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 ビルマと中国

カテゴリ : 未分類
 ビルマ国は、1943年8月1日から1945年3月27日にかけて、日本占領時期のインドネシア半島西側に存在した国家。後に「ミャンマー」と名を変えた。
 日本の支援を受けてイギリスの植民地支配から独立したが、日本の傀儡政権であった。

 私の実父は、徴兵されて中支からビルマ戦線に動員された。日本軍きっての悪将と評判の牟田口廉也のインパール作戦に従軍させられたが、わずかに英語を話せたことで、英軍との交渉に当たる中で比較的早期に捕虜になり、おかげで生還率数パーセントの戦場から帰国することができた。

 帰国後は、国鉄機関士に復帰し、後に国労や愛労評の役員を務めた。
 97歳まで長命だったが、その理由について、インパールに散った戦友たちのことを口にしていた。
 「もの凄い数の死者のなかで生き残った者は、死者の分まで生きねばならない……」

 私は、老人施設にいた実父からビルマのことを何回も聞き出していたが、彼は、ビルマ北部の山岳民族について、夢見るように賛美していたことを思い出す。
 ビルマ北部の西側は、2000メートル級の山岳地帯で、日本軍がインパール作戦で惨敗したのは、この山々に兵器を持って、水牛を連れて徒歩で超えようとして、力を使い果たしたからだったといわれるが、この土地の先住民は、インドシナ半島山岳地帯の高地民族で、雲南高地族と同系列であった。

 実父が言うには、とにかく女性たちが美しく魅力的だったと言うのだ。
 みんな女性らしい容姿で、本当に可愛い女性ばかりだったという。私が後に理解したことは、この地域には、プエラリアという野生芋が採れて、これを食べていると、女性が美しくなるということだった。
 今は、プエラリア芋は、日本でも人気のサプリメントになっている。

 ビルマのことを語るとき、竹山道雄による「ビルマの竪琴」という小説と映画を忘れられない。
 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%93%E3%83%AB%E3%83%9E%E3%81%AE%E7%AB%AA%E7%90%B4

 この本当のモデルは、群馬県利根郡昭和村の住職、武者一雄だったことが明らかにされた。
 私は、この物語を読んでいるだけで、あまりの悲しさに涙が止まらなくなるので、最後まで読めなかった。
 しかし、竹山道雄が反戦主義者だと思っていたのに、実は国粋主義者だと知ってからは、この物語に対する感動が失われた。
 しかし、実父は自分の体験と直接重なっているので、特別の思いがあったようだ。私の子供の頃は、テレビが、市川崑の「ビルマの竪琴」を繰り返し放送していた。
 だから「水島上等兵」と聞いただけで、ストーリーが浮かぶほどだった。

 インドシナ半島は、欧米列強の植民地政策の好餌にされていて、ベトナム・ラオス・ビルマ・タイ・ビルマは、英仏和軍に支配され、先住民は、事実上、奴隷としての扱いを受けていた。
 日本軍は、「東アジア住民を欧米列強の植民地政策から解放する」というのが、大東亜共栄圏構想の大義名分であったから、これらの植民地軍を武力で追放することで、現地住民から圧倒的な支持を受けた。

 1941年末、アウンサン(スーチーの父)率いるビルマ独立義勇軍が、日本軍と共にイギリス統治下のビルマへと進軍、翌1943年4月にはイギリス軍を駆逐して刑務所に収監されていたバー・モウを解放し、傀儡ビルマ国の首班とした。
 1945年アウンサンは日本傀儡政権であるビルマ国政府に対してクーデターを起こし、イギリス側に寝返った。

 傀儡ビルマ国では、台湾や朝鮮のような日本政府による支援がなく、教育体制にも手がつけられなかったため、大東亜共栄圏諸国のような親日的な雰囲気がない。

 1949年、国共内戦に敗れた中国国民党軍の残余部隊がシャン州に侵入し、雲南省反共救国軍としてゲリラ闘争を行った。
 ビルマ・ラオス国境の「黄金の三角地帯」と呼ばれる世界最大のアヘン生産地を生み出したクンサーは、雲南反共軍=国民党軍の残党である。
 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%BB%84%E9%87%91%E3%81%AE%E4%B8%89%E8%A7%92%E5%9C%B0%E5%B8%AF
 蒋介石国民党軍が、どれほどアヘンに依存していたかを物語っている。

 CIAが国民党軍を大規模に援助し、アヘンの運び出しも行った。ビルマ連合政権は国際連合で中華民国と米国の策動に抗議した。一方では中国(中共)と連携し、シャン州の一部に中国人民解放軍および国軍部隊を展開し、国民党軍を追放した。
 これが、ミャンマー軍と中国共産党軍の深い結びつきの嚆矢で、以来、相互に深い関係が成立することになった。

 1958年、ビルマ社会主義計画党を結成したネ・ウィンが大統領となり、ビルマ式社会主義を掲げた。
 1988年まで、ネ・ウイン軍事独裁体制が強固に続いたが、その資金源は、アヘンに依存したいびつな状態であった。

 アウンサンスーチーらは国民民主連盟 (NLD) を結党するが、選挙前の1989年に自宅軟禁された。
 1989年に軍政側はミャンマー連邦へ国名の改名を行った。
 1992年 タン・シュエ将軍が国家法秩序回復評議会議長兼首相に就任。
 保守派のソー・ウィンが首相に就任した2004年。中国・ビルマ・パイプラインの協議が中国との間で開始され、翌2005年に中国石油天然気との間で契約が成立し、中国のミャンマー進出が加速した。

 実は、このミャンマー中国石油パイプライン構想こそ、ロヒンギャのジェノサイドが起きた最大の原因であった。
 「天然気」は、中国共産党直轄企業で、中国が、中東の石油を、マラッカ海峡を経由せずに、ミャンマー屈指の良港であるチャウピュ港に上げて、そこから中国昆明の産業地帯に、パイプラインで石油を輸送するという計画を実現しようとしたが、そのルート上には、ロヒンギャ族の開墾地と集落があった。
 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%AD%E3%83%92%E3%83%B3%E3%82%AE%E3%83%A3

 世上、ロヒンギャがイスラム教徒であり、仏教とのミャンマー人と宗教上の対立があったことが、ジェノサイドの理由とされていたが、真実は違う。
 「天然気」が計画したパイプライン敷設地にロヒンギャが生活基盤を築いていたので、この追放をミャンマー軍に依頼したのが真実である。

 ロヒンギャ族に何が起きたのか?
 https://www.bbc.com/japanese/features-and-analysis-45393059

 このとき、ノーベル平和賞を受賞したほどの「民主派」と目されていたアウンサン・スーチーは、ロヒンギャに対して「国内先住民ではなく、バングラ難民にすぎない」と、異常に冷たかった。
 そして、中国べったりの政策を行った。本人も中国を訪れ、習近平との親しさをアピールした。
 https://www.asahi.com/articles/ASN1L64ZVN1LUHBI00Z.html

 現在、このパイプライン計画は着々と進み、もはやロヒンギャの土地は回復不能となっている。チャウピュ港も、中国資本によって大規模に開発が進んでいる。
 習近平は、間違いなく、ミャンマーの中国併合を腹に持っているはずだ。スーチーは、中国の手口をよく理解していないらしい。
 
 孤立するミャンマーに中国「一帯一路」の甘い誘惑(ロイター)
 https://jp.reuters.com/article/china-silkroad-myanmar-idJPKCN1UX1YN

 中国の「一帯一路」構想 ミャンマーへの思惑
 https://www.sankeibiz.jp/macro/news/200113/mcb2001130500003-n1.htm

 中国の一帯一路構想における常套手段は、国家指導者に多額の賄賂を送って籠絡し、巨額の貸し付け債務を作り、中国人だけが儲かる多数のインフラ計画を実行させて、債務返済が困難になると、債務延滞と引き換えに、その国の有力な戦略的要衝を分捕るというものである。

 欧州玄関港を支配する中国、トロイの木馬と化すギリシャ
 https://wedge.ismedia.jp/articles/-/15434

 債務の罠
 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%82%B5%E5%8B%99%E3%81%AE%E7%BD%A0

 ミャンマーもまた、間違いなく「債務の罠」に引っかけられた鹿やイノシシの類いになっていて、この先は、債務返済困難と引き換えに、チャウピュ港が中国に分捕られるのは確実とみるべきだろう。
 アウンサン・スーチーには、中国政府から多額の資金が渡っているはずだ。

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 追記 四日市の阿部様、カンパありがとうございました。電話が分からないので記述上で御礼させていただきます。 東海アマ

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