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 大量殺人

カテゴリ : 未分類

 これはAFP通信、7月19日の記事だが、トップ画面には京都アニメの放火事件は掲載されておらず、国内の副次的ニュースに含まれている。
https://www.afpbb.com/articles/-/3235844?cx_part=top_category&cx_position=1

 【7月19日 AFP】京都市にあるアニメ制作会社「京都アニメーション(Kyoto Animation)」で18日、放火によるものとみられる火災が発生した。消防当局者によると、死者数は33人に上ったという。
 同当局者はAFPに対し、この火災による負傷者は36人で、うち10人が重傷と明かした。火災発生当時建物内にいた人の所在は、全員確認されたとしている。

 33名の殺人事件といえば、おそらく戦後最大の殺人のはずだが、なぜか、今朝の報道各紙の記事は、トップ記事はほとんどなく、驚くほど小さな扱いである。

 中日新聞

tairyousatujin1.jpg


 ロイター

tairyousatujin2.jpg



 えっ! 日本国内で、33名が殺害された翌日のニュースが、こんなレベルなの?
 これじゃ、ちょっと大きめの交通事故程度の扱いじゃないか……?
 もしかしたら、報道メディアは、世界各国で激増している大量殺人に慣れてしまって、驚きの心を忘れてしまったのではないだろうか?

 最近の記憶に残った大量殺人といえば、もちろん植松聖による相模原やまゆり園事件だ。
 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%9B%B8%E6%A8%A1%E5%8E%9F%E9%9A%9C%E5%AE%B3%E8%80%85%E6%96%BD%E8%A8%AD%E6%AE%BA%E5%82%B7%E4%BA%8B%E4%BB%B6
 
 19人刺殺事件 同級生も手が震えた残虐性「私たちが知ってるサトくんじゃない」
週刊女性2016年8月16日号2016/8/2
 https://www.jprime.jp/articles/-/7858

 2017年、相模原の隣の座間市でも、恐ろしい事件が起きていた。白石隆浩による「9名生首事件」だ……。
 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%BA%A7%E9%96%939%E9%81%BA%E4%BD%93%E4%BA%8B%E4%BB%B6

 座間バラバラ事件・被告が告白「申し訳ない気持ち一切ない」2018.10.18 11:00  女性セブン
 https://www.news-postseven.com/archives/20181018_784150.html

 2005年、うちの近所、中津川市坂下町でも、家族5名を殺害した事件が起きたが、これは裁判所が「心中」と認定したので、死刑にはなっていない。
 殺人はおろか、窃盗事件でさえ滅多にない、のどかな田舎に、驚愕の大量殺人が起きて、近隣住民はびっくりさせられた。
 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%AD%E6%B4%A5%E5%B7%9D%E4%B8%80%E5%AE%B66%E4%BA%BA%E6%AE%BA%E5%82%B7%E4%BA%8B%E4%BB%B6

 大量殺人とは、FBIが「四人以上の殺人」と定義している。
 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%A7%E9%87%8F%E6%AE%BA%E4%BA%BA

 六十数年を生きた私でも、日本における大量殺人の記憶は、それほど多いものではないが、近年、異常に増えているという印象を持つ。ざっと、おもいつくままに列挙してみよう。

 1999年、下関通り魔殺人事件(死者5名)
 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%8B%E9%96%A2%E9%80%9A%E3%82%8A%E9%AD%94%E6%AE%BA%E4%BA%BA%E4%BA%8B%E4%BB%B6

 2001年、池田小殺人事件(死者8名)
 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%99%84%E5%B1%9E%E6%B1%A0%E7%94%B0%E5%B0%8F%E4%BA%8B%E4%BB%B6

 2008年、秋葉原通魔殺人事件(死者7名)
 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%A7%8B%E8%91%89%E5%8E%9F%E9%80%9A%E3%82%8A%E9%AD%94%E4%BA%8B%E4%BB%B6

 もう、ここらあたりで、十分に度肝を抜かれていたのだが、この数年では、さらに、ぶったまげるような大量殺人が続いた。
 これは、昭和育ちの私の観念を超えた事件だった。

 2016年には、上の方で紹介した、相模原やまゆり園大量殺人事件(死者19名)がおきた。
 翌年2017年には、上に紹介した座間生首事件がおきている。(死者9名)
 
 1994年に起きて、オウム真理教の信者10名が絞首刑で殺害された、連続サリン事件では、松本で死者が8名だった。1995年の地下鉄サリン事件では、15名の犠牲者が出た。
 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9D%BE%E6%9C%AC%E3%82%B5%E3%83%AA%E3%83%B3%E4%BA%8B%E4%BB%B6

 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%9C%B0%E4%B8%8B%E9%89%84%E3%82%B5%E3%83%AA%E3%83%B3%E4%BA%8B%E4%BB%B6  

 アメリカでは、桁違いに凄まじい大量殺人が起きている。
 2017年、ラスベガス自動小銃乱射事件(死者58名)
  https://ja.wikipedia.org/wiki/2017%E5%B9%B4%E3%83%A9%E3%82%B9%E3%83%99%E3%82%AC%E3%82%B9%E3%83%BB%E3%82%B9%E3%83%88%E3%83%AA%E3%83%83%E3%83%97%E9%8A%83%E4%B9%B1%E5%B0%84%E4%BA%8B%E4%BB%B6

2016年、オーランド乱射事件(死者49名)
 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AA%E3%83%BC%E3%83%A9%E3%83%B3%E3%83%89%E9%8A%83%E4%B9%B1%E5%B0%84%E4%BA%8B%E4%BB%B6

 アメリカでの銃乱射事件は、もう書き切れないほどに多く、社会現象としては「ありふれた光景」にまで普遍化してしまった。
 この理由も、犯人の心の葛藤、憎悪を癒やして正常な人間関係に引き戻してくれないアメリカ社会の病理が本質にあるのだろうと私は思う。


 昨日、2019年7月18日、京都アニメという会社が放火され、33名が死亡した事件は、日本も、とうとうアメリカ並みの大量殺人時代に入ったことを示している。
 日本も、殺人犯を現実の人間関係に引き戻せない社会になったのだ。
 https://www.youtube.com/watch?v=QBJw9qmzWZk

 相模原やまゆり園事件でも、19名という桁違いの死亡被害者が出て、もう、この記録は、津山大量殺人に肩をならべる歴史的大量殺人だと思っていたら、実にあっけなく記録が超えられてしまった。
 私は、横溝正史の「八つ墓村」のモデルになった津山事件ほどの大虐殺事件など、たぶん二度と起きないだろうと思いこんでいた。これは映画の世界なのだと……。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B4%A5%E5%B1%B1%E4%BA%8B%E4%BB%B6

 このときの死者が30名、まさか、これ以上の死者数を出すような殺人事件など起きるはずがないと、たかをくくっていたら、今回33名だという。
 この先、日本は、どうなるのか?
 どうも、アメリカ並みに際限のない大量殺人時代に突入してゆきそうな雰囲気だ。というか、もうほとんど間違いなく、我々は大量殺人の時代に巻き込まれていると思うべきだろう。それこそ、いつ大量殺人に巻き込まれるか分からず、おちおち、繁華街を出歩いてもいられない。

 しかし、歴史を遡れば、実は、戦争と、それに近い凄まじい大量殺人は珍しいことではなかった。
 今から70数年前、おちおち外を出歩いて……どころじゃなく、家にいても、いつ爆死させられるかわからなかったのである。
 日本軍が中国に侵攻し、南京事件をはじめとして、民衆大虐殺を重ねた総数は、実に1000万人という試算もある。
 https://www.hns.gr.jp/sacred_place/material/reference/03.pdf

 南京事件で、日本軍が一般民衆を大虐殺した理由は、その直前に、日本人婦女子が働いていた北京通州の阿片・ヘロイン製造工場(里見甫・岸信介の経営)が蒋介石国民党の扇動によって急襲されて、ほぼ全員が、言葉に出せないほどの残虐な見せしめ殺人に遭ったことで、陸軍(第10軍)が激怒し、当時、国民党軍の最大拠点だった南京城内を、一般民衆もろとも皆殺しにしたといわれ、このときの死者数が20万人だったと本多勝一が書いたことで、死者の多寡について物議を醸している。
 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8D%97%E4%BA%AC%E4%BA%8B%E4%BB%B6

 本当に心胆を寒からしめる大量殺人といえば、関東大震災直後に起きた朝鮮人大虐殺事件である。
 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%96%A2%E6%9D%B1%E5%A4%A7%E9%9C%87%E7%81%BD%E6%9C%9D%E9%AE%AE%E4%BA%BA%E8%99%90%E6%AE%BA%E4%BA%8B%E4%BB%B6

 当時、警視庁ナンバー2の地位である警備局長だった正力松太郎が、「朝鮮人が井戸に毒を撒いて、婦女子を強姦している」という悪質なデマをメディアに公表したが、在京メディアは、現場を取材しているので、これをデマと認定して相手にしなかったが、仙台の河北新報が、なぜか、これを取り上げ東京に逆移入したところ、下町の自警団が過敏に反応して、「朝鮮人がとんでもない悪さをしている」というデマが一気に拡散し、当時、東京下町に住んでいた朝鮮人を片っ端から殺害しはじめた。
 殺された総数は、実に6000名を超えるともいわれる。
 https://www.sankei.com/premium/news/181118/prm1811180010-n1.html

 1910年に朝鮮併合が行われ、李朝官僚だった両班・良民階級が大量に日本に移住してから、まだ十年程度しか経ておらず、移住朝鮮人の価値観に対する齟齬・嫌悪感が重なり、敵意が民衆の間に醸成されていたのが、大量殺人の伏線であるともいわれる。
 当時一般的だった銭湯でのマナーを朝鮮人は知らず(朝鮮ではサウナと川しかない)体を洗わずに湯船に入る朝鮮人に対し、下町民衆に強い嫌悪感があったとのエピソードがある。

 その後、日清日露戦争の勝利から、傲慢になった日本軍部が、無謀の極致のような太平洋戦争に突入し、日本人全体の戦争犠牲者は、300~500万人ともいわれた。
 このような膨大な大量死があると、民衆全体の「命の価値」が著しく低下し、戦争直後は、大量殺人がニュースにもならないような荒廃した社会が続いた。

 数十年前までの大量殺人は「理由のある殺人」であって、その動機は分かりやすいものだった。例えば、津山事件では、部落差別という大きな伏線があった。夜這い習慣の残る津山市で、夜這いに出かけた先の女性に、部落民を理由に拒否されたことで激怒したのだ。

 最近、数十年の大量殺人の傾向としては「理由なき通り魔殺人」が増えたことで、宅間守や宮崎勤、オウム真理教や加藤智大・金川真大・植松聖・白石隆浩といった大量殺人犯の動機を理解できる者は、ほとんどいないだろう。
 個人的な妄想に近い強迫観念で大量殺人を行った犯人たちは、社会から孤立していたという共通点があるのだが、これほど「理由の分かりにくい殺人」が増えた本質は、地域社会のなかで人間関係が希薄になって独善的な妄想に捕らわれやすくなり、それを是正して現実に引き戻してくれる機会を失っていることが原因であることは確実だろう。

 つまり、地域社会での人間関係が濃密で、誰とでも対話できる環境が確保されていれば、上に引用した殺人事件は起きる余地がない。
 明らかに、殺人の理由は、現実解釈の客観性を担保してくれる、つまり、妄想から現実に引き戻してくれる親身な人間関係を失っていることであり、逆に、地域社会での対話が増えれば、この種の事件は起きなくなると考えられる。

 もう少し言えば、地域社会における青年団・消防団などの親睦関係が、社会の安定にどれほど寄与しているかを、これらの事件から見直すべきである。
 こうした地域社会の連帯を保証する仕組みは、もちろん、我々にとってうっとおしさを伴うものではあるが、それ以上に、健全な人間性を保証してくれるのである。
 ただし、自民党の集票システムとしての機能ばかり求められる学会のような組織は論外であるが。

 引きこもり、閉じこもりの若者たちが、自発的に参加したくなるような魅力的な地域的組織がなければ、地方は、過疎化のなかで、ますます妄想に囚われた心の異常者ばかり作り出すことになる。 
 みんなが枕を高くして安心して眠りたいなら、一日30分でいいから、地域社会での対話を保証する機会を作り出すべきである。
 毎日、30分、他人と対話する機会を持てるならば、人殺しなど心の隅にも浮かばないだろう。

 今回の京都アニメ製作所の放火大量殺人は、さきほど青葉真司容疑者(41)と警察が公表したが、彼は「パクリやがって」と叫びながら、建物にガソリンを撒いたとされる。
 ということは、自分の作品をパクられた恨みということかもしれない。
実は、私も、昔、務めていた会社が、ウソを言って私に退職金を支払わずに踏み倒し続けているので恨みを募らせていて、もし、私が対話を失っていたなら、青葉君と同じように、ガソリンを抱えて、踏み倒し続ける会社の社長宅にガソリンを撒いて火をつけていたかもしれないと思うと、人ごととは思えない。

 幸い、私には対話相手がいて、暴走せずにすんでいるが、将来に希望が持てない生活環境では、ちょっとした恨みが、このような暴走犯罪に進むのであって、誰もが加害者になる可能性があることを理解すべきだと思う。
 恨みが募るときは、自分が死刑になるなんて可能性は、判断材料にもならないことを知るべきだ。

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