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 人生の意味を考えさせること

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 人が人を欺して、金儲けだけが人生最高の価値であると洗脳されてしまった、ものすごくたくさんの「拝金ゾンビ」が街をうろつく時代。
 ハロウィンになると、仮面をつけているように見えながら、実は素顔を剥いで、人間性の中身を見せているゾンビの群れ。
 若者たちが、あんなにゾンビに変身することを喜ぶのは、実は、素顔を晒して解放されたいからなのかもしれない。

 そもそも、「金儲けだけが価値」という人生観、社会観を洗脳してきた思想のことを「新自由主義」と呼んでいる。
 元を正せば、ベトナム戦争に反対した米国新左翼(後にネオコンになった)も含んだ、拝金思想の慣れの果てで、創始者の名はフリードマン。
 https://style.nikkei.com/article/DGXMZO03462240Q6A610C1000000/
 (上は、新自由主義者である池上彰のものだが、適当な解説が他になかった)

 レーガン・サッチャー・中曽根康弘らの支持を受けて、世界の資本主義国に一気に拡大した。日本では、小泉純一郎政権の時代に、かの超悪党=竹中平蔵が政策に取り入れ、日本を新自由主義社会にしたといっていい。
 新自由主義とは、「自由」を価値の最上位に置いているのはいいが、それは、「弱者を犠牲にした金儲けの自由」に他ならない。
 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%96%B0%E8%87%AA%E7%94%B1%E4%B8%BB%E7%BE%A9

 フリードマンは、ニューデール大恐慌以来、一世を風靡したケインズ経済学を徹底的に批判している。
 ケインズは、ちょうど、今のMMT理論と同じで、底辺の需要を高めることが社会全体の経済循環を活性化させるというもので、底辺の購買者=労働者を富ませる、ちょうど、同時代に、ヒトラーがシャントにやらせたアウトバーン建設工事のような財政出動を行えば、景気が自律的に回復するという理論を提唱した。

 私は、ケインズ・MMT経済学の、この考え方は非常に正しいと思う。結果はヒトラードイツが証明している。「社会経済の基礎は、底辺の大衆の購買力である」という原理は、考えてみれば常識的なもので、古典経済学やフリードマンの学説の方が陳腐としか言いようがない。
 これらは、「資本家の金儲け」が最優先であり、労働者に金を回すなど、もっての他、「労働者を富ませれば、低賃金でこき使えなくなるじゃないか」というわけだ。
 ちょうど竹中平蔵が言った「大金持ちを富ませればトリクルダウンによって底辺にも、おこぼれが回る」という屁理屈と同じものと思えばいい。

 しかし、ケインズ・MMT(現代貨幣理論)には、絶望的な欠点があることを理解しておかないと、大変な結果を生み出す。
 景気を刺激して大きな循環を作ることに成功すれば、何が起きるのか?
 大衆生活は活気づくに決まっているが、結論をいえば、「地球がゴミの星に変わる」ということである。
 大衆の消費を刺激すれば、浪費に至る。浪費は地球上をゴミの山に変えてしまう。今、まさに人類は、絶望的なゴミの山に直面しているではないか?

 だから、安倍=竹中政権の超超愚策である消費増税によって、景気循環は大きく冷え込んで、日本国家が凋落することは、必ずしも悪い面ばかりでなく、むしろ無駄な消費を抑制し、環境問題の合理的な解決を推進する可能性があるのだ。
 「ゴミを資源に変える」という発想は、景気の良い、行け行けどんどんの時代には考えられないことだ。

 実は、ケインズは、「浪費が経済を救う」という考え方の持ち主で、人類最大の浪費こそ戦争であり、ルーズベルトに「世界戦争が米国経済を救う」と吹き込み、ルーズベルトはケインズに心酔した結果、陰謀によって日本を暴走させ、第二次世界大戦を演出した。
 現実に、日本・ドイツ・イタリアの敗戦で、世界大戦が終わってみれば、アメリカは1950年代、歴史上最大の繁栄を謳歌した。まさにケインズの想定した黄金時代を迎えたのである。
 このときの経験が「古き良き時代の記憶」として、共和党支持者やフリードマンらに「リバタリアニズム」の発想をもたらしたのだろう。
 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%AA%E3%83%90%E3%82%BF%E3%83%AA%E3%82%A2%E3%83%8B%E3%82%BA%E3%83%A0

 ここで、現代の人間性喪失に立ち返れば、「豊かな繁栄」に対する幻想、浪費社会の讃美の思想が、人々を決定的に利己主義に追い込んだのは間違いない。
 人々は、リバタリアニズムの指図どおりに、一人一人が豊かさの競争を始め、金儲けだけが人間社会最高の価値であるかのように洗脳されていったのだ。

 ここで、他人に対する思いやりや、貧しい者への同情と連帯という、「古き良き価値観」が激しく失われてゆく時代に直面したのだが、実は、この背景には、アメリカの共和党思想集団による深刻な陰謀があった。
 それは「赤狩り旋風」である。ちょうど今、ビッグコミックで山本おさむが「赤狩り」という、当時のアメリカ、ハリウッドの残酷な左派弾圧を劇画にして連載しているので、これは読むべきかもしれない。
 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%B5%A4%E7%8B%A9%E3%82%8A_THE_RED_RAT_IN_HOLLYWOOD

 「ローマの休日」を指揮したワイラーやトランボが、どれほど残酷な運命に翻弄されたか、印象的に描かれているが、これは私のお勧めである。
 米国社会では、当時、民主主義や人間性、社会主義というリバタリアリズムを批判するような考え方を、社会から徹底的に追放しようとする思想運動が起きていた。
 これはソ連東欧との冷戦の産物ともいえなくもないが、50年代のアメリカの大繁栄の副作用であるともいえよう。

 共和党のマッカーシーら赤狩り勢力の背後には、当時のFBIやCIAがいた。
 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B8%E3%83%A7%E3%82%BB%E3%83%95%E3%83%BB%E3%83%9E%E3%83%83%E3%82%AB%E3%83%BC%E3%82%B7%E3%83%BC

 アメリカという国は、ユダヤ人の支配下にあって、陰謀を国是とするような国だから、アメリカ全体の思想をコントロールするために、あらゆる思想媒体、演劇から新聞雑誌に至るまで、徹底的な権力と暴力による締め付けが起きていたのだ。
 とりわけ、赤狩り勢力が敵視したのが「民主主義」「反戦主義」を標榜する市民勢力だった。
 米国社会の隅々まで、人々をリバタリアニズムの型枠にはめこむような権力支配を行ったことから、その反動で、1960年代には、大きな市民運動や、あらゆる束縛を嫌う若者たちの運動が起きた。
 これがヒッピーや、バエズらのフォークソング運動、そして共同体運動である。
 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%92%E3%83%83%E3%83%94%E3%83%BC

 これに呼応して、日本でも、岡林信康や高石友也らによるフォークソング運動や、ヒッピー部族運動なども起きた。
  http://amanakuni.net/pon/hippie/2.html http://amanakuni.net/pon/hippie/3.html

 ところが、こうした自発的な民主的運動に恐怖したのが、アメリカ・リバタリアリズム=保守主義を絶対視する共和党や、CIAである。
 アメリカ保守勢力は、とりわけ日本の大衆運動を深刻に捉えていた。
 それは、先の太平洋戦争で、「イエローモンキー」と嘲笑し、蔑視していた日本人が、とんでもなく恐ろしい存在だったことを表向き11万人の戦死者によって思い知らされていたのである。(実際には統計に表れない軍属などを含めれば20万人を超えている)

 CIAは、太平洋戦争での激しい戦闘と犠牲の記憶が生々しい1950年代に、アメリカになんらかのリスクを及ぼす可能性のある、すべての国を秘密裡にコントロールし始めた。
 これはCIAの担当なので、政治的な圧力ばかりでなく、日本の左派系議員の暗殺や、左派勢力、労組への陰謀弾圧(下山・三鷹事件など)を繰り返した。

 文化思想的な民主主義運動、例えば岡林信康や高田亘のような時代の告発者たちを排除し、毒にも薬にもならない、平和ボケした恋愛などの刹那的歌謡に置き換えてゆくという仕事を、日本の音楽関係者における代表的なCIA工作員であるジャニー喜多川らに行わせた。
  http://www.thutmosev.com/archives/52688814.html

 これについては、詳細な当時の活動を記録したサイトがあったのだが、今は削除されている。私の記憶では、例えば、反戦歌を歌う岡林信康らを芸能界から排除するため、ジャニーの圧力によって、イルカやかぐや姫らの、当たり障りのない恋愛歌路線に切り替えていったことが書かれていた。

 このようにして、1970年代から、日本の芸能界は、ジャニー喜多川を中心としたCIA工作によって、社会を鋭く告発するような思想性の高い歌曲は排除され、平和ボケした、恋愛歌ばかりに変えられていった。
 だから、1980年代以降は、社会派のフォークソングは、ほぼメディアに載ることが皆無になってしまい、若者たちは、社会的告発や民主主義に対して著しく無関心となり、リングとか、バイオハザードとか、ハリウッドのアクション映画とか、ジャッキー・チェンとかに夢中になることはあっても、社会問題を取り上げた映画には、無関心になってしまった。

 今、YouTubeで、70年代の演劇、映画界を見られるようになって、当時のことを思い出すと、その内容、質が、今と比べて数桁も上であることに驚かされる。
 時代劇などを見ていても、今とは比べものにならないほど、人情豊かで、考えさせるものがあり、人々を惹きつけてやまない。

 以下は、今日見つけた、三國連太郎主演の「首切り浅右衛門」という映画である。
 https://www.youtube.com/watch?v=gzcCQs4ya5k

 必ずしもできはよくないが、内容は、人間性の究極の原理を鋭くえぐっていて、実に人生を深く考えさせられる映画である。この30年ほど、これほど深く心をえぐる映画など見たことがない。

 鬼平犯科帳も、主演の中村吉右衛門が素晴らしい。当時の時代劇の主題が、勧善懲悪よりも「人情」であったことが良く分かる。
 https://www.youtube.com/watch?v=zeL9iNn3TsY

 どうみても、現代演劇は40年前と比べて、著しく退化、あるいは劣化しているのではないか?
 これも、冒頭に書いた新自由主義思想による、人生の矮小化から来ていると私は思う。
 人生は金儲けだけじゃない。人生の本質は「人情」である。何度も書いてきたが、人の一生は、与えたものが還ってくる」因果応報の原理に貫かれている。

 人を欺してでも自分が大金持ちになることが正義であるかのように、竹中平蔵、ホリエモンや孫正義らが主張しているのだが、そんな人生観がどれほど愚劣なものか、半世紀前の映画や演劇が、思いしらせてくれるのである。
 我々は、半世紀前の人間性に立ち返って、もう一度、「人生とは何か?」を深く考えなおす時期に来ているのだ。


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