サプライズ動画

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 ユーチューブなどの動画サイトを見ていて、心を動かされるのは、フラッシュモブや、サプライズの動画で、実に楽しい。
 楽しい原因は何だろうと考えると、人生の楽しさの相当部分が、ウキウキ・ワクワクといった感動で占められているからのような気がする。

 有料化されてから、ほとんど見なくなったが、宇宙人チャネラーを称するバシャールも、人間にとって、もっとも大切なことは「ワクワク」という期待に満ちた感動だと何度も語っていた。
 https://www.youtube.com/watch?v=Ozg7-Jx6ErM

 私も、その通りだと思う。これまでの人生を振り返ってみて、人生を突き動かして、生きる意欲を生み出してきた要素を考えれば、自分をワクワクさせてくれるものを求めて彷徨ってきたのだと間違いなく思えるのである。

 私の場合は、まだ15・16歳のうちに、山登りと出会って、はまった。
 登るたびに、異なった光景、異なった体験ができて、感動的な景色にも出会えるし、野生動物との遭遇も実に楽しく、同年代の人たちと比べて、自分は特別な時間を過ごしているのだと、ある種の優越感まで得られた。

 十勝岳(正確にはホロカメットク山での)ヒグマとの遭遇は、デジジャラスだが、強烈な記憶として、間違いなく自分の人生の思い出アルバムを飾るページになっている。
http://tokaiama.blog69.fc2.com/blog-entry-4.html

 そのうち、もっと刺激の強い出会いはないものかと、誰も歩かない、アルプスの長大な沢登りを一人で行うようになった。
 残念ながら、野生動物との出会いはなく、大滝から滑落して、全身四カ所を骨折して這々の体で逃げ帰ってきたのがオチになったが。

 普通の登山でいえば、北アルプスの有明山が凄かった。ここは野生動物の宝庫で、もういろいろな動物、カモシカからアナグマ、キツネ、イノシシ、熊と出会うことができて、牛ほどの大きさのカモシカに手を触れんばかりに接近することもできたが、もっとも印象的だったのは、可愛いメジロが、わずか1m先を数十分にわたって道案内してくれたことだった。
 しかし、よほど藪山に慣れて、道なき道を迷わずに進める人以外にはお勧めできない。

 山歩きは、本当にワクワクさせてくれる。これから何が起きるのだろうと、いつでも新鮮な気分で歩き、新しい見たことのない景色に見とれて、山の隠された秘密に触れた気分になって、私を心から満足させてくれるのだ。

 そんなことを繰り返しているうちに、山の目に見えない深い歴史にも触れたいと思うようになり、近在の図書館に通って、その山の歴史を調べてブログに書いたりした。
 
 http://tokaiama.blog69.fc2.com/blog-entry-96.html

 http://tokaiama.blog69.fc2.com/blog-entry-95.html

 http://tokaiama.blog69.fc2.com/blog-entry-88.html

 http://tokaiama.blog69.fc2.com/blog-entry-302.html

 当初は、ヤフーブログに掲載していて、勝手に削除されることが繰り返されたので、腹が立ってFC2ブログに引っ越したのだが、このとき、数割のブログが失われてしまい、復活させることもできない。
 山の紀行ブログは、資料的価値の貴重なものもあったので、失って残念だ。
 若い頃は、これをまとめて出版するつもりだったのだが、いつのまにかネット社会になってしまい、出版製本という価値が薄れてしまって、結局、ネットにだらしなく掲示を垂れ流し続けている状態だ。

 今では、呼吸系に深刻な疾患を抱えてしまったので(間質性肺炎)、普通の人の半分くらいの速度しか出ないので、大きな山歩きができなくなった。
 しかし、中津川市という豊かな自然のなかに住んでいるおかげで、歩ける山はたくさんあって、車で30分以内に、笠置山や高峰山や屏風山など、20くらいの日帰山登山道があって、山の空気には困らない。

 調子の悪いときでも、高峰山鉱物博物館の駐車場に車を止めれば、高峰湖やチン湖など、誰も歩いていない1時間程度の散歩道が、10以上選べるので、これほど素晴らしい町は、ちょっと少ないぞと、内心、中津川の自然を誇り高く思っている。
 笠置山も、近年、ボルダリングのメッカのようになってしまったが、1~2時間の散歩道が5カ所以上も選べる素晴らしいハイキング山である。

 私は、移住してきたときは、腎臓がひどく悪くて、尿はビールのように泡だらけだったものが、毎日歩いているうちに、腎臓が回復してきて、肉類や塩辛いものなど食べたら、たちまち尿量が減って下痢が始まったものが、今では、そうした症状が起きなくなって、これも山の大自然に触れるという環境のおかげと思っている。
 中津川市に住むということは、大都市での大病院に入院するよりも、桁違いの治療効果があるのだと確信している。

 最近、遠方に出歩かないので、新しいワクワク、感動も少ないのだが、ネットを見ていると、YouTubeには、人をワクワクさせてくれる動画がたくさんあって楽しい。
 この数年でいえば、全世界で1億回に近い再生のあった記念碑的な動画がいくつかある。

 例えば、スーザンボイルが初めて登場したときの動画。

 https://www.youtube.com/watch?v=1t8m7CkpIK0

 これなど、なんど見ても感動的で、その後のスーザンは悲劇的でもあるが、人をウキウキさせてやまない。

 CMだったのだが、フラッシュモブの最高傑作ともいわれる、第九演奏。
 https://www.youtube.com/watch?v=Ky8DqlkgDrk

 CMを目的にしていた、この動画が公開されたのが2014年1月だが、この当時は、まだ10本程度しか上程されていなかったフラッシュモブが、今や、数え切れないほど公開されているのは、かなりの部分、この動画による触発が大きいのではないだろうか?

 次いで、素晴らしいのは、ホームレスがミッションインポッシブル主題を演奏する動画。
 https://www.youtube.com/watch?v=BSLKDYLzmjk
 
 これは技量レベルが驚くほど高く、相当な名手ばかりが演奏しているように見受けられ、とても影響が大きかっただろう。

 これらの影響を受けてか、日本でも、たくさんのフラッシュモブやサプライズ動画が作られた。
 サプライズというのは、人を驚かせる、不意打ちとかの意味があるそうで、この数年、見ていて楽しくなる動画が、驚くほど増えている。
 願わくば、座間生首事件の白石君のようなサプライズだけはご遠慮いただきたい。

 これは、龍馬役を終えて超有名な福山雅治が、突然、女子大に現れたサプライズ。
 https://www.youtube.com/watch?v=rebjLG51uWM

 私が好きなのは、アメリカで、NBA選手が老人に扮して、巷のバスケットチームを翻弄するというもの。
 https://www.youtube.com/watch?v=1wuoutY2zpw

 これは、アンクル・ドリューという米映画の予告編らしいが、若者を翻弄する驚愕的な技能を持った老人の姿が、実に楽しい。

 このパターンで、プロ級の技能者が、シロウトのフリをして、人々を驚かせるという動画が、シリーズで作られるようになった。
 例えば、オタクドッキリとか、モニタリングとかだ。
https://www.youtube.com/watch?v=UjifrMuZ9l8

 https://www.youtube.com/watch?v=4IES6W-b_3U&t=1s

 日本製のサプライズ動画は、テレビ放送に使われるものが多いせいか、ネット配信の水準が、やや低いのが残念だ。
 
私個人としては、ランランが、街頭の古ぼけたピアノでショパンを弾いて、周囲をびっくりさせる動画が見たい。(すでにあるが、タダで幻想即興曲を聴きたい)
  https://www.youtube.com/watch?v=A8XBHH1huRw

 日本におけるフラッシュモブ=サプライズも、これらの動画の影響を受けてか、徐々に増えて、しかも内容が高度化してきている。
 これも、堅苦しいスーツを着て、作法通りにお行儀良く座っていなければならない演奏会を敬遠している人々に、ホンモノを聞かせる機会を作ってくれていて、とてもありがたい。

 さて、問題は、これから、どうやってワクワクを確保するかなのだ。

 私の子供の頃までの日本人も、この種の儀式化されないというか、形式にはまりこんでいないサプライズが好きな人がたくさんいて、ゼニカネ損得勘定抜きで、イベントを行う人がいたのだが、まだ同調圧力が強い世の中で、イベントは、形式行儀を重んじて、金をもらったプロが行うという観念で、そんな人たちの意欲的なサプライズを規制する傾向があった。

 ゼニカネ形式の嫌いな芸術家は、いるもので、例えば、バンクシーがその代表。最近では、彼の書くものだけが芸術で、公共物や私物であっても許され、他の若者が書いたものは、ただの落書きなので器物破損であるという奇っ怪な論理まで出回る時代になった。
 もっともバンクシーが法隆寺に書いたなら、もちろん逮捕されるのだろうが。 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%90%E3%83%B3%E3%82%AF%E3%82%B7%E3%83%BC

 これからは、エセバンクシーが大量に出てくる時代になるのは確実だろう。

 さてワクワクだが、人間がワクワクするのは、どんなときだろう。
 私は、数年前、連日、血尿が止まらない時期があって、前立腺癌を疑い、女性ホルモンでの治療を行ったのだが、そうすると体が女性化してきて、顔も、なぜか真っ白になっていまい、外見上、女性的になり、衣類をそれ風にすれば、女性と間違えられることもあった。
 これがワクワクするんだな。同性愛の傾向はゼロなのだが、女性的になるのはワクワクしたので、性転換に憧れる男性が、たくさん出てきた気持ちも分かるような気がした。

 人生を根本から変えてしまうというのは、恐ろしくワクワクするものなのだ。
 これは、例えば普通の人生を歩んできた人が出家して、僧籍を得たりするのと、たぶん似たところがあるのだろう。
 また、普通の青年が警察学校に行って、警察官として権力を振るって他人の人権を蹂躙できたりすると、おそらく、とてつもなくワクワクするのではないだろうか?

 でも、こうしたワクワクは、結局、本質的なものではなく、憧れが実現した程度のワクワクにすぎない。
 「跳んでしまえ!」という司馬遼太郎の小説に出てきそうな言葉があるが、誰でも、少し跳べば、この種の自己満足は得られるものだ。 これは、一種の自己暗示の世界にすぎない。
 跳んだ後、振り返ってみれば、結局、元の位置に戻ってきてしまう。

 本当のワクワクを求めて世界中を旅した青年が、やがて老いて得たものは?
 残されたのは、ワクワクしていた時間の記憶だけということか?
 なんか、どっかの古い小説や映画に、そんなストーリーがあったな。

 まあ、なんでもいいさ、オイラは、ワクワクするものに憧れて、ワクワクしながらワクワクを探して彷徨した。
 結局、何も得るものがなかったのは、比叡山の千日回峰行を二回満行した酒井雄哉が残した言葉、「千日回峰で得たものは何もなかった……しかし、だから私がいる」と同じ。
 ワクワクしながら彷徨って、長い時間を費やして、何もないことだけを知った……あたりが、とてもカッコよくてワクワクするのである。

 ユーチューバのみなさん、わくわくするようなサプライズ動画を、どんどん、たくさん上程しておくれ。
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