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2009年3月30日 ●  ああ、権威の好きな者たちよ (オウムに思う)

カテゴリ : 無題

 オウム真理教に走った若者たちは、ほとんど国立大学に在学し「優秀」と評価されてきた若者たちばかりで、これは統一教会も同じだ。「原理研」の拠点は、全国の国立大学で、いわゆる「三流大学」に原理研があったためしがない。
 オウムも統一教会も「優秀」ブランドが大好きだったのだ。

 彼らがオウムに入信するきっかけになった事情を、手記などで調べてみると、ほとんど、麻原(松本智津夫)の空中浮揚などを目の前で見たことで度肝を抜かれて、それまで一生懸命学んで、強い優越感を抱いていた知識では何一つ説明できない現実にショックを受けたことであった。
 信じてきた科学万能の絶対的価値観が音を立てて崩れ去ったショックを癒すものは、驚愕の超能力を実現してみせた麻原を信仰することしかなかった。
 そして彼らは、それまでの「日本のトップエリート」という権威に自己満足することを放棄し、代わりに、「本当の真理はここにある。誰もできないことを実現できる凄い集団」に入ったという大きな満足を得た。

 そこで得たものは、子供の頃から学ばされきた資本主義競争社会の洗脳価値観を放棄することではあったが、彼らの心を支えてきた、最大の価値であった優越感を放棄したわけでは決してなかった。
 空中浮揚を見せつけられたことで優越感の根拠となっていた科学信仰が揺らぎ、超能力こそ、それを陵駕する価値であると信じ、優越感を高めるためにオウム真理教に入信したのである。
 麻原の権威こそ、人生を支えてきた優越感を担保するものであった。空中浮揚あるかぎり、自分たちは絶対に正しく、その権威は絶対なのである。

 筆者も、若い頃、気功をマネして修練し、はじめてスプーン曲げに成功したり、テレパシーに成功したりしたとき、「みんなの知らない真実の世界に達した!」と、一人有頂天になっていたことがある。
 初めて発見した超能力に夢中になって、気を送って遠く離れた紙や木の葉をヒラヒラさせてみたり、他人の掌や手足をビローンと伸ばしてみたり、動物を眠らせたりして喜んでいた。街を歩けば、人々のアタマの上に光り輝くオーラが見えた。
 貴乃花と魁皇の大一番をテレビで見ていて、頭上に清正兜のようなオーラが見えて、魁皇の勝ちが分かった。このとき初めて、兜や烏帽子がオーラを模したものだったことを知った。
 「オレは凄いヤツだ!」
 コンプレックスの塊だった筆者は、あまりの優越感に恍惚となる毎日だった。普通の人が馬鹿に見えてしかたがなかった。やがて、どんなに超能力に成功しても、自分は一歩も普通の人から進歩していない現実を思い知らされるまでは。 

 幸い、筆者は権威が皆無だった。今、東海アマを検索すると小馬鹿にする誹謗中傷のオンパレードであるように、目の前で指や手足をビローンと伸ばして驚かせても、みんな「ふーん」と感心するだけで、筆者の凄いことを誰も認めてくれなかった。
 超能力が実地に役立ったのは、もの凄く勘が働くようになったことで、クライミングをしていて、見えないホールドが事前になんとなく分かったことだ。おかげで、単独で、かなり危険な沢登りや登攀をしたが無事故で還ることができた。「手当療法」により、祖母や母親などの体調を回復させることもできた。
 だが、自宅に帰れば、相変わらず、トラックやタクシーの運転手を一歩も超えることができず、たまに風俗にいって癒しを堪能するのが哀れな人生唯一の喜びであった。
 だから、筆者に関しては、オウムのように増長して、危険な独善に至らずにすんだ。
 
気功をやっていると、さまざまな奇跡的現象を体感できるが、実は、それが、どれほど危険なものか、やがて思い知らされるときがきた。

 掌を10センチほど離して、近寄せたり離したりしていれば誰でも気を感じることができる。モワーっとした気の感覚を感じられない人は、よほど鈍感で幸せな人だが、滅多にいない。
 これをやっていると、気の世界の扉が開く。気を足裏から取り入れて、体中を回す周天功に成功するようになると、街を歩いていて人のオーラが鮮明に見えるようになる。
 天然温泉に浸かってやれば簡単だ。筆者宅の近所にある福岡町満天星温泉などは、気が非常に強い温泉で、入ると体中びりびりし、気功が簡単に成功する。
 しかし、世の中、「いいこと半分あれば悪いこと半分生まれる」という真理を忘れてはいけない。

 気を理解している人なら分かるはずだ。気功は肉体の周波数を上げる。エネルギーを高めて霊的波動が強まり、彼岸の世界に近づくのである。そして、彼岸との、さまざまな相互作用が起きて、激しい霊的波動の影響を受けるようになる。
 幽体離脱も簡単にできる。未来の予知能力も高まる。だが、一方で彼岸からの声が聞こえるようになる。至る所に霊の姿が見え、霊の声が騒がしくなり、その干渉が強まるのだ。

 20年ほど前、名張市の奥の山に行ったときのこと、前夜に到着して林道で車泊し、翌日、住塚山や国見山を縦走した。このとき、アタマに強烈な違和感を感じ、以来、10年近くにわたってそれがとれず、様々な深刻な影響があった。最初、脳血管障害が起きたのかと思ったが、やがて霊の仕業であることがわかった。車泊地で関西の人が首吊り自殺していて、その霊がいて、筆者のアタマに取り憑いたのだ。これは後に啓示があった。
 10年ほどして、夜中に筆者の祖父の霊がやってきてガキンを音を立てて取り外してくれるまで、本当にひどい目にあった。

 気功を修練すると霊的世界が近づいて影響を受けやすくなる。このとき心にやましいもののない悟りを拓いた人なら問題はないが、当時の筆者はやまやましいばかりで、コンプレックスと性欲に押し潰されていたから、悪霊の憑依を受ける心のスキだらけだったのだ。そこで、体の悪い部分、筆者の場合、交通事故で脳挫傷を起こしていた部分に入り込まれた。以来、死んだことが分からず、自分の肉体と勘違いした自殺者霊の思念の影響を受け続け地獄の日々が続いた。

 この体験によって、超能力や霊能がどれほど危険なものか思い知らされることになった。
 その後、オウム真理教による事件が起きて、麻原が、あれほど高い超能力を開発しながら、とんでもない悪行に転落してゆく事情を見ていて、「やはり」と思うしかなかった。
 霊的波動を高めると、宇宙の多くの霊を引き寄せることになる。なかには有益な情報も来るが、99%は悪霊なのだ。なぜなら、善霊は生きている人に干渉せず、見守って、本当に必要なときにだけ助言を与えるルールを守っているからだ。

 今、チャネラーと称する人がたくさん出ている。太陽系の位置が銀河中心平面に接近した影響で、霊界との距離が接近しているからだとする説があるが、筆者も、そこまでは分からない。しかし、間違いなく霊的情報が激増している。
 世界各地で起きている理由不明の大量虐殺事件などは、ほとんど憤懣を抱いて彷徨う浮遊霊の憑依によるものと言われている。イスラム自爆テロを決行した霊が、もっと人を殺したくて、うずうずしながら似たよな波動を持っている人に取り憑くのだ。

 チャネラーが増えているのも、生きている人間にコンタクトしたい霊が増えているからで、様々な情報を送ってくるわけだが、この場合、有益情報は1%以下、99%以上はニセ情報であることを知っておいた方がよい。
 このため霊言については、審神(さにわ)という、真偽を見分ける技術が開発されていた。「霊情報はサニワを通さなければ絶対に信用するな!」というのが霊能者の常識なのである。
 このことを知らないチャネラーが多く、最初は有益情報が来ても、やがて、人を騙して喜ぶ霊に弄ばれて、そのうち精神障害を起こして廃人になったり、ひどい霊憑依で地獄を彷徨ったりという人が後を絶たないのが残念だ。
 もちろん、これも、心身の鍛練と、透徹した悟りを拓かずに、自分に霊能が授かったと勘違いして、人を弄んで喜ぶ霊の罠にはまっているのである。

 オウム真理教、松本智津夫もまた、この罠に陥った一人だ。彼の場合は、凄まじい結果をもたらし、数十名の人名が失われることになった。
 それは、彼がコンプレックスに苛まれて人間性を磨いておらず、悪霊に憑依される心の欠陥をたくさん抱えながら、超能力・霊能力ばかりを高め、霊界に近づきすぎたために、はるかに激しいレベルの高い悪霊に憑依され弄ばれたからである。

 ありふれた女子中学生でさえ、コックリさんに手を出して、精神分裂を起こした例が無数にある。いい加減な気持ちで気功を修練したり、滝行をしてみたり、霊地を巡ってみたりすれば、必ず霊界との関わり、因縁が生じてしまう。
 そして現世に生きる我々に干渉してくる霊の99%は、満たされないで救いを求める悪霊だと思うべきなのだ。

 悪霊の影響を受ける上で、一番マズイのが劣等感と優越感である。悪霊になる死者の大部分が、生きているときに劣等・優越感の支配を受けて、そのカルマを解消できなかった人たちである。
 すなわち、現世に対し、劣等・優越感の未練をたっぷりと残し、生きている人を小馬鹿にして喜んだり、恵まれた人を恨んだりした感情を抱いたまま彼岸に旅立ったものの、心の借りを返せない思い出鬱憤を貯め込んでいるのだ。そこで霊界に感応する波動の高い個人を狙うわけだ。

 オウム真理教の場合、統一教会も同じだが、小さい頃から「優秀」とおだてられ、優越感の虜になり、優越した権威だけが自分を救ってくれると勘違いした若者が集まっていた。
 自分は優秀なのであって、それが世間から認められて当然であって、誰も認めなければ、無理矢理でも認めさせてやると決意して、社会的事件を起こしたわけだ。
 このことで、いかに自分たちが優秀な存在であるか、オウム真理教という権威が凄いものであるかを世間に認めさせたいという野心に突き動かされて残酷な行動に走ったのだ。

 ここで何が問題だったのか? といえば、霊を取り扱うときは必ず、霊に弄ばれないですむ心の準備が必要ということだ。それは人間性の鍛錬であり、無欲になることだ。
 しかし、困ったことに、霊的世界の扉は無数に開いていて、発明発見の多くが霊的関与によるものだし、誰かが上手にピアノやギターを弾いていると、霊たちがいっぱい寄ってくるのだ。霊との関わりは、ますます強くなる一方なので、もう避けて通ることなどできない。霊能取扱者資格を作ってみても、みんなが内緒にコンタクトしてしまうから統制などきかない。
 しかし、他人に対する優越感を持っているような愚かな人は、霊の世界に入るとオウム真理教がはまりこんだような凄まじい罠に陥るという警戒心だけは持っていなければいけない。
 後は、心の修行次第で、修行といっても、ヨガをやり瞑想したり滝行したりすればよいわけでなく、要するに、他人の利益に奉仕し、人の笑顔を自分の喜びとできるような人間性を作ることだと指摘しておきたい。
 利他主義だけが人を救い、霊の干渉からも自分を守ってくれる。逆に麻原のように利己主義に支配されていると、結果はあのようになると理解すべきである。

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