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子供への暴力・虐待行為

カテゴリ : 未分類

 近年、子供への暴力・虐待行動が著しく増加していて、どんどんエスカレートして子供が殺されてしまう事件が、毎日のように報道されるようになった。

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 児童相談所のデータでは、1990年を1100とすると2013年(23年後)では7万4000だから、ざっと67倍になっている。

 2018年度までの同じ児相データを見ると、とんでもないことになっていた。

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 2018年度は13万4000件だから、1990年(28年前)と比較すると122倍である。わずか5年で、1.8倍に増えている。
 これには、私もびっくりした。
 果たして、どんな意味が隠されているのだろう。もしかすると、この社会の根元にかかわる問題が浮き彫りになるのかもしれない。

 児童相談所のシステムが整備されて、通告がしやすくなった結果、増えたのだろうか
 政府は、問題の本質を知られたくなくて、そのようにして問題をすり替えるのが得意である。

 だが違う! おそらくデータの意味するまま、児童虐待が激化しているのだ。このような、解釈の余地の少ないデータの本質は方法論ではなく、社会現象を忠実に反映している可能性の方が大きい。 それでは、なぜ、親による児童虐待が激増したのか?

 実は、政府の喜びそうなことを少しだけ言うと、私の子供時代は、今から60年近い前だが、当時の記憶を言えば、「児童虐待」に相当する親の子供に対する暴力は、今よりも激しかった。

 これには、はっきりした理由がある。当時は、児童虐待が悪であるという社会的認識が欠如していたのだ。
 子供を殴って「言い聞かせる」なんて日常茶飯であり、それが教育であると勘違いした人々が無数にいた。

 私の父親も20歳で徴兵され、当時の軍隊というところは、1から10まで暴力による統制支配が当たり前、父親もさんざん殴られて、帰国後も、上官の暴力による脳挫傷の後遺症に悩まされた。
 そんな父の子供に対する教育方針も、また暴力であった。
 父親の気に入らないことをすると、言葉よりも先に拳が飛んでくるのが普通だった。
 世の中全体が、暴力に慣れきっていた社会だったが、これは紛れもなく児童虐待であった。
 私自身もそうだが、同級生に、親にビンタされて鼓膜が破れて耳が遠くなったなんて子供はザラにいたのだ。

 日本は戦争の好きな国だった。「戦争」という行為自体が、実は、他国に対する明確な虐待行為以外のものではない。
 当時、国家権力支配する者にとって、さまざまな異論のある国民を、まとめて統制するには、暴力を用いるのが一番手っ取り早かったということである。

 徴兵自体が暴力であり、兵たちを暴力で洗脳飼育して、その命を使って他国民に殴り込みをかけ、暴力で従わせようとしたのが戦争である。
 なんで暴力、つまり他人に対する虐待行為がのさばっていたのかというと、人が人に優しくない社会=ぶん殴って、ときには殴り殺して、射殺、斬殺して無理矢理従わせようとする社会だったということなのである。

 無残な敗戦によって、日本社会の暴力優先思想が地に墜ちてから70余年を経て、日本人が少しは優しくなったのかと思うと、一方で、冒頭に紹介したような暴力問題が出てきた。
 私の子供時代のように、子供たちが暴力によって虐待される時代が再び花開いてしまったのである。

 親は子を愛さなくなったのだろうか? 愛の表現が虐待殺害だとでもいうのだろうか?
 私には子がいないので、実は、直接の経験からものを言うことができない。
 だが、もう少し次元の高い視点から、原因を推察することはできる。

 人が、自分より、はるかに弱い立場の子供に対し、完全に「弱い者イジメ」という卑劣な暴力行為=虐待を行う理由は何だろう?
 精神医学では、「代償行為」とでも言いそうだ。「やられたら、やり返せ」、これが心のストレス(平衡を失った状態)を解消できる最大の方法論である。

 「やり返す」場合、「やられた相手」である必要はない。自分より強い立場の者から強烈なストレス、理不尽な仕打ちを受けた場合、人間は、その憤懣を、直接相手に向けるのではなく、自分より弱い立場の者にすり替えることができるのだ。
 おそらく、子供虐待の背後には、こうした心のメカニズムが隠れているような気がしてならない。

 戦時中、軍隊内では、階級地位によって、ストレス転嫁と連鎖が普通に見られ、新兵は、訳も分からないまま殴られたりして、ストレスを抱えたまま戦場に放り込まれると、罪もない住民を殺害したり、強姦したりの非道な行為が増えるといわれる。
 それは、「報復感情」こそ、人間の基本パーソナリティだからである。

 ついでに言えば、この種の「ストレス転嫁」理論では、父親が会社で上司にストレスを与えられ、帰宅して、これを母親にすり替えて報復代償を行い、母親は、これを子供にすり替えて報復代償を行い、子供は、飼犬などにすり替えて報復代償を行うという具合に、ストレスの転嫁と連鎖というメカニズムが存在するのだという。
 ときには、ストレスが何かの理由で増幅してしまい、不幸な事件に発展する場合もある。私は、柏市の娘殺し事件などは、この仕組みが作用したのではないかと直感した。

 私が、児童虐待の激増の本当の原因として直感するのは、人々が、人間に対して優しさを失った、とか、人に愛を感じられなくなったという「愛の劣化」が大きな理由であるとともに、自民党政権による政治の悪化が非常に大きな意味を持っていると思う。
 冒頭のグラフを見ると、急激な悪化の変異点は、1998年になっている。
 1998年、いったい、何が起きていたのだろう

 1998年までに起きていたこと。
 私は、ちょうど1990年前後に、名古屋市内でタクシーの運転手だった。この頃は、80年代バブル経済の余波で、サラリーマンの大多数が浮かれて、夜遊びをする時代で、タクシーも、もの凄く儲かった時代だった。

 そうしたバブル経済が崩壊したといわれるのが、1991年から1993年の三年間である。
 バブル崩壊とは、ちょうど今、中国で起き始めている不動産バブル崩壊と、ほぼ同じメカニズムで、不動産が儲かっていた時代のなかで、それが一種の信仰に昇華し、先物取引のように価値を膨らませた挙げ句、風船が割れるように価値が吹っ飛び、「信用収縮」という現象が起きたのである。

 しかし、本当の景気後退までには、「ミンスキーモーメント」と呼ばれるタイムラグがあることが、最近知られるようになった。経済破綻のピークは、経営上の破綻よりも、数年遅れてくるのである。
 詳しい事情は、本稿の目的ではないので省略するが、1997年の山一証券の倒産崩壊によって、日本のバブル経済破綻は完成し、以降、未だに、景気後退から脱却していない現実を見ておかねばならない。
 この1997年に起きたことを思い出せば、児童虐待転換点である1998年の意味が理解できよう。
 なお、この種の経済崩壊は、復活まで、もの凄い遠い道のりになる。アメリカでは、1927年のニューデール大恐慌が、結局、1940年の第二次大戦を引き起こしたとさえ評価されている。戦争による巨大破壊がなければ、復活はないとケインズが言っている。

 私は、タクシー乗務していたから、社会の景気が非常に敏感に売り上げに反映し、日本経済がみるみるうちにしぼんでゆく実態を目の当たりにしていた。
 夜の繁華街でボロボロ儲けていたのだが、日を追うように客が減り、山一倒産の頃には、本当に「閑古鳥鳴く」という表現が実感として理解できるようだった。

 そんな不景気のなかで、企業は、自分たち経営陣を守るために、底辺の労働者を犠牲にし始めた。
 コストのかかる正社員をリストラし、必要な労働力を、派遣社員などバイト待遇で手当し、労働者コストを極度に下げ始めたのである。
 こんなことをすれば「愛社精神」が失われ、所属する企業を「帰属共同体」と認識するアイデンティティもなくなってしまうので、当然仕事の質も落ちて、企業全体が劣化してゆくのが必然でありながら、大企業経営者たちは、すでに創業者ではなく、「社員を大切にする」という仲間意識も失せていたから、情け容赦のない雇用破壊が行われた。

 結果として、日本人の雇用は極めて不安定になり、年収も、平均で100万円以上低下し、最底辺の低賃金労働者に対してさえ、過酷な課税が行われ(竹中平蔵が登場するまで、年収180万円以下は非課税だった)、日本人の中産階級と低所得階級の生活水準は著しく落ちていった。
 この急激な変異点こそが、山一証券倒産の翌年、1998年であり、この年から児童虐待が信じられないほど激増を始めたのである。

 日本国民の低所得化、労働条件の過酷化と、児童虐待の増加は、ぴったり正比例している。
 「どうして、こんなに生活が苦しいんだ」
 という憤懣は、ある意味、国家社会から労働者がぶん殴られていて、凄まじいストレスを受けているに等しいのである。
 「こんちくしょうー!」というやり場のない憤懣を、どこに向けたらいいのか

 一番手っ取り早いのが、身近にいる家族である。
 だから妻に対するDVと子供に対する虐待が激増した。
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 1998年は平成10年であり、やはり激増変異点であることが分かる。児童虐待と妻への暴力は、ぴったり一致した経過を辿っているのである。

 つまり、こうした家族への虐待は、会社や社会への憤懣が姿を変えたものと捉えても間違いではないだろう。
 この視点こそが、この問題の本質なのである。
 
 これに対し、子供社会でのイジメの推移グラフは、少し異なる。
  
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 この場合は、平成18年度(2006年)にいきなり激増している。何か特別な理由があるはずだが、この原稿を書いている時点では、まだよく分からない。
 しかし、子供への虐待と無関係ではありえないだろうと予想している。分かり次第、新たな稿を書きたい。

 子供や妻への暴力、虐待は、父親が、何らかのストレスを抱え込んでいることが一番大きいように思えるが、いったい、どうしたら解決できるのだろう
 まずは、日本社会を支配する政権が、国民イジメとでも言うべき、大増税や生活苦を平然と押しつけているようでは、断じて解決はできない。
 何よりも、大企業の利益擁護者である自民党政権を崩壊させることが必要だ。

 安倍晋三のような弱者に対する同情がカケラもないような、金持ちのボンボンがトップにいては、我々の生活苦は激しさを増すばかりであり、何よりも、安倍のせいで何が起きているのか、国民に周知させることが必要だろう。
 安倍に騙されている若者たちに、真実を理解させる努力が、我々に求められている。

 本当に必要な社会は、ストレスを感じない暖かい社会であり、怒って手を出す前に、論理的にものごと深く解決できる知性を身につけることである。
 「悪いことをすれば殺してしまえ」と、日本人の死刑賛成者が9割を超えているという。こんな知性のない人々ならば、家族への虐待も減るはずがない。
 何よりも、子供たちに本物の知性を!

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