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2009年4月6日 ●ゲーゲーと部落問題

カテゴリ : 無題

 

 未明の2時頃になると、筆者宅の電話が突如鳴り出す。面倒くさがって取らないでいると何時間でも鳴り続けているので、とると「ゲーゲー ウーウー」と薄気味悪い男の声が延々と続く。
 ホラー映画を見過ぎた気の弱い女性なら、「ジェイソンが現れた!」と、恐怖のあまり卒倒しかねない。
 幸い、筆者は、単独ロッククライミングや沢登りで相当に怖い思いを楽しみ、熊だろうがマムシだろうが死体だろうが霊だろうが(みんな見たぞ!)遭遇しても、「なるようになるさ」主義で、恐怖には滅法強いほうだったからよかったが、うっとおしいのには本当に腹が立った。

 何せ、固定も携帯も同時に、間断なくかかってくるので、コードを抜くか、スイッチを切るしかなく、大切な電話が使えなくなってしまうのだ。筆者ばかりでなく、友人の芸能人や、実家の近所の同姓の人にもかけまくっていたらしい。おかげで友人が恐怖し、人間関係が壊れてしまったこともあった。まったく無関係の同姓のご近所様には申し訳ない限りだ。

 それが十年以上も続いている。もちろん録音を持って警察(当時、名古屋中村警察署・刑事課)に何度も出向いた。事情聴取の最中にかかってきて、警官にもそれを聞かせた。しかし、それでは犯罪にならないと言われて追い返された。

 メールもたくさん来た。「オマエを殺す!」というものも数回含まれていた。それでも警察は動かなかった。仕方なしに、今度は電話に出て、「馬鹿野郎、ゲーゲー死ね!」と怒鳴りまくったが、向こうは、ますますいきり立って執拗にかけ続けてきた。
 いったいヤツ(ゲーゲーウーウーと名付けた)は、電話代をいくら使ったのだろう? 故意に携帯を通話料の高いプランに設定し、毎分80円くらいで、数時間もかけさせ続けたので、おそらく月間では数十万円になったはずだ。それでも、やまなかった。

 これほど長いと、激怒もウンザリも通り越して、明鏡止水、悟りの境地かと思う人が多いかもしれないが、実は、未だに性懲りもなく煮えくりかえるような思いで怒っている。
 こんな電話が最初に来たのは、過去ログを見ると1998年頃になっているから、11年も前で、これが未だに続いていると書けば読者も驚くだろう。
 たぶん、筆者が天皇制についての批判を書いた直後に、いつもかかってくるような気がしていたから、おそらく偏執狂右翼の嫌がらせかと思っていた。
 
 最初の頃は、年に数回、一度始まると数ヶ月も続く。夜中の二時頃からと、昼間の二時頃から、いずれも数時間電話がかかりっぱなしになり、取ると、ひたすら「ゲーゲー ウーウー」ばかりで、まともな会話はない。
 怒鳴りつけようが、「オマエのカーちゃんデベソ!」と言おうが平気の平左でゲーゲーやっている。2002年頃、これを録音して「これがゲーゲーだ!」と称して公開したときは、2ちゃんなどネット界隈で話題になったものだ。

 その当時、録音のなかに豊郷小学校の校内放送が入ったことから、これが彦根近郊の豊郷町付近から発信されていることが分かった。またゲーゲーウーウーの声が、おそらく重度脳性麻痺障害によるものだと思えた。さらに母親らしき女性の近所つきあいの声も含まれていた。
 そこで、これらの情報を頼りに、豊郷町に何回か出向き、調査して歩いたところ、ある家にたどり着いた。終日見張ったが、母親が見えたものの確証がとれず引き上げた。
 その後、このことをHPで公開したところ、しばらく、この嫌がらせ電話はかからなくなった。
 ところが、二年もして、筆者が「明治天皇の正体は大室寅之佑だ」などと書くと、またかかってくるようになった。おおむね2~3年に一度かかってきて、数十日続いてやむわけだ。その間、ときどき久木と名乗る人物から謝罪するようなメールが来ていたが、もちろん許すわけがない。

 そうこうしているうちに、今年、またメールが来て、数年ぶりに粘着嫌がらせ攻撃が再開された。
 今度のは深刻だった。電話に加えて、勝手に筆者の名前とメルアドを使い、数百のさまざまな申し込みをしていた。なかには戸塚ヨットスクールの入校届けや、デリヘル会員、仕出しやの出前などもあった。ダッチワイフの通販申し込みまであった。
 しかし多くは、注文先が怪しんで配達しなかったようだ。だが、筆者のメルアドは凄まじいことになった。注文するはずのない、購読や案内が数百も届いているのだ。これを削除するだけでも大変で、まともなメールを見るのに苦労するようになった。

 今度は本気になって怒り、ゲーゲーからのメール情報を頼りに調査したところ、ついに10年ぶりに本人の正体にたどり着くことができた。
 メールにあった人名地名は、すべて豊郷町高野瀬固有のものだったため、高野瀬のいたるところに電話をかけて、深夜に嫌がらせ電話をする人物に心当たりがないか聞いて回ったのだ。
 そうしたら数名から感触があり、まったく同じ嫌がらせ電話を受けている人から該当人物を教えていただけることになった。ゲーゲーは、筆者だけでなく、近所遠方を問わず、あらゆる人に対して嫌がらせを繰り返していたのだ。
 そして、それは高野瀬の山本某であるとの指摘だった。そこで調べてみると、まさしく数年前に行き着いた家と一致した。さらに、ゲーゲーが発信元を隠し忘れて、本当の番号でかけてきてしまった。それは、教えてもらった家の番号であり、そこに電話すると本人が出て、苦節十年、とうとう本人にたどり着くことができたわけだ。
 
 山本ゲーゲーは、単に嫌がらせ電話やメールだけではない。筆者のプライバシー問題や、事故などのことを、さまざまな他のサイト掲示板に誹謗中傷文を書き続けていた。多くのサイトで、そのアドレスは書き込み禁止処分を受けていたので、誹謗中傷と嫌がらせだけに人生のすべてをかけているような人物である。
 おかげで、筆者が観光バスの臨時運転手に採用されるときに参照されて拒否されたり、人間関係を壊されたり、深夜寝ている最中に電話されて、不眠になったりと、さんざんな目に遭い続けてきた。

 筆者は、過去の激怒感情が累積して爆発しそうになっていて、もし当人に会うことでもあったら絶対にタダですまないことが分かるので、会わずに事情を説明して警察に委ねることにした。
 幸い、中津川警察が取り上げてくれていて、なんとかなりそうだが、今日現在、まだ数百回の嫌がらせ電話が続いている。

 山本ゲーゲーの身元を調査すると、重度脳性麻痺障害者で、ほとんど家から出ないで終日ネットで嫌がらせに邁進しているようだ。家は母との二人暮らしで、父親はいないが、地元の名士だったとのこと。兄は名古屋で医師をしているように聞いた。
 調べてゆくと意外なことが浮かび上がってきた。

 豊郷小学校といえば文化財級の建築で有名で、その保存をめぐって、前町長と住民がトラブルになり報道されたことを記憶されている人も多いだろう。もちろん、素晴らしい建築物で、耐震強度だって手抜きインチキ建造物に比べれば全然問題ないが、前町長が勝手に解体をはじめ、訴訟になって住民側が一応勝訴しているわけだ。
 この前町長と山本の関係が分かってきて驚いた。彼の親族は、みな地元の名士ばかりだったのだ。そして、さらに奥の深い問題が見えてきた。

 それは山本からのメールに「エタの岩瀬」と筆者を侮蔑する表現が繰り返し使われていたのだが、なんでエタなのか不思議だったが、実は、豊郷町こそ、彦根藩の被差別集落地域だったのだ。おまけに山本は、その子孫だった。前町長も同じだ。
 そこで、豊郷小学校を前町長が忌み嫌った理由について、ある事情が思い当たったわけだが、具体的な内容は、証拠がないので書くことを憚られる。

 山本ゲーゲーと部落問題に接点があった。実は、筆者の実家も、近所に被差別集落があった。ここは処刑場だったことが分かっている。実家は、その真上に建っていたので、書けば、皆が驚くような激しい霊障が多かった。その周囲に処刑業務を委託された被差別民がいたわけだが、そのことを書いたことがあった。
 そういえば、それからまもなく山本の嫌がらせ攻撃が始まったのである。

 そこで、山本問題を分析するには、部落問題の解説を始めるしかない事情になった。
 筆者は子供の頃、よく学校で「エタ」とか「四つ」とか言われて侮蔑されていた。実際には余所から来たので無関係だが、子供時代、相手を侮蔑するための最高表現だったのだ。
 ところが、筆者は、その意味を知らずちんぷんかんだったおかげで、怒ることさえできなくて不思議なばかりだった。今でも、ほとんどの子供が、部落問題が隠蔽されているために、その事情を知らされてもちんぷんかんぷんだろうと思う。
 理解できるようになったのは中学生以降のことであり、高校の社会研究会で初めて事情を知った。

 部落問題が深刻に生き続けているのは、名古屋より以西の地域なので、関東以北の人たちは、ほとんど事情に疎いのだろうと思っている。おそらく穢多という言葉すら知らない人が多いはずだ。
 それは、あえて、この歴史や同和問題を隠蔽し「臭いモノにフタ」をしてきた教育体制の問題がある。しかし、隠すだけで問題が解決するはずがない。それは潜行し、人々の心の奥深く、B型肝炎ウイルスのように息づき、再び差別の炎が燃え上がる日を待っている。
 それは徹底的に明るみに出して、真正面から議論するしか本質的な解決を得られないものであり、そのために、日本の国民大衆は、差別問題の究極の本質を思い知らなければならないのである。

 日本には恐ろしいほど深刻で激しい部落民差別が連綿と続いてきた。
 士農工商階級の下に穢多・非人階級があり、彼らは処刑役や牛馬解体、汚穢処理などを強要され、この結果、「最低の仕事をする人たち」と社会全体からみなされ、人間でない非人と言われることになった。
 江戸時代、藩体制では、城の南西、二里ほどの地点に、処刑場が設けられ、そこに被差別集落が作られた。豊郷は彦根藩の処刑場ということになる。ちなみに筆者の実家も名古屋城の南西にある。江戸の場合も、南南西の鈴ヶ森に作られた。
 ここで罪人と称する犠牲者を殺害する役目を強要されたことにより、民衆の直接の恨みをかうことになり、それが権力を守るクッションの役目を果たしたのである。
 人ではない非人に税務はなかったため、一番最下層のひどい暮らしを強要されながら、実は、上部階層は実に裕福だった。権力も心得たもので、不満のガス抜き用に、京都の貧乏公家の娘が売られてくることも多く、部落には凄い美人がいると噂されたものだ。
 
 今回、山本問題を詳しく分析するために、別の機会に部落問題を真正面から取り上げようと思っている。
 日本の畜産・食肉業界の闇は、すべて部落問題にあり、このルーツは、朝鮮半島における儒教体制による差別システムが百済王国とともに持ち込まれたというのが筆者の推論である。

 近いうちに、この問題を山本問題や豊郷小学校問題とともに取り上げるつもりだ。
 

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