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本当に役に立っているもの

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 前々から、人類の発明ランキングなんて考え方には強い疑問を抱いてきた。
 それは、人類における「発展、あるいは上昇」という側面にしか光が当たっておらず、やがて必ず来る、「衰退、下降、そして滅亡」という約束されたプロセスにおける意味を理解していないからだ。

 例えば、誰でも「人類の偉大な発明」として、自動車・宇宙開発・核開発なんかを挙げるんだけど、私は全然、そうは思わない。
 あたかも、それらが、人類を無限の発展、上昇に誘ってくれる魔法の杖であるかのような幻想に包まれているのだが、真実とは大きくかけ離れている。

 すべての事物存在、現象とプロセスには、上昇があれば下降がある。進化があれば衰退がある。発生があれば滅亡があるという理屈が「弁証法的世界観」である。
 この「弁証法」を理解できていない人にとっては、「必ず訪れる人類の滅亡」と言ったって、何のことやらチンプンカンプンだろう。

 しかし、弁証法は、「この世に生まれたものは必ず滅びる」と祇園精舎の鐘の音のような世界の本質を教えてくれるのだ。
 弁証法を理解する者は、人類の滅亡を視野に入れて、ものごとを考えることができる者である。何も難解なものではない。ただ世界を直観して見える法則のことを言っている。
 現在の自民党や資本主義体制を賞賛する者たちの誰一人として弁証法を理解していないのだから、「役に立つもの」という概念も、自分の強欲を満たすという意味以外は分からないわけだ。

 易しすぎて分からない弁証法は置いておいて、具体的に見てゆこう。

 自動車は、「車輪」を発明した人類が、その延長上に必然として行き着く一つの果実であり、人類の生産力の向上に決定的な役割を果たしたのは事実だろう。
 しかし、エンジン付き車両よりも、私にはエンジンなしの車両、つまり自転車の価値の方が大きいように思える。

 人類が、進化と上昇だけを価値と思い込んでいる資本主義的価値観のなかでは、社会を合理化し、生産力を高めるアイテムとして、自動車は欠くべからざるものだと誰もが思うだろう。
 しかし、それは、資源や生産体制、社会的差別の価値観のなかでのみ有効であって、滅び行く社会のなかでは意味を持たなくなると理解すべきである。

 もしも、現代社会が原動機付き車両への過剰な幻想にとらわれず、人がゆっくりと漕いで進む自転車の持つ価値を正しく評価できていたなら、この社会は、ロールスロイスやレクサスなんて、つまらない贅沢車への軽薄な信仰から自由になって、平等で平和な社会を築くことができていたような気がしてならない。
 つまり、贅沢車両を所有して、貧乏人を見下すような、つまらない差別社会ではなく、誰もが平等と自由を謳歌する社会が成立していたと思うのだ。

 化石燃料は有限であるから、いつか枯渇する。原子力発電は、世界に地獄をもたらす。太陽光も風力も、実は、莫大なエネルギーを浪費しなければ成立しない代物であって、結局、電力も浪費という呪縛から解き放たれて、節約と人間社会に必要最小限なエネルギーという視点に収束してゆくのは間違いないところだ。

 このとき、自転車が人類にとって最大級の役割を果たすと私は思う。だから、私は自転車こそ、人類最高の発明であると評価するのだ。
 その本当の価値が誰の目にも見えるようになるのは、やがて人類が進化を失って衰退して行くプロセスにおいてである。我々は、滅亡の直前まで、筋肉活動を合理化してくれる自転車に頼り続けることだろう。

 核開発というのは、結局、「究極の人殺し技術」にすぎなくて、平和で豊かな人類社会への貢献は、何一つなかったと私は考える。それは人々を脅し、大量に殺すことだけのものであった。
 そして、遺伝障害を引き起こし、人類を滅亡に追いやるパンドラの箱を開けたにすぎなかった。

 「争いに勝ちたい」とする素朴な要求(あるいはコンプレックス?)が、「より強大な兵器」を求める心情を生み出し、効率的に人を殺せる兵器の開発が進んだのだが、その究極的到達点が核兵器だろう。
 「強大な核兵器を保有し、いつでも大量殺人をやれるぞ」という恫喝と殺意が、人類社会に何をもたらしたのだろう?

 他人を脅し、睥睨して、「自分たちは強い」と酔いしれることに幼稚な快感を抱くアメリカ流の自己陶酔が、どれほど醜く愚かな価値観か? 分かる人は未来を生み出すことができ、分からない人は未来を滅ぼすだけの人だ。

 日本政府は、保育園児のケンカなみの、恫喝価値観に追従し、自分たちも核武装しようとして、福島第一原発の巨大事故を引き起こした。
 数百万人、数千万人という人に残酷な健康と生活費の負担を押しつけて、挙げ句、人類遺伝子の未来を暗黒に塗りつぶした。
 核兵器というものは、世界に平和をもたらす軍事均衡なんて屁理屈は、吐き気を催すほどの稚拙で真っ赤なウソであり、本当は、たくさんの利権のしがらみの結果、原子力産業として成立し、利権が核武装を要求するのだが、これがもたらすのは人類滅亡だけである。

 人類滅亡後に、「何が原因で人類が滅亡したのか?」という問いに対しては、霊魂になった我々は、「核開発」を真っ先に挙げることになるだろう。
 我々が「有限社会」に住んでいるという現実を見落としたまま、資本主義の無限の発展を前提したランキングを見てみよう。

 このサイトなんかは、なかなか内容に説得力がある。
  https://zatsugaku-mystery.com/greatest-invention/

 ここでは、【カテゴリー古代】①車輪 ②金属 ③酒 ④縫製 ⑤麻酔 が挙げられていて、とても説得力があって、大きな文句はつけられない。
 しかし、不足しているものがあり、それは農業と畜産、そして住居である。組織的農業は、人類社会にとって、もっとも基礎をなす要素であり、「人がいつから人になったのか?」という問いに対し、「農業を成立させてから」というべきだろう。

 【カテゴリー中世】①印刷 ②火薬 ③レンズ ④数字 ⑤紙  これも重大なものばかりで、文句はつけにくいが、強いていえば、料理や寝具、それに家族も加えるべきかもしれない。

【カテゴリー近代】 ①蒸気機関 ②飛行機 ③電話 ④鉄筋コンクリート ⑤輸血
 まあ、分からないでもないが、いずれも、資本主義社会の発展のために必要だった技術である。
 コンクリートは、古代ローマで、すでに発明されていて、強度も耐久性も、現代のものはローマに及んでいない。 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%AD%E3%83%BC%E3%83%9E%E3%83%B3%E3%83%BB%E3%82%B3%E3%83%B3%E3%82%AF%E3%83%AA%E3%83%BC%E3%83%88

 蒸気機関は「原動機」というくくりだが、いずれも化石燃料に依存しており、私には人類にとって本当に大切な発明だったとは思えない。
 先に自転車のところで書いたように、本当に大切な発明は、化石燃料に頼るものであってはならず、「人力を効率的に生かす」というものだと信じている。

 【カテゴリー現代】 ① コンピュータ ②インターネット ③人工衛星 本当にそうだろうか?
 冒頭に引用した弁証法というのは、一つの側面と、それに対立する側面が融合して、一つの事象が成立することを明らかにしているのだが、要するに、ある発明が、便利さをもたらしてくれた場合、その対極に、同時に不便さも生み出すという本質を意味している。

 コンピュータを手放しで礼賛する前に、コンピュータのもたらしたIT・AI社会が同時にもたらす影の部分を明らかにすることなくして、本当の意味でコンピュータを理解することにはならないのだ。
 コンピュータによって便利になれば、その分、人間の根源的な能力を奪うことになる。コンピュータが社会に展開するまでは、あらゆる現象を自分で体験し、それから法則性を見いだし、自分の力で問題を解決するという「科学的方法論」が誰にも求められた。
 しかし、コンピュータが、情報収集から整理、問題解決まで一気にこなしてくれるため、人間はコンピュータとの対話オペレーションだけが求められるようになった。
 これによって失った「人間としての基本的能力」は計り知れないのだ。

 インターネットも同じだ。世界中の情報が居ながらにして手に入る。一見、便利で、実際にも便利なのだが、このことによって、「自分で探す」という大切なプロセスが失われていった。
 私は、ネットが普及するまで、情報源としては古本屋を大切にしていた。週に数回は、古本屋を回るのがルーチンワークになっていたのだが、アマゾンがネットで古本を媒介するようになってから、このルーチンは途絶えた。
 しかし、今になって、当時のルーチンが自分の人生に与えていた大きな力を思うと後悔しかない。自分の足で情報を探すという仕組みは、「知の世界」への大切な入口だったのだ。足を使わなくなれば、それは萎えてゆく。足がいらない……それは恐ろしい現実だ。

 人工衛星が現代最大級の発明だって?
 それはウソだよ。人工衛星はGPSデータを取るのに必要欠くべからざる存在ではあるが、私は、いまだにGPSナビゲーションには頼らない。
 若い頃から、「地図を読む」という古典的な能力を磨いてきたから、どんな知らない土地でも地図があれば行けるし、また民俗学の知識から、周辺の地形を見ただけで、どこに道路ができるか、どこが近道かも予想することができる。

 人工衛星というのは、純粋に戦争のためのアイテムである。日本が一生懸命開発しているロケットも、本当の役割はICBMミサイルの開発であり、人工衛星は、戦争に必要なデータを取るためのものであり、人間社会の健全性には、あまり意味のないものなのだ。

 私が、このブログで、何十回も警告してきたのは、現代社会は電子機器に頼り過ぎて、人間としての原始的、基本的な能力を失ってゆくため、ある瞬間に、そうした電気・電子インフラが壊滅した瞬間に、何もできずに右往左往して自滅することになることだ。
 具体的には、北朝鮮が、国家滅亡の最後っ屁として、EMP爆弾を日本上空で爆発させるかもしれない。

  http://tokaiama.blog69.fc2.com/blog-entry-411.html

  http://tokaiama.blog69.fc2.com/blog-entry-684.html

 その瞬間、つまり、日本上空350Kmで数メガトンの水爆が爆発したとき、直後に人的被害は、機械で生かされている病人以外あまり出ないが、電気・電子インフラが壊滅し、コンピュータもネットも、ただのガラクタになる。
 ありとあらゆるインフラも停止するので、ガソリンがなくて移動もできない。食料も買えない。だから、日本社会は、いきなり明治末期の社会になってしまうのだ。

 このとき、本当に役に立つのが、人間としての野生の能力である。
 葛や山芋や百合の根を掘って食料とする。清浄な水が流れている場所を探す。火を起こして暖を取り、食料を煮炊きする。
 これこそが、実は、コンピュータ社会といいながら、人間にとって一番必要な基本的能力なのである。

 私が、「自転車こそ人類最大級の発明だ」と書いている理由は、こんなとき最高に役立つアイテムだからである。
 その普遍的価値は、道路というインフラがある限り途絶えることはない。
 「本当に人類に役立つ価値」というとき、現代文明が崩壊しても衣食住、交通の基本アイテムとなりうる価値である。

 自転車に次いで大切な道具は、畑を耕し、あらゆる土木工事をこなせるスコップである。EMP爆弾が炸裂した後は、パソコンはガラクタになるが、スコップは金よりも貴重品になることを理解すべきである。
 後は、戦前に使われた非電動工具類、ノコギリ、玄翁、カンナなどだ。こうした道具さえあれば、我々は、次の時代を生み出すことができるのだ。

 まあ、発明という視点からは、洗浄便座なども挙げておきたかったが、これはEMPで使えなくなる。だからスコップやノコギリの方が価値が高い。
 しかし、何よりも、素っ裸の人間として生き抜いてゆける能力こそ、人がもっとも必要とする価値であることを我々は考え直さなくてはならない。

 https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20190528-00010003-storyfulv-n_ame

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