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2009年10月19日 ●大恐慌の本当の意味 その5

カテゴリ : 無題


 大恐慌の本当の意味 その5

 動物的状態から母系氏族の人間的社会を構築していった人間だが、文化の程度が進むにつれて分業要素が登場するようになった。
 すなわち、女は子育てと畑作農耕、男は狩猟や建築、部族闘争というような分業の社会性が成立していたのは、我々が子供時代にまだアマゾンやニューギニア、アフリカの奥地に残っていた原始社会の有様を見れば明らかだ。

 やがて集落間で分業が成立するようになった。居住地の環境条件により、鉱物多産地、海辺、河辺、狩猟適地、農耕適地などの特産物による物々交換が成立するのは自然の成り行きであろう。
 そこに道ができた。最初、それは、おそらく海辺と河辺、集落を結び、農耕地、狩猟地と集落を結び、やがて大集落を結ぶ交易の道が発達し、国家の成立とともに、それは国の定める公道となっていった。

 このころ、もっとも重要だったのは塩の交易に違いない。やがて、それが絹や貴金属、武器などに発展していった。塩の道は、やがて絹の道となった。
 船が登場すると、交易の主役は海上交通となり、飛躍的に遠方に行けるようになった。縄文時代に、すでに太平洋を渡るような大陸間交易が成立していたようだ。

 陸路も凄い。正倉院にはササーン朝ペルシアのガラス器をはじめ、遠く中東から運ばれてきた宝物が収められている。今から1400年も前に、シルクロードを経て、地球の半分も移動する交易があった。
 塩、絹などを運んでいるうちに地球の反対側まで行ってしまったわけだが、それは今行われている商業目的の貿易としてではなく、「地の果てには何があるのか?」 好奇心に導かれて探索を兼ねた旅路だっただろう。

 文明の発達した地域で、大規模な遠距離交易が成立した時代は、欧州国家が植民地から奴隷や物資を収奪し、それを他国に売りさばいて利益を上げるようになった15世紀以降のことだ。その手段は大型船であり、乗り込んだ尖兵はカトリック神父であった。
 扱い物資は、茶や胡椒など各国特権階級向けの珍奇品であり、奴隷であり、その狙いは新たな植民地を求めての情報探査であった。

 商業のための国際貿易が始まったのは、まだ250年ほど前のことで、イギリスで綿布・毛織物の軽工業が劇的に発達し、近代資本主義が成立してからのことだ。
 それまで世界経済は基本的に「自給自足」であった。居住地決定要素は、食料生産の可能性であって、衣料や家、農具・家具など生活に必要なほとんどのものを人々は、それぞれの地域で自作していた。

 ところが、約250年前に勃興した近代資本主義が、こうした社会のあり方を根底から変えはじめたのだ。
 紡績機械の改良が急速に行われ、水力や蒸気機関により大量の安価な布が生産されることによって、人々が必要とする量をはるかに超える膨大な生産が行われた。これを遠方に運んで売りさばき、大きな富が築かれていった。

 あり余ったカネが、さらに余分なカネを求めて、新たな商品を生みだし、人々はカネを信仰し、それを浪費する喜びに酔いしれるようになった。争って商品を購入し、新しい、美しい衣類を着て見せびらかすことに夢中になった。補修しながら使っていたものを簡単に捨ててしまうようになった。
 人々は、生活の必要性を超えて「贅沢・浪費」を知った。同時に、「遠くに運んで売る」という「貿易・運送」を前提にした商業が成立したのである。
 この運送・貿易は、古い時代の交易とは、まったく意味の異なるものになったことを知る必要がある。

 交易の時代には、それが遮断されても、生活に影響を与えるほどのダメージはなかった。しかし、資本主義による貿易・運送は、その範囲を生命体として通わせる血液のようなものであり、それが遮断されたとき、血を失った人と同じように地域社会を死滅させてしまうものであることを知らなければならない。
 資本主義体制における商品供給によって社会の分業化が劇的に加速し、運送の発達によって、食料の自給できない地域にまで人が住むようになった。

 逆に考えれば、資本主義が倒壊したとき、真っ先に運送・貿易による商品供給は絶たれ、自給不能地における生存が脅かされることを理解する必要がある。
 すなわち、大恐慌により資本主義、商品供給システムが遮断されるとき、それを血液として生きている地域社会は、その命が断たれるのである。
 そればかりか、自給自足社会を支えてきた、伝統と知恵、水利のようなインフラまで、我々は失っていることを思い知らされるだろう。

 大恐慌による本当に恐ろしい結果は、このような本質から導かれることになる。
 すなわち、貨幣価値が紙屑と化し、資本主義商品の流通が止まるということの意味は、それによって支えられてきた社会を完全に瓦解させる。
 それどころではない。そうした高度な分業体制によって、長い間、知識までも分業化、分断された結果、専門分野しか知らない人たちが大部分であって、いざ、あらゆる商品を自給自足したくとも、そのインフラもなく知識もなく、ビジョンさえ想像できない愚民の群れに成りはてているのだ。

 資本主義の作り出したいびつな人間社会は、本当に社会を根底から支えている本質である「人情」に代えて、「カネ」を最大の価値とみなすようになった。
 人々は、カネを信仰するようになり、それがなければ生きられないようになった。人情を捨ててカネに生きる膨大な人々の群れを産み出した。
 社会の力関係は、能力ではなくカネの有無により序列が決まるようになった。「なんでもいい、カネを手にした者が勝ちだ!」
 こうして、カネがカネを生む、株・先物・投機というバクチの虚構社会が作り出された。
 そして、すべての博打打ちの共通の結末である「破綻」がやってきた。印刷しただけの紙幣、約束しただけの証券が紙屑に変わる日がやってきた。

 もしカネが消えたなら?
 それは分業や運送、そして商業が消えることを意味するのである。道はある。だが、そこに荷物を運ぶ商品はなく、トラックの燃料もない。
 ほとんどの都市では、自給自足の農業など不可能だ。農地を死滅させてしまったからだ。
 その結果、食料自給できない地域の人たちは餓えさせられ、衣料の作れない地域、石油暖房しかない地域では凍えさせられ、人々は散り散りになって逃げまどうしかない運命に晒される。

 資本主義の本質はカネであり、分業であり、自給自足の放棄なのである。カネが消えるとき、運送が消え、食料が消え、衣料も住居も消えて、自給自足の知恵と実力を持たない人たちは滅びるしかないのだ。

 究極の国家的分業体制の確立していた今、我々は、大恐慌を迎え、そのカネが消える現実を目撃させられようとしている。
 それは、投機に失敗した銀行を救済するため各国が通貨を数百年分も増刷したからだ。アメリカは200年分以上印刷した。このため、カネの価値が暴落し、紙屑に変わろうとしているのだ。
 このため、やがてドルは切り下げられ、円も切り下げるしかなくなる。1000万円の金も、1万円分の価値しかなくなるときが迫っている。

 カネが紙屑に変わるということ。もちろん預金も、年金も、すべて紙屑の価値しかない。それは、社会的分業の終焉を意味するものであり、自給体制を持たない、交易システムに依存して生きている人たちの滅亡を意味するのである。すなわち、百姓ができない人たちの死を意味するのである。

 この大恐慌は、大金持ちが強欲に導かれて、世界中のカネを投機によって独占しようとし、勝手に証券をでっちあげて、地上にあるべき通貨の数千倍の虚構証券を作った。
 その額は、実に8京円に上るといわれる。実体経済の十倍以上だ。人々はクレジットカードや借金に依存し、豪邸や高級車を買いまくり、返済不能に陥った。
 現実を無視したデタラメな約束事、証券の発行がメチャクチャに崩壊し、そこに印刷されていた通貨価値が消えてしまったのである。
 金融バクチに夢中になり、強欲がぶつかりあう果てに、デリバティブやレバレッジ、CDSといった狂気の金融商品を生みだし、市場原理はタコが自分の手足を食べるように自らをも襲い、食いつぶしてしまった。

 こうして、もうすぐ恐ろしい事態が迫っている。スマトラ大津波の動画を見た人なら分かるはずだ。
 水平線の彼方に、見たこともない巨大な水の壁が現れ、それが岸辺に押し寄せてくる。それが見えているのに、人々は事態を理解できず、悠々と歩いている。
 そうして数分後、人々は洪水に押し流され、数十万人が還らぬ人となった。

 今、経済大津波の波濤が見えているのだ。
 もうすぐ我々の住む社会を直撃するのだ。それは、あらゆるシステムを破壊し、食料輸入を閉ざし、あらゆる物資の供給を止める。我々は食べることも、暖かく寝ることもできなくなる。
 だが、目の前に現れた巨大な波濤の意味が理解できる人は少ない。

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