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 霊との遭遇

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 私の家から車で30分程度で、恵那市笠置山の8合目駐車場(海抜950m)に行くことができる。
 山頂は1120mくらいだから、駐車場から標高差170m、およそ45分程度で、山頂まで歩いてゆくことができて、帰路も30分程度だ。
 登山道を使えば、往復15分は短縮できるが、夏場はアブやブヨが多くて鬱陶しいので、9合目まで作られている車道を利用するほうがよい。
 きれいなトイレも二つあって、用足しには心強い。ときどき内緒でトイレの掃除もしている。
kasagiyama2.jpg

 
 大分前から肺機能に深刻な障害が出て、呼吸トレーニングのために、このルートを、年間、数百回は歩いている。朝、5時過ぎに自宅を出て、8時には帰宅する。
 昨年は、高峰湖遊歩道を歩くことの方が多かったのだが、棘草の藪がひどくなり、マムシとの遭遇が増えたので、今年は笠置山に行くことの方が多くなった。
 ここは標高が1000m前後と高いので、夏場は涼しくて歩きやすいのだ。ただし、全身にハッカ油スプレーをたっぷりかけないと、アブ・ブヨにひどい目に遭う。

 こちらに移住したのが2003年で、通算では、たぶん1000回以上は、笠置山のさまざまなルートを歩いている。
 10年以上前までは、笠置山のようなパッとしない低山に来る人は少なくて、山頂近くまで車道が整備されているし、あんまり面白い山ではなかったのだが、その後、ボルダリングに最適な岩がたくさんあることが知られ、最近では、休日にボルダークライマーが数十台も車を連ねてやってくるようになった。

 私も若い頃は、屏風山Pや御在所、南山などに通い詰める日曜クライマーの端くれだったのだが、交通事故で鎖骨が偽関節になってから登れなくなって、とても残念な思いをしている。
 もし体が正常なら、笠置山の岩場に詳しい私が、たくさんの新ルートを開拓するのだが。

 移住前に、初めて登ったのは30年以上前だが、このときは姫栗登山口から3時間以上かけて登ったように思う。このときは、まさか、この山を千回以上も歩き回るなど予想もしていなかった。

 登山口は、姫栗の他、蛭川口、中野方ダム口、廃道になっている中野方口、月光寺ルートなどがあり、バリエーションもそこそこ多い。
 中野方ダムルートは、長い尾根道で、ところどころ熊の糞が落ちていて、いつ出会うかと薄気味悪い。カモシカや鹿との遭遇など、全然珍しくない。
 この数年、9合目駐車場のすぐ上にも、しょっちゅう熊の糞が現れるようになり、鈴をつけないと怖い思いをする。

 熊糞は、熊が昔、肉食動物だった時代の痕跡で、消化管が短いため、内容物が未消化で残ることが多く、べちゃ糞になっているのが特徴だ。二日もすると、酵母が含まれていて発酵し、真っ白のカビだらけになってしまう。
 新鮮な熊糞を見つけると、登山道に近寄らないように、念のため爆竹を鳴らしておく。すると半月くらいは新しい糞が姿を消すのだ。

 笠置山周辺では、熊の目撃情報が、年間数十回もあって、今年は、蛭川口JT別荘地のイノシシ罠檻に小熊がかかった。
 親熊が心配されたが、結局発見できず、小熊は、そのまま笠置山に放された。
 糞の大きさから、山頂付近に出没する熊は、20K前後の小熊のもので、たぶん、この熊だろうと予想している。

 山頂には立派な笠木神社の奥社が作られていて、そこから向こう側に降りると、ヒカリゴケの洞窟がある。
 30年前に来たときは、洞窟の全部が光り輝いて荘厳な光景だったが、十数年前から盗掘者が増えて、ヒカリゴケが盗まれるようになった。一時は光ってる苔が存在しない絶滅状態にさえなった。
 ヒカリゴケは、洞窟の特殊な環境条件でしか生育しないので、持ち帰っても枯れてしまうだけだが、増殖させて一儲けを企むアホがあとを絶たない。
 最近、少しずつ復活しているのが救いだ。

 もう十数年も登り続けているので、たくさんの参拝者や登山者を見てきた。
 そのなかで、本当に奇妙な人と遭遇したことが今日の主題だ。
 実は、私には弱いながらも霊感があって、山頂のベンチで休んでいると、ときどき、頭のなかの霊視スクリーンに、鮮明な人物が写ることがある。

 霊視スクリーンを説明するのは難しいが、仏壇の前で手を合わせているとき、亡くなった親族の顔が浮かんできたり、墓の前で死者が見えたりする類いのものだ。
 私の場合は、例えば事故の数ヶ月前に、自分が事故にあって骨折する姿が見えていた。
 
 神社の前で、何回か人間の顔が鮮明に見えて、「あなたは死んだのですか?」と問いかけると、泣きそうな顔で頷く姿を確認したことがある。
 そのときは30歳前後の若い男だった。もちろん、すぐに消えてしまう。
 笠木神社のような由緒のある古い社には、自分が死んだことを理解できない死者が救いを求めて寄ってくるのだろうと思った。

 なかには、新興宗教団体だろうか、ドラや鐘を鳴らしながら、どんちゃか山頂まで行進してくる集団もいた。全員が無表情なのが奇妙だった。
 それから、いったい何を目的にして登ってくるのだろうかと訝るような、不思議な姿の人も少なくない。

 あるとき、小柄で小太りの、暴走族風の若者が登山道を歩いていた。荷物は何も持っていなくて、てっきり車で来たのだろうと思った。
 その姿が不思議なのは、なぜか印象が希薄なのだ。とても話しかけたい雰囲気ではない。
 「こんにちは……」と、ちゃんと挨拶するのだが、私が先に下山してみると、9合目にも8合目にも、そのほか、車が止められそうなスペースの、どこにもバイクも車もなく、いったい、彼は、どうやって笠置山に登ってきたのか不思議だった。
 また、いつまで待っても、彼は下山せず、忽然と姿が消えた。
 他の登山ルートは、数時間もかかるので、飲料や食料、防寒具などの荷物を持参しなければ無理だ。
 それに、全体の雰囲気が、どうみても参拝者や登山者ではないのだ。まるで暴走族の青年(少年?)が、バイクを捨てて歩いてきたように見えた。

 彼を見たのは一度だけではない。同じ場所で、少なくとも2回以上は出会っていると思う。
 そこで、私は江原啓之の動画を見ていて、「ああ、彼は霊なのかもしれない」と思うようになった。

 https://www.youtube.com/watch?v=IQRkCpEyXvk

 そう思うと、辻褄の合うことが多かった。そもそも、車がなく、手ぶらで来られるような山ではないし、出会ったときの印象が、あまりにも奇妙で希薄だった。生きた人間らしいオーラが出ていなかった。

 江原に言わせると、生前の自分に未練を持っていると、死後も、例えばサラリーマンだったなら、雑踏を歩いたり、通勤電車に揺られたりという状態を求めて霊が人に見えるように姿を現すのだという。
 人に見られることで、自分が、この世につながっていると満足したいのだという。
 通勤電車には、そんな霊が、数十名も乗っている。彼らを追いかけていると、忽然と姿が消えるのが特徴だという。

 雑踏にも霊がたくさん歩いているという。霊も人恋しいのだろう。神社にはとくに多い。
 昔、タクシーの運転手をやっているとき、客から、この種の話をたくさん聞いた。
 名古屋市内で、よく霊が出ると評判の神社は、柳橋交差点から南に少し歩いた白龍神社、そして、中村区では環状線沿いの中島八幡社、ここは、鳥居の下に、いつでも霊が座っているのだという。
 目の前の環状線で自転車に乗っていてトラックに轢かれて死んだ老人がいて、彼が、自分を殺したトラックが通りかかるのを待っているのだと客が言った。

 江原によれば、霊は日常的に普通に姿を現しているが、誰も気づかないらしい。
 この世への未練の断ちきれない死者が大部分で、死後に、自分がかつて行った場所に現れて、生きている人に見てもらいたいらしい。

 その後は、満足して消えてしまうが、ときには、強烈な怨念を持った霊が、生きている人に憑依して悪さをすることもある。
 このとき、憑依する相手は、必ず「波動の合う霊」である。
 取り憑くのはオーラなのだという。死者に取り憑かれた人は、オーラが変わる。どのように変わるのかは、今のところ情報がない。

 私は、絞首刑で殺された凶悪犯が霊憑依したことに気づいたことがある。
 http://tokaiama.blog69.fc2.com/blog-entry-354.html

 宅間守は、池田小学校で8名の児童を殺害して、志願して短期間の待機で絞首刑になった。しかし、死後、「これは宅間だ!」と思った事件が、いくつも続いた。
 宅間の霊は、「児童=8名殺害」というワードで、自分がやったと誇らしげに示しているのだ。
 書いているうちに、波動が合ってきて気分が悪くなった。
 今日はこの程度にしておく。

 なお、明日から数日間、所要が多く、更新が困難になるかもしれません。

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