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 我々は、どんな社会を目指すべきなのか?

カテゴリ : 未分類

 このところ、オリーブの木に対してのイチャモンばかりになっているが、実は、私は黒川氏が個人的に嫌いではない。真面目で誠実な性格は、見ているだけでわかる。
 ただ、いずれ大きな影響力を持つに違いないオリーブ党による天皇制崇拝や靖国神社参拝が面白くないのと、彼が「論争すべきだ」と発言していたので、それに応じて、思っているところを素直に書いた。
 オリーブ・コンテンツのコメント欄にリンクしたが、今のところ、応戦はない。

 私は、「人の上に人を作り、人の下に人を作る」差別主義の考え方が大嫌いだ。だから、最初から人々の上にいるような天皇制が許せないのだ。
 同時に、その対極にある死刑制度も認めない。
 日本人の9割近くが、死刑制度を容認する理由は、一方で天皇という特別な存在を容認するがゆえに、反対側に死刑囚という特別な存在を認めざるをえなくなるからだと理解している。
 つまり、生まれながらに差別制度をすり込まれ、人生観・社会観を深く問い直すという思想的作業を怠っているから、こういうことになる。

 科学的方法論の延長で考えれば、すべての人間、そして生命体は、全宇宙において平等であり、同じ権利を保証しあうべきと考えるのが当然であり、自分の上にも下にも、人を置きたくないだろう。置けば人生の荷物になるだけだ。

 私は、子供の頃から上下関係が実に不愉快だった。人の上に立つことも、人の下に従わされることも嫌で、そうした関係から逃げ続けてきた。
 それは、権威の大好きだった父親への反逆であったかもしれない。
 父親の世代は、「末は博士か大臣か」という立身出世の価値観に骨の髄まで染められて、人間には偉い人から軽蔑すべき人まで、強固な序列階段のなかで一歩一歩階段を上がることが人生だと洗脳されていたのだ。
 だから、私への教育方針も、他人を見下せる特権階級序列主義の道を行くような強要があり、私は、それがたまらなく嫌だったのだ。

 特別に存在価値の高い、「エラい人」なんか、いるはずがないと思っていた。ちゃんと人間を観察していれば、無能に思われる人でも訓練さえすれば、十分に有能に変わることがわかっていたし、有能に見えている人だって、ちょっとした間違いから無能以下の仕事しかできないのだ。
 そもそも、人に序列をつけて先入観を持って見ることは、人類の最大の過ちだと思ってきた。もし、序列主義の拘束さえなければ、人類は、とっくにはるか高みの合理性にたどり着いていただろう。

 だから、私は、人の上に立つような、人からエラく見られるような価値観を軽蔑し、自分は、社会の最底辺にいようと決めた。
 建設労働者やタクシー運転手など、社会的に尊敬されない現場の職種を選んできた。他方で、それだけでは面白くないので、30種類近い資格を取得したり、人よりも、たくさんの本を読んだり、パソコンが出回れば、1980年には、もう所有して、最初のネット通信に夢中になっていた。

 人をランキング付けするのが嫌だから、組織は敬遠し、冬山登山もクライミングも、放射線物理学も、生物学も、全部、自分一人で学んだ。
 おかげで、いつも孤独だったし、世間から疎外される人生のため、配偶者にも恵まれなかったが、次に生まれ変わったとしても、私は、たぶん同じ人生を歩むだろう。そして、どんな仕事でも自分の力だけで達成し、ほくそ笑むようなライフスタイルを続けるだろう。

 私は、他人から評価されることを求めない。他人を見下したくないからだ。ただ、誰とでも対等の立場にいたいのだ。
 人を愛するということは、高いところから見下すことではない。

 私を誹謗中傷するネトウヨたちの大半が、私を「学歴がない」とか「貧乏人」とか、相手にすべき人格でないかのように書きまくっていて、今では、ネット上で「東海アマ」を検索しても、そうした誹謗ページは出てくるが、肝心の私のブログなどは、ほとん検索できないようにされている。

 だが、彼らは、私を誹謗することが、実は自分自身を誹謗することであることに、まるで気づいていない。
 金と権力を集めた人間に対する無限の憧憬に支配されているが、人を愛することを、何一つ知らない無知蒙昧のなかにいるのだ。

 なぜ、彼らは、人をリスペクトすること、人を温かい気持ちにさせることを知らないのか? といえば、理由は、「資本主義の価値観」のなかにいるからである。
 オリーブ党、黒川さんの大好きな資本主義は、他人を騙してでも、自分の懐だけを肥やす価値観である。自分が用意した資本金を、他人を搾取することで増やして喜ぶことを正義と勘違いしている人々である。

 だから、自分以外の、すべての人々は金儲けのための利用対象にすぎないのだ。
 こんな価値観のなかで、人を愛すること、暖かい気持ちにさせることなど、理解できるはずがないのだ。
 私は、黒川さんが「大好きな資本主義」と言ったとき、「こりゃアカン」と思って、もの申したのは、そういう意味だ。
 そんな利己主義の価値観を、人々に宣伝してもらっては困るのだ。

 自分の資本を増やすだけのゲームという観点からは「資本主義」は間違いなく失格である。それは、どんなに屁理屈を並べてみても、その本質は「利己主義」の一言で切り落とされる。
 前項に書いたように、資本主義は、ユダヤ人の聖典であるタルムードの思想が体現されたもので、
 「ユダヤ人だけが神に選ばれた民であり、他のすべての人々は、ユダヤ人の利益に奉仕するためのゴイム(家畜)である」
 という思想が、タルムードの骨子である。

 まさに、資本主義は、最初から最後まで、ユダヤ人の利益のために、世界中のゴイムたちから搾取する価値観の世界と断言してもいい。
 それが神の意志だとユダヤ教徒は信じている。
 それは、日本経済でも同じであって、徹頭徹尾、利己主義の思想から、弱い立場の労働者を過労死するまでこき使って、社会保障も、安定身分も与えずに搾取して儲けた金は、決して労働者に還元しない。

 その金は、内部留保として、2019年現在で、巨大企業に470兆円、10年分の国家予算の分だけ積み上がっているが、それが課税されることはなく、社会投資に回されることもない。
 だた、経営者たちには、年収数十億円という金が渡される。(ソニーのユダヤ系株主から役員派遣されたストリンガーは年に20億円だった)
https://toyokeizai.net/articles/-/236206

 オリーブの木の黒川さんは、こんな社会が好きなんだ。資本主義を求めれば、こんな社会になるのは必然だからだ。

 だが、私たちは、労働者をギリギリまでこき使って、私利私欲を追求する資本家たちの価値観を快しとしない。
 そもそも、こんな利己主義ばかりが横行する社会の、どこが楽しいというのか?
 不愉快なことばかりだ。

 私たちが、本当に求めるべき社会は、人間関係を利己主義に塗り固める社会ではない。
 その正反対、人間関係が利他主義によって作り出される社会なのだ。
 私は、共産主義が利他主義社会だとは思わない。これまでの自称共産主義は、すべて特権官僚を生み出し、それからは官僚の利己主義だけが支配する社会になった。
 共産主義という名前を使いながら、どこにも共産が存在しないのだ。

 黒川さんが指摘したように、日本共産党も、志井委員長が20年間も権力を独占しているのは、何か特別な理由がある。
 宮本顕治が殺人犯だったのも事実だ。それどころか、宮本顕治も、野坂参三も、福田正義も、岸信介と同じ長州=山口県の出身であり、菅直人や明治天皇(大室寅之佑)まで同じ土地から出ていることを考えれば、何か特別な事情があるのだろう。

 それは、おそらく、日本の権力に関与する何らかの勢力と関係あるのだろう。
 だけど、そんな虚構など、どうでもいいんだ。黒川さんが信奉する天皇も、実は明治天皇は、大室寅之佑という六尺豊かな長州奇兵隊の力士だった。本物の、孝明天皇の息子は、五尺の蹴鞠名人であり、今なら性転換して女性化するような人物だったといわれるが、行方不明になっている。
 天皇家なんて、虚構にすぎないんだよ。

 天皇家は、安倍晋三のように権威を利用したがるゴミ政治家たちによって利用される存在でしかない。それもまた、国家権力を私物化するための装置にすぎないのだ。
 私は、天皇家=皇室には人間解放が必要だと思っている。同じ人間なのだから、いいかげん権威の苦役から解放してあげたい。
 愛する者どうし、自由に結婚させてあげたい……。

 すべての人が平等で、同じ権利を享受できる社会。「権利の前に義務だ」などと口走る右翼の馬鹿がいなくなる社会にしなければならない。
 死刑制度は廃止し、報復殺人の思想を廃棄しなければならない。
 人が人を自由に愛し、利他主義を共有できる価値観の社会を作らなければならない。 

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