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日航123便墜落の暗黒に差し込んだ光

 2017年夏、森永卓郎が、大竹まことゴールデンラジオで、日航123便について語ったことは私にとって衝撃的だった。

  https://www.youtube.com/watch?v=Enr4nLBXnSI

 http://maga9.jp/morinaga170830/

 今から33年前、世界航空機史上最悪の事故が起きた。
1985年8月12日、羽田発伊丹行123便ボーイング747ジャンボが、 ボーイング社の手抜き修理によるとされた後部圧力隔壁の破損、および、垂直尾翼と補助動力装置の破損、油圧操縦システムの全喪失により、迷走飛行へ陥った末に群馬県多野郡上野村の高天原山の尾根(通称「御巣鷹の尾根」)に墜落し、乗員乗客合わせて524名中、520名が死亡した航空事故である。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%97%A5%E6%9C%AC%E8%88%AA%E7%A9%BA123%E4%BE%BF%E5%A2%9C%E8%90%BD%E4%BA%8B%E6%95%85

 乗客には、世界的な歌手である坂本九や、ウィンドウズ普及前に、ウインドウズをはるかに凌駕する性能と評された純日本製OPシステムトロンを開発していた松下の技術者全員が乗っていた。

 この事件については、ミサイルで撃墜されたとか、事故後、自衛隊員が生存者を殺害して回ったとか、自衛隊員が現地で不可解な自殺を繰り返したとか、奇っ怪な情報が錯綜していた。

 私も、当時、世界最高の日本製OPソフト、トロンの開発者全員が乗っていたことが墜落の謎に、大いに関係していたと考えていた。

 しかし、たくさんの情報が錯綜していたせいで、何を信じて良いか分からない状態が続き、真相は一向に明らかにならなかった。

 もう一つ、絶対に見逃せない情報があった。
 それは、事件当時、首相だった中曽根康弘の、この言葉である。

 「真実は墓場まで持って行く」

 この意味がなんだったのか? 私の心に強烈に残り続け、いつか本当は何が起きたのか、知らなければならないと考えていた。
 1918年生まれの中曽根は今年百歳、本当に墓場目前だが、いったい何を墓場に持って行こうというのか?

http://www.asyura2.com/09/lunchbreak27/msg/1222.html
 
 そして、墜落機のスチュワーデスの同僚だった、元スッチーの青山透子氏(現、東大大学院講師)が、ジャーナリストも学者も足下にも及ばない綿密な現地調査の結果、もっとも真実に近い事実を書籍にして公開した。
 そこには一切の憶測・推論は含まれておらず、徹頭徹尾、実際に事件を目撃した人々による証言から帰納される真実だけが書かれている。
 まるで、宮本常一の民俗調査記録を読んでいるような熱い信頼感が湧いてくる記述ばかりである。

  http://tenku123.hateblo.jp
https://www.amazon.co.jp/%E6%97%A5%E8%88%AA123%E4%BE%BF%E5%A2%9C%E8%90%BD%E3%81%AE%E6%96%B0%E4%BA%8B%E5%AE%9F-%E7%9B%AE%E6%92%83%E8%A8%BC%E8%A8%80%E3%81%8B%E3%82%89%E7%9C%9F%E7%9B%B8%E3%81%AB%E8%BF%AB%E3%82%8B-%E9%9D%92%E5%B1%B1%E9%80%8F%E5%AD%90/dp/4309025943/ref=sr_1_2?s=books&ie=UTF8&qid=1525747255&sr=1-2&refinements=p_27%3A%E9%9D%92%E5%B1%B1%E9%80%8F%E5%AD%90

 全部を紹介することもできないが、これまで得られていた情報と整合性がある大切な情報から紹介しよう。

[1985年、235名に上る上野村小中学生の文集=「小さな目は見た」より]127P

 「大きい飛行機と小さい飛行機が追いかけっこしてた」
 「真っ赤な飛行機が飛んでいた」 

 当日、自衛隊のファントム戦闘機二機が123便を追尾していたという確実な情報があった。
 「123便の後部下部付近には赤色の楕円形の物体が張り付いていた」

 これは、事故直後から噂されていた目撃情報で、123便撃墜説の、もっとも大きなソースになった。123便はオレンジ色のミサイルで撃墜されたとの情報が、多数出回っていた。
 どうやら、自衛隊のファントムは、123便を訓練用目標として追尾しているとき、誤ってか意図的か不明だが、なんらかの飛翔体を123便に射出し、それを追尾していたことが子供たちの証言から裏付けられている。

 操縦不能に陥る前に乗客が写した写真のなかに、黒い飛行物体があった。165p
 これを画像解析専門機関に分析を依頼したところ、後ろ側の空に熱の波動が見えていて123便に向かってきている、と回答があった。
 これは123便の後部腹部に張り付いていたオレンジ色の円筒形の物体であるらしい。167p 96p

 この当時の追尾式ミサイル(サイドワインダー)は、今のようにコンピュータで軌道を計算することは、まだできず、熱源を感知して追尾する初歩的なタイプだった。
 自衛隊ファントム機は123便を仮標的として、誤ったか意図的に射出してしまった。炸薬は入っていなくて爆発こそしなかったが、これが垂直尾翼、圧力隔壁を破壊した可能性が極めて強い。

[ガソリンとタールの臭い]138p

 御巣鷹山に墜落した残骸のなかの遺体は、常識では考えられないほど激しく燃焼し、骨髄まで炭化していた。これは他の墜落事故における遺体状況と比べても極めて異常だった。(群馬大医学部・古川研教授)

 捜索に加わった地元消防団の証言によれば、「現場にはガソリンとタールの混ざった臭いが激しく漂っていた」と

 これはナパーム弾の成分であり、超高温を長時間維持するための殺戮兵器に使われる。123便の燃料はジェット燃料用灯油であって、ガソリンやタールは一切含まれていないので、自衛隊などによって外部から墜落現場に持ち込まれたものである。

 後部胴体はスゲノ沢に滑って転落し、全部胴体からは、まったく見えない位置にあって、最初の捜索では発見されなかった。
 ここでは燃えていない100名の遺体が発見されているが、前部胴体と遺体はエンジンや燃料タンクのある主翼からも大きく切り離されて燃焼する理由がないにもかかわらず、常識では想像さえできないほど極端に炭化し、燃え尽きた状態で発見された。
140p 157p 

 墜落現場には、二種類の自衛隊員が急行したようだ。一つは生存者救助目的、もう一つは生存者抹殺、証拠隠滅目的で、生き残った人々にナパーム燃料をかけて、焼き尽くして回ったのだ。
 救助当日、NHKは奇っ怪なニュース速報を出した。

NHKアナ(木村太郎の報道特集)
 「ただいま長野県警から入った情報です。現地に救助に 向かった自衛隊員数名が、何者かに銃撃され死者負傷者数名が出ている模様です。 続報が入り次第お伝えします」

 このテロップは、ただちに誤報として始末された。しかし、現場に同行していた自衛官(後に自殺)は、現場で、救助自衛官が自殺に見せかけられて殺害されたと証拠写真を残している。
(この写真の信憑性は、私には判断できないが、非常に多数出回っているので参考情報として掲示した)
osutaka1.png


 必死に救助作業中の御巣鷹の尾根の上で、捜索自衛官が二人揃って仲良く自殺したというのだ。これは、人生の経験則をすべて動員してもありえないことだ。  

[墜落現場が隠蔽された]

 墜落から約20分後の19時15分頃、米空軍のC-130輸送機が、群馬・長野県境付近の山中に、大きな火災を発見と上空位置での横田タカン方位(305度)・距離(34マイル)を航空自衛隊中央救難調整所に通報。

 19時21分ごろ、航空自衛隊の百里基地を緊急発進したF-4戦闘機の2機も、墜落現場の火災を発見して、上空位置での横田タカン方位(300度)・距離(32マイル)を通報した。

 墜落から約1時間後の19時54分に、救難・救助のため見切り発進した百里基地救難隊のKV-107ヘリコプターは、46分後の20時42分に現場上空に到着した。

20時33分になって、東京空港事務所長から航空自衛隊へ航空救難の要請が行われた。しかし、当時のKV-107救難ヘリは、両側面のバブルウィンドウ横に救難用ライト4灯を装備して夜間の救難作業は可能だったが、赤外線暗視装置などの本格的な夜間救難装備の無いことなどを理由に、事故当夜の救難員が降下しての救助活動は行われなかった。

陸上からは、群馬県警察・埼玉県警察・長野県警察が墜落現場の捜索にあたった。20時21分には、長野県警臼田署のパトカーが「埼玉県と群馬県境あたりに黒煙が見える」と通報。 21時39分には埼玉・長野両県警のパトカーが三国峠の西北西に赤い煙を発見した。

 消防・警察や災害派遣要請によって出動した航空自衛隊の地上捜索隊、陸上自衛隊の各捜索隊は、翌13日の朝まで現場に到達することはできなかった。

 群馬県上野村の黒沢丈夫村長(当時)は、テレビ報道の映像を見て、現場が村内の「スゲノ沢」であると判断し、土地鑑のある消防団員に捜索隊の道案内をするよう要請した。
 政府に対し、村長が直接、何度も電話して、墜落現場の情報を伝えたが、なぜか相手にされなかった。NHKに伝えても、NHKは墜落現場が長野県との誤った報道を続けた。
 青山氏は、明らかに報道トップも事故現場を隠蔽する指示を受けていたとした。159P

 墜落からおよそ14時間が過ぎた、8月13日午前8時半に、長野県警機動隊員2名がヘリコプターから現場付近に降下し、ようやく本格的な救難活動が開始された。

 救助活動を行ったのは、自衛隊・警察・消防団と、あらゆる組織が動員されたが、もう一つ、最初に述べた、事故現場に最初に入り込んだ一群の自衛官たちがいた。
 彼らは、救助自衛官に待機命令を出し、それを無視して現場に入ってきた自衛官たちを銃撃し、あるいは自殺に見せかけて殺害した疑いが極めて強いのだ。

 [いったい何のために?]

 それは、たくさんの子供たちに目撃されていた、123便の胴体に張り付いて尾翼を破壊したと思われるオレンジ色の円筒形の物体=訓練用ミサイル? を、誰の目にも触れない前に始末することであった。

 これを始末し、目撃者である生存者を殺戮し、骨まで燃えるほどに焼き尽くすことが任務であった。
 この始末が終わってから、彼らが現場を去るころ、やっと、前方部分の墜落現場から500m以上離れ、相当下降したスゲノ沢の現場に、後方機体の分離した残骸が発見され、川上恵子さんや落合由美さんら4名が生還する救助活動が消防団の手によって行われた。

 生存者の証言によれば、墜落直後は少なくとも数十名以上の多数の生存者が発する声が聞こえていたが、なぜか、数時間で聞こえなくなった。
 4名の生存者が発見されたのは、主翼などの大きな部品の下に隠れた状態であって、すぐに見えるような場所にいた人でも、多数の生存者がいた証拠があるのに、一人も救出されなかった。
 川上恵子さんたちは、たまたま外部から見えない位置にいたために殺されずにすんだという見方もできる。
 
 これらの人道上断じて許しがたい殺人と隠蔽工作を指示した人物は誰か?
 これが123便事故最大の犯罪者であり、それは、秘密を墓場に持って行くと発言した人物である。

 1985年1月、中曽根首相は、防衛費1%枠の撤廃を国会に提起した。こんなときに自衛隊のミスによって、500名を超える人が殺されたなんてことになれば、政権倒壊は確実であろう。
 中曽根は、123便事故を隠蔽しなければならない大きな理由を抱えていたのである。

 自衛隊は訓練中に誤って? ミサイルを射出し、それが原因で123便が墜落し、500名以上の死者が出た。
 しかし、自衛隊は、墜落直後、まだ生存していた乗客を救助せず、逆にナパーム薬をかけて焼死させ、骨まで焼き尽くして証拠隠滅を図った。

 そして、待機命令を無視して現場に侵入してきた自衛官を銃撃し、ミサイル回収を目撃してしまった自衛官を自殺に見せかけ殺害した。

 これが、現場で発見されたミサイルの極小部品である。ここまで細分化したものは、回収しきれなかったため、具体的な証拠が残された。

  https://blog.goo.ne.jp/adoi/e/9d6004394ea0a28dc40f11a93547b185

 いったい誰が、この恐ろしい処置を命令したのか?

 その名は中曽根康弘(当時総理大臣)である。100歳になる中曽根は、勲章をたくさんもらい、莫大な報酬を手にして悠々自適の生活を終えようとしている。
 こんなことが許されるのか?

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Re: No title

> 分からないのが尾翼が吹き飛んだのは相模湾で衝突した後もミサイルはどうにもならずに上野村まで追尾したってこと?信じられんなぁ?


 ありがとね、おかげで、相模湾上空で垂直尾翼を破壊したミサイルが、水平尾翼に張り付いたまま、御巣鷹山まで飛んだ事実関係を確認することができた。
上野村小学校の児童たちが、尾翼に張り付いたオレンジ色の物体が見えたことを、たくさん証言している
青山透子の著作に書かれていた

No title

分からないのが尾翼が吹き飛んだのは相模湾で衝突した後もミサイルはどうにもならずに上野村まで追尾したってこと?信じられんなぁ?

No title

 この記事は、我が国の虚飾にまみれた汚れた真相を、暴露する起爆剤になると信じています。

 参考記事。
  https://textream.yahoo.co.jp/message/1143583/126dcf3788fb85a7e1e913d3fcf82c59

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