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2009年4月24日 ●イスラム性倫理(草なぎ逮捕事件を見て、性抑圧から国民家畜化の現実を知るために)

カテゴリ : 無題

 全世界イスラム教徒(ムスリム)11億人は、ユダヤ・イスラム・キリスト三大宗教の祖であるアブラハムの子、イスマエルの子孫であるとされる。
 その教義を確立し、イスラム原理社会を構築したのは、聖徳太子と同世代の預言者ムハンマドであった。

 それはキリスト死後600年後であって、この頃、世界には、すでに多くの文明の繁栄があり、現代につながる社会システム、生産手段は確立されていた。したがって、すでに多くの宗教が存在し、ムハンマドは多数の宗派に思想と武力の争いに打ち勝って勢力を拡大せねばならなかった。
 元より、三大宗教の教典は旧約聖書だが、イスラムの独自性を定めるのはムハンマドの書いたクルアーン(コーラン)と呼ばれる聖典である。これは、他の宗教・教義に対する独自性を意識して書かれたもので、ムハンマドの意図・創意が多く含まれている。

 ムハンマドはアラビア商人に生まれ、大天使ガブリエルの啓示を受けて部族共同体社会をめざしたといわれる。
 絶対的聖典であった旧約聖書が示すように、当時の社会における基本単位は、数千年かけて醸成された家父長を中心とする男性優位社会であり、女性は奴隷にすぎず、家畜に類する扱いを受け、男の絶対的支配に屈従することを強いられた。

 女性が自由な人の権利を主張するなら、それは家畜に許されざる罪とみなされ、必ず残酷な処刑で報いられねばならなかった。
 不倫や婚前交渉どころか、レイプ被害ですら、それを訴えようものなら姦通罪で起訴され、残酷な投石や絞首によって処刑されるのである。
 イスラムにあっては女性家畜化社会が連綿と続き、現代に至ってさえも、「女性は男性に奉仕するためだけに与えられた家畜」という観念がイスラム原理思想に深く根付いており、大勢の女性たちが、いわれのない人権弾圧を受け続けている。

 いくつか例をあげよう

【ポルノ出演のイラン女性、「石打ち」で処刑(共同2001年)二十一日付のイラン保守系紙によると、八年前に国内制作のポルノビデオに出演したとされるイラン人女性(35)が二十日、テヘラン市内の刑務所で、地中に埋められ、石で打たれて処刑された。 イスラム教の戒律が厳しく、外国人や異教徒でも女性は全身を覆うイスラム式服装を強制されるイランでは、ポルノは当然、ご法度。海外で制作されたものは現在、違法に流通しているが、国内で制作されたのが確認されたのは極めて異例だという。イランのイスラム法では、石打ちの刑は不倫や売買春などに適用される。】
【カブール(CNN) アフガニスタン南西部にあるニムロズ州の警察当局者は14日、同国の政権を追われたイスラム強硬派勢力タリバーンが駆け落ちを試みた男女をとらえ、住民を集め銃殺の公開処刑を行ったと述べた。女性は両親に好きではない男性との婚約を迫られ、別の男性と逃げようとしていた。】

 【【カイロ30】ソマリア南部キスマヨで27日夜、イスラム教徒らが、不倫の罪に問われた女性を石打ちの刑に処し、公開処刑した。ロイター通信が29日、報じた。
報道によると、処刑は数百人の人々が見守る中、行われたという。処刑された女性は23歳。当地でこうした公開処刑が行われたのは約2年ぶり。2008/10/30 23:07
 これは実際には、民兵に強姦されたと訴え出た13歳の少女だったことが明らかになった。加害者と名指しされた民兵が姦通罪で告発し、彼女だけが処刑された。彼らは処罰されなかった】

 こうした女性迫害の例は無数にあり、イスラムでは毎日のようにクルアーンを根拠とした女性虐待・処刑が続いている。こうした倫理処罰観を定めたムハンマドとは、どのような人物だったのか?

 伝承よるとムハンマドが25歳のとき、15歳年長とされるハディージャと最初の結婚をしたと伝えられる。彼女の死後、イスラーム共同体が拡大するにつれ、共同体内外のムスリムや他のアラブ諸部族の有力者から妻を娶っており、そのうち、アブー・バクルの娘アーイシャが最年少(結婚当時9歳)かつ最愛の妻として知られる。
 50歳代のムハンマドは9歳少女を娶り、セックスを強要した。この事例を正当化するため、イスラムでは、女性の成人が9歳と定められた。このため少女姦淫・児童の性的虐待が横行しており、10歳の少女でも公開処刑を受けるようになった。

 ムハンマドの妻は22名いたと伝えられる。これは当時、戦死者が多く出て、主人が死亡した後、奴隷身分の女性たちに生きる術がなかったため、既婚者が面倒を見る必要があったからと言われている。
 後に、妻に平等の性生活を保証するとのお告げがあったとして、妻は4名までにするという倫理規定が付け加えられた。
 ムハンマドは性欲の強い男で、息子の美しい嫁に横恋慕して奪い取ろうとしたが、家族の嫁と結婚してはならないと自分の定めた倫理規定に違反することになり、困ったあげく、「養子なら構わない」と神のお告げが出たとして、勝手に規定を変えて妻にしたことがある。 これは児童性愛嗜好、9歳の妻問題と並んで、息子の妻を奪ったとして、後々まで指弾されている。

 イブン・カシールによれば、ムハンマドは「天国で男性は一日100人の処女とセックスが出来る」と述べた。処女と性交することが男性にとって最大の快楽という価値観をイスラムに示した。これによって、婚姻せずに処女を失った女性に対する凄まじい厳罰処刑規定が成立したとされる。

 ムハンマド当時の中東社会は、王族による強権支配が横行し、王の権威・権力は絶対であり、人民はすべて王に奉仕するための奴隷であった。ムハンマドは、それを民主化し「王の奴隷人民」を「男性の奴隷女性」に変革したといえるだろう。
 王政を部族共和制に変革する思想を提示したことがムハンマド最大の功績である。しかし女性は、最期まで男に縛り付けられる従属的地位であり、未だにイスラムにおける女性解放は実現していない。

 当時、王(日本では豪族の概念)は宮殿にハーレムを作り、数百数千の女性を抱え込み、美少年の愛人さえも用意されていた。
 部族共同体社会を目指したムハンマドは、これによって多くのアラビア遊牧民が女性不足に泣き、同性愛に走る現状を嘆いていた。このため、ハーレムを否定し、妻を四人までと定め、同性愛を禁止しようとした。これでも、当時としては最大限の民主主義志向であったことを見ておきたい。

 当時としては、これらの倫理を浸透させるために、刑罰で強要するという方法も、ある程度やむをえない事情があっただろう。しかし、それは近代資本主義の浸透とともに弱体化し、1960年代以降は、女性解放が著しく進んだことで、やがてイスラムからベールが消える日も近いと言われた。
 だが、80年代以降、ホメイニなど原理主義者の登場によって、それは逆に苛酷化することになった。
 この理由は、おそらくアメリカ型金融資本主義が、イスラムの戒律を著しく浸食し、イスラム型利他主義の価値観が、アメリカ流の利己主義に置き換えられてゆく現状を見て、モスリムに強い危機感が生まれたためであろう。

 90年代以降のイスラム社会は、あたかも17世紀欧州の魔女裁判を見るようで、女性たちは再びベール着用を義務づけられ、婚前交渉や不倫に対して残虐な処刑で報いられる時代が復活した。

 だが、性欲は人間の基本的属性であり、いかなる思想的洗脳も性欲を封じ込めることなどできない。それは思想によって食欲を封じ込めよというのと同じなのだ。
 イスラム原理主義があろうとなかろうと、人は人を愛し、男女は婚姻の有無にかかわらず性欲を催すのである。その行為が曝露されたとき、イスラム倫理は糾弾の鬼となり、処刑で報いる。
 しかし、ムハマドの掲げた思想は、男性優位社会を守るためのシステムにすぎない。セックスに対する憧れと要求をホンネで否定できる人間など皆無であり、このためイスラム社会では、クルアーンに依存して生きるというタテマエとともに、別にあるホンネを隠す、心の乖離した二重社会が成立してしまった。
 イスラムは、北朝鮮に似たウソツキ社会になったのである。

 サウジ王家のハーレムには娼少年たちがいた。それなのに、今では同性愛がソドミーとして凶悪殺人よりも重い罪とされ、同性愛者たちは発見され次第、斬首か絞首にされている。
 強姦された被害少女が、それを訴え出れば、加害者でなく被害者が処刑されているのである。イスラム法という愚かなウソツキ倫理で、民衆の自由な性が激しく弾圧されている。
 これによって、民衆は処刑の恐怖に怯え、自分の欲望に対するウソを強要され、人間の本質に立ち返って、社会を改善してゆこうとする空気が完全に凍結させられてしまっている。人々は権力を恐れて押し黙ったままだ。
 これがイスラム社会を権力者だけに都合のよい、家畜化社会に変えている現状を、我々はどうう考えたらよいのか?


 翻って、草なぎ剛を逮捕した日本はどうなのか?
 草なぎが深夜、酔っぱらって公園で裸になって逮捕された。そのニュースは、あたかも幼女変態殺人でも起きたかのようで、マスコミの総力を挙げて凶悪犯罪視するかのようであり、性犯罪者として社会から追放される運命が訪れている。

 これが犯罪なのか?
 かつて、筆者の子供時代、(半世紀も前だが)裸になることを犯罪だと思う人など、ほとんどいなかっただろう。
 人は、どこでも裸になっていた。公衆浴場に素っ裸で出かける人もいた。道端でしゃがみ込んで用を足す老婆など全然珍しくなかった。垣根の間から入浴中の姿が見えることも珍しくなかった。
 誰も罪だと思っていないから、誰も裸に関心を持たなかった。もちろん若い娘だけは別だったが。
 当時、あるいは1980年代あたりまで、草なぎが公園で裸になってもニュースにさえしてもらえなかった。そんな程度は、常識だった。人間はバカをやるものであり、社会は人の失敗に対して寛容だったのだ。

 いったい、いつから日本はイスラム社会になったのだ?
 人前でベールで顔を隠すことを強要するイスラムのように、人前で裸になると大凶悪犯罪のように報道され、鳩山邦夫という変態処刑趣味者から「最低の人間」と罵られている。どちらが最低の人間なのだ? 知らない者はいないだろう。

 人前で裸になることなど犯罪でもなんでもない! 暑ければ裸になればいい。草なぎは飲み過ぎて暑かったのだろう。普段、テレビの前でホンネを隠していてストレスがたまっただけだろう。
 大いに結構なことだ。みんなで裸になろうじゃないか!

 こんなイスラム的ウソツキ社会を許容するならば、何が起きるのか分かるだろうか?
 若者なら誰でも利用するはずのラブホを、さんざんお世話になっておきながら変態風俗と決めつけ、子供たちに有害だから追放せよという。
 その子供たちをどこで作ったんだ、バカヤローども!

 この性に対する偏見、抑圧、弾圧の姿勢の背後には、ある大きな意図が隠されている。
 これから、その正体をじっくりと暴いてゆきたい。

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