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家族・国家・私有財産の起源

 私が、近代史上、最高の書物と信じている本がこれである。
https://www.amazon.co.jp/%E5%AE%B6%E6%97%8F%E3%83%BB%E7%A7%81%E6%9C%89%E8%B2%A1%E7%94%A3%E3%83%BB%E5%9B%BD%E5%AE%B6%E3%81%AE%E8%B5%B7%E6%BA%90%E2%80%95%E3%83%AB%E3%82%A4%E3%82%B9%E3%83%BBH%E3%83%BB%E3%83%A2%E3%83%BC%E3%82%AC%E3%83%B3%E3%81%AE%E7%A0%94%E7%A9%B6%E3%81%AB%E9%96%A2%E9%80%A3%E3%81%97%E3%81%A6-%E5%B2%A9%E6%B3%A2%E6%96%87%E5%BA%AB-%E7%99%BD-128-8-%E3%83%95%E3%83%AA%E3%83%BC%E3%83%89%E3%83%AA%E3%83%83%E3%83%92%E3%83%BB%E3%82%A8%E3%83%B3%E3%82%B2%E3%83%AB%E3%82%B9/dp/4003412885/ref=sr_1_2?s=books&ie
 
 作者はフリードリッヒ・エンゲルス 約200年前の1820年生まれ、盟友マルクスとともに、世界共産主義運動を創始した。
 これが出版されたのは、初版が1884年であるから、64歳と円熟した人生の総決算の思想ともいえよう。これは実は、エンゲルスの独創ではなく、未完成に終わったマルクスの文化人類学研究の遺言を実現したものであった。
 
 共産主義運動そのものは、ソビエト連邦の崩壊とともに、もはや完全な失敗に終わったと断定してもよいだろう。しかし、マルクス・エンゲルスの分析と見通しが間違っていたわけでは決してない。

 マルクス・エンゲルスの時代には、まだ人間というものの本性が、よく分かっておらず、身分や権威など虚構に依存する学問的傾向による限界が多分にあり、それらが実現した共産主義社会に、どんな悪影響を与えるのかも分かっていなかったので、共産主義のあるべき理想像を想定することも不可能だった。

 何が間違っていたかといえば、組織の腐敗について知らなかったことである。
今でも、それはタブー視されて、学問的研究対象にはなっていないが、その理由は、「組織の法則」というものが世間に知られては困る人々が非常にたくさんいて、組織を利己主義的な利権のために利用し続けているからである。

 もしマルクスの時代に、組織が利権を生み、特権階級を生み、頂点に立つ人たちの利権のために底辺の人々が命まで含めて利用される一方的なシステムであるということが分かっていれば、組織的・軍事的な共産党運動など提起せず、きっと、もっと緩やかで自然発生的な市民運動に力を入れただろうと思う。
 市民運動の遅滞や足かせの多い、長い時間をかけた、不自由だが民主的な活動の歴史の延長にこそ、本当の共産主義運動が生み出されると考えるべきであった。

 組織の腐敗法則は極めて普遍的であり、共産党だけでなく、一般企業や、宗教団体、ありとあらゆる組織に共通して発生する問題であって、人が集まれば、必ず権力と腐敗を生まざるをえないものであり、それによって、すべての組織が必然的に内部崩壊する法則に支配されていることを理解する必要がある。

 エンゲルスの指摘した、「家族・国家・私有財産の起源問題」は、実はそれ自体が「組織の法則」といってもいいくらい、人間と社会の根底にかかわる問題を提起している。
 別の意味では、私が信奉した「民俗学」あるいは「文化人類学」の最高の研究書といってもよい。
 
 マルクスは最晩年、アメリカの文化人類学者であるルイス・ヘンリー・モーガンの研究に強く影響を受けていた。
 モーガン自体は、今から見ればお粗末な人種差別主義者で、白人の優位性をでっちあげるために、ネイティブの文化を「エセ科学」によって分析してみせたともいえよう。
 マルクスもエンゲルスも、モーガンの差別偏見について根底的に批判しているが、文化人類学的手法から、人類史の法則を解き明かそうとした視点については高く評価している。

 重要な要素として、マルクス・エンゲルス・モーガンの三人ともユダヤ人であり、タルムードの影響を受けて民族的優越感を肯定し、「優れた思想と人物、民族が劣った人たちを救済する」との傲慢な発想から抜け出せておらず、これは孔子の思想とも共通していることだが、国家優越主義者に共通する誤った思想といってもよい。

 マルクス主義が歴史的失敗に終わった最大の原因は、私は、この優越主義だろうと考えている。
 人類が、特定の思想や主義、救世主によって救済されると考えること自体が傲慢であり、完全な間違いである。
 人間社会は、優れた人間によって上から変革されるものではなく、持たざる大衆により下から自然発生的に変革されるべきものだと私は思う。

 人間は神ではない。必ず、たくさんの失敗という属性から逃れることはできず、失敗を前提にした、緩やかな包容力のなかで未来を考えるべきである。
 何が間違っているかといえば、完全な思想や完全無欠の人物が存在するかのような幻想を抱くことであって、マルクス・エンゲルスも、完全主義の間違いから抜け出していない。これはドイツ人(ユダヤ人)らしい特性ともいえるだろう。

[原始共産制における家族]

 マルクス・エンゲルスは、人類社会のすべてに共通する歴史的な法則が存在するとし、その第一段階を「原始共産制」と名付けた。
 この本質的な特徴は、根源的な、子供を生み出す能力を持った女性の力が強い社会であることであって、ネイティブのイロコイ族の研究を行ったモーガンの著作から引用されている。
 
 原始共産制社会にあっては、現代のような一夫一婦制は存在しなかった。必ず「母系氏族社会」に見られるような、女性(母性)主導による「グループ婚」のような小さな社会形態になる。
 その中心は、いつでも人間を生み出す母であった。

 現代の文化人類学研究にあっても、基本的に最初の社会は母系氏族社会であると普遍的に認識されていて、最初から男系氏族だったり、男の王が成立していたりの証拠は発見されていない。アマゾネス社会こそ、正しい社会だったのだ。
 
 ここでは、まだ男性の力は弱く、社会を支配するのは、必ず女性であり、母であった。いわば「母の子供たち」による大家族制度と言い換えてもよい。
 重要なことは、フリーセックスだけが存在する場合、「男の子供」が特定されることはなく、「母の子供」だけが特定され、帰属する部族の資産も母の子(女)によって相続されることである。
 生まれてくる子供の親を特定できるのは母親だけなのだから、当然の帰結である。

 そうして、母系氏族社会=原始共産制社会の規模が大きくなり、生産力と蓄財=富が拡大してゆくと、部族間の軋轢も増えて、「奪うもの」を求めて、部族間抗争=戦争が登場してくることになる。
 戦争こそ、男=戦士の部族内での地位を飛躍的に高めるものであった。

「富が増大するのに比例して、この富は、一方では家族内で男性に女性よりも重要な地位を与え、他方では、この強化された地位を利用して、伝来の相続順位を子(父の嫡子)に有利なように覆そうとする衝動を生み出した」

 「これは、母権制による血統がおこなわれているかぎり、だめであった。したがって、この血統が覆されなければならなかった。そしてそれはくつがえされた」

 「ショーニー族、マイアミ族、デラウェア族では子が父から相続できるように、父の氏族に属する氏族名をつけて、子をこの氏族に移す慣習が拡がっている。……。母権制の転覆は女性の世界史的敗北であった。男性は家のなかでも舵をにぎり、女性は品位を穢され、隷属されられて、男性の情欲の奴隷、子供を産む単なる道具となった」

[男系氏族社会の成立から国家の成立へ]

 守るべき富と戦争の増加は、男の力を劇的に強くし、「男の王」を成立させてゆくと、王は、「我が子への富の相続」を求めるようになった。

 このときの「富」は、母系氏族社会における富が、部族全体の共有財産であるのに対し、男の王の権力によって守られた「私有財産」に変わっている。
 部族全体が平等であった母系氏族社会に対し、男系氏族では、王の血統だけが特権階級として君臨し、部族内に階級差別が発生するのである。

 男女の力関係は完全に逆転し、母系氏族社会は廃れ、男系氏族社会が成立し、それは、やがて武力と富を拡大し、国家へと発展してゆく。

 「私有財産制は家族制度を新しい段階へと発展させる。集団婚を単婚へと移行させ、やがて、単婚制を一夫多妻の家父長制から一夫一婦制へと移行させた」

 アラブ遊牧民に見られるような家父長制では、一夫多妻制の時代が、はるかに長く、イスラム諸国では、現代にまで続いている。
 母系氏族社会では、父親を特定する必要がないため多夫多妻制度が一般的であるが、男性氏族社会では「父の子」を特定するため、母親には厳しい貞操が要求される。
 女性は、男性に隷属する「子を産むための道具」に貶められてゆくのである。

「アテナイに代表されるイオニア族では……、娘たちは糸紡ぎ、機織り、縫い物、それにせいぜいわずかの読み書きをならったに過ぎない。彼女たちは監禁されているも同然であって、ほかの女たちとだけ交際した。女部屋は家の中の隔離された部分であり……、そこには、男、とくに外来者は容易には入れなかった……。そして、子供を産む仕事を別にすれば、妻はアテナイ人にとって女中頭以外の何物でもなかった」

 「不貞は厳禁され厳罰に処されはするが、姦通が婚姻制度の不可避な社会制度になった。本来平等であるべき両性の原理が私有財産制によって捻じ曲げられ、男性による女性に対する支配という不自然な婚姻制度の解きえない矛盾を解くために、婚姻制度の邪悪な内面性を制度的に反響させる、対象物として娼婦制度が発明された」

 旧約聖書は3500年前に成立した思想規範書であるが、その中身は、女性差別=蔑視のシステム固定というべきものである。
 男性にとって不倫は権利であるが、女性にとって不貞は重大犯罪であり、夫以外の男と寝れば、それが強姦であっても妻は投石によって殺害されなければならないと書かれている。
 すなわち、旧約聖書とは、男系氏族社会=家父長制封建社会から国家への過渡期における思想的正当化の教科書であった。

 「産業革命によって資本主義が成熟するとプロレタリアート階級における単婚制家族の崩壊が始まる。そして、エンゲルスは社会主義革命によって資本主義が崩壊すると、私有財産の主要部分、すなわち、生産手段の私的所有の廃止されることで、財産の相続を目的にした一夫一婦制の基礎も消滅する」

 ここは、私の考えと異なる。工場労働者は、大家族制度から切り離され、資本の求めに応じて移動を強いられるのであり、このため、一夫一婦制、小家族が資本の求めに応じた合理的な夫婦形態になったと考えている。
 しかし、恐慌が繰り返され、労働者の生活基盤が崩壊してゆくと、その小家族も安定しなくなり、「食うために」家族が崩壊してゆくことは珍しくもない事態であった。

 「富が最高の善として賛美され、尊敬されて、古い氏族秩序が富の暴力的な略奪を正当化するために乱用されたことが、古代文明の形成、すなわち、国家の成立の背景にある」

 国家を成立させるためには、共有価値観が必要になるが、それが「私有財産」=富を守る体制という意味での国家であり、この一点において国家が合理的存在であると認識を共有されることになる。

「人間もまた一個の商品になりうる、人間を奴隷に転化させれば、人間の力を交換できて利用できる、という偉大な「真理」が発見された。人間が交換をし始めるようになるかならないかのうちに、すでに人間自身もまた交換されるようになった」

 私有財産制度が国家を合理化・正当化したが、しかし行き着く先は、人間をも私有財産に含める価値観であり、奴隷制を含めた階級差別の秩序であると指摘しているわけである。
 私有財産は、人を奴隷に貶めるのである。

 「文明の発端となる商品生産の段階は…、(一)金属貨幣、それとともに貨幣資本、利子、高利貸付、(二)生産者間の仲介的階級としての商人、(三)私的土地所有と抵当、(四)支配的生産形態としての奴隷労働。文明に照応し、文明とともに確定的に支配的となる家族形態は単婚であり、男性の女性に対する支配であり、社会の経済単位としての個別家族である。文明を総括するのは国家であり、この国家は…いつも例外なく支配階級の国家であり、どんな場合にも本質的には、抑圧され搾取される階級を抑制するための機関であることには変わりはない。

 「国家は永遠の昔からあったものではない。国家なしにすんでいた社会、国家や国家権力を夢にも知らなかった社会が存在していた」

 国家は私有財産の格差、差別社会における調停者として、また戦争における軍事装置として正当化されてゆくが、また私有財産の、すなわち女性隷属化の守護者としても君臨する。

[資本主義による女性差別の崩壊と止揚]

 エンゲルスは、男系(家父長制)封建社会における「男の子供の特定」による女性の隷属化は、資本主義社会において、女性の賃金が安いことから、男性労働を駆逐することによって、再び主役の地位を回復するというような意味を書いているが、200年を経て、そうなっているとはいえない。

 日本では、相変わらず、男系氏族社会の価値観が幅を効かせていて、女性の地位が男性に対して優位を回復する状況には至っていないが、しかし、それを予感させる女性の社会進出は、確かに大きなパワーになっている。
 このままでは、エンゲルスの指摘どおりに、資本主義生産における男女の立場が逆転する可能性は小さくはない。

 しかし、エンゲルスが指摘した、問題の本質は、最初、原始共産制が女性を主役とする社会であったのに対し、次に来るのが男性優位社会であり、その原因は、社会の価値観が、女性が子供を産む能力を最高のものとしていたことを、金=富の蓄積と権力と武力こそ、最高のものであるとすり替えていったことによるということだ。
 そして、マルクス主義の弁証法的世界観から、最後に止揚されて、再び女性の社会が回復するものでなければならない。

 これを資本主義における女性の貧困が、労働者市場の価値を高め、男性を駆逐することで成し遂げられるかのように書いているわけだが、それは半分しか当たっていないだろう。

 レーニンは、資本主義か国家独占資本段階に至って、国際金融投機集団とコングロマリットによる世界支配が成立する、すなわち今起きているグローバリズムを予言していたわけで、人類社会は、全体の1%に満たない特権支配階級と99%以上の低所得被支配階級に分化してゆく事態が見えていたのだろう。

 だが、その1%以下の特権階級は、ユダヤ人であり、マルクス・エンゲルス・レーニン、そしてロシア革命の最大支援者であったアーマンドハマーもまたユダヤ人であって、まるでユダヤ人による独り相撲を見ているように思えるのも私だけではないだろう。

 だが、エンゲルスが予言した、男性権力社会の死滅は、弁証法を適用するまでもなく、「女性の子を産む能力」の前に、世界中の権力と富を集めた連中でさえも、人類史における立場として敵うはずがないと私は思う。
 人類にとって「子を産む能力」こそ真の宝であり、富や権力など、その前には小さすぎる、無意味なものであり、社会は結局、女性のものになる必然性があることを指摘しておきたい。

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マルクス、エンゲルスの著作の資本論は一巻で挫折、レーニンの帝国主義論に一番影響受けました。エンゲルスのこの著作は知っていたのですが読まずにわかった気になって読んでいませんでしたが読んでみようと思います。

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