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2009年4月8日 ● 続 部落問題

カテゴリ : 無題

 
 近藤勇や沖田総司が部落民と書いたら、意義が出たが、実は筆者も確実な証拠があるわけでなく、状況証拠による推理である。
 近藤の実家は調布飛行場内にあった宮川家だが、当時、飛行場などに接収される地域は容易な被差別集落が多かったことに加え、新撰組が奈良の被差別集落から剣士を公募していた事情があり、そうした人間関係を構築できたのは同じ出身だからと推理した。また後に大名を目指したコンプレックスの強さも傍証要素である。
 沖田は、白河藩士の子だが、養子であって出自は定かでない。当時、出身がどうであれ、素養・素質があれば養子縁組という手段での身分転換が広く普及しており、わずか8歳で近藤の元に出される事情は、被差別民のような非常に軽い身分からの養子であったことを示すと考える。斉藤弥九郎も同じで氷見の仏生寺村(弥助)を調べれば分かる。
 明確な証拠もなく断定的に書いたのは、筆者の問題であり軽薄であったかもしれない。以上訂正しておきたい。

 日本の部落差別制度は、どのように成立したのか? 今では大きな謎だが、筆者は、朝鮮儒教における古代差別システムが百済王国の移住とともに、日本に持ち込まれたと推理している。
 古代朝鮮において、儒教体制における、カーストにも類似した非常に苛酷な差別制度があったことが知られている。百済王国では16階級もあり、さらに、それぞれ細分化された地位があった。
 秦の始皇帝の子孫を称する女真扶余族だったが、中華文明の影響を強烈に受けて、後に苛酷な形而上学を展開する李氏朝鮮の原型となる儒教的差別様式が、すでに完成していたと考えられ、科挙制度まであったことが、その証拠と考える。

 百済王国が日本に移住したのは1600~1400年ほど前と考えられ、蘇我氏が百済重臣であったことは、すでに歴史学会の定説であろう。高松塚はじめ、ほとんどの古代遺跡に百済文化様式が明瞭に見えている。
 聖徳太子以降の天皇家、豪族支配下における民衆支配のシステムも、最初から明確な身分差別制度に貫かれている。ここでは長くなるので、興味があれば各自で調査されたい。

 日本史における古代賤民の記述は、遣隋使あたりには明瞭で、生口という奴隷が中国に献上されたことが有名である。当時、権力を持たない大衆は生口・奴卑であり、家畜としての扱い以外のものではなかった。それは王~太夫階級権力者の所有財産にすぎなかった。
 部落差別制度の直接の創始は、おそらく大宝律令における賤民規定ではないかと考える研究者が多い。

 賤民身分が固定し、権力とともに強固に構築されるメカニズムは、「人の上に人を作れば、人の下に人が作られる」という原理によるものだ。
 すなわち、人の認識は「対立の統一」という思考法に規定されており、例えば、「明るい」という概念を理解するためには「暗い」という概念が同時に必要とされる。「光」は「闇」と共にでなければ決して認識されることはない。
 この意味で、天皇など頂点に君臨する支配階級を認めるためには、社会の最底辺にいる賤民と同時にでなければ人は認識できない仕組みを持っている。このため、高貴な天皇を作り出すためには、同時に卑しい賤民をも作らなければならないのである。

 最初に、「エライ人と卑しい人」概念の導入によって、人々は差別の存在を知る。そして、そのなかで自分の位置を表現しようするわけで、「自分がエライ人」であると認識するためには、自分の下に「卑しい人」を作り出す必要がある。
 このメカニズムによって、差別階級はどんどん細分化されてゆく仕組みをもっており、とりわけ差別思想の大好きな儒教社会では階級細分化が進んだ。

 例えば、李氏朝鮮にあっては、基本は良民・賤民の分化でありながら、やがて両班・中人・常民・賤民と分化し、さらに賤民だけで8種類と細分化されて、全部で30を超す身分差別体系が成立してゆく。
 こうした差別思想は現代にも引き継がれていて、北朝鮮では現在54階級の差別体系が生きているとされる。ちなみに、やはり差別の大好きな特権階級クラブであるフリーメーソンでは33階級あり、上流階級になる気分も大変だと分かる。

 このなかで、李氏差別体系のなかで現代にまで生きる白丁(ペクチョン)階級と、日本の穢多・非人階級の類似性が指摘されている。
 いずれも社会の最底辺で、家畜解体・汚穢処理・皮革処理・処刑などに携わることを強要され、社会全体の憎しみを直接浴びる立場で、権力者を守る防波堤にさせられていた。
 処刑を命令する両班・武家階級は、公開処刑において、民衆を直接殺す役割を白丁・穢多にしておくことで憎悪が彼らに向かうわけであり、怒りの矛先を直接浴びずにすむことになったわけで、権力維持の大切なシステムであったことがわかる。
 例えば、1950年前後に、韓国政府が120万人の自国民を大量虐殺した保導連盟事件では、おそらく白丁階級が直接の殺害に当たらせられたことで、民衆の憎悪を浴びて政府批判の緩衝となった。白丁階級に対する差別意識は激化し、事実を明らかにすることもできず沈黙が続いたことで、この事件が闇に葬られる原因になったと考えられる。

 江戸期から明治中期までは権力による処刑は基本的に見せしめのため公開されていて、その直接の殺害役を部落民が強要されていたという事実が、民衆の怒りの矛先を、どれほど部落民にすり替えさせ、歴史的な蔑視感情を醸成するのに役立ったか、誰にでも分かるはずだが、多くの人たちは理性よりも目先の感情に依存するものであり、このことにより、部落差別の恐ろしいほどに深刻な実態が形成されていったのである。

 「坊主憎けりゃ袈裟まで憎い」
 「ありゃー、ありゃー」と、犠牲者に槍を突き立てる穢多に対する憎悪は、凄まじい怨念として民衆の心の底に沈殿していった。このことで、穢多集落に対する偏見と憎悪が累積し、一切のコミュニケーションは閉ざされ、部落は陸の孤島となった。
 そして、彼らの住む地域そのものに対する憎悪まで醸成されていった。それが「部落地名総鑑」という本になり、そこに掲載された地域は、例え、商業的価値がどれほど有利であろうと顧みられず、異様に安い値で取引されても、それでも住みたがる人は少ない。

 筆者は、そうした土地で育った。その中心地では、歴史的に死弊家畜解体を穢多だけに許された事情から食肉文化が発展し、いつも美味しそうなホルモンの臭いが漂っていた。いっておくが、現在の超人気、焼肉ホルモン食文化は、まさしく被差別部落由来である。部落の人たちに感謝する気持ちがない者は、食べる資格などない。
 関東では浅草に将軍家より豪華な弾左衛門屋敷があり、隅田川沿いに大規模な汚穢処理場が広がっていた。江戸住民の、あらゆる汚穢は、すべて現在の立石~千住界隈の屎尿処理田に集められ、数年間も腐熟させて、素晴らしい肥料となり、江戸庶民の食生活を支えたのである。

 被差別部落の果たした役割は、まさしく3K仕事(汚い、きつい、嫌われる)であり、民衆の忌み嫌う仕事を一手に引き受けて人々の生活を底辺で支え続けたのである。
 その代償は、徹底的な差別であり侮蔑であった。だが、今、我々の生活で、ゴミ屎尿処理、肥料製造などの仕事を蔑視でもしようものなら、たちどころに凄まじい汚穢のなかに住むことになる。我々は、そうした仕事を引き受けてくれている人たちに、心から感謝の念を抱かねばならない。
 それとともに、歴史的に庶民の生活を底辺で支え続けた未解放集落の人たちに対する評価を根底から改める必要がある。
 今、我々が、ここに生きていられるのも、彼らの辛い仕事の積み重ねのおかげである。今こそ、穢多階級が、どれほど素晴らしい仕事を続けてくれたのか、民衆を文句も言わずに支えてくれたのか、心の底から感謝の気持ちをこめて問い直さねばならないのだ。

 人間が生きている以上、ウンコも出す、人も家畜も死ぬ、ゴミもたまる、そうした汚い処理仕事から顔を背けるならば、たちどころに我々の生活は行き詰まり、ひどいことになる。
 そんな人の嫌がる仕事を続けている人を蔑視するなど、とんでもない愚かな話であって、そんなヤツは、今後、クソ小便の始末も自分でやりやがれ、ゴミも自分で始末しろ! 人様の努力に世話になっておきながら、「四つ」とか蔑称をつけて差別するとはなにごとだ!
 これまで、少しでも、そうした仕事を軽蔑した人は、たった今からでも、彼らに土下座して詫びよ!
 ネットで検索すると、面白半分で、被差別集落について侮蔑感丸出しで書き込んでいるゴミ、阿呆が後を絶たないが、社会の最底辺の人たちこそ本当に社会を支えてくれる聖人なのだと理解できないクズであり馬鹿野郎どもだ。とっとと失せろ!

 しかしながら、とりわけ戦後、民主主義教育の名の下で、部落問題を真正面から議論せずに「臭いモノにフタ」の愚かな対応を行って、事実を隠蔽しまくったツケにより、部落問題は深く潜行してしまい、今では同和対策事業がヤクザの資金源になったり、未解放部落がヤクザ、非合法活動の温床になったりと、負の遺産が蓄積されてしまっている。
 我々は、今からでも、部落問題を真正面から取り上げ、何一つ隠さず、正々堂々と議論する必要があるのだ。

 とりわけ、畜産食肉事業に、同和対策の闇が構築されてしまっている。
 例えば、ハンナン・フジチク・丸明など食肉偽装詐欺問題は、ほとんどすべて同和利権問題であり、それが意図的に隠蔽されてきた問題である故に、闇に光が差し込みづらかったのである。
 すなわち、警察もマスコミも、同和事業に介入しようとすれば、部落解放同盟(今では暴力団幹部に占拠されている)がたちどころに猛烈な抗議を行うことで聖域化している事情があり、これを利用して暴力団が行政からカネをせびり、脱税など非合法工作や食肉偽装の温床となっている。
 この文章も、いずれ抗議や嫌がらせを受けるかもしれないが、そのときは真正面から対決するつもりだ。

 同和事業では嫌がらせが奥の手になってしまっている。筆者が、山本ゲーゲーという人物から10年以上にわたって嫌がらせを受けている事情はすでに書いた。ゲーゲーは筆者のことを「エタ」とメールに書いていた。
 そこで調べて見ると、彼こそは被差別集落のなかに育った重度障害者であり、彼が他人への嫌がらせを生き甲斐にしている事情が、部落問題と無関係でないと分かってきた。

 これ以上、具体的に書くわけにはいかないが、だいたい想像していただきたい。
 部落問題を考える上で、一番大切な視点は、日本の未解放部落こそ、日本でもっとも底辺でありながら、人々の生活を真に支える大切な仕事をしてくれてきた人たちということだ。その彼らを差別するような了見は、あまりに愚かである。ただ、部落問題が、日本における食肉・畜産そして狩猟の問題と密接に結びつき、深刻な事情が潜在していることを指摘しておく。

 
  

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