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過疎地への逃避者

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 私が住んでいるのは、中津川市の山奥で、裏山に熊やカモシカ・イノシシが出てきて、よほど、きちんと獣害対策をしないと、一生懸命作った農作物も一夜にして食い尽くされてしまうような過疎地である。

 バス便も、移住した2003年には、15分ほど歩いた停留所に恵那駅から 1日8本のダイヤがあって、まずまず便利な方だったが、今では半分の4本しかない。
 こうなると、一本バスを逃したら、次は4時間後となり、とても実用に耐えないから、ますますバス離れが進んでゆく。
 車やバイクを使わないと、20Kmも離れたスーパーに買い物に行くのは困難だ。

 土地の実売価格は、この別荘地を売り出した1980年代では、坪あたり10万円くらいしていたらしいが、今では、坪あたり5000円なら上等だ。
 それでも、良質の別荘が土地付き300万円程度で売られていても、長い間、買い手がつかない。
 結局、車がなければ何もできない場所だからだ。
 
 こうして、過疎地に住んでみると、この土地を活性化するための大前提が、不自由を感じない程度の公共交通機関の整備だということが良く分かる。
 私が若い頃、半世紀近い前だが、日本中の山を歩いていて、公共交通機関に不自由を感じたことは、ほとんどなかった。

 当時は、立川・国立周辺に住んでいたのだが、奥多摩の日原や数馬のような奥深い山里であっても、ほとんど最奥の集落までバス便が整備されていたから、山奥には、たくさんの人々が住むことができていた。
 今「ポツンと一軒家」で紹介されている、とんでもなく孤立した山奥の家でも、実は半世紀前には、たくさんの家があって、賑やかな声が響いていたのだ。
 我々は、山村に行けば、当時の名残である小中学校の廃校を、至る所に眺めることができる。

 人々が、過疎村を脱出した主な理由は、自民党の「金儲け優先原理による地方切り捨て政策」で、過疎営業路線の公的補助を失ったバス会社が、経営上、便数を減らしたり、路線を廃止したりすることを余儀なくされ、病院やスーパーに行く足を失った人たちが、過疎村に見切りをつけて便利な場所の脱出を始めたからである。

 我が家の近所では、比較的名の知られた「恵那峡」という観光地でさえ、バス便が日数本になってしまい、これによって、公共交通機関利用の観光客を失い、衰退の一途となっている。
 我が村の老人たちが、大きな病院に行くのは、とんでもなく大変である。タクシーがあるといっても、例えば、恵那駅から我が家まで片道5000円で、多くの人々にとっては一日あたりの稼ぎよりも多くなって、とても利用できないのである。
 田舎は、乗車時間は短くとも、距離がとてつもなく長いのだ。だから、私は終バスに乗り遅れて、20Kの夜道を4時間かけて歩いて帰宅したこともある。

 「カネにならないものは切り捨てる」
 竹中平蔵に代表される「新自由主義」の思想の下に、自民党・公明党によって、人口密度の少ない土地は、人々の息吹を失い、野生動物の楽園へと戻りつつある。
 おかげで、奥山の村で、山や川を守ってきた人々が消えて、監視の目も行き届かないから、盗伐が横行し、無計画な乱伐によって山の保水機能が犯され、土砂崩落も進み、河川の荒廃も進んで、下流域の住民に、深刻な洪水被害が多発するようになっている。

 今や、山沿いの農地・果樹園などは、熊やイノシシ、アライグマ・ハクビシンなどに荒らされ、農業の意欲さえ失ってしまう人が続出している。
 我が家でさえ、厳重な金網と、獣害防止設備を丁寧にやらないと、一夜にして畑の作物が消えてしまうことも珍しくない。

 土地の古老は、こんな村で、熊やイノシシが縦横無尽に荒らし回ったなんてことは、まったく記憶にないと言う。つまり、こんな事態は最近始まったことなのだ。
 昔ながらの狸やウサギは、こんな悪さをしないが、その彼らも猛獣アライグマの餌食となって地域から消えてしまっている。

 大都市の水源になる山村、過疎地は、実は、大都市のインフラを守る重要な拠点なのだ。放っておけば、山村は絶え間のない崩落、水害に晒され、人が住むのに適した土地は、どんどん浸食されてゆく。
 そこに、たくさんの人々が住んでいれば、彼らは自分の里を守るため、必要な植樹や山肌の補強を行い、河川の浸食を止める工夫を進めてゆく。

 これによって、実は大都市の生活圏が守られていることを知るべきだ。近年、洪水被害が多発している本当の理由を知るべきだ。
 それは、山村から人が失われたからである。
 自民党=新自由主義者たちは、金儲けに目がくらみ、「子供たちの未来を守るために何が必要か?」という大切な視点を完全に見失っている。

 山里に人がたくさん住むことにより、むしろ下流の大都市圏の生活も守られるメカニズムを理解いただけるだろうか?
 それでは、山村に人が住むために、何が必要なのか? 考えなければいけない。

 山村の人口を増やすために本当に必要なこと。それは、まず公共交通機関に補助金を支給し、たくさんの便利なバス路線を増やすことである。
 これで、老人たちが、自分の育った里を離れずにすみ、若者たちが定住し、妊婦が容易に病院に通うことができて、子供たちも増えてくる。

 次に、若者たちが一定の収入を確保できる、インフラを整備することである。
  以下に、投資家ビル・ロジャーズの指摘を引用する。
 http://tokaiama.blog69.fc2.com/blog-entry-821.html

 ビル・ロジャーズは、もはや日本は、観光産業くらいしか生き延びる道がないと指摘している。
 観光のためには、「美しい日本の大自然」を大切にすることであり、過疎地方に容易に行ける公共交通機関を整備することである。

 私は、例えば、私の住む中津川市に若者を誘致するには、若者が目を輝かせる魅力的な大インフラを整備すべきだと書いてきた。
 例えば、名古屋港から御嶽山まで、安全に移動できる自転車専用道だ。これは、世界中の若者を吸引することができて、途上にたくさんの施設を作って、若者の職場を確保することができる。

 もう高速道路などいらない。車など、未来を牽引するものではない。自動運転AI車両だって、未来を担うなんて勘違いしている人が多いが、とんでもない。
 コンピュータAIは、単なる道具であり、耕運機のようなものであって、それが人間に代わって主役となることなどありえない。
 若者たちは、自分の足、筋肉を使って、汗をかきながら、自然と触れあい、過疎の田舎に移住して、たくさんの真実を学び、自分の世界を作り出してゆくのだ。

 人間はコンピュータAI社会の奴隷にはならない。どこまでいっても、それは道具に過ぎず、主役をとって変わることはありえない。
 私が、繰り返し指摘しているように、米中戦争や北朝鮮・ロシアとの戦争が起きれば、最初に電磁波爆弾(EMP)が落とされ、9割の電子機器が瞬時に破壊される。
 そうなれば、兵器や電子インフラの大半が粗大ゴミであり、本当に役に立つのは、人間の肉体と、原始的な道具、それに知恵と経験だけだ。

 世界は、コロナ禍のように、ある日、突然、地獄に堕とされるのだ。
 そのために必要なものは、知恵と経験、そして助け合いだけだ。これが社会の本当の本質である。AIなどに欺されてはいけない。

 さて、もう一度、私の住む、過疎の田舎に戻ろう。
 我が家の近所には、別荘地の先住民や、私より後に入ってきた人も数軒いる。
 先住民たちの共通点は、この大自然が気に入って、移住してきた人のように思うだろうが、そうではない。

 実は、自然豊かな、過疎の不便な別荘地に住んでいる人の多くが、「逃避者」である。
 近所にいるのは、愛人を作ってばれて家を追い出された元校長とか、やはり、愛人を作って別居を迫られた初老の元管理職とか、あるいは、性格が極端に悪いために、元いた町から村八分に遭って、やむをえずに、住んでいる人とかばかりである。

 近所のAという老人は、ひどく性格が悪くて、私が移住してきたとき、「誰の許可を得て、ここに住むのだ?」と、私を上から目線で問い詰めた。
 「別に、アンタに許可を得なければ住めない土地じゃないよ」
 と返すと、ひどく怒って、嫌がらせを繰り返すようになった。

 これまで、三回も車に木ネジを差し込まれてパンクさせられ、監視カメラをつけると、道路に木ネジをばらまいてみせた。
 私が肺の調子を落とすと、ひどい悪性の煤煙を出すたき火を繰り返した。
 夜中に、夫婦で他人の土地に入って、ワラビなどを盗んで回っている。
 いったい、どこまで根性の腐った野郎だと憤ったが、結局、ここに定住した理由は、以前の町で嫌われて生活できなくなったせいだと分かった。

 地方の過疎別荘地の住民は、おしなべて、こうした人間関係に失敗した人が多いことを知っておいた方がいい。決して自然を愛して移住したわけではないのだ。
 これから過疎地帯の別荘地に移住を考えている人は、こうした事情を頭に入れておくべきだ。

 また話が飛ぶが、私は、過疎地に住民を戻すために、一番必要なことは、若者と子供たちが立ち入って、自然と触れあって楽しい経験を積むことだと考える。
 だから、若者が押し寄せる健全なインフラが必要なのだ。自動車でなく自転車と歩行者を大切にするインフラである。
 我が土地は、どこを掘っても温泉(鉱泉)が出るような素晴らしい自然環境であり、2000m級の山岳地帯の醸し出す雄大な眺望がある。
 若者たちが、住んでみたい土地なのだ。決して逃避の場所ではない。

 だから、私は、たくさんある廃校を利用して、一定期間、子供たちを合宿生活のなかで学ばせ、動物たちを飼育しながら自然と触れあい、自分の手で芋を生産するような骨太の子供に育てるべきと考える。

 竹中平蔵や安倍晋三、麻生太郎が権力を握っている社会では不可能だろうが、彼らの崩壊後を見据えて、今から準備する必要があると思う。 

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