FC2ブログ

Entries

 中曽根康弘の追悼式に血税1億円!

カテゴリ : 未分類

 中曽根元首相の葬儀、10月に 9600万円支出を決定 2020年9月25日
https://www.asahi.com/articles/ASN9T6WC7N9TULFA036.html

 そんなもの、自民党関係者のポケットマネーでやればいいだろうが。中曽根康弘は国葬に値する人物なのか?
 もう一度、中曽根のやったことを振り返ってみよう。

 中曽根康弘死去であらためて振り返る従軍慰安婦 中曽根の「慰安所つくった」証言と「土人女を集め慰安所開設」防衛省文書 2019.11.29(リテラ)
 https://lite-ra.com/2019/11/post-5119_3.html


nakasone01.jpg


 
 中曽根康弘元首相が、101歳で死去した。メディアでは、国鉄民営化や日米安保体制強化などを功績として振り返っているが、負の側面も非常に大きい政治家ある。

 たとえば、現在の日本社会にもつながる右傾化・歴史修正主義の台頭や新自由主義路
線の端緒となり、日本の戦後民主主義政治を歪めた張本人だ。こうした功罪の罪の部分
も検証されるべきだが、なかでも本人が一度は告白しながら途中からダンマリを貫いたこの問題はきっちり検証するべきだろう。

 そう、日本軍の従軍慰安婦問題だ。

 中曽根元首相が戦時中、海軍主計士官(将校)の地位にあったことは有名だが、その当時、自ら慰安所の設置に積極的に関わり、慰安婦の調達までしていたことを、戦後に自分の“手記”の中で自ら書いているのだ。

 しかも、これは中曽根元首相の思い違いでも妄想でもない。防衛省にも中曽根元首相の“慰安所づくり”証言を裏付ける戦時資料が存在している。

 本サイトでは、2014年夏、朝日新聞の慰安婦記事バッシングが盛り上がり勢いづいた右派の、慰安婦の存在や日本軍の関与までなかったことにしようという歴史修正主義の動きに抵抗するため、この中曽根“慰安所づくり”証言とそれを裏付ける戦時資料について詳しく報じた。(ちなみに、フジ産経グループの総帥だった鹿内信隆にも中曽根元首相と同様に、慰安所づくりへの関与発言があり、やはり本サイトが記事にしているhttps://lite-ra.com/2014/09/post-440.html

 中曽根元首相の証言は、従軍慰安婦に日本軍が組織的に関与していたことを物語る重大な証言だったが、手記出版から30年ほど経ってからこの記述がクローズアップされると、中曽根元首相は一転否定、その後ダンマリを通してきた。

 中曽根元首相には、従軍慰安婦問題とりわけ日本軍の関与について、自らの口で明らかにする歴史的責任があったはずだが、それはかなわなくなってしまった。

 中曽根“慰安所づくり”証言とそれを裏付ける戦時資料から、従軍慰安婦の存在と日本軍関与が事実であることを報じた記事を再録する。「慰安婦は存在しなかった」というデマが大手を振って罷り通るいま、あらためてご一読いただきたい。

●中曽根元首相が「土人女を集め慰安所開設」! 防衛省に戦時記録

 朝日新聞の慰安婦訂正記事で右派陣営が勢いづいている。「朝日は責任をとれ!」と気勢をあげているのはもちろん、自民党の政務調査会議は河野談話も朝日報道が前提だとして「河野談話を撤回し、新たな官房長官談話を!」とぶちあげた。また、同党の議連では朝日新聞関係者、さらに当時の河野洋平元官房長を国会に招致して聴取すべき、という意見までとび出している。
 
 だが、朝日や河野洋平氏を聴取するなら、もっと先に国会に呼ぶべき人物がいる。それは第71代日本国内閣総理大臣の中曽根康弘だ。
 
 大勲位まで受章した元首相をなぜ従軍慰安婦問題で審訊しなければならないのか。それは先の大戦で海軍主計士官(将校)の地位にあった中曽根元首相が、自ら慰安所の設置に積極的に関わり、慰安婦の調達までしていたからだ。

 このとき、中曽根元首相は「旧海軍時代に慰安所をつくった記憶はない」「事実と違う。海軍の工員の休憩と娯楽の施設をつくってほしいということだったので作ってやった」「具体的なことは知らない」と完全否定している。

 だが、これは明らかに嘘、ごまかしである。そもそもたんなる休憩や娯楽のための施設なら、「苦心」する必要があるとは思えないし、中曽根元首相の弁明通りなら、『終りなき海軍』の“手記”のほうがデタラメということになってしまう。
 だが、同書の編者である松浦敬紀はその10年ほど前、「フライデー」の取材に「中曽根さん本人が原稿を2本かいてきて、どちらかを採用してくれと送ってきた」「本にする段階で本人もゲラのチェックをしている」と明言しているのだ。

 いや、そんなことよりなにより、中曽根元首相の慰安所開設には、冒頭に書いたように、客観的な証拠が存在する。 

 国家機関である防衛省のシンクタンク・防衛研究所の戦史研究センター。戦史資料の編纂・管理や、調査研究を行っている研究機関だが、そこにその証拠資料があった。

 資料名は「海軍航空基地第2設営班資料」(以下、「2設営班資料」)。第2設営班とは、中曽根が当時、主計長を務めていた海軍設営班矢部班のことで、飛行場設営を目的にダバオ(フィリピン)、タラカン(インドネシア)を経てバリクパパン(インドネシア)に転戦した部隊だが、この資料は同部隊の工営長だった宮地米三氏がそれを記録し、寄贈。同センターが歴史的価値のある資料として保存していたものだ。
 
 本サイトは今回、同センターでその「第2設営班資料」を閲覧し、コピーを入手した。

 宮地氏の自筆で書かれたと思われるその資料にはまず、「第二設営班 矢部部隊」という表題の後、「一 編制」という項目があり、幹部の名前が列挙されていた。すると、そこには「主計長 海軍主計中尉 中曽根康弘」という記載。そして、資料を読み進めていくと、「5、設営後の状況」という項目にこんな記録が載っていたのだ。

「バリクパパンでは◯(判読不可)場の整備一応完了して、攻撃機による蘭印作戦が始まると工員連中ゆるみが出た風で又日本出港の際約二ヶ月の旨申し渡しありし為皈(ママ)心矢の如く気荒くなり日本人同志けんか等起る様になる
 主計長の取計で土人女を集め慰安所を開設気持の緩和に非常に効果ありたり」

 さらに「第2設営班資料」のなかには、慰安所設置を指し示す証拠となる、宮地氏の残したものと思われる手書きの地図も存在していた。

 インドネシアで民家だった場所を、日本軍が接収し慰安所に作り変え!
 それはバリクパパン「上陸時」の様子(昭和17年1月24日)と、設営「完了時」の様子(17年1月24日〜同年3月24日)を表す2点の地図資料だ。バリクパパン市街から約20km地点のこの地図から、中曽根たちが設営したと思われるマンガル飛行場滑走路のそばを流れるマンガル河を中心に民家が点在し、またマンガル河から離れた場所に民家が一軒だけポツリと孤立していることがわかる。

 そして2つの地図を見比べてみると、“ある変化”があることに気づく。「上陸時」から「完了時」の地図の変化のひとつとして、その孤立した民家の周辺に、設営班が便所をおいたことが記されている。さらにその場所には「上陸時」にはなかった「設営班慰安所」との記載が書き加えられている。

 つまり、上陸時に民家だった場所を日本軍が接収し、「設営班慰安所」に変えてしまったと思われるのだ。 

 もはや言い逃れのしようはないだろう。「主計長 海軍主計中尉 中曽根康弘」「主計長の取計で土人女を集め慰安所を開設」という記載。それを裏付ける地図。中曽根元首相が自分で手記に書いたこととぴったり符号するではないか。

 しかも、「土人女を集め」という表現を読む限り、中曽根主計長が命じて、現地で女性を調達したとしか考えられないのである。

 実際、インドネシアでは多くの女性が慰安婦として働かされており、彼女たちは日本軍に命じられた村の役人の方針で、どんなことをさせられるのかもしらないまま日本兵の引率のもと連れ去られたことを証言している。そして、年端も行かない女性達がいきなり慰安所で複数の日本兵に犯されたという悲惨な体験が語られ、その中にはこのパリクパパンの慰安所に連れてこられたという女性もいる。
 
 つまり、中曽根首相がこうした“強制連行”に関与していた可能性も十分あるのだ。

 朝日新聞の訂正で勢いづいた保守・右派勢力は銃剣を突きつけて連行したという吉田証言が虚偽だったという一事をもって、強制連行そのものを否定しようとしている。さらには従軍慰安婦への軍の関与そのものを否定するかのような虚偽を平気でふりまいている。

 しかし、もし、強制連行はない、軍の関与もないといいはるならここはやはり、「土人女を集め」たという元主計長・中曽根康弘を国会に喚問して、どう「集め」たのか、「苦心」とはなんだったのか証言させるべきではないのか。一メディアの誤報をあげつらうより、そのほうがはるかに「歴史の検証」になると思うのだが、いかがだろう。
(エンジョウトオル)
*********************************************************

 引用以上

 中曽根康弘という男は、東大法学部を出て内務官僚となり、海軍主計局に入り、敗戦時には24才で3000人の大隊長という日本軍超エリートコースを歩んだ人物だ。敗戦後は、再び内務官僚に戻り、やがて衆議院議員となり、戦争で競争相手が著しく減ったこともあり政界のエリートコースを駆け上がった。
 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%AD%E6%9B%BD%E6%A0%B9%E5%BA%B7%E5%BC%98

 中曽根が問題なのは、彼が、岸信介・正力松太郎・笹川良一・児玉誉士夫・文鮮明らとともに戦後、「国際勝共連合」を結成し、戦後労働運動・社会主義運動の最大級の弾圧者・破壊者であったこと。それに、正力と共に、日本原子力開発の大元締めだったことだ。
 彼らの原子力開発は、電源開発に名を借りた「核兵器開発の準備」だった。

 正力が日本で最初に導入した原発は、茨城県東海村の黒鉛減速炭酸ガス冷却型原子炉で、これは当時すでに存在した発電のための軽水炉ではなく、核兵器に転用可能なプルトニウム生産炉だった。発電効率は軽水炉に比べて極めて劣り、おまけに耐震性能が悪く、原電も、あまりの危険性故に廃炉にするしかなかった。

 つまり、正力と中曽根は、平和利用の名の下で原子力をプルトニウム核兵器開発に用いたのであり、この方針は、常陽・もんじゅ・六ヶ所村再処理工場に引き継がれたが、数十兆円という国家予算なみの莫大な血税を投入しながら、すべて失敗に終わっている。
 結局、二人の本心は、「日本を核武装させ、世界に冠たる軍事国家の栄光を復活させる」というものだった。しかし、それはことごとく暗礁に乗り上げている。
 中曽根康弘の経済的基盤は、一心同体である鹿島建設による原発利権から来ていると指摘されている。
 https://8823.teacup.com/minmingifu/bbs/3600

 また、中曽根生涯の大事業と自負した、三公社民営化も、現場の労働者の組織化を分断(国労を破壊)、社会主義思想を破壊する目的で行われたが、結局、国鉄を解体することで得られたものは、労働者の安全意欲の低下と、幹部による組織の私物化、国鉄=JR全体の信頼性の低下だけだった。
 中曽根の肝入りでJR大幹部になった、葛西敬之のJR東海私物化の行状がそれを物語っている。現在、葛西は、最期の大仕事としてリニア中央新幹線を管轄しているが、これも見通しの甘さから失敗が約束されていると私は予想している。

 中曽根の生涯で、最大の暗黒は、日航123便問題である。
 
  日航123便、墜落原因の続報 森永卓郎・青山透子・ベンゼン環 2018年08月14日
 http://tokaiama.blog69.fc2.com/blog-entry-445.html

 中曽根康弘が死んだ 2019年11月29日
 http://tokaiama.blog69.fc2.com/blog-entry-949.html

 日航123便墜落、世界最大の航空機事故が起きて、その謎が問題になっているときに、中曽根康弘は「秘密を墓場まで持ってゆく」と発言し、その通りに、何も語らないまま死んだ。
 しかし、状況証拠から、坂本九らを乗せた日航123便は、自衛隊機によって撃墜された。御巣鷹山に墜落後は、謎の自衛隊第一陣が生き残った乗客に火炎放射器を浴びせて、持参カメラなどに残された証拠を遺体ごと焼き払った。
 こんな恐ろしい命令を下せるのは、内閣総理大臣、中曽根康弘以外にありえなかった。

 私は、この事件を自分なりに調査するなかで、最初は自衛隊機(ファントム)による模擬ミサイルの誤射と考えていたが、パイロットが自殺するに及んで、もしかしたら、はるかに恐ろしい陰謀が潜んでいるのではないかと考えるようになった。

 それは、事件後に起きた「プラザ合意」の謎である。
 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%97%E3%83%A9%E3%82%B6%E5%90%88%E6%84%8F#:~:text=%E3%83%97%E3%83%A9%E3%82%B6%E5%90%88%E6%84%8F%EF%BC%88%E3%83%97%E3%83%A9%E3%82%B6%E3%81%94%E3%81%86%E3%81%84,%E3%81%AE%E3%83%97%E3%83%A9%E3%82%B6%E3%83%9B%E3%83%86%E3%83%AB%E3%81%AB%E3%81%A1%E3%81%AA%E3%82%80%E3%80%82

 中曽根政権は、日本経済の崩壊が約束されるような圧倒的に不利な合意を、やすやすと受け入れた。何か、とてつもない謎が隠されているようにしか思えない。
 その後、日本経済は、一度も浮上することなく沈降を続けている。

 その他にも、実は123便には、当時、ビルゲイツが開発していたウィンドウズなど足下に及ばないほど合理的・実用的なメイドインジャパンの白眉、トロンの開発陣(松下電)、全員が乗っていた。(トロンは、その後、実用マイコンのOPSとして世界を席巻している)
 これも、ゲイツの政治的背景を考えれば、十分に、墜落の隠された理由になりうる。

 中曽根康弘を、菅義偉政権がなぜ死後にまでヨイショを続けなければならないのか?
 それは、中曽根がレーガン・サッチャーとともに、フリードマンが提唱した「新自由主義」の旗頭、三羽カラスとも呼ばれ、日本の戦後経済を「新自由主義化」した最大の功労者であり、その後、それを浸透完成させたのが竹中平蔵だからである。

 菅義偉は、竹中平蔵のコピーであり、中曽根康弘を神のように信奉してきた。
 その骨子は、日本国民に格差を持ち込み、序列をつけて、徹底的な差別支配を行うということだ。私に言わせれば、「新奴隷政策」といってもいいと思うほどだ。
 日本人を北朝鮮のように何十通りもの序列格差を与え、互いに反発対立させて、国は、あたかも調停者のようにふるまいながら、全体を容易に支配するという構造である。

 だから、この数年、再び学歴差別が脚光を浴びて、「どこの大学を出た?」と、実力には何の関係もない学歴信仰が復活し、東大出がもてはやされている。
 菅義偉新政権が向かっているゴールもまた、中曽根や竹中が目指した序列差別社会なのだろう。

 貧乏人はますます貧乏に、金持ちはますます金持ちに……という格差社会の慣れの果ては、朝鮮韓国社会であり、インドのカーストに他ならない。
 今の 母子家庭で一日一食しか食べられない子供たちは、栄養不足で体力も知力も育たないので、平均より劣るようになり、まさに奴隷階級予備軍にされてしまう。

 菅政権は、こんな恐ろしい社会を礼賛するために中曽根追悼式に国税を一億円投入しようとしている。

Appendix

プロフィール

tokaiama

Author:tokaiama
ツイッターのアカウントは、原発運転による健康被害をとりあげた途端に永久凍結されました

最新記事

アクセスランキング

[ジャンルランキング]
その他
3位
アクセスランキングを見る>>

[サブジャンルランキング]
その他
3位
アクセスランキングを見る>>

カレンダー

04 | 2021/05 | 06
- - - - - - 1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 31 - - - - -

全記事表示リンク

全ての記事を表示する

アクセスカウンター

アクセス数