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人生に指標は必要か?

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 私の姉夫婦が、兵庫県で曹洞宗 の古刹を住職として経営しているのだが、近年の宗教離れによって経営は楽ではない。しかし、東日本の寺院に比べれば、西日本では先祖代々の強力な檀家が残っていることが多いので、とりあえず夜逃げにまでは追い込まれずに、ギリギリにやっているようだ。

 なんで西日本には強力な檀家がいるのかといえば、弥生人末裔だった瀬戸内沿岸では、天皇家を輩出した秦氏のように、権力的な構造による「家と一所懸命」という思想より、民衆どうしが小さな「邑」をたくさん作って、ちょうど中国の客家のような共同体生活を営んだ歴史があって、その中核になっていたのが寺だったから、寺を大切にする共同体思想が残っているからだと私は考える。

 だから、これは私が中津川市に移住してから気づいたことだが、秦氏末裔は、武家が多く、集落よりも家を大切にするので、家同士が分散し、孤立したような配置になっている。
 その様子は、まるで出城のように見えた。
 ところが、弥生人末裔集落では、寺があって、その周囲に必ず小さな家の小さな集落が成立しており、集落が、まるで一家族であるかのような共同体生活を営んできたのである。

 http://tokaiama.blog69.fc2.com/blog-entry-81.html

 弥生人集落では、隣家でセキをしていても聞こえるが、秦氏末裔村(騎馬民族)では、見上げるような石垣や塀の奥に立派な城のような家があって、中をうかがい知ることはできない。
 だから、西日本の寺を中核とした檀家集団は、まるで兄弟親戚のような関係で、核心にある寺が、教育や生活のさまざまな知恵を教える文化センターのような役割を果たし、年間数十回も開催される「講」によって、人々は連帯感を高める仕組みになっている。

 寺が住民に対して果たしている役割が、秦氏末裔の寺とまるで異なるのである。
 また秦氏末裔地域では、廃仏毀釈のせいで、寺は非常に少ない代わりに神社が多いのが普通である。蛭川では、一軒しか存在しない。

 私の姉も、檀家の娘さんたちに、歌やら社会訓練やら、さまざまの教育を行っていて、檀家との連帯感を高めている。また、近所に身寄りのない老女がいれば、介護にも出向いている。
 こうした親密な檀家との関係を築けるのは、弥生人末裔社会でないと無理なような気がする。私の住む蛭川では、もっとみんな孤立していて、他人に対する思いやりは、あまり育たないのである。例え、檀家組織があっても、おそらく存続できないであろう。

 ただし、弥生人末裔社会=瀬戸内沿岸では、昔から「夜這い」の習慣があって、今の80歳以上の男は、ほぼ全員が、夜這いをかけた経験があると思う。
 これは、照葉樹林帯文化圏に特有の風習で、母系氏族社会の残渣でもある。弥生人は、中国雲南方面から蘇州に移動した民族が、たくさんの船で九州に移住した子孫と考えられる。
 これが何を意味しているかというと、生まれてくる子供の父親と、戸籍上の父親が一致するとは限らないということだ。
 夜這い後、娘は夜這いに来た男を配偶者として指名する権利があり、これを拒否することはできなかった。このとき生まれてきた子供が、誰の子であっても関係ないのだ。

 西日本では、本当の父親が誰なのかわからないのは常識でもある。この風習は1950年代まで続いたから、私の世代では、特にそうだ。
 生まれた子供は、集落の子供であり、集落全体で育てるのだから、父親個人などいなくとも、十分に育ってゆくのである。

 江原啓之が、オーラの泉で、「今あなたのお父さんの霊が来ています」と言ったとき、「お父さんは生きてますが」と、問題にされたことがあったが、これなど、私は聞いていて笑いが止まらなかった。弥生人末裔地域では、本当の父親は、誰なのかわからないのが普通だったからだ。

 このように、歴史的に結束の固い共同体社会の中核的存在であった西日本の寺院に比べて、秦氏末裔によって占められた東日本の寺院は、檀家組織の弱さから、それこそ阿鼻叫喚の悲劇に追い込まれているところもあって、このままでは、寺院として存立が不可能になりつつあるところも少なくない。
 「弱り目に祟り目」で、寺院には、高額の不動産資産があるのが普通なので、暴力団員が入り込んで食い物にされている寺も少なくない。

 私は、職業柄、暴力団員が後継者として入り込んで、不動産を売り飛ばした寺を、いくつも知っている。
 大須の超有名寺院でも、ひどく金になるとみえて、住職が毎晩、ヤクザとともに繁華街を飲み歩いてる姿を見たこともある。

 日本には、住職のいる寺が75000と、無住も含めて10万を超える神社があるといわれる。
 日本人口を1.3億人とすれば、700名に一施設があることになり、まさに全国津々浦々に、存在している、
そのうち、経営がゆとりをもって成り立っている寺社は、数万もないかもしれない。
 凄まじい勢いで、若者の宗教離れが進んでいる以上、これらの寺社のうち、20年後に生き残っていられるのは一割もないかもしれない。

 これほどの数、宗教施設が存在するからには、もちろん確固たる意味があるはずだ。
 まったく合理性のない、無意味な存在が、2000年にもわたって、これほど大量の数、存続してこられる必然性はない。
 私は、これらが、霊的存在を形象していることから、霊的世界の実在を反映し、証明するものだと考えている。
 神や仏の実在は別として、死後の世界が間違いなくあって、生きてる世界とも関わりを持っているから、このような施設が必要になると見るのが正しい視点だと思う。

 それとともに、施設を維持、存続されてゆくための努力というか、宗教施設が、地域社会のなかで存在理由を主張するためには、必ず地域社会に貢献するファクターが必要になるのである。

 日本の仏教寺院の大半が、鎌倉仏教を継承したものであるが、法然・親鸞・日蓮・永西・道元らの思想は、まったく深淵な哲理に満ちたもので、現代の思想家たちも彼らを超えられているかというと、私はそうは思わない。
 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%8E%8C%E5%80%89%E4%BB%8F%E6%95%99

 こうした思想をわかりやすく解釈して、住民に説明するというだけでも、人間社会の生活の規範を教えることになり、社会の安定にとっても、家族を維持する道徳的価値観にとっても、非常に有効なものだったと私は思う。
 檀家にとっても、集落の連帯を増し、安定した生活を確保するためにも、大切な施設であり、相当な負担を伴っても、人々は寺社を維持してきたのである。
 逆に、こうした宗教施設による思想教育が行われなかった場合、集落の価値観の整合性を確保することは困難であり、連帯感も育たなかったのではないだろうか?

 明治、資本主義が勃興し、昭和に至って、地域社会が分断されて、人々は小家族に孤立させられ、寺社を支える環境が著しく悪化した。
 小家族しかいない地域社会では、歴史的な宗教的価値観から切り離され、寺社も作られず、檀家による社会的連帯も失われていった。
 妻たちが講に足繁く通う姿も見られなくなった。墓参りは忘れ去られ、多くの墓が持ち主不明で荒れ放題にされている。

 何よりもまずいのは、子供たちが寺社による思想教育から学ぶ機会を失ったことで、人生観や世界観の深淵な広がり、奥行きを理解できる力を退化させてしまったことである。
 釈迦の名前くらいは知っているが、「因果応報」の摂理は知らない。それが宇宙の根元法則であって、人生を束縛していることも理解できない。そして、人生は、無限回数繰り返されていることも知らない。
 肉体が死んでも心は死なないという真実を理解できない。だから、人生観は即時的、即物的、刹那的、すなわち、目先の利益、目先の喜びばかり追い求めるようになり、前にあった人生、次に来る人生とのつながりのなかで人生観を俯瞰するという大きな心を得ることができない。

 今、全国の寺社、とりわけ仏教寺院が恐ろしい音を立てて崩壊している現実のなかで、ますます鎌倉仏教は忘れ去られてゆくのだが、寺院は、若者たちを哲学で教育するという使命を思い出して、新しいかたちで、教育講を維持する努力が必要だと思う。
 このとき、古くさい仏教ではなく、江原啓之のような霊能者が、仏教エッセンスと融合して主導することが大切だと私は思う。
 もちろん、口先でスローガンを叫んでみても何も解決しないが、「本当に役に立つ」ことを、みんなが理解すれば、まだまだ生き残る機会が残されているのではないだろうか?

 人生には指標が必要なのだ。
 

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