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ピエール瀧の逮捕と戒律社会

カテゴリ : 未分類

 ロックシンガーで俳優のピエール瀧が、コカイン吸引で逮捕された。
 https://blogos.com/article/365473/

 まるで深刻な詐欺か殺人事件を犯した犯人のように世間から袋だたきに遭い、瀧個人への賠償額は30億円とも見積もられている。
 https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20190319-00010001-flash-ent

 芸能人が大麻やコカインを吸うと30億円支払う義務が生じるのか?
 瀧の年齢は51歳で、1990年頃からロックシンガーとして活躍してきたと書かれているが、今から30年前の日本社会で、ロック歌手といえば当時はマイナーイメージで、大麻なんかやってない人の方が少なかったと思う。

 当時の誰でも、そういうものだと思っていた。社会は鷹揚で、少しくらい、倫理をはみ出すのは若者の特権であるかのように思われていた。
 ちょうど、全共闘や市民運動に参加する学生たちと同じように、大麻吸引は、体制からはじき出されたアウトローの自由のシンボルだったのだ。

 芸能人も、元々は「河原乞食」と言われたくらいで、権力社会が受け入れてくれない、はみ出し者=在日朝鮮人・部落民・底辺の生活者が、他に行く当てもないので、仕方なしに選んだ職種であって、反権力的な人生観が共有されてきたはずだ。
 だから、社会に受け入れられ難いマイナーなライフスタイルなんて、全然珍しくもない、普通の姿だった。

 ベトナム戦争末期の1970年代、立川や横田基地の周辺で、マリファナを入手するのは容易だった。なにせ、米軍の公式売店PXで、マリファナたばこが商品として堂々と売られていた時代だったのだ。米兵と友人になれば、すぐにマリファナたばこをプレゼントしてくれた。
 もし、米軍当局が、兵士の麻薬を禁止したなら、間違いなく暴動が起きただろう。ベトナム戦争は、公称5万人の米兵が戦死していて、戦場は正真正銘の地獄、命がけのサバイバルで、麻薬は過酷な戦場における唯一の息抜きであって、それを禁止されたなら、上官は戦場で後ろから銃殺されることになっただろう。

 日本社会でも全体に麻薬は、ヘロインについては非常に厳しかったが、覚醒剤は1951年頃まで合法的に薬局で販売されていた事情から、まだタンスの奥にヒロポンを所持している家などいくらでもあったし、大麻も、地方の廃村に出向けば、かつてどこでも栽培されていた大麻が野生化したものなど、どこにでも見られた。
 だから、覚醒剤や大麻など、違法麻薬と認識する人も少なかったし、山村の片隅に自生するケシを薬として利用する人も少なくなかった。
 https://natgeo.nikkeibp.co.jp/atcl/web/17/040500003/041100003/

 そんなわけで、日本社会全体で、「違法薬物」なんて認識を強要する人も少なかったし、芸能界のようなアウトサイダーでは、割合、自由に利用されていたといってもいい。
 瀧が吸ったのはコカインで、これは日本では馴染みがなかったが、それでも耽溺性や生物毒性の話も聞かないし、南米ではコカインの原料であるコカは、嗜好品として普通に販売されているのだから、特別に重罪で取り締まることが必要な麻薬とも思えない。

 当時の感覚で考えれば、ピエール瀧のコカイン使用が、30億円もの損害賠償を請求されるほどの犯罪であるとは誰一人思わないだろう。
 そんなものを犯罪として捉える人も、厚労省の麻薬取締部以外には、ほとんどいないだろう。
 こんなことで、芸能界から追放された上に、巨額の損害賠償を起こされるなんてのは、あまりにも常軌を逸した異常な感覚である。
 こんなことをして、一体誰が、何のトクになるというのか?

 なぜ、政府が、これほど麻薬類の使用に過酷な姿勢で臨み、また民間企業も、常軌を逸した倫理感覚を要求するのかといえば、私は、今世紀に入って明瞭になっている、一種の戒律社会ともいえる、国家による民衆の自由の束縛路線のなかにあり、民衆を異常な罪悪感の鎖でがんじがらめに締め付けて、呼吸困難にさせる方向性があると考えている。

 今世紀に入ってから、政府=治安機関による締め付けは、人間のあらゆる自由を否定し、国民生活を畜産場の豚のように扱って、その命までも利権に変えようとする思惑があるように思える。
 自由を封じられて飼育された豚は、小さな檻の小さな枠のなかだけが自分の世界であるかのように思い込み、外の大きな世界にある自由を知らずに、屠殺され、人生を終えてゆくのだ。

 生活のあらゆるスタイルをがんじがらめに法で締め付けられることは、人間性を矮小化させ、卑屈で臆病にする以外の結果は得られない。
 それは自由な人生の喜びを失い、あらゆる希望を知らないまま資本主義経済の商品としての人生を終えなければならない運命をもたらす。
 その最大の被害者は、警察官など権力機関にいる人々だろう。近年、警察官による性犯罪の凄まじい拡大が、それを示している。
  https://gendai.ismedia.jp/articles/-/51334

 https://matome.naver.jp/odai/2151458814734731401

 どうでもいい、軽微な冗談でもパワハラ・セクハラの犯罪者にされ、冗談の一つも言えず、発散もできない。
 生活のあらゆる要求が犯罪であるかのように決めつけられる統制社会のなかで、小さくなって生きてゆかねばならない不自由さへの憤懣をどうやって晴らすかと想像すれば、あるときは、職務質問で怯える善良な市民を虐めることに快感を覚え、立ち小便を見つければ殺人犯罪のように居丈高に扱い、男社会の警察のなかで、婦警に嫌がらせを行い、秘密裏にスカートを盗撮する喜びを覚えたりするのは当然というしかない

 昔、我々の若い頃の警察官は、法律や権力を振りかざすことはなく、まずは人情を最優先にして、人々の安全な生活を守る職務に誇りを持って取り組んできた。
 だから、庶民の多くから親しまれ、信頼され、自分に自信を持って人生に充実を抱いてきたのだ。
 今のように、要領よく世渡りしたいだけの警官は、決して多くなかった。だが、これほど、生活の細かい所作にまで法的な束縛を設ければ、法を振りかざして、権力を行使する傲慢な姿勢に矮小化せざるをえないのだろう。

 これは10年ほど前に書いた、私のブログだ。
 http://tokaiama.blog69.fc2.com/blog-date-200907.html

 もう当時から、車で職質を受ければ、車載装備のドライバーを窃盗道具と決めつけられて検挙され、登山ザックを背負って駅に向かえば、ザックを調べられて十徳ナイフが見つかれば、銃刀法違反で検挙され、コンビニで普通に売られている雑誌に16歳の少女のヌードが掲載されているだけで、児童猥褻書画保有容疑で検挙されるような馬鹿げた時代が始まっていた。

 日本社会は、自民党が政権を得て、年々、あらゆるライフスタイルへの理不尽な締め付けが強化されてゆく一方である。
 この理由について、私は「新自由主義の蔓延」つまりグローバルスタンダード社会と一体化していると考えている。

 アメリカ新左翼がネオコン(新保守主義)に代わり、ユダヤ人フリードマンによる新自由主義が台頭し、グルーバルスタンダードという、(ユダヤ人の)金儲けだけが正義であるかのような世界が始まった。
 日本では、中曽根康弘が導入し、小泉純一郎=竹中平蔵が、日本社会を「金融国家=金融資本主義社会」に変え、凄まじい格差社会をもたらした。

 この格差社会で、大金持ちや権力者の生活を守ろうとすれば、国民を法的締め付けで脅し、権力に怯えるような矮小な人間性に貶め、権力に刃向かうことが恐ろしいことだとの恐怖心で洗脳することになる。
 現在行われている、不寛容社会の意味は、このように権力者と大金持ちの利権を守るためのもの以外ではない。
 国民生活の安全を守るなんて名目は真っ赤な嘘だ。それは福島原発事故の対応を見ていれば誰にでも分かる。国は、国民の安全など何一つ考えていない。安倍政権が考えているのは、自分たちの利権を守ることだけである。

 こうした日本社会の傾向は、全世界のグローバルスタンダートの思想がもたらしたものである。
 グローバルスタンダードの推進者は、全世界の資産の9割以上を保有しているといわれるユダヤ教徒であり、実は、これがユダヤ教の戒律主義と関係あることに気づいている人は少なくないだろう。
 新約聖書を読んだことのある人なら、キリストの生涯の敵が律法主義者=パリサイ人であることを知っているだろう。
 キリストは、その生涯で、律法主義者との争いを繰り返し、最期には殺されてしまった。そのパリサイ人の末裔こそがユダヤ教徒(フランキスト派)なのである。

ユダヤ教徒の正体は、タルムードに余すところなく描かれていると私は何度も書いた。
 http://tokaiama.blog69.fc2.com/blog-entry-75.html

 その究極の目的は、神に選ばれた者はユダヤ人だけであり、それ以外の者たちは、ユダヤ人に奉仕するためのゴイム(家畜)にすぎない、という下りであろう。
 「世界の人々を、ユダヤ人に奉仕するための家畜にすること」
 これこそが、ユダヤ教徒の戒律であり、グローバルスタンダードとは、このための戦略であると私は考えている。
 この目的のため、世界の人々を家畜化する手段として、その生活をがんじがらめの戒律で縛るという戦略が実行されていると私は思う。

 だから、冒頭に紹介したような、麻薬類の過酷な取り締まり、十徳ナイフやドライバーの所持さえ許さないような法律、自然な性欲を罪悪と決めつける締め付け、性の犯罪化が行われている。
 ピエール瀧の麻薬吸引を糾弾する世論に、無自覚に迎合するのではなく、なぜ過酷締め付け社会はやってきたのか? このことに、多くの人が気づいてほしいと思う。

Appendix

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