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ウラン1


 ウラン 1

 私の住処は中津川市蛭川というところで、恵那山を見あげるように広がっている恵那盆地の北の端に位置している。

 恵那盆地は、恵那山、裏木曽山地、東濃山地など1000~2000m級の大きな山脈に囲まれた盆地で、恵那市と中津川市という小都市を抱えていて、出口は木曽川を経て伊勢湾に向かっている。

 東濃地方とはいうが、山のスケール、雰囲気は美濃ではなく完全に信州で、中央アルプスの3000m近い稜線と恵那山・小秀山の2000mの稜線、笠置や高峯、二ツ森の1000mの稜線に囲まれ、映画「青い山脈」のロケ地にもなったほどだ。

 まさに「青い山脈」に囲まれた自然と人間の融和した素晴らしい土地が恵那盆地である。
 とりわけ、山々から流れ出でる水の素晴らしさには感銘するしかない。
 こんな景観・環境のなかで子育てをすれば、子供はのびのびと感受性豊かに育ち、曲がったことの嫌いな骨太の「信州人」になること請け合いだ。

 こんな美しい山里ではあるが、わが蛭川は放射能や鉱業を研究する人たちにとっては特別な意味を持っている。
 ここは、フクイチ事故が起きるまで、日本一の放射線高線量地帯で知られていたからである。

 今でも、我が家の地面に線量計を置くと、軽く0.3マイクロシーベルト/毎時くらいは出ている。予備知識なしに測定すると、フクイチ放射能で汚染されていると驚かされることになる。

 蛭川は、村全体が花崗岩の岩盤の上にあって、昔から石材産業が盛んで、村中に分散している石切場には、至る所にペグマタイト鉱床があり、ぱっくり口を開けた鍾洞には水晶やトパーズを産出、川の中にはトパーズが散在しているが手間を惜しんで採取する者などいない。
 我が家の裏山は薬研山といって、マニアに知られた国内でも指折りの稀少鉱物産地で、サファイアの産出地として有名だが、国内で唯一ルビーを産出したことさえある。

 花崗岩地帯というのは文字どおり「宝の山」なのだが、困ったこともある。
 この中にウランやトリウムという自然放射能が含まれているからだ。
 実は、村中が放射能鉱物に汚染され、ラジウムやラドンの放射線を放っている。一方で、この恩恵を受けて、至る所にラジウム・ラドン鉱泉が沸いている。

 これが住民の健康に、どのような影響を及ぼしているか、まだよく分かっていない。
 WHOはラドンがもたらす発ガン作用を大きく評価し、警告している。
 周囲を見渡すと、ガンで死ぬ人は少なくないようにも思われる。

 【我が家の土のスペクトル】

 愛知・三重・岐阜の大半が陶土地帯で、日本でも屈指の高線量地帯なのだが、蛭川の場合、突出して空間線量が高い事情は、この付近でトリウムを産出するからである。
 我が家の裏山である薬研山は、戦後、トリウム鉱山としてモナズ石などを産出した。これは放射線障害防止法に引っかかるほどの高線量である。
 
 トリウム鉱床はトリウム232を起点とするトリウム系列の平衡放射能を含み、→ラジウム228 →アクチニウム228 →ラドン220(トロン) →鉛212 →タリウム208 など12塊変を経て安定な鉛208にたどり着く。

ただし、放射平衡を起こしている崩壊系列のなかで、ラドンがガスであるため、空中に散逸し、それ以降の娘核種の放射能は非常に少なくなるのが普通である。

 このうち強いガンマ線を出すのが、Ac228=911K/969K Pb212=239K Tl208=583K/2615k などで、放射平衡を起こした状態で存在するため、12塊変すべての核種が同時に存在し、ガンマ線検出器には、上の3核種の5本のガンマ線がスペクトルに現れてくるがラドン220以降の核種では割合が大きく低下する。

 また、トリウム鉱床が単独で存在することは希で、ほとんどの場合、ウランも同時に含んでいるため、ウラン系列におけるガンマ線も同時に検出される。

 ウラン系列は、ウラン238を起点に、→ラジウム226 →ラドン222 →鉛214 →ビスマス214 →鉛210 →ポロニウム210 など19塊変を経て安定な鉛206にたどり着く。
 このうち強いガンマ線を出すのは、Bi214=609K/1120K/1764K Pb214=295K/352K などである。

 蛭川村の土をガンマ線スペクトル計で測定すると、ほとんどの場合、両者のガンマ線核種ピークが出てくるが、そのなかで鮮明なピークを作るのは、ビスマス214=609K(ウラン系列) アクチニウム208=911k(トリウム系列)である。
 このスペクトルは我が家の土を、この文章のために採取して測定したものである。
 アクチニウムの二つのピークもよく見えるし、ウラン系列のビスマス214のピークも強烈である。

 【東濃ウラン鉱】 

 日本のウラン開発は鳥取・岡山県境の人形峠から始まった。
 1955年に発見された人形峠周辺の鉱区では、ウランの採掘、精錬まで行われ100トン近いウラン金属を製造し、東海村などで利用された。
 現在でも、採掘当時のウラン鉱残滓による放射能汚染が大きな問題になっている。

 1973年のオイルショック時には、ウランの国際価格が高騰し、もっとも多忙な時期を迎えたが、1979年、アメリカのスリーマイル原発におけるメルトダウン事故を受けて価格は暴落、採算が取れず輸入に転じ、事業所は閉鎖された。

 東濃地方は、日本屈指の花崗岩地帯であって、ここにウランが産出する可能性は戦前から指摘されていた。
 わが蛭川から西に40キロほど行くと瑞浪市があって、その西隣が土岐市、この付近に1961年、国内最高品位と埋蔵量のウラン鉱が発見された。

 蛭川から名古屋市付近まで国道19号線添いの広大な土地は、どこも花崗岩の崩壊したマサ土=陶土の産地で、したがって長石などの成分がウランを含んでいる。
 この付近のガンマ線量は、フクイチ事故前の関東の人たちが測定したなら驚かされるような高線量である。

 ウラン鉱の発見は、土岐市内、国道21号線(旧道)沿いの崖に、直接、閃ウラン鉱の露頭が見えているという驚くようなもので、その埋蔵量の多さを予感させるもので、学者や政府関係者は色めき立った。

 実際、埋蔵量は人形峠鉱区の二倍と国内最大だったが、外国から比べると、あまりに規模が小さく、国際競争力を持てるほどのものではなかったため、1987年、わずか20年ほどで、採鉱事業は中止に追い込まれた。

 もっとも大きな転機はスリーマイル原発メルトダウン事故によるウラン国際価格の低迷だった。
 今では、この露頭を覆うように東濃地科学センターが建設されていて、初期、事業見通しの甘さを学術利用にすり替えているように見える。
 
 1980年におけるウラン価格は、キロあたり15000円程度、それから20年ほど緩やかに下がり続けて2004年にはキロ4300円まで下がった。
 しかし、2007年頃、突然暴騰し、キロ25000円台まで上がった。
 理由は先物投機ブームのなかで、有望な投機商品と位置づけられ各国の投資目標になったからだが、その後のリーマンショックで再び暴落してしまった。

 2015年におけるウラン鉱の価格はキロあたり10000円程度である。
 ウラン鉱の採掘精錬コストは、キロあたり130ドル前後とされているが、国産ウランの場合、それよりはるかに高くつき、商品としての復活の余地はない。

 日本政府がウラン鉱に強く魅惑された理由は、日本に核開発を持ち込んだ、正力松太郎や中曽根康弘らの本当の目的が、平和利用の名を騙った日本国核武装にあったことが明らかで、核ミサイルの原料を作りたかったからに他ならない。

 今では、40年にわたる原発稼働の結果、世界でも指折りのプルトニウム在庫と、それを含む高濃度核廃棄物を保有しており、これ以上、資源量の少ない国産ウラン開発をする理由がない。

 核兵器を保有することで「強い国家として世界を威圧する」という妄想に取り憑かれてきた保守政治家たちにとって、もはやウラン鉱に、かつてのような神秘的魅力はなく、膨大な量が貯まった高濃度核廃棄物からプルトニウムを取り出すことだけが興味の対象なのである。

 だからこそ、人類史上最悪の危険なお荷物プラント、もんじゅに対する未練が収まらないのだが、もんじゅの再稼働が絶望的な事態を前に、今度は研究目的を終えたはずの茨城県、常陽まで再稼働させると言い始めた。
 運転すれば、高純度兵器級プルトニウムが入手できるからである。

 なお、ウランの世界最大の埋蔵国は、表向きオーストラリアということになっているが、実は北朝鮮の埋蔵量が豪州を陵駕するという調査結果があり、これが中国が北朝鮮を支援し続ける真の意味であるとの指摘がある。
 中国は北朝鮮の莫大な鉱物資源を何らかの形での併合によって私物化したいのである。

 【ウランとは】

 ウラン鉱石から製錬したウラン金属には質量数238と235の同位体があり、238が約99.3%、235が約0.7%含まれている。
 核分裂するのはウラン235だが、ウラン238も常陽のようなナトリウム炉の中に入れておくだけで高純度のプルトニウムを生成することができる。

 ウランは地球上の採掘可能な埋蔵量は547万トンと推定されている。
 主要なウラン資源国は、埋蔵量の多い順にオーストラリア、カザフスタン、カナダ、南アフリカ、アメリカなどである。なお、採掘可能埋蔵量が推定400万トンの朝鮮民主主義人民共和国がオーストラリアを上回る可能性がある。

純度を高められたウラン金属は、濃縮工場に送られて、ガス拡散法または遠心分離法でウラン238に対するウラン235の濃縮度を高める。
 日本では六ヶ所村に濃縮工場がある。

 日本のウラン濃縮技術は、実は戦前、陸軍における仁科芳雄を首班とするニ号研究と、海軍における荒勝文策を首班とするF研究に分かれて競い合っていた。
 仁科が非効率で莫大な電力を消耗する熱拡散法による濃縮を利用したのに対し、荒勝の海軍側は大本命の遠心分離法を追求した。
 遠心分離法は、現在でも気体拡散法より大幅にコストが低いことから世界中が濃縮に利用するようになっているが、超高速回転に耐えるベアリングなどの精密な金属加工技術が必要とされ、日本の職人「お家芸」が役立っていて、世界の中でも突出したレベルにある。

 朝鮮併合統治時代に、現在の北朝鮮興南道のチッソ工場内に隣接した理研施設内で極秘開発が行われ、湯川秀樹の主導により、当時としては世界最高レベルの技術水準にあった。

 北朝鮮には世界最大級のウラン資源があって、これを海軍が直接、開発していたが、表向きは、陸軍との競争に勝つために秘密にされ、ウランの調達は上海の闇市場から購入としていた。
 現在の北朝鮮が、国情と不釣り合いな先端的核開発を行っている理由は、当時の技術や日本人人脈が、そのまま北朝鮮に居残って金政権に伝えたとされている。
 なお北朝鮮が核実験に使用している坑道は、当時の日本軍によるウラン採掘坑道ではないかと言われている。

 湯川らは太平洋戦争敗戦までに100Kg程度のウラン235を抽出したとされ、ソ連参戦と北朝鮮への侵攻と、さらに広島長崎への原爆投下の際に、証拠隠滅のため、将校が船で興南道沖合に運び、自爆核爆発させたと指摘されている。

 http://jp.sputniknews.com/japnese.ruvr.ru/2013_06_13/115687091/

http://ameblo.jp/kyasutaka1/entry-11469717712.html

 湯川らの核濃縮の最盛期に、興南道では奇病が発生し、多数が死亡した。
 この原因は、東洋最大といわれたチッソ興南工場の水銀廃液による最初の水俣病ではないかと言われているが、核開発も関係しているかもしれない。
 今では調査のしようがなく、原因は闇に葬られたままである。

 http://www.geocities.jp/saishjuku/0105_t.html

 【ウラン鉱の毒性 インド・ジャコゥダの例】

 小出裕章氏による「インドの原子力開発とジャドゥゴダ」というウラン鉱のもたらした惨害についての報告があるので抜粋引用しておきたい。

http://www.jca.apc.org/~misatoya/jadugoda/koide.html

 インド東部・ビハール州には、カースト最低身分より、さらに身分の低い先住民が住んでいた。そこから独立した「ジャールカンド州」では人口の28%が被差別先住民だという。
 ジャールカンドにはインド唯一のウラン鉱山があり、現在稼働している14基(合計出力272万kW)の原子力発電所を支えるとともに核兵器開発の基礎を与えてきた。

 インドは世界でも有数のトリウムの産地ではあるが、ウラン鉱石の品位は低い。通常、ウラン鉱石は0.2%以上の品位でなければ採算に合わないといわれているが、ジャドゥゴダを含めてこれらのウラン鉱山でのウランの品位は0.06%しかない。

 一方、生じる鉱滓と残土の量は厖大である。鉱滓だけでも年間40万トン、40万m2の鉱滓池を作っても毎年1mずつ池が埋まっていくことになる。その上、鉱山で掘り出して周辺に捨てられる残土はそのまた数十倍となり、管理することすら容易でない。

 ジャドゥゴダ周辺において深刻な放射能被害が生じていることを伝えたのは、2000年地球環境映像祭で大賞を受賞した映画「ブッダの嘆き」 であった。
 その映画では、ジャドゥゴダに巨大な鉱滓池が作られ、その内外で生活せざるを得ない先住民たちにさまざまな疾病が生じていることが示された。特に近年になって子どもたちに現れてきた先天的障害は深刻な様相だという。

 鉱滓池から1kmの範囲内に7つの村があり、そこでは47%の女性が月経不順に悩み、18%の女性はここ5年以内に流産あるいは死産を経験したという。女性の3分の1は不妊であり、住民の間には皮膚病やガン、先天的異常などが多発しているという。
州保健局による健康診断を受けた鉱滓池近くの住民712人のうち32人が放射線による疾病の疑いをもたれた。

 インドで利用されているCANDU型の原子炉では、濃縮核原料は必要とせず、天然のウランをそのまま燃料にできる。
 したがって、ウラン鉱のウラン238を主体とした汚染を考えればよい。U238が鉛206になるまでには合計14種類の放射性核種に姿を変える。そして、これらの放射性核種が生み出されたその場所から動かないのであれば、14種の放射性核種の放射能強度はすべて等しくなることが知られていて、そうした状態を「放射平衡」と呼ぶ。

 しかし、ひとたびウランを地上に引き出してしまうと、放射平衡の状態は崩れてしまう。なぜなら崩壊系列の途中にあるラドンは希ガスに属し、完全な気体として挙動しようとする。
そのため、ウランを含んだ鉱石や土壌の中から空気中に逃げ出してしまい、鉱石や土壌中のラドン以下の放射能濃度は低くなる。

 また、ラジウムはウランに比べて水溶性であるため、周辺に水が存在している場合には鉱石や土壌から溶け出し、やはりウランに比べて濃度が低くなる。
 一方、鉱石を製錬してウランを取り出す場合には、当然、製品の中にはU-238やU-234が多くなり、その他の放射性核種は少なくなる。逆に、廃物である鉱滓にはウランが少なくなるが、トリウム230以下の全ての放射能が存在する。
 したがって、地底に眠っていたウランを地表に引き擦り出してしまえば、ウランそのものからの被曝、鉱滓となったトリウム以降の核種による被曝、そして空気中に浸みだしてくるラドンによる被曝の3種類の被曝が生じる。

線量率
 DungridhiとChatikocha 0.1~0.7
 それ以外の集落 0.1~0.2
 残土を使った道路など 0.5~0.7
 鉱滓池 0.7~1.2
 (参考)Ranchi 0.2~0.3
 場所 ウラン濃度[ppm]
 Rakha Mine Station 5200
 DungridhiとChatikocha 2~30
 それ以外の集落 4~11
 残土を使った道路など 20~110
 鉱滓池 40~530
 (参考)Ranchi 17
 熊取 2

 地球の地殻中には、どこにでもカリウム40やウラン、トリウムなどの天然の放射能が存在していて放射線を放出している。従って、人間はそうした天然の放射線からの被曝を避けることはできない。
 ごく一般的な場所では年間で0.3mSv(0.04マイクロSv/h)程度であるが、ジャドゥゴダ地域はウラン 鉱山もある地域のため、もともと天然のガンマ線が多い地域になっている。

 空間ガンマ線量率の多い少ないは、その場所の土壌に含まれている放射能の量に関連している。そして、その多い少ないを決める要因には、天然の理由もあるし、人為的な理由もある。天然の理由はもちろん人間の力で避けることはできず、受け入れるしかない。

 空気中ラドン濃度場所 ラドン濃度[Bq/m3]
集落(Tilaitand) 45
鉱滓池(第一) 260
Bhatin鉱山坑道からの排気口 2400

 通常の屋外環境のラドン濃度は10Bq/m3程度なので、ジャドゥゴダ周辺の集落におけるラドン濃度も高めになっている。その理由は天然によるものかもし れないが、鉱滓池における値は数十倍となっていて、鉱滓池からラドンの汚染が広がっていることを示しているように見える。
 Bhatin鉱山の坑道からの排気口での値はそのまた10倍となっており、坑道内で働く労働者の被曝が心配である。

 当初500mから600mほどの深さであった掘削坑道は今では1000mもの地底になっている。鉱山労働者としてかり集められている先住民たちの健康問題こそが、ジャドゥゴダの最大の問題なのではないか。

 当たり前のことであるが、汚染は存在している。ウランを地底から掘り出し、それを地表付近に野ざらしで放置するようなことをすれば、汚染が生じない道理がない。その上、始末に困った残土を積極的に建物や道路の建設資材に用いるようなことをすれば、汚染はさらに拡大する。

 ビハール州の環境委員会は2年にわたって周辺を調査した上で、1998年に最終報告を出しているが、 「鉱滓池周辺5km以内には集落はあるべきでない」と指摘している。

 鉱滓池は住民の生活の場所になっており、住民は放射能の危険性を知らされないまま日常的に鉱滓池に出入りしている。当然、被曝も生じる。

 ジャドゥゴダで子ども達に先天的な異常が多発していることを受け、日本に生まれた支援組織「ブッダの嘆き基金」はジャドゥゴダから20km程 度離れた場所に新たに「シェルター」を建設して子ども達を避難させる計画をたてている。

 ジャドゥゴダはもともと先住民の土地であった。しかし、ウランが採掘されることになって、住民たちは土地を奪われた。
 農地であった場所あるい は集落そのものを奪われた住民たちがDungridihやChatikocahの集落に暮らしている。

 引用以上

 上に述べられているように、実は精錬済みのウラン鉱の放射能よりも、精錬前のウラン鉱石の方が桁違いに放射能が強い。
 これが土壌内に隠れているうちは大きな問題を起こさないが、ひとたび採掘されて生活空間に出てくると、大きな被曝被害を引き起こすのである。

【人形峠におけるウラン鉱石被害】

 日本でもジャドゥゴダと同じ問題が起きた。それは日本最初のウラン発掘地、人形峠であった。
 (「ウラン採掘と人形峠旧ウラン鉱山」および、「人形峠のウラン鉱の後遺症…他人事でした」より引用)

 10年にわたってウランの試験的な採掘が行われた人形峠ウラン鉱区。 挙げ句に、人形峠のウランなど全く採算がとれないことが明らかとなって、採鉱作業は放棄された。

 その間、延べ1000名の労働者が坑内作業に従事したが、最近の一連の事故でも明らかになった動燃のずさんな体質はこの当時はいっそう酷く、作業環境のデータも個人の被曝データ もまともなものは残っていない
(と動燃は言っている)。

 限られたデータは当時の坑内の作業環境が著しく劣悪で、坑内は国際的な基準と比べて1万倍ものラド ン濃度であったことを示している。
 肺癌の犠牲となる労働者は暫定評価で70名となった。

 人形峠でのウラン採掘を放棄したあと、動燃は海外からのウラン鉱石を人形峠まで運び込んで製錬・濃縮試験を始めた。当初、坑内労働にかり出された住民たちも、一部は動燃の下請企業労働者として働き、一部は静かな生活を営む山村の住民に戻っていた。

 試掘のため住民から借り上げられていた土地もすでに住民の土地に戻っていたが、88年になって、その土地に鉱石混じりの土砂が20万m3(ドラム缶100万本分)、野ざらしのまま打ち捨てられていることが発覚した。

 残土の堆積場では、放射線作業従事者でも許されないほどの空間γ線が測定され、半ば崩れた坑口付近では放射線取扱施設から敷地外に放出が許される濃度の1万倍ものラドンが測定された。

 それでも、動燃は残土堆積場を柵で囲い込むなどの手段で残土の放置を続け、行政は安全宣言を出してそれを支えた。
 ただ、鳥取県側の小集落方面(「かたも」と読む)地区だけは、動燃、行政の圧力をはねのけ、残土の撤去を求め続けた。

 私有地の不法占拠を続けることになった動燃は、1990年になって、残土を人形峠事業所に撤去する協定書を結んだ。ところが、それまで残土の安全宣言を出していた岡山県は、事業所が峠の岡山県側にあることを理由に、鳥取県からの残土の搬入を拒んだ。動燃も岡山県の反対を口実に撤去を先延ばしし、10年目に入った現在も、残土は撤去されないままとなっている。

95年末の「もんじゅ」、97年 3月の「東海再処理工場」、4月の「ふげん」、そして最近発覚したウラン廃物のずさんな管理など、動燃の施設で相次いでデタラメ管理問題が噴出した。
 人形峠においては、放射線の管理区域でもない純粋な私有地において、許容濃度をはるかに超える放射性物質が住民を襲っている。

 自らの土地に放射能を放置され、何とかそれを撤去してほしいと求めてきた住民の悲願は、10年たっても叶えられずに来た。住民の間には疲れと絶望が広がり、それを見て取った鳥取県は方面地区への残土の埋め捨てを画策して動き始めた。

 榎本さんら住民の闘いが始まったのは88年。山陽新聞が「ウラン採掘に伴い排出された放射性物質を含む土砂(残土)が、人形峠周辺の民家近くに放置されている」と報じたのがきっかけだった。

 ウラン残土は全体で45万立方メートルにも達した。うち1万6000立方メートルを占めた方面集落では、閉山後にがんを発症したり、体調を崩す人が続出 していた。
 住民らは「原子力開発という国策に貢献したのに、後始末もしないのか」と憤り、公社を引き継いだ動力炉・核燃料開発事業団(動燃)に全面撤去を 求めた。

 小出裕章氏や市民団体が支援に乗り出し、その調査で、土壌やわき水、栽培した稲などから放射性物質のラドン(気体)が次々に検出された。ウラン残土が積まれた土地のそばでは、国内平均値(1立方メートル当たり5ベクレル)の数千倍の濃度を記録した。

 1、2審ともに住民側が勝訴し、04年、最高裁で判決が確定した。

 動燃はこの間、核燃料サイクル開発機構(核燃機構)、日本原子力研究開発機構へと名前を変える。05年、特に放射線量が高い残土290立方メートルを米国ユタ州の先住民居留地に搬出。残りは08年からレンガへの加工を進め、6月末、最後の1個が搬出された。

 「自分が別に起こした訴訟では、ウランと住民のがんとの直接の因果関係は認められんかったが、私らが放射性物質を吸ったことは間違いない。今、盛んに議論されている『内部被ばく』じゃないかと思っとります。原発労働者の被ばくには労災認定もあるが、ウラン鉱山での被ばくは完全に無視された。そりゃあ悔しいですよ」

 榎本さんは今、そう語る。採掘現場で雑役をしていた妻も94年に肺がんで失った。

 住民らを支えた鳥取短期大学名誉教授(食品学)の石田正義さん(72)は「地元の人たちは被ばくや農産物への風評被害を恐れ、一刻も早い残土撤去を願っていた。だが、動燃、核燃の対応は撤去先として同じ町内の別の場所を提示するなど、はぐらかしや先送りばかりで誠実さが感じられなかった」と述懐する。

 榎本さんの著書「人形峠ウラン公害ドキュメント」に、地元の言い伝えを紹介した一節がある。

 <方面の奥の山にも昔からの言い伝えがありました。ここの所にはあまり手を出してはならない(略)“月の輪”と呼んでいるところで、入っちゃならん、掘っちゃならん、いろったり(いじくったり)したらタタリがある……>

 採掘から半世紀。戒めを破って掘り出したウラン鉱石が放つ放射能は、今もなお完全には取り除けていない。」”

 最後に

 ウラン問題は、あまりにも奥が深く、数回程度のブログで語り尽くせるものではない。次回は、さらに奥深く詰めたウラン問題を書きたいと思っている。

 こうしてウラン鉱問題を調べてゆくと、原子力産業に対する住民の権利の戦いに小出裕章氏が果たしてきた役割の大きさを思い知らされる。

 私自身は小出氏が熊取原発の運営によって生活の糧を得てきたライフスタイルには賛成できない。熊取原発は住宅街の中にあり、周辺に見えざる放射能の影響があったと考えられるからである。
 また「熊取六人衆」のなかに原子力産業擁護の姿勢が見えるのも非常に残念だ。
 しかし小出氏の業績は戦後市民運動史のなかで後生にいつまでも残る立派な仕事だと考える。
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