FC2ブログ

Entries

よきかな山々

カテゴリ : 未分類

 私が深田久弥の選定した「日本百名山」 を完登したのは、確か1990年頃だったと記憶していて、年齢は30歳台だったと思う。

 初めて百名山に登ったのは、まだ高校に入学したばかりの1968年頃だった。上宝村栃尾から焼岳に登ったのだが、当時は、まだ焼岳が火山活動中で、中尾峠までしか行くことができなかった。
 それでも、私は一発で登山に魅入られてしまった。
 山頂は、そこから40分近くかかるので完登ではないのが心残りだ。
 同じように、浅間山も山頂へ立入が禁止されていたし、阿蘇山も同じだったので、残念ながら、私の百名山登山には大きな瑕疵が残っている。

 そこで、2巡目を始めたのだが、それからは深刻な病気や、体調の悪化もあって、なかなか進んでいない。
 まあ、百名山だけではなく、二百名山も、三百名山も、相当の割合で登っているから、登山数だけでいえば、1000は軽く超えているはずだし、同じ山の登山も回数に含めれば、2000どころじゃないはずだ。
 おかげで、結婚もできないまま人生を終える寂しい運命に至ってしまった。

 1980年代から、山歩きを「山浮浪記」という紀行文にまとめて知人に配っていた。当時の文章は、フロッピーディスクに保管していたのだが、今は探しても出てこないし、たぶん、再生もできないだろう。
 わずかな文章だけが、残っていて、私のHPの片隅に掲載している。
 http://tokaiama.minim.ne.jp/tokaiama/omake.htm

 とくに沢登りのルート紹介の記事が残っていないのが残念だ。まだ当時は、装備もワラジくらいしかなかったし、ポピュラーな登山ではなかったので、誰も紹介していない未開の沢概念図は貴重だった。
 中央や南アルプスの沢は、ずいぶんたくさん出かけて、ときには単独行で滝から転落して、何カ所も骨折したまま這々の体で逃げ帰ってきたこともあった。帰宅して、母親が訪ねてきたとき、人相が変わってしまって私を認識できなかったほどだった。

 今、間質性肺炎を患ってしまい、もうアルプスのような激しい山行ができなくなって、当時の思い出が蘇るたびに胸を締め付けられるような郷愁を感じている。
 私の、たぶん数千回の山歩きの経験から、とりわけ心地よい思い出を振り返ることも、だんだん記憶が薄らいできて、困難になりつつあるので、少しはブログに書き留めておきたい。

 まず、最初に、鮮烈な記憶が残っている山は、なんといっても北海道だ。
 70年代初め頃、初めて北海道の百名山を訪れたとき、恵庭岳など、行く先々でヒグマの影がちらついていたのだが、十勝岳で、いきなり巨大なヒグマと至近距離での遭遇を経験させられた。
 白金温泉から、十勝岳・富良野岳の周回コースがあったのだが、ホロカメットクの手前で、バケツをひっくり返したような糞塊がたくさんあって「これは!」と思った、そのとき、目の前に巨大な漆黒のヒグマと遭遇した。

 それは、漆黒でありながら、毛皮がギラギラと輝き、まるで黄金の毛で包まれているような光り輝く印象だった。そして、出会って、私を認識したヒグマは、山頂付近の広大な笹原に消えていったのだが、このとき感心させられたのは、熊が笹原のなかを移動するとき、まったく音を立てなかったことだった。
 おそらく毛皮の表面が消音作用を持っているのだろうと思った。

 後に、この種の熊を「金熊」と読んでいることを知った。金熊は、ヒグマのなかでも、成獣を超えて老獣に達しつつある個体で、みんな大きい。牛ほどの大きさで、たぶん200キロ以上はあったはずだ。
 ヒグマは、幼獣から成獣に成長するたびに、最初は薄い赤毛で、だんだん黒さを増してゆき、最後は光り輝く金熊になるのだ。
 この種の老熊が、人間に危害を及ぼすことはないといわれる。危険性の高い熊は、老獣になる前に駆除されてしまうからだ。

 私は、生まれて初めて出会った野生のヒグマに、ひどく感動してしまった。それから、北海道で、何回もヒグマを目撃することになった。
 羅臼岳では、至る所ヒグマの痕跡だらけだが、登山道から100mくらい下で、鹿を食べているヒグマを見た。まだ赤茶の若い個体で、あまり気分は良くなかった。

 斜里岳は沢登りルートなのだが、やはり至る所に独特の獣臭いヒグマの痕跡があって怖かった。
 もっとも怖い思いをしたのはトムラウシだ。山頂付近の避難小屋で寝たのだが、朝、藪の中で用を足していると、どこからともなく「フーフー」とフイゴを吹くような大きな音がしてくる。

 瞬時に背筋が寒くなった、ヒグマがいるのだ。 立ち上がって、背の低い藪を見渡しても、ヒグマはどこにも見えない。
 私は恐怖のあまり、すぐに下山を開始した。
 そもそも、トムラウシ登山は、すでに二回もヒグマ出没によって、登山禁止令が出ていて登れなかった。三度目の正直だったのである。

 北海道の山々は、どこも、みんな若い娘が憧れのスターに出会うような心のトキメキを与えてくれる。嫌な思い出など一つもない。ヒグマの恐怖だって魅力のうちなのだ。
 何せ、大自然のスケールが大きくて、人が少なくて、みんな純朴で親切で、私は、若い頃から何度、北海道に移住したいと思ったか分からない。

 北海道の山に恐ろしいヒグマが棲んでいる=人間と共存してきたということは、北海道の本当の魅力を考える上で、とても大切なことだ。
 世界のどこにでも、猛獣や象やバッファローや毒蛇や、人食い鮫や、マラリア蚊など、恐ろしい生物と人間は共存し、人間に死のリスクとともに、共存のための知恵を授けてきたのだ。
 もし彼らがいなかったなら、社会はずいぶん無防備で、遅れていたのかもしれない。
 http://tokaiama.blog69.fc2.com/blog-entry-4.html

 山の魅力としては、やはり大雪山は素晴らしい。ちょうど9月中旬ころに2回行ったが、二回とも車泊中に、車内のガラスがバリバリに凍り付き、旭岳では激しい吹雪に遭った。
 最初に単独で行ったときは、地図に温泉マークを見つけて寄ってみたら、沢に湧き出す自然温泉で、コッヘルで湯船を広げて無理やり入った。中岳温泉と名付けられているが施設はない。後に、自衛隊員が勝手に施設を作ったので検挙されたとのニュースがあった。

 大雪は、9月中旬の紅葉の景観が、この世のものとは思えない錦秋の素晴らしさである。今では簡単にロープウェイで登れるので、死ぬまでに一度は見ておきたい。
 もし、大雪の紅葉に匹敵する景観があるとすれば、たぶん、尾瀬か八甲田山だろうか?
 尾瀬は、周辺の山々、平ヶ岳や会津駒を含めて、どの山も北海道のように景観が素晴らしい。歩きやすい山ではないのだが、池塘の景観が素晴らしいのだ。

 尾瀬は東京電力が、発電ダムを造る計画で、ダムの底に沈むはずだった。
 これに対し、長蔵小屋の親父をはじめ、たくさんの自然愛好者が、必死の戦いを行って、当時の大石環境長官の判断で、尾瀬縦断作業道路計画が中止に追い込まれたが、すると、東電は、ちゃっかりと作業拠点を山小屋に改造して営業を始めた。

 尾瀬の景観の凄さは、私が初めていった1970年代初めでも、言葉で表現できないほどの絶妙な桃源郷に思えたが、ところどこと空缶が捨てられて山になっていた。
 これを老いた平野長蔵が、コツコツと持ち帰って自分の小屋の脇に埋めた。
 すると、尾瀬の大自然をこの世から消そうとした東電が、これを告発し、長蔵さんは、廃棄物法、自然公園法によって逮捕されたのである。

 この頃から、私は東電に対してなんとも重い不快感を抱いていた。そして、その強烈な違和感が、福島原発事故で鮮明に姿を現した。
 尾瀬は放射能で汚染された。平ヶ岳などは空間線量が数マイクロシーベルトに達している。

 八甲田山も尾瀬に似た景観である。2回目はロープウェイでチョンボ登山をしたのだが、終点から10分も歩いたところに、日本で一番美しいといわれる池塘の景観が待ち構えている。
 私が行ったとき、外国女性が、池の端で何時間も見つめ続けていた。
 八甲田山の稜線も、人生に一度行ってみる価値は間違いなくある。何よりも、付近の温泉が素晴らしいの一語である。

 日光周辺の山々、皇海山や武尊山は、鹿の大繁殖地になってしまった。これは、鹿やイノシシをコントロールする「山の神」=カムイを失ったからだ。
 行けば、登山道の至る所に鹿の骨が散乱していて、鹿の好まないアセビなど、毒性植物ばかりが残るようになってしまった。
 私が行った、1980年前後は、これらの山々に、田中角栄の「日本列島改造論」の触手が伸びていて、素晴らしい原生林が、もの凄い勢いで皆伐され、次々にゴルフ場や、カンポホテルなどの施設に変わっているときだった。
 私は、この頃、日本社会は必ず滅亡すると確信を抱いた。

 日本アルプスは、とりあえず、著名な高峰は、70年代に、すべて登ったつもりでいて、80年代以降は、もっぱら長大な沢を一人で歩き続けた。
 この頃は、私の人生で、体力精神力ともにピークの時期で、なにものも怖れず、一人で、どんな深い危険な山でも、確実な地図がなくとも突入し、どんな困難でも克服する自信に満ちていた。

 甲斐駒の沢では、途中に人骨を発見したこともある。当時はアマチュア無線にも凝っていて、誰も行かない深い山の彼方から、遠方と交信する楽しさを味わっていた。
 複数で行くよりも、単独で行った方が、安全な場合が多い。自分だけで歩けば、相方を気にする必要もなく、どんな危険なことも突破できたからだ。

 我が家から近い中央アルプスには、たぶん50回くらいは登ったと思う。
 自分の山歴の白眉としては、3月末くらいに、恵那山から木曽駒ヶ岳まで縦走した。完全な冬山で、荷物は40キロ以上、スノーラケットをはいて、スコップを持って雪洞を掘りながら一週間以上かかって突破した。
 このときは、凍傷と日焼けで、顔がものすごいことになった。

 この頃、人里から遠く離れた深山で、夜中に、人の声を多数聞いて驚いた。ときには汽笛の音や、車の通過音まで聞こえた。
 後に、こうした擬音が、カラスやカケスなど、鳥たちのイタズラであったことを知った。

 御嶽山も、何度も厳冬期に、濁河温泉から入って木曽側の八海山ルートに、山スキーで滑り降りた。
 嶽の湯の奥さんが、私が出発するとき「誰か、この人を止めて!」と叫んだことも懐かしい。
 実際に、凍結した斜面で転倒したままハイマツ帯に突っ込んで遭難しかけたこともあったので、まあ、命の大切な人がやる遊びではない。
 私は、ずっと独身で、死んでも困る人が少なかったので、やれただけだ。

 北アルプスの魅力としては、薬師や雲ノ平なんかは素晴らしかった。上高地、尾瀬、乗鞍五色ヶ原なんてところは素晴らしいが、誰でも簡単に行ける。
 しかし、雲ノ平は、たぶん今でも三日くらいかかる。ここで出会う人たちは、正真正銘の山好きである。
 だが、今では、ヘリの手当がつかずに、補給が途絶えて、食事が出せない小屋が多くなっているらしいので、十分な準備が必要だ。
 本来は、国立公園の維持のために国=環境省がやるべき仕事を、自然保護に無関心な安倍政権が怠慢で放置しているため、深刻な事態になっているらしい。
 https://diamond.jp/articles/-/216591

 私は、このブログで、山の歩き方について、何回か書いてきた。
 
http://blog.livedoor.jp/hirukawamura/archives/2143495.html

  http://tokaiama.blog69.fc2.com/blog-entry-10.html

  http://tokaiama.blog69.fc2.com/blog-entry-816.html

 私のブログは、明らかに政治的に検索から排除される傾向にあるので、題名をそのまま検索しても出てこないことが多い。だから、読者は非常に少ないので、せっかく書いても、あまり意味がないことが多いが、いずれ評価されることもあるだろうと期待している。

 私が、何度も繰り返し訪れた山としては、比較的近いので日帰りが可能な、奥遠州、台高山地や大峰山地、鈴鹿山地が多く、これらの山々については、歴史を調べた長いブログもたくさん書いている。
  http://tokaiama.blog69.fc2.com/blog-entry-96.html

http://tokaiama.blog69.fc2.com/blog-entry-95.html

 しかし、山の楽しみとしての高層湿原とか、爽快な稜線とかは、あまりなくて、アルプスや、東北・北海道の山々に遠く及ばないが、人間との関わりの深い歴史があって、民俗学をやっている人にとっては興味が尽きない。

 西日本で爽快な山々を挙げるとするなら、九州高地まで行かないとダメだ。
 とりわけ九重や阿蘇が素晴らしい。九重高原の坊ガツルなんかは、東北の池塘群と比べても遜色のない美しさなので、生きているうちに、一度は温泉と併せて散歩を楽しんでいただきたい。
 坊ガツル華院温泉には、一度宿泊をお勧めしておきたい。

 また九州は、鹿児島や屋久島の山々が素晴らしい。
 鹿児島は、開聞岳や高千穂、桜島と凄い山々があって、みんな素晴らしい温泉がついている。
 屋久島は、私が登った70年代には、何の制約もなかったが、今ではガイドをつけないと登れないらしい。とても残念だ。

 このブログは、「疲れない長さ」を念頭に書いているので、これ以上では長すぎてしまう。そろそろ切り上げるが、山の話を書き出すと止まらない。まだ四国や越後の山々と温泉を書きたい。
 もう大きな山には呼吸能力の問題で登れないのだが、もしも回復することがあったなら、今度は動画をYouTubeにでも挙げたいと思っている。

Appendix

プロフィール

tokaiama

Author:tokaiama
ツイッターのアカウントは、原発運転による健康被害をとりあげた途端に永久凍結されました

最新記事

アクセスランキング

[ジャンルランキング]
その他
3位
アクセスランキングを見る>>

[サブジャンルランキング]
その他
3位
アクセスランキングを見る>>

カレンダー

07 | 2020/08 | 09
- - - - - - 1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 31 - - - - -

全記事表示リンク

全ての記事を表示する

アクセスカウンター

アクセス数