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コンピュータは誰のためのものか?

カテゴリ : 未分類


 1945年、ユダヤ人ノイマンが、プログラム内蔵式計算機の原理を設計提唱。翌1946年には人類初の真空管式ノイマン型コンピュータ=ENIACが開発製造された。
 ノイマンという人は、強烈な好戦主義者で、太平洋戦争が勃発したとき、京都に核爆弾を投下せよと強く主張したことが知られ、当時のソ連邦への核攻撃計画にも熱心だった。

 https://matome.naver.jp/odai/2134528674729257701

 ENIACの開発目的は、艦砲射撃に用いる弾道計算であったが、汎用計算機としての性格も持っていた。
 このコンピュータが、広島原爆を生み出したマンハッタン計画の欠くべからざる技術的核心として利用されたともいわれる。

 https://ja.wikipedia.org/wiki/ENIAC

 ここで、知っておくべきことは、コンピュータも核兵器も、決して平和利用のために開発されたわけではない。それは、戦争に勝つという目的のために開発されたのである。
 コンピュータは断じて「平和の使者」ではない。それは初めて制作されたときから、戦争という悪魔の鎌だったのである。

 コンピュータというものが、人間社会に導入された理由は、最初、効率的な戦争の道具であり、次に、資本主義社会における金儲けの道具であった。

 私が、先に書いたように1980年段階で、マイコンに毛の生えたパソコンを初めて購入し、これが、人間生活と社会に、どのような成果をもたらすのか? ワクワクしながらBASICプログラミングに取り組んでいて、多機能電卓としての役割には、ずいぶん助けられたものの、結局のところ、人間生活の向上には結びつかないことを思い知らされた。

 私がコンピュータによって得たものは、当時まだ競争主義に洗脳されていた私に、いくばくかの優越感と、技術的優位への期待と、自分が社会の最先端に触れているという安心感を与えてくれたが、この技術が、人の心を自由に解き放ち、差別のない優しい社会を作り出す道具の対極にあることだけを思い知らされた。

 「コンピュータは人を救う技術ではない」
 それは、人の退屈を紛らわしてくれるかもしれないが、大自然と接触する道具にはなりえず、美味しい無農薬有機野菜を作る道具にもなりえず、人々に笑顔をもたらす道具にもなりえなかったのである。

 だが、コンピュータは、人の数万倍のスピードで正確に計算し、間違いのない正確な仕事を遂行するのに役立った。仕事に要する時間を桁違いに短縮するのに役立った。
 やがて、人間の代わりに仕事をするようになり、生産現場から人々を追放しはじめた。 また戦争の最前線に、兵士の代わりに出て敵を攻撃する仕事まで始めた。生身の兵隊は、銃弾や爆弾の飛んでこない安全な場所で、モニターを眺めて、パックマンのようなゲーム戦争を楽しんでいればよい戦争スタイルを作り出した。

 これによって、人間は解放されたのか? コンピュータを使いこなすことで、合理的な未来を獲得できたのだろうか?

 そうではない。全自動運転を考えてみればわかる。それは、人間を安全に目的地に運んでくれて金のかかる運転手を追放するかもしれない。
 しかし、安全な運転ができるまで積み重ねた修練とプロセスは、そこには存在しない。無機質なプログラムだけが存在する。
 そのプログラムが完全に運転手の代行を勤めてくれるだろうか?

 もしも、仮に、五年くらいも自動運転が事故を起こさずに運転手を追放したとしよう。しかし、五年後に、EMP爆弾が破裂するか、X100級太陽フレアが地球に降り注いだとしよう。そうなれば、地上のあらゆる電気・電子回路が破壊され、もちろんコンピュータも全滅する。
 このとき、五年間の運転経験の空白がある生身の人間が元通りに安全運転できるだろうか? できるはずがない。至る所でものすごい事故が頻発するだろう。

 人間というものは、いったん便利側に慣れてしまったなら、元の苦痛を伴う面倒なプロセスに戻るのは容易ではない。人が、正常な機能を発揮するためには、毎日、一定のストレスに晒され、緊張を強いられ、訓練を積み重ねてこそ、はじめて正常な作業が行えるようにプログラムされているのである。

 多くの「便利な」プログラムは、そうした人間の基礎的な能力や、作業熟練環境を奪って代わりを務めている。これでは、人間の能力は退化するばかりだ。
 「自動運転」と称するテクノロジーが、どれほど人間をダメにし、後退、あるいは退廃させてゆくのか、自動運転推進者たちは、まるで理解していない。

 アメリカという国は、いつでも強力な兵士を訓練するために、一定の年月ごとに、必ず戦争を行っている。第二次大戦以降、数年に一度は海外派兵し、兵器を浪費し、人殺しに慣れた兵士たちを生み出している。
 この本当の理由は、海外派兵=侵略戦争に理由があるわけではない。実は、兵の鍛錬と兵器の更新に目的があるのだ。
 「人殺しに慣れさせておかないと、いざというとき使い物にならない」
 この思想によって理由のない戦争まで始めるのであって、兵士たちにストレスを与え続けることが目的なのである。

 これは、人間と戦争というものを経験的に思い知っている軍人たちの発想で、実は、交通や輸送を戦争と類似させて考えれば、同じことが運転手にもいえる。
 「運転で緊張し、ストレスに晒されない運転手は使い物にならず、必ず大事故を引き起こす」という理屈である。

 つまり、自動運転は、パソコンゲームしか知らない兵士と同様の、危険に遭った経験のない運転手を作りだし、なんらかの大規模な電子トラブルが社会全体に起きたとき、いざ、運転経験のない運転手が物流を担おうとしても不可能だし、自動運転に慣れきった運転手が手動運転に戻れば大事故だらけになるにちがいない。

 トヨタ自動車や経産省が推進しているAI自動運転社会を裏側から見れば、安全運行の裏側で致命的な事故の危険を累積していることになる。
 つまり何が問題なのかといえば、彼らは、目先の便利さに目を奪われて、そのことがもたらす哲学的、社会学的意味を理解できる能力がないことを暴露しているのである。

 トヨタ自動車は、前世紀末、エンジンをIC制御に切り替えてから、アメリカで不可解な暴走事故が多発し、章雄社長が、米公聴会に召喚されたが、結局、事故の原因は未だにわからずじまいである。
 何度も書いたが、我々アマ無線家は、この暴走事故を知った瞬間から、これはアメリカにおけるCBトラック無線によるインターフェアであると、わかりきっていた。
 トヨタの技術部門は、我々を小馬鹿にしているので、一切耳を貸さなかったが、米トラックの3メガワットなんて出力の横で運転していれば、あらゆるIC機器が暴走するのである。

 トヨタや日産のような巨大企業は、便利さに金儲けを重ねてしまって、社会学的な観点や、知られていない恐ろしいインターフェア、例えばCB無線、太陽風、ピエゾ効果のような教科書に書かれていない現象について、まるで無知な連中が多い。
 我々、民間の指摘を見下して、小馬鹿にしてるから、なおさら、真実にたどり着けないのである。

 私は、AI自動運転のようなコンピュータ社会の発展と称する、金儲けだけを目的にした技術進化について、社会全体の未来を破壊する愚かな行為だと考えている。
 冒頭に書いたように、コンピュータは人間社会の未来に奉仕しない。それは、現在における大企業の金儲けのためだけに開発されているのである。
 コンピュータは人間を救わない。それは、退化と退廃、人間性の劣化をもたらすだけである。

 人に本当に必要なものは、適度な試練であり、ストレスである。運転における緊張こそが安全を担保しているのだ。不便だからこそ、人の能力が磨かれるのだ。
 何もかもAIコンピュータが代行する社会では、一部の独占企業と独裁者の権益は守られるかもしれないが、残りのあらゆる大衆は、劣化させられ、それこそゴイム=家畜として、毎日与えられる餌をついばんでケージの中で孵らぬ卵を産み続ける鶏のような人生しか許されなくなるだろう。

 あなたは、ケージ飼育のニワトリになりたいのか?
 

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