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過疎 その1



 「ポツンと一軒家」というテレビ番組をごらんになった方も多いと思う。

 深い山の中など過疎地帯に家が一軒だけあって、そこに人が住んでいる事情を取材したものだが、 住民はほとんどの場合、余生の少ない高齢者で、不便を耐え忍んでも生まれ育った自分の家に愛着を持って、そこで死にたいと願っている人たちであった。

 私は、この番組を視聴して、柳田国男の「山の人生」を思い出していた。
 私が登山や民俗学に興味を抱いたのは高校生になってからだが、全国各地の山を登りながら、深い山のなかで暮らす人たちの生活ぶりや、自然に対する考え方に強い興味を抱き、自分の足で歩き、直接、住民と対話しながら、自分なりの民俗学を見いだそうと夢中になっていた。

 このとき、柳田国男や宮本常一の著作は、私に大きなインスピレーションを与えてくれて、懐事情の許す限り買いあさり、読みふけった。
 今でも、私は自分の足で社会を見ようとした、この二人に、近藤正二(日本の長寿村・短命村)を加えた三人を神のように崇め、リスペクトし続けている。

 「山の人生」には、自然以外の何も得られない深山での生活の実例が、いくつも紹介され、人間の本当の姿を、掛け値なしに示してくれて深い感銘がある。

 https://www.aozora.gr.jp/cards/001566/files/52505_50610.html

 そして、医療もなく、暖房も食も満足に供給されない山の中で死を迎える老人たちの心づもりに思いを寄せながら、人生の意味を考え続け、自分の最期を、どのように定めるかにも考えを巡らせた。

 しかし、そんな思いのなかでツイートしたものが、5年もたってからツイッター管理員から自殺幇助ツイートとされてアカウントを凍結されてしまった。

 http://tokaiama.minim.ne.jp//tuitter/akaunntoteisi.html

 文句を言ったが相手にもしない。
 ツイッター社管理員の絶望的な無能さに嫌悪するとともに、自分の人生観にまで他人の勝手な利権を関与させてたまるかと強い怒りがわいた。

 自民党など国家主義者は、自分たちの利権のために、国家の権威、天皇の権威を利用し、国民の人生観まで縛りをかけ利用しようとしているわけで、国民の命は国家が勝手に利用するものであって、国民自身が自分で決めさせてはならない、徴兵のためには自死の価値観を許してはならないというわけだ。

 ツイッター社管理員も同じ国民管理の発想で縛りをかけてくるのだ。
 ツイッター社に人生の価値観を左右する権利がどこにある?
 もし安楽死を否定し、私のアカウントを凍結させた論理を適用するなら、自殺権を容認するベルギー・オランダ・ルクセンブルグ・スイスのアカウントを全員凍結しなければならなくなるだろう。

 私の祖母は100歳まで生きたが、骨粗鬆症による骨折を繰り返して最期は老人ホームで餓死させられた。延命措置を講じないという誓約を行っていたからだ。
 今、両親も、ほぼ同じ条件で、最期はおそらく餓死になるだろう。
 国家主義者の屁理屈では、これは殺人ということになるが、本人が何を思うのかは誰も分からない。

 「ポツンと一軒家」に登場する老人たちも同じようなもので、最期は医療もなく、恵まれない環境のなかで自死に近い形で朽ちるように死んでゆくことになる。

 だが、恵まれたと思いこまされている整備された介護環境で死を迎えることが、ポツンと一軒家の住人に比べて本当に幸福なのだろうか?
 
 私は、決してそうは思わない。
 私なら、ポツンと一軒家の死を選ぶと強く思う。
 最期は、たった一人で糞尿にまみれ、痛み止めもない苦しい死を迎えることになったとしても、私は自分の愛する豊かな自然のなかで、小鳥たちのさえずりを聞きながら、静かに朽ちてゆきたい。

 誰かに看取られる必要もなければ、畳の上で死ぬ必要もない。死後、葬式をあげてもらいたいとも思わないし、人生を顕彰されたいなどとは夢にも思わない。
 ただ、誰をも煩わせずに、ひっそりと死んでゆきたい。

 病院のものものしい設備で体中に管をつけて人体実験モルモットのように死んでゆくのは、まっぴら御免だ。車の騒音や排気ガスも、まっぴら御免だ。
 誰もいない静けさのなかで、自分の肉体の崩壊と対話しながら消えてゆきたいのだ。


 私は、山歩きのなかで、「限界集落」をたくさん見てきた。
 その限界を超えて完全な廃墟になっている集落もたくさん見た。
 私の登山紀行文のなかにも、限界集落をいくつか紹介している。(常光寺山の項)

 http://hirukawanakayama.seesaa.net/article/458505271.html

 ここに出てくる、南アルプス深南部、飯田線水窪町や大井川線界隈の門桁・尾呂久保・石切などは、本当の過疎集落で、多くは高齢化した住民が最期の時を過ごしている状態である。

 小さな限界集落では、住民の一人一人に役割があって、誰かが欠けると、集落全体の機能が欠けてしまうから、一つの生き物、群体のように活動して呼吸してきた過疎の集落は、死へ向かって負の連鎖が続いてゆくことになる。

 私は、登山のついでに、滅び行く運命の限界集落の住民とたくさんの会話をして、その民俗や人生観を知ろうとした。

 そうして、対話のなかで、彼らが自分を不幸だと思っている姿に出くわしたことは皆無である。彼らの多くが、満ち足りた時を過ごしていた。
 迫り来る死に対しても、日々、日常のありふれた自然の推移を楽しみながら、誰に対しても暖かく接し、悠然と運命を受け入れる姿勢を見てきた。

 ケバケバしいネオンもなく、便利な商店街もなく、レストランも立派なモール街もないが、裏庭には清冽な水が湧き、美味しい野菜が育ち、素晴らしく清澄な大気を呼吸し、周囲に人を妬み、陳腐な嫌がらせをするようなクズもいない。
 そこにいる人たちは、自分を愛し、大切にしてくれる人たちだけである。
 
 彼らの、どこを見ても、まるで禅の高僧のような姿で、悠然という表現が実にふさわしい。
 苛立ちも焦りもない。そこに太古から山が存在するように、運命を従容と受け入れる生々流転の人生が続いているかのように思えるのだ。

 さて、話を私に移そう。


inaka.jpg


 私の住所は、岐阜県中津川市の山奥である。市町村統合前は蛭川村という江戸時代から続く歴史のある独立村落であった。

 この静かな山里に名古屋から私が移住したのは、2003年頃であるから、すでに15年を、ここで過ごしていることになる。

 家は100万円のキットハウスを購入し自力で建てた。井戸は20万円で掘ってもらったが、配管もトイレも浄化槽まで自作した。

 かなり深刻な健康障害があって、血尿と鈍痛が続いて死を覚悟し、掃除でさえ疲労困憊してできず、家がゴミ屋敷のようになった時期も長く続いたが、最近では地獄のような山岳トレーニングの効果が出て、また普通の生活が送れそうになっている。

 我が家の環境といえば、食料品店まで徒歩40分、車だと5分、近いスーパーまで車で20分、恵那駅まで徒歩4時間、バスで30分ほど。
 ただし、バス本数は日4本しかない。移住してきた15年前は7本あったのだが。

 自慢していいのか分からないが、旧村時代から今も、村内に信号は一ヶ所もなく、コンビニもない。一番近い恵那市のコンビニまで徒歩1時間以上かかる。
 結局、車がないと生活が成り立たない。冬場、凍結が激しいのでバイクは通年使えない。

 その代わり、夜になると毎晩、付近をイノシシが徘徊してるし、数年に一度は熊も寄ってくる。
 春になれば、野鳥が凄まじくうるさくて朝方眠れないほどだ。

 年々、減らされるバス便は、もう事実上、交通機関としては生活に役立たない、単なる行政のアリバイ証明のような路線と本数である。
 こうなると、典型的な過疎地帯といってよいだろう。

 田舎暮らしにとって、もっとも基本的なライフラインは、公共交通と食料供給、それに仕事である。
いずれが欠けても、安心できる生活は送れない。
 しかし、高齢化するばかりで、どんどん減り続ける人口、無意味な公共交通、もし車を奪われたなら、生きてゆく手段を奪われるに等しい環境である。
 仕事だって、ほとんどないが、介護職のニーズだけは増えてゆくだろう。

 なぜ、こんな暮らしにくい村になってしまったのか?

 簡単に言えば、自民党政権が大都市優先、金儲け最優先社会を作って、田舎の価値を理解できず、田舎暮らしを支援しないからであり、若者たちが、就業先を都会に求めて田舎を離れてゆくからである。

 昔は、田舎に住む人も多く、田舎の自然環境こそが快適な都会生活を保全することに役立っていることが理解され、田舎の自然を守る価値観が広く浸透し、公共交通だって、今とは比較にならないほど手厚い援助があって使い安かった。

 私が登山をはじめた1970年前後は、日本中の隅々の山奥にまでバス便が延びていて、どんな辺鄙な山にでも公共交通機関だけで往復することができた。
 当時は日曜しか休みがなかったから、土曜の夜に出発して電車に乗り、未明に最寄り駅について、午前3時にバスに乗って目的地まで移動することだって容易だった。甲府・塩山や谷川連峰の山々は、みんなそうして日帰りで登ったのだ。

 地方のバス便が、採算性から削減されはじめたのは80年代だが、当初は、利用者の利便性に奉仕する思想のある交通企業も多くて、それほど困らなかったのだが、90年代に入って、採算性一本槍の経営思想が蔓延してくると、利便性など何の関心もなく、情け容赦のない不採算路線の切り捨てがはじまった。
 この頃になると、山を下山しても、あったはずのバス便がなくて、ひどい目に遭うことも増えた。

 田舎暮らしが深刻な困難に直面しはじめたのも、この頃である。
 足がない、食料が手に入らない、病院がない、仕事もない。ないないづくしで田舎に住むことが不可能になり、山々の荒廃が始まったのである。

 それでも故郷に住みたいと願う人たちは、車を所有する家族の助けを得て、本当にギリギリの不便な暮らしを強いられるようになり、冒頭に述べた限界集落が全国的に激増するようになった。

 私の住む蛭川では、移住後、獣害防止措置を講じてる農家など一軒もなかった。
 畑が荒らされること、夜中にイノシシが町中を徘徊するなんてことは想像もできなかった。
 田舎が突然、獣害に晒されるようになったのは、たぶん2007年頃である。
 この頃から、イノシシや熊が激増して、農産物を荒らすようになった。
 2010年に入ると、もう獣害防止をしない田畑は見当たらなくなった。

 なぜ、突然、獣害が激増したかというと、一つには捕獲規制や猟銃規制が極端に過酷になったことで狩猟者が激減したこと。
 田舎の平均年齢が、狩猟という激務をこなせないほど高齢化してしまったこと、などであろう。

 だが、生活に必要なトラックなど生産手段への課税も強化され、田舎暮らしの困難さが増してゆく現状で、自然豊かな田舎暮らしの魅力は薄れる一方であり、有力な仕事もないことから、若者たちが田舎に寄りつかず、住まなくなった。

 こんな愚かな政策を行っていれば、もう田舎は荒廃の一途をたどるしかなく、むしろ「田舎」というカテゴリー全体が限界集落を意味するものになりかねない。

 自民党議員の多くは、それでも構わない、金はトヨタやキャノンなど巨大企業がまとめて稼げばいい、農産物はモンサントの育てたバイオ作物が供給されればいいと本気で信じているようだ。
 田舎や山々の大自然がもたらす意味を、まったく理解できない知能の低さだ。
 田舎、山村に人が住まなくなったなら、何が起きるのか?
 それは日本全土の荒廃である。田舎の山林の住民による絶え間のない手入れが河川の安全を支え、都会住民の安全な飲料水を確保している。

 自民党は、農地をモンサントのような国際金融資本バイオ企業に売り飛ばし、山の大切な水源地は中国人に売り渡している。
 そして田舎を手入れし、監視し、都会生活を支える仕事を奪い取っているのである。
 このような愚かな姿勢が、日本の未来をどのように変えてゆくのか?
 続く

 



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No title

柳田国男の「山の人生」を初めて読んだが題材を整理して分析すれば日本民族の深層が分かるはずだ。政府編纂の風土記も取上られているがその真相対応に明治政府以来冷淡だ。
今米国で闇権力の支配の全貌が明らかになりつつあり、情報も訴追リストも隠蔽の圧力がものすごい。その一つがペドフィリア幼児性愛等で、闇のエリートの売買誘拐幼児の性愛生血吸飲等悪魔儀式の犯罪全貌は世界人民の知る権利になっている。山の人生も幼児の委棄、誘拐等が複数の章に描かれ、特にその7では幼児の血油をどうするのか記述がある。
ユダヤ人モンテーニュは随想録でマホメットの7-8歳の幼児との性交を書いているが、この行為はユダヤ教、タルムート等で習俗であるとフランス人に教示しないのは残念だ。モンテスキューもキリスト教の坊主が日本の幼児問題を報告していないのか日本でキリスト教信者の丸焼き位で「法の精神」を汚している。
話を明治政府に戻すと民法263、294条は共有の性質の有無の入会権は各地方の慣習に従う他この民法の規定を適用するとあり、これに限らず地方の共同生活の実体を政府は今も調査していない、柳田の問題意識はこの点もあろう。

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To AMA SENSEI.
karma around our world.
Iam a city-side people.
Macroeconomy destroys our life.
Governors need thinking it.
To them, we must do it.
Hearty isn't come to PMK.
Llbean of OG and MISIMASI!
  あまさ がばれ!

No title

頭が痛いですね。田舎の命綱である
壊滅した交通インフラどうにかなりませんか?
アマさんのご両親も心配です。
マトモな医療ってもう期待できないのですか?

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