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 「民主主義の国」、フィンランドで起きていたこと

カテゴリ : 未分類

 フィンランドは、北欧、スカンジナビア半島の東側にあって、メルカトール図法で表現された世界地図では大国に見えるが、実際は、日本やポーランドと、いくらも変わらない国土面積である。
 ここに、わずか530万人余りが住んでいる。
 国土の北部、数割がツンドラ地帯であり、居住に適するのは、亜寒帯以南の半分程度にすぎず、海洋性気候のスウェーデンに比べて、農業的には恵まれなかった。
 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%95%E3%82%A3%E3%83%B3%E3%83%A9%E3%83%B3%E3%83%89

 フィンランドでは、女性の権利・地位が世界でも有数に高い国であるといわれる。国土の貧しさと人口の乏しさが、女性の活躍を必要とした。
 ちょうど、日本の木地屋や、江戸の職人家庭が、妻の労働がなければ生活が成立しなかったため、女性の地位が非常に高かったのと同じである。

 何よりも、ロシアに接していることから、歴史的に、絶えず、ロシア・ソ連の膨張圧力=干渉を受け続け、国民全体が侵略に怯える緊張を強いられ続けた。
 このことが、以下に紹介する「優生保護問題」の土壌になった可能性もある。
 つまり、フィンランド人は、いつでも高い能力の人材を必要としてきたことで、能力の劣る者を蔑視する傾向が生まれたのかもしれない。


 未婚の母も問題視…フィンランドの「強制不妊手術」知られざる実態(現代ビジネス、11/6 岩竹美加子)
 https://gendai.ismedia.jp/articles/-/67949

 以下引用

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あなたは強制断種されたか?

 福祉国家スウェーデンで、障がい者などへの強制不妊手術が1976年まで行われていた。そのニュースは1997年に報じられ、日本を含め世界各地で驚きをもって受け止められた。実は隣国フィンランドでも、1970年まで強制不妊手術が行われていた。

 フィンランドの国営放送Yleのホームページには、「1930年代のフィンランドで、あなたは強制断種されただろうか」というクイズが載っている。

 6つ質問があって、最初の質問は性別。「女性、男性、その他」が並んでいる。

 女性を選んでみた。答えは「女性は、男性よりも頻繁に強制断種された」である。

 また、「その他の性別として生きることは不道徳であり、強制断種されただろう」とある。

 続いて質問2は「あなたは30歳以上で、仕事がなく教育も受けていない」である。

 「はい」にしてみた。答えは「低脳という理由で、強制断種された可能性がある」
当時は、「低脳」「精神薄弱」などの言葉が使われていた。

 質問3「前科がある」

 「はい」にしてみた。答えは「刑務所に入れられたことがある場合、特に女性は、出所前に強制断種に同意しなければならなかったかもしれない」

 質問4「遺伝病を持っている」

 「はい」にしてみた。すると「分裂病、双極性障害、または遺伝すると証明された他の精神病を継続的、または断続的に病む人は、強制断種されたかもしれない」とある。

質問5「あなたはスウェーデン語系フィンランド人である」

 フィンランドには、スウェーデン語を母語とする人とフィンランド語を母語とする人がいて、前者は少数派、現在は人口の約5%である。「はい」にした。

 「スウェーデン語系フィンランド人は、強制断種はされなかった。逆に、優生学的に良いとみなされ、様々な証明書や賞をもらって、子孫を残すよう奨励された」

 質問6は「フィンランドを治めるのは神か、大統領か」である。

 この質問は当時、実際に知能テストで使われていたという。神という答えは誤りで、そう答えると低脳とされ、強制断種をされたかもしれないと書かれている。

 神が国を治めているという考えは、1900年代初頭まではあっただろう。しかし、フィンランドは1919年に大統領制になったので、正しく答えなければならなかったのだ。

 知能テストでは、14歳のレベルが境界線だった。知能がそれ以下と見なされると、強制断種の対象にされる可能性があった。

 ただし、知能テストが聞く質問は、学校で教えられていた知識である。当時は、学校には通わなかった人、通えなかった人もいた。

 未婚の母も問題視されていた
 フィンランドで、断種委員会が作られたのは1926年。断種法の制定は、1935年である。

 断種法は次のように述べる。「低脳、精神薄弱、精神病を持つ者には、子孫への遺伝が懸念される場合、または自分の子どもの養育が不可能と思われる場合は、子孫を残せないよう命令を下すことができる」

 さらに「法律が適用されるのは、14歳以下の知能しかない低脳、分裂病、双極性障害、または遺伝が証明された他の精神病を継続的、または断続的に病む者である。また、性犯罪者と不自然な性的指向の者にも適用される」

 「不自然な性的指向の者」は、今で言うLGBT(セクシャルマイノリティ)を指す。
この法律には、解釈の余地が多分にあり、恣意的に使われることもあった。

 実際に強制不妊手術をされたのは、障がい者、精神病患者、てんかん症、ろう者、性犯罪者、貧民、未婚の母、ジプシーなど多様な人たちである。フィンランドでは、他の北欧諸国に比べると先住民であるサーミの強制断種は少なく、数人にとどまったという。

 未婚の母も問題視されていた。

 ある19歳の女性について、1949年に書かれた診断書には、学習障害、退学、未成年で2度出産、仕事能力の欠如が挙げられていた。最初の妊娠は、16歳の時である。未婚の母は、道徳的に問題である上、仕事を得られなくなるため、公的な経済援助が必要になる。それが厭われた。妊娠中の場合は、人工妊娠中絶されることもあった。

 強制不妊手術には、財政的な側面と優生学的な側面があった。一つは、出現しつつあった福祉国家での所得の再分配の問題。もう一つは、「悪い」遺伝子を除去しようとする思想である。

 フィンランドで婚姻法が制定されたのは、1929年。断種法とほぼ同時期である。婚姻法第11条は「精神病を持つ者、または低脳は結婚してはならない」としている。

 続いて第12条は、「外的理由に依らないてんかん症を持つ者、感染度の高い性病を持つ者は、共和国大統領の許可なく、結婚してはならない。ろう者同士の結婚は、許可なく認められない」である。

 結婚も優生学的な問題だった。大統領の許可まで必要な結婚もあったのだ。

 現在、約40%の子どもが婚外子

 フィンランドでは、1935年の断種法制定以前にも強制不妊は行われていて、最初のケースは1912年、親のない子ども等を育てる養育院で行われた。養育院での強制不妊手術の場合は、少女よりも少年が多かった。

 1950年になると断種法が改定され、手続きが簡素化、効率化された。1935年の法律では、医者の許可が必要だったが、50年の改正法では医者の診断書で手術ができるようになった。それによって、犯罪や非社会的な生活習慣など、社会的な理由による避妊手術が増え、手術は何倍にもふくれ上った。

 断種法が廃止されたのは、1970年である。それまで、強制不妊手術は続けられていて、総計54,128人が手術された。その内、90%は女性。医学的理由が43,063人、優生学的理由が7,530人、社会的理由が3,373人、その他の理由が162人である。

 本人には知らせず、手術が行われたこともあった。また、選挙権を与えられない、または奪われたこともあったという。

 1930年代には、人口の約10%が強制不妊を必要とすると目されていた。現在のフィンランドの人口は約550万人だが、1930年代は340万人程度である。その内の約10%に断種の必要があると考えられていた。現在、フィンランドには少子化問題があるのだが、今とは非常に異なる人口政策である。

 また現在は、約40%の子どもが婚外子として生まれている。未婚の母であることは、問題視されていない。

 優生思想を主導したのは…

 強制断種は、専門家集団による運動だった。1942年には、ヘルシンキ大学解剖学部と連結させて、優生学部を作る計画もあった。れっきとした科学、医学と見なされていたのだ。

 優生思想を主導したのは、科学者や医者、精神科医などだが、地方自治体や道徳・生活改善を進める女性運動家、ソーシャル・ワーカーなどもその思想を持っていた。また、支持者層の幅も広く、上流・中流階級、女権運動家、家父長制を支持する男性、キリスト教信者、無神論者などにも共有されていた。

 強制不妊手術は、合法的なことで統計も取られており、それを進める側からすれば、やましさを感じたり、こそこそ隠したりするような事ではなかった。それが、否定的な意味を持ち始めるのは、60年代になってからである。

 フィンランド人は「劣等」民族?

 優生思想は、しばしばナチスと結びつけられるが、その歴史はずっと古い。フランスのゴビノー(1816〜1882)などによって唱えられた思想である。ゴビノーは、1850年代頃から「アーリア人」や白人の優越性、人種間結婚は避けるべきことなどを主張していた。

 「アーリア人」は、インド・ヨーロッパ語の話者として想定された。19世紀には言語、文化、人種は関連しているという思想が優勢で、「アーリア人」はその全てにおいて優れていると考えられた。

 その考えによると、フィンランド語はインド・ヨーロッパ語ではないので、フィンランド人は「アーリア人」ではなく、「劣等」民族ということになる

 こうした思想は、スウェーデンに伝えられた。スウェーデンの作家ヴィクトル・リュードバリ(1828〜1895)は、スカンジナビアの神話を研究、スウェーデンに最も純粋な「アーリア人」が住んでいると考えた。また、フィンランド人やスラブ人、サーミは、人種的に純粋ではないとも考えていた。

 この思想は、スウェーデン語系フィンランド人によって、フィンランドに伝えられた。それは、スウェーデン語系知識人の地位を強固にする一方、フィンランド語系フィンランド人によっても内面化されていった。フィンランド内部で、優生学的な序列が創出されていったのだ。

 断種法を最初に制定したのは、アメリカ(1907年)である。その後、デンマーク(1929年)、ドイツ(1933年)、スウェーデンとノルウェー(1934年)、フィンランド(1935年)などが続いた。

 参考までに、日本では優生保護法によって1948年〜1996年までの間、障がい者などへの強制不妊手術が行われていた。

 優生思想の負の遺産との対峙

 フィンランドで、自国の強制不妊が語られ始めたのは1990年代後期である。それは、重大な人権侵害であり、驚きと衝撃を持って受け止められた。
 現在もテレビやラジオ番組、雑誌、書籍などで取り上げられ続けている問題である。断種手術を受けた人による、政府に対する補償や謝罪要求もされている。

 強制不妊手術が過去のホラーとなり、現在のフィンランドが、人権を重視する国に変わったことは評価できる。現在は、過去の反省の上に築かれる。しかし、まだ癒されていない苦しみがある。

 また、移民・難民の増加と関連して、優生思想が見え隠れすることがある。優生思想の負の遺産との対峙は、今もフィンランドで重要な課題であり続けている。
 
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 引用以上

 この記事を見てショックを受けたのは私だけではあるまい。優生保護思想は、日本やドイツなどの「優秀病患者国家」だけと思っていたところ、世界で一番女性の地位が高いといわれるフィンランドでも行われていたとは!

 私は、このブログで、ドイツのT4作戦など、国家規模での優生保護犯罪について、たくさんの批判記事を書いてきた。

 ファッシズムと優生保護 2017年02月25日
 http://tokaiama.blog69.fc2.com/blog-entry-78.html

 日本のT4作戦 2018年09月28日
 http://tokaiama.blog69.fc2.com/blog-entry-492.html

  灰色のバス 2019年1月30日
 http://tokaiama.blog69.fc2.com/blog-entry-270.html

 弱者を必要としない社会 2019年03月16日
 http://tokaiama.blog69.fc2.com/blog-entry-680.html

 他にもあったはずだが、なぜか検索しても出てこない。知らないうちに勝手に削除されたようだ。

 国民にランキングをつけて、「優秀なもの」を残し、「劣っているもの」を淘汰するという思想が「優生保護」だが、なぜ、そんなことをするかというと、国民内部に競争主義が蔓延し、コンプレックスが社会の原理になってしまっているからだ。

 今の若者たちが、ネット上で、他人を誹謗したり、小馬鹿にしたり、嘲笑することが三度の飯より好きなのではないかと思うほど、人間性が崩壊、腐敗してしまっている理由も、自民党権力が日本社会に導入した新自由主義による競争主義が、若者たちの精神性を著しく腐敗させ、「自分より優れた者へのコンプレックスが、自分より劣った者への優越感=イジメに転嫁する」というメカニズムが働いているからだろう。

 かくいう私も、ネット上で、ネトウヨたちによって散々嘲笑され、小馬鹿にされているのは、私の名前を検索してみれば、すぐに分かることだが、ネトウヨたちの精神性と認識力の著しい低さを見るにつけ、「もう少し、まともな人格に誹謗されたかった」と恨み節しか出ない。

 引用したテストを私が受けたなら、間違いなく「断種組」なんだろうと思う。
 私はIQは高かったものの、ADHD児で、みんなに迷惑をかけていたからだ。
 人生、還暦を過ぎると、自分の可能性、幻想も消えて、自分の限界を思い知らされてくる。
 これによって、これまでの人生を総括して、「人生に本当に必要なものは何か?」という視点で、人間関係も広く捉えることができるようになる。

 そうして、人生を振り返ってみれば、自分の一生は、周囲にいる人々の愛情に支えられていたことが分かってくる。
 そして、一番大切なことは、失敗ばかりしてる、劣った「自分を許す」ということであり、そのために「近くにいる人も許す」ということである。
 周囲にいる、あらゆる人を許してしまえば、実に脳天気な人生を送れるのだ。
 しかし、私は未熟なので、今でも、近隣の人物を絶対に許せないでいるのだが……。

 「許す」ということの意味は、人の多様性を許容するということだ。社会常識から外れた言動で人を困らせる人であっても、世間的な生活力のない人であっても、自分の心を支えてくれている大切な人かも知れない。

 何度も書いたことだが、私がタクシー運転手をしていたときに、ダウン症児の家庭に行って学校までの送迎を行った経験がある。
 このとき、私には「障害児の親は不幸だ」という先入観念に囚われていたのだが、実際に出会った親たちは決して不幸には見えなかった。
 むしろ「障害児によって親としての人生を救われている」と言った人がいる。
https://withnews.jp/article/f0181022000qq000000000000000W05m10401qq000018166A

 人間にとって、もっとも価値ある人間は、決して優秀な人間ではない。近くにいて、いつでも元気で自分を振り向いてくれて、いつも心配ばかりかけさせる人なのかもしれない。心配する自分こそ、実は、それによって支えられているのだ。
 この真理が分かってくると、優秀でない子供を産ませないために、「劣った者」に断種を行うという思想が、どれほど愚かで、犯罪的なものか、人の多様性を認めない偏狭な精神性が、どれほど社会を暗く、劣ったものにしてしまうのか、分かってくる。

 これから、資本主義社会全体が歴史上最悪最大の崩壊に突入する過程で、我々は、「優越主義」に洗脳された若者たちが暴力化する事態に遭遇することになるだろう。
 弱者を小馬鹿にし、能力の弱い人たちを淘汰しようという優生保護思想が、再び社会を席巻することになるだろうと予想している。

 人々は相争い、弱者を排除し、社会から追放しようとするだろう。
 これはキリストの終末予言のなかにも出てくる。「人は人に敵対し、国は国に敵対し」と凄惨な終末が描かれている。
 これだけイジメが蔓延し、他人を小馬鹿にする若者ばかりが増えてくれば、当然、そうなるだろう。

 だから、我々は、「劣った者を愛し」、社会全体から劣った者のように見られ、相手にされず、でくの坊のように思われながら、吹きすさぶ人間疎外の嵐をやり過ごすことにしよう。
 「自分を優れていると勘違いしている者たち」が、共倒れになって、他人を馬鹿にする強者がいなくなった後に、弱者ばかりで、助け合いながら、新しい「人を愛する社会」を作り出そうではないか。
  

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