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我々は「自分の老い」に向き合ってきたか?

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 私も還暦を大きく過ぎて、自分の老いと真正面から向き合わねばならなくなっているのだが、ときどき、「いったい今の自分は何者なのだ?、これから何が待っているのだ?」と、理解、展望に苦しむようなときがある。

 若い頃から「老後」に対して想像力を働かせ、「どのように死ぬのか?」を、きちんと考えて生活設計してきた人は非常に希だろう。
 ほとんどの人は「老後資金を貯めておけば、なんとかなる」と考えるだけで、それ以上の思考はしない。
 だが、老いるということは、金を貯めればすむという問題ではないし、その資金を狙う詐欺師たちが跳梁跋扈して、老人たちのなけなしの金を根こそぎ奪い、途方にくれる人が後を絶たない。

 私も、たくさんの、死にゆく者たちの姿を目にしながら育ってきたわけではないので、老後という現実を、きちんと直視できないまま老いを迎えてしまった。
 昔は大家族・親族共同体が、がっちりと人間関係をフォローしていたから、幼い頃から繰り返し、「人の死」と付き合わされてゆくうちに、「老後と死」という問題にも、子供のうちから考えさせられ、覚悟を決めさせられる機会がたくさんあった。

 資本主義経済による小家族化が進み、家族生活が小規模で孤立し、親族共同体の絆も弱まってゆくと、「人の老いと死」を直接、体験させられる機会も激減し、想像力も働かなくなってしまう。
 だから、自分が、いつのまにか「老いと死」の年齢に達しても、自分に対して想像力が働かず、自分が、どのような状態にあり、今後どうなり、何をしなければならないのか? という問題意識が希薄なのだ。

 親戚や家族のつきあいが希薄になれば、外の世界にも関心が薄れ、人の目を気にして家をきれいにしたりという意欲も薄れるから、我が家はゴミ屋敷へと変貌してゆく。
 家に閉じこもって、朝から晩までテレビをつけているが、番組など実はろくに関心がない。なんとなく面白ければよいのだ。
 やがて、「今日も無益な一日を過ごした」という後悔の念さえわかなくなる。

 我々の多くは、「ある日突然」老いを自覚させられる。

 簡単に思い出せたはずの単語が、いつまでも出てこないことから、それは始まる。
 毎日見慣れているはずの鏡のなかに、見知らぬ皺だらけの老人が佇んでいる。
 人を感動させる文章が書けなくなるどころではない。自由自在に打ち込めたはずのタイピングも、簡単な単語を何度やってもうまく入力できない。針穴に糸が通らない。
 以前は、駆け上がって息も切れなかった階段を、一気に上りきることができない。
 こんなとき、青天の霹靂のように、殴られるように老いを思い知らされるのである。

 昔のように、幼い頃から家族の老化を見慣れて、「いつか自分も」と覚悟が定まっていたなら、「やはり来たか……」と、落ち着いて運命を受け入れることもできるのだが、現代人はそうではない。

 自分を過大に評価する傾向のある人は、とりわけそうだ。「老い」という、人に忍び寄って足下から気づかぬうちに人生を凍結させる大寒波に包まれたことが、どうしても理解できない。
 「自分だけは大丈夫」と根拠のない決めつけに依存して、自分だけは老いないかのように、若者と同じように行動し、取り返しのつかない事故のなかで、自分の本当の姿を思い知らされるのである。

 人に対する同情、思いやりのない人は、若い頃から「老い」を軽蔑し、嘲笑してきたから、自分が同じ立場に立たされるのが、どうしても納得できない。
 大半のネトウヨは、同情心や思いやりのない利己主義者ばかりだから、ひときわ老いが厳しく人生を束縛するのである。
 老いた人たちを小馬鹿にし、嘲笑してきたネトウヨたちは、今度は自分自身を嘲笑させられることになる。

 私は、若い頃から、数千回も山歩きをしてきたから、自分の状態を正しく把握できないで、他人を嘲笑するクセを持ち、自尊心と自信ばかり強烈な老人が、山中で肉体の限界を超えて危機に至る姿をたくさん見てきた。
 また、老人が、自分を理解できないまま運転して、恐ろしい事態を引き起こす姿もたくさん見てきた。

 どうして「身の程をわきまえない」(飯塚元院長のような)老人がたくさん出てくるのかという理由を考えてみたい。
 その最大の理由は、日本社会の原理が資本主義の金儲けだからである。

 大企業に利益を上げさせるというのが、戦後、自民党政権の絶対的命題であった。大企業が儲かれば、そのオコボレや政治献金が自民党に入る。
 何はなくとも、金儲けであり、莫大な予算を浪費することが、選挙区での人気を高め、当選を保証することにもなる。

 企業が金儲けをするということは、国民を騙して消費欲を焚きつけ、必要のないものまで売りつけることを意味している。
 このため、買うという行為が「バラ色の未来を作る」という根拠のない幻想に人々を洗脳しておかねばならない。

 だが、現実は、新しいものを買えば古いものが不要になり、まだ使えるものまで捨てなければならないし、それができないと、美しい家がゴミ屋敷に変わっていってしまう。「新製品」の購入を煽ってみても、その内実は、見せかけを少しだけ変えただけで、商品の革命的変化など、多分10年に一度もないだろう。
 例えば車だが、50年前のサニーやカローラと、今の車のどこが変わったかというと、実は小手先や見せかけばかりが変わっただけで、本質的には、ほとんど変わっていないのである。だから同じように公道走ることができる。
 半世紀前の車を運転してみると、今の新車と変わらないのに驚かされるだろう。

 こんな資本主義社会では、人が生まれれば死ぬ者が出てくる。会社が発展すれば衰退する。人が成長すれば老化する人が出てくる。技術が進化すれば、やがて退化も出てくる。文明が登場すれば、やがて滅亡するという、つまり「上がれば、やがて下がる」という弁証法的本質を人々が知ってしまうことは危険なことである。

 「社会は成長するばかりで、絶対に衰退しない」という真っ赤なウソを洗脳しておかないと、500年もの管理が必要になるプルトニウム使用済み核燃料など絶対に使えない。もしかすると、50年後に、電力企業も、日本国家もなくなってしまうかのしれないのだから……。
 人類社会が、やがて滅亡するなどと真理を知ってしまったなら、「無限に進化成長する未来社会」という妄想がウソであることを気づかされてしまい、未来の成長を前提にした商品など買えないし、投資も避けて、今ある現実だけを確実に管理しようという発想になってしまう。

 人々が賢明になるということは、資本主義にとっては非常に困ることなのだ。大衆は馬鹿でなければならないというのが、我々の生きている社会の本質である。
 馬鹿な大衆は、自分の未来など考えない。「目先の生活で精一杯」などと弁解しながら、本当は、未来を考えたくないのである。「成り行き任せ」で、子供たちの未来が、どうなろうとも知ったことじゃない。

 政府も大企業も、「人は老いない、未来は衰退しない」というウソで人々を洗脳しなければならなくなる。
 仮に老いたとしても、金さえあれば高級養老院にでも入って、悠々自適の老後を送れると宣伝する。だから介護保険を支払えよと……。
 だから、金儲けだけが、人生のすべてであり、最高の価値観なのだというわけだ。

 「金さえあれば、老いても大丈夫」なのか?
 現実問題として大半の日本人が、そう信じているのだが、それも、社会がうまくいっている間だけのことで、もしも経済破綻や戦争によって、社会システムが壊れてしまったら、金が通用しない社会がやってくる。

 どんなに金を積んでも、食事を与えてくれて、後始末をしてくれて、暖かい寝床を作ってくれて、優しい声かけて癒やしてくれる若者たちは、失われてしまう。
 若者たちは戦争にかり出され、竹中平蔵らによる貧富の格差拡大で、ギリギリの窮乏生活を強いられ、とてもじゃないが老人たちの面倒を見ている暇などなくなってしまう。

 そうなって、本当に大切なものは、金ではなく、人間関係だったのだと気づいても、もう限りなく遅いのだ。
 若者たち、子供たちを大切にしなければ、自分の快適な老後生活はなかったという現実を思い知らされても遅いのだ!

 金を払わなくとも自分を大切にしてくれる若者たちがいるだろうか?
 今の老人たちは、自分の金儲けのために、若者たちの生活を圧迫し、子供さえ作れないほど窮乏させ、日本社会の子供たちは、幾何級数的にどんどん減っていっている。
 老人の未来を本当に支えてくれるのは金ではない、若者たちであり子供たちなのだ。

 彼らこそ、大人たちの未来を支えてくれる日本社会最高の宝だったのだ。
 その宝をないがしろにし、金で買って足蹴にするような価値観を持っているのが、今の老人たちだ。
 なぜ、未来の自分を支えてくれる子供たちを、放射能まみれの地獄に閉じ込めておくのだ?
 年間20ミリシーベルトの自民党による被曝許容量は、単純に日本全体で、年間16万人の発癌死者を出す。なぜ、子供たちの未来を奪う被曝地獄を容認するのだ?
 なぜ戦わないのだ?

 このことを理解できない老人たちが、オレオレ詐欺で、全財産をだまし取られて途方に暮れていても、同情することなどできない。
 利己主義の成れの果てだからだ。

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