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2009年4月22日 ● ブラジルは命が安い

カテゴリ : 無題

 ブラジルは命が安い

 以前、滋賀県にお住まいの方から多額のカンパをいただいた。
 この方はブラジルに長い間、移民として行っておられ、サンパウロ近郊で農業を営み、十数年前に帰国された。
 一度、長浜市のお宅にお邪魔し、ブラジル時代の開拓にまつわるさまざまな話を伺い、あまりに面白く、興味深くて、のめりこんでしまった。
 とりわけ、無農薬・無耕起・無肥料自然農法をブラジルで実践されてこられて、素晴らしい成果を挙げておられた。この話を詳細に伺って、そのエッセンスを読者にお伝えしたかったのだが、体調が思わしくないということで未だに実現していない。
 当方の電話が、山本ゲーゲーの執拗な嫌がらせでコードを抜いてあることが多いので、電話をいただいても出られない事情もある。

 サンパウロ近郊開拓の農業技術に関する、凄みのある素晴らしい実例がたくさんあったが、それを紹介しようとすると、その方は「待ってくれ」 と言われた。

 筆者としては、別に農業技術問題を伝聞することなど何の問題もないと思っていたが、そうでないといわれる。それは、ブラジルの政情が問題なのだ。
 ブラジルでは、長い間、インカを滅ぼしたピサロ以来のスペイン・ポルトガルによる植民地圧政が続いてきた。1492年にコロンボスがアメリカ大陸に到達し、1500年にポルトガル人のカブラルがブラジルをポルトガルの植民地とした。初期のブラジルはユダヤ人(キリスト教徒に改宗)によって現地民が支配され、開拓された。
 やがてサトウキビが導入され、砂糖プランテーションで働く労働力としてまずインディオが奴隷化された後、インディオの数が足りなくなるとアフリカから黒人が大量に連行され、奴隷としてポルトガル人農場主で酷使された。
 18世紀には金鉱山が発見されたためにゴールドラッシュが起こり、30万人のポルトガル人がブラジルに移住し、金採掘のためにさらに多くの黒人奴隷が導入された。

 近世のブラジル国家は、ポルトガル植民地であり、19世紀末まで続いた地球最期の奴隷制国家であった。
 このため、ブラジルの特権階級はポルトガル移民に集中し、強大な権力・軍事力を掌握して、民主主義に敵対し、底辺の民衆を奴隷のように束縛し、搾取し、監視する異様な独裁国家が続くことになった。
  1964年にクーデターを起こしたブランコ将軍は軍事独裁体制を確立し、秘密警察を作り、民主主義を求める国民を、拷問と虐殺で支配しようとした。

 日系移民が渡ったのは奴隷制が表向き廃止された1800年代末だが、支配階級であるポルトガル人たちの意識は、日本人を奴隷として使役するという感覚以外のものではなかった。
 当初、イタリアなどヨーロッパ諸国から移民が来たものの、コーヒー農園における奴隷労働に耐えかねて暴動を起こしたり帰国した者が多く、日本人ならば大人しく、奴隷として扱いやすいという判断だったようだ。

 冒頭に紹介したSさんが渡航したのは戦後だが、まだ奴隷制度の感覚が残り、実働は朝の三時から夜の10時過ぎまで苛酷な肉体労働が続くのが普通で、多くの移民が自殺したり逃亡したと言われた。
 それは雇用主、農園主が日本人であっても同じで、当時プランテーションはバクチ農園といわれ、当たれば一攫千金だが、外れれば一文無し。移民は契約書に縛られ、わずかな渡航費用・前渡金のために凄まじい苛酷な労働地獄を堪え忍ばねばならなかった。

 それに加えて、ブランコ軍事態勢による秘密警察が、教育程度の高い日系移民が政治的反対勢力になると恐れ、少しでも集まったりすれば、ただちに反体制集会と見なし、苛酷な拷問と虐殺を繰り返した。
 Sさんも、農業勉強会を拓いただけで拷問に遭い、足が不自由になられた。

 こんな事情で、未だにブラジルには秘密警察の伝統があり、容赦のない圧政システムが残っているようで、日系移民は、わずかの問題でも最大の警戒を怠らずに弾圧に備えなければならないと言われた。
 日本に大量のブラジル人が来ている本当の事情は、ブラジルでの生活が、あまりに命が安く、苛酷な弾圧に恐怖しなければならないからだといわれた。
 これはフーリオのようなサッカー選手の実家でも例外でないらしく、決して表には出さないが、ブラジル日系社会の暗黙の了解事項として、日系移民の情報はできるかぎり隠匿するということになっているらしい。

 筆者が、Sさんの農業技術に関して、このHPに掲示しようとしたら、Sさんが強い警戒感を露わにされ、「ちょっと待て」と押しとどめられた。
 もし、日系社会の勉強会の話が政府に伝われば、弾圧の口実にされるかもと警戒しておられたのだ。ブラジルでは三人寄れば反政府テロと見なされるのだそうだ。
 筆者も、当初「まさか・・・」と思ったが、調べてみると、確かに凄まじい弾圧の実態が見えてきた。

 ブラジルでは命が安い。
 ブラジルでは、NYのハーレムのように、あるいは上海の黒社会のように、命があまりにも軽いのだ。国家体制に一言でも異論を唱えようものなら、ただちに暗殺されてしまい、その法的処理も驚くほど適当であって、事故扱いにしかならない。
 150万人の海外最大の日系社会は、教育程度も高く、ブラジル全体から高い信頼を受けているが、それゆえにポルトガル人支配階級から主役を交代させられるのではとの危機感を持たれ、強い警戒を受けている。

 日系社会は、あらゆることを隠し、密かにことを進めねばならなかった。学校や病院をたくさん作ったが、それもポルトガル人に警戒されないように、穏やかに最大の注意を払って行わねばならなかった。
 しかし、だからこそ、日系社会のブラジルにおける地位は驚くほど高くなり、やがてブラジル大統領も三権も、すべて日系で独占される日が来るに違いない。

 Sさんからご教示いただいた農業技術について、詳細な内容、経過は上の事情で書くわけにはいかないが、そのエッセンスを少しだけ書いておきたい。

 ブラジルにおける、無農薬・無肥料・無耕起自然農法(福岡正信氏とは無縁だが結果としてほとんど同じものになっている)の確信エッセンスは以下の通りである。

 ① 自然の森林・原野状態から農地を開拓する場合、必ず、元の自然を三分の一以上残すこと。これは自然の生態系を残し、地クモなどが害虫を食べて食害を防いでくれるからだ。農薬を使わない農業では、必ず自然界の天敵を使うのである。

 ② 肥料を使わない自然肥料、例えば根粒菌のようなチッソ固定菌はどこにでも無数にいる。これを増やそうと思えば、土中の曝気システムを作らねばならない。面倒な資材はいらない。ただ、深い溝を掘り、土中の酸素環境を作り出してやる。こうすれば自然にミミズなどが増えて、勝手に耕起してくれて、数年後にはフカフカの土になる。
 ただし、小枝・チップなどの有機資材を攪拌したり、オクラの根のような深く長いパイプを作るものなどを利用すると早く成立する。

 要するに、ミミズが耕し、クモが除虫し、根のパイプが好気性菌を培養して栄養素を固定するという仕組みだと思えばよい。これらは福岡式農法とほとんど同じものだろう。
 福岡式泥ダンゴのようなシステムについては、まだ聞いていない。

 Sさんたちがブラジルで弾圧を避けながら取り組んできた農法は、今後、農業資材をユダヤ資本が一括管理して、肥料すら支配されている状況のなかで、いわゆる化学農法に頼らない自然農法を復活させる上で、非常に役立つものである。
 今のところ、残念ながら、まだ詳しい話を完全に伺っておらず、まだ素晴らしい知恵が眠っていると思うが、もし可能ならば公開させていただきたいと願っている。

 これから日本でも、命の値段が極端に下がる事態は避けられない。社会は究極の自給自足共同社会に移行するだろう。
 このとき、手元に何もなくとも生き抜いてゆく知恵を、今の段階で蓄積しておかねばならない。

 

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