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豚に歴史がありますか? 

カテゴリ : 未分類
何! 大変な情報 幸福の科学大幹部の及川からだが……
 https://www.youtube.com/watch?v=bhNXofpLViI

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 福井県にある勝山平泉寺神社といえば、養老元年(717年)、泰澄によって開山された苔の美しさで知られる有名な寺だが、半世紀以上も前に、第四代宮司となった平泉澄の実家でもある。(廃仏毀釈までは神社ではなく、寺として扱われた)

 その平泉澄は、東京大学史学部の教授で、戦前の大日本帝国史観=皇国史観を完成させた人物として知られる。
 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B9%B3%E6%B3%89%E6%BE%84

 平泉澄による万世一系皇統説=皇国史観は、とっくの昔に歴史学会から追放されたはずなのだが、近年、日本会議系の研究者から、ゾンビのように蒸し返され続けるようになった。

 現在の安倍政権を支える思想団体として、生長の家の創始者、谷口雅春によって創設された日本会議が有名だが、その前身である「日本を守る国民会議」を創設したのも、平泉澄である。
 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%97%A5%E6%9C%AC%E3%82%92%E5%AE%88%E3%82%8B%E5%9B%BD%E6%B0%91%E4%BC%9A%E8%AD%B0

 平泉澄理論は、今や、歴史学説としては、粗大ゴミに等しいのだが、彼の言葉で、近代史のなかで光り輝いている一節がある。
 それが「豚に歴史がありますか? 百姓に歴史がありますか?」である

 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%AD%E6%9D%91%E5%90%89%E6%B2%BB

 植松聖が、相模原やまゆり園で障害者19名を刺殺した理由も、平泉以来、連綿と続く、民衆を豚と決めつける差別、見下しの権威主義的価値観に煽られた結果であろうと、私は考えるのだが、そんな差別序列主義を再興させようという勢力が、日本会議であるといってもいい。
 以下は、日本会議系のサイトが、平泉を評価する一節である。
 http://blog.livedoor.jp/kokoku2700/archives/27499534.html

 我々がしっかり見ておかねばならない点は、平泉澄の実家、平泉寺は高句麗を代表する帰化人であった三隅安角の子、泰澄が開山したものであり、平泉家が帰化人の直系子孫であった事実は隠しようがない。
 http://w2223.nsk.ne.jp/~toramoto/rtdhs.htm
 その帰化人末裔の平泉澄が発明した天皇家万世一系説には、朝鮮渡来という歴史的事実を消してしまいたいという澄の心根が含まれていると考えるしかない。

 このところ、YouTubeで頼んでもいないのに優先的に配信される日本会議系ネトウヨによる天皇史観讃美のコンテンツが実に多いのだが、多くは、平泉皇国史観を土台にしているといってよいし、武田邦彦や宮脇淳子らの学者まで動員して、皇国史観を煽っているように思える。

 https://www.youtube.com/watch?v=KrBJGSOsxpE&t=688s

 https://www.youtube.com/watch?v=PUwbmKopZyQ

 https://www.youtube.com/watch?v=7DK8zIy2Fzg&t=38s

 皇国史観というのは、一言でいえば天皇家は万世一系であって、純粋に日本列島に誕生し、帰属する存在という妄想である。
 だから、天皇の先祖が、騎馬民族として朝鮮半島からやってきたなんていう学説は、DNAをねじ曲げてでも否定し、2600年前に突如、高千穂に降臨したなんて空想を後生大事に信じ込んでいて、同時代に呉越戦争の敗者である、蘇州呉国民が有明海に上陸したなんて話は、絶対に触れようとしない。

 それゆえ、宮脇淳子なんてのは朝鮮史研究者としても一流であるにもかかわらず、百済人、弓月氏=秦氏が、日本列島に移住してきたなんて真実は、口が裂けても言わないし、天皇家が高句麗女真族だなんて、悪い夢でも見ているようにしか思えないのだろう。

 https://www.nicovideo.jp/watch/sm18952437

 ここで明仁天皇が述べている桓武天皇の生母とは、高野新笠のことだが、彼女が百済の武寧王の子孫であると続日本紀に記録されている。
 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%AD%A6%E5%AF%A7%E7%8E%8B

 上のリンクに書かれているように、武寧王は日本に渡来したと思われ、本当に百済に帰国したのかははっきりしない。
 私個人の考えとしては、武寧王の子であったはずの継体天皇の血族(娘か孫か)であったように思う。いずれにせよ、朝鮮にあった百済という国家が、天皇家の血脈に大きく関与している証拠は、日本書紀、続日本紀などに、たくさん出てくる。

 また、私は、当時の主要交通は海路・水路であり、朝鮮半島南岸や日本南西沿岸を含む、広い範囲で、交易国家が成立していたと考え、それこそが倭国であると考えていて、我々の想像をはるかに超えて、古墳時代の海路交易が大規模に行われていたと思っている。それならば、古代史に描かれた、朝鮮・日本の交流もリアルに理解可能である。

 渡来人が最初に登場するのは、日本書紀の弓月の君の記述であり、これは応神14年=AD300年前後? 古墳時代のことだ。
 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%BC%93%E6%9C%88%E5%90%9B
 
 ここに、弓月氏が絹織物を作る技術を持っていたことからハタと名乗ったと書かれているとともに、弓月君は百二十県の民を率いての帰化を希望し、実現したとの記述がある。
 百二十県を、額面通りに受け取れば二十数万人になるが、日本列島に人口が100万人くらいしかいない時代の20万人は多すぎるものの、日本史を左右するほどの民族大移動があったことは間違いないであろう。
 http://honkawa2.sakura.ne.jp/1150.html

 これが、江上波夫の騎馬民族征服王朝説の根拠となる文献上の大きな証拠なのだが、なぜか、最近のネトウヨ系歴史学者たちは、江上波夫説を否定するのに躍起であり、騎馬民族説はDNA解析によって否定されたと主張しているが、私は、自分の目で生データを確かめられないかぎり、まったく信用していない。
 https://ameblo.jp/shimonose9m/entry-12264922328.html

 江上波夫を歴史の外に追いやろうとしている者たちは、天皇家が朝鮮=百済からやってきたという史実を、万世一系皇国史観を崩壊させるとして、どうしても認めたくないから、人格も含めて否定してしまいたいように思える。

 皇国史観を持ち出そうとしている最近のネトウヨ系史学者の誰一人として、百済国が天皇家の直接の祖先であることについて触れようとしない。
 だが、武寧王が日本と直接の深い関わりを持っていた史実を否定することなど、絶対にできないし、文献上の記録が少ない問題については、天武天皇や藤原不比等による焚書によって説明可能である。
 https://plaza.rakuten.co.jp/kodaisi/diary/201302060001/

 騎馬文化を持ったツングース系統の民族が古墳時代に、突然、日本列島に登場し、日本の伝統文化・民俗を根底から変えてしまうという騎馬民族征服王朝説には、高句麗系女真族の遺伝的、民俗的継承という観点からも、壮大で強烈な説得力を持っている。
 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%A8%8E%E9%A6%AC%E6%B0%91%E6%97%8F%E5%BE%81%E6%9C%8D%E7%8E%8B%E6%9C%9D%E8%AA%AC

 http://www.ne.jp/asahi/davinci/code/history/japan/index2.html

 批判した佐原真などは、枝葉末節に拘泥し、最初から平泉皇国史観を守ろうとの姑息な意思しか感じられない。以下引用
 【馬は神経質な動物であり、当時の船による大量輸送は不可能であって、現に13世紀の蒙古襲来の際にもモンゴル・高麗連合軍は軍馬をまったく輸送していない】

 対馬海峡の荒海を臆病な馬が渡航できるはずがないなど、ウィキのリンクにも、実に下劣な否定論ばかりが引用されているが、例えば、対馬海峡の日本海は、対馬と釜山を、わずか50Km、安定した双胴船に馬を乗せて、一日の工程で渡航できる事実に触れていない。
 当時の倭国は沿岸交易の国家であり、回航技術は一流だったはずで、動物移動用の双胴船も発明されていたし、江上の壮大な構想を否定するには、あまりにも矮小な屁理屈ばかりである。

 皇国史観に惹かれる歴史研究者たちは、冒頭に引用した平泉澄の格言「豚に歴史がありますか?」の思想から一歩も前に進んでいない。
 最初から、底辺の人々が歴史を作り出している現実は見ようともせず、権力者と文献だけが歴史であるかのように勘違いしているのだ。

 だから、内陸交通が乏しく、沿岸交易主体だった時代の特性に想像力が至らない。
 「倭国」を、近代国家のように、領土があって王権があると勘違いしているから、沿岸交易こそが国家の本質であることを、どうしても理解できず、当時の倭が、朝鮮半島南岸や九州山陰沿岸をも含んでいたことを理解できないのだ。

 その後、百済人=騎馬民族が日本に流入して、馬による交通、移動を始めて、五畿七道を設定し、東山道を開拓して、西日本から内陸交通(駅馬制)によって東北に展開した経過をリアリティをもって理解していない。
 それもこれも、歴史学が、民俗学を軽視し、文献史学に偏っている弊害が、誤解を生み出しているように私には思える。

 なんどもいうが、「豚に歴史がありますか?」なんて勘違いしてる人物は、歴史研究の資格がない。歴史を作り出しているのは、最底辺の民族移動である。それは決して著名な権力者や歴史記録とともにあるわけではない。
 歴史研究で、一番大切にすべきなのは民俗学である。欧米では、歴史学者が民俗研究を無視することなどありえないのだ。
 だから、私は、宮本常一や、近藤正二の出版物を、他のどんな歴史文献よりも貴重なものとして大切にしている。

 歴史の真実を非破壊検査のように、あぶりだすのは、民俗学をおいて他にはない。
 ぜひ、第二第三の宮本常一が登場してくれることを期待している。

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