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セキュリティ社会 その5


 セキュリティ社会 その5

 セキュリティ社会の本当の意味を理解するためには、セキュリティを必要とする者が決して社会の全員ではないという真実を知る必要がある。
 社会の誰がセキュリティを必要とし、誰が必要としないのか?
 先に結論を言ってしまえば、セキュリティの必要な者は、セキュリティによって「守るべきもの」を「所有」する者だけなのである。それがない者にとって、どのようなセキュリティが必要だというのか?

 パソコンを例にとってみよう。
 先にパソコンのCPU速度が千倍になったのに、実用速度はあまり変わっていないという話をした。その理由は、ウイルスチェックなどセキュリティシステムが極端に大きく重くなったためである。
 本当ならば、我々は草創期の千倍のスピードでパソコンを利用することができるはずなのに、多くの人にとって不要無用のクソ重たいセキュリティシステムを押しつけられて、草創期と変わらないほど、ときには、それ以上に遅い実用性能に、煮えくりかえるような思いを我慢させられている。
 いったい誰のための、何のためのセキュリティなのか?

 それは、悪意や悪戯でデータを破壊されたり、「トロイの木馬」に侵入されて、データを盗まれない対策を必要とする人たちの要求であった。
 だが考えてごらん。パソコンで資産運用やクレジットなどを扱わない限りは、イタズラに対処すれば十分なわけだから、今のウィンドウズの資産運用セキュリティシステムは面倒で、邪魔で、余計なガラクタ以外の何ものでもないのだ。

 イタズラでシステムを壊されても、昔のパソコンはROMベースだったから、立ち上げ直すだけで復旧した。しかし、今は金儲けに直結したデータを盗まれたり、破壊されるわけにはいかないから、外部から侵入されないよう壮大な防御システムが設置されている。
 それでも、それを突破しようとするハッカーとイタチごっこで、いつまでたっても「安全で早いパソコン」は実現しないのだ。筆者が利用しているVISTAも購入当初から比べるとセキュリティが数倍重くなったために、初期メモリでは間に合わないほどだ。
 普段使っていても、突如、意志に反して勝手にダウンロードを始め、警告に気づかないうちに再起動されてしまい、パソコンをぶち壊したくなることもしばしばだ。
 守るべき資産を持たない我々がパソコンを利用しようとするとき、今のウィンドウズは、容易に異なるソフトで同じファイルを認識し、扱うことさえできない。よくも、こんな欠陥品を高値で売りつけているものだとマイクロソフトのセキュリティ思想に激怒するしかないが、これこそ、その本質を如実に示しているのである。一方で、マイクロソフトOSには、所有者データを統一的に収集管理しているという噂がつきまとっていることも覚えておきたい。

 ウインドウズ・セキュリティシステムの本質は、他人との区別、差別であり、人間疎外である。それは「他人を絶対に信用しない!」という人間不信の姿勢に貫かれている。自分の姿を徹底的に隠し、自分のデータ、資産を犯されないためのシステムを確立しようとしている。
 「自分のことを絶対に他人に教えない」
 これが、パソコンに限らず、セキュリティシステムに共通する本質であり、それを信奉するアメリカ国家や資本主義体制が世界人民に強要している根源的なモラルである。それは人間社会を人間不信の思想で塗りつぶすものだ。

 セキュリティ思想が、なぜ必要なのか? それは、他人が自分の利益を奪うという強迫観念を前提としているからだ。それは「他人は敵である」との基本哲学から出発している。
 だが、筆者が幼児少年として育った50年前の貧しい日本の街角では、人はもっと優しいものだった。他人を恐れる人など滅多にいなかった。

 道で倒れている人がいれば、みんなで寄ってたかって心配し、救急車を呼び、夫婦喧嘩で追い出された隣の女房がいれば、親身になって泊めてやって、横暴な旦那に対し、町内をあげて糾弾の談判をしたものだ。
 自分が食えなくとも、飢えた人に食事を提供する人だって珍しくもなかった。
 みんな他人のことを知り、噂し、深く同情し、連帯し、一緒に助け合って生きている実感を抱いていた。そこには人間疎外はなく、人間不信もなかった。
 他人を深く知り、自分と一体で生きているということを理解することが、人生の喜び、生きる希望を与えてくれたのだ。他人の情報を知るということこそ、生きるための第一歩であった。

 朝起きて玄関を出れば、隣人の暖かい笑顔があった。だから家の鍵さえ必要なかった。セキュリティなんて、愚かな、つまらない思想も必要なかったのである。
 当時、確かに泥棒もいた。だから鍵もあった。だが泥棒に入られるより、隣人との交際に鍵をかけることを恐れた人の方が多かった。鍵が普及したのは、「三種の神器」家電製品の普及と同じ時期だった。
 セキュリティは「守るもの」と同時に成立したのである。

 読者は、信頼している人物が、自分のことを決して教えようとしないなら、どのような気分になるだろう?
 とても空しい、寂しい気分になって、「自分が信頼されていない」と悲しくなるだろう。
 逆に考えてみよう、人を愛するということ、信頼するということの前提は、まず言葉を交わし、「他人を知る」というところから始まるのだ。そこから交際が出発し、愛が育まれるのである。
 その逆、「教えない」ということは、愛と信頼の関係を拒絶するということであり、敵対宣言なのである。
 「人に自分を教えない社会」これがセキュリティ社会である。ということは、すなわち、人間同士を敵対させる社会を意味している。人が孤立し、愛が破壊される社会を意味しているのである。
 セキュリティは人間関係の根底を破壊する。人を愛するということは、人を知るということであり、自分を見せるということである。それを拒否する思想は、人間関係を孤立させ、破壊する思想である。

 こうしたセキュリティ社会が誰に何をもたらしたのか?
 我々は、はっきりと見ておかなければならない。
 セキュリティ社会でトクをする者がいる。人間同士の愛が破壊されて儲かる者たちがいる。逆に言えば、人が敵対意識を持たないようになると困る一群の人々がいある。
 人が周囲をすべて敵と認識し、人間不信に陥って権力の庇護を要求し、利己主義の権化となって金儲け蓄財だけに邁進することで、いったい誰がトクをしているのか?
 このことこそが、セキュリティ社会の本質を見抜くための基礎知識である。このことこそ、現代人間社会の根底に仕掛けられた罠を見抜く唯一の視点である。

 別の角度から見てみよう。
 我々、日本列島に住む者、「日本人」は、戦後、日米安保条約により「安全」が守られてきたと信じている者が多い。
 「日本列島はロシア(ソ連)・中国・北朝鮮などから絶えず狙われていて、もし米軍が駐留していなければ、たちどころに軍事侵攻されて侵略併合されてしまう」
 という認識が当然であると見なされてきた。
 この立場こそ戦後、自民党が政権を超長期にわたって維持し、日本をコンクリートで固め、巨大な借金に押しつぶしてきた根底にある前提であった。

 「日本を『共産主義の脅威』から守ってくれるセキュリティシステムのアメリカ」
 この認識によって、日本がアメリカに支払ってきた経費は、戦後、おそらく1000兆円にも上るだろう。国民の得るべきカネの半分近くがアメリカに供与されてきた。
 多くは米国債購入だが、その米国債はアメリカの5000兆円の借金と相殺されて紙屑になる宿命が約束されているわけだから、結果としてタダであげたに等しいのである。

 だが、戦後65年間、アメリカが、主に沖縄人民の犠牲の上に巨大な米軍を駐留させ、それによって日本人民の利益を守った事実が一度でも存在したのか?
 皆無である。逆に、アメリカの戦後侵略戦争の基地として機能してきた。
 朝鮮戦争とベトナム戦争のもっとも重要な出撃基地であり、アフガン・イラク戦争の拠点としても機能してきた。
 自民党は「日本国内の米軍基地が他国への抑止力として働いてきた」と強弁しているが、決してそうではない。
 米軍駐留の真の狙いは、日本国内における社会主義運動の高揚を軍事的に圧殺する目的であり、日本政権が左傾化したときに、それを軍事的に恫喝し、実力で圧殺するための監視機能に他ならなかったのである。

 米軍の軍事的機能や経費の合理化などの視点からは、すでに20年も前からグアム島基地集約論が提起されていて、実際に米軍は、グアムへの一括集約機能を着々と準備してきた。普天間基地は、とっくに整理してグアムに移転させる計画が知られていたのである。
http://www.city.ginowan.okinawa.jp/DAT/LIB/WEB/1/091126_mayor_5.pdf
 それでは、稀少珊瑚やジュゴンの生息する海を大規模に埋め立てて「辺野古基地を早急に実現せよ」と、ごねている米軍の姿勢は何なのか? これは沖縄における米軍利権を日本政府に高く買い取らせるための陰謀策略以外のものではない。

 この事情の背景には、日米安保条約の恐るべき真意が隠されていた。沖縄は日本政府を監視するための基地であるとともに、日本の利権、資源を横取りするための基地でもあった。
 昨年、オバマ政権誕生までは、ジョゼフ・ナイという人物が日本大使に任命される予定だったが、オバマはナイを退け友人のジョン・ルースを赴任させた。
 ところが、このナイという人物こそ、戦後、アメリカの利権を代表した戦後対日軍事戦略の核心にいる人物であった。
 彼は、かつて国防次官補として通称「ナイ・イニシアティヴ」と呼ばれる「東アジア戦略報告(EASR)」を作成したが、そのなかで、尖閣諸島に眠るサウジアラビア級の原油資源をアメリカが横取りするために、日中戦争を誘導させよと進言していたのである。
http://www.asyura2.com/09/senkyo57/msg/559.html

 今、民主党政権が米軍をグアム集約させると決定していながら、沖縄から撤退しない本当の理由が、ここに書かれていた。
 それは、日米安保条約の根幹に関わる真実であり、「日本を『共産主義の脅威』から守っていると見せかけて、実際には、日本政権の左傾化を監視、弾圧し、対アジア軍事戦略の拠点として利用し、さらに日本の資源を横取りすることが目的であることを示していたのである。

 紙数が長くなりすぎるので、これは別項で書くことにしよう。
 問題は、こうしたセキュリティの思想は、本当に人を守るというものでは決してなく、ある特定の目的のための口実として利用されるという真実を知っておく必要があるのだ。

 セキュリティ社会が、本当はいったい何の目的で人間社会を拘束しているのか? これを明確に分析し、その正体を見抜いておかねばならない。

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