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観光産業日本における本質的な課題


 政治家と官僚たちが自腹を肥やす意味しかない大増税の連続、介護保険やなんとか基金なんてのも一種の増税であり、庶民の有り金を残らずむしり取る残酷な利権ばかりを追求する自民党政権。

 竹中平蔵の超格差政策によって、人々は正規雇用を追放されてしまった。
 今や4割以上が派遣や臨時労働者に貶められ、ボーナスや社会保障さえない低賃金に苦しみ、子供たちは本当に飢えて痩せ衰え、残酷な運命に墜とされている。

 65歳になれば、窮迫した生活に追い打ちをかける介護保険税の強制徴収、それも半端な額ではない。アテにしていた年金など、税金と保険料とやらで消えてしまう。

https://toyokeizai.net/articles/-/91718

 地方は、公共性事業を自民党によって採算主義にすり替えられ、高齢化が進む過疎地では、庶民は高齢化で車を取り上げられている一方で、バス路線は、削減、廃止の一途なのだ。

 私の住む村でも、かつて日8本あったバス便は、今では4本に減らされ、3時間に一本のバスでは、事実上、大都会に出ることもできない。
 最終が17時頃なので、名古屋に出て恵那駅まで帰ってもバス便がない。タクシー代の5000円は高すぎるので、4時間かけて街灯のない暗黒の道を歩くしかない。
 バス便がないから、遠出したくてもできないのだ。

 それでも老人たちは、アテのない大都会に暮らすより、生まれ育った自分の村で死ぬことを望んでいる。
 だが、自民党は、何もかも金儲けがすべての価値観で、 金にならない地方を完全に死滅させようとしているのである。あらゆる社会福祉、公共福祉政策を廃止して、ただ金儲けの論理がすべての社会に変えようとしている。

 地方は死を待つばかりだ。老人たちは、やがて国会議事堂や自民党本部前で集団自殺することになるだろう。

 自民党によってジェノサイドをかけられている日本の過疎地方だが、唯一の救いは、その地方の美しさ、暖かさを求めて世界中から若者たちが訪れていることだ。


 私の住む中津川市から車で30分程度のところに、歴史的景観保存地区や歴史建造物保存場所など、昔の景観を保存している観光地が、たくさんある。

 [まずは、なんと言っても、妻籠と馬篭]

 近いこともあって、私は、この地を半世紀前から頻繁に訪れていて、その変遷を見守ってきた。
 一番古い記憶では、1970年代の姿で、まだ歴史的景観保存という概念もなく、妻籠と馬篭は、ただ貧しいという理由によって、江戸時代の家屋を建て替えることもできないまま、残されていたのである。

 だから、時代劇の撮影にはセットも必要なく、そのまま江戸時代が残っている場所がたくさんあって、1953年公開の「夜明け前」(主演・滝沢修)では、大半のロケをそのままの街並みで行うことができた。(電気さえ通ってなかった)
 探したが、戦後の妻籠を写した動画は出てない。もし、この映画がアップされたら70年前の妻籠や馬篭が、そっくり出てくるのだから、もの凄く貴重な映像である。

 私が、初めて訪れた頃は、まだ観光地化される前で、当時としては、ありふれた貧しい山村にすぎなかった。
 道路は舗装されないままで、電線が縦横に走り、営業している店も少なかった。住民は、時代から取り残され、みんな貧しかった。

 中山道は木曽街道の開通によって機能を失ったが、辛うじて妻籠は、伊那街道への追分宿場としての機能が残され、当時、まだ盛んだった林業関係者の民宿として利用されていた。
 馬篭も、また物好きな時代劇好みの観光客と、林業関係者の業務宿くらいしか利用価値のない小さな山村だった。

https://www.youtube.com/watch?v=sdzz5NccIbY

 1970年頃、南木曽町役場の名物観光課長(今ではネット上に名前も出てこない)が貧しいが故に残されてきた歴史的景観こそが、これからの観光時代に本当に貴重な資源になると住民を説いて回り、景観保存の市民運動が始まった。
 これが、実は、歴史的景観保存運動の日本における嚆矢となった。

 http://www.tumago.jp/learn/

 「売らない、貸さない、壊さない」という標語は、やっと都会に追いつこうとしていた田舎の人たちにとって辛い標語になった。
 当時、妻籠や馬篭のような歴史景観の価値を理解できる人は極めて少なかったのだ。まして、これが客を呼ぶ観光資源になると信じる人も少なく、家の現代風改築さえできない保存会の方針に、憤る住民も少なくなかった。

https://www.youtube.com/watch?v=W6kg9ifoyK0

1976年、全国で初めて国の「重要伝統的建造物郡保存地区(1976年9月4日)」に選定され、目障りな現代景観の改善などが役場の強力な説得の下で行われたが、抵抗も大きかったと記録されている。

 それから40年を経て、もっとも目障りだった電線インフラが全部、地下に埋められ、トタンやコンクリートなども木造に差し替えられ、瓦さえも、石押さえ板葺き屋根などの江戸時代景観に変えられた家も多い。
 おおむね、1990年あたりから、やっと歴史景観地区として完成の域に達したと私は思う。

 それまでの妻籠は、飯田に抜ける国道256号でさえ、完全に二車線ではなく、中央道恵那山トンネルが危険物車両通行禁止だったため、ガスローリーやタンクローリーは清内路峠を越えて飯田市に出るしかなかったが、大変な運転技術を要求される難所だった。
 馬篭に抜ける県道7号も、2000年頃にやっと二車線化されるまでは、乗用車のすれ違いでさえ難しいほどの田舎道で、バスの乗客で急カーブの連続により嘔吐する者も少なくなかった。

 今では、馬篭に向かう旧中山道ルートが、世界的に紹介される第一級のハイキングコースとして整備されているが、40年前は、ハイキングというより登山道で、熊の出現に怯えながら歩いたものだった。

 それが、今では、世界の若者たちが中山道、妻籠目指して押し寄せてくるというイメージで、馬籠峠ルートなど、外国人のハイカーであふれている。それも英語圏だけでなく、仏語やスペイン語など世界中の言葉が飛び交っている。
 トイレや休憩所なども、完璧に近いほど整備され非常に歩きやすい。

 どうして、ここまで観光地として大成功を収めたのか、その意味を我々は、しっかりと理解しておかないと、今、間違った方向に進んでいる観光地の行く末を指摘することもできない。

 はっきり言うなら、妻籠や馬篭の成功は貧しさ故であった。あまりの貧しさに昭和時代になっても家を建て替えることができず、江戸時代の家を修復して利用するしかなかったのだ。
 これこそが、地上にかけがえのない素晴らしい価値を生んだ源泉であった。

 妻籠や馬篭の人たちは、貧しさに慣れ、観光客が激増して、儲かるようになっても旅人をもてなす暖かい心を失わなかった。
 時代に背伸びせず、人々が中山道宿場に求める本質を見抜いて、お粗末な装飾に走らず、何気ない田舎の景観を大切にする価値観こそが、この隆盛の本質であると理解すべきだと思う。

 外国人の若者による妻籠・馬篭の紹介動画を見れば、彼らが何に癒やされ、何を求めて歩くのかが鮮明に理解できるだろう。
 騒々しさ、ケバケバしさと対局にある静かな歴史的風土が、どれほど人々を癒やすのかを我々は、はっきりと知っておく必要がある。

 https://www.youtube.com/watch?v=E-vITlvo5io

[明治村]

 1965年、犬山市にオープンした「博物館・明治村」は、愛知県の小中学校で過ごした者なら、大半が学校行事として立ち寄っていると思うが、私も、中学の頃から、数回以上、訪れている。

 今、明治村を紹介する上で気に入らないのは、リトルワールドや明治村などは名鉄の観光事業として展開されたもので、私は御嶽山の国立公園化を利権上の理由で阻止し、御岳の広大な原生林を皆伐して、観光産業に利用している名鉄に対する不快感から、どうしても好意的に見ることができないのである。
 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8D%9A%E7%89%A9%E9%A4%A8%E6%98%8E%E6%B2%BB%E6%9D%91

 ただし、金儲けのために失われゆく明治の建造物を一大保存地区として後生に伝える歴史的教育的意義に反対するものではない。
 誰かがやらねばならないことを名鉄がやったということだが、日本という国が、保守系市民の夢想のごとく、歴史や伝統を大切にする志向があるなら、これは国が一大事業として文化的価値観の下で取り組むべき事業であった。
 地方の一電鉄企業に任せたことにより、明治村は一時は倒産も危ぶまれるほどの危機に陥っていたこともある。

 https://www.youtube.com/watch?v=GuHuW8S1OE4

https://www.youtube.com/watch?v=hsV9WUobSB0

 明治村は、日本が政府レベルで取り組まねばならない歴史的建造物保存を大規模に引き受けていることで、入場料ではまかなえないほどの管理費用がかかり、経営はいつも苦しいと言われる。
 あらたな移築建築候補が山ほどあるのに、予算が捻出できないため、数年間も新規移築が中断していたこともあった。

 だが、方向性は決して間違ってはいない。我々は明治村に立ち寄れば、懐かしさとともに、心を揺さぶられる景観に感動させられる。
 自分好みを言わせていただければ、相馬愛蔵・黒光の中村屋を移築(もちろん本物は失われているから似たような明治建築でいい)して、カリーパンを売って欲しい。

 食の感動は、建物の見物を凌駕する素晴らしい記憶を生み出してくれるに違いない。
 ついでに、荻原守衛の「女」の複製を展示し、あの悲劇の愛を表現してもらいたい。
 可能なら守衛が死の直前、中村屋で大吐血した情景も再現してもらいたい。(のは私だけだろうな……)
 私にとって、明治という時代、人がはるかに純粋で真剣だった時代の象徴が黒光と碌山なのだ。

[大正村]

 1988年に開園した「日本大正村」も近所なので頻繁に訪れる場所であるが、この地域、岩村町・明智町・山岡町は、昔から一つの連携した町であり、恵那駅から明智まで延びている明知線によって、地域アイデンティティーが形成されてきた。
 十数年前からは、恵那市に編入され、ますます地域的連帯が強まっている。

 今は、ちょうど、NHK朝ドラ「半分青い」の舞台となっていて、岩村や明智の街並みもドラマに出ているので観光客も大変な混雑になっている。

 だが、「大正村」には感嘆は少なく苦言ばかりが先に立つ。
 市街地を歩けば、駐車場や展示館など、たくさんの努力が目につくのだが、開業当初は、観光地化を勘違いした住民がたくさんいて、「さあ商売のチャンスだ」とばかり、自分の店を大正とは無縁のケバケバしい装飾に包んで、顔を背けたくなるほどの不快な街並みに変えてしまう店主が続出したのだ。

https://www.youtube.com/watch?v=t5VmgTg4eRw

 「観光化」を勘違いするのも、中途半端な田舎だからで、妻籠では、住民の多くが強い意志で「江戸」を守り抜いた。
 「大正」は、明智町の住民にとって、守るべきイメージが理解できなかったのかもしれない。

 しかし、明智・岩村・山岡の恵那三町は、寒天やら、高原野菜やら、地酒やら、牧畜やら、優れた食品がたくさんあって、無理に大正時代を持ってこなくとも、十分に魅力のある町であった。

 「半分青い」で、特別に飛躍することもないだろうが、東美濃には、世界に誇るべき素晴らしい農村景観があって、世界中の若者たちの憧れの地になる可能性だってあることを、地元の人に理解しておいてもらいたいと思う。
 守るべき価値を間違えてはいけない。


 [昭和村]

 実は、私は昭和村に一度も立ち寄っていない。しかし、昭和村ができる前の美濃市には相当回数訪れていたから、独特の「うだつ景観」も良く知っている。
 そもそも現代工業化に取り残された岐阜内陸部の田舎町は、美濃市に限らず、郡上八幡、付知町、白鳥町、板取など「昭和」を彷彿させる街並みが少なくなかった。

 どれも、行って歩く価値のある街並みが残っている。だから、まだ希少価値は高くないとも言えよう。

 昭和の真ん中生まれである私にとって、昭和とは、自分そのものである。だから、昭和の価値を考える上で、私はうるさいのだ。
 昭和村の概念図が、ここに掲載されているが、これではバツを出すしかない。
 無理に行きたいとも思わないうちに、いつのまにか昭和村は消えてしまった。

 http://www.nihon-showamura.co.jp/doc/map_20150203.pdf

https://www.youtube.com/watch?v=elhg-yrj_dw

 消えた昭和村は、新しく里山公園として再出発するらしい。

 https://www.walkerplus.com/spot/ar0621s03683/

 つまり最初のコンセプトは大失敗したわけで、失敗の原因をはっきりと理解しておかないと、次の企画も、また同じ運命に至る可能性が大きい。

 そもそも、施設には、その存在理由が必要であり、明確な価値のコンセプトを共有する必要があるのだ。

 妻籠・馬篭は「江戸時代の癒やしの景観を守る」という価値観であり、これが世界的な大成功を収めたのである。
 これは、世界遺産を守る欧州の住民たちのアイデンティティと同じものであろう。

 地元では、金儲けのための観光事業をやりたいというより、自分たちが大切にしたい価値観を世界に示したいという意思が大きかったのであり、これが成功の最大の理由であった。

 大正村は、まだそこまでの明確なアイデンティティ、価値観の共有が進んでおらず、まだまだ中途半端であり、昭和村に至っては、金儲けだけが全面に押し出されて、人々を癒やす「おもてなし」ができていなかったことが敗因であろう。

 岐阜県には、まだまだ開拓されざる「癒やしの価値」がたくさん眠っていて、今後も気づいたら紹介してゆきたいと思う。

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