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2009年4月3日 ● ああ、苦悩の惑星

カテゴリ : 無題

 
 半世紀以上生きてみると、たぶん誰でも、人類というのは、どれほど出来損ないの生物か思い知らされるものだ。
 これほど長い歴史を重ね、失敗の経験を積みかねているはずの人類なのに、過ちをろくに反省せず、無数の失敗に学ぼうともせず、やることなすこと自分勝手、独善と錯誤、無謀と不合理の連続だ。
 こんな人類が、偉そうに他人を説教しようなどとは実におこがましい。いったい、誰に、そんな資格があるというんだい?

 自分だけが成功したくて、自分だけの名誉や蓄財を求めて、みんなに決して分け与えようとしない。他人の嬉しそうな顔や、人々の幸福が嫌で仕方がないんだな。
 身勝手な利己主義が、社会全体を滅ぼそうとしている。競争に夢中になってばかりいて、自分がどれほど愚かな存在か、まったく理解できないお粗末な連中ばかりだ。

 ロスチャイルドの作ったノーベル賞を見てごらん。あれは科学技術の発展に貢献した人に与えられることになっているが、実際にはロスチャイルドの蓄財に貢献した人にに与えられるのだ。
 だけど、本当に社会に貢献している人に与えられることはない。金儲けに貢献する仕事だけが賞するべき価値であって、人助けに貢献することなど決して評価されない。テレサやマンデラが受賞していたって、カトリックや政権の美化に利用するためでしかない。
 その他のメンバー、佐藤栄作・アルゴア・エルバラダイ・ゴルバチョフなどが、その本当の意味を表している。要するに、政治的に利用する手段としての評価という意味しかないのだ。
 ベトナム戦争の民衆虐殺を協力・推進した栄作のどこが平和賞なんだい? B作の方が笑いに貢献した分だけマシだろう。

 本当に社会に貢献するとは、人々に生きる喜びと希望を与えることだ。人々を苦悩から救うことだ。それは決して有名人ばかりが行うものではない。無名のたくさんの人たちが、他人の喜び、幸福を願って、自分の評価や利益などを求めずに行動している。
 我々は、無数の無名人たちの毎日の献身的な努力のおかげで生きていられるのだ。

 例えば、公衆トイレの掃除や、道端の掃除、危険物の除去などだ。安全で美味しい農作物を作って、人が健康になることを喜びにしている人もそうだ。なかには、子供たちのために無償で地雷を除去している人もいる。みんな、自分の名誉や蓄財などに興味はなく、人の笑顔を楽しみに、努力を重ねているんだ。
  これこそ本当の利他主義だが、決してノーベル賞が与えられることはない。与えられるのは栄作のような見せかけの虚構であり、利己主義に対してばかりだ。ノーベル賞は金儲け、人殺しのための賞であり、利他主義を排除しようとする価値観なのだ。
 こんなゴミクズ賞を喜んでいてどうするんだ? 勲章をもらって喜ぶのも同じだが、本当の勲章は、みんなの笑顔にあるんだ。他人に評価されないで、何一つ見返りもなくて、それでも他人のために奉仕することで、密かに心に温かい喜びが生まれる。これが本当の勲章なんだ。

 人類の馬鹿さ加減を示す指標としては、核武装を見れば一目瞭然だ。核爆弾が地上にどれほどあるか知っているかい?
 三万発以上だ。これで全人類を数十回は滅ぼせる。地球上の生物を絶滅に追いやることができるのだ。滅ぼしたければ一回で十分だろ? こんな競争をして、「自分たちは凄い!」と喜んでいる馬鹿丸出し政治家が無数にいるのが現実だ。
 自民党だけじゃない。民主党だってホンネは徴兵軍隊復活と核武装を目指している。小沢・鳩山・前原なんかは憲法9条を廃棄して、正式に軍隊と軍備を復活させろと主張しているんだ。まだまだ人類を滅ぼし足りないと思っているわけだ。

 結局のところ力で解決し、相手を滅ぼす発想しかないわけだ。だから日本では、世界中で廃止されている死刑が生き残っているだけでなく、むしろ凄い勢いで拡大している。
 「人が過ちを犯したなら、殺してしまえ!」 と、みんなが主張している。同じ過ちを繰り返さないように教育・更正させるのではなく、つまり問題を理性で解決するのではなく、怒りの感情にまかせて、やっつけることだけが正義になっている。復讐感情による報復・制裁だけが司法の基本理念になっているのだ。
 軍備も死刑制度も、この意味で同じ根から出ている。こんな方向を向いて、理性を見失っている国家が、これから、どのような運命に見舞われるのか? 分からないとすれば、教えられた知識を捨てて、もう一度人生の勉強をやり直しなさい。
 
 「北朝鮮や中国が攻めてきたら、どうするんだ?」
 と思うかもしれない。だが、仮にそうなったとしても、軍事侵略に対して軍事で対抗するという発想、「やられたらやりかえせ!」という考えでは、結局、互いに相手を攻撃しまくって共倒れに終わるしかない。
 犯罪者を死刑にして、社会全体が殺伐として、ますます犯罪者を増やす結果になっている今の日本司法と同じように、「敵意には敵意をもって報いる」という発想で他国に対するならば、結果は、激しい報復合戦が空しく続くだけであって、やがて累々と屍の散乱する荒野が待っているだけだ。

 よく考えてごらん。日本にはアメリカの核兵器がある。北朝鮮が核ミサイルを撃ち込んでくれば、ただちにアメリカが北朝鮮に核ミサイルを数十倍も撃ち込む。このことによって、両国共に、ほとんど全滅状態の共倒れになるはずだ。その後も、復讐が復讐を呼ぶ血の池地獄がやってくるだけだ。
 それとも、「日本が一回滅ぼされても、北朝鮮を百回滅ぼせば勝ち!」だと満足するつもりかい? 報復・制裁だけで問題が解決できると本気で思うのかい?

 仮に、一方的に戦勝したとしても、それが何になる? 戦争を引き起こす為政者など、わずかな数でしかない。彼らはあっけなく滅び去るだろう。しかし、同時に、多くの民衆が塗炭の苦しみに苛まれるのだ。もう一度、1945年の日本を学んでごらん。
 わずかな為政者の愚かな過ちを制裁して、何の罪もない大勢の人たちに地獄を与えて喜ぶつもりかい? その人たちの悲しみの心を足蹴にして、彼らにまた復讐心を育てるつもりかい? 際限のない復讐合戦が、それほど楽しいのかい?

 本当に必要なことは何か?
 北朝鮮が、どういう理由で、今のような誤った国家体制に至ったのか? 研究し、その本質を理解し、北朝鮮の民主化を手助けするための教育的援助を行うのが平和にとって一番大切なはずだ。いたずらに軍備を誇示して、「やられたら、やり返すぞ!」と恫喝することではない。恫喝では向こうの方が二枚も三枚も上手なんだ。

 どうして、それができないか、実は日本には大きな理由がある。北朝鮮の現体制は、戦前の日本に実に似ていないか? 独裁体制があり、洗脳教育があり、弾圧があり、苛酷な統制があり、まるで一緒じゃないか。
 実は、自民党や役人たちは、自分たちの利権を守るために、日本社会を戦前のような統制社会に戻したいのだ。つまり北朝鮮と同じシステムにしたいわけだ。だから、北朝鮮体制を表立って批判しようとしないのだ。
 北朝鮮の愛国心洗脳教育と同じことを、日本文部省が戦後、続けてきた。金日成・正日親子と同じように、天皇を崇拝させ、エライ人のために命を捧げる愛国青年たちを増やす教育体制を作ってきた。「強い国家」に役立たない若者・少年をオチこぼれさせ、社会から排除してきた。
 だから、北朝鮮に対して戦争をすることを考えても、彼らを民主化して、戦争を未然に防ぐことなど思いもしないのだ。

 ああ、愚か者たちよ・・・・
 我々は、子供たちの未来のために、人の過ちを怒りの感情で制裁するのではなく、理性によって、過ちを繰り返さず、過ちを自覚し、更正させる道を選ばなければならない。
 北朝鮮が戦争を仕掛けると恫喝してきたときは、軍備で対抗するのではなく、底辺の苦しみにあえぐ大衆を救い、民主主義を教えることで、その愚かさに気づく道を選ばなければならない。

 だが、やろううとしていることは逆だ。人の過ちに死刑をもって報復することで、人の心を硬直させ、過ちだらけの暗く冷たい制裁社会に変えて、ますます人を追い詰め、深刻な犯罪社会をもたらそうとしている。
 恫喝に対し、「こちらは、もっと強いぞ!」と軍備を誇示し、救いのない戦乱地獄に向かおうとしている。
 北朝鮮と戦争をするならば、もし壊滅させられたとしても、それが導火線となって、必ず中国との戦争に発展するだろう。命の値段がタダ同然の中国軍隊に、高価な日本軍が立ち向かえる道理がない。数億の軍隊に蹂躙されて、日本は滅び去るだろう。

 だから、我々は、今やるべきは、中国や北朝鮮の底辺の人々の心を癒し、掴むことなのだ。水のない中国に、素晴らしい水を送ることだ。食料のない北朝鮮民衆に、民衆が食べるだけの食料を与えることだ。それは特権階級のためのクロマグロを送ることではない。
 国家を支配しているのは、ごく僅かの人々にすぎない。それは民主主義思想の浸透によって死滅してしまうだろう。底辺の民衆こそ国家を支える実体なのであり、その信頼を獲得し、正しい思想は、人類協調であって戦争でないと教えることこそ平和への最善手なのだ。

 報復しか考えられない愚かな人たちよ・・・・・地球の秘密を知るがいい。
 地球は「苦悩の惑星」である。この地球に生まれた、すべての人は、実は人間的欠陥をたくさん抱えて救われない人たちばかりなのだ。
 理性を見失って感情に走るばかりの人たちが地球に生まれてくる。地球というのは、そうした一種の地獄を体現し、そのなかで苦しみ、あえぎ、悲しみと苦悩のなかで真実の価値を見いだす学びの場なのだ。

 利他主義をもって生きてゆくならば、この地上のあらゆる問題、あらゆる苦悩は一瞬で消える。人は必ず死なねばならない。利他主義による死ほど美しいものはなく、それは、新たな解放の誕生である。
 運命に嘆く者たちよ、人生の根源に利他主義を置いた瞬間、人の幸せのために人生を捧げると決意した瞬間、すべての苦悩は消えてしまう。あらゆる運命は、未来への希望と喜びに変わるのだ。

 逆に、利己主義をもって生きるならば、隣人が空気を吸うことですら、自分の利権を奪われる苦しみに苛まれることになる。他人のすべての行為は自分の利権を侵すものであり、苦悩に変わるのだ。
 人生も苦悩も喜びも、利己と利他のバランスになることを知るがいい。
 こんな単純素朴な真実に気づかない人のために用意された地獄を地球と呼んでいる。

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