洗脳  その2  死刑制度

 「悪いやつは殺して当然?」

 新潟で、少女殺人事件が起きた。7歳の少女が殺され、遺体を線路に置かれて電車が轢いたことでバラバラにされてしまった。
 犯人は逮捕されたが、小林燎という近所の青年だった。見るからに好青年という印象で、とても犯罪者には見えない。
 私の新潟の親戚も、大半が小林姓なので、身内が犯罪を犯したような、やりきれない気分である。

 ネットでは、死刑を望む声が多い。2004年に起きた奈良女児誘拐殺害事件も、同じ小林で名は薫といったが、死刑判決を受け、2013年執行された。
 本人は、幼い頃から劣悪な家庭環境で、学校でもイジメを受け、性格がひずんでいった。自分が人権を蹂躙されながら育ったために、他人への人権蹂躙にも加害意識が乏しかったのだ。
 公判中に、自分は宮崎勤や宅間守のようになりたいと語ったそうだ。宅間も宮崎も幼い頃から劣悪な人間関係に苦しんだことでは似たところがある。

営利誘拐殺人・保険金殺人では、吉展ちゃん事件以降、罪が重くなり、一人殺害でも死刑判決になるケースが増えた。このケースでは営利誘拐以上の、家族への脅迫の悪質性が考慮されたようだ。

 被害者一名での死刑判決は、戦後13例あるが、いずれも悪質性が評価された。
 アムネスティによると、世界全体でみた場合、死刑廃止国・執行停止国の合計は139カ国、残置国は58カ国となっている。先進国か否かに関わらず、死刑制度を維持している国が少数派であることがわかる。

 とりわけ、世界をリードする立場の文化的「先進国」と評価される国家で、死刑制度を実行しているのは、日本とアメリカだけであるが、アメリカでは20州が死刑制度を廃止している。
 韓国では1998年以降、死刑執行は凍結されている。この意味では、日本だけが文化的レベルが著しく劣っていることになる。
 大衆レベルで、9割の人たちによって死刑制度が支持されているという意味では、日本の場合、事態は深刻である。

 死刑制度を国家の道徳的視点から見れば、キリスト教の影響があっても、「罪を憎んで人を憎まず」といった姿勢こそ先進国に値する思想であり、罪を犯した者は処罰されるべきという報復思想は、明らかに後進的であり、文化程度の低い国家であると評価されることになる。

 欧米にはキリスト教思想の影響によって死刑が否定されているという指摘もあるが、日本だって仏教では死刑を推奨しているわけではなく、実際に平安時代には死刑制度が廃止されたこともあった。

 死刑を必要としたのは、仏教でも神道でもなく、実は国家運営上都合のよい思想として中国から移入された儒教(朱子学)だったのだ。
 したがって、日本で多くの死刑執行が行われたのは、戦争大好きの武家政治の期間であった。明治以降も、この意味では儒教=武家の司法といってもよい。

 日本における死刑制度は、法務省が「処罰感情」という名目で、「報復=復讐」思想を前面に押し出して、「国家が被害者の代理として加害者に報復してやる」という先進国としては実にお粗末な感情論によって推進しているわけだが、そもそも日本の司法制度の基礎を築いた牧野英一による刑法思想は、今よりもはるかに優れたもので、当時の植民地であった韓国や台湾においても、牧野式刑法論は、今なお受け継がれ、その後劣化してしまった日本よりも優れた刑法理念として運用されている。

http://jfn.josuikai.net/josuikai/21f/59/tuchi/tc.htm

 牧野英一は、刑法を感情に堕すことはなく、報復主義に貶めなかった。刑法は報復処罰のためにあるのではなく、国家の運営、民衆の幸福の追求のためにあるのだから「罪を憎んで人を憎まず」の思想が根底にあった。

 罪を犯す理由は、教育の乏しさにあるのであって、責任は国家にある。ゆえに刑は教育刑でなければならない。しかし、どうしても教育の対象にならず国家国民に害をなすものは死刑を用いるというような内容であったと思う。
 死刑制度を残したのは、まだ明治が、江戸時代の儒教思想から抜け出せていなかったせいであろう。

 現代司法は、明治に牧野英一が導入した教育刑思想を廃棄し、感情的な報復刑に後退させ、貶めている現実を恥ずべきである。
 国家は感情で運営されてはならない。理性でのみ運営されなければならないのだ。

 日本司法が、安易な報復刑主義=復讐代理人的な陳腐な刑法運用を行っている理由は、基本的に、官僚たち政治家たちが高圧的な「お上意識」に陥り、民衆に対して権威を振りかざし、恫喝的な姿勢で「従わねば殺す」という下劣な発想で対応しているからである。

 こうして、権力を畏怖する愚かで臆病な大衆もまた、社会の規範を、「悪人は排除されるべき、殺すべき」といった下劣な感情主義に洗脳され、貶められているのである。

 そこには、国家の未来、子供たちの未来を守り、よりよき社会を展望するという理性的発想は存在せず、為政者の権威と利権を守るために、「従わぬ者は殺す」という恫喝しか存在しない。
 子供たちの未来を守ろうとする理性など、どこにもない、ただ復讐感情だけがある世界に恥ずべき下劣な思想で運営されている刑法なのである。

 こんな愚かな政府であるなら、それを畏怖する国民も愚かに染まってゆく。
 犯罪に対処する発想は、報復・復讐だけ、なるべく残酷に殺せば、それを恐怖して凶悪犯罪も減るだろうという、まるで安倍政権のトリクルダウン発想に似た陳腐な屁理屈を振りかざして、死刑制度推進に染まってゆくのである。

 「死刑制度に洗脳された人々」

 報復主義が世の中に蔓延していったのは、おそらく1990年代ではないだろうか?
 私の知る限り、死刑制度を全国民の9割が支持している今と比較して、1980年代には、死刑制度を支持する国民は半分以下であったような記憶が残っている。

 1980年代は、自民党と社会党の弁証法的なバランス政治が確立されていた時期で、民主主義や人権に関心を持つ人も多く、社会全体とりわけ底辺の社会が、今とは比較にならないほど豊かであったから、人々の心に余裕があった。
 司法における処罰判例も、現在と比較すれば、ずっと緩やかで、人殺しでも7年程度の懲役ですみ、社会は処罰よりも「更生」に目を向けていた時代であった。

 「人間というものは失敗するものだ」との経験則から、人の失敗を全身全霊で咎めまくる愚かな人物も少なかった。
 船井幸雄が「短所是正法」を否定し、「長所伸展法」を推奨しはじめたのも、この頃だ。

 失敗を咎めるだけでは何一つ良いものが生まれない。人間的長所を褒めながら失敗の原因を探って問題を解決すれば、やる気を失わずに前向きに事態を進めることができる。
 「人は叱って意気消沈させるのではなく、長所を褒めて大きく育てるものだ」
 というのが船井式長所伸展法の要旨であるが、刑事事件における犯罪者への対処法だって、基本的姿勢は同じでなければならない。

 牧野英一は、犯罪を犯す理由は無知によるものだから、まずは教育から始めなければならないと教育刑主義の基本理念を提唱した。
牧野式では、刑務所は人格改善施設であり、さまざまな教育の結果、まっとうな人間として社会復帰させることが原則である。決して、人格も肉体も消滅させる場所ではないのである。
 懲罰よりも更生こそが刑法の主眼でなければならなかった。

 1990年以降、日本社会が大きく変わり、国家主義が戦前復帰の様相を帯びてきたのは、日本会議を結成した中曽根康弘や谷口雅春、文鮮明といった人物が、日本の復古主義、極端な右傾化を実現していったからである。
 人々に有無を言わさず国家の命令に従わせ、戦争にあっては臆せずに命を投げ出す者が「期待される人間像」であり「愛国心の発露」であると考える連中だった。

 このとき、彼らは日本人の洗脳を強く意識して大規模に計画を遂行していった。
 大衆が理性をもって社会を判断することをやめさせ、感情だけで行動するような人間性になるような洗脳教育を行い始めたのである。
 人々から思考能力を奪い「愛国心」だけをすり込ませる教育こそ彼らの理想であった。

 例えば、正力松太郎が導入したプロ野球、そしてプロサッカーも、徹底的な勝敗優先主義にし、勝ち負けだけにこだわる発想を洗脳していったといえるだろう。
 学校教育においても、合理的な根拠を思考する習慣をやめさせ、上から言われたことを忠実に実行する奴隷のような人間だけを評価するようになった。

 幼いうちから競争社会に叩きこみ、人間に序列をつけ、いつでも序列上位に向かって無条件に突進するような盲目的人物こそ、国家の必要とする人材とされたのであり、競争に勝つことだけを至上とするプロスポーツは、そうした洗脳にうってつけだったのだ。

 メディア、報道は、いつでも競争の勝者を賛美し、底辺で社会を支えている貧しい人々を人生の敗者であるかのように扱い、電通の支配するメディアに洗脳された人々は、本当に社会を支える大切な底辺の人々を軽視し、差別するようになっていった。

 犯罪者は人生の敗者であり、社会の落伍者であり、惨めに死んでゆくのがふさわしいと考える者が増えた。
 ましてや死刑囚に同情する者はいなくなり、残酷な死を願うだけの人々が増えた。
 犯罪者を更生させるなど国家の無駄であると考える若者が増え、犯罪者だけでなく障害者にまで敵意を露わにして、障害者を殺戮する者まで現れたのである。

 死刑制度に疑問を呈したり、反対する者(例えば私)に対しても、激しい敵意が浴びせられるようになった。
 徹底的に嘲笑されディスリスペクトの標的とされるようになった。

 失敗した人を更生させないで、徹底的に非難し、叩き潰す。社会を底辺で支えている者たちを蔑視する。自分だけが社会の利権にあぐらをかく人生を享受したい。
 こんな若者ばかりになった日本社会が、この先、いったいどうなるのか?
 本当の問題は、実は死んでからにあるのだが、次回に譲ろう。
 死刑になっても人は肉体が死ぬだけで魂は死なないとすれば何が起きるのか?
 

 
 
 

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