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セキュリティ社会 その2

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 おびえる子供たち

 筆者が7年前に中津川市蛭川に移り住んで驚いたことが、いくつかあった。
 一番びっくりしたのは、散歩中、道で出会う子供たちの大部分が、見ず知らずの私に向かって、「こんにちわ」 と挨拶するのだ。
 これは、当たり前だと思うなかれ、新鮮なカルチャーショックだった。
 いい年をしたオッサンの私でも、どぎまぎしながら挨拶を返すことになったが、人を恐れない子供たちの明るく素直な表情を見ていると、暖かい安心感と未来への希望が満ちてくるのである。

 それまで20年以上住んだ名古屋市内の公団アパートでは、エレベータに子供が乗り合わせたとき、挨拶どころか、危険な浮浪者にでも見えたのか、私を見て恐れ、脅えたような緊張した表情を見せて、扉が開けば一目散に駆け出すような具合だった。
 ついぞ都会で、見知らぬ大人に対する子供たちの無邪気な人なつこい笑顔など見たこともなく、もちろん親たちも一人暮らしの得体の知れない、胡散臭い男に対して警戒の表情を緩めなかった。

 こんな子供ばかり見ていると、昔ながらの大人と子供の自然な関係など忘れてしまって、自分が変態異常者として扱われていると意識しはじめることになり、小中学生の女児あたりが一人で居合わせるなら、ついつい、ふくらみはじめた胸に目が行き、「お嬢ちゃん、おじちゃんが抱っこしてあげようか、ゲヒヒヒヒ」 (^o^) (冗談ですら)
 とやりたくなるのが人情ではないだろうか。
 こちらだって毛頭、構う意志もないのに、勝手におびえて警戒されると、子供といえどもムカッ腹がたつもので、期待に応えて悪さをしなければならないような気分に襲われるのだ。

 池田小学校殺傷事件が起きてからというものの、全国津々浦々まで学校のセキュリティが厳重になり、臆病で小心な学校管理者たちは、「人を見れば泥棒か変態と思え」と子供たちを洗脳するようになった。
 近道しようと校庭を横切るだけでセキュリティシステムが作動し、警備員が飛んでくるような状態だ。
 本当にうんざりさせられるが、人より野生動物の多い蛭川でも、おそらく学校では警戒システムが厳重なはずだが、さすがに、こんな僻地には変態はいないと、みんな信じているようで、タテマエは厳重であっても、運用上は、のどかで素直な子供たちの表情が生き残っているのである。

 これが大都会の学校のように、子供たちが「見ず知らずの大人は変態・痴漢・泥棒・異常者だ」などと教育洗脳されるようになっては、もう田舎もオシマイだ。僅かに残った人間性のカケラさえ凍り付いてしまうではないか。
 大人が道を歩いているだけで、子供たちが猛獣にでも遭遇したかのように警戒するようでは、何か困ったことや事故が起きていても、それを助けようとしたら逆に変態異常者扱いされかねないと、こちらまで警戒して手を出せなくなってしまう。
 だから、こうした過剰な警戒と恐怖心の洗脳が、明らかに人間関係に悪影響、逆効果をもたらすのであって、むしろ、子供たちを危険に晒す結果を招いていると危惧せざるをえないのである。

 筆者は、過剰なセキュリティが、どれほど効果のない大きな無駄を生み出しているか、社会から、暖かい人間関係を奪っているか、得られる安全よりも、はるかに残酷な危険をもたらすものであるかを読者に問いたい。

 911テロ以降、恐怖におびえて過剰な反応を示すことで、アメリカは、どれほど、社会の暖かみ、大らかさを喪失し、たくさんの大切なものを失ったのかを、我々は直視する必要がある。

 911テロの犠牲者は、アメリカ国内で約3000名であった。これは大きな数字だ。しかし、激昂した世論による報復、復讐心を満足させるため、アメリカ国家が怒りの矛先をアフガンやイラクにぶつけて侵略戦争を行った結果、報復作戦による米兵死者総数は4000名をはるかに超え、この結果起きた宗教対立、自爆テロなどで、罪なき民衆に強いた犠牲者は実に百万人に達するのである。
 テロが成功した場合の損失と、それを未然に防ぐために用いた過剰なセキュリティ態勢によって失った損失の差し引きを考えていただきたい。おそらく比較にならないほど、愚かしい結果がもたらされているにちがいない。

 911事件によって、ブッシュらが持ち出した「テロとの戦争」 という陳腐な屁理屈、スローガンによって、いったい誰がトクをして、誰が損をしたのか?
 「社会の至る所にテロリストが潜んでいる」
 と錦の御旗を掲げて民衆の恐怖心を煽ったのは、共和党ネオコンだったが、姿形の見えないテロリストを収監するために全米600カ所の強制収容所と300万人分の棺桶が用意され、さらに、あらゆる空港・駅や公安システムに投入された新たなセキュリティシステムに使われた税金は数十兆円の巨額に上った。

 それを優先的に請け負って巨額のボロ儲けをした者こそ、ネオコン総帥、チェイニー副大統領の経営するハリバートン社であった。それだけでない、ハリバートンは、イラクから奪った石油利権の復興プロジェクトに関与して、前年の三倍以上の利益を得た。
http://www.jca.apc.org/~kmasuoka/places/halliburton.html
 こうして、得られた結果から考えれば、「テロとの戦争」の中身は、ネオコンの金儲けであり、実は911テロが本当は誰が仕組んだものか、朧に見えてくるはずだ。
 
 最近では、911ツインタワー倒壊が、旅客機の突入では絶対に起こりえず、イスラエル・モサドやCIAの使用する軍事用テルミットが仕掛けられていたことを全米建築家協会が崩壊ビデオを解析して証明してみせた。
 http://www17.plala.or.jp/d_spectator/

 「テロによる巨大な被害を防止するために厳重なセキュリティが必要」
 という主張は、完全に破綻している。アメリカは911テロを再発させないで、国民の命を守るために、人間の権利を破壊し、自由を破壊し、民主主義までも破壊し、911テロの千倍以上の犠牲者を出したのである。
 
 厳重なセキュリティが敷かれたことで、得られた利益が本当にあったのか?
 我々は、よくよく考えて、こうしたセキュリティシステムによって、本当は誰に、どのような利益がもたらされたのか? 見つめる必要がある。

 セキュリティは、それを行ったことにより、行わないよりも桁違いの不利益を発生させるものだと知る必要がある。
 我々は、「人の意志による破壊行為」に対し、それを規則や法律で縛ってみたり、報復制裁、軍事行動で解決しようとしてはならないのである。
 破壊行為を招いた真の原因を分析し、原因を具体的に解決することを通じて、予防する姿勢が必要なのであって、予算を注ぎ込んだシステムによって対応しようとするなら、際限のないイタチごっこが繰り返されるだけになり、結果は逆効果にしかならないことを知っておかねばならない。

 もう一つ、例をあげてみよう。
 筆者がパソコンに触れ始めたのは、まだマイコンと呼ばれた時代で、今から30年ほど前、最初に買ったのは、シャープMZ80だった。
 当時としては、ずいぶん高価なもので、安い軽自動車が買えるほどの値段だったと思う。たしか8ビットZ80、8Mだかのクロックだったが、当時のBASICで、そこそこの計算能力があって、メモリの大きな関数電卓という印象だった。しかし、ほとんどパックマンのようなゲームで遊んでいただけだったと思う。

 数年後、次に買ったNECノートは、16ビットでV30、10M程度のクロックがあり、一太郎も十分に使えて、申し分なく実用的なものだった。
 当時のパソコンLTや9801Nは、未だに引っ張り出して使っても、スイッチを入れた瞬間から十分に役立つもので、カシオFX890ポケコンなど、曲率や勾配計算などに欠かせず、現役で使用し続けている。
 
 以来30年、どれだけのパソコンを購入したか覚えてもいないが、間違いなく十数台は買った。演算スピードも上がり、8Mだったのが、すでに3Gを超えているから、400倍以上になっている勘定だ。
 しかし、それでは使用勝手や実用性が上がったかといえば、とんでもないことで、30年前のパソコンと今のパソコン(最新はDELL・INSPIRON)を比較してみて、少なくとも木工計算での実用性は昔のポケコンの方がはるかに上なのだ。

 いろいろな機能は数桁以上も増えたが、ワープロ一つとってみても、その実用的な入力スピードは、ほとんど変わっていない。変換辞書は数千倍になったはずなのに、使い勝手があまり変わらないというのは、どんな事情によるものか?
 むしろ、スイッチを入れて、ソフトが立ち上がり、入力して答えを利用する時間を考えれば、今のパソコンは実用性が劣っているのだ。

 その最大の理由は、せっかくCPUの性能が数千倍にもなったのに、それが動かすプログラム量が、それ以上の重さになったせいである。
 最大の桎梏(足かせ)はセキュリティソフトである。今のパソコンを利用しようと思うと、最初にパスワードを入力し、数分もかけて重い重いOSを立ち上げねばならない。さらに、巨大なセキュリティシステムを立ち上げることになる。

 筆者が今でも使う25年前のNEC9801LTなど、スイッチを入れた瞬間にOSが立ち上がり、数秒で利用できる。実用上も十分な性能だ。当時、購入した25Mクロックのワープロだって、変換スピードや使い勝手は、今の最新式よりも上なのだ。
 結局、ネット接続からシステムを守るためのセキュリティシステムが、あらゆるソフトを極端に重くし、使い勝手を損なっているのである。

 それでは、こうしたセキュリティシステムが本当に必要なのか?
 といえば、そうした人はネットを利用した高度情報通信を行っている人に限られるのであって、ネット閲覧、書き込み、ワープロと図面計算に使う程度の筆者も含めて、今ほどの巨大なシステムなどまったく必要としていない。
 ネットを利用さえしなえれば、今のパソコンなどシステムが重すぎて使いたくもない。

 これこそ、余計なセキュリティ思想が、実用性を損なっている典型的な例といわねばならないのだ。
 30年かけて飛躍的に発展したハードウェアに対して、ソフトウェアが、それ以上の負荷を必要とするなどという現実は、まさに笑い話というしかないのである。

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