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2009年7月6日 ●ダム問題 その1

カテゴリ : 無題


   水素エネルギー問題の著作で知られる、山本寛さんから、「地震学のウソ」と「多目的ダムはなぜ作られるのか」の二冊をいただいた。「工学舎」発刊 1680円、決して専門的で難解な内容ではないので、ダム問題に関心のある方は是非、購入してお読みいただきたい。

 今回は、山本さんの著書を参考にして、筆者なりにダム問題の本質をまとめてみた。この本は6月発刊直後にいただいたが、体調を崩して十日以上寝込んでいたためと、筆者自身がダム問題について知識が不足していたために、なかなか取り上げることができず、せっかく送っていただいた山本さんの期待に応えることができなかったことをお詫びしたい。

 本書は、静岡県周智郡森町の太田川上流に建設された多目的ダム、「太田川ダム」に関する問題を指摘したものだが、まずは、世界に共通したダム問題の本質に迫る立場から考えてゆきたい。なお、ダム問題は裾野が非常に広いため、記述が当ブログの制約上、数回に分散することが避けられないので、あらかじめご了承ねがいたい。

 河川と農耕居住地の関係は、治水問題として大昔から行政上の重大課題であった。歴史的には、武田信玄による笛吹川・釜無川などの治水、吉良上野介の黄金堤、薩摩藩による木曽川分水工事など全国各地に無数の事例があり、たくさんの苦闘・悲劇の物語が語り継がれている。
 ダム建設の嚆矢は、おそらく大阪府の狭山池で、飛鳥時代の616年の完成であった。次に空海の指揮した香川県の満濃池がある。日本では、古代以来、農耕灌漑の必要から、全国に数百万を超える小規模ダム湖が作り続けられていた。
 日本の土地は、世界的にも希な急傾斜であり、水利施設建設に適していたため、世界最大級のダム建設国になっている。まさに日本は世界のダム王国といえよう。

 1911年に電気事業法が施行され、これによって全国の河川で水力発電ダム事業が着手されるようになった。1918年に日本最初の民間企業所有ダム、千歳第三ダム(千歳川)が王子製紙株式会社の手により完成する。1924年 恵那峡大井ダム(木曽川)が完成。堤高50mを超え、大ダム時代の幕開けとなった。
 (筆者宅から歩いて行ける近所だが、完成後86年を経ても非常に強固で、崩壊の危険性は指摘されていない)

 明治以降、貿易開港都市は急速に人口が増加した。このため飲料水の供給が重要な課題となったが、当時は河川から直接取水していたこともありコレラ・赤痢などの水系感染症が多発。多くの死者を出した。これを防ぐべく近代上水道事業が横浜市を皮切りに次第に普及していった。(ウィキ引用)
 都市飲料水取水と発電を兼ねた多目的ダムが建設されはじめたのは、こうした事情で大正時代からである。全国で2番目に水道事業を立ち上げた函館市が、上水道供給水源として笹流川に1923年(大正12年)に建設した笹流ダムが嚆矢であろう。
 その後、富国強兵拡大政策に乗って、軍事力増強のための電力資源が要請され、軍部の強権を背景に、全国各地に多目的ダムが続々と強引な手法で建設されていった。

 この頃から、ダム建設は「国家の命題、お上の命令」という感覚で、地元民の都合を無視した非常に傲慢なやり方で有無を言わせず建設するという強引な官僚強権主義が定着していった事実を知っておく必要がある。
 少なくとも、戦後民主主義が叫ばれる以前には、役人がダムを作ると決めたなら、それに逆らうことは事実上不可能であり、住民は「お国のために堪え忍び」二束三文の保証金で泣く泣く移住を余儀なくされたのである。
 また発電事業も、東条英機ら陸軍統制派の圧力により、事実上国有化されるようになり、ダム建設も国策として、地元住民の権利を一切無視して強行されるようになった。

 1944年(昭和19年)8月、小磯内閣は敗色が濃厚となった日本は本土決戦に備えて全ての資源・資産を戦争遂行のために消費することを決定。これに伴い「決戦非常措置要領」を発令した。これにより沖浦ダムや三浦ダムを除くほとんど全てのダム事業が、戦時体制維持のために強制的に中止を余儀なくされた。さらに資材拠出のために森林の乱伐が全国で繰り広げられ、これが後の戦後打ち続く大水害の要因となった。このような施策を行うも「要領」発令の1年後である1945年(昭和20年)8月、日本は戦争に敗れ、後に残されたのは戦火と乱伐により荒廃した国土だけとなった。(ウィキ引用)

 この戦時中の大伐採は、今の70歳以上の老人たちに、まだ記憶が鮮明に残るもので、日本の国土を大規模に荒廃させ、その後の大水害頻発の原因になっており、現在行われている国土庁によるダム建設計画を考える上で、決して見逃してはならない大事件である。
 このとき、戦前まで「神の森」として保護され続けてきた日本に残る原生自然林、天然林の古木の大部分が伐採されてしまった。今に残る原生林・大森林は、当時、あまりの山奥で、伐採運搬が不可能に近かったものだけである。氏子によって守り続けられた神社の杜でさえ伐採を免れ得なかった。

 こうした空前の乱伐の結果、戦後日本の山林国土は極めて荒廃し、台風の襲来による大水害が頻発することになった。膨大な森林伐採は「緑のダム」を喪失させ、大規模降水が、そのまま大洪水を引き起こすという結果を導いたのである。
 枕崎台風・カスリーン台風・アイオン台風・ジェーン台風・キジア台風・昭和28年筑後川洪水・紀州大水害・室戸台風・伊勢湾台風と、戦後日本には、過去に一度も経験したこともないほどの巨大水害が連続する結果をもたらした。

 これを契機に水害対策として「河川総合開発」という概念が現れた。この案はパナマ運河建設に携わり、大河津分水や荒川放水路開削の指揮を執った内務省技監・青山士(あおやま・あきら)によって採用され、国策として推進することとされた。
 従来は灌漑・上水道・水力発電の目的しか持たなかったダムに治水・保水などの機能を持たせ、河川開発の要とする多目的ダム構想が提案された。
 1933年(昭和8年)に沖浦ダム(浅瀬石川)が本邦初の多目的ダムとして施工開始され、以降、続々と多目的ダムが建設されるようになった。これらは、台湾において1920年代に八田與一の指揮により建設された烏山頭ダムの成功が高く評価され、その思想が引き継がれたものといえよう。

 だが、戦前の軍部に似た強圧的な姿勢で行われた大規模多目的ダム事業に対する、土地を奪われる側の住民の抵抗運動も熾烈を極めるようになった。
 1953年筑後川上流に計画された松原ダムに対する「蜂の巣城紛争」、1959年、戦前から計画されていた尾瀬沼ダム計画に次いで、利根川本流に計画された「沼田ダム計画」は総貯水容量8億トンという史上最大の多目的ダム計画であったが、2200世帯が水没することから群馬県・沼田市双方の猛反対に遭い1972年田中角栄内閣が白紙撤回を表明した。
 また、北海道開発局が鵡川本川に計画していた「赤岩ダム計画」も総貯水容量が3億5,000万トンと屈指の規模であったが、完全水没する占冠村の抵抗により1961年に中止。実施計画調査を実施した大規模多目的ダム事業の中止例としては初となった。この他にも多くのダム事業において猛烈な反対運動が官民一体で繰り広げられた。

 多目的ダムは何の目的で作られるのか?

 まずは国土交通省など建設事業主体の説明を見てみよう。
 その説明は、ほとんど全国一律で、①治水(洪水調節)、②利水(かんがい・水道用水の供給)、③河川環境の保全、そして④水力発電である。

 第一に、本当に洪水調節に役だっているのか? なるほど、大雨が降り続いて増水が続き、堰堤を乗り越えるような事態に対し、それを一時的に貯水し、暫時放流するシステムは洪水に有効であるといえよう。しかし・・・・
 それは、ダム湖が計画どおりに貯水力を確保できる初期の段階ならば正しいが、周辺の地質や地震などによって、崩落が続き、また上流の洪水などによる土砂流入により、ダム湖の底が、早ければ十数年で埋まってしまう事態に多くのダムが直面しているのが実情だ。(外国でも、完成したばかりの長江三峡ダムやアスワンハイダムが、すでに土砂堆積の危機に瀕していると指摘されている)
 このためダム湖の浚渫が欠かせないわけだが、例えば黒四ダムのような奥地では効率的な浚渫が不可能であり定期的な土砂放流(排砂システム)で対処しているが、これが下流の黒部川、富山湾に対する土砂汚染や海産資源に対する大きな被害をもたらしている。

 また、日本のダムは最古クラスで100年前後であり、コンクリートの耐久性から考えて、これからダム堰堤崩落のリスクが増すと考える必要がある。耐用年数は、一般建築物では50~60年とされるが、ダム湖堰堤では、理想的な養生が成立するので、その数倍は持つと想定されている。それでも今後、内部の鉄筋状況次第で耐用年数にさしかかるダムが激増すると考えられる。

 日本は世界有数の地震国であり、これまで大きなダム災害はなかったが、巨大な地殻変動がダム崩壊をもたらすリスクが他国よりもはるかに高い。
 1963年のバイオントダム地すべり事故(イタリア)では2,000人の死者を出す惨事を招いた。1889年5月31日に、アメリカ・ペンシルベニア州でサウスフォークダムが決壊しジョンズタウンを壊滅させ2,200人以上の死者を出した。これらは地滑りが原因と指摘されている。日本もまた地滑り王国といってよいほど頻繁に起きている。
 今後、耐用年数に達した既存ダムをどうするのか? まだ明確な指針は示されていない。しかし関係省庁の役人にとって、ダム建設は扱う金額が莫大で、業者の接待、癒着の機会が多く、官僚利権の温床になっている現実を見据える必要があるだろう。
 今後、日本国家が、官僚と制度、それに日本人そのものの質的低下から、これまでのような強力な中央集権体制や技術力、管理力を失うと見るべきであり、ダム建設のような巨大プロジェクトを管理する能力がいつまであるのか甚だ疑問であって、筆者は、原発はもちろんのこと、水力ダムも含めて、あらゆる大規模プロジェクトを終息させ、小規模プロジェクトを多数構築する体制に変えるべきだと考えている。

 国土交通省は利水事業をダム建設の最大の目的に挙げて推進してきたわけだが、これには多くのウソと詭弁が含まれている。
 ダム推進側の主張は、日本の経済成長とあらゆる需要が右肩上がりに上昇してゆくことだけを前提に、すべての数値を導き出しており、そこには日本国家の衰退、産業の海外逃避、人口減少など負の要素がほとんど含まれていない。まず、はじめに何よりも建設ありきの姿勢であり、あらゆる根拠は、建設推進に都合の良い数字だけを勝手に並べ立てたインチキ極まりない説明に終始している。
 このような卑劣で程度の低い官僚がいるから、日本国家はもう終わりであって、ダム建設のような巨大プロジェクトには意味がないと指摘しているのだ。

 利水とは、灌漑用水の確保、都市飲料用水の確保である。筆者が常々主張してきたように、21世紀の主役になる資源は飲料水であって、これを安定的に保有する者が地球を主導するのである。この視点から、ダムが正当化され、再評価される事態となりそうだが、「ちょっと待て!」と言いたい。
 筆者は、これからの日本は世界でもっとも素晴らしい水資源を外国に販売することで巨大な借金を相殺してゆく道をとるべきだと主張してきた。しかし、だからといって、これまでのような無制限の多目的ダム建設が許されるわけではない。 国内における水需要は、産業の海外逃避などの影響で極端に減少しており、新しい山岳ダムなど作る必要性は皆無である。むしろ、海外向け水販売は、南西諸島や四国沖にビニール製の巨大海中ダムを建設し、そこに雨水を貯めて輸出することの方がはるかに合理的なのである。 

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