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警察国家への道 その8 リーダーシップと司法権力

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 警察国家への道 その8 リーダーシップと司法権力

 ほとんどの人は、自分ではなく他人を見て生きている。
 一人一人が自己・自我を確立し、哲学と方法をもって、世界を分析しながら論理的に行動しているわけでは決してない。ただ、周囲を見渡しながら、「この人に従った方が良さそうだ」と思う人を見つけ、それを真似することで安心し、時間を過ごすというのが普通の人生なのである。
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 それゆえ、99%の人生は牧場の家畜たちと変わらない。群れのリーダーに付随して右往左往しながら生きているのであって、依存する他者に付和雷同して動くことしかできない。
 だが、わずか1%にも満たない人たちだけが、自分と周囲を見つめて対象を分析し、もっとも適切な行動を行おうとするのである。
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 こんな社会における「民主主義」など、しょせんタテマエだけの虚構にすぎない。それは決して全員参加型の民主主義ではなく、帰属する集団、「群れ」の集合社会なのであって、その本質は、群れのボスによる寡頭政治といえるだろう。
 我々の大半は、管理された「人間牧場」に帰属し、生かされているという現実に気づかねばならない。
 その最小単位は家族であり、最大単位が国家である。中間に、学校や企業や、宗教団体やら、さまざまの組織・結社・集団が存在しているわけだ。
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 天は、すべての人に等価の能力を与えていない。社会には、それを牽引する少数の人々が存在してきていたのであって、歴史上、民主主義が理屈どおりに機能した事例など存在しないのである。
 人々を吸着牽引し、帰属せしめる人たちを「オピニオンリーダー」と呼んでいる。社会が、どのような方向に進んでゆくのか? それは、彼らのリーダーシップにかかっている。
 筆者の青春時代、40年前の思想的オピニオンリーダーを思い出してみると、本田勝一・小田誠・井上ひさし・大江健三郎・羽仁五郎など実に多士済々、素晴らしい人材が揃っていた。
 政治家でも、田中角栄を筆頭に、佐々木更三・飛鳥田一雄など包容力と実行力を兼ね備えた凄みのある人材が目白押しだった。
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 現在は? と考えれば、明らかに社会を領導していると言える大容量のカリスマ、オピニオンリーダーは、すでに絶えて久しい。芸能界ですら、美空ひばりのような超カリスマは消えて、金儲けのために企業によって作り出され、設計され、演出された矮小な人材しか登場していない。
 とりわけ左翼勢力がひどい。社会党は村山富一以下が権力欲しさに自民党に野合した結果、思想もリーダーも自滅して消えた。市民運動界も、最期のリーダーだった市川房枝が消えてから、それらしい有力な政治的リーダーが出てこない。
 民主党が自滅しているのも、絶対的カリスマリーダーが不在だからで、それは強固な哲学に裏打ちされた、断固たる意志が成立していないことの証左であり、アンチテーゼしか存在しない軟弱な思想性では、歴史の波間に浸食されて消えゆく砂楼の運命が待つばかりだ。
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 だが、突出したカリスマに頼るという時代が終わったのも事実だ。
 我々の社会が「真の民主主義」を獲得するためには、求めるべき未来を感じ取り、隅々までしっかりとビジョンを思い描いた無数のオピニオンリーダーを輩出し、全員が確固たる主体性を確立し、いつでも誰でもリーダーとして機能する、等価な人間性を獲得しなければならないのである。
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 だが、現実を見るなら、恵まれた青春によって醸成された利己主義しか知らない人たちに満ちた今の社会では、そんな希望は絶望的だ。
 今、我々には惨めな政治的敗北感に加えて、苛酷な苦難の洗礼が必要なのだ。やがて来るにちがいない世界的暴風雨の地獄を超えた未来に希望を托すしかない。きっと、恐ろしいほどの苦難が一人一人の人間を鍛え、新たな素晴らしいリーダーたちを無数に産み出してくれるだろう。
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 第二次世界大戦、戦争の残酷、凄まじい苦難の鮮明な記憶が風化し、その体験者が消えゆき、世界が金融資本主導によるゼロサムゲーム(誰かがトクすれば誰かがソンする)時代に入ったのが1980年代末であった。
 かつて貧しかった大衆も、我先に投機ゲームに走り、目先の金儲けに無我夢中になってゆき、「良き人生」、「正義」を示すべきリーダーたちも、その存在理由を失っていった。
 リーダーたちに、「残酷な戦争を再発させてはならない」という苦悩体験から導かれた強烈なモチベーションが失われてしまったのだ。それが「戦後」の終焉であった。
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 代わりにやってきたのは、他人を蹴落として、自分だけの有利を求める卑劣、姑息、愚劣な出し抜きゲーム、見栄張り合戦、金儲け競争であった。
 それは、あらゆる責任を他人に押しつけ、こそこそと影に隠れて利己的金儲けに走る矮小な人間性を再生産するものであり、およそ正義のリーダーシップを排除し、死滅させるものでしかなかった。
 そうして、日本社会から「正義」が見失われていったのである。
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 だが、一方で、利己主義の鬩ぎあいのなかで、「誇り高き日本」という虚構に酔い痴れる「国家主義者」、右翼的ナショナリストだけが元気に登場していた。
 これは、同時期にフリーメーソン・イルミナティグループによる世界規模での「新自由主義経済運動」が展開され、金と権力の再編が進んだことによるもので、「世界金権運動」とでもいうべきだろう。
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 そもそも、明治日本国家の成立以来、武家封建社会における愛藩主義の延長上で「国家主義ナショナリズム」を扇動する輩が日本政財界の主流を占め続けてきた。
 とりわけ明治政府において腐敗した極悪右翼リーダーとして登場したのが山県有朋・井上馨であり、彼らこそ警察管理国家の創立者であった。
 大正時代に入って、それを受け継いだ正力松太郎が昭和時代に至るまで権力の黒幕として君臨した。彼は、戦後もなおアメリカのCIAスパイを受任し、あらゆる反権力、社会運動を残酷に弾圧し続けた。
 それは、さらに岸信介・中曽根康弘と受け継がれ、仕上げは小泉・竹中であった。
 太平洋戦争前には陸軍統制派の暴走を導いた北一輝や石原完爾もいたが、まだ彼らには純粋な正義感が残り、正力や岸、児玉ほどの狡猾、悪質、残酷さはなかった。
 我々は戦後史を語る上で、関東軍731部隊と、児玉誉士夫・岸信介・笹川良一そして正力松太郎の名前を決して忘れてはいけない!
 彼らこそ、戦後史を構築した闇の極悪リーダーであり、今現在、日本に生きている我々に、権力の死霊として覆い被さり、未だに日本人民を迫害し続けている大悪霊なのである。
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 戦後史を終わらせるということは、これらの悪霊と中曽根・小泉・竹中の「新自由主義組」を死滅させることをもってしかなしえない。
 彼らのリーダーシップが、日本国家の隅々に、とりわけ権力機構に巣くって増殖し、日本の正義を食い尽くさんとしている現実を見よ!
 それはネット社会に拡散し、在日朝鮮人や被差別者、女性子供の弱者を踏みつぶして差別を拡大し、民衆をありえないような微罪で弾圧し、警察力で抑えつけ、日本を「新自由主義」の警察国家、奴隷社会に変えようとしている。
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 その住処はどこか? 悪党どもの根拠地は? それは検察庁である。さらにいえば、東京大学法学部卒という学閥である。彼らのアイデンティティは徹底した選民優越感でしかないのだ。
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 1980年代、中曽根康弘政権時代、基盤の薄い少数派だった中曽根は資金や選挙運動員に困窮し、正力松太郎グループ、児玉・笹川そして統一教会、文鮮明の主宰する国際勝共連合(今の日本会議)に援助を求めた。
 この結果、中曽根派は、統一教会から大量の運動員(原理研学生)と選挙資金を確保し、選挙にも大勝した。その見返りとして、統一教会から議員秘書を受け入れ、さらに原理研学生を日本政府キャリア官僚として、大量に送り込むことになった。
 彼らの行先は、防衛・司法・教育分野だったといわれる。それから30年近くを経て、当時、キャリア採用された原理学生が、防衛・司法官僚の中核に位置することになった。
 今のところ、誰が原理研出身だったのか隠蔽されていて、裁判長や検事のなかに多くの統一協会員が巣くっているはずと推量するしかないが、やがて、そうしたデータも入手できるだろう。そのときは、彼らの陰惨な正体を徹底的に暴いてやりたい。
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 こうした流れのなかで、検察庁に巣くった反共勢力が、政治的意図をもって牙を剥いたのが、小沢・鳩山に対する微罪弾圧を含めた民主党への攻撃であった。
 彼らのリーダーシップが、今や日本の悪性肉腫となり、自由な人間性の解放された社会を破滅に導こうとしていることを知る必要がある。
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 そもそも、検察庁の人脈は、徹底した選民意識に貫かれ、「末は博士か大臣か」の立身出世価値観を共有するエリート意識をアイデンティティとして連帯してきた。
 彼らの価値観は、「東大法学部出身者」が「この世で一番エライ」のであって、エリートが日本社会を定め、支配する構造だけが正しい選択であり、秩序である。これを破る者は権力をもって絶対に許さない・・・・というものであった。
 こうした学歴エリート、特権意識こそ、監督者のいない唯一の官僚部署、暴走を止める仕組みのない絶対権力者である検察の唯一のリーダーシップである。
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 このため、東大を出ていないばかりか、まともに高校すら行っていない田中角栄が宰相になるなど、日本における天地神明秩序を根底から破壊する大罪であって、断じて許すべからずという強烈な排斥意識を共有していたことから、あらゆる手段を使って、田中を冤罪に貶め、社会から排除する強烈な執念をもって追い落とし弾圧を行ったことが知られている。
 その結果がどうなったかは周知であり、田中は戦後もっとも有能な実力者政治家であったにもかかわらず、煮えくりかえるような怨念のなかに憤死するしかなかった。
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 実は、同じ構図の疑獄事件として中曽根康弘もまたロッキード・全日空・リクルート・かんぽの宿疑惑などに関与しており、その罪状は田中角栄の比ではなかったが、中曽根は東大法学部出身であり、検察の連帯するエリート集団の親分であって、これは、もちろん罪に問うはずがなかった。
 検察は証拠をすべて隠滅し、事件を完全にもみ消してみせた。この二人の差は、東大法学部というアイデンティティによるものでしかなかった。
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 同じ構図で、自分たちの価値観秩序を破壊する、いかなる勢力も、検察は断じて許すことができないのである。
 自民党の自滅により、民主党政権が成立するとともに、検察は民主党の官僚特権に対する介入を決して許すことができなかった。自分たち検察の牙城に指一本触れさせないと強固な意志を示した。
 戦後検察体制の成立以来続けてきた裏金利権問題を告発しようとした、身内の検察官、三井環でさえ罠に填め、冤罪に陥れて投獄したほどの、マフィア犯罪集団である検察にとって、彼らの既得権を侵害する勢力を認めることなどありえなかった。
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 その対象は、トップである小沢と鳩山に向けられた。小沢の資金管理団体、陸山会が土地を取得し、代金として3億4260万円を支出しているのに、そのことが同年の政治資金収支報告書に記載されておらず、翌17年の報告書に書いてあるという、たったそれだけのことで、小沢を逮捕し起訴しようとした。
 実行犯は当時小沢の秘書だった石川議員だ。小沢は石川と共謀して収支報告書に虚偽記載をさせた共犯者であるという疑いで起訴しようとし、検察トップから無理筋であると窘められると、今度は検察審査会を利用して、強引に起訴に持ち込もうとしている。
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 検察は事件にさえならない起訴理由を粉飾するため、陸山会資金に「水谷建設から受け取った5000万円のヤミ献金が含まれていたのではないか」という疑惑をでっちあげ、マスコミにリークし続けた。だが、検察特捜部が総力を挙げて、水谷建設や小沢サイドを捜索しても、ヤミ献金はおろか、不正資金のカケラも見つからなかった。
 これで検察のメンツが丸つぶれになった。このままでは「優秀と認められるべき」検察の権威が地に堕ちる。そこで、あの手この手で民主党全体に弾圧を拡張しているのが今の情勢である。
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