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ネトウヨたちの恐ろしい運命  こそこそと身元を隠して、他人を嘲笑、批判することが何をもたらすか?

カテゴリ : 未分類

 若者たちのネトウヨ化が指摘されて久しいが、この傾向が現れたのは、私の記憶によれば、2000年前後で、パソコンが子供たちに普及し、ネットゲームが隆盛を極めてからのことで、どうみても、若者たちは、ネットゲームで、哲学もなく他人を無意味に攻撃する面白さだけに洗脳されたせいで、物事の連関や哲学を考えられない若者たちを大量に出現させたのだと私は思う。

 「人を攻撃すること」
 ゲームの世界では、人を攻撃するのに、いちいち理由を考えない。ただ、定められた敵を倒して、一定の果実を得ることがゲームの勝者なのであり、そこには、「何のために」という行動の前提になる哲学が存在しない。

 また、攻撃主体としての自分も匿名化され、一切の前提が排除され、関連する、あらゆる現象と切り離された特定のミッションだけに対すればいいように設計されている。
 つまり、面倒なことは何も考えず、相手を殺す技能だけに特化すればいい仕組みであり、自分なすこと、なしたことが何をもたらすのか? もたらしたのか? を考える機会は存在しない。

 自分は匿名であり架空の存在なので、一切の責任を負う必要はなく、やりたい放題、人殺しをして、社会を破壊できる。
 殺人も強姦も、人権侵害も、ゲームのなかでは自由であり、やがてゲームの世界と現実を勘違いしてしまう若者たちを大量に生みださざるをえない。
 こんな、恐ろしく誤った、極度に底の浅い、軽薄さをもたらす思考様式だけを訓練された若者が、もの凄い数、ゲームによって洗脳されてしまったことに気づく必要がある。
 これは、とてつもない恐ろしい結果なのだ。

 パソコンゲームは、「匿名で他人を攻撃する喜び」だけを訓練された異常者を大量に作り出した。
 彼らは、攻撃がもたらす、一切の関連現象に責任を負わず、自分が倒した相手に家族がいて友人がいて、苦悩が待ち構えていることなど、何の興味もない。
 また、戦争や戦闘が、どのような理由で始まるのかも考えないから、それが持っている社会学的、哲学的意味にも何の興味も持てない。
 自分が、反撃を受けない安全地帯に立って、相手に苦しみを与えることだけが許されているのである。

 私たちの子供のころは、ものごとの発生から顛末まで、すべての経過を自分の目や体で感じながら眺めることができたので、さまざまなことを考え、思い知らされる機会があった。
 また、あらゆる行動に、安全地帯など存在せず、なしたことの反作用が自分にまともに返ってくる世界だったし、自分のやったことは、自分で責任を取らねばならなかったし、匿名も許されず、自分の名前に自分の人生の責任がかかってきた。
 これがバーチャルとは無縁の、本当の世界の法則だったのだ。

 だが、ゲーム世界は、まるで違う。現実の存在から、いきなり夢の世界に逃避することができて、一定のリアリズムを味わって、非現実的な経験を積んでゆくのだ。
 考えてみれば、これはとてつもなく恐ろしいことである。なぜなら、非現実空間ではあっても、制限されたリアリズムのかで、自分は自由に行動し、バーチャルな世界での実在経験が積み重なることで、ゲーム世界と、現実世界の境界が不鮮明になってゆき、取り違えてしまう若者たちが大量に出現することを意味しているからだ。

 そうして、現実とバーチャルを取り違えて錯覚させられた若者たちが、「国を守る」なんて虚構の命題を与えられて、「平和憲法なんて無用の長物であり、敵国である中国、北朝鮮を攻撃できる武力を持つのは当然のことだ」なんて、ゲームのなかで体験した論理を、現実世界のなかでも適用できると勘違いさせられて、自民党を支持するようになる。

 また、ゲームのなかでは、自分は、いつでも無責任な匿名の存在であり、それが当然と思い込んだ若者たちが、こそこそ身元を隠して、匿名で、ネット情報のなかで、悪意に満ちた軽薄な攻撃を繰り返すようになるのである。
 そこには、個人名の上に批判に晒されて琢磨され淘汰された自分の哲学など必要ない。ただ面白ければいいのであり、一時的に快楽を得られれば、それで十分であり、後に批判に晒されることがないのだから、どんなメチャクチャな屁理屈を展開しても、批判されることもないし、後悔することもない。

 ネトウヨという集団は、このようにして生まれてきたと考えるのが自然であろう。
 だから、ネトウヨの身元が隠せずに個人名が明らかになれば、たちまち、彼らは自分の論理の薄っぺらさに自家中毒を起こして精神的に破綻を来す以外にない。
 このブログにも、毎日大量の嫌がらせコメントが書き込まれるが、これも、身元=氏名住所が明らかになれば、彼らは、あわてふためいて臆病に逃げ回ることしかできないのである。

 もちろん、身元が明らかになれば、私は大喜びして、個人名で激しく報復的に批判を始めるのが当然のことで、個人の身元など、実は隠しきれない、必ず暴かれる日がやってくる。
 今でも、彼らのIPから身元を割り出すのは簡単だが、名誉毀損などの賠償額が100~200万円程度に比べて、IP検索専門の弁護士に支払う70万円を相殺すると、儲けが少ないのでやめているだけだ。

 私は、自分の論理的正当性に自身があるから、どんな批判にも真正面から受け答える。もちろん、相手がこそこそ身元を隠していない限りという条件付きであるが。
 ネトウヨ諸君は、どうだろうか? 本当に自分の哲学的立場から、私を批判してきたものなど絶無だろう。自民党青年部あたりが、反原発スピーカを批判すれば中国の五毛党のよに、なにがしの金を出しているので、はした金のアルバイトをしているあたりが関の山であろう。

 http://saigaijyouhou.com/blog-entry-18347.html

 私を攻撃してくるネトウヨの大半もまた、おそらくパソコンゲームに洗脳されて、バーチャルと現実の世界を混同している連中だろう。
 しかし、こんなことをやっていると、必ず癖が身について、周囲にいるすべての人を嘲笑し、小馬鹿にし、攻撃するようになるのである。
 ゆえに、他人を攻撃する癖をつけてしまった者たちは不幸だ。生涯、誰からも蛇蝎のように嫌悪され、他人に対する優しさを見失い、人を愛せなくなってしまう。

 だから、釈迦が指摘したように、「人生とは与えたものが還ってくるプロセス」すなわち「因果応報」という法則を死ぬまで理解できず、自分は他人に秀でた存在で、他人に対して、理不尽な攻撃をしても許されると勘違いしたまま、周囲から激しく疎外される気の毒な人生を送らねばならなくなってしまうのだ。

 もう一度書いておくが、本当の人生は、ゲームの世界ではない。それは、あらゆる現象が、別の現象を生み出していて、すべての事象が、関連を持っているのであり、自分が行ったイベント、例えば「他人を嘲笑する」という行為を行ってしまったら、その結果は、自分がすべての責任を負わねばならない。

 ネットの世界では、こそこそ身元を隠せるかもしれないが、それも一時的なもので、やがて、いつかは身元がばれるし、何よりも恐ろしい問題は、「癖がつく」ということである。
 どんなに、自分が責任を負わなくてすむように、こそこそと身元を隠して逃げて回っていても、直接攻撃した相手ではなく。「癖がつく」ことで、別の他人にも同じように攻撃してしまい、いつかは、あらゆる責任を自分の人生すべてで負わされるときがくるのである。
 
 米軍は、ゲームの得意な若者を総動員して、バーチャル兵士に仕立て、ディスプレイの画面上で、敵を攻撃するような戦争を行っている。
 兵士たちは、直接、自分の手で人殺しをするわけではないから、ゲームと何一つ変わらないし、罪の意識は生まれない。
 おまけにディスプレイの置かれた空間は戦場から遠い安全地帯だ。

 しかし、バーチャルな戦争のように見えながら、これは現実の戦争であり、兵士の行為によって、本当に人が死に、恐ろしい苦悩が再生産され、憎悪が世界を支配してゆくのだ。
 これで、バーチャル兵士たちは、本当に責任を問われず、攻撃もされない安全地帯に居続けることができるだろうか?

 私は、そうは思わない。
 人の死という取り返しのつかない行為に、自らの手を汚したという意味では、エノラゲイの乗員が広島に原爆を落とした犯罪と何一つ変わらない。
 その蒔かれた種から生み出された、膨大な悪魔たちを刈り取る責任は、必ず還ってくる。
 これが「因果応報」という、人生と社会、宇宙の最大法則である。

 

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