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旧約聖書の呪い

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 旧約聖書について、当ブログで何度も取り上げた。
 プラトンの詩編に出てくるアトランティス大陸の沈降と滅亡が、BC10000年以上前のことで、滅亡と引き換えられるように、でかい目玉を持った人々によるシュメール文明が登場してきた。これが、初期メソポタミア文明であるといわれるが、まだ詳しい歴史は明らかになっていない。

 シュメール文明の洪水伝承、ギルガメッシュ叙事詩、そして旧約聖書のなかに、ノアの箱舟の大洪水が記録されている。
 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%8E%E3%82%A2%E3%81%AE%E6%96%B9%E8%88%9F

 この正確な時期については不明だが、おおむねBC5000年前後と考える古代史家が多い。 旧約聖書も、その後に数百年をかけて登場してきたともいわれる。
 たくさんの整合性のある記録が残されていることから、おそらく、この巨大洪水は事実であろう。

 臨死体験で知られる木内鶴彦が、臨死記録として実に面白いことを述べている。
 ノアの大洪水は、1万年くらい前に実際に起きた事件で、巨大な彗星が地球に接近し、莫大な水を地球に明け渡して自らは月になったというのだ。
 この種の臨死体験は、内容が変わることも多いので、にわかに信じることもできないが、私は、地球上の巨大な洪水が、彗星の接近と関係あると考えるのは正しいと思う。

 このとき、ノアは巨大な箱船を作って、地上の生物を洪水後に残した。そして、ノアの子、セムがメソポタミア人の祖先となった。
 この子孫をセム族といって、古代ユダヤ人、あるいはメソポタミア人の祖となった。しかし、現生の中東の人々がコーカソイドの血を主流にしていることに対し、セム族はモンゴロイドだったといいわれる。

 中東人、ユダヤ人は、今ではコーカソイドの風貌であるが、2000年前までは、ちょうどバスク人に似た黒髪と黒い目を持ったモンゴロイドで、キリストも東洋人風の姿が真実であると、DNA解析から明らかにされている。
 http://gossip1.net/article/a1047647757.html

 なんでコーカソイドになってしまったのかというと、奈良時代に黒海沿岸にあったハザールという国が国ぐるみでユダヤ教に改宗し、イスラエルに詣でるなかで、コーカソイドの血が優勢になったのだといわれる。
 ちなみに、この人たちのことを、アシュケナージ・ユダヤンと呼んでいる。

 中東を中東として定めるのは、メソポタミア文明であり、旧約聖書である。
 これが登場したのは、創世記によれば、BC3800年頃で、有名なアブラハム=エイブラム=イブラヒム がセム族の末裔として、最初の主役になっている。
 もちろん、映画に出てくるコーカソイドは嘘で、本当はモンゴロイドだったはずだ。

 アブラハムは一子イサクを神に捧げ、殺そうとしたときに神は、アブラハムの忠誠を認めて、イサク以下、子孫の繁栄を約束した。
 このときの契約こそが、旧い契約→旧約聖書の本当の意味である。旧訳と呼ぶのは大間違いで、キリスト教の教典には、この間違いが通っているが、ユダヤ教では通らない。

 このとき、契約した神が何者か? が、現代に至って大問題になっている。
 旧約聖書を最大の聖典とするイサク直系の人々がユダヤ教徒であるが、実は、ユダヤ教では、どうも、このときの神をルシファー=サタンであると考えているフシがある。
 ルシファーは、堕天使と呼ばれ、あらゆる悪魔の大御所なのだが、ユダヤ教は、彼と契約したといわれ、ユダヤ教徒による巨大カルトであるフリーメーソンも、ご神体としてルシファー=サタンを奉っているのは、ドル札や円札、世界のフリーメーソン国家に「ルシファーの眼」が君臨していることからも窺えるのである。

 http://tokaiama.blog69.fc2.com/blog-entry-397.html

  https://matome.naver.jp/odai/2139159152170255201

 ルシファーと契約したのが、現生人類の草創期にいたセム族であるとするなら、イエスキリストのような「愛の世界」が成就するわけがない。
 それがルシファーであった証拠は、旧約聖書の核心部にあるトーラー五書に明らかだ。 そのなかのレビ記には、これでもかと、悪魔らしい恐ろしい殺人教唆が目白押しに書かれていて、旧約聖書の信者である、ユダヤ教徒・イスラム教徒・キリスト教徒(例えばカトリックや福音派)などは、レビ記を忠実に実行しようとしてきた結果、世界最大級の死刑国家になっている。

 これを読んで、背筋が寒くならない人がいるとすれば、それは真のサイコパスだけだろう。  https://www.biblegateway.com/passage/?search=%E3%83%AC%E3%83%93%E8%A8%98+20&version=JLB

 レビ記は、「やられたら、やり返せ」と復讐の思想も教えている。有名なハムラビ法典もまた、同時期ではあるが、旧約聖書の報復思想から導き出された理屈と思われる。
  https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%8F%E3%83%B3%E3%83%A0%E3%83%A9%E3%83%93%E6%B3%95%E5%85%B8

 昨日のブログで、私は中東におけるテロの連鎖について書いたが、これは、イスラム教の教えである「ジハード」復讐思想が大きな役割を果たしていると思う。
 旧約聖書が復讐を義務づけているという意味では、江戸時代の儒教による敵討ち思想と同じであって、復讐が復讐(聖戦)を呼び、もはや際限のない泥沼の殺し合いが続く、愚かというしかない思想だと私は思う。

 こうした報復の連鎖を強要するような旧約聖書の教えは、まさに人類にかけられた呪いであるというしかない。
 旧約聖書は、たった今でも、イサクの子孫であるユダヤ教徒とキリスト教徒、そしてイシュマエルの子孫であるイスラム教徒の心に覆い被さっていて、それは、人類の30億人に、人の愛や喜びを語るのではなく、報復制裁ばかりを語り、どうやって処刑するかというサイコパス的な恐ろしい価値観をもたらしている。
 こんな思想を信奉する人々が大多数を占めれば、中東が自爆テロのメッカになるのは当然のことだ。これが旧約聖書の呪いでなくて何だというのだ?

 それでは、日本人は、旧約聖書の呪いから解放されているのだろうか?
 違う! 実は、日本の神道もまた、旧約聖書の呪いのなかにある。
 神道がもたらされたのは、もちろん秦氏(弓月氏)からであり、中東からシルクロードを経て伝えられた聖書の影響を強く受けている。

 それは、ネストリウス派といわれる新約聖書が合体した思想教義もあったが、それよりは、旧約聖書がモロに入ってきている証拠が、諏訪神社にあるし、秦氏は、福岡、出雲、福井など数カ所に上陸しているが、それらの神社の多くがユダヤ神社と呼ばれている。

 諏訪神社の祭祀は、旧約聖書の忠実なコピーであり、ユダヤ教そのものと思うしかない。

https://www.youtube.com/watch?v=opbryiIc9D4

https://www.youtube.com/watch?v=P7DBbED3dwE

 また八坂神社も豊受神社も、ユダヤ神社といわれ、太秦も祇園も、ヘブライ語で解釈した方が意味が正確である。
 http://www.historyjp.com/article.asp?kiji=70

 八百万の神などと、一神教ではなく自然信仰であると説明されることが多い神道ではあるが、それは、仏教と習合することで、意味が薄められていったのであって、本当は、実はユダヤ教であると考えた方が合理的なのだ。

 そこには、レビ記に描かれた恐ろしい報復制裁思想が息づいていて、だからこそ、日本は、現在に至るまで、世界の8割近い国が死刑廃止を決めているのに、先進国ではアメリカを除いて唯一といえるほどの強固な報復死刑制度を維持しているのである。
 これは、まさしく「旧約聖書の呪い」が、現代日本を束縛している証拠である。

 私は、人類が旧約聖書=報復制裁思想を克服して、知恵の光に満ちた未来に進むためには、死刑制度を廃止し、報復制裁という愚かな、感情だけに頼った思想をやめて、理性によって未来を創造する道を歩む必要があると考える。

 そうでなければ、ジハード(聖戦)という復讐戦争の愚かさも、死刑制度の愚かさも、懲罰によって人の心を束縛しようとする(ちょうどグリム童話の北風と太陽に出てくる北風のような制裁発想)思想の馬鹿さ加減、知恵の不足、理性の崩壊を克服することは永遠にできないし、また自爆テロの凄まじい連鎖も、中東の人々を一人残らず殺すまで収まることがないと考える。

 そもそも、旧約聖書の根源的な間違い=制裁報復という間違いを克服するためにイエスキリストが登場したのだ。
 それなのに、旧約信奉勢力は、たちまちイエスの思想を骨抜きにして、愛を捨てて報復だけを前面に出したカトリックやプロテスタントの「キリスト教」をでっちあげた。

 ドイツのカトリック教会では、戦後1980年代まで、異教徒を餓死させて、そのまま教会の門前に鉄籠に入れてさらし者にしていたのだ。
 こんな愚劣な発想では、ドイツがT4作戦に走るわけだ。
 http://storiastoria.com/wunderkammer/w-7.html

 アメリカのプロテスタント、共和党の支持母体であるキリスト教福音派は、戦争愛好家が集まっていることでも知られる。
 朝鮮戦争でもベトナム戦争でも、福音派は、積極的に戦争を支援し、北爆の皆殺し作戦に歓声をあげた。キリスト教徒というのは、人殺し大好き集団なのかと思うほどだ。
 日本のプロテスタントも、敗戦後、福音派が作ったものが多く、キリスト者が死刑制度に賛成しているのは、大半が、この人たちである。

 これじゃキリストも浮かばれないだろう……。
 右の手で、愛を語りながら、左の手で銃をぶっ放すのが旧約聖書を信奉するキリスト教とである。
 同じ意味で、イスラム教徒も、ジハードの義務から、際限のないテロに走るようでは、まるで未来に対する救いがないではないか?
 自分たちが間違っていると批判する人は殺してしまえ、というのがイスラム教徒であり、一切、聞く耳を持たない。
 だから、イスラムについて論評すれば命の危険が及ぶので、誰も指摘しようとしない。これでは、彼らの本質的な心の間違いは、永久に正されることがない。

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