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 残された右傾化スケジュールは徴兵制だけか?

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 この数日の天皇制フィーバーは凄かったし、今も続いているのだが、全国民が、こぞって祝っているような同調世論作りのなかで、福島第一原発事故は、平成の巨大事件としても、何一つ語られなかった。

 テレビ各局の“平成事件振り返り”から「福島原発事故」が消えた! 広告漬けと政権忖度で原発事故をなかったことに (リテラ)
 https://lite-ra.com/2019/04/post-4690.html

 以下引用

 「平成」の終わりまであと数時間。この1、2カ月テレビ各局はこぞって「平成振り返り」特番を放送してきた。しかし、そのなかで、気になったことがある。どの番組を見ても、あの福島原発事故のことがほとんど出てこないのだ。

 たとえば、4月6日に放送された『池上彰のニュース そうだったのか! 3時間スペシャル』(テレビ朝日)。その内容は「平成30年大ニュース」と題し、平成の時代に起こった事件や出来事を「昭和」と比較し分析するというもので、ゆとり教育や消費税導入、テロの激増、そして「日本を大きく変えた自然災害」として西日本豪雨、雲仙・普賢岳などともに東日本大震災にも触れられていた。ところが、その震災についても「SNSが普及」「LINEに既読機能が」といった災害対策がメインで、多くの国民に甚大かつ深刻な被害を与えた福島原発事故についてはクローズアップしなかった。

フジテレビが3月31日に放送した『報道スクープ映像 昭和・平成の衝撃事件!大追跡SP』も同様で、昭和のロス疑惑まで取り上げているのに、原発事故にフォーカスすることはなかった。

 NHKでも同じ現象が起きている。『NHKスペシャル』ではこの間、「平成史スクープドキュメント」と銘打った回顧シリーズを放送していたが、「大リーガーNOMO」「山一証券破綻」「小選挙区制導入」「安室奈美恵」などがテーマで、原発事故は結局、テーマにならなかった。

 情報番組やワイドショーも、この間、レギュラー枠の中で平成ふりかえり企画を放送したが、やはり原発事故をクローズアップした番組は皆無。

 とくに、唖然としたのがきょう、平成最後の日の『情報ライブ ミヤネ屋』(読売テレビ系)だ。「年表で振り返る30年間」として平成の事件を振り返り、小泉政権の誕生、高橋尚子のシドニー金メダル、ライブドア事件などはたっぷり映像で放送したのだが、2011年になると、「災害の多かった平成、なかでも東日本大震災、いまだに復興道半ば」という短いコメントとともに、津波で押し流された町の写真パネルが一瞬、映されただけで、すぐに「それから2012年、東京オリンピック開催決定、スカイツリー開業、えーそんな前になんの?」と、宮根がおちゃらけトークで別の話題に移してしまった。
 
そのあと、天皇・皇后の東日本大震災被災地慰問の映像が流れて、再び震災の話題になるのだが、ここでも不可解なことが起きる。「被災による避難者数」というフリップが映され、林アナが「およそ4万8000人の方が避難している、そのうちおよそ4万人は福島県の方」と解説したのだが、そのあと、原発のゲの字も口にせず、その「4万人の福島県の避難者」の原因についてネグってしまったのだ。

「この間、原発事故のことをきちんと取り上げていたのは『報ステ』やTBS、それも報道局が作った番組くらいじゃないですか。他の民放も、NHKも明らかに原発事故を避けていた」(民放関係者)

 言っておくが、この原発事故は当事者である吉田昌郎・福島第一原発の所長(当時)がいったんは「東日本壊滅を覚悟した」と回想したくらいの危機的な状況だった。そして、いまも4万人以上の人々がこの原発事故の影響で故郷を追われ、避難生活を強いられている。そんな重大事故をテレビの平成振り返り企画が不自然なくらいに避けまくっているのだ。これはいったいなぜなのか。

引用以上
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 日テレ(読売系)は、2019年4月現在の避難者総数を、48000名と報道した。
 だが、復興庁によれば、避難者総数は、51000名であり、これにも大きなカラクリと矮小化があって、原発事故の放射能汚染から避難しているにもかかわらず、避難者と認めず、補助金も無理矢理打ち切られてしまった世帯も多数いると指摘されている。

 2年前の2016年2月には「避難者」は約17万4000人だった。
それが、2018年2月27日には約7万3000人に減った。
 2019年3月には、さらに4万1299人に統計上は減っている。

 これは、避難の必要がなくなったのか? 違う! 避難者認定を政府の都合に合わせて無理矢理、消してしまったのである。
 https://note.mu/ugaya/n/n9c58f9617b60
 以下引用

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 数字だけ見れば、2年間で約10万人、42%に減った計算になる。「避難者が2年間で10万人減った」とだけ聞けば、避難者はめでたく故郷・わが家に戻ったかのように思える。「順調に復興が進んでいるのだ」と受け取ってしまう。

 ところが、これは国政府が「避難者」の定義をいじることで生まれる、統計上のトリックなのだ。
 避難者が減っても、彼らが故郷・わが家に戻ったとは限らない。むしろそれは少数派である。「避難者は減り、復興は進んでいる」という「ポジティブな認識形成」が人為的に行われているといっていいだろう。

 そして政府のほかにもうひとつ、福島県は「仮設住宅を出ても、福島県内に戻るなら、借り上げ住宅の家賃補助を続ける」という制度を続けている。山形県や新潟県など隣県に避難した人々が、福島県に戻りたくなる金銭上のインセンティブをつけているのだ。これは福島県にとっては「原発事故被害で人口が減少し、県勢が衰退する」ことを食い止める効果がある。

 こうして「福島第一原発事故からの避難者の数の減少」および「復興のバロメーターとしての人口の回復」には、国と県による人為的な操作が二重にかかっていることになる。これでは「避難者の減少」や「人口の回復」イコール「復興している」として単純に解釈することはできなくなる。つまり統計の信憑性が著しく落ちるのだ。

政府が決める「避難者」の定義について取材した結果を報告する。

 結論を先に言っておく。

 やはり、一度仮設住宅(またはその代替である借り上げ住宅=アパートや一戸建てを含む。『みなし仮設』と呼ばれる)に入居すると、そこを出て引っ越しをしたとたん、政府は「避難者」から外してしまうのである。

 避難生活を続けたくても、家賃補助を打ち切ってしまう。

 避難して最初に入居した住宅から、引っ越しを認めない。

 なぜ避難住宅の引っ越しを認めない制度が問題なのか。

 私が実際に取材した避難者家族で、こんな例があった。

●事故直後の混乱で不便な山村で避難者になったら?
 原発から約25キロ北の南相馬市に住んでいた一家4人である。1号機の水素爆発のテレビ映像を見て、自動車に乗って同市を脱出した。一山越えて中通り地方(福島市、郡山市、伊達市、二本松市などがある)に出たが、避難者を収容する施設がどこも満員で、落ち着く先がない。さらにもう一山越えて山形県米沢市に出たが、またどこも満員。やむを得ず、人の少なそうな山間部に向かい、山里でようやく公共施設にたどり着いた。救援の食料や水、毛布をもらい、床の上で眠った。

 数ヶ月後に、その近くで家を貸してもらえることになった。ここが「みなし仮設住宅」、つまり政府の定義でいう無料で提供される避難用住宅になった(厳密にいうと家賃補助には上限がある)。国→福島県→家主と家賃が支払われる仕組みだ(ちなみに、この仮設住宅を無償で提供することを根拠づける法は『災害救助法』であることが今回の取材でわかった)。

 ところが、いざ住んでみると、山間部の僻地なので、日用品の買い物や、息子の高校への通学にも自動車が必要なことがわかってきた。レンタルDVDを借りたくても、クルマでないと行けないほど遠い。

 そして冬を迎えた。2〜3メートルの積雪は当たり前だった。雪かきをこまめにしないと、玄関から出ることすらできない。屋根が重みでギシギシでいう。故郷の南相馬市では雪はほとんど積もらない。慣れない雪かきでへとへとになった。

 避難生活が1年、2年と長引くにつれ、さすがに疲労と不便さに耐えられなくなった。「もう少し便利なところ」に引っ越しをしようと福島県庁に問い合わせてみると「借り換えは認めない」という返事が来て驚愕した。「引っ越すなら、家賃補助を打ち切る」と言われた。ところが福島県庁は「福島県内に戻るなら、家賃補助を続けることができる」と言ってきた。やむなく、故郷の南相馬市には戻れないまま、福島市内にアパートを借りて生活を始めた。

 この一家は「放射能汚染が心配なので、福島県内で子供を育てたくない」とはっきり言っていた。しかし、結局は慣れない避難先の暮らしに疲弊し切ってしまった。さりとて南相馬市に戻ることもリスクが大きすぎる。家賃補助が打ち切られると避難生活は続けられない。結局「汚染が南相馬よりはましな場所」を選んで引っ越さざるをえなかった。

●「借り換えは認めない」「法律を改正する意思はない」と国会答弁
 なぜ、避難生活を続けるための引っ越しを認めないのだろう。これでは「できるだけ早く避難生活をやめろ」「福島県にもどれ」と誘導する制度である。つまり「避難先でいったん入った(みなし)仮設住宅からは引っ越しを認めない」という制度が、避難生活を続けることの「ディスインセンティブ」(disincentive=行動・やる気を阻害する外的要因のこと)として作動している。

 現地での取材を進めるにつれ、同種の声を聞いくことが増えていった。この疑問が頭から離れなくなった。

 取材を進めるなかで「借り換えは認めない」「法律を改正する意思はない」と政府が表明している記録を見つけた。

 2013(平成25)年5月10日、衆議院災害対策特別委員会での厚生労働省の答弁である(当時は災害救助法を所管するのは厚労省だった。同年10月に内閣府、つまり内閣直轄になった)。高橋千鶴子議員(日本共産党)の質問に、桝屋敬悟副大臣(公明党)が以下のように答弁している。

高橋千鶴子議員 「そこで、桝屋副大臣にぜひお伺いをしたいと思いますが、昨日、仮設住宅の住みかえ問題を質問いたしました。もちろん、仮設というのは本来長く住むところではありません。とはいえ、公営住宅がまだできておりません。実際にできているのが数百という単位なんですよね。それで、土地計画の問題などもあるので、何年もかかるということが現実にあるわけなんです」

桝屋敬悟・厚労省副大臣 「この点につきましては、応急仮設住宅、昨日の本会議で大臣と委員が議論されておられる姿を見ておりました。昨日も大臣が答弁をいたしましたけれども、応急仮設住宅の入居につきましては、先般、被災地において、今委員からお話がありましたが、災害公営住宅等の恒久住宅が不足する場合などにつきましては、原則として、特例法に基づきまして、一年ごとに延長できる取り扱いを自治体に周知しているところでございます。

 一方で、今委員からお話がありました住みかえに関する話でございます。

 この住みかえに関しましては、災害救助法に基づく被災者の転居先としては、これは恒久住宅が想定されているわけでありますから、昨日も大臣が御答弁しましたけれども、基本的には難しいと考えているところでございます。

 ただし、具体的な状況を言いますと、福島県から他県に避難された被災世帯が福島県内に帰還される場合は、これは帰還促進の観点もございまして、住みかえを可能とする取り扱いをしているところでございます。昨日、大臣が御答弁申し上げたとおりのことでございます」

 この答弁を読んだとき、あまりに倒錯した内容に私は驚愕した。

 政府は「被災者の転居先としては、法律は恒久住宅を想定しているから、借り換えは認めない」という。

 注意してほしいのは、この「仮設住宅」という言葉は、災害救助法が「政府が無償で提供する災害被災者の仮住まい」と定義する法律用語だということだ。つまり「仮設住宅=無償提供または借り上げ住宅を仮設住宅とみなして家賃を出す」という意味である。だから、仮設住宅がなかった場合のアパートや戸建てを「みなし仮設住宅」というのだ。

 要点を箇条書きにしてみよう。これが政府の答弁の「本当に意味するところ」だ。

1)災害救助法は仮設住宅(みなし仮設住宅であるアパートや一戸建ても含む)から転居する先は恒久住宅と決めている。
2)よって、引越し先を再び仮設住宅(家賃補助が政府から支給される避難者用住宅)にすることは認めない。
3)引っ越しするなら法律の規定から外れるので、家賃補助を打ち切る。

4)原発災害で仮設住宅住まいがどれほど長引き、不便であろうと、そこから出たら住宅の無償提供は打ち切る。

5)しかし、福島県に帰るなら「帰還促進」のため住宅の無償提供を続ける。

 災害救助法は1947年にできた法律である。地震や火山噴火、土砂崩れ、洪水といった自然災害しか想定していない。原発事故災害のように、5年以上(セシウムの半減期は30年である。30年で半分、60年で4分の1、90年で8分の1である)も避難生活が長引くような災害はまったく想定していない。原発災害のように、20万人以上が一斉に避難で動くような規模の災害も想定していない。

 もし現実の原発事故災害の避難者の利益を考えるなら、避難生活が長引き、避難者が忍耐の限界に達したら、引っ越しても無償の住宅で避難生活を続けられるように法律を改正するのが本来だろう。そうしないと「避難する人」と「避難しない人」の処遇が平等ではなくなる。

 ところが、政府の政策は「引っ越しは認めない」「引っ越したら家賃補助を打ち切る」として「避難を続けないこと」にインセンティブを与えている。

さらに「しかし福島県に帰るなら無償提供を続ける」と、福島県に帰還することに金銭的なインセンティブをつけている。そしてそれが「帰還促進」という政策なのだ、と堂々と答弁している。

ここでは「被災者が心配しなくてよい程度まで汚染は軽減したのか」というもっとも重要なはずの基準が抜け落ちている。

 これはまったく逆ではないのか。本来は現実に合わせて法律を変えければならないのではないか。

 ところが政府は「法律に合わせて住む場所を選べ」と、完全に逆立ちした論理を避難者に押し付けている。

●避難者は42%減ったのに故郷に帰ったのは10% 

政府のカウントでは、避難者数は2年間で17万4000人から7万3000人に、つまり42%に減ったことになる。

 一方、避難指示を解除して約1年間に、原発被災地に戻った人たちは、事故前の人口の1割前後にとどまっている。

 両者を合わせて推論してみよう。

「避難者のカウントから外れた人たち」の大多数は「故郷・わが家には戻れないのに政府定義の『避難者』ではなくなった人たち」である。

 そう考えると現実を理解しやすい。

 こうして復興庁が発表する「避難者」の数は、見かけ上は減っていく。政府は数字だけを取り上げて「原発事故からの復興は進んでいる」と公表する。マスコミもそれを追認する。「それは法律解釈を人為的に操作しただけの、統計上のトリックではないのか?」と問いかけることをしない。

 もし避難者の現実の利益を図るなら、法律を改正して借り換えを認めればよい。そうすることで、避難する人としない人の選択肢は初めて対等になる。

「それを敢えてやらない」という事実に、私は政府の隠れた意図を理解する。「福島県のふる里・わが家が汚染されていると思ったとしても、早く帰った方が経済的にトクだよ」と誘導しているのだ。

 これは不作為による作為である。法律を改正せず、そのままにしておくことで、政府自らが望む現実を作り出そうとしている。

 政府、内閣はもちろん、立法府である国会議員も、誰も現実に合わせて法律を改正しようとはしない。被災者の利益になる法改正ができるのに、見てみぬふりをしている。

 公平を期するため、この取材のときに復興庁が私の質問に対して回答したメールの文面を以下に引用しておく。

<復興庁>災害救助法に基づく応急仮設住宅の供与は、被災者への応急的・一時的な救助として、行政が仮住まいを現物で提供するものであり、応急仮設住宅からの転居先は、恒久的な住宅(災害公営住宅への入居、自宅再建等)が想定されていることから、原則住み替えは認められません。

<烏賀陽注>こ復興庁は「法律は、仮設住宅から出る先は恒久的な住宅だと法律が想定しているから、現実がどうあれ、借り換えは認めない」と言っている。堂々と「現実を法律に合わせろ」と倒錯した政策を開陳している。本来は法律を現実に合わせて改正するべきなのだ。

<復興庁>ただし、東日本大震災については、県外など遠方の応急仮設住宅等に一時的に入居されている方々について、避難者の具体的な事情を勘案して、県がやむを得ないと認める場合には、地元の応急仮設住宅への転居を認めることは差し支えなく、福島県では、以下の制度が行われているようです。

<烏賀陽注>ここで復興庁は「仮設住宅の供与は都道府県が行うものです」と、国が主体ではないような、まぎらわしい表現をわざとしている。これは「提供の事務手続きや建設作業、予算の執行を都道府県が行う」という意味では正しい。しかし、その根拠法が国会の議決した法律であり、国(厚生労働省副大臣)がそれに沿って「借り換えは認めない」とういう答弁をしている以上、福島県がそれに従わないという選択肢はありえない。それが明白なのに、復興庁は下の文面で「福島県は帰還するなら家賃補助を続ける政策をしていますよ」と書き添えている。これは、国が県に責任転嫁をしているように私は感じる。

<復興庁>災害救助法に基づく応急仮設住宅の供与期間については、原則2年のところ、都道府県知事が内閣総理大臣の同意を得て、1年を超えない期間ごとに再延長することが可能です。

<烏賀陽注>セシウムの半減期が30年であり、福島第一原発の緊急事態宣言は事故から約8年たった2019年現在も解除されていない(しかも廃炉は30年以上かかるとわかっている)というのに、復興庁は「災害救助法に基づく応急仮設住宅の供与期間については、原則2年」と今なお言っている。

つまり「無償の避難用住宅を提供しても、最長2年。後は1年刻みで延長」だというのだ。

「家を与えるかどうか、1年刻みで延長」という法律がどれほど避難者を苦しめているか、私は多数の例を取材で聞いた。

 被災者が避難先を変える転機になるのは、子供の進学(多くは小中高校)時が多い。転校で子供を友達と別れさせたくないからだ。なのに「来年は住宅提供を打ち切られるかもしれない」という暮らしが延々と毎年続くのだ。今後3年もしくは6年間の住まいがどうなるかわからないのでは、被災者は将来の計画が立てられない。

 繰り返し言うが、災害救助法は、地震や津波、土砂崩れ、高潮、洪水といった自然災害しか想定していない。1947年の法律だ。当時、日本に原発はなかった。当然、原発災害など想定していない。

 ここには「法律が原発災害の現実に合わない」つまり「法律が間違っている」という発想が全くない。それどころか、原発災害被災者に、原発災害を想定していない法律を押し付けて、それに合わせて行動しろと言っている。これは明らかな倒錯である。「ベッドに合わせて客の脚をノコギリで切る家具屋」と同じである。

 法律が現実に合わないなら、改正すればよい。それは行政府ではなく、立法府=国会議員=政治家の仕事だ。それをしないのは「不作為による作為」である。国会議員(特に与党=自民・公明、あるいは福島県選出の議員)は一体何をしているのか。

(2018年3月10日付記事の引用終わり)

 引用以上

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ずいぶん長い引用になってしまったが、烏賀陽(うがや)弘道氏の取材と分析が極めて的確であり、高い価値のある記事と判断し、これは、もうどうしても、みなさんに読んでいただくしかないと転載した。

 福島県は原発巨大事故で被災し、現在も未来も奪われているという現実が、国家からも報道からも、人々の関心からも消えている。
 池江璃花子や岡村孝子の白血病に関心を持つことも大切だが、福島の被曝者たちは、彼女らの数千倍も恐ろしい未来が約束されている。
 天皇制をもてはやす、今こそ、我々は、福島で恐ろしい棄民ジェノサイドが起きている現実を大声で語らなければならない。
 多くの福島県民が放射能で、殺され、殺されようとしているのだ!

 烏賀陽氏は、私より10歳若いのだが、少年時代に本多勝一らから受けた感性を、いまだに心の支えとしていて、私も同じであって、価値観が私に酷似しているので極めて心強い。
 ただし、私のように、福島県民が放射能で殺されているというショッキングな発言ができる立場ではなさそうだ。以前書いた「茹でカエル」の寓話が、今まさに福島で起きていることを、もっと鋭く直視していただきたいとは思っている。

 転載しているうちに、ブログの内容が、文章を書き出したときの私のイメージとは異なるものになってしまった。
 この数日の天皇に関係した報道のなかで、テレ朝の羽鳥モーニングショーですら、天皇制ヨイショと、安倍政権正当化の忖度番組ばかりのオンパレードで、福島放射能被災問題が完全に押しつぶされ、世間から見捨てられてゆくという報道姿勢を見ていると、次に来るというか、安倍晋三ら極右勢力の最期の課題は、改憲と徴兵制であると確信せざるをえず、読者に何が来るのかを分かってもらいたかったのである。

 はっきり申し上げる! このまま日本社会の右傾化の歪みに抵抗せず、傍観するならば、あと数年で、若者たちは、国家権力に命を捧げることを強要される徴兵制の餌食になるだろう。
 経団連と国際金融資本グローバリストの強欲ジジイどもの意図によって、若者たちの命が金儲けのために引き起こされる戦争に生け贄として捧げられるのだ。

 若者たちの命は「カネになる」。今の安倍政権は、経団連=グローバリストの付属機関といってもよく、超大金持ちと巨大企業の利権に奉仕するためだけにある。
 カネだけがすべて、という価値観の下で、安倍政権は、基本的人権すらも金儲けに換えているといってもよい。

 メディアを買収した経団連=日本会議は、若者たちを見事に洗脳し、右傾化させることに成功している。
 渋谷界隈にたむろしている若者たちに、基本的人権の価値を聞いてみればいい。人権というものが、我々の社会の基礎を生み出していることさえ気づいていない者が大半だろう。

 基本的人権を守ろうとする運動よりも、ゲームの達成感、満足感を選ぶといいかねない。
 誰に統制されるでもなく、みんなが助け合って良き社会を生み出そうとするよりも、強力な統制者が登場して、その下に組織され、「愛国」と称する欺瞞、妄想のなかで、華々しく散る姿に恍惚感を抱くのかもしれない。

 こうなれば、必ず徴兵制、軍国化がやってくる。時代は、1938年あたりをイメージすればよい。人権というだけで、「売国奴・裏切者・反日者」と罵られ、誰もが基本的人権を語ることを避ける時代がやってくるに違いない。
 若者たちは、戦争の華々しい刺激的な側面ばかりに夢中になって、血と、散乱した内臓の腐臭と、子供たちの大量死、人情の破壊という残酷な側面をまったく理解していない。

 むしろ、そうした負の側面を見せないように洗脳されてきたのである。戦争は、戦場に行かなければ理解できない。渋谷の街頭で、戦争に憧れる若者たちが嬉嬉として戦場に送られ、戦争の真実をいきなり見せつけられても、もう遅い。何もかも遅いのだ。

 安倍晋三も、官邸で独裁政権を運営する者たちも、誰一人戦争を知らない者ばかりである。本当に戦争の底辺を知っていた者が生きていた頃、後藤田や野中や、角栄ら自民党の重鎮たちは、絶対に戦争を許さなかった。だから徴兵制の議論にも手をつけなかった。
 しかし、戦争を知らない世代である安倍晋三官邸メンバーたちは、ゲームのイメージのまま徴兵制を復活させ、若者たちを戦場に送り込むにちがいない。

 この数日の天皇フィーバーを見ている限り、報道のどこからも天皇制がもたらす全体主義と戦争への道の危惧が聞こえてこないのを見て、私は「もう遅い」のかと想わざるをえない。
 本来ならば、元号に反対する巨大デモが組織されて当然だった。安倍政権の天皇制政治利用を糾弾するデモが実現するべきだった。
 「福島の棄民を許すな!」と叫ぶ街頭からの声が聞こえなければならなかった。

 だが、どこからも聞こえてこない。
 このまま、日本は再び軍事国家になり、基本的人権は徹底的に蹂躙され、中国がやっているような権力による反体制派犠牲者の臓器売買も起きるだろう。
 最悪、ナチスのT4作戦のような障害者排除が起きるだろうし、今、起きている障害者への強制不妊=優生保護への糾弾も、最高裁で逆転敗訴、国家による障害者排除の正当化も起きるだろう。

 日本国家は、限りない暗黒の世界に突入してゆく。人権の意味を理解できる者がいなくなる。金儲けだけが価値観のすべてであると思い込む者ばかりになる。
 過疎の田舎には交通手段が失われ、老人たちは死んでも遺体さえ回収されなくなる。地方で生きてゆくことができなくなるのだ。

 命をかけて戦わないかぎり……。

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