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2009年7月31日 ● 警察国家、統制社会への道


(写真は警察国家の親玉)

 いつの頃からか、東京都内の盛場をラフな風体で歩いていると、気づかないうちに数名の屈強な男たちが忍び寄ってきて、突如、体を拘束し、強制的に身体検査を行うそうだ。
 言わずと知れた警察の「職質」だが、5年ほど前に、警察の最高指揮官である国家公安委員長経験者までやられ、そのやり方が、あまりに傲慢で人権侵害も甚だしいと怒ってブログに書いている。

  http://www.liberal-shirakawa.net/idea/policestate.html

 人相風体卑しからない風貌、現職弁護士・元国家公安委員長でさえ基本的人権の危機感を抱かせるほどの不愉快な職質が日常的に行われている。おまけに、その後も再び同じ目に遭ったと書かれている。つまり、「偶然」ではなく、こうした「職質」が日常化しているということだ。

 筆者も若い頃、東京に住んでいて、70年代はベトナム戦争反対運動の市民活動家だったから、何度も職質に遭ったが、当時は威勢が良くて、「どんな根拠で職質するんだ!、令状を見せてみろ!」と逮捕覚悟で突っぱねていた。
 警官とのもみあいなど日常茶飯だったが、今は、そんなことをすれば必ず公務執行妨害で逮捕されるそうだ。
 
 筆者のような人相風体いかにも卑しい田舎暮らしのオッサンが渋谷にでも行ったなら、たちどころに警職法の「これから犯罪を犯そうとしていると疑うに足りる者」という規定に基づいて、ただちに拘束され、法輪功のように強制収容所に送られて生きたまま内臓を抜かれて売り飛ばされるのだろうか?

 もちろん日本では冗談だが、中国では、田舎から政府に陳情に出てきた人たちが次々に何の根拠もなく拘束され、いずこかへ消えてしまうそうだ。そうした人の痕跡は、どこを探しても永久に見つからない。
 そこでは、当局が陳情者を拘束して、法輪功の人たちなどが収容される施設へ連れていき、そこで生きたまま内臓を摘出されて売り飛ばされ、死後も焼かれて灰になり、一切証拠が残らないとの噂が飛び交っている。
 「人体の不思議展」などは、ホンモノの死体を使っているが、その材料は、こうした人たちや、当局に不満を抱く人たちのようだ。それが暴露されてアメリカでは展示禁止になってしまった。

 さすがに日本では、そんな無茶苦茶な社会に堕ちてはいないが、警察のやりたい放題、人権無視の職質が日常化した行く末には、中国なみの警察国家が待ちかまえていて、やがて、それも冗談でなくなる日がやってくるにちがいない。

 日本でも、銃刀法や児童ポルノ法などの改悪厳罰化が進み、かつての人権感覚からすれば「無茶苦茶のやりたい放題」というしかない人権侵害の警察対応が日常化している現実がある。
 例えば、車の臨検に引っかかって、「車のなかを見せてください」といわれて応じると、勝手に隅々まで調べられ、工具袋に十徳ナイフが入れてあったり、マグライトが入れてあったりするのを見つけて「これは凶器だ!」と叫んで、運転者を逮捕したという事例がネットに報告されている。

 http://multi.nadenade.com/shinichi/archives/2006/09/post_81.html

 また、登山用具を買いに新宿の用品店に出かけて、十徳ナイフを見つけて購入したところ、店を出たところで職質に遭い、十徳ナイフを発見されて逮捕されたとの報告もある。
 それどころか、車にバールなど凶器になる可能性のある工具が積んであるだけで逮捕されるそうだ。
 これでは、店でナイフを購入して、外に出た瞬間、逮捕されるというわけだ。これから包丁やナイフをどうやって買えばいいんだ? 合羽橋の包丁屋店主は首を吊って死ねというのか?

 先日から問題になっていた児童ポルノ規制法改悪は、解散とともに廃案になったようだが、首謀者の一人、「ひまわり会」野田聖子は再上程すると言っている。彼女は、たぶん統一教会の「純潔運動」と関係があるだろう。
 問題の本質は、社会全体が、「危険」要素に信じられないほど過敏になっていて、それを苛酷に取り締まれば問題が解決するかのような陳腐な錯覚に陥っていることだ。

 筆者らの若い頃は、「危険」ということは若者の憧れであり、それを克服するのは成人儀礼(元服)の義務であり、ロッククライミングは元より、や岸和田のダンジリ、諏訪の御柱のような、必ず死者の出るイベントに、胸をときめかして馳せ参じたものだが、今の若者たちは、よほど臆病になってしまったのか、危険に恐怖するばかりで、尻込みして全然ダメらしい。

 先日も、ブログにしょうもない嫌がらせを書き込んでいる阿呆どもに「谷川岳一ノ倉沢に取りつかせれば腐った根性も是正される」と書いたところ、「アンタは殺すつもりか?」などと書いた馬鹿がいた。
 嗚呼、こんな臆病者ばかりなら、愚かな銃刀法規制や職質がハバをきかすわけだ。世も末だ・・・

 冗談じゃないぜ! 一ノ倉沢は、筆者の若い時代は憧れの聖地だった。その豪快な衝立を見るだけで胸がときめき、ザイルを巻いて取り付けば、興奮の極致であり射精しかねない。クライミングは、「やっと自分も一丁前の勇気ある男になれた」と感涙むせぶ聖なる儀式であって、そこはイスラム教徒のメッカのような感動的な場所だった。
 朝三時に、土合の長いトンネルと階段をくぐり抜けて、700以上の霊魂が「おいで~・・・・」と待つ聖地に向かいながら、背中のザイルやカラビナをチャラチャラ言わせる快感を、今どきの臆病なアホガキどもが全然知らないのは哀れというしかない。
 人の死なないような遊びに何の値打があるというのか? 恐怖に打ち克つ自分が真の課題だったのだ。

 嗚呼、筆者の若い時代、街頭デモに出れば、それは、火炎瓶飛び交い、機動隊の盾と催涙弾の飛び交う戦場であり、たちまち死の恐怖の覆う修羅場だった。
 職質を行う警官に真正面から対峙し、「寄らば切るぞ!」と裂帛の気合で怒鳴りつけ、恐れさせる快感こそ人生のこの上ない生き甲斐だった。それでも、クライミング仲間には機動隊員がいて、すばらしい友情が生まれたものだ。
 (余談ながら、秩父の山奥に住み、なかなか威厳がある霊能者と感心していた知人の坊主が第四機動隊の部隊長だったことを最近知ったときは驚いたが)

 書いているうちに主題を忘れてしまいかけたが、要するに、今の日本は、臆病者ばかりになったせいで、危険に対し過剰に防衛反応し、自分たちの自由でのびのびした生活スタイルを、法律やら常識やらでがんじがらめに縛ってしまい、息をするのも困難になって、まだ「安全でない」と嘆いているように見える。

 筆者らの若い頃、「心に刃を踏む」という覚悟が、尊敬される人間の第一だった。人は必ず死ぬものだ。死を恐れず、死に向かって真正面から対峙する勇気こそ、男たちの憧れだった。
 だから大山枡達、(極真会)、小西政継、(山岳同志会)らが、真の男として神のような尊敬を受けたのだ。小西は、その死に際も見事だった。筆者が南山カントリー岩場で、しょっちゅう出会っていた石川さん(穂高主人)と一緒にマナスルに登り、一人還ってこなかった。植村もそうだが、本当に小西らしい、素晴らしい人生だった。筆者は今でも小西や植村を想うだけで涙がにじむ。

 小西が、渋谷で警察の職質に遭ったなら、どうするか?
 命なんか、とっくに捨てている男だ。それは世界最高の武道家にも通ずる気合の持ち主だ。たぶん職質を拒否するだろう。その後、警官が小西を逮捕できるか? これは楽しい想定だ。彼の生きていた時代、警察だって、今のような人権侵害丸出しの愚かな職質はしなかっただろう。
 それは勇気を見据えた「真の勇者」がたくさん生きていたからだ。今、警察が、これほどアホな人権蹂躙を行えるということは、今の若者たちが、いかに劣化したかの証明でもある。
 ネットで身元をこそこそと隠して、中味皆無の卑劣な嫌がらせ、重箱隅つつきにうつつを抜かすだけのバカモノばかりで、警察に対しても断固とした姿勢を示せないから連中が調子に乗っているのだ。

 我々の時代は、他人から危害を加えられたとしても、原則として警察のような国家権力に頼ることは恥だった。
 筆者は、この十数年、彦根に住む山本某という男から、もの凄い嫌がらせを受け続けて、これを警察に依頼して処理した(起訴された)わけだが、本当なら、もちろん自分で始末をつけるつもりだった。住所と家まで確認できたからだ。
 ところが警察に依頼した理由は、彼が二級心身障害者だったからだ。筆者は障害者に暴力をふるうことはできない。だから警察に任せるしかなかった。これが各務原の現職自衛官なら、もちろん自分で始末をつけたと思う。

 国家権力は、大衆を自分たちの利益のために、家畜として、その命まで利用したいわけだ。
 アメリカやイギリスがその典型で、「愛国心教育」で若者たちを騙し、洗脳して、「死の商人」大金持ちたちの利権と金儲けのために、若い命が犠牲にされているわけだ。
 日本でも「愛国心教育」、靖国神社や国歌が強要される本当の理由は、若者たちの命を戦場で使い捨てにするため、文句を言わないで黙って家畜として死ねる若者を育てたい以外の理由はない。
 だいたい「天皇がエライ」なんて屁理屈も、実にインチキ千万であり、百済王国が日本列島に移住し、元々朝鮮にあった「日本」という地名を、そのまま日本に持ち込んで名乗らせている。
 百済由来の日本人など全体の三割もいないだろう。他の七割の日本人は天皇とは縁もゆかりもない。まったく別系統の人々であって、なんで、他国から勝手に移住してきた天皇家のために命を捧げなければならないのか?
 そんなことも知らないで、天皇崇拝に洗脳されている阿呆どもの、なんと哀れなことか。だいたい今の天皇は、明治初期に山口県田布施町の大室家のやんちゃガキ(長州力士隊員)を西郷が見いだして、本当の天皇一家を皆殺しにしてすり替えたものなのだ。
 いわばニセ天皇であって、それを万世一系などとインチキを真面目に信じている阿呆ガキは、まず自分の脳味噌を疑え。

 こうして、国家に反逆する者を、権力で徹底的に弾圧し、自由にものを言えず、権力を利用する特権階級の都合のよい、いいなり社会にするために、一連の警察管理国家政策が実行されている。
 刑罰厳罰化も同じだ。
 人は誰でも必ず間違いを犯すものだ。我々は、他人の間違いに寛容になり、包容力を大きくし、愛情ある目線で、若者たちがまっすぐに生きてくれることを願うなら、決して犯罪など増えない。
 しかし、あたかも「若者たちは犯罪を犯すもの」という先入観念で、今のような権力的職質で恫喝し、力で抑えつけるような政治を行って、本当に、生き生きした社会と生活が可能かどううか考えてみよ。

 こんな馬鹿げた権力統制の警察国家が、人々の生活に何をもたらすのか?
 それは、今、このブログのコメント欄を見れば一目瞭然であり、ブログの本文など何一つ読んでいないのに、ネチネチと女の腐ったような嫌がらせを書き込んでいる、姑息で臆病なアホバカがたくさんいることで理解できるはずだ。
 みんな、恐ろしいほどに臆病になった。そして卑劣になった。筆者の若い頃は、「卑劣」などと形容されたなら、命をかけて抗議したものだが、今の嫌がらせコメント連中の反応を見てみよ。卑劣で何が悪いとばかり、こそこそと身元を隠して、何一つ価値のない腐った嫌がらせしかできない。
 こんなクズばかりが生まれる社会こそ、国家権力を支配し利用する連中の思うつぼなのだ。

 若者たちを臆病にすること。これが警察国家、統制社会への道である。
 若者たちよ、クライミングに向かえ! ダンジリを担げ、御柱に乗れ! 勇気だ、裂帛の気合だ!
 それだけが、人民の豊かで解放された暖かい社会を切り開く鍵なのだ!

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