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もしかしたら、指定難病の間質性肺炎は治るのかもしれない

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 2012年、今から7年前に、我が家の前の池や浄化槽に、もの凄い量の微少ユスリカが湧いた。
 一日のうち、数時間程度ではあるが、外に出て呼吸もできないほどで、厳重に封鎖したはずの室内に入り込んで死骸が積もった。

 なぜユスリカが突然湧いたのかは、いまだに原因がはっきりしないが、向かいの池で正体不明の小動物が争って死骸が池の中に沈殿していたことや、我が家の浄化槽の処理が不完全であったことが関係しているかもしれない。
 浄化槽は自作で、EM菌で完全浄化し、15年間にわたってくみ取りは一切していない。排水槽には生物指標として金魚を飼育していた。

 ユスリカの幼生であるアカムシは、この金魚たちが食べてくれるはずだった。
 しかし、ときどき、トイレにサンポールのような滅菌性洗剤を使ったりすると、生物浄化作用が損なわれて汚泥が出ることがあった。
 またEMBCが高価すぎて使えず、EMしか使えなくなったことも関係しているかもしれない。

 EM培養液には、EMBC培養液のように奇跡的な「複合発酵」を起こし、数時間ですべての汚泥が消えてしまうような劇的な浄化効果は存在しなかった。
 また、近所に棲息するサギ類が金魚を狙うようになり、根こそぎ食べられてしまうことも増えていた。

 ユスリカは、水質が悪化して、有機質が増えた池水などに繁殖しやすいといわれる。いわば、自浄作用で、ユスリカが水質中の窒素化合物を池の外に出す役割があるとも書かれている。
 後に、デミリンという薬が、ユスリカの脱皮を阻害して、発生を阻止することを知り、手放せなくなった。今でも年間数十錠は使っている。

 最初のうちは対処法が分からずに、浄化槽に薬剤を投入してしまうと、浄化機能が損なわれると心配するばかりで困っていた。
 また、刺すわけでもなく、ただうっとおしいだけのユスリカは、我慢してれば、そのうち消えてゆくさという楽観もあった。

 しかし、やがて、奇妙な喘息発作が続くようになり、呼吸に障害が出ることを自覚しはじめた。
 夜間、喘息に特有の「ヒューヒューゼイゼイ」音を気管支が発するだけでなく、「ブツブツバリバリ」というような、これまで経験したことのない音が出るようになった。
 いったん発作が起きると、激しく咳き込み続けて、朝まで寝ることもできないほど苦しく、酒を飲んでも駄目、かろうじて、喘息発作用のコデインを含む甘いアンプル剤だけが効いた。

 私は週に一回は近所の山を散歩していたのだが、それまで1時間で登れたような瑞浪の屏風山や笠置山でさえ、倍近い時間がかかり呼吸困難で苦しむようになった。
 それどころか、畑を耕したり、荷物を移動したり、あらゆる日常動作で息切れを来すようになってしまい、寝るときさえも呼吸が苦しいときが増えた。

 ネットで調べて見ると、どうも「間質性肺炎」になったらしかった。これは特有のベルクロラという呼吸音があると書かれていて、まさにその通りだった。
 http://www.jrs.or.jp/modules/assemblies/index.php?content_id=122

 そこで、さまざまな情報を深く調べてゆくと、ほとんどの症状が私に合致していた。 その原因については、昆虫の死骸アレルギーも含まれていて、ユスリカ喘息アレルギーを何年も続けていると間質性肺炎を引き起こす可能性があると書かれていた。

 私は西洋医学に対する強い不信感があって、漢方薬を多用していたのだが、悪いことに、これらも生薬アレルギーから間質性肺炎のリスクが大きいとされていた。
 さらに悪いことに、間質性肺炎は肺繊維化症という別名もあるのだが、他の臓器に繊維化があると、肺も含めて繊維化が拡大しやすいとも書かれていた。

 実は、私は当時、病気のデパート状態で、子供の頃から尿に蛋白が出ていたことから、腎臓の排泄機能が悪く、痛風に苦しんでいたし、酒の飲み過ぎで、顔に蜘蛛の巣血管が浮いたり、顔が赤くなったり、もの凄い疲労感や、異様に腹が出てくる腹水や足のむくみなど、たくさんの肝臓繊維化症状も抱えていて、追い打ちをかけるように、2年近くにわたって血尿が続き、前立腺障害から排尿にも圧迫感など不便を感じていた。
 自分でも、これで、よく生きてるなと不思議だった。

 現在まで生きていられる最大の理由は、たぶん週に一回以上は欠かさない山歩きのせいだろう。痛風のアロプリノールや、前立腺障害抑制剤のシテロンなどは、毎日必ず服用している。あとはボケ防止のDHA錠剤だ。
 それも間質性肺炎を患ってからは、わずかな登りでも、まるで蒸気機関車のように激しく呼吸しないと登れないほど呼吸力が悪化していた。

 間質性肺炎の症例を詳しく調べると、とんでもないことが書かれていた。
 呼吸にバリバリ音が聞こえるようになってからの余命は、最大60~70ヶ月で、肺癌よりも予後が悪いというのだ。
 つまり、おおむね最大で6年程度しか生きられないと……。
 すると、発症が2012年として、2018年には死ぬことになるはずだった。

 http://www.nanbyou.or.jp/entry/156

 ただし、これは「特発性間質性肺炎」のことで、発病原因が不明である場合を言う。私のように、ユスリカの死骸によるアレルギーや、漢方薬で発症した場合も「特発性」になるとは明確に書かれていなかった。
 これを見て、さすがに死を覚悟し、身の回りの整理を始めたのだが、疲労困憊して、 何もできない日々が続いた。

 私は、医療に対し強い不信感を抱いていた。
 私の痛風は、長年の山歩きのせいで膝から始まったのだが、「痛風は足の親指だけ」という既成観念に囚われた医者ばかりで、これを痛風と診断されたのは、山仲間の医者によって発症から数年も経ってからのことだった。

 子供の頃から、尿に蛋白が出ていたので、医者から「いずれ慢性腎炎になるから強い運動は避けよ」と言われていたのだが、これもウソだった。
 今では、腎臓病は安静にしてはいけない。毎日強めの運動をすることで、繊維化して回復しないはずの腎臓が回復することが明らかになった。
 https://www.m3.com/open/clinical/news/article/673527/

 こうして、いろいろ調べると医療というのは、病気を治すよりも悪化させて検査や治療することで命を奪われることの方が多いとの指摘が非常に増えている。
 https://gendai.ismedia.jp/articles/-/868

 https://lrandcom.com/natural_healing/

 また、基礎中の基礎である医学常識にも、大きな誤りがあったことが、近年たくさん明らかにされている。
 例えば、皮膚に怪我をしたとき、従来の常識では、殺菌薬(エタノールやオキシドール)で患部を洗浄して、マーキュロクロムやヨード剤で消毒し、しかるのち殺菌湿潤薬で覆って酸素を通す包帯で覆い、回復を待つというものだった。
 ところが、最近の常識は、(とりわけ大病院では)、患部をただの水道水で洗浄して、消毒薬を一切使用せず、外気を遮断する密封療法を行うのである。この方が、古い治療法の10倍も回復が早く、しかも負傷跡が残らないのだという。
 
 これじゃ赤チンを多用してきた私たちの常識何だったのだ?
 とくにショックだったのは、慢性腎炎を患った場合、必ず食事制限と運動制限を強く要求されてきたのだが、これも完全に間違いで、例え深刻な慢性腎炎であっても、毎日の運動療法に有効性があるのだという。
 運動していれば、腎臓は回復してゆくのだといいう。これじゃ、透析になってしまった数百万の人々が救われない。

 この基礎理論も、現代医学からさえ嘲笑的に追放されてきた千島学説や小保方STAP細胞理論では自然な姿であって、これまで人間の細胞に可逆性はないと思われていたのが、運動などの刺激で、繊維化してしまって二度と戻らないと言われてきた細胞や、ステージ4の癌細胞でも、元の健全な細胞に戻すことができるようなのだ。

 これは、私が若い頃学んだ、「気功」の原理からいうと、人体の病気は、すべて気の流れが滞ることから始まっているので、悪化した細胞も、気・血の循環を高め、気を流すことで元の健全な細胞に戻るのは、非常に自然な姿なのである。

 そこで、私は病気のデパートのようになってしまった自分の体を、歩行気功によって、歩きながら気の循環を高めることで元の健全な姿に戻そうと考えた。
 毎日、(豪雨などで、どうしても行けない日が月に1・2日あるが)必ず、近所の山道を1~2時間、標高差にして200m前後、歩く「治療」を開始したのが、今年に入ってからだ。

 最初のうちは、とにかく呼吸が苦しくて辛かった。オキシパルスメーターを購入すると、平常でも95程度、山を歩き出すと90を割ってしまい、立ち止まって回復呼吸をしなければ歩けなかった。
 最初の数ヶ月は、ほとんど何も変わらないように見えた。毎日、蒸気機関車のように呼吸して喘ぎながら坂を登ってゆくのだが、これはまさに苦行というしかなかった。

 しかし、山から帰ると、平常の値が97を超える正常値になり、普段の呼吸が楽になった。
 ほぼ半年を経過した頃から、機関車のような呼吸をしなくとも、普通の荒い呼吸で登れるようになってきた。
 今では、昔、富士山を五合目から2時間で登った頃のような訳にはいかないが、なんか、発病前と変わらない程度ではないかと思うようになった。
 もちろん、日常生活での息切れも非常に少なくなった。

 間質性肺炎は絶対に治らない。かかれば五年で死ぬと医学書に書かれているのに、昔のように、大きな苦痛もなく山を登れるようになってきたのである。
 間質性肺炎は、どんどん進行し、急性増悪という現象が起きると、突然悪化して、死に近づくことになっている。
 それを予防するため、ピルフェニドンやニンテダニブという薬を服用するのだが、肝臓毒性があるし、病気を治療するのではなく、悪化を半分程度に食い止める作用しか期待できない。
 発症から4年もすると、オキシ値が90を割り、酸素の補給が必要になる。そして、急性増悪の恐怖に怯えながら、酸素を頼りにやっと生きているという状態になってしまう。
 体内の酸素値が減れば、低酸素を好む癌細胞が勢いづくことになり、事実、間質性肺炎患者には肺癌に進行する者が非常に多いとされている。

 私は、バリバリ呼吸音の発症から8年以上を経ているが、とりあえず酸素も必要なく、逆に、呼吸の機能も明らかに回復しつつある。
 これは、最初から「特発性」ではなく、普通のアレルギー性肺炎だったのかもしれないが、それでも、毎日悪化してゆく恐怖から抜けだすことができたことで、同じ苦しみを持つ読者の一助になれば幸いである。
 
 また、しょっちゅう腎臓が悪化して、尿量が減って腎炎の恐怖に怯え、五苓散という利尿剤が手放せなかったのだが、呼吸能力の回復とともに、尿量も正常化している。
 ただ、前立腺(癌)による排尿圧迫を避けるための男性ホルモン遮断剤服用は、もう6年間も続けている。これも、副作用があって体が女性化してゆくのである。
 しかし、そのおかげで、痛風発作もほとんどなくなってしまった。

 今は、医療を信用せずに、「気の治療」つまり、なんでもいいから歩くことで、全身に気を巡らせ、万病を治してゆく方法を実践して非常に良かったと思う。
 なお「気の歩行治療」は、ちょっと苦しい標高差100m以上で最低でも1時間以上は、野山を歩かなければならないそうだ。
 野山には、自然界の植物の気が満ちていて、気づかないうちに自身の気の質を高めてくれると気功師が言っている。

 医師のなかにも、治らないとされている間質性肺炎は治ると断言している人もいる。
 それは、片肺切除手術を受けた人の、もう一つの肺が、術後、肥大化してゆくこと。
 人間の自然治癒能力が作用して、失われた肺胞が外部刺激によって復活すること。これまで使われていなかった肺胞予備軍が活動し始めると指摘している。

 一番まずいのが、権威ある医者を信じて、「安静にしていなさい」といわれ、刺激のない安寧な生活スタイルに埋もれることだ。
 医者を信じてはいけない。自分だけを信じ、病気は、必ず「気の医療=歩行気功」によって回復してゆくと確信し、毎日、緑のなかを歩き続けることが必要なのだ。
 もう一度言うが、私が、毎日歩き始めて呼吸能力回復を実感できたのは、半年も経てからのことだった。
 決して、簡単にあきらめてはいけない。

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