でも50万人を超える死者が出ている。
 ルワンダでも過去20年間に100万人以上の虐殺死者が出ているし、アメリカが侵攻したイラクやアフガンでも100万人規模の犠牲者が出ているといわれる。
 みんな分かっていないようだが、日本だって本当は安閑としていられないのだ。政府が崩壊すれば治安が失われ、必ずセルビアで起きたような大虐殺が起きると覚悟すべきなのだ。警察が消えたそのとき、人殺しが一斉に湧いて出てくるかもしれない。
 日本では、つい70年前まで、朝鮮・中国人・被差別者などが大量虐殺に遭っていたことを思い起こすべきだ。ネットウヨクの低俗な知性を見る限り、同じことが必ず繰り返されるはずだ。

 少し歴史を遡れば、人口過多といわれる中国では、文革中、国民集団発狂といえる事態で3000万人~1億人の死者、日本人が侵略者だった太平洋戦争では1000万人を超える死者が出ており、ソ連でもスターリン指導下で6000万人の反体制側虐殺死者が出たと指摘されている。
 わが日本では、大戦中に300万人を超す死者が出た。この残酷、悲惨を昨日のことのように記憶している人だって少なくない。
 愚かとしかいいようがなく、人類の知的レベルのお粗末さを端的に表すような、こうした非日常死の本質的な理由を探すと、一因として人口過多によるストレスを上げたとしても不自然ではない。

 「地球は苦悩の惑星である」
 と筆者は度々書いているが、苦悩の理由は、必ずしも人間性の愚劣さだけでもなく、人口過多ストレスという視点を抜いて考えることなどできないのである。
 人口密度が少なく、人恋しい地域で、こうした大虐殺が発生した例は、たぶん少ないだろう。

 地球上に人類が、まだ少なかった時代。例えば西暦元年あたりの人口は3億人くらいだったが、この当時の分布と生産能力から考えれば、すでに人口は過剰に飽和しており、絶え間なき戦乱と民族淘汰の嵐に直面していた。
 だが、一万年前には400万人ほどの人口で、さすがに、この頃は遠く旅しても、なかなか人間に出会うことは少なかっただろう。
 こうなると、生殖・捕食・環境・種の維持という生物的モチベーションによって、人は人恋しく、人の群れだけが生きる支えとなったことだろう。

 この頃の人類は、普遍的に母系氏族社会であったことが明らかで、人には個体の自我という観念も成立していなかったと思われる。おそらく利己主義などという概念は想像すらできなかったにちがいない。
 人の意識にあるのは、群れのなかに生まれ、群れと共に生きる自分であって、自分の所属する群れこそ、一個の珊瑚のようなものであり、自分そのものである。自分は群れの部品にすぎず、個体の生死など問題にならず、その群れの維持、持続こそ、所属する人たちの最終目的であった。すなわち、群れが全体で一個の人格であったと断言してもよいと思う。
 したがって群れある限り、個体の生死を超えて、それが一個の人格として続いてゆくことになる。

 このとき、群れに属する個体の意識を支配する概念は、群れに依存する『帰属意識』である。
 自分の属する群れの持続が価値のすべてであって、群れを維持することだけが人生のすべてであった。
 この『帰属意識』は人類の本能に刷り込まれ、個的自我の確立した現代社会にあっても、我々の本能を固く束縛しているのである。

 今、我々が、資本主義の利己的な世界にあって、孤立し、分断され、個的な自我を強要され、「自分は自分、人は人」という疎外された価値観を抱かされているとしても、潜在意識や本能には、「群れに依存する」という習性が深く刻み込まれている。
 人は帰属する群れなくしては生きることができない。孤立した人間関係でありながら、我々は無意識に帰属すべき群れを探し、彷徨い続けるのである。

 その「群れ志向」を悪しき立場で利用しているのが偏狭なナショナリズムであり、国粋主義である。
 人が帰属すべき群れを探しているという本能をタテにとって、教育システムを利用し、「我々は日本人だ、日本国家に帰属し、その命を国家に捧げる」というような低俗なナショナリズムで洗脳しようとする。
 現在、ネットを徘徊する在日外国人に対する低俗な偏見に満ちた排外主義を喚き散らして回る連中がこれだ。
 朝鮮人だろうが中国人だろうが、その本質にあって、我々日本人と一つも違わないのに、あたかも日本人が優越的であって、外国人が劣っているかのようなケチな幻想に酔っている阿呆どもが、日本人を悪しきナショナリズムで洗脳し、80年前に起きた排外主義、帝国主義侵略の道を再び用意している。
 だが、彼らは、しょせん人間の本質を何一つ考えたことのない無知性な連中にすぎず、結局、韓国や中国の愚劣なナショナリズムを喚起し、新たな戦争による大量殺戮に陥ってゆくしかない運命だ。

 また、我々が、学校や企業などに入ると、やはり帰属習性が顔を覗かせる。
 学生時代、ヘルメットを被って全共闘なんかやってた若者が、大企業に就職したとたんに、コロッと方向転換して、企業の社員として忠誠を尽くすなんてのも、帰属本能のなせる業だが、帝国主義や搾取反対のマルクス主義者を標榜していた者が、社員になったとたん、「利益率が低いよ・・・もっと合理化できんのか」なんて言い出すのを筆者は散々見聞してきた。
 帰属意識は、民族意識や会社や学校のような明確なものだけではなく、社会的な概念での帰属もあり、一人の人間がいくつもの帰属を持っている。
 例えば、「中産階級」 「中年男子」 「初老」 「男」 「ニューハーフ」 「オフィスレディ」 「大卒」 「知識人」 なんて概念も、無意識に帰属する指標となるもので、人は、自分に共通する集団を探し出し、帰属する集団の価値観に迎合することで安心しようとするわけだ。

 このため、自分の姿形、服装の好み、発音や表現方法、判断基準まで、そうした帰属集団の価値観に埋没することになり、国母のように「オリンピック選手」という帰属から外れると、よってたかって糾弾し、制裁し、価値観を強要することで安心を求めることになる。
 筆者の地震予知HPで、地震予知が成功することを喜ぶと「不謹慎」といって批判したがる連中も、似たような帰属概念で、自分を全身がんじがらめに束縛していないと安心できないことになる。
 
 次回に続く

 利己主義から利他主義へ その4

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 我々がいる、この社会が崩壊し、破滅寸前に至った理由は何だろう?
 分からないって? そりゃウソだよ! 
 心に手を当ててみな・・・本当は、みんなが十分過ぎるくらい知っているはずだ。

 意識しないまでも、うすうす感じている。しかし決して口に出さない。なぜなら、「分からない」ことにしておきたいからだ。
 社会に破滅をもたらした本当の理由を正面から見据えることが怖いから、見ないことにして、それを正当化し続けているからだ。
 口に出してしまえば、人生の指標と信じていた価値体系が崩壊し、何をしてよいのか分からなくなるからだ。

 それは、決して他人のやったことじゃない・・みんなで、いつのまにかやってしまったことだ・・・あなたも、もちろん私も、犯人の一人なのだ。
 社会崩壊の理由、それは、たった一つの言葉でくくることができる。『利己主義』だ。

 地位や金儲けを人生の目的とさせられる資本主義社会の中で、誰もが他人に敵対し、自分の利益を優先させる思想に洗脳されてきた。
 しかし、それは言い訳にならない。人生の価値は、地位や金儲けじゃなく、他人に対する暖かい気持ちのあり方だと見抜き、利他思想に生きてきた人もたくさんいる。
 しかし一方で、金儲けや地位のためなら、どんなひどいことも許されると勘違いし、社会の秩序をぶち壊してきた強盗や詐欺師のような企業家・政治家・役人たちもいる。

 多くの企業家たちは、名誉と蓄財だけを価値と考え、会社という組織を使い、他人を家畜のように見下して搾取し、使い捨てにしてきた。社会の役に立つモノを売ることより、必要性がなかろうと、よりカネの儲かるものを売ってきたし、このため、たくさんのウソまでついて商品を宣伝してきた。

 例えば、自動車産業は、今では安全性をうたい文句にしているが、実際には安全な車を売るよりも儲かる車を売ってきた。
 発泡スチロールが登場したのは1960年だ。このとき、車の前後にこれを使えば、衝突事故の損傷や事故被害・死傷率は大幅に減ると提唱した人がいた。しかし、メーカーは耳を傾けなかった。なぜなら、「かっこ悪い」から売れなくなると考えたからだ。
 ミニバス型のマツダボンゴが登場したのは1966年だ。とても便利で実用的な車で、その圧倒的な効率性から、すぐに世界中の車がボンゴスタイルになると予想した人がたくさんいた。
 しかし、実際に、乗用車がボンゴ型に追随しはじめたのはエスティマが出た1990年頃からだった。メーカーは、便利な車でなく、贅沢感を煽り、モデルチェンジを繰り返す儲かる車を目指していたからだ。

 役人たちも、地位と利権拡大だけを目指して、親方日の丸の座布団にぬくぬくと座って、企業にすり寄り、無用な事業で税金を食い物にしてきた。
 1980年代、高度成長が爛熟すると、中央・地方の役人たちが、こぞって「地方の開発・活性化」などと叫び始め、必要性もない、埋め立て、ダム建設、空港などの公共事業、箱物建設ラッシュが始まった。
 今では、それらがことごとく破綻し、民衆生活と日本経済を地獄に導いている。それは、役人たちが日本の将来に必要なことを目指したのではなく、自分の地位を上げる実績、業者との癒着利権を目指したからだ。

 政治家たちも、もちろん同じだ。自民党は資本主義の召使いでしかなかった。
 大資本から巨額の献金を受け、彼らの利権・便宜に奔走し、子供たちの将来に必要なカネを先取りして企業に奉仕した。
 これによって、今の子供たちの未来は、永遠に返せない巨大な借金に押し潰されることになった。
 それは、政治家が、子供たちの未来に何一つ関心を持たず、今ある自分の名誉と利権しか考えてこなかったからだ。

 みんなは、どうなんだ?

 「自分は他人より上だ」と、優越感、満足感に浸りたくて、仲間を蹴落とし、恵まれない立場の人たちを小馬鹿にし、他人の幸福に何の関心もないまま、利己主義に邁進してきたのではないか?
 どんな理由で進学したんだ? 本当に勉強したかった? 違うだろ?
 低学歴のオチコボレと言われるのが怖くて、とりあえず進学したんだろ? いい大学に入って、いい企業に勤めれば、世間並み以上のぬくぬくとした人生が送れると考えたんだろ?
 貧しい人、弱い立場の人たちを足蹴にして、自分だけ恵まれた優越的な生活をしたかったんじゃないのかい?
 他人を出し抜けると信じて、「一流大学」や「一流企業」を目指したんでないかい?

 「立派な人間になりたかった」
 どんな立派さだったんだい? 他人よりも、たくさん財産を貯めることかい? 他人よりも高い地位に昇ることかい? 他人よりも大きな家に住むことかい? 他人よりも美人の女房をもらうことかい?
 あなたの「立派さ」のなかに、社会を少しでも良くしたいという願いが、どこにあったのだろう?
 カネにもならず、評価もされない、少しも自分を潤さない、他人のための努力を、あなたは、ほんの少しでも目指したことがあるのかい?
 あなたの「立派」は、あなたの利益に奉仕するためだけの立派さではなかったのか?

 あなたは自分の人生を、一度でも恵まれない弱者のために捧げたかい? 誰からも認められず、誰にも知られない奉仕をしたことがあるのかい?
 社会全体が良くなるように、一度でも努力したかい?

 「周囲のみんなが、やらなかったから・・・・」
 なんて、つまらん言い訳、正当化をするなよ。
 だが、その通りだ。資本主義世界のみんなが、日本人のみんなが自分の利益だけを求めはじめたんだ。あなたの周囲がやっているから、あなたもやったんだよ。
 だが、そうなれば社会はどうなる? 壊れるのは当たり前じゃないか?
 だから、「こんなことをしていれば社会がダメになってしまう」と薄々思いながら、あなたも利己主義を突っ走ったんだ。

 みんながみんな、同じように利己主義を目指せば、社会を底辺から支える人たちなど一人もいなくなってしまうじゃないか・・・・だから、この社会は破滅しているんだ。

 みんなが利己主義に走れば、この社会はあっという間に壊れてしまう。実際に、そうなったんだ。誰にでも簡単に分かることだろ?
 この社会が破滅している本当の理由は何か? もう自分の心を隠すな、誤魔化すな、正当化するな!
 『みんなが「自分さえよければよい」と考える人間集団は、たちまち崩壊する』 そんなこと小さい頃から、友人やサークル、クラスの人間関係のなかで、さんざん学んできたじゃないか?
 誰だって、心の底では思い知っている、あたりまえの真実じゃないか。これでも、この社会が破滅している真の理由が思い当たらないと言いたいのか?

 逆に考えれば、みんなが利己主義を捨てて、この社会を良くしようと考え、利他主義に目覚めれば、あっというまに社会は修復される。
 我々の子供のころ、社会には、利他思想に生きる人がたくさんいたんだ。
 みんな他人のためを思って、家の前を掃除し、倒れている人がいれば、すぐに駆け寄って介抱し、飢えた人がいれば、貧しくとも食事を提供したものだ。「カネが儲からなければ何もしない」なんて人は、滅多にいなかったよ。
 銭湯に行けば、みんな最初に体を洗ったもんだ。汚いまま入れば、じいさんたちから、きつく注意されたよ。でも、みんな優しかった・・・・。

 社会は利他主義に満ちていた。だから、我々の子供時代は、日本は世界有数の天国だったんだ。
 貧しい田舎へ行けば、まだまだ日本には利他主義が残っている。他人に対する思いやりに溢れたひとたちが、たくさん生きている。そんな土地を旅してごらん。
 我々が生きるということ、子供たちが生きることのできる社会に、本当に必要なものは何か? はっきりと見えてくるはずだ。

 それとともに、子供たちの未来を永遠に返せない借金漬けの犠牲にすることと引き替えに、自分たちの「豊かな生活」利権を確保してきた、我々の愚かな習慣、浅ましい欲望を明確に自己批判するときがきた。
 我々を、こんな愚劣な利己主義に向かわせた原因を、今、はっきりと明らかにしなければならない。
 我々は、どこで間違ってしまったのか? どうして自分たちの豊かさと引き替えに、子供たちの未来を売り飛ばしてしまったのか?

 子供たちの未来、人類の未来について何の関心も持たず、自分の豪邸や高級車、美人妻、会社の地位、他人の評価ばかりに拘泥した原因は何だったのか?
 結局、それは学校教育での競争主義にあった。
 仲間と競争し、自分の方が上を行くことだけが価値と思いこまされた教育体制にあった。人を小馬鹿にし、睥睨するエライ人が目標であると勘違いさせられた教育体制にあった。
 「エライ人」になりたかった。
 それは、人に尽くす人では決してなく、自分に尽くす人であった。
 だが、それは根本的に間違っていたのだ。
 自分に尽くすだけの人物の、どこがエライのか?
 何の見返りもなく、人の幸せのために努力する人を軽蔑していたのは誰だ?

 たったいま、我々は破滅の淵に立たされている。
 日本人が利己主義に染まり、自分の利益しか考えなくなり、社会の底辺を無言で支えてきた人がいなくなった結果、当たり前の結果として、日本社会は瓦解しはじめた。
 破滅を目前にした今になっても、「まだ日本社会が何とか持ちこたえるんじゃないか」と幻想を抱いている脳天気な人たちが大勢いる。
 なぜなら、みんな社会がどうなるか、子供たちの未来をどうすべきか、何一つ関心を持たず、自分の地位や、金儲けのことしか興味がなかったから、今、日本がどうなっているのか、理解する能力さえ失ってしまったからなのだ。

 本当に、物事の本質を理解できる人なら、もはや日本が瓦解し、おそらく立ち直れないで、このまま崩壊してゆくことを分かっているはずだ。
 だが、自分のことしか関心のない人には、それが見えない。彼らは盲目なのだ。今、我々が、どれほど恐ろしい局面にいるか、崩落した黒部桟道のような絶望の淵を歩いていることを、どうしても見ることができないのだ。

 もう、今すぐ、農業共同体を作って、助け合い社会を復活させなければ、子供たちの未来など、どこにも存在しない。
 このままでは、断崖に向かって集団で突き進むレミングの群れのように、ある瞬間に、みんな終わってしまう。
 だが、心ある者は、我々の立場や運命が見えているはずだ。
何をすべきか、情報を集め、せめて子供たちの、よき未来を何とか確保してやろうと考え、動き始めているはずだ。

 高級車や豪邸、優越的老後の幻想も捨てて、愚かしい利己主義を捨てて、利他思想の共同体を目指しているはずだ。
 今、何をしなければならないのか? 陳腐な優越感を捨てて、人生の本質に目覚めるべきときが来た!
 

利己主義から利他主義へ その3

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 利己主義から利他主義へ その3

 我々のいる、この世界では、あらゆる出来事が偶然、現れるように思える。だが、本当は偶然など皆無だ。すべての事物現象が因果関係をもって必然的に起きるのである。したがって、そこには法則がある。

 広島の橋桁落下事故による大事故で亡くなった人たちも、偶然、通りがかったのではなく、それぞれ意味を持って集まってきて、死ぬべくして死ぬと書いた。生きなければならない運命の者たちは、橋桁に差しかかる直前尿意を催し、パチンコ屋のトイレを借りていて助かった。交差点で止まったタクシーも、信号無視して暴走し、助かった。
 日航123便に搭乗していた人たちも、決して偶然ではなく、乗るべくして乗った。坂本九は乗って死亡したが、乗るはずだった逸見政孝や稲川淳二、明石家さんまは、なぜか乗らなかった。
 それは、おそらく、彼らが、まだ死の運命に至っていなかったからだ。生きねばならない必然性があったからだ。

 この世に偶然など存在しない。すべては必然である。そして、必然を貫く法則がある。
 それは『カルマの法則』である。年齢を重ねるごとに、失敗と反省を重ねるごとに、それが真実であると深く思い知らされ続ける。カルマとは何か?
 それは人生の本質である。人はカルマによって登場し、カルマを克服して消える。人の一生、人の運命を定める本質はカルマである。
 人生とは何か? それは、カルマを克服するプロセスである。すなわち、対象世界の真実を見抜くことである。自らを自然の摂理に一体化させ、ムダ、無益な幻想から解放され軽やかに宇宙に同化してゆくことである。
 カルマを消し去ったとき、人は宇宙に溶け込み、人生は意味を失う。もう人間という不自由な肉体を捨て去ることができるのだ。

 人は愚かな生物であり、過ちを犯す存在である。たくさんの失敗を繰り返し、人生の本質を体で思い知らされてゆく。失敗するたびに、余計な思いこみ、幻想は消え、真実の中味がはっきりと見え始める。
 自分の愚かさを思い知るたびに、世界が透き通るように見えるようになり、あらゆる煩悩・懊悩から解き放たれ、無意味な欲は消え、すべての運命を受け入れることができるようになる。

 我々は、宇宙の光、天空の意志から誕生した。そして、我々は輝く意志から放り出され、暗黒の荒野に投げ捨てられた。
 それは、何一つ見えない無知蒙昧であり、何一つできないデクノボウであり、それは、苦難と苦悩に満ちた愚かしい人生であった。
 我々の人生は、失われた自らを探して彷徨う旅路であった。
 愚かな失敗を繰り返して学び続け、真実を知り、もっとも高い合理性を獲得し、結果として、すべての欲から解放されたとき、自らを再発見することができる。
 このとき、再び宇宙に戻り、溶け込むのだ。

 我々は利己主義に囚われ、人生の真実を見失う。逃げ水のように際限のない権力や金、贅沢の幻想を求め、他人を出し抜くことの救いのない愚かしさを思い知らされ続ける。
 人から奪い、人を傷つけ、人を犯し、人を殺し、利己的な金儲けや権力、権威、地位に邁進し、それが結局、自らに、その数百倍もの苦悩をもたらす愚行であると、繰り返し思い知るのである。
 そうして、やっとの思いで地獄の利己世界から抜け出し、利他の合理性を見いだすことができるのだ。

 利己の愚劣さを知り、利他の真実を見抜くために、我々は何をしたらよいのか?
 それは、偶然の連続のように見える対象世界が、必然に貫かれている真理に気づくことだ。

 我々が、目にし、感じ、触り、歩むこの(対象)世界は混沌に満ちて、何もかも雑多な偶然に支配されているように見える。
 しかし真実は違う。無秩序な混沌しかないならば、我々は、この世界で生きることさえ不可能だ。我々は、この世界に「秩序」を見いだすことで生きている。
 秩序とは何か?
 それは、「一定の原因で一定の結果が起きる」という原理であり、原因のない結果は存在せず、すべての事物現象に原因と結果があるという真理である。
 我々は、この因果関係を知ることで、すべての現象を因果の流れのなかで理解することができるのである。

 秩序を知ることで、この社会における苦悩の理由を知り、それを改善し、あるいは問題解決することが可能になる。
 この社会が、かくも間違った方向に進み、人々に耐え難い苦悩を与えている現状を解決するためには、一番、根本にある原因を知り、それを解決しなければならない。
 この社会に苦悩をもたらしている最大の原因は、利己主義である。これを証明する前に、もう少し、「人が知るということ、因果関係を理解し、問題を解決する」ということの意味を深く考えてみよう。

 秩序を見いだすことができるということは、実は、この世界が秩序に満ちているからだ。因果の必然的な流れから一歩も外れていないからだ。デタラメ、偶然が存在しないからだ。
 デタラメに見える対象を解きほぐし、秩序を見いだす行為を認識と呼んでいる。
 「認識」とは何か?
 それは混沌に見える無秩序な対象に、秩序、法則を発見することである。それは共通点を見いだすことからはじまる。
 我々は対象世界の共通点を発見し、「同じ現象」に対して共通の言葉を冠する。

 例えば、火が燃えているところに体を近づければ「熱い」。それは「熱いから火があるかもしれない」という真理を示すものだ。
 熱いには、「暖たかい」 「怖い火傷」 「焼失」 「料理」など、たくさんの事象があるが、それは「熱い」という包括的な言葉(抽象→カテゴリー)の下に、重層的に含めることができる。つまり、「熱い」→「だから暖かい」→「だから危ない」→「だから調理できる」というように「熱い」を生活に利用できるようになる。
 これによって生活の秩序を確立できるわけで、これが因果関係の認識ということだ。

 寒さで死にそうになれば、「暖かい」という意味を知り、火傷すれば「熱い・危ない」という意味を知り、熱で調理した食物から「うまい」という概念も発生する。
 「熱い」という言葉の先に、たくさんの事象を思い浮かべ、「熱いから火事かもしれない」 「火傷するかもしれない」 「暖まれるかもしれない」 「調理できるかもしれない」と連想し、「熱さ」という言葉を利用して生活に役立てるのである。

 「熱い」という言葉一つには、さまざまの因果関係が広がっていることが分かる。これらの現象は偶然ではなく、「火が燃える」という原因の結果として成立するのであって、これが『因果関係』である。
 我々は、原因と結果の流れを理解できている範囲において、これを『必然』と呼ぶのであって、火があれば「熱い」のは『偶然』ではない。

 現象を『必然』と言った場合、『偶然』との本質的な違いは、その現象を利用できることである。
 因果関係を法則として認識すること。「火が燃えて熱ければ火傷する」ならば、「火傷しないために火に近づかない」という論理が成立することになる。
 「火が燃えているなら料理ができる」 と拡張することもできる。
 『偶然』起きることとは、因果関係が理解できないことを指すのであって、理解し、その本質を利用できるときは『必然』なのである。

 『すべての現象は、「心の法則」によって現れる』と指摘してきた。
 命は心の安堵を求めている。例えば『進化』を考えてみよう。
 生物種は、原始的な状態から「進化」し、より合理的、機能的なスタイルに変化してゆく法則がある。ダーウィンは、進化は偶然に貫かれていると指摘した。
 「キリンは首が長い」 首の長いキリンは他の草食生物よりも自由に高い葉を食べられたので、たくさんの子孫を残すことができ、結果として、首の長いキリンばかりになった。
 「マグロは早く泳ぐ」 遅いマグロは、シャチや鮫の餌食になって、早いマグロだけが生き残ることができた。
 これが『自然淘汰説』である。
 だが、この理論には重大な欠陥がある。
 偶然の作用で突然変異が発生し、環境適応だけを理由に、劣位種が淘汰されたという理屈だが、突然変異を偶然だけに求めるならば、足が三本や七本の人間が誕生し、二本よりも生活能力が劣ったから淘汰されたと説明しているわけだが、 我々が、自然界を見渡しても、そんな極端な突然変異など滅多にあるものではない。せいぜい、指が長かったり、一本余分にあったり、耳が大きかったり、目がよく見えたり、見えなかったりくらいが普通だ。ダーウィン論は、突然変異の条件が、とても不明瞭なのだ。

 ダーウィン論に対して、今西錦司は「棲み分け進化論」を提唱した。「棲み分け」は種同士の社会的関係を表す概念である。カゲロウ類の幼虫は渓流に棲むが、種によって棲む環境が異なると同時に、異なる形態をしている。
 「流れが遅く砂が溜まったところに生息する種は、砂に潜れるような尖った頭をしている」
 「流れのあるところに生息する種は、泳ぐことに適した流線型の体をしている」 「流れの速いところに生息する種は、水流に耐えられるように平たい体をしている」
 このようにそれぞれが棲み分け環境に適応し亜種が成立することを示し、もしも、これが突然変異と淘汰だけで動的平衡が成立するとするなら、変異はダーウィンの示した数百倍も頻繁に起き、淘汰も同じように劇的に進むのでなければ、説明がつかないというわけだ。
 今西の観察によれば、変異は決してランダムではなく、生物にとって都合のよい方向性をもち、意志の関与が認められるという。
 このことは、ゆっくりとした突然変異と確率論的自然淘汰を原理とするダーウィニズムと真っ向から対立するものである。

 この意味するところは、生物の進化が、生物自身の要求、心の求めによって起きていることを示すものである。と同時に、ダーウィニズムが偶然に支配される唯物論の原理を生物に、そのまま適用したのに対し、今西は、唯心論の原理を持ち込むことになり、『生命』の根源を巡る、地上でもっとも本質的な対立を示したのである。
 すなわち、「進化は、偶然によるのか、それとも意志によるのか?」

 もし、進化が意志によって支配されるということが真理であるなら、それは、この世のすべての現象に意志が関与する可能性を見いだすものとなる。
 逆に、進化がダーウィニズムどおり、偶然に支配されるものならば、宇宙は物質と偶然の作用だけで成立していることになる。

 『意志が世界を変える』
 このテーゼが真理ならば、冒頭に述べた広島橋桁落下事故や日航123便の被災者もまた、意志の作用を考える必要があることになる。人は潜在意識の求めに応じて死地に向かうこともありうると考えるのだ。
 進化論→唯物論・唯心論とは飛躍的な拡張論理のように思われるだろうが、決してそうではない。
 なぜなら、宇宙の原理はフラクタルな共通性に満ちているからだ。心が先か、物質が先か? という原理は、この宇宙をあまねく貫く究極の原理なのである。

 対象世界を作り出すもの、それは己の心である。
 暖かい世界を求め、暖かさを人に与え続けるなら、世界は暖かく、自分に還ってくるものも暖かい。
 金儲けや地位、権力の価値に幻想を抱き、人を出し抜き、ときには命をも使い捨てにして満たした欲望にが、どれほど人の心を癒すだろうか?
 他人を犠牲にし、その不幸を踏み台にして物質的豊かさを求め続けた人生に待ち受けるものとは何か?
 金融資本が世界中の富を奪い尽くし、人々の生活を破壊し、苦悩と苦難を与え続けていることで、その主役たちは、巨額の富を受け取り、代わりに何を失ったのか?
 人を苦しめ続けた利己主義の彼らに、最後に還ってくるものとは何か?

 この真実を見抜くために、我々は、世界と人生の原理が、物質ではなく心であることを思い知る必要がある。

利己主義から利他主義へ その2 想いから生まれる、この世界

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 イエスの有名な一節 『求めよ、さらば与えられん。尋ねよ、さらば見出さん。門を叩け、さらば開かれん』「マタイ福音書」
 (念のために言うが、筆者はキリスト教の信者ではない。キリスト教は、キリストの名を利用した反キリストのインチキ宗教だと確信してる。イエスは旧約を破棄するために登場したが、『キリスト教』は、すべて旧約を復活させていることに注意)

 この言葉の意味は、「この世界は、願い、想いの実現する世界」ということだ。「想い」が先で「結果」が後だと言っているのだ。言い換えれば、「想う心」が先にあり、それによってのみ結果が生みだされると明確に述べている。
 これが唯物論者なら、結果は「想い」と無関係に、すべて偶然に左右されると考えるわけだから、「求めたって、尋ねたって、門を叩いたって、与えられる、見いだされる、開かれるとは限らんわい!」と冷たくあしらうことになる。

 人間が住んでいるこの世界は、ダーウィンが指摘したように偶然の累積・確率によって定まる世界ではなく、すべて意志の関与した必然の世界だとイエスは言っている。この世に起きることには偶然はなく、すべて心が求めた結果であるということだ。
 これは進化論の世界で、偶然による淘汰法則(ダーウィニズム)を否定して、生物は意志の作用によって進化したと主張した今西錦司と同じことを言っているわけだ。

 ヘーゲルは、同じ立場で、最初の意志を「絶対精神」(イデー)と名付けた。そして人類史とは、それが否定されて唯物論に傾き、さらに、もう一度否定されて唯心論のイデーに戻った段階で完結、オシマイになると考えた。
 人類史にあっても個々の人間にあっても、イデーによって人が誕生し、たくさんの人生で自己否定(カルマ)を重ねて、ついには人生の意味を終わって宇宙に溶け込むと考える。この世は、意味のある「合理性」によってのみ存在が成立し、意味がなくなれば消えてしまうとヘーゲルは指摘した。
 これを「否定の否定」 「対立の統一」という弁証法法則で解明しているが、興味のある方は、自分なりに弁証法を学ばれたい。ただし、アカデミーの推薦する哲学書や解説書の大部分は、「哲学者」と呼ばれたさに、知ったかぶりの屁理屈を並べただけのゴミばかりなので、既存の学問を学ぶことはやめて、自分の人生経験を統括して、その法則を自分のアタマで抽象しなければ絶対に理解できないと忠告しておく。

 イエスもヘーゲルも今西も、最初に絶対的意志が存在し、その作用で進化が起きていると考える唯心論である。進化の本質は「合理性」である。合理性、つまり意味が消えれば進化も終わり、滅びがやってくる。
 だが、ダーウィンやフォイエルバッハ・マルクスなど唯物論者は、まず物質ありきと正反対の主張をしている。物質は偶然によって支配されているから、合理性など無意味だ。また、それは合理性、意味とは無関係に永遠に存在し続けると考える。
 こんなわけだから、唯心論VS唯物論という論争は、人類思想のなかで一番重要な本質なのである。この、どちらの立場で、ものを考えるかによって、世界が逆さまになってしまうことも起きる。

 筆者も、昔、(高校生の頃だが)マルクス・エンゲルス・毛沢東に夢中になっていた時代があって、学校教育による洗脳の土台があるから、当然のように唯物論者であった。
 社会を動かす原理は、物質の過不足であり、人間の原理は肉体存在であって、物質や肉体に規定されて心が生じると絶対的確信をもっていた。すべての意志は物質によって成立するというわけだ。
 神などいるはずがない。そんなものは人間の空想・妄想が産み出した金儲けのための利権詐欺だ! 筆者は実家の仏壇を叩き壊してやろうとさえ考えたが、母親に泣かれてやめた。

 唯物論は分かりやすい理屈だが、物質が心を生みだすとすれば、肉体の死によって心も、すべての意味も消えてしまうわけだから、今の肉体を極度に大切にし、自分の肉体と心だけを絶対価値と考えて行動するしかないわけだ。
 こうなれば、死ぬのは絶対に嫌だ。誰が人助けのために危ないことなんかやるもんか! 徹底的に自己利益を追求し、面白おかしく人生を終わりたい。死によってすべてがオシマイ・・・・チーン。
 「自分さえ良ければよい」 徹底的な利己主義だけが、唯一の正しい価値観ということになるわけだ。逆にいえば、利己主義は唯物論の慣れの果てなのである。

 ところが、イエスはそうではないという。
 我々の生きているこの世界とは、願ったこと、求めたことが叶う世界だとイエスは指摘している。ただ受動的に流されているだけでなく、能動的に問題を解決したいなら、まずは願いなさい、求めなさいと言っている。
 つまり、世界を作っているのは心だ。社会も人間の肉体も、すべて心が作っているのだと。極端に飛躍すれば、今、我々が向き合っている対象的世界は、いわば、心の作り出した幻影であるともいえよう。

 心次第で、対象的世界は、いくらでも変わるのだと言っているわけだ。
 こうなれば、自分の肉体も心の産物であって、肉体よりも心を大切にしなければならないことになり、利己主義は通用しないことになる。
 酒池肉林に囲まれて、どんなに究極の贅沢が実現できたとしても、そんなことは無意味だ。「飲める酒には限度があり、胃袋には容量があり、美しい女も飽きればブスより劣る」であって、贅沢など心の平安に比べれば何の価値もないことだと・・・・物質ではなく、心の喜び、心の平安、心の満足こそが、最高の価値なのだと指摘しているわけだ。
 自分の肉体と、それに付随した財産や権力よりも、その元になる心を大切にしなければならず、自分の心を生みだしてくれた周囲の愛情こそ、この世で一番大切な価値であるという思想が成立することになる。
 そうして、北朝鮮・中国のような圧政・暴政や不合理により、心を苦しめるような事態が起きれば、肉体の保全よりも、心の満足をを優先させるために、己の肉体を滅ぼすことだって当然だと諭している。愛のためなら死など問題にならないということだ。

 これこそ利他主義の核心にある論理だ。「ニワトリが先か、卵が先か?」 「心が先か、物質が先か?」の論争にあって、明快に「心が先だ」と確信することによって、利他主義が成立するのである。
 「心が現実を産み出す。物質的世界を産み出す」
 という唯心論の原理が正しいとするならば、これまでの常識は天地大逆転だ。
 この意味するところを、ひねくれて考えるなら、この世では、願わないことは決して実現しない世界であり、どんな、残酷で理不尽な結果が与えられたとしても、それは自分の願いが産み出すものだということにもなってしまう。
 つまり、道路に飛び出して、車に轢かれるのも、轢き逃げの加害者になるのも、猟奇殺人の被害者になるのも、交差点で橋桁が落下して下敷きになるのも、津波に流されるのも、女房が他の男と浮気することも、すべて自分が想い願った運命が実現したのだと指摘しているのである。

 「そんな馬鹿な!」
 筆者も、最初、こうした結論をもたらす唯心論などバカバカしくて話にならないと拒絶していた。
 「人は、良い思いを求めるはずだ。不利益になること、自分の死を願う者など、どこにいるんだ・・・・馬鹿にすんじゃねえ!」
 と考えるのが当然だ。資本主義による戦後教育を受けてきた我々の大半が、「物質が心を規定する」 「現実は偶然によって左右される」 と確信しているはずだ。学校で、そう習ってきたのだから。心が世界を作るなどとテストの答案に書いたら零点を付けられた上、オチコボレにされたあげく、精神病院送りになるような社会だったから。

 だが、我々は真実を見抜く力を奪われてきたことに気づかねばならない。
 テレビやマスコミや、芸能やスポーツや受験競争などによって、思惟・思索の時間を奪われ、自分のアタマで考える姿勢を弾圧され続けてきた。我々は与えられた結果だけが見える盲人にされ、自分の足で歩き、自分のアタマで考える能力を奪われ続けてきた。
 我々は国家や支配者の定めた回答だけを書くように強いられてきた。教育体制の指定したシナリオから一歩でも外れれば、国母のように朝青龍のように弾圧され追放されてきた。
 我々は国家に利用されるだけの愚かな家畜として飼育され、見ざる、言わざる、聞かざるの愚民に洗脳されてきたから真実が見抜けなくなっていたのだ。

 自分の真の願いがどこにあるのか? 願いには真と偽があることを分かっているか? 教師に定められ、国家に強いられた回答が、あなたの本当の願いなのか?
 もう一度、よく考え直してごらん。
 人は平気でウソをつく。自分に対してもだ。高度に洗脳された現代人の心には複雑な裏表構造があるのだ。だから、あなたの見せかけの願いは、あなた自身をも欺いているウソかもしれない。だとすれば、それは自分の真の想い、願いではなく、ゆえに、本当の心は、それが実現しないことを願っていることになる。

 ユリゲラーがテレビの前で、「さあ、みんなスプーンを持って、曲がれと念じよう」 と呼びかけたとき、本当にスプーンが曲がってしまった人がたくさんいた。しかし、どんなに念じても決して曲がらなかった人も大勢いた。
 このとき、心に裏表のない人はスプーンが簡単に曲がった。しかし、表では曲がれと念じても、裏の心が「曲がってしまったら怖い・・・・学校では超能力など存在しないと教えているではないか・・・・・曲がれば、これまでの価値観が崩壊してしまう」と恐怖する複雑な心の持ち主は、「曲がれ」とかけ声をかけながら、心の奥底では「曲がるな」と念じていたことになる。
 「曲がらなかった」やはり超能力はインチキだった・・・と安心したいわけだ。
 真の心が「曲がるな」と願っているのに、どうしてスプーンが曲がるだろう?

 「願いが実現する世界」に生きているとは、どういうことか? 
 と言ったって、フォアグラを食いたいと願えば、目の前に飛び出してくるほど単純なものではない。心とは何かを理解しないと、この言葉の意味は分からない。
 実は、求める心、実現している想いとは、人間の皮相の願い、想いなどではなく、深奥の心、想いである。いわば潜在意識といってもよい。
 人の心には大きく分けて二種類ある。顕在意識と潜在意識だ。

 顕在意識とは、潜在意識に操作された心であり、現実の世界のなかで、自分が人生の規範と信ずる観念によって洗脳された心である。教育やら、常識やら、宗教やらの観念によって粘土細工のように作り出されたものだ。
 潜在意識とは、深奥にある真実の心である。「自分が本当に願っていること」というものは、この潜在意識である。

 例えば、20年前、広島で交差点の橋桁が落下して、信号待ちしていた車が潰されて15名が死んだ。
 この事故で死亡した人々は偶然の不幸と片付けられたが、先に述べた「想いの実現」という論理でいうと、死ぬために、ここに集まってきたことになる。そして、それぞれが死ぬ理由を抱えていたということになる。
 実は、下敷きになる運命だった幼稚園の送迎バスがあったが、現場に差し掛かる直前、園児がトイレに行きたいといったので数分遅れることになり、被災を免れた。
 後に調査したが、いったい、どの園児がトイレに行ったのか、誰も思い出せなかった。記憶を辿って特定した園児は、事故前に転園していた。

 我々の置かれている、この世界では、あらゆる出来事が偶然、登場してくるように思える。だが、本当は、偶然など皆無だ。すべての事物現象が原因と結果の因果関係をもって必然的に起きるのである。したがって、そこには法則がある。 次号に続く
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