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人に影響されるということ

カテゴリ : 未分類

 京都の人々の精神性を作り出してきたのは、千日回峰の行者たちだと、このブログで、私は何度も書いた。
 40年ほど前、初めて、酒井雄哉の千日回峰の密着取材がNHKによってドギュメンタリー化されて、視聴者に衝撃を与えた。

  https://www.youtube.com/watch?v=whDOU23Oxeg

  https://www.youtube.com/watch?v=SFijNPBQ9oc

 https://www.youtube.com/watch?v=DOA1e20EGFQ

  https://www.youtube.com/watch?v=3TMGeBYpFAY

  https://www.youtube.com/watch?v=Y7KaGS--WRc

 https://www.youtube.com/watch?v=Tzl7aphGvCc

 とりわけ回峰行のクライマックスである「堂入」の凄まじさに圧倒されなかった人はいないだろう。

  https://www.youtube.com/watch?v=JtHfT4B4QJk

 九日間の断食・断水・不眠の上、真言を唱え続ける行は、世界中のどんな行よりも過酷といえるだろう。もう人間業ではない。
 このテレビ番組を見て、酒井雄哉に感動した仙台の少年が、自分もこの行を行いたいと大峰山に出家して、さらに厳しい回峰行を満行した。

 https://www.youtube.com/watch?v=y7UKACmylZk

 https://www.youtube.com/watch?v=bXx9e2vtQog

 だが、酒井雄哉は、二回行った千日回峰で「得られたものは何もなかった」と語った。
 満行した行者たちの多くが、同じことを語っている。
 「何も得られないのに、なぜ過酷な行を行うの?」
 そんな疑問に対して、雄哉は、「だから私がある」と答えている。

 千日回峰行には、途中で失敗すれば自殺すべしという掟がある。「失敗は恥」という評価があるのかどうか不明だが、失敗が公開されることはないので、(もし失敗したら行者の命ごと、すべての行のプロセスが抹殺されるから)我々が、誰が、今、どのような行を行っているのかを知ることはできない。

 失敗の理由は問われない。ただ行の中断に追い込まれれば、それが失敗であり、そのとき、行者の命も失われる。
 記録のある戦国時代以降の千日回峰行者で、成功したのは一説によれば6割といわれる。つまり、残りの4割が行を中断して自ら命を落としていることになる。
 もちろん、行の敗者の記録が公開されることは絶対にない。

 この点だけが、私が千日回峰に感じている疑問であり、満行者だけに陽が当たるような天台宗の姿勢には強い疑問を感じる。
 比叡山の誰も知らない一角に、ひっそりと隠されている非満行者の墓地があるとも噂されている。なかには、死の掟に反発して、行の途中に逃亡してしまった行者だっていることだろう。

 酒井雄哉は、行の最中に猪に遭遇して親指を負傷し、化膿して歩けなくなった。死を覚悟して、自分で化膿した親指をほとんど切断し、そのまま気を失った。
 意識が戻ったときに生きていたので、自分で手当して、そのまま行を続けたが、親指の役立たない回峰行は事実上、死の世界であって、満行したこと自体が本当の奇跡であった。
 塩沼亮順もまた、体調を悪化させ、死と紙一重の状態で行を続けるしかなかった。
 大半の行者が、千日回峰のなかで二回くらいは死を覚悟させられる事態に遭遇するといわれる。

 酒井雄哉は、巨大な影響を与えている。冤罪で半年も拘留されて無実を勝ち取った村木厚子を、心が折れそうになる獄中で支えたのが酒井であった。
 https://www.chichi.co.jp/web/20181229muraki/

 酒井に全面的に帰依して支援し続けた人のなかには高倉健もいた。
 https://blog.goo.ne.jp/hardsix/e/be84fa273a5a03698a88c9f07d85139a

 一度でも、千日回峰の最期の行程である、7年目、一日84Kmの京都大回りを行っている行者の姿を見た人は心打たれるであろう。
 https://www.youtube.com/watch?v=pn-RvS4Bg00

 京都の人々は、誰一人、行者を茶化したり、笑ったりしない。真剣そのものの表情で、行者に帰依し、深く頭を垂れて、行者による加持を求めて跪いて待っている。
 この真剣な雰囲気は、日本社会において、おそらく最高峰の濁りのない、澄み渡った光景であろう。
 誰にやらされているわけでもない。京都の人々は、空気を吸うように自然に千日回峰行者に帰依しているのである。

 千日回峰行が、存在さえ気づかぬ空気のように存在する京都という街は、そこに住む人々にとって、恐ろしいほど強力なアイデンティティ=共有される価値をもたらす。
 「京都は特別な街、価値ある街」という意識を育んでいると思わない人はいないのではないか? そこは異次元の空間なのだと。

 この行は1000年前に、相応という比叡山の僧が始めたもので、比叡山を襲撃してジェノサイドを行った織田信長によって、あらゆる寺院が焼き払われ、それ以前の記録も消失しているが、それ以降400年の記録は残されている。
 これまでの満行者は、51名と記録され、戦後では14名とされている。これが、いつからのものか詳細は分からない。

 千日回峰行を二度も繰り返した行者が二人いて、大正時代の奥野順玄と、昭和の酒井雄哉である。
 酒井は、自分を人生の破綻者だと語った。
 予科練に志願し、特攻隊で散る日を待った。戦後、生き延びたが、ラーメン屋や投機屋を悉く失敗し、新婚一ヶ月で妻は自殺した。何がなんだか分からない朦朧とした意識で比叡山を訪れ、そのまま出家した。
 最初の回峰行では、毎日、死んだ妻や、特攻に散った戦友が現れた。彼の心の苦痛を癒やすものは、それ以上の苦しみでなければならなかった。
 やがて、何も出なくなり、淡々と行をこなせるようになった。  

 http://www.v-shinpo.com/special/333-2011-09-23-21-53-37

 酒井は、千日回峰で得たものはないと語ったが、「だから私がある」とも言った。
 だが、酒井の行が、それを目撃した京都の人々にもたしたものは巨大である。
 京都の人々にとって、自分の目に直接見える行者の姿が、その人生観に、どれほどの影響をもたらすか想像してみればいい。
 人は人に影響されるものである。偉大な人格に触れれば、意識しなくとも、自分まで強い影響を受けるのである。

 我々は、政権のトップに居座る安倍晋三の「呼吸するように、口から出まかせの嘘をつく」姿を見せられ、こんな愚かな首相が居座る日本国家というものに絶望するしかない。
 「上が腐れば下も腐る」の諺どおりに、安倍が政権に座ってからというもの、日本政府内に、あらゆる嘘が膨張しているのは毎日のニュースで思い知らされる通りである。
 「結局、社会は利権しかないのだ」と若者たちが思い知らされることで、日本国家の尊厳が根底から崩壊し、生きたまま腐臭さえ漂う姿になっている。

 だが、京都の人々は違う。
 命を捨てた行者が、毎日、人々の幸せだけを願って、超人的な苦行に耐える行を行う姿を、自分の目で目撃できるのである。
 これを見て、感動するなと言う方が無理だ。ひたすら行者に頭を垂れて、加持で触れてもらうことで、人生の特別な力を与えられるのである。

 これは、私が、若者だったころ、本多勝一や植村直己や、小西政継らの冒険ニュースに接していたときの感動に似ている。
 彼らの冒険は、自分自身の心をも触発し、沸々と冒険への意欲を煽ってくれた。私も、彼らほどではないにせよ、厳冬のアルプスで、小西や植村の体験の、数百分の一でも味わってみたいと、私は強く意気を感じたのだ。
 そうして、厳冬のアルプスで道を失って彷徨ったときも、心の一片に、これで小西と連帯することができたと、密かな喜びさえ感じたものだ。

 京都の人々にとっても、同じような意味で、毎日の生活の中に行者の苦行を思いながら耐える場面があるに違いない。
 「あの人が、凄まじい苦行に、文句の一つも言わずに耐えている。だから私も……」
 という連帯の意識が芽生えるのが自然であろう。

 こうした意味で、社会には行者が必要なのだ。
 今、我々の日本社会では、一方で自民党の腐乱政権に絶望しながらも、他方で、素晴らしい行者の姿に励まされている。
 我々は、千日回峰なみの行者を目撃している。
 その人の名を、尾畠春夫さんという。

 彼は今、東京からリヤカーを引いて徒歩で大分の自宅に帰っている旅の途中である。
 https://www.youtube.com/watch?v=9wXsfh7JDgw

 私には、尾畠さんの行動が酒井雄哉に重なって見えるのだ。尾畠さんは宗教には、まったく無関係の人だ。しかし、あらゆる人々から尊敬を受けている。
 それは彼が、人のなしえない苦行に生きる行者だからだろうと思う。
 尾畠さんの存在と行動に励まされている人々が、どれほど大勢いるのか見当もつかない。
 
だが、尾畠さんが有名になると、誹謗中傷したがるゴミ野郎がウジのように沸いてくるのも事実だ。  
https://relishplus.com/haruo-obata-zisaku/

 尾畠さんをヤラセと言ってみたり、金儲けと中傷したりする輩が沸いて出ているが、この連中は、心の波動が、嫌がらせだけに合ってしまっているのだから救いがない。
 酒井雄哉も、生きているうちは、ずいぶんひどい中傷に遭った。奥さんを自殺させたことを、えぐるように誹謗コメントを書き込んでいた馬鹿もいた。

 私も、読者が誰でも知っている通り、ありとあらゆる根拠のない誹謗中傷が注がれている人間だ。
 おかげで、それを信じてしまって、私を敬遠する人も多いのだが、これも波動の法則でそうなっているのだから仕方がない。
 私に対する誹謗中傷を信じている人は幸せな人だ。敬遠すれば、もちろん波動が合わないから私の書いてきた文章とも縁がないだろう。

 尾畠さんを中傷する人も、尾畠さんの波動によって救われる機会がない。これも自業自得、因果応報の結果なのだから、誰にも文句を言うことはできない。
 尾畠さんに救われる人は、尾畠さんを無条件に信頼する人たちだけなのだ。
 彼は行者である。彼の行こそが、日本社会に大きな光を照らしていると私は思う。 

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