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人間の真の価値

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 人の価値は、徹底した利己主義の上に、他人を睥睨できる資産やら権力・地位やら組織やらを握り、他人から畏敬されることだと勘違いしている人は無数にいる。

 それが現代日本社会を支える価値観を生み出している「差別と序列」のシステムだからだ。いいかえれば、競争を原理とする資本主義社会に共通する人生の価値観である。
 それは、自分だけが勝ち上がる喜びに生きているといってもいい。

 ネット上を見ていても、こうした価値観を持っている人は、必ず、自分の資産や能力の自慢を始め、どこかで弱者に対する嘲笑が含まれてくるから、すぐに分かる。
 ネット上でいえば、「ネトウヨ」グループが代表的で、上念司とか堀江貴文とか、武田邦彦らチャンネル桜組とか、長谷川幸洋とかだ。

 日本人の圧倒的多数が、「何のために生きるのか?」と問われ、「カネ・地位・権力・蓄財・名誉・見栄のため」などと考えていることは間違いない。
 もう少し具体的に言えば、他人を見下せる学歴を得て、他人を見下す特権的地位に就き、他人より多くの蓄財を行い、高い塀に囲まれた豪邸に住み、美人妻をもらって、高級車に乗り、「他人の羨む人生」を送ることである。

 そんな人生観のなかで、「他人のために生きる」と利他主義を口にする人はほぼいない。利他主義者を見ると「アイツ、馬鹿じゃないか」と嘲笑するのが関の山である。
 一年中休みなしに毎朝3時に起きて、職場(名古屋市新栄)の周りを清掃し、花を植えている宗次徳二を、日本の経営者グループは決して尊敬しない。

 すでに何度も書いているのだが、こうした利己主義の価値観は、人類社会を底なしのネガティブ世界に向かわせるものである。
 http://tokaiama.blog69.fc2.com/blog-entry-944.html

 人類における最大のネガティブとは戦争である。
 極端にネガティブな世界を体現している「戦争大好き」アメリカ人を想定すれば、すぐに意味が理解できる。

 アメリカの軍人や、共和党支持者「リバタリアン」という人々は、何もしないでいれば、他人が自分の財産を奪い取り、自分たちは殺されると信じ、殺戮兵器を大量に持っていれば、それを怖れて侵略者たちを阻止できると信じている。

 だから、金儲けのため、奴隷として安くこき使える黒人をアフリカから連れてきておいて、やがてポイ捨てし、黒人たちが生きるために行動すると、包容する優しさの代わりに銃弾で恫喝し、ときに殺戮してしまう。
 聖書に描かれた愛は口先だけのものであり、本当の人間関係は、相手を恐怖させる自分の強さ、武装によって支えられていると信じ込んでいる。

 米国国民が、他人に銃口を向けるのは、憲法に保障された基本的人権である。

 アメリカ合衆国憲法修正条項第2条
 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%AD%A6%E8%A3%85%E6%A8%A9

 世界を平和に導くものは「銃弾」であるという究極の屁理屈=信仰によって、アメリカは建国以来、無数といえる戦争を主導してきた。

 アメリカという国は、まさに、この世のネガティブを体現した国といえるだろう。
 一方で、世界でも有数のキリスト教国家でありながら、他方で、キリストの名によって、人々を弾圧し、残酷に殺戮し、滅亡させてゆくのである。

 なんで、こんな本末転倒なネガティブ国家になってしまったのか、理由探ると、それは、最初に合衆国が成立したとき、先住民であるアメリカンネイティブ(インディアン)の土地を侵略し、少なくとも1000万人を超える先住民を殺戮した血の海の上に、アメリカ国家が築かれたからだろう。
  http://www.aritearu.com/Influence/Native/Native.htm

 この巨大な先住民殺戮と土地の強奪を、自分たちの倫理と矛盾しないで正当化する究極の屁理屈を生み出してみせるしかなかった。
 「巨大な殺戮の正当化」 これこそ、米国合衆国の本質をなすものである。

 アメリカは戦争なしに存続することのできない国家であり、絶えず世界中を見つめて、「敵を作り出して、それを殲滅する正義」を掲げなければならなかった。
 例えば、真珠湾事件も、ケインズに「戦争がニューデール大不況を解決できる」とケインズに入れ知恵されたルーズベルト・アメリカの演出によるものだった。戦時国際法に完全に違反した原爆投下による巨大殺戮も正当化しまくるしかなかった。

 ベトナム戦争北爆の理由となったトンキン湾事件も完全な捏造だった。そして2000年911テロも、アメリカ自身による国家ぐるみの陰謀だった。
 ひとたび、「銃口が正義」という屁理屈を掲げれば、世界最終戦争による滅亡までネガティブ世界に向けて突っ走るしかないのだ。
 
 アメリカという国は、まるで断崖絶壁に向けて突っ走るレミングの大群のようだ。すでに先頭集団は、崖から海に転がり落ちているのに、後続集団は、ひたすら突っ走り、先頭集団が立ち止まることさえ許さない。
 なんで、こうなってしまったのかを詳しく考察してゆくと、アメリカ国家を支配するユダヤ人グループと、彼らの思想的経典であるタルムードが浮かび上がってくるのだが、これは、今回は触れないことにする。

 アメリカの思想的源流は、共和党リバタリアリズムにあるのだが、その正体が徹底的な利己主義であることついて、すでに触れたし、それがネガティブ国家の本質をなしていることにも触れた。
 ただ、もう一つ、アメリカに代表されるネガティブ勢力の本質として「強欲」を上げておこう。

 アメリカ経済の中核をなす金融資本経済の総本山は、ロスチャイルド系のゴールドマンサックスやメリルリンチ、モルガンSなどだが、これらのユダヤ系金融資本の本質は、世界中のカネを懐に入れてしまいたいという、とてつもない強欲である。
 世界中の右翼の正体は、例えば、ブラジルのブルソナーロ大統領も、トルコのエルドアン大統領も、もちろん、わがトランプ大統領も、とてつもない強欲である。

 この限られた地球上で、助け合って、平等に幸せを享受するという発想が皆無であり、「自分さえよければ他は、どうなっても構わない」とする強欲が、彼らの共通点であり正体といっていい。
 日本もまた、アメリカの属国である以上、この強欲思想をまともに引き継いでいて、麻生太郎など、年がら年中、強欲な利己主義ばかり口にしている。

 「ネガティブ」という概念を説明するのに、私は「利己主義」という言葉に言い換えてきたのだが、「強欲」という言葉に言い換えた方が適切な説明かもしれない。
 だから、バシャールが「二極化」という概念を口にしたとき、それが今年、2020年に、完全にネガティブ世界とポジティブ世界に分裂し、相互に交わらず、やがて数十年後に、ネガティブ世界が、この世から消えてゆくと指摘し、「なるほど、利己主義=強欲が、あと数十年すると地球上から消えてゆくのだ」と私は解釈した。

 http://tokaiama.blog69.fc2.com/blog-entry-1118.html

 「強欲」がなぜ間違っているかというと、織田信長の言葉として伝わっている教訓が適切である。
 「起きて半畳、寝て一畳、天下取っても二合半」
 https://www.pojihiguma.com/entry/okitehanjou-neteitijou-tenkatottemo-nigouhan

 本当に信長が語ったわけでもないだろうが、これは人生に強欲は禁物であるとする諫めとして実に適切だ。

 資本主義的強欲の価値観の延長では、成功者は、何軒もの豪邸を保有し、何台もの高級車を保有し、たくさんの 美女をカネで買い集め、食べきれないほどの食事でも満足できず、何十台ものテレビを用意している。
 すべて、一人が利用できるのは一つ、あるいは一人しかいないのに……。問題は、他人を、どれほど羨ましがらせるかであり、他人から畏敬されたいがために、究極の無駄人生をおくりたがるのである。

 日本でも、ホリエモンも、前沢も、他人に羨まれたい一心で、莫大な資金をドブに捨てる宇宙開発なんかに手を出しているが、悲惨な結果は、聞かなくとも分かる。
 宗次徳二なんかは何百億の資産があっても、バーゲン品だけを身につけ、子供食堂に巨額の援助を行い、自分は移動でもエコノミーや二等車しか利用しないのに、彼らは、自家用飛行機で他人を睥睨することが大好きな延長に、自家用ロケットまで作ろうとしている。

 こんな立って千畳、寝て万畳のように自分を飾ることが大好きな人物が、人々から本当に愛されることはない。
 例えば、WCサッカーでウルグアイが優勝した理由について、とてつもなく愛される国家指導者がいて、誰もが一丸になったからだといわれる。
https://world-note.com/jose-mujica/
 ウルグアイ国民は、ムヒカ大統領が大好きだったから、最大の能力を発揮できたのだ。

 ムヒカは利他主義者だった。誰もがムヒカを愛した。自分を大事にすることは放棄して、いつでも他人のために働き続けた。

 もし、最大のポジティブな人生という言葉を誰に贈るかといえば、それはムヒカを置いては他にいない。
 私は、2番目に宗次徳二を上げておこう。

 ポジティブという概念は、別の言い方をすれば「脳天気」といってもいい。
 本当のポジティブとは、「何もしなくとも幸せが向こうから飛び込んでくる」と信じる人生である。

 釈迦は「因果応報」を教えのエッセンスとした。
 それは「人生とは与えたものが還ってくるプロセス」という意味だ
 ポジティブな人々は、いつでも他人のために心を砕き、他人が幸せになることを願って生きている。だから、因果応報として、幸せが向こうから飛び込んでくるのである。

 アメリカの軍人が「核兵器開発が平和を保障する」というとき、ポジティブな人たちは「貧しい国を幸せにすれば、戦争消える」と考え、ちょうど中村哲のように、貧困と不便のなかに飛び込み、人々を幸せにしていった。
 中村は殺されたが、これほどポジティブな人生も少ない。誰もが中村哲を心から尊敬し、その教えに従って国を作り替えようとしている。

 ポジティブとは、自分の肉体を無意味に永らえさせることではない。例え、肉体を滅ぼされても、その精神が生き続け、無限大に拡大してゆく世界なのだ。
 死よりも尊いものがある。私は中村哲や宗次徳二に、それを見る。

 バシャールによれば、2020年は、もうネガティブとポジティブが二度と邂逅しない年だという。
 つまり、中村哲の仕事を理解できる人は、ポジティブ人生を歩む人に限られる。宗次徳二の毎日を、堀江貴文や前沢友作が理解できることは永遠にない。永遠に邂逅しないまま、竹中平蔵・堀江貴文や麻生太郎、安倍晋三らは滅亡に向かってのみ進むのだ。

 ネガティブ人種は、「戦争によって平和が得られる」と妄想するのだから、戦争に向かうしかない。
 ポジティブ人種は、向こうから平和と幸福がやってくると信じて歩み続けるのだ。

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