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カトリック聖職者による性的ハラスメント、あるいは暴行問題

カテゴリ : 未分類

 

 女性信徒が性被害訴え 神父処分も公表せず 長崎大司教区
11/22(金)
 https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20191122-00000068-jij-soci

 以下引用
 
長崎県のカトリック信徒の女性が「神父に体を触られた」などと性的被害を訴えていることが22日、関係者への取材で分かった。

 長崎大司教区は神父を聖職停止にしたが、教区の信徒には処分を公表せず、不在の理由を「病気療養中」とだけ説明。関係者は「問題行為を明らかにしなければ、再発防止にはつながらない」と懸念している。

 聖職者の性的虐待は世界各地で問題となっており、教会の組織的な隠蔽(いんぺい)が批判を浴びている。23日に来日するフランシスコ・ローマ法王は5月、信頼回復に向け、事案を把握した場合はバチカンへの報告を求める教令を発出している。

 複数の関係者によると、神父は40代。2018年5月、自らが司祭を務めていた長崎県内の教会に女性を呼び出し、抱き付いたり、体を触ったりするわいせつな行為をしたとされる。

 女性は心的外傷後ストレス障害(PTSD)と診断され、長期の入院を余儀なくされた。被害届を受理した長崎県警が強制わいせつ容疑で捜査している。

 神父は面会した教区幹部に「女性や教会に大変な迷惑を掛けた」と話した。時事通信の取材には「何も申し上げられない」と答えた。 

*******************************************************************:

 キリスト教(カトリックが多い)聖職者が、性的暴行を働いて問題になるケースが、この数年、際立っている。
 「絶対無謬の神の使途」が悪質な性的暴行の加害者となった場合、子供の頃からキリスト教への信仰を洗脳されきった多くの女性は、「ありえない」事態にショックを受けて、それを公表することをためらうし、仮に公表したとしても、周囲の多くが信用しないだろう。
 こうした宗教的洗脳をいいことに、全世界でこの種の性的ハラスメントが横行してきたと考えられる。

 バチカンの終焉
 http://tokaiama.blog69.fc2.com/blog-entry-640.html

 カトリック聖職者の性的虐待
 http://tokaiama.blog69.fc2.com/blog-date-20180914.html

 上のリンクに紹介した事例は、とてつもなく恐ろしいもので、アイルランドやカナダのカトリック教会の敷地に、数十万という子供たちの遺体が埋められていて、その多くに性的暴行を受けた痕跡があったというものだ。

 子ども800人の遺骨か、修道会関連施設で発見 アイルランド
  https://www.cnn.co.jp/world/35048985.html

 聖職者が「何千人もの子どもを虐待」 独カトリック教会
 https://www.bbc.com/japanese/45505322

 カナダで大量の子供遺体
 https://blog.goo.ne.jp/grasshouse001/e/7bfd7822a01542d16519481f0988a225

 なぜ、神に仕える聖職者が大量の性的暴行を行うのか? というと、それは、欧州カトリックの神父・修道者たちは、教義によって生涯の独身生活を強いられ、性的に極めて抑圧された環境に置かれることから、性への感覚が倒錯してしまうのではないかと考えられる。

 以下は、1800年代に、カトリック修道僧のオナニーを防止する目的で、大量に生産され、実際に使われていた器具。
 カトリックの若き聖職者たちは、こうした自慰防止器具の装着(貞操帯)を強要され、性欲を発散する機会さえ奪われ、毎夜、性に対する妄想と、性欲を満たす想像力を悶々と生み出し、教会に祈りに来る女性たちに対して、心の底に倒錯した欲望を醸成していた。

onani.jpg



 今の感覚でいえば、こんなのの装着を強要されて精神の平衡を保てる若者はいないだろうと誰もが想像できるのだが、カトリックは性欲をタブーとして抑圧敵視し、権力や物理力で性欲を封じ込めようとした結果、冒頭に紹介したような、恐ろしい性的倒錯の世界に耽るようになった。
 そうした背徳性が、次々に増殖し、やがて子供たちの大量性的暴行、殺人へとつながっていくのは想像に難くない。

 私が60年以上の対人関係を総括してみても、自然に沸き起こる性的な欲望を無理やり封じられると、人間の心は、やがて二面性、背徳性を生み出すようになり、女性のパンティに執着を持って盗んで歩いたり、街を歩いている女性の後をつけて、写真を撮影し、ときには暴行を働くようになるケースを、報道などで無数に見てきた。

 私が、田舎で一人暮らしをしていても一番困ったのが性欲で、こればかりは生理的なものなので、社会常識や世間体の背後で、悶々と苦しまねばならなかった。
 何せ、これは我々の社会では、天皇制とならぶタブーなのだ。誰も、真正面から向き合おうとしない。
 普段は、自分だけは性欲から自由に解放されているような顔をして、性犯罪を高見から批判しているが、その内実を見れば、誰もが人生のなかでも最大級の苦しみを抱えているものだ。
 これは親兄弟といえども、真正面から解決できないので、認知症になる年齢になってさえ、理解不能の行動を取ることがある。

 幸い、私は血尿が長期間続いたことで、前立腺癌の治療のために男性ホルモンを遮断する薬を服用した結果、不自然な薬理によって性欲から解放されることができたが、もし、それがなければ、どこに行っても、若い女性たちが気になって仕方のない恥ずかしい感覚に苦しめられたことだろう。
 ついでに書いておくと、自分の経験では、精液が作られ、体内で満杯に達すると、男は女性に対して強い性衝動を抱くことになる。
 そして、それは、精液の放出によって解放され、「性欲なんか、どこの世界の話?」などとしらばくれるのだが、これは自然の摂理である。

 うちの近所にも、山奥の田瀬というところに修道院があり、多治見にもあって、その立派で高潔な建物を見るたびに、私がもし修道士になっていたら、冒頭のような性犯罪神父になっていただろうと、いつも思っている。
 だから、私は、ウソの世界であるカトリックの教義を無条件に強要されるような生活は完全に間違っていて、人間の心を根底から解放する社会が来ることを、いつでも求めているのである。

 私は、修道士たちと同じような虚構の観念に束縛される生涯を強要される立場として、皇族も気の毒に思っている。
 そもそも、合理的な根拠もない儀式のなかに生きねばならないことの意味は、その根底が虚構だからである。ウソの世界だから、それらしく権威をでっちあげるために、先例と儀式が必要になるのだ。

 皇族の儀式も、カトリックの儀式も、それがなくても何一つ世の中に影響はない。それは洗脳された虚構にすぎないからだ。
 どうして、こんな虚構がまかり通るのかといえば、それは真実を語ることが許されない社会だからなのだ。
 皇室も宗教も、神聖なるタブーの地位に祭り上げられ、自然な疑問を呈することさえ許されない。もしも、「天皇だって、ただの人じゃん」なんて実感を言おうものなら、「王様は裸だ!」と叫んだ子供と同じように、寄ってたかって袋だたきに遭うのだ。

 性欲も同じだ。性行為をきちんと教えられない子供たちは、自分で、それを発見し、親たちの知らないところで、性行為を繰り返すことが珍しくもないが、これも、社会全体が性行為をタブー視していることによる副作用である。
  
 カトリックの恐ろしい性犯罪をなくしたいと思うなら、我々は、いつでも「王様は裸だ!」と叫べる社会を作り出しておかねばならない。
 何一つタブーのない、真実を自由に言える社会が必要なのだ。
 やがて、我々は「皇族だって、ただの人じゃん、なんで様付けする必要がある」と、素直に言える社会に向かわねばならない。

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