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人生の価値観 その5

カテゴリ : 未分類
 ファッシズムとは優秀病のことである。
 他より秀でていなければならないという観念的脅迫が社会全体を覆い尽くす。

 ファッシズムに陥る国は、おおむね完全主義の思想的伝統を持っている国が多く、すなわ完全主義=優秀病で、自分たちは優れた民族であるというナルシズムが、他国への傲慢な侵略や、自国の弱者の殺戮に結びついてゆく。

 これまで、歴史的なファッショ国家となったのは、完全主義を追求する思想を持ったドイツと日本であった。

 今、メディアは「日本凄い」番組を、これでもかと放送しているが、これは、「日本が凄い国で、優秀である」という自己陶酔=ナルシズムを洗脳するものであり、最も危険なファッシズムを社会全体に拡散していることに他ならない。

 やがて秀でるために、障害者や老人を抹殺し、優秀なものだけを残すという論理的帰結に至り、愚かな独善的発想が、社会全体を覆い尽くすのである。
 植松聖のような殺戮が正当化される時代がやってくる。日本にT4作戦が持ち込まれるのである。

 https://www.ushmm.org/wlc/ja/article.php?ModuleId=10005200

 歴史上、ファッシズムの最たる存在が、第二次大戦前のナチスドイツであった。
 日本やイタリアもまた、それに準じていたといえよう。日本では、戦前、社会に役だ立たない者に対する迫害が、我々の知識を遙かに超えて凄まじかった。
 先に述べたように、「完全でないもの」に対する嫌悪感、排斥が存在したからだ。
 いわば、イジメの世界である。

https://thepage.jp/detail/20150823-00000003-wordleaf

 自民党員が滅多矢鱈に好きなフレーズは、「優秀な日本」であって、「世界に冠たる日本」とか、「美しい日本」とか、いろいろあるが、共通する本質は、「自分たちは他国よりも優れた存在でありたい」という切ない希望である。

 普通の感覚なら「よほど激しいコンプレックスだな」と思うのだが、日本政府の政治家も官僚も、よほど「一番」になるのが好きでたまらないようだ。

 日本の子供たちのあいだに激しいイジメが蔓延した本当の理由は、政府が、一番主義=完全主義を推進したからであり、社会全体が優秀病に罹患し、優秀でないものに対する嫌悪感を蔓延させたからである。

itiban.jpg

 もし、人に「保守と革新」という区分けをするなら、その違いは、
「他人を押しのけて一番になりたい人が保守であり、人間の序列よりも、みんなが幸せになってほしいと願う人が革新である」
 という違いがあると私は思う。だから、自民党政権が「一番になりたい」というのは、保守として当然の属性である。

 人を序列化し、ランク付けするのが大好きな人を保守といい、ランクなんか無意味だ、みんなが明るく笑顔で過ごせる社会を作ろうよという人を革新というのだ。

 「保守」というのは、古い社会=封建家父長制社会=男性優越社会が好きな人々である。封建社会の本質は「人間の序列化」であるとも言えよう。
 古い社会では、王権と家父長制の秩序が社会全体を支配していて、その根底には、女性差別があった。

 家父長制の本質は決して一夫一婦制ではない。一夫多妻制なのである。
 女は「男の子を産む道具」にすぎなくて、家父長=男の権力と資産を受け継がせるために、母親に貞操を強要し、「その男の子供」であることを特定しようとしたのである。

 もう少し詳しく言うと、そもそも人間社会の始まりは「元始、女性は太陽であった」と、雷鳥を持ち出すまでもなく、母系氏族社会であった。
 男女に差別がなければ、自由に性交し、配偶者という概念は成立しない。当然、生まれてくる子供の親が特定できるのは母親だけであり、父親が誰かは分からないので、「母の子」の系統による氏族社会が成立するのである。

 ところが、生産力が拡大し、縄張り争いから戦争が多発するよになると、戦士としての男の発言力が増してゆくので、いつのまにか、女性より男性の力が強くなる。
 このとき、氏族の支配者として君臨するのは、もはや女性ではなく男性であり、「王権」という概念が成立するようになる。

 族長=王は、自分の権力と財産を、自分の子に相続させたいと思うようになり、男の子供を特定するためにフリーセックスを禁止して、「自分の子を産む女」を囲い込んで貞操を要求する必要が出てくる。
 それも一人でなく複数であり、これをハーレムと呼んでいる。彼女らは、族長=王の配偶者であり、他の男とのセックスを禁じられ、厳しく囲い込まれ、監視されるようになる。

 今から4000年前、中東の父系部族社会=家父長制社会が成立したとき、その規範を定めたのが旧約聖書であり、ここに、浮気をした女性は、皆でよってたかって投石で殺さねばならないと書かれている。
 つまり、旧約聖書は家父長制社会=男の支配を固定するための洗脳思想書ともいえよう。この頃、すでに、ハーレム制度があり、家父長一人に対しで、性を拘束された妻は、数名から数十名もいた。
 後に、コーランは、男一人に4人の妻を許すと定めた。これは女性差別社会と断言しても差し支えないであろう。

 自民党など日本の保守勢力も、思想的に回帰したいのは、まさにこの種の家父長制社会であって、すなわち女性差別社会である。
 それでは、なぜ現在のような一夫一婦制に至ったのかといえば、家父長が、どんどん統合され、支配者が少数に集約され、大多数の男たちは、単なる使役人にすぎなくなったからであり、使役人が、自分の子供を特定して、権力と資産を相続委譲させたくとも、そんなものはないから、結局、男女の役割が平等化し、男性優位社会が崩れていったからである。

 しかしながら、統一された少数の権力者には、統一以前よりも、はるかに過酷な王権と女性差別が成立していた。
 これらの意味で、世の階級というのは、本質的に、「我が子に自分の権力と資産を継承できる男」と、「そんな権力も資産も持たないから、女を束縛して子を産ませる必要のない男」に分化してゆくのである。

 そうして、前者は、どんどん統合され、権力も資産も集中して少数になり、後者は、どんどん拡大して社会の大多数を占めるようになる。
 こうして、特権階級と被支配階級の階級分化が完成してゆくのだ。

 前者のなかでは、一夫多妻制のハーレム主義が強まってゆき、後者のなかでは、一夫一婦制の男女平等社会が拡大してゆく。
 「保守」を自認する人々が目指す社会は、前者であるが、大多数の人たちは、結局、後者の社会に投げ込まれてゆく運命である。
 革新を自認する人々が目指す社会は、我が子に権力も資産も受け継がせる必要のない社会であって、最初から男女平等の後者の社会を目指してゆくのである。

 最初に戻ると、「優秀病」という精神病に罹患した、競争と差別を求める保守の人々は、優秀な日本を目指し、封建男尊女卑社会の復活を目指し、支配階級と被支配階級の明確に分化した社会を目指して自民党を支持するのだが、残念ながら、自分も、大多数の負け組に墜とされてゆく運命である。

 もし、そうでなければ、第二次大戦前のドイツや日本のように、ファッシズムのなかで、地獄にまっしぐらの悲惨な戦争に向かう運命しか残されていない。
 他国より秀で、他人より秀で、特権階級になろうとして、女性を支配し、自分の血筋、財産、権力を我が子に伝えようとする。これが優秀病患者=ファッシズムの思想である。

 だが、我々の目指す社会は違う。
 人間も、ものも優劣を基準にして選ばない。その人が、そのモノが、どれほど人々を幸せにするのかが基準なのである。

 社会を本当に支えているのは、決して優秀な人間ではない。むしろ、底辺にいて、ものもいわず、黙々と社会のために働いている人なのである。

 私は、かつてタクシー運転手時代に、ダウン症の子を持つ親を送迎したことがある。
 何十組もの家庭を訪れたが、親たちの誰一人、不幸な様相はなかった。
 むしろ、みんな、とても爽やかで、温かい人柄ばかりで、幸福そうに見えたのだ。


 ある親は「ダウン症の子は宝物」と言った。 「天使」とも言った。
 ダウン症の子を育てていることで、かけがえのない宝物を持っていると言った。

 植松聖は、その子らを殺して回った。

 社会は、優秀な人間によって動かされているのではない。むしろ、優秀でない、世間から劣っていると思われている人たち、あるいは犯罪を犯して転落してしまった人たち、社会的弱者こそが、この社会を支えているのかもしれないと私は思った。

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