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利己主義から利他主義へ その8 子供たちの未来こそ

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 「みんなが利己主義に走れば、結局、社会も人生も滅ぼしてしまう」という真理は、誰にでも分かる、恐ろしいほどに簡単な原理だ。
 みんなが自分のことしか考えなくなれば、協調で作り出されている社会なんか、あっというまに壊れてしまう・・・こんなことを分からない人がいるのか?

 それなのに、我々が生きている、この社会は、自分の利益しか考えない利己主義に完全に呑み込まれてしまい、すでに取り返しのつかないほど根底から崩壊してしまっているのだ。
 小金の余った老人やOL、主婦まで、みんなが金儲けを狙ってゼロサム(誰かが儲かれば、誰かが必ず損をする)の投機ゲームに夢中になり、儲かるファンドに投資し、ファンドがますますボロ儲けを狙って、石油や穀物を買い占めてガソリンや灯油、トウモロコシが暴騰した。それは今も続いている。

 おかげで、貧しい人たちは厳冬に暖房もつけられず、老人たちの寿命が大きく縮まっている。貧しい家庭の子供たちが、暖房も食事もまともに取れなくて寒い辛い思いをしている。
 飢えて倒れた人をまたいで歩く人々、今日のオカズも買えない人たちの脇を、投機で儲けた人の豪華なベンツが猛スピードで走り去ってゆく。
 こんな社会にしたのは、いったい誰なのか? 何なのか? 分からないとは言わせない・・・・。

 こんな強欲人間ばかりが世界を席巻してしまった。だから、世界経済は巨大な借金に押し潰されて崩壊している。もう取り返しがつかない・・・。
 今、見せかけだけ景気が回復しているように見えるが、実際には、この景気は政府が国債を信じられないほど増刷し、紙幣を印刷しまくって、株を無理矢理買い支え、ツケを子供たちの未来に回しているだけじゃないか・・・もちろん、こんなインチキ対策のメッキが剥がれるまで時間はかからない。
 我々は、やがて、911のツインタワーに閉じこめられた人たちのように、凄まじい崩壊地獄に直面することになるだろう。それは、たぶん前触れもなく、突然やってくる・・・。

 「利己主義じゃ、ダメなんだよ・・・」
 欲望に汚染されない子供たちにとっては、ありふれた人間関係から、毎日のように思い知らされる、あたりまえの真理であって、分からない方がどうかしている。
 それなのに、どうしても分からない人がいる。それは、分かると困ることがあるのだ。真実を見つめたくない人が、当たり前の真実に、最期まで気づこうとしない。
 金儲けだけが人生の目的だと信じている人に、「それは愚かな間違いだ、大切なことは物質の豊かさでなく、心の豊かさだよ」と繰り返し諭しても、決して聞き入れることはない。
 あたりまえのことも見えないのだ。みんなが、やっているからだ。周囲しか見えないからだ。牧童に追われる羊たちのように、立ち止まることもなく、追従だけに生きているからだ。我先に進む競争に夢中になっているからだ。
 そうだ我々は、家畜のように飼い慣らされている。競争社会のなかで、それ以外のものが見えないように洗脳され続けている。

 【アンデルセン童話 「裸の王様」より:
 新しい服が大好きな王様の元に、二人組の詐欺師が布織職人という触れ込みでやって来る。彼らは何と、馬鹿や自分にふさわしくない仕事をしている者には見えない不思議な布地を織る事が出来るという。
 王様は大喜びで注文する。
 仕事場に出来栄えを見に行った時、目の前にあるはずの布地が王様の目には見えない。王様はうろたえるが、家来たちの手前、本当の事は言えず、見えもしない布地を褒めるしかない。
 家来は家来で、自分には見えないもののそうとは言い出せず、同じように衣装を褒める。王様は見えもしない衣装を身にまといパレードに臨む。
 見物人も馬鹿と思われてはいけないと同じように衣装を誉めそやすが、その中の小さな子供の一人が、「王様は裸だよ!」と叫んだ。ついにみなが「王様は裸だ」と叫ぶなか王様一行はただただパレードを続けた。】

 誰の目にも、王様が裸に見える。しかし、裸に見える人は「馬鹿」だという噂が飛び交っている・・・だが、王様は裸だ。自分は馬鹿かもしれない・・・「自分が馬鹿だなんて・・・ウソー・・・」 内緒にしようね・・・。
 目に貼り付いた厚い鱗のおかげで、誰もが目の前にある、ありふれた真実を直視できないのだ。
 あなたの目に貼り付いた鱗は何でできてる? それは、自分だけがトクをしたいという強欲ではないのか? その鱗のおかげで、真実が見えない。だから、王様が裸だと言えないんだよ。

 なぜ、あなたは強欲になってしまったのか?
 それは、たぶん競争社会に置いてけぼりにされる恐怖心、カネ持ちや権力者、エライ人へのコンプレックスからだろう。
 「自分はオチコボレでないんだ」
 と安心して、オチコボレになる恐怖心から逃れたいんだろ? オチコボレがひどい目に遭わされるのを見せつけられてきたからな。あなたは、エライ人にならなければ人生の勝者になれないと信じ、脇目もふらずにひた走ってきた。
 あなたは競争社会に煽られ、焦り、そして必死になって追従し、それゆえに、あなたの目には厚い鱗がこびりついてしまったのだ。

 「みんなと同じでいたい」 つまり「赤信号、みんなで渡れば怖くない」
 の人生を送ってきた。
 だけど、たまにはオチコボレになる恐怖や出世・蓄財の競争を忘れて立ち止まり、よく考えてごらん。
 あなたの目指す、人生の勝者なんて、いったいどこにいるんだい?
 みんなが羨む、素晴らしい人物なんて、いったい、どこにいるんだい?
 よーく確かめてみな。大統領も天皇も法王も、タダのアホばかりじゃないか?

 筆者は、半世紀を超える人生のなかで、これまで、本当に完璧な人など一度も見たことがない。すべての人に、さまざまな間違いがあり、ウソがあった。
 「馬鹿」でない人など、一人もいるものか・・・釈迦だってキリストだって馬鹿だよ。馬鹿でなければ、キリストの名で人類最大の殺戮なんか起きるはずがない。釈迦だって、ただの、「エエとこのボンボン」じゃないか。
 偉大なソロモン王が、部下の女房を寝取ったことを隠したさに部下を戦場で殺させたのは有名な話だ。ムハンマド(モハメッド)や孔子なんて、もっとひどいぞ。
 ムハンマドは9歳の少女を妻にして強姦した。だからイスラムでは児童性犯罪が日常化している。女性を奴隷化して、どれほど虐殺させたか見当もつかない。
 孔子も凄まじい。女房を奴隷のようにこき使って何度も逃げられた。孔子がいなければ、中国や北朝鮮の傲慢な権力犯罪など生まれなかったかもしれない。孔子こそ、見えない裸の王様の服を、見えると言い張った真のウソツキだ。
 今、世界の聖人の頂点に立っていたはずのローマ法王が、性職者たちの児童性的虐待を隠蔽してきたことが暴露され、世界中から糾弾されてるじゃないか。
 偉人・聖人なんていってみたって、この程度なんだよ。

 もちろんのこと、日本のエライさんたちも負けてないぞ。
 「日本をお作りになった、ありがたい天皇様」の正体は、朝鮮人渡来者の一人にすぎない。元をただせば、中央アジア(キルギス)からやってきた人たちだよ。
 池田大作だ、大川隆法だなんてのは、もう書くのもウンザリだ。メシがまずくなるから、やめておこう。
 このブログを書いてきたら、我ながら、どうみても馬鹿丸出しの筆者を「先生」と呼ぶ者まで現れた。筆者は、地球上のどこへ出しても恥ずかしくない(いや恥ずかしい)立派なアホの一人だが・・・(ΘoΘ;)

 筆者は、何度も書いてきた。
 「地球は苦悩の惑星だ。地球にはアホしかいない。アホだから地球に生まれてきた」
 と、つまり、我々の生きている、この人間社会に、完全な人など皆無。全員が地球だけの、ある特別な事情でアホに生まれているんだ。それを認めたくないから、裸の王様の服が見えるとウソを信じてしまうわけだ。
 「自分はアホではない!」
 と信じたい。だから詐欺師に騙される。騙されたくないなら、自分を直視せよ。自分のアホさ加減、馬鹿さ加減を思い知ったらどうだい?
 自分の利己主義が、社会をどれほど破壊してきたか、いいかげんに直視したら、どうなんだい?

 人間なんてアホでいいんだよ・・・・。。。(〃_ _)σ∥
 人の一生は、生まれて育ち、生きて、育てて、死んでゆく。それだけじゃないか?
 「人間、立って半畳、寝て一畳」
 人生には、それだけしか必要ないんだよ。人類を数百回も滅ぼす核兵器が、どうして必要なんだい。どうして世界一の称号が欲しいんだい? どうして人様から羨まれる必要なんかあるんだい?

 誰からも認められなくとも、自分の心のなかで、子供たちの明るい未来のために、人様の幸せのために働いているという自己満足があれば十分じゃないか。
 人生、タダのアホで十分だ。大切なのは、自分の心だよ。他人の評価じゃない。自分が悔いなく生きること。それだけが人生の真の目的なんだ。
 そして、「悔いなき人生」とは、子供たちの素晴らしい未来に奉仕することだ。
 これが「利他主義」というものだ。

 我々は全員、一人残らずアホなんだ。特別な人など一人もいない。釈迦もキリストも、皇帝も、天皇も、法王も、モーゼもアホだった。もちろんオイラも・・・。
 自分がアホだという真理を自覚した、その瞬間、我々は、アホでない正しい道を歩むことになるだろう。
 それが利他主義だと筆者は書き続けてきた。

 自分もアホなんだから、他人をアホと馬鹿にするな。「間違いをしでかしたアホは死ね!」と制裁し処刑するようなアホなことはやめておけ!
 と、始めて言えるようになるわけだ。

 「利他主義」を目指す我らは「他」のために人生を捧げる。「他」とは何か?
 一番大切なそれは、子供たちの明るい未来だろう。
 子供たちが、健やかな明るい人生を楽しめるように、我々は人生を捧げる。なぜなら、我々自身が、祖先・先人の努力、子供たちの未来を大切にしようとした利他主義によって、この人生を支えられたからだ。
 誰からも評価される必要はない。タダのアホな人生で十分だ。だけど、子供たちの明るい未来を支えるために人生を費やしてきた。
 この利他主義の満足だけで、どんなエライ、立派な人よりも、素晴らしい人生を送ったと納得できるんじゃないかい?

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