洗脳  その2  死刑制度

 「悪いやつは殺して当然?」

 新潟で、少女殺人事件が起きた。7歳の少女が殺され、遺体を線路に置かれて電車が轢いたことでバラバラにされてしまった。
 犯人は逮捕されたが、小林燎という近所の青年だった。見るからに好青年という印象で、とても犯罪者には見えない。
 私の新潟の親戚も、大半が小林姓なので、身内が犯罪を犯したような、やりきれない気分である。

 ネットでは、死刑を望む声が多い。2004年に起きた奈良女児誘拐殺害事件も、同じ小林で名は薫といったが、死刑判決を受け、2013年執行された。
 本人は、幼い頃から劣悪な家庭環境で、学校でもイジメを受け、性格がひずんでいった。自分が人権を蹂躙されながら育ったために、他人への人権蹂躙にも加害意識が乏しかったのだ。
 公判中に、自分は宮崎勤や宅間守のようになりたいと語ったそうだ。宅間も宮崎も幼い頃から劣悪な人間関係に苦しんだことでは似たところがある。

営利誘拐殺人・保険金殺人では、吉展ちゃん事件以降、罪が重くなり、一人殺害でも死刑判決になるケースが増えた。このケースでは営利誘拐以上の、家族への脅迫の悪質性が考慮されたようだ。

 被害者一名での死刑判決は、戦後13例あるが、いずれも悪質性が評価された。
 アムネスティによると、世界全体でみた場合、死刑廃止国・執行停止国の合計は139カ国、残置国は58カ国となっている。先進国か否かに関わらず、死刑制度を維持している国が少数派であることがわかる。

 とりわけ、世界をリードする立場の文化的「先進国」と評価される国家で、死刑制度を実行しているのは、日本とアメリカだけであるが、アメリカでは20州が死刑制度を廃止している。
 韓国では1998年以降、死刑執行は凍結されている。この意味では、日本だけが文化的レベルが著しく劣っていることになる。
 大衆レベルで、9割の人たちによって死刑制度が支持されているという意味では、日本の場合、事態は深刻である。

 死刑制度を国家の道徳的視点から見れば、キリスト教の影響があっても、「罪を憎んで人を憎まず」といった姿勢こそ先進国に値する思想であり、罪を犯した者は処罰されるべきという報復思想は、明らかに後進的であり、文化程度の低い国家であると評価されることになる。

 欧米にはキリスト教思想の影響によって死刑が否定されているという指摘もあるが、日本だって仏教では死刑を推奨しているわけではなく、実際に平安時代には死刑制度が廃止されたこともあった。

 死刑を必要としたのは、仏教でも神道でもなく、実は国家運営上都合のよい思想として中国から移入された儒教(朱子学)だったのだ。
 したがって、日本で多くの死刑執行が行われたのは、戦争大好きの武家政治の期間であった。明治以降も、この意味では儒教=武家の司法といってもよい。

 日本における死刑制度は、法務省が「処罰感情」という名目で、「報復=復讐」思想を前面に押し出して、「国家が被害者の代理として加害者に報復してやる」という先進国としては実にお粗末な感情論によって推進しているわけだが、そもそも日本の司法制度の基礎を築いた牧野英一による刑法思想は、今よりもはるかに優れたもので、当時の植民地であった韓国や台湾においても、牧野式刑法論は、今なお受け継がれ、その後劣化してしまった日本よりも優れた刑法理念として運用されている。

http://jfn.josuikai.net/josuikai/21f/59/tuchi/tc.htm

 牧野英一は、刑法を感情に堕すことはなく、報復主義に貶めなかった。刑法は報復処罰のためにあるのではなく、国家の運営、民衆の幸福の追求のためにあるのだから「罪を憎んで人を憎まず」の思想が根底にあった。

 罪を犯す理由は、教育の乏しさにあるのであって、責任は国家にある。ゆえに刑は教育刑でなければならない。しかし、どうしても教育の対象にならず国家国民に害をなすものは死刑を用いるというような内容であったと思う。
 死刑制度を残したのは、まだ明治が、江戸時代の儒教思想から抜け出せていなかったせいであろう。

 現代司法は、明治に牧野英一が導入した教育刑思想を廃棄し、感情的な報復刑に後退させ、貶めている現実を恥ずべきである。
 国家は感情で運営されてはならない。理性でのみ運営されなければならないのだ。

 日本司法が、安易な報復刑主義=復讐代理人的な陳腐な刑法運用を行っている理由は、基本的に、官僚たち政治家たちが高圧的な「お上意識」に陥り、民衆に対して権威を振りかざし、恫喝的な姿勢で「従わねば殺す」という下劣な発想で対応しているからである。

 こうして、権力を畏怖する愚かで臆病な大衆もまた、社会の規範を、「悪人は排除されるべき、殺すべき」といった下劣な感情主義に洗脳され、貶められているのである。

 そこには、国家の未来、子供たちの未来を守り、よりよき社会を展望するという理性的発想は存在せず、為政者の権威と利権を守るために、「従わぬ者は殺す」という恫喝しか存在しない。
 子供たちの未来を守ろうとする理性など、どこにもない、ただ復讐感情だけがある世界に恥ずべき下劣な思想で運営されている刑法なのである。

 こんな愚かな政府であるなら、それを畏怖する国民も愚かに染まってゆく。
 犯罪に対処する発想は、報復・復讐だけ、なるべく残酷に殺せば、それを恐怖して凶悪犯罪も減るだろうという、まるで安倍政権のトリクルダウン発想に似た陳腐な屁理屈を振りかざして、死刑制度推進に染まってゆくのである。

 「死刑制度に洗脳された人々」

 報復主義が世の中に蔓延していったのは、おそらく1990年代ではないだろうか?
 私の知る限り、死刑制度を全国民の9割が支持している今と比較して、1980年代には、死刑制度を支持する国民は半分以下であったような記憶が残っている。

 1980年代は、自民党と社会党の弁証法的なバランス政治が確立されていた時期で、民主主義や人権に関心を持つ人も多く、社会全体とりわけ底辺の社会が、今とは比較にならないほど豊かであったから、人々の心に余裕があった。
 司法における処罰判例も、現在と比較すれば、ずっと緩やかで、人殺しでも7年程度の懲役ですみ、社会は処罰よりも「更生」に目を向けていた時代であった。

 「人間というものは失敗するものだ」との経験則から、人の失敗を全身全霊で咎めまくる愚かな人物も少なかった。
 船井幸雄が「短所是正法」を否定し、「長所伸展法」を推奨しはじめたのも、この頃だ。

 失敗を咎めるだけでは何一つ良いものが生まれない。人間的長所を褒めながら失敗の原因を探って問題を解決すれば、やる気を失わずに前向きに事態を進めることができる。
 「人は叱って意気消沈させるのではなく、長所を褒めて大きく育てるものだ」
 というのが船井式長所伸展法の要旨であるが、刑事事件における犯罪者への対処法だって、基本的姿勢は同じでなければならない。

 牧野英一は、犯罪を犯す理由は無知によるものだから、まずは教育から始めなければならないと教育刑主義の基本理念を提唱した。
牧野式では、刑務所は人格改善施設であり、さまざまな教育の結果、まっとうな人間として社会復帰させることが原則である。決して、人格も肉体も消滅させる場所ではないのである。
 懲罰よりも更生こそが刑法の主眼でなければならなかった。

 1990年以降、日本社会が大きく変わり、国家主義が戦前復帰の様相を帯びてきたのは、日本会議を結成した中曽根康弘や谷口雅春、文鮮明といった人物が、日本の復古主義、極端な右傾化を実現していったからである。
 人々に有無を言わさず国家の命令に従わせ、戦争にあっては臆せずに命を投げ出す者が「期待される人間像」であり「愛国心の発露」であると考える連中だった。

 このとき、彼らは日本人の洗脳を強く意識して大規模に計画を遂行していった。
 大衆が理性をもって社会を判断することをやめさせ、感情だけで行動するような人間性になるような洗脳教育を行い始めたのである。
 人々から思考能力を奪い「愛国心」だけをすり込ませる教育こそ彼らの理想であった。

 例えば、正力松太郎が導入したプロ野球、そしてプロサッカーも、徹底的な勝敗優先主義にし、勝ち負けだけにこだわる発想を洗脳していったといえるだろう。
 学校教育においても、合理的な根拠を思考する習慣をやめさせ、上から言われたことを忠実に実行する奴隷のような人間だけを評価するようになった。

 幼いうちから競争社会に叩きこみ、人間に序列をつけ、いつでも序列上位に向かって無条件に突進するような盲目的人物こそ、国家の必要とする人材とされたのであり、競争に勝つことだけを至上とするプロスポーツは、そうした洗脳にうってつけだったのだ。

 メディア、報道は、いつでも競争の勝者を賛美し、底辺で社会を支えている貧しい人々を人生の敗者であるかのように扱い、電通の支配するメディアに洗脳された人々は、本当に社会を支える大切な底辺の人々を軽視し、差別するようになっていった。

 犯罪者は人生の敗者であり、社会の落伍者であり、惨めに死んでゆくのがふさわしいと考える者が増えた。
 ましてや死刑囚に同情する者はいなくなり、残酷な死を願うだけの人々が増えた。
 犯罪者を更生させるなど国家の無駄であると考える若者が増え、犯罪者だけでなく障害者にまで敵意を露わにして、障害者を殺戮する者まで現れたのである。

 死刑制度に疑問を呈したり、反対する者(例えば私)に対しても、激しい敵意が浴びせられるようになった。
 徹底的に嘲笑されディスリスペクトの標的とされるようになった。

 失敗した人を更生させないで、徹底的に非難し、叩き潰す。社会を底辺で支えている者たちを蔑視する。自分だけが社会の利権にあぐらをかく人生を享受したい。
 こんな若者ばかりになった日本社会が、この先、いったいどうなるのか?
 本当の問題は、実は死んでからにあるのだが、次回に譲ろう。
 死刑になっても人は肉体が死ぬだけで魂は死なないとすれば何が起きるのか?
 

 
 
 

洗脳  その1

 1992年、黎明期の日本新体操界で、ひときわ輝きを放った山崎浩子が、桜田淳子に次いで統一教会に入信し、広告塔になったことは、日本社会に衝撃を与えた。

 すでに、当時、統一教会による詐欺的な資金集めによる被害者が激増し、狂信カルトとして、その名をとどろかせていた。

 合同結婚式とは、「血分けの儀式」と称して、文鮮明教祖が新婦と性交した後に、見ず知らずの、教団側が用意した相手と結婚するシステムのことで、教会の広告塔になるような女性に対しては、見栄えのいい相手が用意されるが、大半の日本女性は、嫁の来手がない韓国の農村部の中高年男性の配偶者(性奴隷)として送り込まれるのである。

 ひとたび韓国農村に入ったなら、韓国儒教の因習に従って、その家の奴隷として尽くさねばならず、日本に帰還することも、両親に連絡をとることさえ絶対に許されない拘束状態だといわれ、こんな日本女性たちが6千~1万名もいるという。

http://aszxcv.blogspot.jp/2011/09/blog-post.html

http://the-soliloquy-of-ishikawa-quon.blog.jp/archives/1064999000.html

http://hayabusa2.blog.fc2.com/blog-entry-113.html

http://www.asyura2.com/10/senkyo87/msg/287.html

 山崎浩子は、その後、周囲の努力もあって、洗脳から覚めて自分を取り戻すが、経緯は、ここに詳しく書かれている。

  https://www.dailyshincho.jp/article/2016/05160505/?all=1

 この洗脳経過を山崎浩子が涙ながらに語ったことから、統一教会の洗脳作戦は、巨大な凋落、破綻を来すことになる。それまでの爆発的な拡大の勢いが失われ、悪質な洗脳カルトとして、社会的な糾弾を浴びる結果となった。
 そして、日本社会全体に「洗脳」の意味を議論させる契機ともなった。

 私は、先に統一教会の洗脳手口について、私自身が経験した事実をブログに書いた。

 http://tokaiama.blog69.fc2.com/blog-entry-341.html

 「洗脳」は、決して遠い他人の偶発事故ではない。戦前では、日本人の大半が「神州不滅・日本国民総玉砕」なんて正力松太郎の作った標語に洗脳され、450万人という莫大な数の日本人が第二次大戦の犠牲になった。

 竹槍でB29の爆撃に立ち向かってみたり、焼夷弾の火をバケツで消せと言ってみたり、どう考えても常軌を逸した異常な精神主義が蔓延したのも洗脳の成果であった。
 こうした精神主義は、戦後、スポーツ界に広く残渣が残って、膝を取り返しのつかないほど壊してしまう「ウサギ跳び」の強制など、どれほど悪弊を残したか分からない。

 正力が会長を務めた「大政翼賛会」は「お国のために私有財産を寄付しろ」と強要してまわり、指輪や貴金属などを供出させられ、寺の釣り鐘でさえ奪われたが、戦後、それらは返還されることもなく、日本軍の担当供出担当関係者に、いいように強奪された。
 一部は正力や岸信介らA級戦犯が米軍を買収して釈放される資金にも流用されたといわれる。

 警視庁警備局長だった正力松太郎が、関東大震災直後、「朝鮮人が井戸に毒を投げ入れ、娘たちを強姦して回っている」という完全なデマをメディアに拡散したことで、それを真に受けた下町の自警団が、通りすがりの在日朝鮮人を次々に虐殺して、総数で6000名を超える在日朝鮮人が殺された事件も、洗脳殺戮事件といえるだろう。

 正力は、戦後、読売新聞社の社主となり、大衆を洗脳する手段としてのメディア、プロ野球やテレビ放送を生み出した他、核兵器製造のための原発も導入している。

 ナチスが「障害者は国を停滞させる」と宣伝して、ドイツの障害者40万人をガス室で殺害したT4作戦も、国家的な洗脳といえるだろう。
 いずれも、洗脳から覚めた人々は、自分たちの行ったことの残虐性に死ぬまで打ちのめされ続けた。

http://tokaiama.blog69.fc2.com/blog-entry-331.html

 「勝ち組」という太平洋戦争における日本の敗戦を絶対に信じない海外入植組がいて、彼らは戦後も、敗戦を口にした人々を虐殺して回った。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8B%9D%E3%81%A1%E7%B5%84

 戦後には洗脳が解けたのか?、といえば、実は、未だに日本国民の大半が、ひどい洗脳を受けたままである現実を理解しなければならない。

 「洗脳」とは何か?

 アヒルの卵を孵卵器にかけて殻を割って誕生したとき、目の前にいる動くものを、雛たちは「親」と思い込む習性がある。
 だから、雛たちは、孵卵器前にいた人間を親と思い込んで、どこまでもついて回る。そうしないと不安なようにプログラムされているからだ。

 これを生物心理学では「刷り込み」と呼んでいるが、人間でも同じで、生まれて育ってゆく過程で、目の前にある環境が自分を支えている存在と思い込み、それに忠誠を示そうとするのは、自己防衛本能の一種であるかもしれない。

 別の言い方をすれば、人は、親離れして、世間でもまれるうちに、善悪の判別を身につけ、自分にとって、社会にとって、何が良いことなのか、価値判断の基準を作り出す。これが「洗脳されていない」自然な姿である。

 しかし、なかには、他人の言葉に簡単に騙され、「儲かる」とか吹き込まれて有り金を渡してしまって、財産を奪い取られてゆく人も少なくないし、周囲の意見に対して、どうしても自分の判断が追いつかないで、自分を見失う人もたくさんいる。
 あるいは、病的に他人の意見に盲信してしまう人もいる。
 「社会を良くするんだ」と決意し、朝原教祖の指示に盲従して人殺しをしてしまう人もいるし、「日本が好きです」とか言いながら、日本社会を根底から破壊する安倍晋三を支持して喜んでる人もいる。

 あなたは洗脳されていないのか?

 「洗脳されている」と言わねばならない、もっとも典型が、「天皇制」と「死刑制度」であり、そこから派生した学歴権威主義である。

 天皇を永遠不滅の絶対的存在と勘違いしている人は、日本国民の過半数もいるかもしれない。
 「天皇様」といえば「神様・仏様・キリスト様」なんて神頼みに並ぶ存在として刷り込みを受けてしまっている人が極めて多いのである。

 ところが、よく考えてみれば、あなたの受けた理科や生物の学校教育の常識から考えれば、天皇が生物学的人間にすぎないことが、分かりすぎるくらい分かるはずだ。
 天皇はウンコしないのか? しなければすぐに糞詰まりで死んでしまう。庶民のようにエッチしないのか? しなければ子供は産まれてこない。天皇は一回に千食、食べるのか? 一食しか食べられないよ。天皇は一度に千人と話せるのか? 一人しか話せないよ。
 つまり、天皇は我々庶民と何一つ変わらない「タダの人」であることくらい、あなたの常識からすれば分かりすぎるくらい分かっているはずだ。

 それなのに、なぜ特別扱いするの? その理由はいったい何なのだ?
 よほどの屁理屈好きでもないかぎり、まともに述べることのできる人などいない。
 せいぜい、「明仁・美智子夫妻が極めて誠実で、親しみが持てる」とか、科学的根拠とは無縁な、感覚的で適当なことを言うしかないのである。

 真実を言えば、特別扱いする本当の理由は、「特別扱いせよ」と洗脳されているからである。
 このことを理解していないで、自分で正当化してしまっている人たちが、狂信的な恍惚を伴った天皇制支持者となってゆく。

 元号など天皇制を神格化する以外何一つ役に立たない有害無益な存在であって、元号を国民に押しつけている行政自体が、ダブルスタンダード暦に伴う有害性に困り果てて、実は西暦だけを使っている。
 印刷配布される元号は、いちいち西暦を翻訳して印刷するのである。これも天皇制への洗脳を守るためだ。

 なぜ、行政が天皇制を守ろうとするかというと、天皇制は「国家への忠誠教育」の柱であって、「愛国心=国を守ること=天皇を守ること=行政に従うこと」と都合良く論理化されている事情による。

 天皇制を容認する歴史上・社会上・物理上・生物上の根拠など何一つないことは社会常識の問題なのである。
 そこにあるのは、洗脳による宗教的な情念だけである。
 あなたの会社の社長が、権力を利用して、突然、「自分は天皇と同じだから無条件に崇拝せよ」とあなたに強要したなら、あなたは、どのように感じるだろう?
 不合理な違和感と反発を感じるはずだが、そのあなたが天皇制だけを、無条件に受け入れている理由は何なのか、きちんと考えるべきである。

 天皇制に迎合するあなたは、幼い頃から「天皇は特別な存在である」と洗脳されているにすぎないのだ。
 これはアヒルの幼鳥たちが親について回るのと同じ「刷り込み効果」である。
 それが証拠に、幼いうちから天皇制への「刷り込み洗脳」を受けていない外国人たちは、天皇に対して何の敬意も持たず、「タダの人」にすぎないことを知っているし、特別視する日本人に異様さ、強い違和感を感じている。

 まあ、外国でもタイやマレーシア、イギリスやオランダなどでも封建時代の名残を引きずった元首制度が残されていて、元首に対する崇敬が宗教的に存在している国もあるわけだから、日本もそのうちの一つと民俗学的に理解されるわけである。
 イスラム諸国の、ムハンマドに対する観念的束縛よりもマシなように思われているかもしれない。

 しかし、近代資本主義国家の基礎理念が「合理性」であり「金儲けの自由」であることを思えば、グローバリズムの理念と真っ向から衝突する概念でもあり、こうした君主制については、あちこちで衝突を繰り返すことになる。

 これを書いている2018年5月19日は、イギリスでハリー皇子が米女優と結婚するということで大騒ぎになっているらしい。
 「なんで彼らが特別扱いされなければならないの?」
 と疑問を感じている人も大勢いるだろうし、交通規制やメディアの大規模な露出に不快感を示す人もいるだろう。

 天皇制について、もっともまずいことは、天皇という虚構にすぎない権威を作り出していることで、その現実から、人間には先天的な、犯しがたい序列があると思い込まされ、「すり込まれて」しまった人々が大勢出ていることである。
 また、こうした合理性のない、つまり現実に根拠を持たない差別観念が、人々を惑わせ、無数の精神障害を生み出していることにも気づかねばならない。

 天皇制に対する無条件の信仰が、学歴や出自などの権威主義のウソを助長する基盤になってしまっている。天皇がエライなら、権威ある東大も、巨大企業の社長もエライ、権威が真実よりも上位であるという、ひどい勘違いをもたらしているのである。

 本当は、天皇制だって、「タダの人」にウソの権威をかぶせて、神様に仕立て上げただけのことで、万世一系のはずの天皇家の血統は、少なくとも4回は、まったく頃なる集団によって血統が変えられている。
 最近では、明治維新の際に、北朝正統=孝明天皇が暗殺され、南朝正統を主張する維新勢力によって、大室寅之祐という人物が、明治天皇に化けている。

http://tokaiama.blog69.fc2.com/blog-entry-332.html

 だとすれば、明治以降の天皇は、偽物ということになり、天皇が神格化されて、それを利用した国家主義が幅をきかせて450万人の日本人が残酷に殺されていった関係を、もう一度、見直す必要があるのだ。
 天皇制が、本当に日本社会に必要なのか
必要なら、その理由は何か? 天皇制が日本社会に何をもたらしているのか?
 今は、それを根底から問い直さねばならない時代なのである。

次回は、洗脳と死刑制度について
 

 地震予知  その2


 私が、地震雲による前兆観測をメインにしてインターネットに情報提供していたのは1990年~2003年であった。
 その頃は、名古屋市中村区の10階建てのアパートに住んでいて、高さ40mの屋上に上ると、名古屋港方面まで遮るものもなく、見晴らしが抜群で、太平洋に浮かぶ地震雲も見放題だった。

 このため、地震雲の規模や方位も正確に分かり、先に述べた磁力線交換軌跡理論から地震雲の成因を考え、震源地同士に架橋することを前提に、どのような地震が発生するのかの予測は、非常に高い的中率があったと思う。
 当時の私の地震雲観測は、結構、高く評価されていたのだ。

 少し説明すると、地震帯雲は、震源地の強力な磁界どうしに架橋するが、基本的に南海トラフなどの巨大地殻変動地帯に沿って、「地震雲のツボ」のような場所があり、おおむね地震雲の出る場所は一定していて、太平洋の南海トラフ沿いや、中央構造線、フォッサマグナ沿いに出るような印象を持っている。
 地震帯雲の方位から、震源地の方角を知ることも可能であった。

 放射状雲や噴出状雲については、震源地から直接出てくるものと、大きな震源地からの影響を受けて、地震雲のツボのような場所から出てくる場合などがある。
 放射状雲や帯雲の発生地を求めて、何度か車を走らせたことがあるが、中心地、発生地までゆくと、そこにはポッカリと空間が空いていた。雲が消えてしまうのだ。

 小さな震源については、震源地からの放射状雲が出やすく、収束点でM2~3程度の小さな地震が起こることが多いが、M5以上の地震については、放射状雲の収束点と、震源地が一致することは少ない。
 これは大きな震源の刺激を受けて大地のツボが反応するのだと考えている。
 このような場所では、大きな地震の前に、スチームが噴出するような雲が出ることも多い。このスチームは、ラドンガスではないかと思っている。
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以下は2000年頃、中村区役所屋上から撮影した放射状雲
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 波状雲・漣状雲については、電磁界の相互誘導による電波の軌跡に雲が発生すると解釈している。電波は、電界・磁界に置かれた水晶のような発振子が波長を定めるが、地震雲の波長を定める発振子の役割は、おそらく花崗岩中の鉱脈が関係しているような気がしているが、現段階では、まったく分からない。

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 洗濯板のような波状・漣状雲は、海域の震源地から出る場合が多いと考えている。内陸部の震源からは魚鱗のような雲が出ることが多い。
 強い地震前兆の場合は、鱗状のセルが角張った状態になることが多い。阪神大震災の十日ほど前には、「角張った鱗状雲」が出た。
 なお波状雲の場合、セルが畝のように大きくなる=畝状雲になると、海洋での大きな地震になると経験的に考えている。

 まだまだ、たくさんあるが、本当に地震雲の法則性を理解しようと思うのなら、ネットの特定のサイトで、地震雲の写真などの情報交換をやるなかでしか生み出せないと考えているが、気象庁や予報士の森田正光などが「地震雲は妄想にすぎない」などと決めつけることで騙され、頭から小馬鹿にする者が多い現状では、なかなか理解が進まない。

 私のブログ読者や、アカウントを凍結されたツイッターをフォローしていただいた方の多くが、名古屋時代の私の宏観観測活動をご存じの方が多いと思う。
 当時は、地震雲観測にそこそこの成果を上げていたが、2003年に中津川市(蛭川村)に移住したら、小さな山の小さな尾根に囲まれた、いわゆる谷地で、風には強いが、周囲の見晴らしが皆無で、宏観観察不適地だったため、とたんに地震雲観察の予測精度は劇的に落ちた。

 アマチュア無線も、見晴らしに準じた入感になるので、まるで受信がダメになり、地震生ノイズや近距離異常伝播の観測も不可能になった。
 アンテナを大きくしようとしたら、近所のイチャモン好きから建築基準法などのクレームがついて、工事を中断せざるをえなくなった。
 ひとつには、高い大型アンテナを立てると、避雷針をつけても誘雷現象が起きることがあり、誘雷火災や落雷事故が起きたとき、賠償能力もないため、断念せざるをえなかった。

 しかし、非常に野生生物の多い場所なので、生物前兆の観測には適していた。
 また、一帯はトリウム鉱山の近い花崗岩地帯で、空間ガンマ線線量が0.2μ/h を超えるような高い場所だった。
 ここでは、ガンマ線の観測には、とても適した場所だった。そこで、今でも数年間休みなしで、連日、ガンマ線のスペクトル定点観測を続けている。
 何が分かるかといえば、ラドン222→ビスマス214 のスペクトルピークが鮮明にわかり、地殻変動が活性化する指標が分かる仕組みである。

 過去数年のログから、代表的なビスマスピークを探そうとしたが、ラドンだけでなく降雨でも溶け込んだラドンが似たようなピークを作るため、今、確実なデータを提示できない、雨が降っていないのにビスマス214ピークが出ているデータを示したいが、なかなか探せない。見つかればアップする予定。
 ツイッターにたくさんアップしてるが、ツイッター社による悪質な嫌がらせで凍結されて読めない状態。

 「地震雲が見えない」事情から、地震予知全般の信頼性が下落し、多くの読者の期待を裏切ることになったが、結局、宏観観測適地を求めるなら周囲の見晴らしに恵まれた1000mクラスの山頂に居を構えるしかないだろうと思っている。
 そうすればしたで、今度は暴風雨や雷の直撃を受けることになり、困った課題が増える。

 政府が、本格的に宏観観測をやる気になったなら、富士山頂での全方位宏観観測をやれば、地震予知の精度は飛躍的に高まるであろう。
 311のような前兆は、一ヶ月も前から凄まじい地震雲が出るので、分かりやすいし、せめて赤色大気の観察を行うだけでも、大きな貢献が期待されるが、地震学会、気象庁ともに「地震雲など存在しない」と公式に表明し、小馬鹿にしているような状態では、観測ロボットを置くことさえ不可能だろう。
 
 [生物前兆と体感前兆]

 大きな地震の前には耳鳴りが起きる。これが体感前兆の典型で、普通、大きな地震の前には気圧の低い日が続き、それから気圧が上がりだしてから地震が発生することが多い。
 耳鳴りは気圧と深い関係があり、震源地の活動によって、急激な気圧が変化することが耳鳴りを呼び起こしている可能性があるが、詳細はまだ不明である。

 耳鳴りは、澄んだ「キーン音」の場合、太平洋の長い距離を伝播してくる疑いがあり、その後に起きる地震は、沖縄・小笠原・フィリピンやインドネシアなどのフィリピンプレート上の震源であるケースが多い。
 国内内陸部の震源の場合、濁った「ギーン音」であるケースが多い。

 「耳鳴りは病院へ行け」と書いてくる無知蒙昧のバカが尽きることもないが、彼らは、何でもいいから、自分の理解できないことには全部イチャモンをつけたいのだろう。
 耳鳴りと同時に起きるのがめまいや脱力感などであり、国内M7級地震の直前には平衡感覚を失ってふらふらすることもある。

 このとき、同じようにカラスやキジ、犬などに激しい生物前兆が起きる。
 カラスの場合、鳴き方が、「カー」ではなく「ギャー」に変わってきて、集団で上空を旋回したり、地表に降りてくることも多い。
 これは、おそらく上空に向かうほど電磁波密度が上がって生理的に辛いため、電磁波を避けて地上に降りるのだろうと解釈している。
 犬は、本能的に危機を察知して、異変を知らせているのだろう。

 牛舎の牛も終日、吠え続けることがあり、このとき、地震の直前には遠い牛舎の声が、まるで隣で鳴いているように聞こえる音声伝播異常が起きることがある。

 このような宏観前兆については、かなりまとまとまった記述が出版されている。
  
 戴峰さんは、1990年代に頻繁に連絡をとって地震前兆情報をいただいたことがある。

  https://www.youtube.com/watch?v=VD-CLh00qrk

http://www.asyura2.com/0502/jisin12/msg/565.html

 ほとんど報告されておらず、私が強く主張してきた「赤焼け現象」については、地震震源地付近が赤く染まって見えるというもので、原因は、空間にラドンなどの粒子が放出されて密度が高まり、短波長光線が吸収されるという理屈は、すでに述べた。

以下は2001年、台湾M6.5の前日の夕焼け フィリピンプレートで大型地震が起きる前日、夕焼けが赤みを増す
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 いわゆる「椋平虹」や環太陽アーク、水平虹現象なども理屈は同じで、ラドンにより空気密度が変わり空間にレンズ効果・プリズム効果が起きることであると考えている。
 気象庁が説明しているような温度変化による空中の氷による現象である根拠はない。

 大地震の前に起きる発光現象や地鳴り現象も、報告例が非常に多いが、アカデミー研究機関や気象庁が無視どころか嘲笑さえしているため、研究が進んでいないのが残念だ。

 私が、赤焼け現象とともに、大地震予知の決め手にしているのが、「電磁波ブロッキング現象」である。
 先に述べた、ピエゾ効果による電磁波ノイズが、携帯の電波や、電話やテレビ・ラジオなどの放送波にさえブロッキング効果を及ぼし、強いノイズで送受信を妨害したり、メールの着信を妨害したりする。

 ネットの伝送も妨害されるので、インターネットの情報伝達速度がリプライ多発により極端に遅くなる現象も起きる。
 また携帯やスマホの電池が、異常損耗を起こす。
 私の場合、常時測定しているガンマ線測定器のソフトが暴走してデータが破壊されることが大きな地震の前に頻繁に起きている。
 一部のパソコン(NECラビエ)では、地震前兆でブラックアウト切断したりする。

 この種のインターフェアも、理解できない人からは、「パソコンを修理しろ」とか軽薄なヤジが飛んでくるが、これらはピエゾ効果による電磁波ブロッキングが原因である。

 ついでに書いておくが、この種の電磁波ブロッキング・インターフェア現象は、想像以上に激しいもので、現在、開発されている電気自動車や無人自動運転のプログラムにも強い影響を及ぼすはずだが、開発者は、まるで理解していないようだ。

 北米でトヨタ高級車が突然ブレーキが効かなくなった事故も、私は繰り返し、大きな地震によるピエゾ効果か、またはトラックのCB無線によるインターフェアであると指摘してきたが、開発陣は、よほど電磁波に詳しくないせいか、完全に無視しているようだ。
 こんなことでは、自動プログラム運転車による深刻な事故が、原因不明のまま繰り返されると予告しておく。
 こればかりは、電波シールド程度で対策できるような甘い現象ではないのだ。

 地震前兆  その1

 私が、地震の宏観予知に興味を抱いたのは、1970年代に中日新聞紙上にて、たびたび報道されていた、当時、奈良市長、鍵田忠三郎氏による「地震雲観測」の記事に触発されてのことだった。

 当時、外回りの業務だったので、運転中、キョロキョロと天空を見渡し、地震雲を見つけると大喜びではしゃいでいた記憶がある。
 地震前兆の宏観予知は、私の知る限り、日本では鍵田忠三郎氏を嚆矢とするが、中国では、民間レベルで、伝承を元にした宏観観測の記録が早くから残っている。

 1975年の海城地震M7.3では、数ヶ月前から民間による宏観観測の異常が報告され、当時は、まだ周恩来首相の指示による大衆運動の重視姿勢から、中国政府も、これを取り上げ、被災地域住民への発生前の避難指示などにより被害は極めて軽微に抑えられ、世界地震予知史上で最大級の成果を上げている。

https://soyokazesokuhou.com/kaijoujishin/

 ところが、翌年の唐山地震M7.5では、周恩来が毛沢東によって排除され死亡したことで、同時に政権レベルで大衆運動蔑視の姿勢が見え始め、宏観観測運動も政治的に排除された結果、海城地震予知の成果は顧みられず、研究機関主導の地震予知は何の役にも立たず、結果的にアメリカ推計で65万人以上もの犠牲者を出している。

 その後、中国も日本も、権威主義アカデミズムの悪影響によって、民間地震予知運動は無視され、自分の目と足と頭を使う宏観予知を顧みず、学閥主義や観測機械データに依存する悪弊が増長して、日本でも気象庁が「地震雲は存在しない」との公式声明を発表するなど、宏観予知運動は排除、低迷させられていった。

 鍵田忠三郎氏は、1980年頃「これが地震雲だ」という地震雲観測の記録を出版し、私たちに大きな影響を与えた。
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 この本の中でも、鍵田氏が実際に、たくさんの地震を地震雲によって予知した実績があるにもかかわらず、まるで、まじないや思い込み妄想にすぎないかのような不当下劣な評価を受けていることを嘆いている。
 地震予知ほど、アカデミズムの権威主義による腐敗が成果を邪魔している分野も少ないだろう。気象庁の愚かな権威主義が、それに輪をかけている。

 それでは、宏観予知を嘲笑する気象庁や大学地震研などアカデミズムに、数兆円の地震予知予算を浪費した成果があるかといえば、まったくなく、東大地震研などは、ロバートゲラーの指示により「地震予知は不可能」と無責任にも匙を投げた状態である。
 気象庁も、「地震雲など存在しない」と言うだけで、観察的事実を完全に無視して、幼児のように、決めつけだけに終始している。

 私は、1980年代末からアマチュア無線の交信の際に、不可解なノイズが通信を妨害する事例を無数に確認して、このノイズが、地震前兆によるものである疑いを抱き、観察を共有するため1990年頃から、無線仲間と「東海アマチュア無線地震予知研究会」と称する事象報告共有グループを作った。

 これが、私の「東海アマ」の通称の理由であるが、当時まだモールスに毛が生えた程度の300ボー、パソコン通信にすぎない時代から、ニフティなどの掲示板に宏観観測や、その成果を呼びかけていた。

 ところが、奈良市長である鍵田氏の地震雲観測でさえ「妄想」と決めつける知能程度の低い人物が無数にいるなかで、当然のように、「自分の知らないものは全部ウソ」と決めつける人たちの圧力によって、ニフティパソコン通信からも、管理員により書き込みを勝手に削除されたり、問答無用で排除されたりした。

 アマチュア無線による前兆共有も、サイトを立ち上げたものの、積極的に協力していただけた方は数名にすぎず、一向に成果が上がらなかったが、1999年、行徳高校の福島教諭が、屋上に建てたアンテナに受信する前兆ノイズ観測システムを作ってデータをネット上に公開したことから、前兆として非常に有効なデータとなった。

 ここで、宏観予知や電磁波前兆の原理を説明すると、プレート運動によって、巨大な地殻が割れて莫大な圧力が花崗岩にかかるため、このエネルギーが、電荷の分離をもたらすことになり、これをピエゾ効果(圧電効果)と呼んでいる。

 一説によれば、プレート境界では、この分離電荷の電圧は1000万ボルトに達するという。
 これが地表に飛び出して、再結合するとき、巨大な熱と電磁波が発生する。
 この熱によって、地殻全体が温められ、地表には急速な温暖化効果をもたらし、電磁波は、電磁誘導やフレミングの法則によって、磁界や電界に繰り返し相互転換し、そのたびに新たに電磁波を放出する。
 ピエゾ効果により、花崗岩が割れて地殻に圧力がかかっている間は、電気を発生し続けることになる。

 この電磁界の軌跡に空気中の水分が電気的に引き寄せられて地震雲を形成する。
 我々が見ている、長大な帯雲は、地表のかなり離れた位置(場合によっては数千キロ)で磁力線の交換が行われ。その軌跡に筋雲が発生すると考えている。
 また電磁誘導の繰り返しにより、規則正しい波状漣状模様が出現すると考えている。波状模様は、ちょうど電波の波長を反映していると考える。
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 1995年の阪神大震災では、名古屋と三重県などで日常会話の交信を行っていたアマチュア無線仲間の通信が、相当に激しいノイズによる影響を受けた。
 周波数2mのFM電波では、1月初めから、ほとんど聞き取れない状態が十日以上も続いたように記憶している。
 
 このとき、阪神大震災が発生したので、ノイズの原因が、地震前兆による電磁波と確信し、それならば、電波状態の観測から予知に結びつけられるではと考えたのである。
 FM波はAM波と異なり、弱肉強食の性質を持ち、大きなノイズ電磁波は、無線通信など他の電波を消してしまう。そこで観測電波は、FMを用いることでノイズが単純化され、ノイズブロッキング現象が分かりやすくなる。

 その他、大きな地震の前には、2~10mバンドで、「近距離Eスポ」という現象が発生する。
 これはJA7HOQ小林康晴OMによれば、震源地から放射状に縦型の電離層が放射され、これに電波が反射することで説明できるという。(可視的な放射状雲の表面が電離されていて電波を反射する)
 震源地の手前の無線局が、異様な感度で入感するときも、震源地に立ち上る電離層によるバックスキャッターという現象で、異常感度の理由が説明できるという。
 ゆえに、こうした異常伝播を研究すると、地震震源地の確定に大きく役立つのだが、大学も研究機関も、非常に理解が乏しいのが残念だ。

 福島氏による行徳高校データも、地震前に発生する異常電磁波を時系列で記録したものであった。
  http://earthq.system-canvas.com/

 東日本震災までは、非常に正確に前兆を記録していたが、それ以降は、なぜか信頼性に乏しいデータに変わっている。

 なお東日本震災のときは、1月23日から清水水平データに異常が記録され、3月6日、5日前に、それが収束したので、とても分かりやすく、私にはM9前兆であるように思えて、それをツイッターなどで公開した。
 http://earthq.system-canvas.com/browse2.wpp?cmd=view&loc=E_SMZ&dir=HORZ&year=2011&month=3&day=11

 現在の行徳データは、直前の地震予知には使えないが、巨大地震の連続的な前兆を捉えている可能性があり、まだ捨てがたいと思っている。

[宏観予知]

 大きな地震が近づいてくると、震源地付近は大気が赤みを帯びてくる。
 これは、直近の予知に使う現象として、もっとも大切なものである。
 原因は、おそらく地殻からピエゾ電荷とともに噴出するラドン222・ラドン220によって、大気の密度が上がり、短波長が吸収されやすくなり、赤色系長波長だけが残されるせいであると考えている。

 M5前後の震源では、例えば東京から北の方位に赤い空が見えたなら、東北地方に震源が浮上していると判断でき、これは百発百中に近い確率で当たる。
 気象庁は、地震予知宏観現象を小馬鹿にして否定しているので、こんな常識的な現象ですら理解することができない。愚かなことだ。

 M6以上の震源が浮上してくると、震源地近傍では、動物の宏観前兆が激増する。
 例えば、もっとも敏感な鳥類が激しく反応する。カラスはギャー鳴きを繰り返し、上空を回転したり、あるいは地表に降りてくる。
 自動車道にカラスが降りている理由は、上空での高い電磁波密度による不快を避けて地表に逃げ降りると予想している。キジや、小鳥たちも激しく騒ぐ。

 犬もまた非常に感度が高く、大地震の前になると、理由もなく吠え続ける。畜産場でも、牛が異様に鳴き、遠方の牛舎の声が、まるで隣からのように音波伝播異常も起きる。

 このように、普段から自然観察を行っていれば、大地震の接近は総合的に判断できるものであり、私がツイッターで宏観観察を呼びかけていたのも、たくさんの人々に宏観観察の有意義な意味を知ってもらおうとしたのだが、愚かなツイッター社のせいでアカウントを凍結され、不可能になっている。 

 続く

高知県のYさんから届いた報告


 高知県のYさんからのレポート

 大変重要と判断し、できるだけ原文に沿って記録しておきたい。


 心不全とか心筋梗塞で死ぬ方の地図を見ましたが、私も原発による過剰死という論理を見つけました。

 自衛隊の田母神元航空幕僚長の「フクシマ事故の放射能で1人も死んでいない」という発言に違和感を感じ、過剰死という単純な論理から私は
 「フクシマ事故で平成23年、5県(福島県、宮城県、岩手県、山形県、栃木
県)だけで約6000人の過剰死が発生し、その多くは放射能によるもの」
という結論を得ましたのでよろしかったら見てください。
 (この中では、津波などによる直接死者18444人を除いてます)

 ここでいう過剰死とは、死亡者数の推移グラフで、平成14年の死者数と平成
26年の死者数を直線で結び、直線以上を過剰死とする単純なもの。それからその過剰死を年平均増加数で割った値を過剰死倍率としました。

 全国での過剰死倍率の1位から10位までを計算して地図化しましたところ、
フクシマ事故のあった平成23年には福島県がダントツの一位になり過剰死倍
率506%でその過剰な死者数は1970人でした。
この年に島根原発と大飯原発の周辺でも過剰死が多くあります。

 現在の原発はその周辺において、y線だけの監視網しか持たず、平常運転時に
もときどき排出されてしまうβ線を出すキセノン133や、クリプトン85など
の放射性希ガスによる過剰死が原発の周辺に生じてると私は信じております。

 電力会社は希ガスは人体が必要とせず、身体に入ってもすぐに排出されるから
人体には無害だとしてるが、肺に吸い込んで肺細胞にキセノン133のβ線が当
たれば肺炎を起こし、変化したセシウム133は血液に乗って心疾患を起こす。
 (カナダ保健省はセシウムが、がん予防に効くという噂が広まったときに、セ
シウム摂取は心疾患の誘因になるという警告を出してる)

イラクでの湾岸戦争をしたアメリカ兵の中に、湾岸戦争症候群というのが発生しましたが、それらの兵士の精液や小便からウランが検出されました。劣化ウラン弾で破壊されたイラク軍戦車のそばで記念写真などを撮ったために空気中からウランの微粉末を吸い込んだせいだという。金属であるウランさえ人間にとって有害だったのに、β線を出すキセノンガスが無害な筈がない。

 私は若い頃よく海に息を止めて素モグリをしました。その時に、比重のわずか
な差で意外と海水が混ざらないことを知りました。海水の色が違うし温度も違
うので素モグリしたら歴然と2層に分かれてるのがすぐに判ります。

 キセノンは無色透明で空気の5倍近い重い気体。炭酸ガスでさえ1.5倍くらいなのにトンネル工事や、火山地帯では人間が窒息死するようなことさえある。
それをトコロテッ式に外部に出しては無害なほどに単純に拡散するはずがない。
 最低限1ヶ月は原子炉に密閉するとかとか、密閉したタンクに入れたまま減衰するのを待つべきです。しかし作業効率のため密閉しないで排出してる。
 
 核燃料棒は数万本に1本はピンホールがどうしても生じてしまうという。
 関西電力ではピンホールが出来てるのが判っても、50日くらい「慎重に??」運転してました(大飯原発2号機 平成21年8月)

 事故を起こした福島第一原発では、最上階の燃料プールに今でも80本ほどピ
ッホールの開いた燃料棒があるため作業で苦労してると読んだことがあります。
(伊方原発3号機では5000本くらいを1年2ヶ月、1回の運転に使います)

 明らかに原発のために多くの過剰死が生じたと思われる平成19年と平成23年
の地図及び、全国死亡者数の推移も同封します。

 平常時にさえ人間を殺してしまう原発は、なんとか早急に止めてほしい!

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アカシックレコード   その2

 「前世記憶」=アカシックレコード という概念が本格的に議論されるようになったきっかけは、1980年代はじめ、ブライアン・ワイスによる「前世療法」の出版だろう。

 退行催眠を研究していたワイス博士が、被験者に過去を思い出せと指示すると、生まれる前にまで遡って、過去生の記憶がほとばしり出てきて、人生は、無数の輪廻転生のなかいあることを知るというストーリーであったように思う。
 いくつかのエピソードは、YouTubeに忠実な再現映像としてアップされているので誰でも視聴することができる。(見つからないので近い動画をアップ)

  https://www.youtube.com/watch?v=M062pGPvHmU

  https://www.youtube.com/watch?v=lYt263JCSyE


 この本は、思い出せないほど相当以前に読んだが、私が過去生に関心を抱いたのは、はるかに古い時代で、たぶん子供の頃から、過去生を書いた小説や文芸を読んで感銘を受けていた記憶が微かにある。

 書名やあらすじを思い出そうとしても、なかなか出てこないが、文藝春秋に掲載されていた日猶同祖論なんか夢中になって読んでいて、人類は、とんでもない大昔の過去生から今につながる意識の流れがあるのかもしれないと思ったりしたものだ。

 実は、何よりも、当時、宜保愛子という、とんでもない霊能者=超能力者がいて、テレビに頻繁に出演し、恐ろしいほどの能力によって視聴者をテレビに釘付けにし、過去生や霊界、霊憑依の問題を話し続けていたのだ。
 宜保愛子の力は、日本人の多くに、目に見えない世界があることを確信させるに十分なものであった。
 私も、宜保愛子の存在がなければ、これほど心霊問題を調べようという気にはならなかっただろう。

 私自身についても過去生を思い出そうと努力した時期がある。
 私は首の周りに斬首跡を思わせる明確な筋がついていて、ある時期、自分が絞首台に乗る夢にうなされていたことから、私は過去生で絞首刑に遭っていると確信したことがある。
 今になって、ツイッターなどで執拗な嫌がらせを受けて、殺意が雪原を転がり落ちる雪だるまのように育ってゆくのを自分で感じて、「俺は、こいつらを殺して死刑になるのだろうか?」 なんて思ったりするのだ。

 高橋信次講演に出てくる、数千年前に、ギリシャでアポロやゼウスとともに生きていたという女性の当時の記憶を聞いていると、人の魂の中には、おそらく生命誕生から、滅亡までの、すべての情報が完全な形で含まれているのだろうと信じるしかない。

 http://tokaiama.minim.ne.jp/takahasisinji/a21_2b.mp3

 これを「演技」と決めつける無知でアホな輩もいるようだが、もし、これが演技なら、あまりに凄まじい能力であり、彼女にはアカデミー賞を10個も一度に授与しなければなるまい。
 人の肉体の記憶は数十年前のものでも不確かだが、魂の記憶は
数千年前であっても、まるで昨日のように鮮明な記憶が再現されるのである。

 これらの物理的法則を超越した記憶は、たぶん過去だけでなく、未来に至るまで、完璧に備わっていると考えるしかなく、過去。未来のすべての記憶を総称してアカシックレコードと呼ぶべきなのだろうと思っている。
 過去と未来はは不可逆の方向ではない。魂は自由自在に過去未来を通行できるのではないかと思う。

 だからこそ未来の「予感」が成立するのだ。未来が魂のなかに=アカシックレコードの中に存在するからこそ、予感が成立すると考えるしかないのだ。
 初めて会った人に感ずる特別な思い。親しみや恐怖は、過去生の記憶からだけとは限らない。未来を知っていないと辻褄が合わないこともある。

 実は、私には、やや普通の人より強い「予感」の能力がある。
 若い頃、毎週のように沢登りに夢中になり、情報もないまま沢に入って、稜線に抜けるまで、思いがけない事態がたくさん起きるのだが、沢は源流に向かうほど、たくさんの支流があって、どれが本流だか分からなくなる。
 ここでルートを誤ると、とんでもない恐ろしい目に遭うことも少なくない。
 そこで、分岐した複数の上流の、どれを選べば確実に自分の予定しているルートに抜けられるか? 一種のロシアンルーレットのような状態になる。

 ここで、何か特別な力=予感が研ぎ澄まされるのである。
 私は数十回も経験を重ねるうちに、大きな間違いをしないで勘が働くようになった。これは訓練の賜だろうと思う。予感は訓練によって磨かれる。
 言い方を変えれば、私の魂にあるアカシックレコードにアクセスして、安全なルートを知ることができたということになる。

 それだけでない。私は、いつもではないが、ときどき、未来の光景が目に浮かぶことがあり、多くの場合、それが本当に実現してしまう。
 このときは、ある種の感情が伴っていることが多い。
 今、住んでいる中津川市も、移住の半年も前に、自分が中津川に移住することが分かっていた。最初はスーパーハウスに住んだのだが、その光景がありありと目に見えたのである。

 ところが! それから、しばらくして私が、バイクを運転中に大型トラックの後輪に巻き込まれる予感があった。私の青いバイクが後輪に轢き潰されるリアルな光景が映画のように見えた。
 そこで、一度、放棄した自動二輪免許を再取得していたのを、やめてしまった。今のところ、映像に見えた青いバイクは私の元には存在しない。

 実は、自分はバイク事故で死ぬのだと覚悟していたのだが、それから十数年経ても、それは起きない。今あるバイクは白い色だ。
 結局、実現しないリアル予感もあるのだと思った。すなわち、未来は変えられるのだと。

 宇宙人のチャネラーと称するバシャールは、釈迦とほとんど同じことを言う人だが、彼は、我々が無限数のパラレルワールドに生きていて、心のカルマ次第で未来をどんどん変えてゆくことができると語っている。
 バシャールを金儲けに利用したい人がいて、今ではYouTubeで生の話を聞けなくなってしまっているが、解説用の字幕動画はたくさん出ている。

 釈迦もまた、無量大数(無限)の宇宙があって、人は心に応じて、必要な宇宙を選んで生きてゆくと言っている。
 となれば、私はバイクでトラックに巻き込まれる運命の世界からワープして、生き延びる運命の世界を選んだことになるのだ。

 ということは、アカシックレコードもまた、無限の数だけ存在することになり、このあたりややこしくて理解の範疇を超えている。
 まあ「全智」とでも考えておけばよい。

 少し話題を変えるが、2001年6月池田小学校児童8名殺人事件を起こした宅間守は、事件当時28歳、死刑判決が確定したのが、2003年9月26日、死刑が執行されたのが2004年9月と、異例の早さであった。
 普通は死刑確定後、5~10年を経て、自分の犯した罪を自覚させた段階で執行するのが通例だが、宅間は確定後、わずか1年で執行された。

 これを聞いて、私は非常に恐ろしい予感を抱いた。

 これは、つい最近起きた事件で、当初、死者は8名と報道されていた。犯人は宅間と同じ28歳だった。
http://blogos.com/article/294939/

 実は、宅間が処刑されてから、主に中国で、児童が8名殺害される事件が数回起きている。今、ネットで過去ログを探してるが、なかなか見つからないのだが、記憶では学校での8名児童殺傷事件が3回起きている。

 こうした事件が起きるたび、児童8名死亡というニュースを目にした瞬間「宅間だ!」と私は叫ぶのだ。
 死刑になった宅間が、浮遊霊としてさまよい、自分に似た波動を持つ人物に取り憑き、自分の怨念を実行して、8という数字によって宅間であることを誇示するのである。

 「だから死刑はやめとけ!」と私は言い続けてきた。
 人は肉体は死んでも魂は死なない。過去から未来永劫に生き続けるのである。
 宅間のカルマは殺されたくらいで消えるものではなく、その殺し方も最悪のものであった。獄中で、自分のカルマに向き合う時間も与えないまま、死刑という最悪の方法で肉体を離脱させ、恨みと殺意にに凝り固まった悪魔の魂を、そのまま世に放ったのだ。

 宅間の本当の正体を知ろうと思えば、それこそ数千年前からのアカシックレコードを引っ張り出して、過去生で何が起きたのか知る以外にカルマを理解することは不可能だろう。
 すべての怨念と怒りを背負ったまま、自分を見つめる時間さえ奪われ殺されたのであるから、正真正銘の悪魔になってしまっている。

 人は死なない。肉体は死滅するが、まるで蛇が抜け殻を脱出するように、新しい肉体で魂が持続する。
 肉体を持つ理由は、カルマの解消である。人が、己のカルマを克服してしまうことができれば、おそらくもう新たな肉体を必要としない。

 このカルマというものは、アカシックレコードに完全に記憶されていて、我々は自らのカルマと戦うために、この世に繰り返し肉体を持つのだといえよう。
 カルマの秘密は、自らのアカシックレコードを思い出せば分かる仕組みである。
 宅間守に対して、本当に必要だった姿勢は、彼のアカシックレコードを解明することであり、社会への見せしめのために殺害することではなかった。
 死刑制度は間違っているのである。 

 

再掲 原子力発電は事故を起こさずとも日本人を殺戮している その7


 心筋梗塞多発地帯の理由について
 
 原発放射能の内部被曝が心筋梗塞を引き起こすというのは、チェルノブイリ事故当時から指摘され続けてきた真実である。
 原発推進側や政府・自治体、ネトウヨは、これをデマだと決めつけ心筋梗塞と被曝の関係を闇に葬ろうと必死になっているが、人口動態統計データは、本当にデマを流しているのは原発を正当化したい彼らである事実を明らかにしている。
 
 原発放射能と心臓病など循環器障害の因果関係を研究し、世界に公開したのは、チェルノブイリ事故当時ベラルーシ、ゴメリ医大学長だったバンダジェフスキー博士だったが、原子力産業と結びついた世界有数の独裁権力であったベラルーシ・ルカシェンコ政権が卑劣にも無実の収賄罪をでっちあげて、博士に8年の懲役刑を科し、獄中に送り込んで論説を封じた。
 後にバンダジェフスキー博士は「良心の囚人」として世界に知られ、欧州の圧力によってウクライナに逃亡することができた。
 
 しかし、世界的に原子力産業による放射能健康被害の隠蔽と告発者への弾圧は想像以上に激しく、例えばICRPどころか、国連機関であるWHOにまでアレバ社などの役員を送り込んで、被曝発症の隠蔽、情報封鎖を行っている。
 
 これを書いている私も、ツイッターでこの問題を取り上げ始めたとたんに五年も前のツイート(当時、ベルギーで安楽死合法化が話題になっていたことを受けて書いたもの)が自殺幇助とされてアカウントを無限凍結させられてしまった。
 背後には、原子力産業広報部である電通の関与があるのは確実であろう。
 
http://tokaiama.minim.ne.jp/tuitter/akaunntoteisi.html
 
[セシウムが心筋梗塞をもたらす]
 
 セシウムが心筋梗塞や心不全を引き起こすメカニズムは、一価としての化学的性質がカリウムと酷似しているので、体内で一番カリウムを必要とする心臓にセシウムも集まってしまい、カリウム・ナトリウムチャンネル→ 心臓の電気ポンプを生成するメカニズム を壊してしまうからだと言われている。
 
    http://m-epoch.com/benkyoukai/3kaimesiryou/NaKchannel.pdf
 
 カリウムとナトリウムの電位バランスによって心臓ポンプのモーターが稼働できる仕組みなので、バランスが壊れるだけで心臓が止まってしまう。
 昔から「安楽死」に多用されるのが、このメカニズムを利用した塩化カリウムであった。
 
 しかし、私が全国の心筋梗塞・心不全分布を調べているうち、どうもセシウムだけが心臓障害を起こすのではなく、他の核種、トリチウムやクリプトン・キセノン、また得体の知れない短寿命核種も関係していると確信するようになった。
 
 そう考えないと、既存の原発による通常稼働が放出する核種と、原発周辺で起きている心不全、心筋梗塞の多発の理由がうまく説明できない。
 
 巨大なベント煙突を持った沸騰水型原子炉は、燃料棒のピンホールや圧力変動などにより内部に超高圧で貯まったクリプトンやキセノンなど希ガス類を相当量放出している。
 
 加圧水型のトリチウムも沸騰水型の希ガス類も、これまで化合性がないため毒性は非常に小さいと考えられてきたが、最近では希ガス類にも化合性があることが明らかになり、極めて微弱なベータ線しか出さないため安全と思われてきたトリチウムも、生物体内でOBTといわれる有機化合物に変化することが分かってきて、その人体への毒性は、これまで知られていたより数十倍、数百倍であることも分かってきた。
 
 放射能は体内に入った場合、ガンマ線よりベータ線の方が危険だといわれる。ベータ線は電子なので、体内の電気的制御を直接破壊するし、細胞内でベータ線熱傷を引き起こすからだ。
 ガンマ線の場合は、一部は細胞の電子を弾き飛ばしてベータ線同様の作用を行うが、光子として通り抜けてしまう確率も高いので、これまで言われてきたよりも破壊力、毒性は高くない。
 
 化合性がないから安全といわれた希ガス類も、呼吸から体内に入れば有機化することがあることも明らかになり、長期間、体内に滞留してベータ線を放出することも知られてきた。
 クリプトンには生殖毒性も指摘されるようになった。
 
 おまけに国や原子力産業は必死に隠しているが、希ガス類のなかでヨウ素131,クリプトン85、キセノン133、ラドン222などは非常に重く、100mより高い原発煙突から放出されても、重いため地表に降下し、気団のまま地表を徘徊する性質が指摘されている。
 
 つまり、我々が呼吸する大気に希ガス類が存在すれば、当然、ベータ線内部被曝=ベータ線熱傷による喘息などの呼吸障害を引き起こし、喘息と心臓病が密接な相互関係にあることが明らかにされていることから、心筋梗塞や心不全と直接の関係を持っている疑いが強いのである。
 
 一般に「心臓喘息」といえば、心筋梗塞などで鬱血のため肺機能が低下し、呼吸困難から喘息発作に至るものだが、急な寒さによる血管収縮や喘息発作のストレスから心筋梗塞に至る場合もあって、私は御坊市のデータを見ていて、関電火力による排気がもたらした健康被害が心筋梗塞の爆発的増加を招いた疑いを持っている。
 
 さらに、まだはっきりしない短寿命核種の問題がある。直接の核分裂から出てくる放射能の大半が得体の知れない短寿命核種であるが、数秒から数十分と寿命が短く、次々に崩壊し、原子番号が変わってしまうので毒性がはっきりしない。
 これについては、きっと高い毒性を持つだろうとの推測以外、データも何も存在していないので推理しようがない。
 
 ほとんどは原子炉からタンクに移動して、数日間貯留される間に崩壊してゆくが、放出時の核種分布や健康への影響については何も分かっていないと考えた方がよい。
 
 
 [被曝と発症にかかわるネット上の記事]
 
[1]
日本では100ミリシーベルト(SV)以下の低線量なら健康被害はない、とする学者が多い。しかしウクライナの調査では、事故後30kmゾーンから避難した住民でも50~99ミリSVまで低線量被ばくした人は、まったく放射線を浴びていない人の1.3倍、心筋梗塞が多くなったというデータが出ている。
 
 汚染地の人たちの血中フリーラジカルの値が、汚染のない地域の人の3倍になっていたという研究結果が出た。
 体内の活性酸素や放射性物質が、このフリーラジカルの値を高くし、動脈硬化を誘発した可能性がある。
 
   https://www.news-postseven.com/archives/20140309_244134.html
 
[2]
 なぜ、東京で白内障、心筋梗塞が激増するのか?――エッセンシャル版・緊急特別講演会 【パート3】
 
順天堂大学の血液内科が発表した衝撃データ
 
「原発問題はフクシマだけの問題であるから、東京に住んでいる私には関係ない」と思っている人にぜひ見てほしいデータがあります。東京の人間は非常に危ない状態にあります。
このことについては、それを裏づけるデータがいくつかありますので、ダイヤモンド書籍オンラインのリンク(第24回)をここに示しておきます。
全身に血液が流れるので、血液が癌の転移を引き起こすという意味で非常に重大です。
このリンクに示したように、血液系疾患の患者数が激増しています。
 
http://deeksha777.blog88.fc2.com/blog-entry-351.html
 
[3]
 【福島原発事故後に急増している市長の急死、入院、心不全、心筋梗塞、死去、体調不良まとめ】 
 
(2012.4.3)福島原発事故後、現職の市長の急死が相次いでいます。
現在確認されているだけで、過去10ヶ月間に市長6人及び、副市長1人が急死、加えて市長2人が心不全、膀胱がんによる病気療養を理由に公務を離脱しています。
また、福島県伊達市の仁志田昇司市長も先月、急性の心筋梗塞で県立福島医大に救急搬送されています。
1年間に現職の市長6人が急死した例は過去には確認されていません。
 
過去10ヶ月間に急死した現職の市長及び副市長は、埼玉県日高市長(73歳)、新潟県燕副市長(58歳)、愛知県尾張旭市長(67歳)、栃木県那須塩原市長(67歳)、山口県長門市長(75歳)、大阪府守口市長(66歳)、千葉県勝浦市長(59歳)の7名です。
病気、急死によって公務を離脱した市長、副市長は現在9名です(2012/04/08 20:18)。
 
  https://www.windfarm.co.jp/blog/blog_kaze/post-9853
 
[4]
 【東京】子供の突然死が10倍、白血球の数値の7割に異常。予兆は出揃っている。
 
 @KinositaKouta
間違いです。去年の十二月から今年一月にかけて突然死して、
死因不明で、確認作業した0歳児から四歳児の都内の人数が、
おととし一年間と同数です。
絶対値が少ないため、確定的なことは言いにくいですが、
一ヶ月強と一年間が同じ。 2012/03/26
 
https://ameblo.jp/sunamerio/entry-11453265563.html
 
[5]
 NHKニュース9。心臓突然死は日本で年7万人に増えたらしい。以前は年5万人程度と言われていた。やはり福島原子力発電所メルトダウン爆発事故で漏れ続けている放射能汚染の影響なのだろうか? 2014/5/27
 
  https://twitter.com/kegasa2007/status/471348600551645184
 
 
[6] ベラルーシ、ゴメリ医大学長だったバンダジェフスキー博士は、セシウム汚染が心臓病の原因になっていると論文を発表、その後、賄賂を受け取ったと犯罪をでっちあげられて8年の懲役刑に処せられた。
 「良心の囚人」として著名になり、国外追放、現在はウクライナ中央病院。
 ひどい独裁国家を挙げるとしたらと問えば、多くの記者がベラルーシと答えるほどの独裁国家
 日本と同じように重度汚染地に国民を送り込んでいる。統計を捏造して大量の被曝死者を隠蔽し、代わりに外国からの移住者を汚染地に植民しているが、自民党はこの方針を踏襲しているといわれる。
 
 バンダジェフスキーの講演、放射能と心臓病について
 
  https://www.youtube.com/watch?v=R15q-CLcPjs
   https://www.youtube.com/watch?v=d0KY87Z5200
 
 <心臓では、体内の放射性セシウム137が多いほど心電図異常が見られ、放射性物質が心筋細胞のミトコンドリアを損傷すると考えられる。動物実験では、ゴールデンハムスターに家畜のエサとして許されているレベルの放射性物質(セシウム137)を含むカラスムギを与えたところ、胎児の40%以上に先天性異常が出現している・・・できるだけ放射性物質を体内に入れない方がいい。>
 
https://www.windfarm.co.jp/blog/blog_kaze/post-13798
 
[7]
   恐怖! 日本は今、#心不全パンデミック by 心不全学会 「東北大震災後に増加」する、ただ一つの理由
 
   https://matome.naver.jp/odai/2135773505739505501
 
[8]
 
  心不全・心筋梗塞が激増中 http://www.asyura2.com/15/genpatu44/msg/872.html
 
[ICRP勧告の年1mSvは日本人に年8000名の死者・重度障害者を出す値]
 
 
 心筋梗塞・心不全との関係はチェルノブイリの経験から、無数ともいえる報告がある公然たるものだが、原子力産業や、その利権に追従する各国の機関によって徹底的に隠蔽されていて、被曝と心筋梗塞は無関係どころか、被曝には何の健康被害も存在しないというめちゃくちゃなデマも大量に出回っていて、そう信じてる愚かな人も多い。
 
 しかし、もしそうなら日本にもたくさんある被曝障害防止法や放射線取扱資格など何の意味もないわけだから、ただちに廃止してしまえばよい。
だが、すでに60年近く前から産業上の国家資格や法令のなかでも最上級の取り扱い資格、法令として放射能関係法が存在している理由は、いいかげんなことをやれば全国民の未来を危機に晒す恐ろしい危険が実在するからである。
 
 私が、今回「原子力発電は事故を起こさなくとも日本人を殺戮している」の一連のブログで明らかにしたかったことは、 「平常運転」されてる原発でさえ、特別な事故とは無縁に穏やかな運転営業を続けながら周辺住民を殺戮してゆく恐ろしい現実である。
 
 原発運営関係者は、おそらく、この事実を百も承知だろう。それゆえ、敦賀市や美浜町、玄海町、薩摩川内市などのデータは奇っ怪な平常値が続いている。おそらくデータを捏造したのだ。ということは、何が起きているか百も承知だからである。
 
 原子力は、キュリー夫人の放射線研究を嚆矢とするなら、すでに120年の歴史があり、核兵器の使用もあり、メルトダウンあり、核実験に至っては数千回もの経験を積み重ねてきているわけだから、人体に対する健康障害のデータは旧ソ連をはじめアメリカなどに膨大に記録されている。
 
したがって、原子力発電が周辺環境に何をもたらすのか? 事業者は承知してなければ実行できるはずがない。
 事実を明らかにしてしまえば、あらゆる原子力は人類社会から追放されてしまうだろう。だが、原子力にはウラン探鉱から精錬事業、核発電、その後始末、など現在の全産業の数割を占めるほどの超巨額の利権がひしめいていて、その重さに比べれば被曝による大量死や人類の未来などどうだっていいというのが、彼らの基本的な思想である。
 健康被害など隠蔽してしまえばよいのだ。真実を明らかにする者は社会から追放してしまえばよいのだ。それより核兵器売買のボロ儲けの方がずっと大切というわけだ。
 
 自民党や公明党、維新といった原発推進政党も、フクイチ事故や原発の通常稼働によって何が起きるのか? たぶん知っているだろう。
 知っていて、彼らは、長い歴史から生み出された放射線被曝防止法の基準を真っ向から破壊し、年間1ミリシーベルトという国際的な合意も完全無視し、年間20ミリという殺戮というべき犯罪基準を導入している。
 
 そもそも、年間1ミリシーベルトという基準でさえ、ICRP報告によれば、日本人1.3億人の場合、年間8000名の死者、重度障害者が発生するのである。
 
 実は、ICRPは原子力産業の正当化のため設けられた組織で、一定の被害を容認して原子力産業を運営するため住民の意思を無視して、巨大企業グループが勝手に年間許容量を定めたものである。
 これは各国の交通事故死の割合を見て、同程度の犠牲まで許容しようと決めたのである。本来、被曝は1ミリどころか、0.1ミリだって許容すべきではない。
 1ミリシーベルトまでなら原子力を稼働して構わないという原子力産業の金儲けを正当化するための勝手な屁理屈なのである。
 
 http://takedanet.com/archives/1013803600.html
 
被曝量と被害は一次関数、直線的であるとされているので、20ミリシーベルトでは、年16万人の死者・重度障害者が出ることになる。
 
 安倍政権の方針によれば、年間16万人の被曝死者まで合法化するという理屈になる。実際に、福島などの放射能重汚染地に住民を帰還させるということは、まさに大量殺人施設に送り込むということに他ならない。
 
 このことの意味は、どんなに正当化してみても立派な殺人である。
 それも植松聖や白石隆宏どころじゃない。東京電力と自民党政府の一方的な過失により被災した人々をアウシュビッツのガス室に送り込んでるに等しいのだ。ポルポトやヒトラーの犯罪にも匹敵する民族ジェノサイドなのである。
 ちゃんとした、まともな政権ができれば、彼らは最高レベルの処罰を受けなければならないのだ。
 
 またフクイチ巨大事故だけでなく、日常的に原発を稼働させているだけで、これもまた殺戮犯罪といわねばならない。泊原発の泊村では心筋梗塞死が444%日本平均100%から激増している。
 伊方原発の伊方町でも、心不全が273%、こうした激増を積算すれば、たぶん数百名の死では収まらないだろう。白石も植松も可愛いものである。いずれ、正しい政治が行われるときには断罪されねばならないのである。
[御坊火力周辺の奇っ怪なデータ ]
 
 
 実は、心筋梗塞データを調べるにあたって、原発周辺だけでなく、遠く離れた安全地帯と思われる地域も調べてみた。
 そのなかに、本来現れるはずのない奇っ怪な心筋梗塞データが出てきて驚かされた。
 
 それは和歌山県御坊市周辺である。
 御坊市=心不全305% 隣の由良町では心不全250%、南側のみなべ町では心筋梗塞158%、北側の紀美野町では心不全161%、山を上がった高野山町では心筋梗塞197%と異常値が狭い範囲に集中している。
 
 その周辺では、平常値地帯が広がっている。
 さらに四国南端に行くと室戸周辺でも高い値がまとまっている。
 これは何だろうと私は頭を抱え込んだが、四国南部については伊方原発から、まっっすぐ東に向かうライン上であって、伊方の放射能による影響と考えても不思議でない。
 
 しかし御坊市だけは理由が分からなかったので、この付近の大型施設、発電所や巨大工場などを調べてみると、御坊市の沿岸を巨大に埋め立てた関西電力御坊火力発電所が原因らしいことが分かってきた。

kiihantou.jpg

 

 http://www.kepco.co.jp/energy_supply/energy/thermal_power/plant/gobo.html
 
 火力発電所は全国の沿岸部にたくさんあって、御坊の近く、対岸にも阿南市にいくつも操業しているが、ここでは異常は見られない。
 ついでに全国の主立った火力周辺を調べてみても、御坊ほどの凄まじいデータは出てこない。
 
 同じ石油火力というのに、なんで御坊だけもの凄い異常値が出るのか?
 
 もう少しネットを調べてみると、御坊火力は「もの凄い煙」という悪評がプンプンである。
 
https://ameblo.jp/saitomaki/entry-11173277953.html
 
 こうなると、心筋梗塞は喘息患者に多いことから、排煙が何らかの原因をなしている可能性がある。
 だが、他の火力発電では、こんな凄いデータは出てこない。となると……
 もしかして、御坊火力では秘密裏に放射能を扱っているのではないか?
 という疑いさえ出てくる。今のところ確かめるすべがないので、今後も情報を収集していきたいが、御坊火力が周辺の人々を詐害している疑いは極めて強い。
 
 もう少しデータが集まったら、再び、まとまって報告したい。 

 アカシックレコード   その1


 [黄昏れる自分]

 人の一生は、細胞の生物学的寿命として130歳前後だという。

 寿命はDNAに組み込まれていて、後から変えることのできない先天的なプログラムである。細胞は、何度か死と再生を繰り返し、やがて再生が不可能になり、櫛の歯が抜けるように全身から少しずつ細胞が脱落し、徐々に全身の連係機能を失ってゆき、最期には個体の死を招く仕組みであり、細胞の再生回数を定めるのは、染色体の末端にあるテロメアという情報細胞である。

 https://www.ueharazaidan.com/telomere.html

 人生、一回転、還暦で60歳というのは、暦の上ではあるが、人間の肉体の法則を言い当てているかもしれない。
 自分が還暦を超えてみて感じたことだが、人の一生は60年でプログラムされていて、それ以上はオマケであるような気がする。

 私の子供時代、今から50年も前は、日本社会における一般企業の定年は50歳であった。
 50歳になれば、体も心もバリバリ現役だが、退職して、やることがないから、自転車に乗って釣り三昧という人も多かった。

 それから定年は55歳になり、今は60歳だが、一部では、すでに65歳である。
 定年を延長している本当の理由は、早く退職させると、年金を長く支払わねばならないという切羽詰まった政府の台所事情から来ている。
 自民党政府は箱物大好き、すなわち世界に見栄を張るための無駄遣い大好きで、湯水のように予算をドブに捨てた結果、元手を取り戻そうと、年金資金を投資博打で使い込んでしまって、もう支払う原資もないので、給開始年齢を遅らせ、65歳だ、68歳だ、70歳だと、どんどん延長させているのである。

 結局、我々が強制的に積み立てさせられた年金は、自民党政権の無駄遣いと投機博打の累積で宇宙の彼方に消え去ってしまうことになるだろう。
 問題は、形の上で定年制度を延長し、年金支給を遅らせてみても、肉体の方が本当についてゆけるのか? ということである。

 不惑、充実の40歳代、経験を積んで不動の50歳代、この世代がミドルと呼ばれ、企業も社会も牽引してゆくのが社会常識であって、60歳代になると、さまざまな機能が衰え、組織を指導してゆく能力が失われてゆくため、引退とするのが定年制の意味であった。

 老化現象というものが、心の持ち方や政府の都合で、勝手に変えられるものならいいんだが、そうじゃない。
 老化は取り返しがつかない。定年を延長したって、年金支給を遅らせたって老化が遅れるわけじゃない、
 60歳になれば40歳の判断力も行動力も戻ってこないのだ。
 自民党政権は、自分たちが何をやろうとしてるのか、まったく理解していない。

 自分の体験から言えば、50歳になって人生の黄昏が見え始めた。
 酒は肝臓を痛め、ヤキトリとビールの累積が痛風発作を呼び、肉食や油脂食事は胆石を作り、何よりも、目が遠くなって、新聞が読めなくなり、言葉が脳裏に浮かばず、「アレ、アレなんだ……」と、いつまでも思い出せない。
 
 それだけじゃない。覚えたはずのスケジュールをあっというまに忘れる。正確な位置に打ち込んだはずのビスが、まるで違う位置に打ち込まれている。正しく指示したはずの操作が、まるで間違っている。

 追い打ちをかけるように、東電が地球上にまき散らした莫大な放射能が、じわじわと人生を痛めつけにかかる。
 事故後、放射能調査のため福島を8回訪れた私にも、7年目にして、循環器系=心臓の異常が見え始めた。心臓が痛い。セシウム舞う首都圏では、毎日のように急病人で電車が止まっている。

 これを「衰え」というならば、人の衰えというものは、50代から明らかに始まっていて、60代を迎えるころには、自分の未来に対する肯定的な希望が失われ、バラ色だったはずの未来は灰色か、または忍び寄る雷雲のように真っ黒だ。
 こうして書いていても、パソコンのキーボードは絶望的なほど誤打を繰り返す。

 冒頭に述べたように、細胞の再生を規定するテロメアは、確実に最期の再生を終えようとし、自分の肉体から再生をやめてしまった細胞がパラパラと脱落する音が聞こえる。
 残されるのは、再生することができないで脱落してしまった顔の細胞が、深いシミやシワとして残ったり、若かりし頃は豊かだったのに細くなった筋肉や、かつて黒く豊かだった髪の毛や、見えない体内の細胞の欠落だろう。
 「老いた……」

 私など、こうなると、不安を通り越してふて腐れしかない。「なるようになりやがれ!」 脳味噌の数割が脱落したら、みっともなく、この世にしがみついてないで、さっさと逝けばよいと開き直るしかないのだ。

 もっとも、そんな心情で書いた5年前のツイートが、ツイッター社の管理員から「自殺幇助」とやらの奇っ怪な理由でアカウントの恒久停止をくらってしまったが。

 「今生がダメなら来生があるさ」

 若い頃から心霊現象を研究してきた私にとっては、これが最期の切り札である。

 過去生から未来生まで、人の魂は永遠に死滅せず、記憶も消えることがない。これは、本当に萎えかけた希望を呼び覚ましてくれる、すばらしい理屈ではないか!
 本当だとすれば、老化も死も何一つ怖くない。次の人生に希望を託せばよいのだ。

 その気になれば、3000年前のことを精密に思い出すことさえできる。
 肉体の記憶はボロボロだが、魂の記憶は、何があっても失われず、閉じた心を開きさえすれば、いつでも思い出すことができるのだという。
 これをアカシックレコードというらしい。

 これを我々に、衝撃的に見せてくれた人物がいる。高橋信次という。
 1970年代前半、この人の講演を初めて聴いたときは、正真正銘、度肝を抜かれた。
 
 演壇に上がった女性が、一度も聴いたことのない不思議な言語でペラペラとしゃべり出すと、会場のいたるところからも、同じような言葉で、いっせいにみんなしゃべり出す。
 高橋に言わせると、古代ギリシャ語だったり、インド語だったりするそうだ。下は一例、古代インドで釈迦族にいた人が過去生を思い出してしゃべりはじめた。
http://tokaiama.minim.ne.jp//takahasisinji/a24_1b.mp3

http://tokaiama.minim.ne.jp/takahasisinji/a24_2b.mp3

 このファイルは、全部で100本ほどあって、かつてはYouTubeに全部アップされていたが、誰かがアップすると、たちまちクレームが入って削除されてしまう。
 必死になって高橋の講演動画を隠蔽して回っているのは、娘の高橋佳子らしい。
 中身が、あまりに凄いので、私が自分のサイトにアップしようとしたが、生憎容量が少なくて無理なので、もうすぐ海外サイトを借りて全編アップする予定だが、私は金がないので、どなたか協力していただける方がいるとありがたい。

 高橋信次という人物は何者?

 1927年生まれで、亡くなったのは1976年だから、まだ若い、50歳を目前にした脂の乗りきった年齢で急死した。
 佐久市の生まれで、戦時中は戦闘機のパイロットだったようだが、本人は詳しく語らない。日大電気工学出身で、高橋電工という、当時黎明期だったコンピュータ部品を製造する会社を立ち上げ、今でも高電工業という名で、佐久市に会社が残っている。

 1968年頃から奇っ怪な霊現象が身辺に現れるようになり、電子工業の親父から宗教家へ転じた。
 後に、政木和三という発明家が、自分は高橋信次の分身であると言い出した。

 1970年前後からGLAという宗教団体を結成し、活動を開始したが、この頃から私の親戚が彼に夢中になって、GLAに一族まるごと加盟していたが、高橋死後、娘の佳子が「私はミカエル」と言い出したが、まるで霊能がなく、父の高橋が生存中に暴力をふるい、死後、父親の痕跡をこの世から消す活動を始めたのを見て、みんな引いてしまった。

 私は宗教団体や宗教活動には100%興味がないが、輪廻転生の真実だけに興味があるので、高橋の講演から、天地がひっくり返るほどの驚異的な真実を見せつけられて、これは人にも教えなければと思っているだけである。

 こんなことを書いてると、東海アマは宗教活動をしたいのか? と思われそうなので、そうじゃないんだよと強調しておきたい。
 高橋信次の布教をしたいわけじゃない。
 3000年前の過去生のアカシックレコードを当時の言葉でペラペラとしゃべりだす人がいるんだと紹介したいだけだ。

 今日は、あんまり筆が進まないので、明日にも、分かりやすく説明しよう。

再掲   原子力発電は事故を起こさなくとも日本人を殺戮している   その6 九州・四国


http://tokaiama.minim.ne.jp/genpatu/gensatu6.html
 
 原子炉には、特別にトリチウムを大量に環境放出するタイプがある。
 
 中性子の減速に重水を使用するCANDU炉というタイプで、有名なところでは発祥地カナダのピカリング原発で、ここにはCANDU原子炉が8基もある。
 対馬に近い韓国の月城原発(1983年稼働)も、中国の泰山原発(2002年稼働)も、このタイプである。
 
 CANDU炉の際だった特徴は、重水を減速材に使うことで核反応の効率が上がり、中性子の核分裂条件が大きく向上するため核燃料に濃縮タイプを使う必要がなく、ウラン235が、わずか1%程度の含有率、イエローケーキなみでも、そのまま燃料に利用することができる。
 
 しかし、重水が莫大なトリチウムを発生し、それを外気に放出することになり、周辺環境へのトリチウム汚染が極めて深刻なものとなる。
 
 ピカリング原発では、莫大なトリチウムの垂れ流しにより、周辺住民の新生児ダウン症発症率が85%上昇したとグリーンピースが告発報告した。
(この資料がネット上にたくさんあったのに、今調べたら、グーグルなどの検索からほとんど排除されていた。グーグルが、どれほど原子力産業に買収されてしまっているか思い知らされる)
 
トリチウムの危険性 青山禎一 
  http://eritokyo.jp/independent/aoyama-fnp0897..html
 
 東海アマブログ トリチウム
  https://blogs.yahoo.co.jp/tokaiama/27713018.html
 
 ここで、日本国内の核施設によるトリチウムの環境放出量を調べてみよう。
 ここには桁違いに放出しているフクイチ事故原発群は含まれていない。
 ピカリング原発では年間500~620兆ベクレル、泊原発では年30兆ベクレル前後で、10年で287兆ベクレル・高浜・伊方原発は年間50~70兆ベクレル、玄海原発は年間70~100兆ベクレル、10年で826兆ベクレル。

toritiumugenpatu.jpg


toritiumu2.jpg




 玄海原発のトリチウム放出量は、国内最悪、泊、高浜や伊方などトリチウム放出の極端に多い原発は、すべて加圧水型である。
 大半の沸騰水型原発のトリチウム放出量は、年間1兆ベクレルに満たない。
 
 加圧水型原子炉はCUNDU炉に次いで多くのトリチウムを環境にまき散らすので、ピカリング原発同様、周辺でのダウン症発症率増加が懸念されている。
 
 私は、このデータを解析していて、心筋梗塞とトリチウムが関係している疑いをぬぐいきれない。
 
 
 [伊方原発の恐怖のデータ]
 
 1977年から稼働した3基、計202万Kwの伊方原発に放射能排気煙突が存在しないのは泊原発と同じ。
 
 加圧水型はベント機能がついていないから煙突不要との説明もあるが、なんらかの理由で超高圧になった場合、ベントできなければ、こうなることを知っていただきたい。
 
  http://blog.livedoor.jp/amenohimoharenohimo/archives/65764511.html
 
 煙突があろうがなかろうが、放射能は必ず出てくる。伊方では泊原発同様、足下の伊方町から激しい心筋梗塞・心不全の異常死亡データが出ている。
 
 四国全体を見渡すと、驚愕の心筋梗塞ベルトとなっている現実に、心の底から驚かされた。
 伊方原発から真東に延びる太いラインと、足摺岬方面に向かい先端にまで達している心筋梗塞ライン。瀬戸内沿岸や九州東部まで異常が続いている。
 いったい、この凄まじいデータは何だ!
 
ikatagenpatu2.jpg

 データが偶然に変化する確率は正規分布内、プラスマイナス34% である。それ以上、全国平均を100%として134%を超えるような異常値には異常を生み出す何らかの原因があると考えられる。
 
 ここに頻繁に現れているのは200%を超えるような超異常データであり、おまけに、これらには偶然では生まれない地域的な連続性、まとまりが存在していて、まとまった地域には特有の理由、原因=放射能気団の流れが存在することを示している。
 それは放射能気団が来たか? それとも来なかったか、しかありえない。
 
 まずは伊方原発の足下、伊方町で心不全278%、これは伊方原発が加圧水型で放射能排気用煙突が作られておらず、晴天無風の日には排出放射能がたまりやすいからであろう。しかも莫大なトリチウムを放出し続けている。
 
ikatagenpatuentotu.jpg

 
ここからのデータには本当に背筋が寒くなる。
 
 伊方の足下、八幡浜市で心不全198%、ここから西からの季節風(玄界灘・周防灘・伊予灘と北西の季節風が海の上を渡ってくる)によってまっすぐ東に向けて放射能気団が走っていることを示すデータが現れている。
 
 内子町=心不全183%、久万高原町=心不全323%、高知市でさえ心筋梗塞174%、香南市=心筋梗塞163%、大豊町=189%、安芸市=206%、東洋町209%、奈半利町=269%、室戸市=278%
 と身の毛もよだつデータが続いている。しかも、これらには強い流れが見える。
 
 また伊方原発から、北からの季節風に乗って南下する放射能雲を示すデータも見える。
 
 まっすぐ南下した場合、鬼北町=心不全226%、最初の中都市、宇和島市=心不全260%、愛南町=心不全191%、宿毛市=心不全213%、土佐清水=心筋梗塞180%。
 
 伊方半島から豊後水道を渡って、九州東部の杵築市=心筋梗塞170%、津久見市=心筋梗塞190%、九重町=心筋梗塞196% で、これもまとまっている。
 
 また、伊予灘を渡った山口県側では、すべてのデータが平常値になっていて、伊方原発の風下とは極端な対象を示していて、原発放射能による健康被害の特定に寄与している。
 
[玄海原発からの放射能放出による健康被害]
 
 玄海原発の排気煙突は30メートル程度のものが1本あるだけだ。加圧式原子炉特有の外観になっている。1975年に稼働し、2011年まで36年間の稼働があった。
 しかし、なぜか地元での影響が見えにくく、遠方での影響が見える。
 
 現在停止中の玄海原発だが、4基の加圧水型原子炉、総出力350万キロ、うち1号機、56万キロwは炉心部の脆性劣化が原因で廃炉が確定している。
 なぜ脆性劣化が起きるかといえば、たぶん莫大なトリチウム生成が関係しているのだろう。炉心に水素や酸素など原子番号の小さな、化合力が激しい元素があると、さまざまな条件で想定外の腐食が起きるのだ。
 genkaigenpatuentotu.jpg


genkaigenpatu (2)


九電は玄海三号機を3月23日再稼働させた。

 ここで玄海原発の影響を見てみよう。
 
 足下の玄海町や唐津市では不可解な平常値、このあたりデータ捏造の臭いがプンプン漂う。しかし隣の平戸市では心筋梗塞211%の強烈な一撃。
 南下して西海市では心筋梗塞164%、雲仙市では心筋梗塞176%、南島原で心筋梗塞169%。
 五島列島五島市では、心筋梗塞224%。もう致命傷といえるだろう。
 ちょうど西から南に回り込むように心筋梗塞ベルトが広がっている。
 
 これに挟まれるように佐世保から竹田まで東に向かって広い範囲で平常値ベルトが広がっている。
 
 もしも心筋梗塞の地域差が偶然に成立したランダムなデータであったなら、こうした一帯のまとまりは存在しないはずである。こうしたベルトが成立する理由は、放射能雲の通路にあたっているからである。
 玄海原発が放出した放射能は、セオリー通りに西側の海に沿って海上ダクトを進行したと考えられる。
 
玄海原発3号機は2018年3月23日に再稼働したが、九州電力はこの原子炉にプルサーマルを導入すると公言してきたので、すでにプルトニウム燃料が使われているかもしれない。
 
 この問題は、プルトニウムがプルトニウム240の生成により極めて不安定なものになり制御が非常に難しく、核暴走を起こしやすいこと。
 使用済みかプルサーマル燃料の崩壊熱がもの凄くて、100度の安定冷温収束に至るまで、実に300年の冷却期間が必要であることだ。
 300年後に九州電力が存続しているのか? 10年だって難しい、九電は幽霊に任せるつもりなのか?
 
 冷却できなくなったプルサーマル燃料を、誰がどうやって管理するのか見通しがあるのか?
 結局、九州電力も「行ってこい」原子力で、使用済み核燃料のトイレも、冷却期間の管理も、廃炉技術さえも、何一つ見通しのない「未来にお任せ」の無責任極まりない運営である。
 
 運転期間中は、住民を心筋梗塞と癌で殺戮してゆく超悪質な犯罪者である。
 こいつらは目先の金儲けしか考えていない、今の人々を放射能で殺戮し、子供たちの未来を完全破壊する極悪人と判断するしかない。
 
[川内原発の放射能による影響被害]
 
 川内原発は1984年に稼働した三基の加圧水型原子炉を持ち、出力は178万Kw、2011年フクイチ事故を受けて停止していたが、原発再稼働反対を掲げて当選したテレ朝記者、三反園新知事の裏切り行為によって2016年12月に1・2号機が再稼働した。
 
 加圧水型なので、これもトリチウムが多いタイプで、年間30~50兆ベクレル、10年で413兆ベクレルを環境に垂れ流している。
 これによる周辺住民にダウン症発症が増加する可能性を否定できない。
 また癌や心筋梗塞増加にも関係しているだろう。
 
また、熊本震災を引き起こした中央構造線が活性化しているが、川内原発はその真上に建設されているといわれ、桜島を含む姶良カルデラが巨大活動したときも、火砕流に飲み込まれると指摘されている。
 
sendaijisin.jpg

 
 
姶良カルデラの火砕流が川内原発を飲み込む
 
http://kiikochan.blog136.fc2.com/blog-entry-3677.html
 
 川内原発の周辺の心筋梗塞・心不全を見てみよう
 
 相変わらず川内原発の足下、薩摩川内市と阿久根市は不可解な平常値。
 しかし、薩摩半島を南下した、いちき串木野市では心不全136%、南さつま市=心筋梗塞141%。
 南九州市も心筋梗塞141%、枕崎では心不全189%、大隅半島に渡って、志布志町=心不全168%。
 
 鹿児島市や三股町などがポツンと平常値だが、鹿児島県全体で異常値すれすれの高い状態が広がっている。
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伊方原発のような大規模な異常値に比べれば、川内原発の周辺に広がる異常値は少ない。
 この理由は、稼働開始が1984年で2011年までの27年間の稼働と他の原発群より短いこと。出力も178万Kと大きくない。加圧水型は沸騰水型よりもトリチウムは多いが、他の希ガス放射能放出が少ないなどの性質があるためと考える。
 
 少ないとはいっても、鹿児島県全域に異常値が広がっている。もしかしたら南西諸島方面にも影響があるのかもしれない。
 
川内原発のある鹿児島県は、白血病死亡率第1位
 
   http://jp.bloguru.com/fukushima-requiem/266842/1/thread

 目に見える世界だけに生きているわけではない

 私の実家は名古屋市中村区にあって、この土地は、名古屋城から見て南西の方角であり、昔は「裏鬼門」と呼ばれる方位であった。
 江戸時代の風水では、「裏鬼門に不浄を置く」と定まり、汚穢処理場とか、刑場、家畜などの死体処理場などが置かれたようだ。

 今でも、その名残の地名や、歴史的な施設から、江戸時代に何が行われていたのかを想起させるものが多数残されている。

 例えば、尾張名古屋を支えた有力街道である鎌倉街道や佐屋街道(東海道七里の渡の海路を嫌う人が、代用陸路として通行した)沿いには、烏森(カラスの森)・万場(ヨロズ場=解体場)という地名が残り、八田(毛皮を張って乾かした場所の意味)には、現在でも大規模な畜産処理、食肉加工場が稼働している。

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 これを詳しく解説すると、現在、ここに居住している人から激しいクレームが来るので、あまり紹介できないが、想像力を働かせれば分かることだ。
 万場の北側には、東海地方最大級の未解放部落である甚目寺町も存在している。

 烏森の北側、城西病院の西側の道には惣兵衛用水があって、ここでは1970年代まで、いわゆる部落産業が存在していた。今では昔を知る者もいなくなり、地元の人も、どういう土地なのか知る者は少ない。

 これは、もう十年近く前に書いたブログである。私は、なぜ学校でいじめっ子たちから「四つ」と蔑称されるのか、その理由を知りたかった。

  http://tokaiama.blog69.fc2.com/blog-entry-246.html

 私の実家は、機関士だった父親が千種区から勤務先の鉄道基地近い中村区に移住したよそ者ではあるが、通った学校で、私は「四つ」と言われていたのだ。
 そこで、自分の住んでいる土地に、どのような歴史があるのか?県図書館などに通って、本格的に調査したことがある。

 ちょうど1980年代だったと思うが、私の目に触れる、たくさんの公的史料には、なぜか実家周辺の土地だけ情報が抜き取られ白紙だった。江戸時代・明治時代における土地利用図さえ記録されていなかった。
 あたかも、この世に、実家の土地の歴史がワープして存在しないような不思議な史料ばかり出てきた。

http://www.matimoyou.com/18kamakurakaidou-nagonaka.html

 明らかに、この土地の何かが公的史料から隠蔽されていて、それはいったい何なのか、いろいろ調べてはみたが、はっきりと分かるものは出てこなかった。
 江戸時代の村名は高須賀というのだが、本当の町名は別にあるらしい。しかし、それも古地図から削除されているのである。

 これは間違いなく刑場があったのだと思って調べて見ると、尾張藩の公式の刑場は、新川町にある土器野新田という場所にあった。この刑場に対応した未解放部落が甚目寺だったのだ。

 すると烏森や高須賀の不可解な空白地帯は、いったい何だったのか?
 未解放部落とカラスの飛び交う森があれば、だいたい想像がつくのだが。土器野のように公式記録に残らない刑場とは、いったい何なのか? 不可解だった。

 明確な証拠文書は出てこなかったが、おそらく、戦国時代、この南側には前田荘・西側には横井荘という鎌倉時代から続く大きな荘園集落があって、前田利家や前田慶次、横井荘では、現代になって横井庄一さんや横井英樹が出ている。
 これらの荘園に関係した刑場だったのではないかと予想している。

 さて、今回の本題は歴史の紹介ではない。

 実は、私の家には、幼い頃から幽霊が頻繁に出たのだ。

 夜中、誰もいない部屋の扉が勝手に大きな音を立てて開閉する。奇妙な家鳴りがする。家族が頻繁に病気にかかるなど、怖い現象が続いた。
 誰もいないのに足音がするなど、あたりまえだった。
 
 母親が名の知れた山伏行者を呼んで見てもらうと、行者は
「玄関を入った瞬間に、足がすくみ、白髪の恐ろしい形相の老婆が出てきて睨み付けられた」
 と語った。もっとも山伏は「護摩のハイ」といわれるくらい、怪しげな人物が多かったので、単に母親を脅して金をせしめたかっただけかもしれないのだが。

 ちょうど父親が国労争議で逮捕されたり、母親が胃潰瘍で倒れたり、兄弟姉妹が次々に伝染病にかかったりと、大騒動の日々が続いていた。
もう母親はびっくりして、霊能者にすがって、お祓いをしてもらったり、自分が近所の宗教団体に入って、大規模な除霊祈祷をしてみたり、それは大変だった。

 ちょうど、家の庭にイチジクの木が植わっていて、そこで私が焚き火をして木を焦がしてしまったら、私自身も含めて大変な事態が続いた。
 どうも、イチジクの木の場所には、江戸時代から鎮霊祠があったらしい。
 向かいの家の娘さんが自殺したり、隣の長男がおかしくなって暴力をふるったり、反対側の長男が、不始末で家を売って賠償したり、近辺の家のことごとくで不思議なよろしくない現象が続いた。もちろん私も例外ではなかった。

 ここで、また霊能者に聞くと
「この土地では恨みの念が強烈に土地を縛っていて、生まれてくる子供は、まともに育たない、特に長男は」
 というのである。 

 不思議と言えば、我が家は、名古屋駅まで徒歩20分程度、日本中で、これほど便利のよい土地も珍しいのに、もの凄く地価が安い。
 「名古屋は西に萎え、東に延びる」 といわれたが、このご時世になっても、名古屋駅西口商店街は、戦後の焼け跡、闇市時代から、いくらも進歩していないのである。

 なぜ、名古屋駅の西側は人気がないのか、不可解というしかないが、その秘密は、どうやら、これらの事情にあるようだ。

 まあ、私は高校生まで、強固に洗脳されたマルクス主義者であって、そうした不合理な因習を信じるような人間ではなかった。
 しかし、30歳をすぎて、自分が霊憑依体質であることを思い知らされる事件があって、唯物論者から180度転向して、唯心論者に変わったのである。

 私は山登りが趣味で、日本中の山を歩いていたのだが、名張の山奥に車を駐めて登山をしたとき、突然、頭に何か重いものが入ってきたことを感じた。
 これは脳梗塞を起こしたのか? と思ったが、発生する吐き気や麻痺などの症状がまったくなく、ただ、頭の中の一点だけが凍結したような感覚になり、いったい何が起きたのか不思議だった。

 後で分かったことだが、私の駐めた場所では、関西の人物が首吊り自殺をしていた。暴力団系の人物だったようだ。
 このときから、私の性格が豹変し、もの凄く怒りっぽくなって、例えば運転中でも不快なことがあると、相手がヤクザでも追いかけていって木刀をつかんでケンカを売るなど、それまでは考えられないことを平気でやるようになった。

 この間、自分でも信じられない武勇伝ばかりだったが、今思い出せば恥ずかしくて書けるようなものではない。
 こんな状態が数年も続き、私は自分の異常さに困り果てていた。

 ある晩、夢のなかに祖父が出てきて、私の頭の中に手を入れて、ゴキン! という大きな音を立てて何かを外して取り出してくれた。
 それから、私の異常行動は収まった。

 後で分かったことだが、なんでこんなことが起きたのかと考えると、当時、私は気功に凝って、全国の気のスポットを回って、そこの気を自分で体験する趣味を持っていた。
 これで霊界に波動が近寄り、私の心身は憑依されやすい状態になっていたのである。

 それから、私は心霊現象にのめりこんで研究するようになった。
 もう30年以上も前のことだが、最初に夢中になったのがシルバーバーチやモーリスの霊言集で、それから、輪廻転生のさまざまな事例を研究して霊界の存在を確信すると、当時、一世を風靡していた高橋信次の講演を知って、彼の言う奇想天外な宇宙こそ真実であると信じるようになった。

http://tokaiama.minim.ne.jp/takahasisinji/takahasisinji=a21.html

 やがて、私が学んでいたマルクス主義の唯物論が根源的に間違っているのではないかと思うようになった。
 この宇宙の最奥にある原理は、決して物質ではなく、何かの意思であると信ずるようになった。唯物論から唯神論への転回である。

 そうして霊界の構造を理解できるようになって、死後、いわゆる天上界=霊界に誰でもが行くわけではなく、一部の現世に執着する人や、自分の肉体の死を理解できない霊体が存在することを知った。
 そんな霊を「浮遊霊」などと呼ぶのだが、彼らは自分の死を自覚しないため、自分と似たような波動を持った肉体に平気で入り込み、その肉体を乗っ取ることがあるのだ。これを霊憑依と呼んでいる。

 こんなことをする霊は「低級霊」というもので、やがて、自分の死を自覚すれば、ちゃんとあの世に行けるのだが、そうでないうちは、生きている時代の自分の怨念や執着を、他人の肉体を使って晴らそうとするから、憑依された方は大変なことになる。

 このあたり、高橋信次の「悪霊」という二冊の本に、詳しく書かれている。また上のリンクに、悪霊払いの実例がたくさん記録されている。

 私の実家周辺で、非常に困ったことが起きるのも、昔、この付近で怨念を持って死んだ人々が、未だに人間を恨み続けて、住人たちに悪さをしているという仕組みを、こうして理解することができた。

 江原啓之が「墓場の跡に住むな」と強調するのも、このような事情からであろう。

 心霊現象の世界は、もの凄く奥が深くて、こんなブログに書いて簡単に理解できる人などほとんどいないだろう。
 このことを分かってる人以外は、何をバカな妄想ばかり書いてるのかと嘲笑するのがオチだとは思うが、これは、私が空想した物語を書いているのではなく、実際に体験した事実を語っているのである。
 私も、あまりに巨大すぎる相手をどのように説明したらよいのか、まだ考えあぐねているところだ。
 

再掲  原子力発電は事故を起こさなくとも日本人を殺戮している    その5 関西・中国方面


 関西で稼働している核施設は、若狭に大量に集中しているが、それほど遠くない島根にも原発がある。当初、四国の伊方原発も含める予定だったが、伊方原発の放射能による影響は九州東部に大きく現れているため、九州で扱うことにした。
 それより中国地方には、想像もしていなかった恐怖の殺戮怪獣が潜んでいた。
 
 若狭には、敦賀原発2基、美浜原発3基、大飯原発4基、高浜原発に4基、もんじゅ1基、計14基の原発が集中していて、もしメルトダウン事故が起きれば、近畿の水瓶である琵琶湖が汚染されるのと、近畿・中国方面と岐阜県美濃地方、愛知県尾張地方が取り返しのつかないほど汚染される。
 
 この心筋梗塞の分布は、自民党政権や原発に依存する人々が、フクイチ事故に対する反省が絶無のため、おそらく、これから関西で再び起きる巨大メルトダウン事故の結果が何をもたらすのか? 示すものとなっていると思う。
 
[島根原発の排気放射能による健康被害]
 
 まずは島根原発から見てみよう。この影響を調べてゆくうちに、私はとんでもない怪獣を発見することになった。
 
 島根原発は、松江市内の臨海部にあり、46万Kと82万Kの二基の沸騰水型軽水炉。1974年~2011年までの37年間稼働している。
 3号機は運転未定。1号機は2015年廃炉が決定している。
 2号機の再稼働ではプルサーマルを予定している。
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 島根原発の排気煙突も非常に高く、おそらく100mをはるかに超えているだろう。 だから足下では正常でも西南に強い異常が出ている。
 足下の松江や出雲では正常値だが、50K以上離れた江津市で心不全159%、益田市でも159%、安芸太田で155%と異常値が出ている。
 
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 問題になるのは南東の鳥取、兵庫県方面で、あまりにもたくさんのハイレベル異常値が出ていて、果たして併せて100万キロ超の原発運転で、ここまでひどい結果が出るのだろうか? と頭を抱え込んでしまう異様な結果が見えている。
 
 心筋梗塞死亡のデータは、境港市139%、米子市149%、琴浦町185%
倉吉市213%、岩美町269%、鳥取市146%、八頭町179%、智頭町208%
伯耆町139% 、日南町185%
 
 さらに鳥取県・岡山県・兵庫県の南部に至るまで非常に高いレベルの心筋梗塞死亡が出ている。
 瀬戸内沿岸に近い、たつの市163%、美作市176%(心不全)勝央町167%、宍粟市170%(心不全)、新見市192%(心不全)、高梁市181%(心不全)、日南町185%
 玉野市でさえ139%、姫路市も146%
 
 これらの国内最大級の広がりを持った心筋梗塞地帯が、はたして島根原発の排気放射能だけで起きるものか? 
 
 綿密な検証を重ねてゆかねばならないが、少なくとも、これらの異常な心筋梗塞死地帯には一定のまとまりがあり、広島方面に広がる平常値地帯と明瞭な対象をなしていて、過去の排気公害事件とよく似た分布になっている。
 よって、島根原発の37年間にわたる放射能排気に強い疑いの目が向けられるのは当然である。
 
 しかし、兵庫県・岡山県にまたがる、この異常な心筋梗塞地帯は、島根原発だけでなく、若狭原発群からの放射能排気も流れ込んでいると考えれば、この深刻さは容易に理解される。
 
 さらに共通する条件として、日本最大級のウラン鉱石放射能地帯であることだ。実は、この地域の核心部にある人形峠ではウラン精錬工場が稼働していた。
 調査を進めるうちに、この工場こそ、私は、すべての異常値の根源に屹立する恐怖の怪獣であったことを思い知らされた。
 
[人形峠ウラン精錬施設の影響]
 
 鳥取県の倉吉平野と岡山県の津山盆地を結ぶ、海抜740mの人形峠。
 1956年にウラン鉱石の調査研究所が設置され、1959年にはウラン鉱石を製錬したイエローケーキ精製に成功し、1961年には200Kgの国産濃縮ウラン原料の製造に成功した。
 
 この間、核燃料開発事業団=動燃が国家プロジェクトとして活動を開始し、1967年、人形峠鉱業所として発足し、1978年には人形峠事業所と改称した。
 1980年代には、回収ウラン燃料の転換試験=つまりプルトニウム製造が行われたと書かれているので、事実上の再処理工場であったことになる、
 
 となれば、青森六ヶ所村で起きている凄まじい心筋梗塞データと、この周辺200K圏で起きている恐ろしい心筋梗塞データの共通点が鮮明に浮かび上がることになる。
 この恐怖の心筋梗塞地帯の原因は、島根原発による放射能排気ではなく、人形峠再処理施設と考えられるであろう。
 その後、1979年のスリーマイル原発メルトダウン事故の影響により、ウラン価格が低迷したため事業の採算性が失われ、2001年には全施設が閉鎖となった。
 20世紀のうちに、人形峠事業所で採掘されたウラン鉱石は86000トン、濃縮精製されたウラン235核燃料は84トンであった。
 この量は広島型原爆、840万発分ということになる。
 
人形峠周辺には、動燃によりウラン汚染残土=鉱滓100万トン以上が投げ捨てられたままになっているといわれる。
 
  小出裕章さんら京大原研のメンバーが調査した人形峠ウラン汚染による危険性を警告した論文
   http://www.rri.kyoto-u.ac.jp/NSRG/seminar/No79/kid000927.PDF
 
    http://www.rri.kyoto-u.ac.jp/NSRG/Ningyo-toge/KankyouD.html
 
これらの情報から、岡山県と兵庫県、鳥取県にまたがるウラン地帯における心筋梗塞地帯の原因は、人形峠で行われたウラン採掘と精製、さらに再処理による放射能汚染と考えることが、もっとも合理的と判断できると思う。

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[日本最大の核施設密集地帯、若狭原発群]
 
 14基の原子炉が集中している日本最大の原発密集地、若狭湾周辺。
 
 2011年のフクイチ巨大放射能事故で日本中の原発が止まったわけだが、その後も資産減損に怯えた関西電力が、次々に再稼働を画策し、すでに大飯、高浜原発が再稼働を開始してしまっている。
 この記事を書いている2018年3月末には、莫大なトリチウム放出で有名な玄海原発まで再稼働を始めた。
 
 若狭原発群が放出した放射能による被害を調べていると、統計データに奇っ怪な、ありえない平常値が続いていることに驚かされた。もっとも汚染され危険なはずの、敦賀原発、もんじゅ、美浜などが集中している地域=敦賀市や美浜町などの心筋梗塞が奇妙に少ない。
 
 このところ政府による公文書偽造捏造が報道されているが、どうも政府や自治体レベルで原発の地元の人口動態統計を歪曲しているのではという疑念が強まってならない。
 14基も危険な老朽原発の運転が40年にわたって続いたにもかかわらず、心筋梗塞データが少なすぎる。
 
 「こんなはずはない!」というのが私の正直な感想である。

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 敦賀から60Km離れた勝山市では、心筋梗塞186%、隣の坂井市でも170%
 高浜では162%、小浜でも174%、それなのに最も汚染が激しいはずの敦賀や呪われた殺人原発と呼ばれた美浜でも平常値になっている。新温泉町では166%。
 
 敦賀市では、安倍内閣で復興大臣などを務めた「パンティ泥棒」高木氏の父親が長く市長を務め、このような信じられない発言をしたことが知られている。
 こんな首長がいれば、原発の危険なデータはすべて封印、捏造されるのも当然だ。
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   https://iwj.co.jp/wj/open/archives/270810
 
 若狭原発群の危険性について
 
     http://www.asyura2.com/11/genpatu17/msg/455.html

少し外れた社会

 

 記憶では1980年代の半ばだったような気がするが、正確な日付は覚えていない。
 当時、私は年間50回以上、ほぼ毎週のように山歩きをしていたが、冬場は、鈴鹿の御池岳周辺と中央アルプスの越百山周辺をマイゲレンデにして歩いていた。

 このとき、R19号、大桑村の伊奈川橋から越百山登山口に行くと、毎週のように外車が停まっていた。
 私は、「これは、おそらく暴力団がチャカ(ピストル)の射撃テストに来てるんだろう」と思った。
 その車は、南駒ヶ岳と越百山の二カ所の登山口があるうちの、いつでも越百山の登山口近くに停まっていた。おまけに季節は12月~5月の積雪期だけだ。

 一人で登ってゆくと、かなり深い雪のルート、2500mの稜線付近で、その人物と数回すれ違い、挨拶を交わした。

 日に焼けた精悍なマスク、敏捷な身のこなし、鋭い目つき、その人物は、確かな足取りで早足で歩いていた。
 私には、彼がヤクザに見えた。「なんでヤクザが冬山にいるんだ?」

 ここで出会ったのは一回だけではない。少なくとも三回くらいは出会っている。彼は、冬になると中央アルプスの、人気のない、この山に来ているらしい。
 それで、登山口に停まっている外車の謎が解けた。

 1990年頃、私は名古屋市大門の某タクシー会社で働いた。
 そうして、無線配車で弘道会本部に迎えにいって、その人物と再会を果たすことになった。
 もっとも、彼であると分かったのは、ずいぶん後のことだが。

 彼は、当時、弘道会の組長だった。そして、後に、山口組六代目組長になる司忍こと篠田正浩氏であった。
 司組長は、酒も飲まずタバコも吸わず、ひたすら冬山登山や水泳で体を鍛えることに熱中するストイックを絵に描いたような人物だったのだ。

 タクシーを呼んだときの彼の姿勢は、上から目線はまったくなく、いつも、とても優しく、チップをはずんでくれた。
 私は、いつでも大声で「ありがとうございます」と言う癖があったから、彼は気に入ったようだった。
 人間性は、まるで高倉健が映画から出てきたようであった。
 
 タクシー商売というのは暴力団と関係が深い。とりわけ「大門遊興街」を抱えた名古屋市中村区は「暴力団の巣窟」とでもいうべき密度の濃さで、私が通った小中学校でも、大門ヤクザ関係者は一大勢力で、イジメなどの問題を起こす者が多かった。

 タクシー時代、会社の近所の喫茶店で、同僚のシャブ=覚醒剤の売買現場を目撃したのも一度や二度ではない。タクシーやバスの運転手は、客乗中は絶対に眠れないので、シャブに手を出す者が少なくなかったのである。
 だからタクシー運転手と暴力団は、裏表のいずれでも関係ができてしまう。

 おおむね暴力団は、本当に困った連中で、業務中に、どれほどひどい目に遭わされたか、思い出したくもないほどだ。
 後ろで怒鳴り散らされるなど序の口、ときには首筋に刃物をつきつけられたりした。ただし、こんなのは暴力団ではなく、フリをしたチンピラであったが。

 そんななかで弘道会の若衆だけは別格だった。ウソのように礼儀正しく、彼らが暴力団などとは、まったく信じられなかった。
 司組長が、どれほど若衆に厳しく教育していたかが分かった。
 運転手に迷惑もかける者も皆無だったが、一人だけ例外がいた。

 彼は、出入りで3人斬り殺し、出所してまもない頃だった。
 ちょうど人相は、ドジャーズの前田健太によく似ていた。
 マンションまでお迎えに行き、弘道会事務所まで毎朝送るのだが、下車時、かれは、いつも千円札を投げてよこした。これで釣り銭くれてやるとの意思表示だったのだろう。
 何十回も送迎し(他の運転手が嫌がって無線をとらなかったので私がよくとった)わけだが、顔見知りになる頃には失礼な態度も消えて、世間話をするようになった。

 中学時代、私より一級下だが、生徒会長までやったスポーツ万能のO組の息子がいたのだが、彼が長じて「二丁拳銃のO」と呼ばれ、名古屋のヤクザ界では、その名を知られた人物になったこと。
 Oが人妻と禁じられた恋をして、陸橋から飛び降り自殺したこと。
 同級生のいじめっ子=どれだけひどい目に遭ったか分からないほど最悪だったYが殺人で無期懲役刑に処せられたことなど、子供の頃から顔を知ってる彼らの、驚くような情報を教えてくれたのも彼だ。

 たくさんのヤクザを客として乗せて、世間話をしたり、打ち解けた者とは飲みにいったりするうち、とても、ここには書けないような恐ろしい話もたくさん聞いた。
 みんな、糞真面目で口が固いのだが、ひとたび打ち解けると、堰を切ったように自慢話や誰も知らない恐ろしい裏話が出てくる。

 ヤクザとの付き合い方には、厳格なルールがある。
 それは「筋を通す」ということ。どんな筋かというと、「相手の顔を立てる」ということである。つまり、彼らの社会を厳格に規制する規律というのは「見栄とメンツ」である。
 まるで儒教社会そのままだ。ヤクザ社会は儒教を規範としているのである。逆に北朝鮮も、またヤクザ社会であるといえよう。

 彼らの立場を失わせるようなことをいえば、たちまちこの世から消されることになる。何回か「殺す」と言われたことがあるが、彼らは、自分たちが特別な世界にいることに誇りを持っているように思えた。人を殺して刑務所に行くことも、「筋」さえ通っていれば、それは人生の誇りだったのだ。
 一般人が震え上がるような世界こそ、彼らのプライドだったのだ。

 名前は言えないが、ある中高年のヤクザと仲良くなったとき、タクシーの中で背筋が凍るような情報を聞いたことがある。

 それは、大門の遊郭店などで、店で暴れたりした客の始末が彼らの主な仕事だったのだが、袋叩きにして死んでしまうことも、決して希ではなかったそうだ。
 もちろん警察に届けることはない。遺体は、完全に消えてしまうのである。
 その秘密をちらりと聞いた。

 実は、秘密の遺体処理の専門業者がいるのだという。どこにいるかというと三河湾の幡豆という漁港にいる。
 ここは、日本一の密漁船漁港で、数百隻の密漁船が違法操業のため、ここから出港してゆくことで知られている。その大半が暴力団組員である。

 歓迎せざる遺体が出ると、深夜にトラックに乗せられ、午前3時頃に漁港について、餌や網などの漁業具とともに船に乗せられる。
 それから伊勢湾や熊野灘などの水深の深い場所に、コンクリートをつけられて沈められるのである。目撃者などいないので、完全犯罪である。
 始末料は、おそらく数十万円程度だろう。もちろん企業秘密だから教えない。これは一つのビジネスとして定着しているのだという。

 そこで、こうした航路の浚渫船には必ず、所轄署の刑事が乗務している。上がってくるコンクリートを探すためである。
 それでも浚渫の対象にならない深い海域では、潜水艇で綿密な調査をしない限り発見するのは無理だ。

 私も、若い頃、結構ヤバい仕事をしていたので、さまざまな背筋の冷たくなる現場に遭遇した。
 例えば、ビルの建築現場で、基礎から血がにじみ出ているのを目撃したことがある。そこにいた関係者は「人柱」と言った。1970年代はじめのことだ。
 当時は、まだ過労死だとか人権感覚の概念などない時代だったので、現場で死んでしまう者など珍しくもなかった。
 私も、不完全な足場から墜落した職人が、もだえ苦しむのを、落ちたその場で目撃したこともある。

 ダム工事など、凄まじいもので、例えば佐久間ダムなど、1950年代の工事だが、交通機関のない山奥で、医者もなく人家もなく、タコ部屋というヤクザによる強制労働のシステムがまだ幅を効かせていた頃だが、毎晩のように部屋では博打が行われ、刃傷沙汰も普通に起きていた。
 歯止めのない場所だったので、毎日必ず死者が出た。

 これも、現場監督の指示で、みんなダムやトンネルのコンクリートに埋めてしまったそうである。
 私の知人が、佐久間ダムの現場で業者として入っていたので、彼から、かなり詳しく聞いたが、常人がまともな神経で聞いていられるようなものではなかった。
 なお、ここでは今でもトンネルで幽霊が出るという。一部のトンネルでは工事中に、壁からたくさんの人骨が出てきたという。

 http://www.asyura2.com/15/genpatu44/msg/824.html

 私も、若い頃は一人でロッククライミングしたり、アルプスの沢に入って三日がかりで登って降りてきたり、ずいぶんと危険な冒険を重ねたので、ある程度、度胸もついた。
 滝で転落して、全身四カ所骨折して命からがら逃げ帰ってきたこともあり、おかげで、人が殺されるくらいの情報でうろたえることもないが、逆に、不感症になりすぎて、このような話を聞いても心を動かされることはない。

 それでも、私に対して、人間としての基本ラインを超えた誹謗中傷を平然とできる者に対しては、驚かされている。ヤクザは、一線を超えるときは、死を覚悟するときである。

 私の経験では、このような誹謗を平気でできる人間は、必ず殺されるのである。万が一にも寿命を迎えることなどできない。彼らは何をどうすると人が限界を超えるのか、おそらく知らないのだろう。
 若い頃から、本当の修羅場をくぐったこともなく、ゲーム感覚で一線を越えてしまうのだろうが、やがて植松聖や白石隆浩のようなことになるのだろうか?
 たぶん、その前に、深い海の底で眠りにつくことになるだろう。

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再掲   原子力発電は事故を起こさなくとも日本人を殺戮している  その4 中部


http://tokaiama.minim.ne.jp/genpatu/gensatu44.html
 
 
[柏崎原発からの放射能による影響]
 
 中部地方の核施設は、世界最大といわれる東京電力、柏崎刈羽原発、そして、ほぼ同規模の中部電力、浜岡原発、能登半島の北陸電力、志賀原発である。
 
 柏崎刈羽原発の規模は、7基の沸騰水型原子炉で総出力821万2千Kw
 1993年から営業運転開始、2011年のフクイチ事故を受けて稼働を停止しているが、18年間の間、通常運転による放射能放出が続いた。
 
 この間、2007年7月16日の中越地震により、原子炉建屋での火災を含む大規模な損傷と放射能放出があったと考えられている。
 
 このとき当時の安倍首相が現地に入ったが、その後、体調を崩して首相を辞任したことが記憶に残っていて、危険な短寿命核種による被曝(腸上皮障害)を受けたのだと噂されていた。
 
 柏崎原発に100m以上と思われる排気煙突があり、放射能の影響は相当遠方に達すると思われるので、200K圏を調べる必要がある。
 
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柏崎刈羽原発の放出放射能の影響を調べてゆくと、173Km離れた志賀原発からの影響と重なっていることがわかる。
 とりわけ海上の場合は障壁がないため、放出気団は遠方に伝播し、他原発からの気団と融合すると思われる。
 
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 能登半島先端の異常値は、おそらく志賀原発と柏崎刈羽原発の両方の放射能から影響を受けていると思われる。
 足下の柏崎市では煙突が高いせいか影響が少ない。しかし、海岸線をダクト伝播したと思われる放射能によって、出雲崎で心筋梗塞が249%、燕市で160%、内陸の小千谷市でも165%(心不全)、只見町では184%という危険なデータが出ている。
 
 柏崎原発周辺では、女性の白血病発症率が全国平均の2倍に達している。
 
  https://blogs.yahoo.co.jp/ht_sue/30484823.html
 
柏崎原発の中越地震による放射能放出被害
 
   http://d.hatena.ne.jp/Takaon/20150519/1432027391
 
  
 [志賀原発からの放射能による影響]
 
 能登半島には二カ所(初期段階では四カ所)で原発建設が計画されたが、珠洲原発は実現せず、志賀原発だけが建設された。
 
 志賀原発は、北陸電力が建設し、1993年7月に運転を開始した。
原子炉は二基あって、いずれも沸騰水型、54万キロと 136万キロである。1993年から東日本大震災の2011年3月まで18年間稼働し、再稼働ではプルサーマルを目指すと公言している。
 
 志賀原発にも100m級の高い煙突が二本設置されていて、放出放射能の影響は遠方に伝播すると考えられる。
 
 志賀原発からの放射能による影響も、地元よりも少し離れた能登半島先端や、中能登町、氷見市・立山町などなど富山県内で出ている。
 
 とりわけ能登半島先端、輪島市で心筋梗塞190%、珠洲市で185%(心不全)能登町で208%で、深刻な汚染を示しているが、柏崎原発からの放射能の相乗効果も考える必要があるだろう。
 
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これらの心筋梗塞死因データには連続性があり、平常値にも大きな連続性があるので、偶然ではありえない。
もし偶然だったなら、相互に関連性のない支離滅裂でランダムな結果が出るだろう。このように連続性が確認できる場合は、共通の因果関係=原因があることを意味していて、それは原発通常運転による放射能の影響しか考えられない。
 
 また、志賀原発は2011年に運転を休止していても、核燃料は装填されたままで、わずかずつ放射能を出し続けているし、原子炉の改良工事などを行えば大量に出てくる可能性もあり、能登半島先端では、ときどき異常な放射線が検出されることがある。
 
 ただし、ここの異常値は、志賀原発以外に、柏崎刈羽原発や、韓国の古里原発、島根原発など核施設からの影響も考える必要がある。
 
   http://inventsolitude.sblo.jp/article/176238318.html
 
  
[浜岡原発からの放射能による影響]
 
 浜岡原発は南海トラフの巨大地震である東海地震の震源地の真上に作られた超恐ろしい核施設である。
 300~400年に一度は南海トラフ地震に伴って震度7が予想されていて、津波高も最大11mと考えられているが、当初の予測は5mにすぎず、フクイチ同様に安全対策をケチった原発であった。
 311後、再稼働のために津波対策が強化されたが、やはり費用をケチったペラペラの擁壁で、強度に大きな疑念が持たれている。
 世界最大最強の釜石堤防を完全破壊したエネルギーを考えれば中電の擁壁は稼働の言い訳としてのアリバイ証明にすぎず、M9クラス巨大地震には、とうてい耐えられないであろう。
 
 1976年3月に運転を開始し、2011年、3月民主党政権の要請により稼働を停止している。1号機54万Kw・2号機84万Kwは2009年1月に廃止しているが廃炉には手がつけられていない。
 3号機110万Kw・4号機114万Kw・5号機138万Kwも稼働停止していて6号機138万Kwは計画段階で頓挫中。
 稼働は35年間であって、それらの放射能放出の結果は地域差が明瞭で深刻な事態になっている。
 
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浜岡原発周辺の心筋梗塞分布を見てゆくと、高い煙突のおかげか足下の御前崎や牧之原市などでは異常は少ないが、沿岸部をダクト伝播したと思われる東風に吹かれた地域、西方面の浜松から渥美半島・知多半島先端部、さらには伊勢湾を越えて、紀伊半島の鳥羽・伊勢方面にも明らかな影響が現れている。
 
 具体的には、西側の沿岸部である磐田市で心筋梗塞162%、湖西市で171%(心不全)、渥美半島の田原市で141%、知多半島の南知多町で158%(心不全)、放射能気団は伊勢湾を飛び越えて、伊勢市146%、鳥羽市153%、多気町178%と続いている。
 これらは、浜岡原発から一直線の連続性のある地域であって、偶然性はなく、放射能排気の影響と容易に想像できる。
 この流れから外れれば、まったく影響を受けていない平常値の地域が連続している。
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このピンクの矢印は、北西の季節風が若狭湾に上陸したとき、琵琶湖と関ヶ原を経由して木曽三川ダクトに入り込む風の通路を示したものである。
 
 
[八百津町の心筋梗塞異常値の解析]
 
まったく原発放射能と関係なさそうな八百津町周辺で心筋梗塞が異常値を示していて、これを見て「心筋梗塞は原発放射能と無関係」と大喜びで私の主張を嘲笑する馬鹿なネトウヨがいるが、残念ながら、詳しく調べると、これも若狭湾の原発と関連がある可能性が強まっている。
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 八百津町周辺の心筋梗塞の異常値は、八百津町380%、御嵩町229%(心不全)、川辺町168%、七宗町229%、美濃加茂市172%、美濃市193%(心不全)と、結構な広い範囲にまたがっている。
 
 この原因について、最初はまったく理由が分からず、地域的な高放射能地帯かと疑ったが、周辺を、詳しく調べてゆくと、だんだん浮かび上がってきた関係があった。
 
 それは、ここには特異な季節風の通路が昔から知られていることであった。
 それは「伊吹おろし」と呼ばれている。
 若狭湾に上陸した北西の季節風が、琵琶湖を経由して関ヶ原ダクトに抜け、さらに大垣付近で二つに分かれて、一つは木曽三川ダクトを下降して伊勢湾に抜ける有名な風の通路。
 
 私も名古屋で少年時代を過ごしたので、伊吹おろしの寒気には、さんざん悩まされたものだ。体感温度は釧路と同じとさえ言われた。
 この風は小浜・高浜付近に上陸した西北西の強い季節風が、琵琶湖から伊吹山を越えて、ボラー現象といわれる寒気団の吹き下ろし風を尾張平野にもたらすのである。
 
 もう一つは、木曽川を上流に向かう、いわゆる「木曽川ダクト」を遡行して八百津に向かう風の通路である。
 これは若狭湾の北風が南下し、伊吹山を越えて関ヶ原の隘路(養老山地と伊吹山地に挟まれた国道8号のダクト)に入り込み、8号から21号とまっすぐ東のダクトを経由して、大垣で木曽川ダクトに入り込み、八百津に向かう通路が存在するのである。
 
 これを前提に調べてみると、やはり関ヶ原で心不全163%、養老町214%と高いデータが八百津方面の異常データにつながっていた。
 
 この説明は、まだ証明されたものでなく、これから検証を経なければならないが、私としては強い確信を抱いている。
 心筋梗塞の異常値が、放射能汚染と無関係に独立して広い範囲に現れることは考えにくい。このように連続した異常データは、必ず地域的、地理的な理由があると考える必要があり、もし放射能汚染以外の原因を言いたければ。条件を満たす説明をしなければならない。
 
 八百津町の心筋梗塞データの全国平均からの乖離は380%であるが、泊村の440%、平田村の427%よりは少ない。大間町の360%と同レベルだが、いずれも周辺から突出しているものの、特別に違和感のある大きさではなく、この程度のばらつきは決して不自然ではない。

統一教会  その3  コンピュータ時代の悪用最前線

 ツイッターのアカウントを不可解な理由で凍結されてから、意見表明をブログに移し、今のところFC2無料ブログを利用している。

 これまでメインにしていたヤフーブログは最低で、勝手に大切なページを削除し、理由も開示しないで、完全に上から目線なので、やる気を失って、数年間、更新もほとんどしなくなっていた。
 今回、他ブログへの技術的な移行の目処が立ってからアカウントを廃止したが、ヤフーブログは他ブログへの移行を設定しておらず、自社で囲い込むつもりだったようだ。

 FC2ブログをメインに決めた理由は、FC2運営会社が、何度もアダルトサイト運営で摘発されており、反権力的な心情からか、運営規則が比較的緩やかだからである。

 いくつかのブログにアカウントを作ってみて、ヤフーなみに上から目線で、勝手に削除するのが「はてなブログ」。ほぼFC2と同等な緩やかさで運営されているのが「SEESAAブログ」である。「忍者ブログ」はページ容量が少なすぎて、データを移行させることもできなかった。

 ツイッターを凍結されてから、FC2ブログをメインにしたわけだが、2ヶ月くらい経ち、おおむね毎日2000以上のアクセスがあるが、実際に読んでいただいているのは、重複IPアドレスをカウントしないユニークアクセスで示される800カウント前後だろう。

 トータルアクセスが多い理由は、まずはグーグルなどの検索エンジンが、毎日数百回も自動巡回している可能性が強いこと。
 かなりの方が、更新の有無を何度も点検されていることなどだろう。
 それに、電通の監視や統一教会系自民党ネトサポ部隊も、毎日数百回もアクセスしているようで、彼らのツイートをのぞいてみれば、以前同様、私のブログに張り付いていることが分かる。
 ユニークアクセスは同一IPを日一度しかカウントしないので、これが本当の閲覧者である。

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 実は、この数字は、私がツイッターで、本当の読者数として考えていた数と、ほぼ同じくらいである。
 私はツイッターで、最大69000程度のフォロワーがあったが、なぜか毎日規則正しく数十ずつ消えていって、今年3月に完全凍結されるころには63000くらいのフォロワー数であったが、実際に読まれているフォロワー数は、おそらく1000前後だろうと予想していた。

 それは、ツイートと、そのリツイートの割合から予想したもので、私のツイートの平均的なリツイート数は、100前後もなく、私のようにアクティブなアカウントでは、フォロワー数の一割程度のリツイートがあるのが普通で、とすれば、私の本当のフォロワー配信数は1000程度しかないことになる。

 これは、おそらくツイッター社管理員によって、フォロワーへの配信が制限されているのだろうと予想した。
 私への貼りつき嫌がらせアカウントが、数十もあることは何度も書いているが、私のアカウントは彼らによってたくさんの違反報告が行われ、過去何十回も凍結されている。

 私も、負けじと、嫌がらせアカウントに対して報告するのだが、ほとんどの場合は、私の個人情報を公開するような極めて悪質なツイートでさえ一時的なロックで終わり、私に行われたような恒久的アカウント凍結が行われたことはない。
 そこで、ツイッター管理員は、意図的に反原発側に過酷にあたり、原発推進側に非常に緩やかな対応をしていると感じていた。

 調べてみれば、2013年段階で、日本ツイッター社は電通と提携し、管理を電通に委嘱していることが分かってきた。
 https://blog.goo.ne.jp/luca401/e/8f12d8e8a804384e5ca9f98afa45a773?fm=rss

 なるほど原発推進派の総本山である日本版CIAの電通がツイッターを管理していたのでは、私が追放されるわけだ。
 私のフォロワーが69000と見せかけて、実際には1000程度しかライムラインを配信せず、しかも、毎日数十ずつフォロワーを外して、やる気をなくすのを待っていたわけだが、通常稼働の原発が住民を殺しているという記事を掲示した東海アマを許すわけにはいかないというわけで、完全に封鎖されてしまったわけだ。

 そのフォロワーの大半が、FCブログにもお越しいただいているようだ。

 FC2ブログランキングで、東海アマブログは2万中5位前後が多かったが、数日前から8位に下落している。どんどん下がっていくようだ。
 アクセス数はほとんど変わっていないので、これも管理側の作為かと疑ったが、実は、ろくでもない中身のないブログでも、自動アクセスプログラム(いわゆる巡回ソフト)で、自分のブログアクセスを指定しておけば、勝手にランキング順位が上がってゆく仕組みらしい。
 私が突然FC2上位に躍り出たので、それまでの常連がランキング地位を守るため、プログラムアクセスをかけたわけだ。 http://amayuni.com/%E3%82%84%E3%81%A3%E3%81%A6%E3%81%BF%E3%81%9F%E3%81%93%E3%81%A8/%EF%BD%86%EF%BD%83%EF%BC%92%E3%83%96%E3%83%AD%E3%82%B0%E3%81%AE%E3%83%A9%E3%83%B3%E3%82%AD%E3%83%B3%E3%82%B0%E3%82%92%E4%B8%8A%E3%81%92%E3%82%8B%E6%96%B9%E6%B3%95/

 もちろん、我々の世代では、そうした要領のよい行為は反道徳的なものであり、やれば自分を傷つけると分かってるからやらない。
 実力だけで勝負する以外の、邪な発想など思い浮かばない。

 今の若い人は、この種の作為を平然と行う者が多い。私への下劣・卑劣な人間性そのままの嫌がらせや、ハッキング、見えないところでの不正など、枚挙に暇がない。
 身元をこそこそ隠しながら、表向きは正義の味方のようなフリをして、モラル、道徳的なことばかりを振りかざして、それを他人に強要して攻撃しまくり、他人をいじめるのに夢中になっているが、裏に回れば、平然と悪意に満ちた不正行為を繰り返す者があまりに多いと感じる。

 特に自民党ネトサポの全員が、そうした口先道徳人ばかりである。世の中、こんな不愉快で卑劣な人間ばかりになったら、日本人の劣化どころか、本当に「日本民族の死滅」と思わざるをえない。
 そんなクズどもが「日本が好きです」なんて書いてるのだから、やりきれない。

 自民党ネトサポ部隊の正体の多くは、実は国際勝共連合=統一教会である。
 一種の洗脳カルトであるから、工作員どもは自分自身で思想する力など封じられ、組織の命令に従うことしかできない。

 いずれ、目が覚めるときも来るのだろうが、もう、何もかも終わっているだろう。そのときは、どれほど下劣な人生、無駄で愚かな時間を潰しただけか思い知ることだろう。
 「日本が好きです」なんて書いていながら、実は日本を崩壊させたのが自分なのだから。

 [コンピュータで統制される時代]

 統一教会のバックにはCIAがいるという。教祖、文鮮明が、CIAによって搭乗ヘリを撃墜されて殺害された可能性があることは前回に書いた。

 CIAが前身である米軍調査局時代から、敗戦国日本の左傾化を防ぎ、アメリカの国益に奉仕する政権を作るため、徹底的なジャパンハンドリングを行ってきたことは何度も書いた。
 韓国政権も朝鮮戦争以来、ハンドリングの対象であり、統一教会は、その手足として利用されてきたのである。

 戦後、自民党の選挙は、すべてCIAによって結果を操作されてきたといってよい。

 http://eigokiji.cocolog-nifty.com/blog/2018/03/1948cia-0abd.html?optimized=0

  https://blog.goo.ne.jp/nvno/e/04724cdf56aa87a6c854651ff8ae915a

 岸信介や正力松太郎がCIAのコードネームを持ったエージェントであったことも暴露されている。
 CIAは全世界の政権をアメリカのポチにするための活動を行ってきたが、その第一の標的は、もちろん日本であった。
 日本人は、第二次大戦でアメリカに真正面から刃向かった唯一の国であり、膨大な犠牲を出している。その政権を支配することは、CIAの第一の使命であったといってもよい。

 http://d.hatena.ne.jp/rebel00/20120120/1327020002

 選挙でアメリカ盲従の自民党を勝たせるだけでなく、反対勢力でコントロールの効かない社会党や他の左翼勢力を自滅させること、一番厄介な市民運動を弾圧することがジャパンハンドラーたちの任務であった。

 戦後最悪の極右、安倍政権を登場させたのもCIAである。
 日本の選挙活動のすべてを委託された民間選挙企業、ムサシの最大株主は安倍晋太郎であった。
 その後、たぶん今でも株は、そのまま息子の安倍晋三に委譲されたと思われる。ムサシの表向きの最大株主、上毛起業の支配権を持っているのはゴールドマンサックスの有名なCIA工作員、ピーターブリガーであった。

 https://ameblo.jp/tamamocross2011/entry-11461820793.html

 ムサシの選挙システムはネットに接続され、バックドアーをつけられて、勝手に票数を操作されるという証拠が明らかにされている。

 https://www.youtube.com/watch?v=vMj8s8Zi4gs

 https://www.youtube.com/watch?v=VoBgBx9IfLE

 つまり安倍晋三政権は、CIAが不正票操作によって捏造した政権なのである。

 CIA工作員であったスノーデンが暴露したのは、日本支配のために、恐ろしい工作が無数に行われてきた実態であった。

 http://gendai.ismedia.jp/articles/-/49507

  https://iwj.co.jp/wj/open/archives/357253

 とりわけ、CIAが日本の原発すべてに、モサドの開発したスタクスネットというウイルスを仕掛け、日本政府がCIAの意のままにならなくなったとき、それを使って、原発を崩壊させたというスノーデンの暴露には、本当に驚かされた。

  http://www.asyura2.com/16/genpatu47/msg/363.html

 今は、コンピュータ一台とネット接続さえあれば、CIAは自由に他国の選挙を操作して親米盲従政権を作ることができるし、服従しない政権の原発を破壊することさえできる。
 それどころか、CIAは統一教会=日本会議と電通を手足に使って、日本国内の民主勢力を統制し、弾圧することもできるのである。


 すでに何度も書いているが、今の国際勝共連合(自民党プラス統一教会)は1964年頃には結成されていて、創設期のメンバーは、文鮮明・岸信介・笹川良一・中曽根康弘らであった。

 この頃、生長の家の創始者、谷口雅春らは文鮮明と提携して国際勝共連合や日本会議の組織化に動いていたことが分かっている。
 今の日本会議の主要メンバーも、生長の家極右派と統一教会で占められている。あとは、例えば比叡山延暦寺まで含まれているが、これらは、実質的な参加はないと思われる。

https://hbol.jp/28320/日本会議に参加する宗教団体
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 名前こそ出ていないが、日本会議を実質的に運営しているのは、1960年代に全学連に対抗して結成された「生長の家学連」をリードしていた極右派であるという。
 生長の家二代目を継承した谷口雅宣は安倍政権に批判的な中道派であって、日本会議を嫌悪しているらしいので、生長の家内部は完全に分裂しているといえるだろう。

 むしろ、世界救世教や真光教団の方が積極的で危険な活動を行っている。
 これらの教団は、元をただせば出口王仁三郎の大本教から派生した団体で、1934年に結成された「昭和神聖会」が原点になっている。

 綱領では、「皇道の本義に基づき祭政一致の確立を帰す」や「天祖の神勅並に聖詔を奉戴し、神国日本の大使命遂行を期す」といったことばが並んでおり、これは、谷口の主張、さらには日本会議の思想にも通じていた。
 これは、あまりにも成功して、国家中枢に多数の信者を獲得したことから、大本営が恐怖し、1935年の大本に対する弾圧に結びつく。

 大本崩壊後、PLや生長の家や世界救世教や真光など10以上の新興宗教団体が筍のように大本の残骸から生えてきたが、復興した大本も含めて、大半が極右団体になった。
 これを出口王仁三郎が「我が意を得たり」と思ってるかといえば、たぶん正反対だろう。
 王仁三郎は「大立替」を予言していて、日本国家はボロボロになると言ってるのだ。後継者たちは、全部間違っていると予言しているのである。

 話が大分と逸れてしまったが、日本で我々のやることなすこと、すべて監視され、市民運動もいいように操作されている現実は知っておいた方がよい。
 CIAの目的、思想的核心は新自由主義におけるグローバリズムである。
 社会主義的な発想、保守自民党政権の崩壊に結びつくような主張は、徹底的に監視され、弾圧されるのである。

 そのために利用される手足が、統一教会=日本会議=自民党ネトサポ部隊であると理解すべきである。
 政権体制に対する貢献度、危険度で、我々は10ランク程度のランキングをつけられ、危険度が増せば、盗聴され、ハッキングされ、尾行されて、前文部事務次官、前川喜平氏のように、徹底的な誹謗中傷攻撃に晒されるのである。

 私の場合は、現在 2/10くらいのランクと予想していて、電話やネット回線はすべて盗聴され、私の発言には卑劣な人格攻撃がついて回っている。これが8/10くらいの大物になれば、秘密裏に殺害されることも考えねばならないだろう。



  

再掲  原子力発電は事故を起こさなくとも日本人を殺戮している        その3 関東

http://tokaiama.minim.ne.jp/genpatu/gensatu33.html
 
 関東の核施設は東海第一・第二であるが、東京電力が電力を供給しているという意味では、福島第一、第二、柏崎刈羽も含めるべきだろう。
 しかし、フクイチは東北に含めたので、関東地方に巨大な影響を与えた放射能汚染、東海原発とフクイチ汚染に焦点を絞って書いてゆきたい。柏崎刈羽は中部地方に含める予定である。
 
 この地図を見ると、東関東と西関東に、非常に大きな心筋梗塞など健康被害の偏在が見える。東関東は猛烈にひどく、西関東は平常値ばかりが広がる。
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 この心臓死の偏った分布を見ただけで、関東西部には存在しないもので、関東東部地方のどこかから心臓に影響を与える毒物が出ていると直観的に理解できない人はいないだろう。
 これを自然現象などと強弁してみても、こうした極端な分布を作るような現象は、どこからも報告されたことがない。
 
 心不全や心筋梗塞などに直接影響を与える現象は放射能汚染である。寒さや食生活を理由にしたくとも、残念ながら海岸部より内陸部の方が寒いし、今では塩分過多による食生活の問題も、広く啓蒙が行き渡って、食生活を心臓死の理由にすることができる時代ではない。
 
 ここで問題になるのは、2011年3月に起きた人類史上最大最悪の東京電力による放射能汚染が、どの程度影響を与えているのか? ということだ。
 放射能汚染による本当の影響=晩発性被曝障害というものは、基本的に、ただちに現れない。症状が出てくるのが五年後、2016年であり、爆発的に死者が出てくるのが7年後の2018年頃といわれる。
 
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  したがって、この2012~2014年のデータに、フクイチ巨大汚染の影響が出るとしても、よほどもの凄い汚染による早期の発症だけであって、本当の本番の結果が見えてくるのは2016年以降の統計データである。
 しかし、それが入手できるには、かなり長い間待たねばならないだろう。
 
 それならば、東関東に見える異常というしかない心筋梗塞死(循環器疾患)の多発は、フクイチ事故以前からの問題が関係していて、フクイチ放射能汚染との相乗作用の可能性があるとの推測が成り立つ。
 
 それは茨城県東海市において稼働し続けた日本最古の原発、東海原発からの放射能放出が関係しているのではないかという疑いを誰でも持つだろう。
 もしそうなら、フクイチ事故前の、同じ心臓死の統計データにおける地域偏在を見れば一目瞭然のはずだが、簡単に入手できないので、いずれ入手できた段階で検証したいと思う。
 
 地域的偏在という観点から、東海原発に疑いを絞って、周囲に立地する自治体のなかで200%前後の恐ろしい心筋梗塞死データを並べてみよう。
 
足下の東海村は?=191% 那珂市=195% 笠間市=184% 筑西市= 208%
鉾田市=189% 行方市=203% 古河市=180%  真岡市190%
常陸太田市=245% 日立市177%  常陸大宮市=173% 
矢板市=223%(心不全) 那須烏山=210% いわき市=208%
大田原市=165% 大子町=338%(心不全) 矢祭町=203%
 
まだ、たくさん出てくるが、とりあえず東海原発からの放射能排気が直撃しそうな100K圏の自治体を調べると、これだけ鮮明に出てくる。
 いずれも東海原発を中心に囲むように立地していて、距離が離れるにしたがって平常値の地域が多くを占めるようになり、地理学的な因果関係が鮮明である。
 
 東海原発は、原発やテレビの父として名高いが、アメリカCIAのスパイとして公式文書に記載された正力松太郎が導入したもので、1965年から1998年まで33年間稼働し、廃炉が決定したが、2018年段階でも、まだ廃炉の実現に至っていない。
 トイレなきマンションといわれた原発だが、実は、もんじゅと同じく誰も廃炉の方法を知らないまま建設された「行ってこい」原発であって、帰還、後始末のことが何一つ考えられていなかった。
 
 おまけに導入した正力は、原子力に対する基本知識がまったくなく、その目的は秘密裏の核武装と核取り扱いノウハウの蓄積だけにあったといわれ、すでにアメリカで発電用商業原子炉=軽水炉が確立していたにもかかわらず、発電には非効率な兵器用プルトニウム生産炉=黒煙炭酸ガス炉を選定したのである。
 つまり、原発は導入の最初から、核兵器製造だけを念頭に計画されていたのである。
 いわゆる平和利用は、反戦平和、非核社会を目指す世論を欺くものとしての、とってつけた理由しかなかった。
 
 この種の軍事用原子炉は、商業運転の効率も周辺への環境汚染予防の配慮も極めて不足しているのが普通で、稼働すれば激しい放射能汚染が免れ得ない。
 プルトニウム生成炉は崩壊熱が高く燃料棒にピンホールも開きやすく、通常の原発よりも多くの放射能汚染された炭酸ガスなどが生成され環境への排出量が大きくなる。
 軽水炉などより寿命が短いなどの特徴がある。 
 そうして33年間の稼働の結果が、この人口動態 死因別統計に明瞭に現れていると考える必要があるだろう。
 
 このデータを見て、自分の住む地域、例えば群馬県付近に平常値が連なっているから安全だとは考えない方がいい。
 フクイチ放射能汚染による被害は、まだまだ、これから本格的に出てくるのだ。このデータは2012~2014年のものであって、まだ潜伏期間のデータにすぎないのだ。
 これを書いている2018年3月は、東日本大震災から7年後であり、2016年から発症しはじめた循環器障害がピークを迎えようとしている時期であって、統計解析データが公表されるまでには、まだ数年を要するのである。
 
 関東全域はフクイチ放射能汚染が激しく、群馬県・埼玉県など西部地域も、まともに影響を受けている。これから出現する結果は恐ろしいものになるだろう。
 
 我々が関東地域の地図データを見るとき、いくつかの注意すべき地形上の特質がある。
 それは東北と同じく、南北の海岸線があるため、昼間は海よりからの東風、夜は内陸部からの西風という風の呼吸があることを見ておく必要があり、さらに南岸、東岸沿いを低気圧が移動してゆくとき北西からの風が吹き。日本海方面を低気圧が通過するとき、東からの風が吹くという地形的な特徴である。
 
 こうした風に乗って東海原発やフクイチの放射能雲が内陸部に向かって移動するとき、山岳地帯にぶつかって上昇気流から結露により放射能が手前に落ちてくる。
 このとき、日光山地・浅間山・筑波山・奥秩父などの山地が放射能雲を上昇気流で落とす作用があるため、衝立の向こう側には安全地帯が広がるという理屈を考える必要があり、もしそうなら、心筋梗塞の分布もそうなっていなければならない。
 
 この観点から日光山地や奥秩父の左側の地域を調べてみると、まさしく理屈どおりであって、心筋梗塞の分布が、放射能雲の移動と関係している事実を証明するものとなっている。

統一教会  その2

 自民党に深く食い入る統一教会 事実上、自民党を支える選挙運動部隊

 99年と、かなり古いデータで申し訳ないが、1980年代、中曽根政権時代に、統一教会原理研が、国際勝共連合系の自民党議員に対して選挙支援活動を行った。
 統一教会とともに国際勝共連合の結成に加わったのは、岸信介を筆頭に、笹川良一、中曽根康弘らであった。

 公選法では事務員・ウグイス嬢・手話通訳者以外の有償選挙活動を禁じている。バイトを雇って選挙活動をさせるのも禁止。
 このルールで一番困ったのが、金権に依存する自民党で、今でも大半の議員が秘密裏にバイトを雇って選挙活動をさせているのは公然の秘密である。

 共産党・社会党・公明党は、圧倒的な組織、思想信念に裏打ちされた人海戦術で選挙活動を行っていたので、困ったのは、何でも金の力で動かせると信じていた自民党であった。
 そこに国際勝共連合=統一教会という凄まじく強大な救世主が現れた!

 国公立、私大の一流大学に、統一教会の学生組織である「原理研」サークルが作られていて、早稲田大学などは、非常に規模の大きな組織であった。
 この原理研メンバーが、自民党の極右議員の選挙活動を無償で担ったのである。

http://www.asyura2.com/07/senkyo36/msg/411.html

 そして、当然のことながら、統一教会の組織として当選御礼を要求した。
 それは、当選議員の秘書にメンバーを送り込むこと、官僚に政治的な口利きを行い、原理研のキャリア組メンバーを優先的に各省庁に送り込むことであった。

 これが、もっとも大規模に公然と行われたのは、国際勝共連合の創始者の一人でもある1980年代、中曽根康弘政権の時代である。
 それから山崎浩子「脱洗脳」事件が起きた1993年に統一教会が激しくバッシングを受けて、支援を受けている事実が明らかになれば選挙がヤバくなると感じた議員たちは、少しずつ引いていった。

 この当時、官庁に送り込まれた人物は、それから30年以上を経て、各官庁のトップクラスに出世している。
 統一教会が希望した入省先は①防衛省 ②文科省 ③法務省 などであるという。今の最高裁事務局や、検察庁の幹部にも原理研出身者が含まれているわけである。

 自民党に入り、大臣になった者もたくさんいる。
 はっきり分かっているのは、早稲田原理研リーダーだった世耕弘成経産大臣、早稲田出身自民党議員は、原理研出身者が多いと噂されている。

 ほぼ確実に原理研出身といわれるのが山谷えり子、稲田朋美・高市早苗・杉田水脈も疑われている。
 https://www.nikkan-gendai.com/articles/view/news/154061
 
 統一教会機関誌である、世界日報や世界思想が、表紙などに採用して頻繁に持ち上げている議員は
 安倍晋三、麻生太郎、鳩山由紀夫、中曽根康弘、福田赳夫、三塚博、松下正寿など。他にも、100名を超える極右系議員が、統一教会の支援を受けている証拠がある。

 とりわけ田布施人脈議員といわれる、安倍三兄弟=安倍晋三・岸信夫・北村経夫らは、統一教会から大規模な資金援助を受け、選挙活動の支援も受けて当選している。

 統一教会の支援を受けていなければ、彼らの集会に顔を出したり、祝辞を送ることなどありえないので、そうした議員は、統一教会と深い関係があるか、または原理研出身者である。

 http://poligion.wpblog.jp/archives/1520

 一番問題なのは、完全に自民党の私物組織であるかのような思想統制の行き渡っている、最高裁判所・検察庁のトップに、統一教会員が入り込んでいる可能性が非常に強いことである。
 安倍政権になって、権力側の不利になるような判例は、まったくといえるほど出なくなり、すべて権力側に都合のよい判例ばかりである。
 検察も、森友・家計・公文書捏造問題についても、捜査のフリだけで、安倍政権に都合の悪い起訴は一切しない。

 小沢一郎の、どうでもいい無意味な期ずれ書き込みで、石川議員が起訴されたなど典型で、自民党の反対者に対しては極めて政治的姿勢で弾圧者として君臨し、まるで戦前の特高警察を思わせるような極右的姿勢に満ちている。
 これは、司法トップに統一教会員が入り込んでいなければ、これほどひどくなるものではないと私は思う。

 司法といい、メディアの権力迎合といい、あらゆる通信媒体における思想統制・世論操作は、まるで戦前の大政翼賛会を思わせるものである。

 調査してゆくと、早稲田原理研出身の経産大臣、世耕弘成が、自民党内のインターネット世論操作部隊のトップであるという。
 私には311後、凄まじい人格破壊攻撃、嘲笑、蔑視、嫌がらせが、これでもかというほど続いたが、彼らの主体は、自民党ネットサポーター部隊であり、それを指揮していたのが世耕であるらしい。
  https://togetter.com/li/1149318

 私に対する人格攻撃は、何度も紹介しているが、この世に、これほど下劣な人間性がこの世に存在できるのかと驚愕するほどの低俗な「人間のクズ」というしかないレベルであった。
 我々が、彼らのマネをしないのは、こんな下劣な発想で相手を攻撃すれば、必ず自分の波動をも取り返しのつかないほど下落させてしまうからである。
hibou yd87

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 こうした誹謗中傷は、2011年原発事故以降、組織的に行われているもので、誰がやってるかといえば、自民党ネトサポ部隊で、そのメンバーの大半が統一教会員であることが分かってきた。

 それも個人的にではなく、統一教会系出版社などの社員や協力者がやっているのである。詳細は、まだ調査中なので書けないが、ジョニストとかチアキとかは、明らかに広告出版系社員である証拠が確認できている。

 統一教会の出版社は、もうほとんど売れなくて暇なので、ネトサポの下請けとして原発推進、反原発潰しの世論工作を引き受けるくらいしか仕事がないのだろう。

 http://www.asyura2.com/17/senkyo225/msg/442.html

 上のような嫌がらせ書き込みは、2011年から2018年、私のアカウントが凍結されるまで続いていて、その後もブログなどのコメントに嫌がらせを書き込んでくるが、ツイッター以外の書き込みは、すべて調査可能なので、正体が明らかになってきた。
 YD87は福島市在住と書いているが、真っ赤な嘘で、実は全部東京からであった。雷鳥2号は、名古屋市内、それも統一教会の名古屋支部から書いているらしい。
 いくら自民党支持者でも、普通の女性が7年間も張り付いて終日、誹謗中傷を書くことができる者は、統一教会のネット工作員以外、存在しないのである。

 「チャンネル桜」が統一教会の媒体という噂も、私は信憑性が高いと判断している。
http://system4.seesaa.net/article/372531944.html
 

再掲 原子力発電は事故を起こさなくとも日本人を殺戮している その2 東北

http://tokaiama.minim.ne.jp/genpatu/gensatu22.html

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[東北北部]
 東北における核施設は、東北北部=青森県の六ヶ所村再処理工場と東通原発、それに東北南部=宮城県の女川原発と福島県の福島第一・第二である。
 
 まずは東北北部の核施設と地域死因別データを検証してみよう。 
 

 ざっと見渡して目に焼き付くのは、青森県の凄まじい値である。
 
 人口動態統計グラフから、青森県は癌の死亡率が日本一になっている。この原因として、再処理工場の稼働による放射能放出であると強く疑うデータになっている。
 
 六ヶ所村再処理工場を囲むように、周辺自治体の心不全・心筋梗塞死亡数は、泊村を除けば全国最悪の凄まじいものになっているのである。
 
心筋梗塞だけをとってみよう
 
 横浜町(工場北側)244%
 佐井村(下北半島西側)278%
 大間町(下北半島北側)360%
 野辺地町(工場南側)311%
 平内町(野辺地の西隣)316%
 外ヶ浜町(津軽半島陸奥湾側)314%
 
 と、軒並み全国平均の三倍を超える超異常な心筋梗塞多発帯であり、すべて再処理工場からの放射能気団の影響を直接受ける地域と断定してもよく、この恐ろしい影響は渡島半島や秋田県・岩手県にも及んでいる。
 
 放射能と心臓病の因果関係についてはバズビー教授の論文が有名である。
  http://sorakuma.com/2011/09/12/3675
 
 東通原発についても、2005年末から2011年3月まで稼働しており、再処理工場からの放射能に加えて5年分の環境汚染による影響が出ているはずだが、なぜか足下の東通村のデータは平常値となっており、極めて異常、不可解である。
 
 この統計データには原子力産業の隠蔽意向が働いているのではないだろうか?
 かつて、日本の統計データは世界的に高い信頼度を誇っていたが、現在、安倍政権下で公文書改竄が平然と日常的に行われてきたことを知った段階では、かなり以前から原子力産業被害隠蔽目的での統計改竄が行われてきたと考えるしかない。
 
 なお、再処理工場は無限に続くとも思えるトラブルの連鎖によって、これを書いている2018年3月段階では稼働を停止しているが、2004年末から放射能取扱を開始し、2013年10月まで莫大な放射能放出を伴う工場を稼働させた。
 したがって、被曝発症タイムラグを5年としても、2010年頃には周辺で大きな健康被害が現れたはずと考えている。
 
 また再処理工場で保管する大量の使用済み核燃料は、数百年にわたる崩壊熱管理を求められる危険なものであり、わずかずつではあっても絶え間なく放射能を環境に放出している。
 再処理工場の放射能放出煙突も国内最大級150mのもので、遠方への影響が懸念される。
 
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 放出される放射能で、格段に多い(世界的にも)のが放射性希ガス類であり、捕集が容易でなく高額のコストがかかるのを嫌って、捕集されず、そのまま莫大な量が環境に放出され続けている。
 
再処理量2006年=141 2007年=181 2008年103 合計425トン
 
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このなかで、とりわけ注目する必要があるのはクリプトン85とトリチウムである。
 
 カナダ・ピッカリング原発では、年間700~1000兆ベクレルのトリチウムを環境放出した結果、周辺住民のダウン症出生率を185%上昇させたとグリーンピースが告発している。
   http://www.jca.apc.org/mihama/News/news125/news125tritium.pdf
 
日本の核施設では、泊・伊方・玄海の各原発が、これに迫る放出量があり、六カ所再処理工場では年間、実に、その18倍ものトリチウムが環境に放出された。
 
 これで放射能の流れる居住地に異常が出なければ、これまで90年間にわたって放射能取り扱いの知見を積み上げたなかで生み出された放射能の取扱基準、法令は一切無用の長物になってしまうだろう。
 
 トリチウムについては、極めて弱い放射線を出すだけで、かつては無害と考えられてきたが、近年、深刻な有毒性を指摘する研究が増えている。
 トリチウムは、水素の一形態だが、そのまま酸素と化合して水になり、生物の基本構成物質として人体に取り込まれる。ひとたび水になったトリチウムを大規模に分離除去する方法は存在しない。それはエントロピーの法則にしたがって環境物質に溶け込み、拡散してゆくのである。
 
   http://tabemono.info/report/former/genpatu5.html
 
 トリチウムが生物との相互作用で有機化した場合、OBTと呼ばれ、その毒性は著しいものとなる。
 通常のトリチウムの場合と比べて、人体内での滞留時間が50倍にもなって、遺伝子に大きな影響を与える。
 遺伝子の構成要素である細胞水の水素が、崩壊によって突然ヘリウムに変わってしまうのであるから、DNAそのものが破壊されてしまうのである。破壊されたDNAの異常挙動から癌を発生させる原因になると指摘されている。
 
    http://www.inaco.co.jp/isaac/shiryo/genpatsu/what_is_tritium_01.html
 
クリプトン85については私がブログに、ある程度の性質を公開している。
 
   https://blogs.yahoo.co.jp/tokaiama/27750326.html
 
 クリプトン85 は微小なガンマ線とベータ線を出すが、ベータ線のエネルギーが687KでGM計に入射すると100%計数するので、核施設から放出された非常に重いクリプトン気団が降下して地表を徘徊しているとGM計だけに反応し、シンチガンマ線計には反応しないということになる。
 これを呼吸から吸引したなら、肺の細胞が強いベータ線被曝を起こすことになる。
 
 キセノン133もクリプトン85の性質に似ていて、さらに重いので、地表に降下して徘徊する可能性が強く、やはり呼吸により強いベータ線内部被曝を起こす。これもGM計だけに反応する。
 
 原発から日常的に排出される放射能は、新鮮な核分裂から放出される放射能であり、大半が核種名さえ分からない短寿命核種であって、その挙動や健康被害については、ほとんど分かっていない。
 セシウムXが心筋梗塞を引き起こすことが知られているが、それ以外にも、たくさんの核種が心臓に影響を与えていると考えないと、この心臓病の分布、因果関係は説明しきれない
[東北南部] 
 東北南部の核施設は、東京電力の福島第一・第二、そして女川原発である。
巨大放射能放出事故を起こしたのは2011年3月で、福島第一原発の1~4号機が破壊され有史以来最大級の放射能放出を起こした。
 
 東電の発表では放出放射能総量は90兆ベクレルでチェルノブイリの17%にすぎないと極度に矮小化しているが、著名な原子炉工学者アーニー・ガンダーセン氏は、チェルノブイリの5倍としている。
 
 ドイツの原子力工学者ストローム博士は、フクイチの放射能放出総量はチェルノブイリの12000倍に達すると報告している。
 http://www.agreenroadjournal.com/2013/08/dr-holger-strohm-fukushima-radiation.html
 
 莫大な放射能まき散らしによって、急性被曝死者が大量に出た。
 晩発性被曝死(数年~数十年後の心筋梗塞・脳梗塞・癌、胎児死亡など)の死者数に至っては、世界全体で想像を絶する数になり、おそらく億のスケールとなるであろう。
 
 この恐怖をメディアは一切報道せず、放射能による被害を徹底的に隠蔽する姿勢を今も続けている。
 こんなことが許される事情は、原子力産業が最大スポンサーとなって完全支配している電通が、日本のあらゆるメディアを広告収入など企業の経営基盤を通じて完全支配していることによるものだろう。
 
 急性被曝によって、どの程度の死者が出たか?
 簡単に知ることができるのは、東日本大震災による直接死者と間接死者の県別の差である。
 
2017年集計で、岩手県では直接死、死者不明併せて6003名うち関連死463名
宮城県は死者不明併せて14908名 関連死が926名
福島県が死者不明併せて1992名 ところが関連死が2147名
 
 岩手県の関連死割合は 7.7%、宮城県の関連死割合は6.2%
 ところが、福島県だけは関連死割合が108%なのである。
 
 この差の理由は何か?
 
なぜ福島の関連死が直接死より多いのか? それは福島県の人々が震災のなかで建物倒壊や津波被災以外の理由で2100名もの人々が死んでいるからなのであり、それでは該当する理由はと考えれば、フクイチ事故による放射能によって死亡した以外の説明は不可能である。
 
仮に、岩手や宮城と同等の割合なら、福島の関連死は7%で計算しても、わずか140名である。ならば2147名から140名を引いた2007名が放射能被曝死であると断定してもよい。それが証拠に事故後、このニュースが報道された。

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  共同・時事による2011年3月31日の配信だが、わざわざ「死後被曝」と付け足している点がわざとらしい意図を示している。
 この時点で遺体に10万CPM測定器を振り切る放射能が検出されながら、被曝死ではないと決めつける理由は一切存在しない。これは共同・時事が原子力産業に完全支配された電通の事実上の子会社であることから「被曝死にするな」と上から指令を受けていたからに違いあるまい。
 つまり、東京電力福島第一原発の放出した放射能によって、数千名の急性被曝死者が出ていた証拠こそが、この記事なのである。
 
 これを書いているとき驚いたのだが、2015年の私の指摘以降、ネットで検索しても県別の震災死・震災関連死のデータは存在しなくなっていた。この47ニュースの配信も2015年度に完全削除されたが、誰かがPTSQ保存していてくれたから、辛うじて残っていた。
 政府と原子力産業は、自分たちに都合の悪い情報の徹底的な隠蔽破棄を行っている。
 なぜ、これほどまで徹底した情報の隠蔽工作が必要なのか? それは、これから見えるデータだけで、あなたが強烈に思い知らされることだろう。
 
もう一目瞭然、誰の目にも鮮明に、放射能が原因で心筋梗塞死が激増している現実を知ることができる。もう隠しようがない! 
東京電力からの放射能放出が原因で、たくさんの人々が殺されているのだ!
 
 福島第一第二を取り囲む地域の心筋梗塞死の全国平均からの乖離を見てみよう。あまりに凄まじいデータなので200%を超える超異常値だけを並べてみた。
 
 相馬市=208%   南相馬市=216%  伊達市=221% 飯舘村=244%
 川俣町=272%   大玉村=268%   郡山市=200% 小野町=230%
 平田村=427%   いわき市208% 川内村=220%
 
 平田村の427%は泊村の444%に次ぐ全国二位の記録だが、信じられないなら、あなたの目で、このサイトの検索窓に市町村名を入れて調べていただきたい。
  http://jp.gdfreak.com

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 これらの超異常心筋梗塞多発帯が福島第一第二原発を取り囲んでいること。
 放射能の被害は、通常5年後から出てくると言われるにもかかわらず、この地域では1~3年後のデータで、すでにこれほど凄まじく、かなりの割合で事故前の通常運転によって心筋梗塞が増えていたことが容易に想像される。
 
 フクイチ事故後、5年10年後のデータが出てきたなら、どれほど悲惨で残酷なものになっていることか、想像を桁違いに超えている。

 この地図は最初、女川原発の影響を調べるために作ったが、フクイチ・フクニによる放射能の影響が強すぎて、女川の影響を分離抽出して調べることは不可能に近い。

 特に問題になるのは、三陸海岸に向かったはずの海上ダクト風、排出放射能による影響が確認できず、海岸線の自治体が軒並み平常値を示していることである。
 高い煙突から放出された放射能気団は、泊のように海岸線をダクトとしながら移動する傾向があるが、三陸海岸にはダクトが成立しなかったのか?

 この疑問への回答としては、三陸海岸が日本有数のリアス式であって、大半の市町村がリアス式湾の最奥に位置していて、太平洋から数キロ~数十キロも奥まっていることである。
 このため海沿いを移動した放射能雲は通りやすい海を通ったため、湾の奥にまで放射能が達しなかったと考えられる。

 もう一つ、この地域は明瞭な南北の海岸線があって、昼夜の気温差で、陸と海との間に気団の交換が行われる。
 つまり、風はもっぱら東西に吹く傾向があり、低気圧が移動するときは南東からの風になりやすい。したがって、北西側の陸地を観察すると、にかほ、湯沢、新庄などに高いレベルの異常値が見えている。
 また真東の天童市も異常データが出ている。

 まだ断定はできないが、女川原発の100m超煙突から出た放射能は、内陸部を経由して北西、秋田県方面に向かっていたのではないかと疑う。

 全体に異常データはまとまっていて、もしこれが偶然の結果なら、はるかにランダムな値でバラバラになっていなければならないが、大半の心筋梗塞・心不全データが一定の地域にまとまっているので、これが偶然でないことは明らかである。

 原発の煙突から出た放射能は、障壁の少ない低い地域を舐めるように進んでゆく。平常値地域もある程度まとまっていて、山岳部にぶつかった放射能雲が含んだ放射能を上昇気流で結露させて地表に落とし、通過後の地域は放射能の極めて低い安全な気団になっていると考えれば、説明しやすい偏差ばかりである。
 

 統一教会 その1

 これは、統一教会の機関誌「世界思想」
 頻繁に安倍晋三を表紙写真に用い、「安倍がいなければ、統一教会の目的は達成されないと持ち上げている」

 いったい、安倍晋三と統一教会の本当の関係は何であるのか?

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 ウィキの統一教会の記述は、教団側の作為、関与が感じられず、比較的公明なものと考えている。 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%96%E7%95%8C%E5%B9%B3%E5%92%8C%E7%B5%B1%E4%B8%80%E5%AE%B6%E5%BA%AD%E9%80%A3%E5%90%88

 文鮮明
 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%96%87%E9%AE%AE%E6%98%8E

 2008年7月末、我々は奇っ怪なニュースを目にした。

 統一教会の創始者、文鮮明(88)と家族が乗ったヘリコプターが19日、韓国・ソウル東40キロの加平郡に不時着し、文や夫人ら数人が軽傷を負った。

http://www.afpbb.com/articles/-/2420219?pid=3149115

 「ヘリコプターは着陸後炎上したというAFP」 と説明されているが、着陸後の炎上であっても、頑丈な骨格部が、燃焼によって完全にスクラップになってしまう事故などありえないことだ。
 これは明らかに墜落して大破したのであり、救助隊が黒焦げの遺体を運び出す様子も撮影されている。
 この状況で、文夫妻だけが軽症で済んだなど絶対にありえない。なお秘書は死亡したと報道された。

 これは退院時の写真
 http://www.segye.com/newsView/20080803001462

 何事もない、めでたい写真に見えるが、実は、この写真は分析専門家から見たら稚拙なほどの合成写真である。

 「人物の輪郭線や光源などに不自然な点が多い」、「奥さんの右手がおかしい」などの指摘が相次ぎ、生花店での勤務経験があるというネットユーザーからは、「ふたつの花束が同じ季節のものとは思えない」との意見も出ている。
 花束のアウトラインが背景への距離感がないし、後ろの看護師と文夫妻の照明の向きが違うし、明度も不自然、何よりも距離深度のピントが全体に違和感が強い。拡大するとCG特有の格子縞が現れるなど、多数の合成証拠が見える。

 これが何を意味しているかというと、2008年7月の、このヘリ事故で文鮮明と側近は死亡したが、あたかも軽症であるかのように発表され、 半月も経ていない8月3日に、この写真が公表された。
 同乗者が全身丸焦げで死亡してるのに、傷一つない笑顔の退院写真。
 その後、死して統一教会を走らせ続けた文鮮明は、やっと2012年9月3日死亡したと発表された。92歳、死因は肺炎とされた。

 妻の韓鶴子については、本当にヘリに同乗していたのかも、よく分かっていない。
 もし、文鮮明夫妻が生き延びたことが事実だとすれば、今度は二人が墜落ヘリに乗っていなかったことになってしまう。
 しかし、二人が半月の間、入院したという既成事実が必要な事情があることにもなる。

 ヘリコプタ墜落の原因については、一部でCIAの命令を無視したことで、米軍特殊部隊によってミサイルを撃ち込まれたことが原因と報じられた。
 ネット上には、当時詳細な情報があったが、今は削除されて存在しない。
 

 なぜ、4年以上もの間、統一教会は、死を隠す必要があったのか?
 もちろん、後継者問題が未確定だったからだろう。文鮮明の子供は、4名の妻との間に数十名もいて、それぞれ問題児だらけだという。
 韓国では経済的に成り上がった家の子供は、王侯貴族のような生活をするのが普通なので、ちょうど、大韓航空の会長の娘たちをイメージすればよい。

 誰が統一教会の巨大な利権を継ぐかで、数年間もの親族内部での熾烈な戦いがあったようだ。
 
 韓鶴子との二人目の子供である文孝進は、文鮮明の家族の実態を暴露している。

 わが父、文鮮明の正体
  https://www.youtube.com/watch?v=L0nm0mABf2o
 https://www.amazon.co.jp/%E3%82%8F%E3%81%8C%E7%88%B6-%E6%96%87%E9%AE%AE%E6%98%8E%E3%81%AE%E6%AD%A3%E4%BD%93-%E6%B4%AA-%E8%98%AD%E6%B7%91/dp/4163546103

 これによれば、文鮮明の子供たちは、麻薬狂いや、贅沢三昧で信者の金を湯水のように使って酒池肉林の大騒ぎを繰り返す者や、妻や子供たちに激しいDVを繰り返す者、いずれも問題児だらけで、社会の疎外者ばかりであるという。

 [文鮮明とは何者なのか?]

  文鮮明は、世界中にいる統一教会の信者にとっては、地上に再来したメシア、第三のアダム、再臨の主であり、彼と妻の韓鶴子は真の父母であるとされる。

 ところが、上の暴露本を出版した、文一家の身内によれば、文鮮明は第一級の宗教的詐欺師であり、陰謀によって会員や元会員、その家族たちの人生を台無しにしてきた極悪人であると考えている。

 1920年1月6日、北朝鮮、平安北道定州郡で出生。一家は需家からプロテスタントキリスト教に転宗する。

 19歳の時に日本に留学し、早稲田高等工学校に通って電気工学分野の勉強を続け、卒業後鹿島組で働いていた。

 実は、この経歴が極めておかしい。1940年代、文鮮明の名は、岸信介の経営した「昭和通商」=日本軍の麻薬販売特務機関 に見えるのだ。
 金日成と「義兄弟の誓い」を行ったのも、この頃であろう。
 日本に向かったのではなく、岸信介の下で、同じ朝鮮人にアヘンを売りつけていたのではないだろうか?

 文は生涯、自分は1944年、早稲田大学卒と主張したが、卒業名簿にある文鮮明=山本朋成という名は、まったくの別人で、1975年頃、早稲田原理研のメンバーが総長と交渉して書き換えさせたものだろいう。
 文鮮明という人物は、自分の履歴に虚飾を加えることが好きだったようだ。

 敗戦後、22歳の時に帰国し、1945年に自らの思想「原理」を系統立ててまとめ、1945年8月に「原理」による聖書解釈の説教で布教活動をスタートしたが、その教えはキリスト教主流派に受け入れられるものではなく、迫害を受け、1946年にソ連軍占領下の平壌に向かい布教を開始した。

 1948年、当局によって、逮捕・投獄・拷問を受け、社会秩序紊乱罪で再び逮捕され、興南強制労働収容所で5年間の労働を言い渡された。
 1950年6月に朝鮮戦争が勃発し、国連軍が19月に興南に達して囚人たちを開放。

文は釜山で避難生活を送り、1950年から1955年まで釜山で港湾労働者として働きながら教義書「原理原本」を執筆、1952年5月に完成。
 1954年5月1日に「世界基督教統一神霊協会」を設立。原理運動とも呼ばれる。

 1959年10月2日日本でも世界基督教統一神霊協会を設立、1964年、久保木修身が初代、統一教会日本支部、会長となる。
 このとき、最初の統一教会日本支部は、渋谷区南平台の岸信介邸内に建設された。
 これが、はっきりした文鮮明・岸信介=安倍晋三との関係の嚆矢である。
 この縁を取り持ったのが、朝鮮における日本軍麻薬密売組織=昭和通商と、強烈な反共思想であった。

 1968年に下部組織として、「国際勝共連合」を設立した。これは岸信介・笹川良一・中曽根康弘ら、日本の極右メンバーも主体になっていた。

 1972年にアメリカに移住し、統一教会の総本部もアメリカに移した。
 激しい反共主義によって、ニクソン米大統領にホワイトハウスに招かれ、ソビエト連邦の最高指導者ゴルバチョフにクレムリンに招かれるなど、著名な政治家、宗教指導者とつながりを持ち、日本の名だたる右翼の大半と、数多くの保守派の活動に資金援助をした。
 谷口雅春らと結託して日本会議を形作ったのもこの頃である。なお、日本会議は、未来の右翼政治家育成組織として、松下政経塾も立ち上げ、自民・民主の右翼的政治家を多数育成した。

 日本国内の統一教会は、文鮮明にとって最大の金づるであった。
 真面目な日本人の性格を利用して、洗脳を繰り返し、合同結婚式、文一家による信者の生活への厳しいコントロール、組織を揺さぶる個人的または金銭的なスキャンダルといった問題を抱えており、1970年代から80年代には、文鮮明は信者を「洗脳」し、自律した思考や行動ができなくなるほど強い思想統制や行動修正の体制を信者に押し付け組織や指導者の奴隷にされてしまっていると非難された。

 ちょうど、この頃、私は個人的に統一教会の洗脳現場に出くわしている。
 確か1970年代後半だったと思うが、名古屋で職場の同僚とともに、東区にあった「銀映」というストリップ劇場に行ったとき、踊り子が股間を見せる佳境になる頃、突然、どやどやと若い女性たちが十数名も入ってきて驚かされた。

 その後、核心の「まな板ショー」=客を呼んで舞台上で性交をさせる=に移ると、「さあ、見なさい! これが悪魔の所業だ!」
 という声が聞こえた。
 女性たちは、それを見て、ぞろぞろ引き上げていった。

 後で分かったことだが、実は、これは名古屋市守山区にあった統一教会(原理研)の洗脳施設から、若い女性たちにショックを与えて、この世は悪魔に支配されているとの刷り込みを行わせる手口であった。
 守山以外にも、千葉市花見川区三角町にも同じ洗脳施設が、今でもあるということだ。

 洗脳された彼女たちは、ただちに統一教会集金マシーンとして機能するようになる。
 都会に住む日本人の誰もが、一度は彼女らの詐欺的集金の罠にはまった経験があるのではないだろうか?
 街頭で花束を持っていて、誰にも手渡そうとする。
 ただでくれるのかと思って受け取ると、千円請求される。返そうとすると、「あなたは一度買ったではないか」と追求して金をせしめる手口である。

1975年に文鮮明が出した送金命令により、日本の統一教会は過酷な集金・違法な商売を行いアメリカ・韓国等の統一教会の活動に多額の資金を送金した。
 
 2000年には経営危機となったアメリカのUPI通信社を買収した。これらの発行に必要な莫大な経費は、日本の統一教会の信者による経済活動が支えていた。

 この頃、日本でも有名になったのが「霊感商法事件」である。
 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%9C%8A%E6%84%9F%E5%95%86%E6%B3%95

 統一教会の広告塔になった芸能人に桜田淳子がいるが、彼女は、最近、洗脳から冷め始めているとの噂もある。
 本当に洗脳から冷めて統一教会を大慌てさせたのが山崎浩子であった。

 http://open.mixi.jp/user/31894606/diary/1952778759

 新体操のスターだった山崎浩子が涙ながらに自分の洗脳体験をメディアに語り、警告を呼びかけたことで、日本における統一教会の活動は劇的に凋落することになった。

 しかし、まだ統一結婚式などで、日本女性7000名が韓国の農村に性奴隷として強制的に送り込まれ、連絡も取れない行方不明状態で、多くはDV被害に遭い続けているとの情報もある。

  http://aszxcv.blogspot.jp/2011/09/blog-post.html

http://the-soliloquy-of-ishikawa-quon.blog.jp/archives/1064999000.html

https://ameblo.jp/64152966/entry-11947021257.html

次回は、自民党国会議員の選挙部隊は統一教会=原理研

再掲  原子力発電は事故を起こさなくとも日本人を殺戮している  その1 北海道

再掲

 原子力発電は事故を起こさなくとも日本人を殺戮している
 その1 北海道

 この文章は、2018年3月19日に掲示したもので、前日にはヤフーブログに掲示した。これをツイッターの自分のアカウントで紹介したところ、翌日には、アカウントを事実上、永久停止にされてしまった。

 その理由になったのが、2013年と16年に書いた以下のツイートである。
http://tokaiama.minim.ne.jp/tokaiama/tuitter/akaunntoteisi.html

 2013年頃は、オランダ・ベルギー・ルクセンブルグ・スイスなどで安楽死権について議論されていた頃で、その後、これらの国では安楽死が合法化された。
 そのような流れのなかで、自分の最期は自分で始末するという権利について、私も「当然そうあるべき」と考えている前提で書いていたわけだが、2017年、末に起きた座間連続殺人白石事件を受けて、自殺を擁護するようなツイートを排除すると、ツイッター社側が決めたらしいが、これが5年前に遡った私のツイートまで対象としたわけだ。

 こうした「後出し処分」は明らかに違法なものだが、私のアカウントが有料であったなら、金銭契約の範囲で裁判所に抗告できるものの、ツイッター社側が一方的に発言プラットホームを提供し、一方的に管理している事情なので、アカウントを削除されても、「カラスの勝手でしょ」と言われて提訴できる条件がなかった。

 このときほど「向こう側」の土俵で勝負することの空しさを実感したこともない。一刻も早く、自分たちの土俵を構築しなければならないのだが、「こちら側」は共同してスクラムを組んで行動することに慣れてない人が多いからね

 この私のアカウント利用停止は、ネトウヨの嫌がらせ報告によってツイッター社が行ったものに見えるが、実は、このブログを自分で書いてツイッターで拡散しようとしたことが本当の原因であると、私も分かっていた。

 ツイッター社日本法人を管理しているのは電通である。

2013年7月
 株式会社電通は21日、Twitter日本語版の運営をしている株式会社デジタルガレージが行う第三者割当増資を引き受け、両者が業務提携することで合意した
 https://blog.goo.ne.jp/luca401/e/8f12d8e8a804384e5ca9f98afa45a773?fm=rss

 ツイッター社での書き込み適否を判断する人員も、どうやら電通の指揮下にあるようで、ならば原発推進の総本山である電通が、私の反原発ツイートを許すはずがなかったのだ。

 一時期70000近かったフォロワーも、アカウントとともに全部削除され、大切な測定データの大量に詰まった履歴もアクセス不能にされている。
 いつか自分たちの発言プラットフォーム実現を目指して、私は地下に潜り、FC2ブログなど、一部の反統制的サイトに依存しながら、発言を累積してゆくことにした。

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 人口動態統計を編集して公開しているGDFreak http://jp.gdfreak.com 
=株式会社アクシスリサーチ研究所が編纂した 2012年~2014年の自治体別死因データから、原子力発電所、周辺数百キロ圏の市町村における死因を調べると、原発を取り囲む地域で驚くほど高いレベルで死因の偏りが起きていることが分かった。

 この死因は、心筋梗塞・心不全・脳血管障害など、放射能が原因と疑われるものが多く、全国平均から大きく乖離して高くなっているが、原発から遠く離れるほどに平均値に収束してゆくため、死因と原発との非常に高い相関関係が地域的偏差から証明されるものとなっている。

 しかし北海道など寒い地方では、寒さが原因になっている風土病として心筋梗塞の高さがあり、これを原発放射能による影響と弁別するのは困難であって、解析には慎重な姿勢が求められるだろう。

 弁別区分を検討した結果、異常値の基準を日本平均からの標準偏差(正規分布)である68%とし、プラス側の34%を超えた段階で異常と判定することにした。134%以上から異常で、133%以下は平常値とした。
 150%以上については赤のアンダーラインで注意を喚起することにした。
 また、133%以下の平常値を薄緑のアンダーラインで示した。

 もっとも大きな異常を示しているのが泊原発の泊村で、心筋梗塞死が全国平均から実に444%も大きく乖離する高い値になっていて、原発から距離が離れると心筋梗塞・心不全が減ってゆくことが一目で分かりやすく、この異常な心筋梗塞死の偏りが泊原発の放出放射能に由来するものであることが、誰の目にもはっきりと分かるのである。

 もちろん、厳密に証明するためには、泊原発が稼働する以前のデータとの照合を示さなければならないが、政府は、かつてはネットでも容易に入手することができた人口動態統計を、まるで国民の目から隠すようにわかりにくくし、販売価格も法外な高額に設定され、ネットでデータを確保することも容易ではない。
 ゆえに比較対象のためのデータが入手しにくく、今のところ、GDFreakが公開している2012~2014年編集データを参照することしかできない。
 いずれ良質の比較データが入手できたなら、続編で公開してゆこうと思う。

 また、原発から環境に放出された放射能が、どのような量で、どのような種類のもので、どのような健康被害をもたらすのかも、政府と原子力産業によるデータの隠蔽隠避が著しくて容易に入手できず、これまで得られているチェルノブイリ事故などの知見から判断するしかない。

 さらに、関東東北の広い地域で、2011年に発生した東京電力福島第一原発、放射能放出巨大事故が起こした放射能汚染の被害領域と重なってしまっているため、東日本全域の詳細な放射能被害死因の分析は、原因が分散してしまっているため困難を極め、直観的に理解することしかできない。

 このように寒さなどが原因の風土病や、塩分過多食生活による脳血管障害などに加えて、複数の原発や核施設からの放射能放出、福島第一原発放射能巨大事故の影響など、たくさんの要因が重なり合ったデータになっているので、解析も一筋縄ではいかない難しさがある。

 チェルノブイリ事故のデータによれば、原発事故放射能の健康被害は5年後から発症し、7年後にピークを迎え、数十年にわたって続くと言われている。

 原発通常運転が放出する放射能の健康被害も、おそらく似たようなタイムラグを持っているだろうから、2012年頃に現れたデータは2005年頃の放射能放出に関係していることが推定される。

 トラブルを繰り返して稼働停止に追い込まれている六ヶ所村再処理施設の被害データは、まさに、2005年~2009年の稼働時に放出された放射能による被害を示していると考える。
 他の長期稼働停止原発にあっても、5~30年も前の放射能漏洩が、今になって健康被害として現れていると予想する必要があるだろう。

 福島第一原発巨大放射能事故による死因偏差データは、おそらく2016年の統計から顕在化し、明瞭に見えるのは2018年頃と予想している。

 それなのに2012~2014年のデータに、すでにフクイチ事故放射能によると思われる死因偏在が現れているのであれば、やがて2017年のデータが出てきて、これを調べたとき、どれほど恐ろしい結果が現れるのか、想像するだけで恐怖に萎えてしまう。

 チェルノブイリ事故、放射能被害のデータから、ヨウ素131による甲状腺癌だけでなく、セシウムXなどの人体融和性(人体構成元素に近い性質)の強いガンマ線核種の内部被曝が心筋梗塞・心不全・脳梗塞・脳血管障害などを引き起こすことが証明されているが、現実に起きている心筋梗塞の異常データからは、おそらくセシウム以外の、名前さえ不明な膨大な短寿命核種、トリチウム・希ガス類・ウランとも大きな関わりがある強い疑いが示されている。

 これらの死因の大きすぎる地域偏差と原発との相関は、原発を稼働することで、広い範囲で日本国民が放射能で殺害されている現実を明らかにするものであり、広く日本人に知らせ、原発の稼働が日本の将来を破滅に導くものである真実を我々が共有しなけれ未来は存在しないことを明らかにしている。

 311以降、日本の大半の原発が稼働していないのだから、放射能が出ているはずがないと思い込んでる方は、原発は稼働しても稼働していなくとも、絶えず放射能を環境に放出している事実を知る必要がある。

 稼働すれば、90気圧(沸騰水型)~180気圧(加圧水型)もの 超高圧が圧力容器内にかかり、一次冷却水が同じ高圧、320度で二次冷却水に熱交換し、そのまま発電タービンを回す仕組みになっているため、圧力容器内と一次系冷却水のなかで、安全限界を超えた圧力の水蒸気を外部に逃がさなければ安全を保てない仕組みになっている。
 いわば放射能放出ベントを小さなスケールで行っているのと同じである。

 外部に逃がされた水蒸気は専用タンクに保管されるが、核分裂を起こしている燃料被覆管に直接触れた一次系冷却水から発生したものであるため、被覆管から出た希ガス類など莫大な放射能を含んでいるが、タンクに退避してから、タイミングを見計らって外部に放出されることになる。
 しかも、ここには危険性の明らかにされていない多数の短寿命核種が含まれていることに注意しなければならない。

 このとき、化合しやすくフィルタリングの容易なセシウムXやストロンチウムX、アクチノイドなどは物理・化学的に除去される確率が高いが、トリチウム・ヘリウム・キセノン・クリプトン・ラドン、そしてヨウ素などの希ガスや希ガスに似た性質がある元素は捕集が困難、または高額の費用が必要であるため、経済効果の観点から外部にそのまま放出されることが多い。

 このとき、原発敷地境界において年間1ミリシーベルト以下という規制があるが、これに引っかからないよう、原発側は100mにも達する高い煙突から、気象条件を選んで放出している。

 私が、20年ほど前、柏崎市近郊を通過しているとき、午前3時過ぎ、突然、車載GM計が警報を響かせ毎時数マイクロに達したので、原発事故が起きたのかと騒いだ思い出があるが、これが、おそらく希ガス類ベントであったと思う。
 毎週1回くらい午前3時頃行われると聞いたことがある。

 原発に排ガスを出す内燃機関があるわけでもないのに不思議な高い煙突が設置されている理由は、放射能水蒸気のベント煙突であり、煙突なしでは地元に大きな健康被害が出るため、遠方に拡散させて被害を分かりにくくするために設置されているのである。
 それゆえ、今回の調査で、地元に被害が出てなくとも100Km先の市町村に大きな被害が出ているケースもたくさん確認できた。
 場合によっては、原発放射能の影響は200Km圏にも及んでいると考えられた。

 また、稼働してなくとも、使用済み核燃料を貯蔵しているだけで、絶え間なく希ガス類が環境に出てくる。
 使用済み核燃料の保管は、プルトニウムMOXの場合は、100度以下の安全温度に下がるまで実に300年間の崩壊熱対策が必要であり、その間、高熱に伴って高い圧力が発生し続けるため、少しずつ圧力を逃がす必要がある。

 通常のウラン235燃料でも、MOXほどではないが数十年の保管が必要になり、絶え間なく放射能ガスを放出することになる。
 使用済み核燃料については、稼働原発のようなフィルタリング機能はついてないので、たとえ地下300mに保管しても、わずかずつ噴き出すガスを地上に逃がさねばならない。

 後、死因の区分について、知っておいてもらいことは、心疾患、心筋梗塞と心不全、脳内出血、脳疾患、脳血管障害、脳梗塞などの明確な分別基準は存在していないことである。

 死因を確定するのは一般的な開業医が多く、心臓や脳の専門医ではないため、心臓が原因らしいが分かりにくい死亡の大半は心不全と診断される。
 脳も同じで、いわゆる脳卒中の区分は厳密に行われず、脳梗塞、脳血管障害と診断されるのが普通であって、大雑把に死因は脳か心臓と判定されるのが普通で、専門医が判定するときだけ、心筋梗塞や脳梗塞と正しく区分されるのである。

 そこで、市町村死因データを見る場合、大雑把に心臓と脳を分けて、一番数の多いものを代表的に書くようにした。

 放射線の影響による健康被害といえば、癌が代表的だが、これは潜伏期間が5~40年と、心臓・脳の器官障害よりも、はるかに長いので、肝臓癌のように比較的早く現れるものは見えているが、肺がんやその他の癌は、放射能放出から10年以上経てから検証することが必要になるだろう。

 最後に、統計データが本当に信頼できるのか? という強い疑念が、各地のデータから見えてきたことも書かねばならない。
 泊原発の泊村は心筋梗塞444%、肺がん98%、肝臓癌317%という想像を絶するような凄まじい値を示しているにもかかわらず、隣村の神恵内村のデータは存在せず、共和町のデータは平常値に近いのが実に不自然だ。

 東通原発の東通村、玄海原発の玄海町、浜岡原発の御前崎町などの人口動態調査結果も実に不自然な少なさであり、自治体が原子力産業の意向を受けて統計を捏造したのではないかという疑いを強く感じたことを明記しておきたい。

tomarigenpatu.jpg



 【個別の原発・核施設周辺のデータを検討する】
 それでは、国内の原発・核施設と周辺地域における死因との相関関係について、施設ごとに具体的に見てゆきたい。


[北海道、泊原発と周辺への影響]

tomari4.jpg


 泊原発が他のたくさんの原発と異なる特徴は、放射能排気煙突が存在しないということである。
 おそらく海岸沿いの風の強い地形であり、人口密度が低いということで不要と判断したのだろうが、このため、排出放射能は、まともに地元を直撃している。
 (基本的には加圧水型原発は、一次冷却系の排気を行わないので、巨大な原発を作らない)

 泊原発の足下である泊村では、心不全が全国平均から444% 増加しているという恐怖のデータとなっている。

 放出された放射能気団は、海岸沿いを気流ダクトとして移動してゆくことが知られ、海沿いのデータを見てゆくと、せたな町や奥尻町で高い異常が見いだせる。
 異常値は渡島半島全域に及び、南端および、対岸の大間町でも360%増という信じられないデータが出ている。

 しかし、大間は、六ヶ所村再処理工場と東通原発の放出放射能の影響下にあると思われ、泊原発の影響との分離弁別はできないように思われる。

 先に書いたように、北海道は海浜部を中心に心不全、心筋梗塞死が驚くほど高いが、内陸部のいくつかで平常値が大きく広がっている地域もある。

hokkaidou.jpg

 このデータを見る限り、泊原発・東通原発・六ヶ所村再処理施設からの影響の前に、寒気による風土病としての心筋梗塞を疑うべきかもしれないが、日高山脈の東側で平常値の地域が帯状に広がっていて、逆に西側では高い値が連なっている。
 それでは、日高山脈の東側が暖かいのかといえば、そんな事実はない。

 むしろ、泊原発からの放射能雲が西風によって日高山脈とぶつかり、上昇気流によって放射能を降下させ、健康被害をもたらしていると考えた方が合理的である。
 同じパターンが札幌周辺の平常値地帯でも見られ、泊村と札幌の間には余市岳・無意根山など1000メートル級山地が広がり、泊からの風が、これらの山地で上昇気流を起こして放射能をたたき落としたと考えれば、通過後の平地である札幌・江別・恵庭などで平常値地帯が広がっていることも分かりやすい。

なお北海道東部、北方四島との境界海岸部で、異常値が多数出ているが、これも、寒さというより、海岸であることの要素が心筋梗塞の原因になっているのかもしれない。内陸部では平常値が連なっているからである。
hokkaidou.jpg


 ロシアによる北方四島占拠後、これらの地域に秘密裏に核施設が建設されているとの噂もあって、この高い異常値の連鎖は、泊原発からの影響というよりロシアによる何らかの放射能放出を疑うべきかもしれない。
 またチェルノブイリ事故から30年、まだセシウム137・ストロンチウム90が半分残っているわけだから、影響は当然疑うべきだろう。 


参考情報

http://kaleido11.blog111.fc2.com/blog-entry-799.html

日航123便墜落の暗黒に差し込んだ光

 2017年夏、森永卓郎が、大竹まことゴールデンラジオで、日航123便について語ったことは私にとって衝撃的だった。

  https://www.youtube.com/watch?v=Enr4nLBXnSI

 http://maga9.jp/morinaga170830/

 今から33年前、世界航空機史上最悪の事故が起きた。
1985年8月12日、羽田発伊丹行123便ボーイング747ジャンボが、 ボーイング社の手抜き修理によるとされた後部圧力隔壁の破損、および、垂直尾翼と補助動力装置の破損、油圧操縦システムの全喪失により、迷走飛行へ陥った末に群馬県多野郡上野村の高天原山の尾根(通称「御巣鷹の尾根」)に墜落し、乗員乗客合わせて524名中、520名が死亡した航空事故である。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%97%A5%E6%9C%AC%E8%88%AA%E7%A9%BA123%E4%BE%BF%E5%A2%9C%E8%90%BD%E4%BA%8B%E6%95%85

 乗客には、世界的な歌手である坂本九や、ウィンドウズ普及前に、ウインドウズをはるかに凌駕する性能と評された純日本製OPシステムトロンを開発していた松下の技術者全員が乗っていた。

 この事件については、ミサイルで撃墜されたとか、事故後、自衛隊員が生存者を殺害して回ったとか、自衛隊員が現地で不可解な自殺を繰り返したとか、奇っ怪な情報が錯綜していた。

 私も、当時、世界最高の日本製OPソフト、トロンの開発者全員が乗っていたことが墜落の謎に、大いに関係していたと考えていた。

 しかし、たくさんの情報が錯綜していたせいで、何を信じて良いか分からない状態が続き、真相は一向に明らかにならなかった。

 もう一つ、絶対に見逃せない情報があった。
 それは、事件当時、首相だった中曽根康弘の、この言葉である。

 「真実は墓場まで持って行く」

 この意味がなんだったのか? 私の心に強烈に残り続け、いつか本当は何が起きたのか、知らなければならないと考えていた。
 1918年生まれの中曽根は今年百歳、本当に墓場目前だが、いったい何を墓場に持って行こうというのか?

http://www.asyura2.com/09/lunchbreak27/msg/1222.html
 
 そして、墜落機のスチュワーデスの同僚だった、元スッチーの青山透子氏(現、東大大学院講師)が、ジャーナリストも学者も足下にも及ばない綿密な現地調査の結果、もっとも真実に近い事実を書籍にして公開した。
 そこには一切の憶測・推論は含まれておらず、徹頭徹尾、実際に事件を目撃した人々による証言から帰納される真実だけが書かれている。
 まるで、宮本常一の民俗調査記録を読んでいるような熱い信頼感が湧いてくる記述ばかりである。

  http://tenku123.hateblo.jp
https://www.amazon.co.jp/%E6%97%A5%E8%88%AA123%E4%BE%BF%E5%A2%9C%E8%90%BD%E3%81%AE%E6%96%B0%E4%BA%8B%E5%AE%9F-%E7%9B%AE%E6%92%83%E8%A8%BC%E8%A8%80%E3%81%8B%E3%82%89%E7%9C%9F%E7%9B%B8%E3%81%AB%E8%BF%AB%E3%82%8B-%E9%9D%92%E5%B1%B1%E9%80%8F%E5%AD%90/dp/4309025943/ref=sr_1_2?s=books&ie=UTF8&qid=1525747255&sr=1-2&refinements=p_27%3A%E9%9D%92%E5%B1%B1%E9%80%8F%E5%AD%90

 全部を紹介することもできないが、これまで得られていた情報と整合性がある大切な情報から紹介しよう。

[1985年、235名に上る上野村小中学生の文集=「小さな目は見た」より]127P

 「大きい飛行機と小さい飛行機が追いかけっこしてた」
 「真っ赤な飛行機が飛んでいた」 

 当日、自衛隊のファントム戦闘機二機が123便を追尾していたという確実な情報があった。
 「123便の後部下部付近には赤色の楕円形の物体が張り付いていた」

 これは、事故直後から噂されていた目撃情報で、123便撃墜説の、もっとも大きなソースになった。123便はオレンジ色のミサイルで撃墜されたとの情報が、多数出回っていた。
 どうやら、自衛隊のファントムは、123便を訓練用目標として追尾しているとき、誤ってか意図的か不明だが、なんらかの飛翔体を123便に射出し、それを追尾していたことが子供たちの証言から裏付けられている。

 操縦不能に陥る前に乗客が写した写真のなかに、黒い飛行物体があった。165p
 これを画像解析専門機関に分析を依頼したところ、後ろ側の空に熱の波動が見えていて123便に向かってきている、と回答があった。
 これは123便の後部腹部に張り付いていたオレンジ色の円筒形の物体であるらしい。167p 96p

 この当時の追尾式ミサイル(サイドワインダー)は、今のようにコンピュータで軌道を計算することは、まだできず、熱源を感知して追尾する初歩的なタイプだった。
 自衛隊ファントム機は123便を仮標的として、誤ったか意図的に射出してしまった。炸薬は入っていなくて爆発こそしなかったが、これが垂直尾翼、圧力隔壁を破壊した可能性が極めて強い。

[ガソリンとタールの臭い]138p

 御巣鷹山に墜落した残骸のなかの遺体は、常識では考えられないほど激しく燃焼し、骨髄まで炭化していた。これは他の墜落事故における遺体状況と比べても極めて異常だった。(群馬大医学部・古川研教授)

 捜索に加わった地元消防団の証言によれば、「現場にはガソリンとタールの混ざった臭いが激しく漂っていた」と

 これはナパーム弾の成分であり、超高温を長時間維持するための殺戮兵器に使われる。123便の燃料はジェット燃料用灯油であって、ガソリンやタールは一切含まれていないので、自衛隊などによって外部から墜落現場に持ち込まれたものである。

 後部胴体はスゲノ沢に滑って転落し、全部胴体からは、まったく見えない位置にあって、最初の捜索では発見されなかった。
 ここでは燃えていない100名の遺体が発見されているが、前部胴体と遺体はエンジンや燃料タンクのある主翼からも大きく切り離されて燃焼する理由がないにもかかわらず、常識では想像さえできないほど極端に炭化し、燃え尽きた状態で発見された。
140p 157p 

 墜落現場には、二種類の自衛隊員が急行したようだ。一つは生存者救助目的、もう一つは生存者抹殺、証拠隠滅目的で、生き残った人々にナパーム燃料をかけて、焼き尽くして回ったのだ。
 救助当日、NHKは奇っ怪なニュース速報を出した。

NHKアナ(木村太郎の報道特集)
 「ただいま長野県警から入った情報です。現地に救助に 向かった自衛隊員数名が、何者かに銃撃され死者負傷者数名が出ている模様です。 続報が入り次第お伝えします」

 このテロップは、ただちに誤報として始末された。しかし、現場に同行していた自衛官(後に自殺)は、現場で、救助自衛官が自殺に見せかけられて殺害されたと証拠写真を残している。
(この写真の信憑性は、私には判断できないが、非常に多数出回っているので参考情報として掲示した)
osutaka1.png


 必死に救助作業中の御巣鷹の尾根の上で、捜索自衛官が二人揃って仲良く自殺したというのだ。これは、人生の経験則をすべて動員してもありえないことだ。  

[墜落現場が隠蔽された]

 墜落から約20分後の19時15分頃、米空軍のC-130輸送機が、群馬・長野県境付近の山中に、大きな火災を発見と上空位置での横田タカン方位(305度)・距離(34マイル)を航空自衛隊中央救難調整所に通報。

 19時21分ごろ、航空自衛隊の百里基地を緊急発進したF-4戦闘機の2機も、墜落現場の火災を発見して、上空位置での横田タカン方位(300度)・距離(32マイル)を通報した。

 墜落から約1時間後の19時54分に、救難・救助のため見切り発進した百里基地救難隊のKV-107ヘリコプターは、46分後の20時42分に現場上空に到着した。

20時33分になって、東京空港事務所長から航空自衛隊へ航空救難の要請が行われた。しかし、当時のKV-107救難ヘリは、両側面のバブルウィンドウ横に救難用ライト4灯を装備して夜間の救難作業は可能だったが、赤外線暗視装置などの本格的な夜間救難装備の無いことなどを理由に、事故当夜の救難員が降下しての救助活動は行われなかった。

陸上からは、群馬県警察・埼玉県警察・長野県警察が墜落現場の捜索にあたった。20時21分には、長野県警臼田署のパトカーが「埼玉県と群馬県境あたりに黒煙が見える」と通報。 21時39分には埼玉・長野両県警のパトカーが三国峠の西北西に赤い煙を発見した。

 消防・警察や災害派遣要請によって出動した航空自衛隊の地上捜索隊、陸上自衛隊の各捜索隊は、翌13日の朝まで現場に到達することはできなかった。

 群馬県上野村の黒沢丈夫村長(当時)は、テレビ報道の映像を見て、現場が村内の「スゲノ沢」であると判断し、土地鑑のある消防団員に捜索隊の道案内をするよう要請した。
 政府に対し、村長が直接、何度も電話して、墜落現場の情報を伝えたが、なぜか相手にされなかった。NHKに伝えても、NHKは墜落現場が長野県との誤った報道を続けた。
 青山氏は、明らかに報道トップも事故現場を隠蔽する指示を受けていたとした。159P

 墜落からおよそ14時間が過ぎた、8月13日午前8時半に、長野県警機動隊員2名がヘリコプターから現場付近に降下し、ようやく本格的な救難活動が開始された。

 救助活動を行ったのは、自衛隊・警察・消防団と、あらゆる組織が動員されたが、もう一つ、最初に述べた、事故現場に最初に入り込んだ一群の自衛官たちがいた。
 彼らは、救助自衛官に待機命令を出し、それを無視して現場に入ってきた自衛官たちを銃撃し、あるいは自殺に見せかけて殺害した疑いが極めて強いのだ。

 [いったい何のために?]

 それは、たくさんの子供たちに目撃されていた、123便の胴体に張り付いて尾翼を破壊したと思われるオレンジ色の円筒形の物体=訓練用ミサイル? を、誰の目にも触れない前に始末することであった。

 これを始末し、目撃者である生存者を殺戮し、骨まで燃えるほどに焼き尽くすことが任務であった。
 この始末が終わってから、彼らが現場を去るころ、やっと、前方部分の墜落現場から500m以上離れ、相当下降したスゲノ沢の現場に、後方機体の分離した残骸が発見され、川上恵子さんや落合由美さんら4名が生還する救助活動が消防団の手によって行われた。

 生存者の証言によれば、墜落直後は少なくとも数十名以上の多数の生存者が発する声が聞こえていたが、なぜか、数時間で聞こえなくなった。
 4名の生存者が発見されたのは、主翼などの大きな部品の下に隠れた状態であって、すぐに見えるような場所にいた人でも、多数の生存者がいた証拠があるのに、一人も救出されなかった。
 川上恵子さんたちは、たまたま外部から見えない位置にいたために殺されずにすんだという見方もできる。
 
 これらの人道上断じて許しがたい殺人と隠蔽工作を指示した人物は誰か?
 これが123便事故最大の犯罪者であり、それは、秘密を墓場に持って行くと発言した人物である。

 1985年1月、中曽根首相は、防衛費1%枠の撤廃を国会に提起した。こんなときに自衛隊のミスによって、500名を超える人が殺されたなんてことになれば、政権倒壊は確実であろう。
 中曽根は、123便事故を隠蔽しなければならない大きな理由を抱えていたのである。

 自衛隊は訓練中に誤って? ミサイルを射出し、それが原因で123便が墜落し、500名以上の死者が出た。
 しかし、自衛隊は、墜落直後、まだ生存していた乗客を救助せず、逆にナパーム薬をかけて焼死させ、骨まで焼き尽くして証拠隠滅を図った。

 そして、待機命令を無視して現場に侵入してきた自衛官を銃撃し、ミサイル回収を目撃してしまった自衛官を自殺に見せかけ殺害した。

 これが、現場で発見されたミサイルの極小部品である。ここまで細分化したものは、回収しきれなかったため、具体的な証拠が残された。

  https://blog.goo.ne.jp/adoi/e/9d6004394ea0a28dc40f11a93547b185

 いったい誰が、この恐ろしい処置を命令したのか?

 その名は中曽根康弘(当時総理大臣)である。100歳になる中曽根は、勲章をたくさんもらい、莫大な報酬を手にして悠々自適の生活を終えようとしている。
 こんなことが許されるのか?

人類最悪、世紀の愚行 リニア新幹線

 [やりすぎ破綻]

 中華統一を果たした始皇帝、秦国の崩壊は、「やりすぎ破綻」である。
 BC221年に史上初の中国統一を成し遂げるとBC210年に49歳で死去するまで、わずか10年に満たないのに人類史上最大級の仕事をなした。

 中央集権を行い、貨幣や計量単位の統一、交通規則の制定、車幅の統一、馳道と直道建設など、国家としての基礎を固める仕事を史上初めて行った。
 そのあたりで、やめておけばよいのに、万里の長城、秦始皇帝陵の建設、人類史にも他に例が見当たらないほど凄まじい大仕事を民衆に強要した。
逆らう者への刑罰、弾圧も半端ではない。
 民衆には怨嗟の声が満ち、始皇帝の通った後には、民の屍が累々と倒れていた。

 一人の人間が、命令して実現させた仕事としては、有史以来、現代に至るまでの人類に右に出る者はないであろう。おかげで、中国の民は休むことさえ許されず、疲弊し次々と立ち枯れていった。
 また、始皇帝は自分自身にも休息を与えず、馬車に乗って、全中国を行脚している最中に過労死してしまった。

 BC221年に即位し、BC210年に死亡したわけだから、皇帝としての在位は、10年に満たず、死後2年ほどで秦国も崩壊して消えてしまい、漢の時代に変わった。

 「もう御免だ!誰か助けて」と国中に悲鳴が満ちていて、秦の崩壊を目にした国民は心の底から安堵したことだろう。

 [現代の馳道]

 「秦の馳道」というのは、始皇帝が命令した皇帝専用道路で、高度な土木技術が駆使され、山を崩し、谷を埋めて70mもの幅をもった巨大な道路を6000キロも作られた。
 表層が槌で強く叩き締められているので泥濘路にもならず、馬車が通るのに極めて合理的な舗装になっている。草木もほとんど生えてこない。
 これだけでも、万里の長城に匹敵する、国力の疲弊をもたらすような巨大工事であった。

 勝手な私見だが、おそらく表層に石膏を散布してからタコで叩き締め、圧力と経年変化によって一種のセメント舗装状態になっているように思われる。
 2200年を経た今でも、森林に覆われた場所は少なく、大半が道路や広場として使える状態になっているが、秦の首都である咸陽・西安という辺鄙な内陸部に作られたためか、これだけの巨大インフラ工事でありながら、万里の長城と同じく、始皇帝後の歴史上に中国の産業=生産力、国家防衛の安全に寄与したという記述はない。
 これが北京・上海間なら、もの凄い効果が生まれていたはずだが。

 馳道がない場合と比較すると、目的地への時間は五倍以上も短縮されたともいわれるが、一般民衆は立ち入り禁止であった。
 馳道建設の理由は、始皇帝の全国巡幸に使われたとともに、地方の反乱に備えての軍事治安用道路であったともいわれる。


 これから書くJR東海のリニア中央新幹線は、私からは「現代の馳道」というにふさわしい、金と労力をドブに捨てるような、無駄無益な妄想の象徴に見えるのである。

 [JR東海の皇帝、葛西敬之]

 1963年東大を卒業して国鉄に入社した葛西敬之の仕事は、国鉄労組を潰すことだった。井手正敬、松田昌士らとともに、策謀を巡らして国労を弱体化させ、民営化に突き進んだ。

 国労を破壊し、国鉄も破壊して民営化させ、JR東海を支配するようになってからも、御嶽山チャオリゾートなどの多角化事業をぶち上げて推進し、ついには、秦の直道・馳道を思わせる空想的なリニア新幹線事業の強引な事業を実現した。

 ただし、葛西の牽引した、チャオリゾートは、すでにスキーブームの衰退しはじめた1998年に開始され、見通しの甘さから収益力が見込めず、2013年には、JR東海は事業主体から撤退している。

 残されたのは、見事という他はなかった国立公園相当の大自然、御岳8合目までの原生林を皆伐破壊した巨大な自然破壊の爪痕だけだった。
 御嶽山が北アルプス国立公園に含まれなかったのは、名鉄グループが利権を確保するため政治力を使ったからだと言われている。葛西は、名鉄グループの政治的利権の尻馬に乗せられた形だった。

[リニア中央新幹線計画]
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%AD%E5%A4%AE%E6%96%B0%E5%B9%B9%E7%B7%9A

 最高設計速度505km/hの超電導磁気浮上式リニアモーターカー。
 2011年5月26日に整備計画が決定され、2014年12月17日に起工式が行われた。完成後は東京(品川駅)・ 名古屋駅間を最速で40分で結ぶ予定。

だが、地下百メートルの大深度に建設されるリニア新幹線駅は、地上に出るのに十数分はかかると予想されており、新幹線「のぞみ」が1時間40分で東京・名古屋間を結ぶ時間と比較すると、リニアは、6駅停車として走行実時間72分、品川駅乗り換え時間20分、名古屋駅、地上までの脱出時間が十数分で、結局、同じ出発時間なら、「のぞみ」の方が、早く名古屋駅前に立てるという滑稽な試算になっている。

 また、新幹線では、すでに東北や米原などで一部320K以上の速度で運行を行っているので、新たなインフラ投資を必要としない従来線のなかでリニア新幹線の64%の速度を実現している。
 これで数十兆円という莫大な投資を行うリニアが、投資に見合う成果を得られることは絶望的である。

 まあ、完成すれば、観光目的で日本を訪れる外国人は、遊園地のジェットコースターに乗るような満足感を得られるかもしれないが、数年もすれば飽きてしまうだろうし、リニア新幹線全線開通予定の2030年代には、日本人口が現在の半分以下になると見積もられているので、今の新幹線でさえニーズを失いガラガラになってしまうだろう。
 このあたり、スキーブームが去った後に葛西敬之によって企画建設された御岳チャオリゾートの運命とよく似ている。

[最悪の電力ドブ捨て機関]

 1座席(=1乗客)が1km移動するのに必要な電気エネルギーの比較をいえば、リニアは従来新幹線の3倍を必要とする。
 リニアが100Kw/Km であるのに対し、従来新幹線は29Kw/Kmである。
 電気自動車の場合、1Kwあたり10Km前後走るので、1Km移動するのに必要な電気は0.1Kw程度ということになる。
リニア新幹線は、電気自動車の1000倍のエネルギーを食うわけである。

 なぜ、この省エネの時代に、馬鹿馬鹿しい電気の大食い交通システムを、大自然の巨大破壊と、恐ろしい水脈破壊のリスクを冒してまで、無理矢理作らなければならないのか?

 それは、おそらく政府と産業界が、原子力発電を正当化するためという理由以外、考えられないのである。

 2007年にJR東海は東京~名古屋間の用地買収を含む建設費を6兆円と試算した。1km当たりの建設費は平均すると150億から200億円と試算しており、これは東京 - 名古屋間を最短距離である280kmで結ぶことを前提としている。
 すでにテスト区間として使われている、上野原市から笛吹市までの43Kmは、未来の南アルプス横断トンネル路線の一部になることを見越して建設されたものである。

 2017年段階で、リニア新幹線、名古屋~品川間の建設費用は10兆円前後と想定されているが、建設関係者に、この金額ですむと考えている者は皆無であろう。
 あらゆる公共工事の見積もりの法則どおり、最低でも当初の見積もりの数倍になることが常識だからである。

 当初、葛西は「JR東海の自家資金だけで建設する」と大法螺を吹いたが、もちろん誰も信用しなかった。
 工事も本格化した2016年になって、以下のように話が変わってきた。
 そもそも、葛西は、安倍晋三の応援団として著名であり、最初から安倍政権を利用して国家支援に切り替えさせる狙いを持っていたことが明白である。

https://mainichi.jp/articles/20160725/ddm/005/070/073000c

 南アルプスリニアトンネル工事は、世界に例のない空前絶後の難工事が予想されていて、この実現を確信する関係者も、ほとんどいないのではないだろうか?
 ほとんどの工事関係者が、実は工事貫徹に自信を持っていない。だから、2017年段階で、工事が進んでも、駅舎の建設される予定の飯田市や中津川市の土地が、ほとんど上がらないのである。

[世界的にも超危険なスーパー断層を二つも抱えたリニア用トンネル]

 3000m峰を抱える南アルプスの核心部を、世界最大級の3本のトンネルで貫通するわけだが、南アルプスは、その成因でもある、日本最大のスーパー断層を抱えている。
 中央構造線とフォッサマグナ(富士川・糸魚川線)である。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%AD%E5%A4%AE%E6%A7%8B%E9%80%A0%E7%B7%9A

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%95%E3%82%A9%E3%83%83%E3%82%B5%E3%83%9E%E3%82%B0%E3%83%8A

rinia.png


 リニア新幹線のトンネルを二つの巨大断層が完全に横断している。
 とりわけ大鹿村のトンネル予定地は、有名な日本最大の破砕帯を突っ切ることになり、いずれ必ず起きる中央構造線の巨大活動で、トンネルが瞬時に大規模な横ずれを起こして塞がってしまう可能性が強い。

 地蔵峠・青崩峠を越える予定の国道152号線は、日本土木の粋を集めての工事でも開通させることができなかった。あまりにも脆い地盤のため、掘っても、次々に崩落し、大きな地震が起きれば完全に埋まってしまう可能性が高いため、トンネルさえ、いくつものルートで中止に追い込まれた。

 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%9D%92%E5%B4%A9%E5%B3%A0

 今でも、門桁から春野町に向かう町道を通ると、通過するだけでも、切り通しが次々に崩落する恐怖の道路となっている。こんなところにトンネルを掘っても、歴史的な中央構造線の地殻変動の繰り返しによって、中央構造線の通過する南アルプス西側全体が破砕帯になっていて。とうてい人智の及ばない自然の要衝となっている。

 ここにリニアトンネルが掘られても、破砕帯を固定できる技術的な目処があるはずがないと私は思う。
 トンネルの上に覆い被さる巨大な山体の圧力によって起きる「岩跳ね」現象が知られているが、これまで、もっともひどかったといわれる関越三国トンネルでも、覆われた圧力は1000m程度だったが、南アルプスの場合は、2000mを大きく超えるので、これまでのトンネル工事とは比較にならないほど危険である。
 これが巨大破砕帯の中で起きるのだから、どうやって防止したらよいのか見当もつかない。おそらくゼネコンといえども、2000mの積層圧力への対策は一度も経験がないだろう。本当に対策が可能かどうかも非常に疑問だ。

 あわよくば開削に成功して、リニア新幹線が通行したとしても、中央構造線で大地震のため、突然横ずれが起きれば、時速500Kで走る新幹線のトンネルが突然塞がれることになり、何が起きるか考えたくもない。
 それは日航123便の御巣鷹山墜落よりも残酷な光景になるだろう。

 破砕帯のトンネルが意味することは、水源地の水流の著しい変化である。
 リニアトンネル工事がもたらすものは、南アルプス北部全体の水資源の巨大な枯渇であろう。
 これに関しても、ゼネコンは、過去の経験だけで対応できないほどの深刻な事態に見舞われることになる。

 http://www.aqua-sphere.net/literacy/j/j05.html

 場合によっては、大井川水系でさえ、枯渇する恐れが考えられるが、JR東海も国も、これに対する補償は想定していない。

 http://sekaitabi.com/linearmaglev.html

 このPDFは、リニア新幹線全体の問題を、分かりやすく解説しているので、ぜひ読んでいただきたい。

 http://www.jnep.jp/c-undo/linia/jsa-linia/naramoto.pdf

 これを読めば、リニア新幹線が秦の馳道にも匹敵するような世界的な暴挙であり、自然破壊の極致である事実がはっきりと分かるであろう。

 安倍晋三応援団長ともいわれるJR葛西敬之は、リニア建設に至る前も、最初に述べた通り、御嶽山の素晴らしい原生林を自社利益のために皆伐破壊し、チャオを建設したが、周囲が予想したとおり大失敗してJR東海は逃げ出したもの、今ではチャオは営業さえ危ぶまれている。
 
 この男は、巨大な自然破壊を行うのが趣味のようだが、それがもたらす被害は半端なものではない。 とりわけ、南アルプス東側の水源は、取り返しのつかない破壊を受けるのは確実である。

 私は、リニア新幹線が事業として成功する可能性など万が一にもないと確信している。
 そもそも、南アルプスの豊かな自然を愛する者なら、誰でも、その恐ろしい傲慢さに驚愕し、葛西という人物が「悪魔の申し子」であると直感することだろう。

 まず、あの国内最大の巨大破砕帯を通過するトンネルの掘削は、世界最先端の土木技術をもっても不可能であると私は思う。
 もし可能だったなら、半世紀も前に計画された国道152号、青崩峠トンネルが難工事を理由に放棄されるはずがない。代替ルートでさえ放棄され、未だに兵越という大型車が通行困難な迂回ルートを使うしかない状態なのだ。

 仮に、ウルトラCを駆使して開通できたとしても、今度は千年に一度巨大活動をする疑いのある中央構造線とフォッサマグナの巨大地殻変動が待っている。
 千名を超す乗客を乗せたリニア新幹線が、500kを超えるスピードでトンネルを通過している最中に、突然、トンネルがずれて消えてしまう可能性だってある。
 今や、中央構造線は、熊本大地震を嚆矢に、四国、紀州、三河を経て、トンネル工事現場である大鹿村に向けて進軍している最中である。
 水窪から高遠に向かう国道152号こそ、中央構造線そのものである。

 実は、私の住んでいる中津川市にはリニア新幹線の駅ができるという。我が家から一本道で8K徒歩二時間の距離である。 バスなら美乃坂本駅まで15分もかからない。
 それなのに、極端に安い我が家の土地は、一向に上昇する気配がない。
 結局、工事予定地を知る者なら、誰もが建設が成功すると思えないのである。
 20兆円といわれる超巨額の税金を投入してみても、成功を危ぶまれている恐ろしい難工事。

 私が、これこそ「現代の馳道」であると断言する意味をご理解いただけるであろうか? 何もかもうまくいって営業を開始できたとしても、私には、無数の恐怖だけが見えていて、バラ色の未来は見えないのである。
 
https://iwj.co.jp/wj/open/archives/242464

追記、国道152号線 青崩峠は、中央構造線上ですがリニアのルートではなく、地蔵峠が予定地です
私も、勝手な思い込みで取り違えていたのでお詫びして訂正します
地蔵峠は、有名なゼロ磁場である分杭峠を南下した破砕帯の難所です

 なお、トンネルの土被りの厚さは、2000m以上と予想してたが、1100mとの記述を見つけた
 2500mの稜線の真下を通過するのだから、どうも、この記述は信じられない。





 民俗学における原理と展開

 漫画誌ヤングジャンプの人気連載、キングダムは、秦の始皇帝に関連する物語である。
 これが我々の心を掴むのは、実は、始皇帝の子孫こそ、日本人の一つのルーツであることがはっきりしているからだ。

 秦国は、始皇帝後、わずか数十年で滅亡し、臣民たちの一部は、それから400年後に建国された弓月国を経て高句麗(満州)方面に移動したと考えられる。
 彼らは、ツングース騎馬民族であり、氏姓に先祖地を名乗る習慣があって、弓月氏または秦氏と名乗っていた。
http://tokaiama.minim.ne.jp/rekisi/hataoukoku.pdf

 民族的にはツングース系女真族であると考えられるが、先祖地と考えられる弓月国(クンユエ=AD200~500?)、日本書紀における弓月君の記述AD284頃なので、建国後、100年近くを経て、国内で大きな抗争が起きて、追い出された人々が移動してきたようだ。

 秦はBC221年、史上初めて中華全土の統一を果たしたが、BC210 秦王が死亡、BC206に項羽や劉邦によって滅亡させられる。
 私は、おそらく、秦国から弓月国の前の地(匈奴やフン族の駆け回る荒野)に向かい、建国後、何らかの事情で高句麗に移動したと予想している。

 弓月国の位置は、現在のキルギスタンやカザフスタンを包摂するもので、相当に大きかった。しかし、以前はネットで容易に得られた情報が削除されてしまい、正確な地図を示すことができない。

 今、キルギスタン人を見ても、日本人に非常に似た人が多く、とりわけ島根県、鳥取県には、まるでキルギス人ではないかと錯覚するような人相が多い。

 アカーエフ元大統領も、コサックの侵入による混血でロシア化していても、やはり日本人に近い人相である。
 彼らが日本人に似ているのではない。日本人のルーツなのである。

kirugisu2.jpg
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 秦の始皇帝も民族的には漢族からは遠く、中央アジア騎馬民族であったとの記述があったはずだが、最近、ネットで、天皇家の由来に関する情報が続々と削除されて、弓月国の正確な地図さえも消えてしまっている。

 今回は、文献史学を問題にするのではなく、民俗史学の立場から、秦と秦氏、そして天皇家の謎に迫ってゆきたい。

 以下はBC200年代に使われた始皇帝の行幸馬車である。
 
sikoutei1.jpg

 これは始皇帝兵馬俑の出土品であるが、 極めて精密、現代の馬車と比べても、古さは感じない。つまりBC200年代には、すでに馬車は完成の域に達していた。

 これは何を意味するのか? 馬車の本質は車輪であり、車輪の本質は回転力である。秦は「回転力」を自由自在に操ることができたことを意味するのである。
 
 秦氏は、北陸山陰地方に上陸して琵琶湖沿岸に拠点を構えた。琵琶湖が物資輸送にとって極めて利便性の高い土地だったからである。
 現在の秦庄という地名は、秦氏の拠点だったことを意味している。
 秦氏は、騎馬民族王朝が、最初、奈良に展開したものの、秦時代から獲得してきた本質的な文明、文化を自由自在に展開できる場所を探し、やがて、大津の峠を越えた向こう側に巨大な湿地帯があることに目をつけ、ここを埋め立てて平地にした。

 平地というのは、車輪を使う上で前提になる条件であり、京都という広い平原のなかで、秦氏は、はじめて自由に車輪=馬車を利用することができるようになった。
 また、秦氏の持ち込んだ土壌改良・舗装技術も、泥濘地を作らないで安定した駅馬車運用を可能にする、優れた土木技術であった。おそらく、これも秦時代からの遺産であろう。

 もう一つ、秦庄から東に向かうと、すぐに鈴鹿山地になるが、ここに永源寺町(東近江市)があり、君ヶ畑という集落に全国の木地屋の根源地があった。
 秦庄から、わずか数十キロで、同じルーツの人々が住んでいる土地である。

 木地屋の命は「轆轤」と刃物である。実は、轆轤は車輪と、ほとんど同じものと言っても良い。車輪は、そのまま轆轤になり、轆轤を扱っていれば車輪を用いるのも容易である。
 つまり、轆轤は明らかに秦氏の持ち込んだ技術であって、木地椀を生産してきたのも、秦氏の生活の延長上にあると考えることができる。
 木地屋が、全国に移動するときAD859年 君ヶ畑小椋に移住した清和源氏、惟高親王からの系図を示すのだが、これも間違いなく秦氏の人脈である。

 一方で刃物の方も、実は秦氏が朝鮮経由で持ち込んだ可能性が強い。
 永源寺町から、わずか10キロ程度に蒲生郡日野町という小さな町があるが、この名前は日野=火野を意味し、何かというと古代のタタラ場であったことを意味している。だからこそ、戦国時代には、全国最大の精密鉄砲メーカー、国友が、やはり数十キロしか離れていない長浜に成立している。
 今でも、さらに北に向かった福井県では、戦国時代からの伝統を引き継いだ国内有数の優れた刃物産地である。

 このような視点でみれば、刃物と轆轤と車輪とは、すべて秦氏による移入と開発であると理解できるだろう。

 さらに、車輪をもう少し進めると、滑車という技術が見えてくる。
 秦氏が渡来してからというもの、日本全土の古墳が、小さな円墳から巨大な前方後円墳に劇的に変化したわけだが、これには土木技術の革新が必要であった。

 古墳に使われた大きな石を運搬して高く積み上げるには、想像を絶する高度な技術が必要とされ、弥生人王朝では、背中に背負った土嚢を積み上げた土塁を大きくしながら円墳を作る能力しかなかった。
 だが、秦氏は、巨大な石を操る技術を持っていた。

 石を運ぶには修羅という頑丈なソリに乗せて、下にコロを置いて差し替えながら引っ張れば移動する。
 水中を移動させるには、筏に修羅ごと石を乗せればよく、浮力を増すには樽をくくりつけたりする。エジプトには強力な浮力を持ったパピルスがあったので、樽を必要としなかった。
 樽の発明前には、桐などの浮力の大きな軽い木を用いたのかもしれない。

 さて、問題は、1トンを超えるような巨石を高い位置に積み上げる方法である。
 長い傾斜が得られるなら、修羅に乗せて力任せに引き上げるのも良いかもしれない。しかし、狭い山上で積むには、高い技術が必要である。
 このとき、車輪=滑車の技術が役立つ。
kassya1.png
 この図では、引き上げる力を6分の1にすることができる。
 このような技術を用いれば、数トンの巨石も、数十人の力で引き上げることが可能になるのである。
 これも秦氏の持ち込んだ車輪技術の延長にあると考えるべきであり、彼らは土木技術者として、現代人さえも及ばない、凄い技術を持っていたのである。
 
 民俗学の視点から考えれば、例えば、優れた弓を発明するということは、バネを発明することに等しい。
 この技術も普遍性の高いもので、投石機など、あらゆる武器に応用可能である。バネは、やがてゼンマイの発明へと進化し、時計やオルゴールなどに変化してゆく。
 また牛車・馬車のクッションにも役立ったかもしれない。

 さらに原理的に戻れば、着火と刃の発明が、人類史をどれほど劇的に変化させたか、誰でも理解できるだろう。

 火と刃は、すくなくとも縄文時代前期どころか、原人時代にさえ発明されていた痕跡があるが、秦氏は、これをタタラに進化させ、打刃物へと発展させた。
 刃に関しては、最初、打製石器、やがて磨製石器へと進み、鉄の発見により鉄器となり、工夫の大好きな日本人は、玉鋼による超硬度特殊鋼の発明にまで至ってしまう。これが実現したのは、おそらく平安・鎌倉時代のことであろう。

 なお、玉鋼が登場するまで木地作業に使える刃物がなかったか、といえば、そんなことはない。
 打製石器のなかには、黒曜石のようなガラス質の耐久性の高い刃として使えるものがあり、これでも十分に、轆轤で木地を加工することができた。
 縄文前期に、諏訪蓼科山周辺で採取された黒曜石が、全国で使われていた証拠があり、この種の鋭い刃は、たくさんの発明や生産に関与しているのであり、玉鋼の技術は、もちろん木地物の進化とともに、戦場における武器の進化をもたらしたのである。
 

 天皇の歴史5    南北朝抗争


 孝明天皇が若き松下村塾生だった伊藤博文と井上馨に、目を背けたくなるほど残酷な方法で暗殺された理由は、彼が北朝の末裔だったからである。

 なぜ、北朝だと殺されねばならなかったのか?

 それは、明治維新の思想的核心であった国学が「南朝正統」を要求したからである。

 南朝正統論が世に出た初めは、「水戸のご老公 」の大作「大日本史」だったようだ。なんでまた、南朝かといえば、徳川家康と、その後裔たちの愛読書、人気ナンバーワンだった「太平記」が南朝の肩を持っていたからである。

 また、三河から南信、遠江は、南北朝戦争における南朝方最大の根拠地であって、天龍村、熊谷家の伝記のなかに、南朝の抵抗史が詳細に描かれている。
 家康自身も、北朝、足利尊氏の勢力下にあった今川氏の人質となった体験から、今川の敵対勢力である南朝に強い関心を持っていた。

 本居宣長ら国学者たちが、一斉に南朝正統論になびいた理由も、太平記をはじめとして楠木正成への英雄視に満ちた伝記が世に出回っていて、南朝への心情的応援が広く浸透していた影響を受けていると思える。
 ちょうど、楠木正成は江戸時代、三国志における諸葛亮孔明や関羽のような崇敬を一般大衆から受けていたのである。それは、ちょうど源義経に対する「判官贔屓」に似ている。
 そうして極論を言えば、孝明天皇を殺した真犯人は楠木正成であったともいえる。

 正成が寡勢で北条幕府の大群に立ち向かい、大群の奢りを逆手にとって奇計による勝利を挙げ続ける様子は、日本史においても右に出るものがないほどの痛快な物語である。
 湊川の戦いで、公家たちの愚かさにより不遇の最期を遂げる様も、実に日本的な運命審美観にかなう美しい最期であった。
 これが人々の心を捉えないはずがなかったのだ。「南朝こそ正義」と。

 [後醍醐天皇と建武の新政]

 1192年、源頼朝によって鎌倉幕府が開かれ、地頭・守護・御家人のような制度が確立し、全国の地の豪族たちは、幕府の権威を利用できる御家人になりたがった。
 このころ、足利氏や新田氏、細川氏、島津氏など現代にまで続く家柄が、鎌倉幕府の統治システムに組み込まれていった。

 ただし、鎌倉幕府は、東日本の大半を支配下に収めたものの、西日本の多くが、まだ朝廷の支配下にあった。
 これにより荘園に対する双方からの税金重複取り立てなどが起きて、矛盾=不満が激化していた。

 1221年、こうした事情を背景に「承久の乱」が起きたが、後鳥羽上皇に率いられた朝廷側が北条氏に敗北、六波羅探題のような強力な治安組織を作ることで北条政権が強い支配権を確立してゆく。

 1246年、後蘇我天皇の皇位継承をめぐって、大覚寺統と持明院統に分裂、相互に天皇を即位させる取り決めが成立。

1268年、大モンゴル帝国が、日本を植民地とするために鎌倉幕府に使者を送ってきたが、北条時宗が、それを追い返した。

 1274年、文永の役、1281年、弘安の役、モンゴル軍が、高麗を手先に使って、とうとう日本侵略を開始した。これは有史以来、日本列島が外国に直接侵略を受けた初めての経験であった。
 鎌倉幕府も壱岐対馬の地元豪族たちも、元軍の攻撃の恐ろしさをまったく知らなかったため、戦闘では大敗したものの、二回の攻撃は、いずれも台風などで元軍が自滅し、最終的に勝利を収めることができた。

 ところが、この事件は、当時の日本=鎌倉幕府・北条氏の国力で対応可能な規模をはるかに超えていたため、偶然の力で勝利できたものの、戦いに馳せ参じ、経済、人的資源ともに大きな損失を被った全国の御家人たちに、満足のゆく報償を与えることができず、政権は信用を失い、根底から崩壊をはじめた。

 1297年 北条鎌倉幕府は御家人の困窮を救うために徳政令を出すが、御家人たちの不満は募るばかりであった。
 このとき、西日本に一定の影響力を残していた朝廷が、再び、実権の回復を求めて活発に活動をはじめる。

 1318年、後醍醐天皇即位、朝廷権力の復活を求めて北条倒幕を呼びかけ、何度も失敗するうち、困窮した東国の御家人たち、新田義貞や足利尊氏が合流して、幕府に軍事的に対抗できる勢力を作り出してゆく。

1331年 元弘の乱、河内の楠木正成が後醍醐の味方についたことが大きな運命の転換点だった。
 楠木正成、新田義貞、足利尊氏らの力を借りながら、後醍醐は、とうとう北条幕府の転覆に成功する。

 このときから後醍醐による「建武の新政」が始まるが、後醍醐の人間的弱点から、身内に甘く、縁の薄い者には、報償らしい報償を与えなかったことから、足利尊氏はじめ、有力な支持者、御家人が次々に去っていった。


 このあたりの知識は、私にとっては、完全に忘れ去った領域であって、年号やエピソードなど、いちいち確認しながら、書いているので、ひどく時間がかかる。
 なんでまた700年も前の歴史事件を引っ張り出してきたのかというと、実は、私の住む中津川市も含めて、天皇家を主役とする南北朝の争いが、いまだに呼吸を続けていることを知ってもらいたくて書いているのである。

 それは、後醍醐が、自分を支え続けた御家人たちから信用を失い、唯一、楠木正成の支援を得ながら、吉野に逃げて南朝を成立させるところから南北朝百年戦争の物語が始まる。

 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8D%97%E5%8C%97%E6%9C%9D%E6%99%82%E4%BB%A3_%28%E6%97%A5%E6%9C%AC%29

 後に、明治維新になって、北朝系譜の孝明天皇が暗殺され、南朝系譜を主張する大室寅之祐が明治天皇に就任したとき、真っ先に、楠木正成の銅像を皇居に建立したことは、南朝物語に占める楠木正成の巨大さを端的に物語っている。

 その後も、皇国史観で知られる平泉澄らが、南朝正統論を前提に、日本史を改竄し、あたかも吉野朝廷が、事実上、日本国を支配していたかのような意図的な捏造知識が教えられ、これは敗戦まで続いた。

 建武の新政において、後醍醐天皇が、公家と武士を統一して天皇中心の政治を始めるが、その政治は公家ばかりを重んじ、武士への恩賞も少なかったことで、武家からは強い不信感を抱かれることになった。
 戦前の皇国史観、歴史教育を受けた人は、吉野朝がバラ色に描かれていたことで、ひどく誤解があったが、実際には、後醍醐は、ギリギリまで追い詰められていた。
 
 また公家の間でも、後醍醐を擁する大覚寺統と持明院統の深い対立があり、後醍醐は安定した支持を得られなかったことに加え、決定打は足利一党の後醍醐への不信と離反で、これにより、わずか三年に満たず建武体制は崩壊することになる。
 背景には、後醍醐が朝廷の貴族人脈だけに頼り、武家を見下すような差別意識があったことから、足利尊氏以下、本当の実力者たちの怒りをかったといわれる。

 1336年、それでも後醍醐側についていた武家、楠木正成と新田義貞は、湊川の戦いで足利尊氏に戦いを挑み、事実上滅ぼされることになった。
 このときも無能な公家を重用したことで、楠木正成は最初から死を覚悟していたと伝えられる。

 同年、足利尊氏の指示により光明天皇が即位し、北朝初代天皇となる。
 後醍醐は、比叡山にこもって足利と対立したが、やがて三種の神器も渡し、山を下りて、今度は吉野に逃げ込み、そこで南朝を宣言する。

 ここに南北朝時代が始まるが、これは表向き1392年明徳の和約による南北統一宣言まで60年間続くことになった。

 1338年、足利尊氏は京都にて室町幕府の成立を宣。1339年、後醍醐天皇死亡。

 1336年、足利の庇護下における光明天皇即位から、1392年、南朝の後亀山天皇が皇位を北朝の後小松天皇に委譲するまでの60年間にわたる南北朝時代は終わったことになったが、実は、本当の南北朝抗争は、ここから始まるのである。

 [後南朝の抗争]

 南北朝合一が行われたが両統迭立の約束が守られることはなく持明院統の皇統が続いたため、南朝遺臣たちによる皇位回復を目指しての反抗が15世紀半ばまで続き、後南朝と呼ばれた。

 1443年、南朝の遺臣や日野一族が御所に乱入し南朝皇族の通蔵主・金蔵主兄弟をかついで神璽・宝剣を一時奪還する禁闕の変が起きる。
 神璽は後南朝に持ち去られたままになり、南朝側の勢力の証となった。

後南朝は、嘉吉の乱で滅亡した赤松氏の再興を目指す赤松遺臣によって、1457年に南朝後裔の自天王・忠義王なる兄弟が殺害され、神璽が奪還されることによって実質的に滅亡した。

 後南朝が最後に史料に登場するのは、『勝山記』に1499年、伊豆国三島に流された「王」を、早雲入道が諌めて相模国に退去させたというものがあり、これが後南朝の史料上の終焉とされている。

 こうして考えると、南北朝抗争は、1336年から1500年前まで、実に百数十年続いたことになり、この間、歴史の表舞台には現れない後醍醐の皇子たちによる、無数の記録が残されている。

 太平記に出てくるのは、紀州の山奥で活躍した護良親王(1308~?)や、九州に向かった懐良親王(1329~)、遠州、南信の山奥で活躍した宗良親王(1331~?)で、さらに、その息子たちの世代でも驚くほど熾烈な戦闘記録が残されている。
 天龍村の熊谷家伝記には、これらが詳細に語られている。
 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%86%8A%E8%B0%B7%E5%AE%B6%E4%BC%9D%E8%A8%98

 私の住む中津川市蛭川地区では、重要無形文化財となっている「杵振り祭」という華やかな祭りがあるが、この祭りの主題もまた、宗良の子である之良親王が足利方の探索隊に討ち取られ、その首級を高塚山に埋めたというもので、村内には、実際に高塚山の首塚が実在している。
 実は、同じ内容の伝承が、宗良の活躍した、南信、遠州の広い地域で語り継がれているのである。
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 これは、もう30年近くも前に、私が遠州京丸山を調べたときに書いたもの。

  http://tokaiama.blog69.fc2.com/blog-entry-95.html


 宗良は、後醍醐の第二子とか第四子とか、さまざまな説があるが、長命で、三河から南信を拠点として、足利方(主には今川氏)と争い、たくさんの伝承を残している。
 例えば、鹿塩周辺にある「御所」のついた地名は、宗良の所在を示したものである。
 そして、戦記でいえば、熊谷家伝記にも書かれているとおり、宗良の子であった之良=尹良=由機良 の記録が多い。

 尹良は、応永年間に足利方に殺され、首を刎ねられたが取り返し、それを高塚山に埋めて、守護し続けているという伝承は、蛭川だけでなく、京丸や山向こうの尾呂久保、飯田市など、たくさん存在している。
 いずれも、旧東山道に関係した地域であることが特徴で、宗良の活動が東山道付近で行われてきたことを意味している。

 この地域の民衆の信仰、伝説として、宗良伝承は、とても大切にされていて、現在にまで祭祀が残されているということこそ、南北朝戦争が、800年後の今でも息づいているということのなのである。

 最後に、楠木正成によって殺された?? 孝明天皇は、亡霊化して夜な夜な皇居に現れ、ニセの睦仁の枕元に立って明治天皇を怯えさせ続けた。
 中川宮(青蓮院宮)の日記によれば、明治天皇の枕元に「鐘馗ノカタチノヨウニ」現れ、明治天皇は恐怖して、泣きじゃくったと書かれている。

 http://www.marino.ne.jp/~rendaico/rekishi/bakumatuootyokotaico/komeitennoansatuco.html

 孝明天皇の亡霊を、どうやって追い出すかが、東京遷都の最初の仕事になった。
 高野山の行者を呼んで、加持祈祷による怨霊退散を試みたが効果がなく、陰陽師を呼んで鎮魂に当たらせたとか、さまざまな記録が残されている。

 


 

天皇の歴史  その4  騎馬民族がやってきた


  江上波夫が1950年代に発表した「騎馬民族説」は、日本の歴史学会に大きな衝撃を与えた。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%A8%8E%E9%A6%AC%E6%B0%91%E6%97%8F%E5%BE%81%E6%9C%8D%E7%8E%8B%E6%9C%9D%E8%AA%AC

 BC500年頃に、弥生時代が始まり、その本質ともいえる「米作農耕」による定住生活により、ヤマト王権が成立した。もちろん、わが邪馬台国も、その核心部分にいる。

 それから700年後、AD200~600年前後の古墳時代に、王権の古墳が劇的な変化を遂げた。卑弥呼の墓も含めて円墳だった様式が、方墳に変わるのである。
 もちろん、古墳だけでなく、あらゆる生活様式が大きな変貌を遂げる。

 そもそも米作農耕というのは、水に浸かって作業をするのだから、基本的に、裾からげ可能な着物=和服=呉服が適応する。ところが、AD300年前後、前方後円墳が各地に建設された頃から、いわゆる「洋服」に近い、ズボンと上着のセパレート衣類が登場してくる。これは騎馬民族のものだ。

 そもそも、ズボンとは何なのか? これは乗馬による激しいこすれから内股を守るために発明された乗馬ズボンなのである。後に袴に発展するのだが、これも騎馬文化の名残といえよう。
 聖徳太子の絵(今では別人にされている)でも、ズボンをはいてミズラを結う特徴的な姿が描かれている。

 ミズラも、乗馬の風による髪の乱れを防止するための結い方であることが明らかだ。
 米作農耕(水稲耕作)を、ズボンをはいて行ったのでは、たまったものではない。下に挙げた風俗図は米作農耕と完全に無関係な文化であることを意味している。

 また、米作農耕のなかで生まれる刃物は、稲や雑草を刈りやすいように、鎌のような形状をしているので、米作地で使われる戦闘用の武器も、世界的に円月形状をしているものが多い。
 ところが、騎馬民族が馬上で戦う場合は、切るよりも突き刺すことが有利になるため、槍のような形状か、長い直剣形状になってゆく。
 古代史に登場する刀剣類も、騎馬民族のものは直剣が多く、円形はほとんど見当たらない。

 江上波夫によれば、非常に多くの騎馬民俗文化が、この時代AD300年(4世紀)前後に、日本史に突然登場するのである。

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江上波夫は、日本の統一国家である大和朝廷は、4世紀から5世紀に、満洲の松花江流域の平原にいた扶余系騎馬民族を起源とし朝鮮半島南部を支配していた騎馬民族の征服によって樹立されたとする

 この地域は、当時、高句麗と呼ばれ、一部は扶余と呼ばれた。現在でいう満州南部であり、哈爾浜を核としてヌルハチ・ホンタイジ・愛新覚羅氏の活躍した金・清朝の根源地であり、そこに生活した民族はツングース族であり、「女真」と呼ばれた。

 この民族が、匈奴や鮮卑などと異なるのは、モンゴル人のような草原に依存した遊牧生活を送るのではなく、豚を飼育しながら畑作農耕を営むという変形した騎馬民族であったことだ。
 それゆえ、他の騎馬民族が移動生活を強いられたのに対し、定住生活を営むことができた。

 しかし彼らは、漢族と争い、屈強な渤海エベンキ族と争い、辰国=秦国を名乗りながら南下して朝鮮半島に百済という国を成立させる。
 そうして、突然、AD300年頃に、日本史=日本書紀に登場するのである。

 [弓月君]

『日本書紀』によれば、応神天皇14年(AD284)年に弓月君(秦氏の先祖)が百済から来朝して窮状を天皇に上奏した。
 弓月君は百二十県(20万人前後に相当)の民を率いての帰化を希望していたが新羅の妨害によって叶わず、葛城襲津彦の助けで弓月君の民は加羅が引き受けるという状況下にあった。

 しかし三年が経過しても葛城襲津彦は、弓月君の民を連れて帰還することはなかった。そこで、応神天皇16年8月、新羅による妨害の危険を除いて弓月君の民の渡来を実現させるため、平群木莵宿禰と的戸田宿禰が率いる精鋭が加羅に派遣され、新羅国境に展開した。新羅への牽制は功を奏し、無事に弓月君の民が渡来した。

弓月君は、『新撰姓氏録』(左京諸蕃・漢・太秦公宿禰の項)によれば、秦始皇帝三世孫、孝武王の後裔である。孝武王の子の功満王は仲哀天皇8年に来朝、さらにその子の融通王が別名・弓月君であり、応神天皇14年に来朝したとされる。渡来後の弓月君の民は、養蚕や織絹に従事し、その絹織物は柔らかく「肌」のように暖かいことから波多の姓を賜ることとなったのだという命名説話が記されている。

 弓月君は、中央アジア、キルギスタン付近にあった弓月国を先祖地とし、始皇帝の秦が滅亡後、移動した人々によって建国されたと思われるがAD200年前後の建国後、80余年を経て、秦氏を名乗りながら高句麗(満州)に移動した。弓月国内部で何らかの戦乱が起きたと思われる。
 ここでは扶余という国を作っているが、一部は南下して百済を建国し、やがて唐・新羅連合軍に追われて(白村江の戦い)日本列島に流入した。

 [江上説]

 大陸東北部に半農の騎馬民族が発生し、南下した一部がいわゆる高句麗となり、さらにその一部が「夫余」の姓を名乗りつつ朝鮮半島南部に「辰国」を建て、またさらにその一部が百済として現地に残るが、一部は、加羅(任那)を基地とし、4世紀初めに対馬・壱岐を経由して九州北部(江上は、天孫降臨神話の日向を筑紫とみる)を征服し、任那と併せて「倭韓連合王国」的な国家を形作った。

 5世紀初めころに畿内の大阪平野に進出、巨大古墳を造営し、その権威をもって、大和国にいた豪族との合作によって大和朝廷を成立した。

 唐の朝鮮半島南部への進出によって(白村江の戦い)、日本が百済を断念するに及んで、大和朝廷は、日本の古来からの伝統的王朝たるかのように主張し、そのように記紀を編纂した。

 『魏志倭人伝』には邪馬台国に「牛馬なし」と記されていた。
 古墳時代後期(5世紀、6世紀)になると、急に多数の馬の飼養が行われるようになり、馬の埋葬事例や埴輪の馬も見られる。
 これは馬だけが大陸から渡来したのではなく、騎馬を常用とした民族が馬を伴って大陸から渡来したと考えなければ不自然である。

 古墳時代前期(4世紀中頃まで)の古墳は、木棺または石棺を竪穴式石室に安置し、副葬品も、鏡、銅剣のような呪術・宗教的色彩の強いもので、魏志倭人伝の倭と類似する弥生時代以来のものであった。これに対して、後期(4世紀終わり頃から)の古墳は応神・仁徳陵で代表されるように壮大であり、石室は大陸系であることが明白な横穴式となり、副葬品も武器や馬具などの実用品に変わり、さらに男女や馬の形をした埴輪が加えられるようになるなど急激な変化が見られること。

 そして、古墳などの壁画や埴輪に描かれた服装や馬具、武器は、魏志倭人伝で描かれた邪馬台国(人は全身及び顔に入墨をした上に穴の開いた青い布を被っており、馬はいなかった)のそれとは全く異なり、大陸騎馬民族によってもたらされた朝鮮半島のそれ(白い服をまとい帯を締め、馬を操った)と同様、大陸騎馬民族の胡族のそれとほとんどまったく同類であること。

 高句麗語のなかで現在に伝わっている語彙が、古代の日本語と似ているとされていること。ただし高句麗語がどういうものであったかは明らかではない。

 高句麗好太王碑文からうかがわれるように、応神の時代には倭軍は朝鮮半島奥深く進出したこともあり、辰王朝の末裔を名乗る百済王家を援けている。このような遠征を農耕民族がすることはありえない。
 天皇家が任那を中心とした騎馬民族である辰王朝の末裔であるが故に戦乱に加わり、百済王家を援けたとみるのが自然であること。

 皇位継承は血統の原理によってなされたが、実は、このように血統を守り(江上は継体天皇も血統が継続していたとみている)、農耕民族に見られるような禅譲による王朝の交替がないのは騎馬民族の特徴であること。また、男子の天皇と天皇をつなぐものとして女帝が現れる古代のあり方は、皇位継承に際して有力者が集まり会議を行う手続を含めて、戦時中に天子が死亡した場合は国会で次の天子を決定するまで后が指揮権を取るという大陸騎馬民族の王位継承のあり方そのものであること。

 平安初期に編纂された『新撰姓氏録』に収録された1059の氏のうち帰化人系統は324で、実にほぼ30%であり、様々な渡来人を受け入れたことが知られているが、農耕民族は他民族を蛮夷視したり蔑視したりする性癖が強く外国人の集団的移住を許容するものではない。このように大量の集団移民を受け入れ、時には強制的に国内に移住させるのは騎馬民族国家に特有のものであること。

『続日本紀』に、渤海の使者に与えた返書の中で、かつて高麗が日本に対し「族惟兄弟(族はこれ兄弟)」と表現したことにふれていること(江上は、天皇氏と新羅や任那の支配者層は同族であるとし、ともに天孫族と呼ぶ)。
14世紀の北畠親房の『神皇正統記』に「むかし日本は三韓と同種といふことのありし、かの書をば、桓武の御代に焼き捨てられしなり」とあること。

 江上説は、壮大な論理で、多数の傍証を連ねていて、ここに挙げたのは一部にすぎないが、これに対して、万世一系の皇国史観に洗脳された歴史学者たちからは、極めて激しい反発が起きた。
 「天皇家が朝鮮から来た騎馬民族の末裔である」という論理に、感情的に耐えられなかったのである。

 騎馬民族が馬を連れて日本列島に渡るのは、神経質な馬の性質から考えて不可能であるとか、一大民族集団が海を渡って日本列島にやってきた壮大なイベントであるにもかかわらず、古代中国の史書にまったく記述がないとか、さまざまな難癖をつけて、全否定に走った学者が多かった。

 現在に至っても、どうみても合理性に満ちた江上説であるにもかかわらず、史学会の定説としての扱いはなく、空想的な異説の扱いでしかない。
 これは学問的な否定ではなく、平泉澄の皇国史観の呪いによる圧殺というべきものに見える。
 日本人は、万世一系の洗脳から解放されていないのである。

 「神経質な馬が渡海に耐えられない」という意見については、それでは奈良時代まで牛馬のいなかった日本列島に、なぜモンゴル馬系統の、多数の馬(トカラ馬・木曽馬・野間馬など8種)が存在しているのかの理由を説明できていない。

 少なくとも、古墳時代に、これら蒙古馬系統の多数の馬が移入されていることは定説であり、移送ルートが対馬海峡・隠岐の島の渡航ならば、飛び石方式で、一回につき最大50Km以下ですみ、半日そこそこの回航で移動可能であり、牛馬への負担は大きくない。
 中継地島内で牛馬を放牧して安定させることも可能であった。当時は、動物輸送に安定性の高いアウトリガーや双胴船も、すでに使われていた。


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 皇国史観に郷愁を抱く自称史学者でなく、科学的考察のみを思量する史学者ならば、もはや、古墳時代における朝鮮半島からの騎馬民族流入を否定する根拠は存在しない。
 天皇自体が、朝鮮との関わりについて、深い関係を公言しているのである。
https://books.google.co.jp/books?id=HuVUBQAAQBAJ&pg=PA780&lpg=PA780&dq=%E3%80%8C%E6%97%A5%E6%9C%AC%E3%81%A8%E9%9F%93%E5%9B%BD%E3%81%A8%E3%81%AE%E4%BA%BA%E3%80%85%E3%81%AE%E9%96%93%E3%81%AB%E3%81%AF%E3%80%81%E5%8F%A4%E3%81%8F%E3%81%8B%E3%82%89%E6%B7%B1%E3%81%84%E4%BA%A4%E6%B5%81%E3%81%8C%E3%81%82%E3%81%A3%E3%81%9F%E3%81%93%E3%81%A8%E3%81%AF%E3%80%81%E6%97%A5%E6%9C%AC%E6%9B%B8%E7%B4%80%E3%81%AA%E3%81%A9%E3%81%AB%E8%A9%B3%E3%81%97%E3%81%8F%E8%A8%98%E3%81%95%E3%82%8C%E3%81%A6%E3%81%84%E3%81%BE%E3%81%99%E3%80%82%E9%9F%93%E5%9B%BD%E3%81%8B%E3%82%89%E7%A7%BB%E4%BD%8F%E3%81%97%E3%81%9F%E4%BA%BA%E3%80%85%E3%82%84%E6%8B%9B%E8%81%98%E3%81%95%E3%82%8C%E3%81%9F%E4%BA%BA%E3%80%85%E3%81%AB%E3%82%88%E3%81%A3%E3%81%A6%E6%A7%98%E3%80%85%E3%81%AA%E6%96%87%E5%8C%96%E3%82%84%E6%8A%80%E8%A1%93%E3%81%8C%E4%BC%9D%E3%81%88%E3%82%89%E3%82%8C%E3%81%BE%E3%81%97%E3%81%9F&source=bl&ots=YdHSt5F_9b&sig=74dyoWLyOZ8ZXBosi47PuAwM0e8&hl=ja&sa=X&ved=2ahUKEwigsq73_-jaAhWKI5QKHUIlBLAQ6AEwCXoECAAQaw#v=onepage&q&f=false

 桓武天皇の生母は、百済 武寧王の子孫である和氏である。武寧王=AD462~523については、多数の疑義がある。継体天皇=AD485~527と同時代ではあるが、武寧王は継体の実父であるか、同一人物である可能性もある。(当時の記紀の年代は、実年代との誤差が60年以上あるという研究報告もある)

 奈良時代の人脈の謎は、百済国が、日本にそのまま移住したと考えた方が辻褄が合うケースが多い。なぜ、和氏が大和に定住し、高い地位を保っているかを説明するためには、大和朝廷全体が実は百済王朝そのものであって、記紀の記述は、天武(AD622~686)と天智、桓武(AD737~806)らが、百済王朝の痕跡を記録から消すために編纂、焚書を行った可能性が強いと私は考えている。

 それでは、元々あった弥生人王朝は、このときどうなったのだろう?

 江上説では「軍事征服」があったように示唆されているが、記録がないことから、紛糾するネタになった。
 だが、これこそ、天武や桓武による記紀改竄、焚書の本当の意味ではないだろうか?

 こういうときこそ、民俗学の出番である。

 弥生人文化は、西日本という地域限定である。別の視点から照葉樹林帯文化圏と言ってもよい。
 呉国民が日本に持ち込んだ文化は、実に多様多彩、日本民族の根幹をなす重要なものが多い。
 衣類は、乗馬に依存しないので、ズボンである必要はなく、農耕作業に適した裾からげ可能な「呉服」に類する和服である。
 主食は、もちろん米だが、沿岸地帯、大河川河口の汽水域に拠点を構えることが多かったので、当然、貝類やイカ、雑魚を大量に消費したことだろう。
 乗馬の代わりに、沿岸部での操船文化が高度に発達していた。

 騎馬民族の主食は、米ではなく、蕎麦・稗・麦・大豆・畜肉などであり、海産物はあまり食べない。交通は、騎馬に頼る傾向があるので、陸上内陸部の交通を重視する。秦時代に多用した車両移動も、大切な騎馬民族文化といえるだろう。
 秦時代の習慣から、駅馬制度を持ち込んでいたので、大化の改新による五畿七道、官道駅馬制が整備された。

 弥生文化の風俗としては、歌垣にみられる芸術的な男女交際が行われ、夜這いも盛んだった。これが騎馬民族だと、そうはいかない。
 騎馬民族の場合、「一所懸命」一国一城主義が強く、男女の婚姻まで、権力的に強く干渉を受けていたようだ。
 西日本では貞操など何の価値もなかったが、騎馬民族文化圏では、大切な利権とされた。

 これらの事情から、米を食べ、歌を好み、開放的な男女関係、夜這い文化のある地域を探せば、それが弥生文化圏ということになり、蕎麦や麦、獣肉を食べ、厳しい男女関係、一所懸命思想の地域を探せば、それが騎馬民族文化圏ということになる。

 こうして弥生人と騎馬民族の地域を分けてゆくと、弥生人地域は、九州から始まって、瀬戸内を経由し、大阪から紀州を回り、静岡沿岸部まで達している。
 百済から渡来した騎馬民族は、内陸部を開拓し、最初に東山道を整備し、東北に向かって勢力を拡大していった。

 弥生文化と騎馬民族文化の最前線は京都と大阪の間にあった。騎馬民族は最初、内陸の奈良県に拠点を構えて新、大和王朝を建設したわけだが、山深い奈良では不適な乗馬と車両移動に適した平地を求め、湿地帯だった京都を秦氏が大規模に埋め立て造成を行って遷都した。
 当時大阪も湿地帯だったが、弥生人にとっては淀川汽水域が生活適地だったといえるだろう。

騎馬民族が日本列島に上陸したのは、山陰から北陸にかけての広い海岸線であったが、京都に集まってからは、東山道(後の中山道)を使って、どんどん東に勢力を拡大していったが、それは、あくまでも内陸の沿道沿いであった。

 ここで、邪馬台国の末裔、弥生人王朝の運命を考えれば、奈良時代に至っても万葉仮名の和歌が騎馬民族王朝でも広く浸透したことから、少なくとも巨大なジェノサイド(民族浄化)があった形跡はない。
 弥生人文化は、消されることなく、西日本のさまざまな分野で、現代にまで伝わっている。
 弥生人は塊闘のような部族抗争の習慣を持っていたが、民族の存亡を賭けた戦争は起こしていないと考えられる。

 というのも、照葉樹林帯文化圏には、女性を大切にした母系氏族の伝統があり、女性は生理的体質的に戦争を好まないからである。
 そこで、ヤマト王権から騎馬民族による大和王権への委譲は、それほど深刻な争いを生むこともなく、自然に行われたような気がしている。

 戦争と権力の大好きな騎馬民族=百済人に対して、ヤマト王権は、それほど権力に執着する習慣はなく、百済人のような一所懸命の城作りに邁進する習慣もなかった。むしろ、万葉集に見られるように、毎日恋愛の歌を作って男女交際をしていれば満足したのだろうと私は思う。

 

天皇の歴史 その3 神武天皇のこと

 いわゆる天皇史を考える上で、「万世一系」という真っ赤なウソをでっちあげたのは、帝大史学部教授だった平泉澄であった。
 平泉は、山県有朋とともに「天皇の国=日本」という、戦前に広く日本国民に強要された皇国史観を捏造した最大の功労者である。
 それは、彼の権力への限りない憧憬と崇拝がもたらした想像力、妄想の世界に他ならなかった。

 平泉澄といえば、彼の教えた史学への価値観を象徴するような有名な言葉が遺されている。

「百姓に歴史がありますか?」 「豚に歴史がありますか?」

 https://bokukoui.exblog.jp/19767190/

 まさに、皇国史観の内臓を切り裂いて本質を見せてくれるような言葉だった。


 平泉が皇国史観をでっちあげた動機は、彼が生まれ育った勝山平泉神社こそ、新羅人=泰澄を開祖とする白山神社の主要支社であり、天皇朝鮮渡来説の証拠となるような渡来人の歴史を持っていて、純国産、天皇家の万世一系を自ら否定するような存在であったことが関係しているように思える。

 万世一系など、社会的に存在できる余地はない。世界の権力機構だって、例えば千年王国のローマ帝国をとってみても、せいぜい数百年単位で、権力抗争が発生し、政権が遷座している。
 長い政権が成立すれば、それだけで侵略の対象になってしまうのだ。とりわけたくさんの国家が入り乱れた大陸では、そうであった。

 島国日本だけが例外であるわけではない。一つの強い権力は、利権を集中させ肥大してゆく。このことで権力内部は腐敗し、周辺は矛盾に耐えかね変革を求めることになり、必ず抗争に至って、権力の根本的な置き換えが起きるのである。
 人類には、数百年を超えるような国家的継承を維持する能力は存在しない。

  [神武天皇のこと]

 天皇家初代とされる神武天皇は、江戸時代の暦学者、渋川春海により、BC660年に即位したとされ、万世一系の妄想を信奉する戦前の権力者たちが皇紀2600年と大騒ぎして祝った。

 そもそも本当は何年だったのか? 春海の計算の正しさも証明されていないし、日本書紀は天武天皇によって編纂されており、天武が渡来人であった可能性も強く、自分たちの皇位の正当化や権威付けのために日本書紀を捏造した疑いだって指摘されている。
 日本書紀に年代誤差が含まれているのは確実で、研究者によれば、それは少なくとも60年以上だという。

 「神武天皇が高千穂に降臨」の記述は、遠方、他国から大規模に移動してきた集団が、高千穂(日向)の見える場所に拠点を構えることができた、という内容に受け取れる。

 世界的にも民族の発祥伝説には類似性があって、多くの場合、王権が確立してから、権威付けのために創作されるものであるが、「降臨」という場合は、かなり遠方から大規模に移動してきて、その地に住み着き、勢力を誇示できるレベルになったと自認するときに、創造される伝説である。

 民族大移動というものは、必ず、非常に規模の大きな天変地異や戦争によって、元いた場所には住めなくなり、生き延びられる環境に移動することを意味するものである。
 多くの歴史学者が言う渡来人伝説のように、「三々五々、移動してきた」なんてことは絶対にありえないと私は思う。
 戦争により、やむにやまれず追い出されてきた、というのが唯一の真実であろう。

 当時、中国では、すでに中華文明が花開いていて、抗争に次ぐ抗争の歴史が記録されていて、孔子以下、著名人の思想や記録もたくさん残されている。
 当時の記録として、神武天皇の高千穂降臨に結びつく年代の記録といえば十八史略に記された「呉越戦争」がある。

 十八史略は、まるで小説のように面白く、読書、歴史好きを虜にしてやまない。凄い脚色があるのかと思えば、どうやら純粋な史実らしい。史実は小説よりも面白いのである。

 BC473年、越が呉に勝利したことにより、水郷国家だった呉国=現代における中国蘇州の人々が、敗戦により、当時の敗戦国民への刑罰である「坑刑」=国民皆殺しの生き埋め刑を逃れて、大量の船に乗って、東シナ海目指して漕ぎ出し、ある者たちは南朝鮮沿岸部へ、また多くが九州西岸にたどり着いたと想像するのに困難はない。

 「当時の小さな船では不可能」という意見に対しては、ポリネシア・ミクロネシアの先住民たちが、アウトリガーのついた丸木舟で南米やアジア・オセアニアの大陸間、超長距離航海を日常的に行っていた事実だけで十分だろう。

 日本書紀の記述年代から約200年の時代誤差をどうみるかが問題になるものの、民族大移動を示唆する歴史的事象は、他に記録がないので、私は、呉国の敗戦国民が新天地を求めて九州に上陸し、王権を宣言したというのが、神武天皇の記述であろうと確信を抱いている。

 確信の根拠は、いわゆる文献史学ではなく、民俗学である。
 張楚金の書いた魏略に「帯方(郡)より女(王)国に至る万二千余里。その俗、男子みな面文を点ず。その旧語を聞くに、自ら太伯の後という」

 これだけでも、邪馬台国の人々が、「自分たちは呉の太伯の後裔である」と言っているというわけで、中国の史学者の間では、呉の逃亡民が弥生人=邪馬台国人になったことは常識として捉えられているが、文献史学にはイチャモンが多すぎて、何が真実なのか分からないことになってしまう。
 しかし、民俗学はウソをつかない。

 日本における呉文化の影響は実に大きく、主食である米作農耕、沿岸部における漁労、文身、「呉服」といわれる衣類、漢字における呉音、万葉かな、歌垣と呼ばれる男女の交際文化、夜這いの文化に至るまで、いわゆる弥生人文明=照葉樹林帯文化のすべてが呉国民とともに西日本に持ち込まれたことが明白である。

 もちろん、我らが卑弥呼、邪馬台国が、呉国民の直接の子孫であり、ヤマト文化というのは弥生人文化のことであり、すなわち呉国文明のことでもある。
 決定打は、DNA検査において、呉国民(蘇州民)西日本の住民の共通性が浮かび上がったことである。
http://robasan.cocolog-nifty.com/blog/2010/02/dna-46-4c11.html

 http://www.iokikai.or.jp/kodai.sosyuu.html

 ここまでくれば、もう神武天皇は、2500年前に、呉越戦争に敗れた呉国民が船で九州に押し寄せ、ヤマト王権を宣言した存在であると、ほぼ断言しても間違いがなさそうだ。
 つまり、神武天皇こそ、それから800年後に存在したと確認されている邪馬台国の創始者であるということになる。
BC474年とBC660年の差分は、記紀のなかで、決定的な誤差ではなく、許容範囲とも言えると思う。邪馬台国はAD200~300年前後であろう。

 邪馬台国については、魏志倭人伝や東夷伝などに一定の記録が出てくる。
 しかし、彼ら弥生人の国家は、今で言う国家の概念とはまるで異なっていて、国というのは、当時の主要な交通手段であった水路を前提とした、交易範囲のことであると考えるのが民俗学的思考法である。

 当時の食料事情は、現代からは想像もつかない天国であっただろう。戦前の記録でさえ、有明海を百歩歩けば一日分の食料を得ることができたといわれたほどで、海面には無数のイカやトビウオが跳ねていて、網を広げれば、勝手に獲物が飛び込んでくるともいわれた。
 陸を歩いていても、至る所にウサギなど小動物がいて、容易に食料にすることができた。

 筑後川のような大河川の汽水域に住んでいれば、食料や水の心配はまったくなく、そこは米作農耕の適地でもあった。かなり大量の人を、そこで生活させる条件が整っていたのである。
 米作農耕の文化を持った民族にとっては、有明海周辺は、まさにこの世の天国のような地域だった。
 
 豊富な食料は乾燥品に加工され、食料の不足した地域に船で運ばれ、特産品と交換される交易が、海岸沿いに大規模に発展したと思われる。
 当時の民俗である文身と潜水漁労の文化を持った地域は、九州から山陰、朝鮮半島南岸にまで広がり、一帯を「倭」と呼んだと私は考えている。

 当時の国は、あくまでも実際に人が住んでいる地域であり、陸上交通の未発達だった当時、主な交通路は、海路・河川路であって、その行動範囲を国という概念でくくることができたはずである。
 よって、この視点から魏志倭人伝の記述も見直されるべきであろう。交通路のない内陸部を国の概念に含めるべきではない。

 日本書紀に描かれた神武天皇の記録は、ややこしすぎて検証の意欲が湧かない。
 日本書紀を編纂した天武天皇は、神武後1300年、奈良時代の天皇だが、すでに、この時代、天皇家は弓月氏・秦氏の末裔で占められ、すなわち百済由来の王権に替わっていた。
 天武の意図した目的は、朝鮮半島からやってきた自分たちの足跡を隠蔽し、自分たちが、日本建国以来の王権の継承者であるという歴史の捏造を行うためと考えられる。

 桓武天皇時代に都合の悪い記録を焚書したと北畠親房の神皇正統記に記録されている。
神武後、弓月氏が数万の民を連れて山陰に上陸したとする記録はAD300年前後と思われるが、ここまでの800年間は、おそらく呉由来の弥生人によるヤマト王権が成立していたのだろうと私は思う。 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%BC%93%E6%9C%88%E5%90%9B

 このときから、日本史、天皇史の示す事象が巨大な変貌を遂げることは、江上波夫の騎馬民族説に詳しい。

 
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%A8%8E%E9%A6%AC%E6%B0%91%E6%97%8F%E5%BE%81%E6%9C%8D%E7%8E%8B%E6%9C%9D%E8%AA%AC


 天皇の歴史 その2 田布施

 先に、田布施について別に書くとした。

 何も知らない人が田布施の人脈について知るとき、天地がひっくり返るほどの驚愕の事実が浮かび上がってきて、日本近代史の意味が、まるで違ったものになってしまうのである。

 山口県熊毛郡田布施町 この鴑田舎の草深い小さな町に、後に総理大臣になる二人が生まれた。岸信介と佐藤栄作である。

 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%94%B0%E5%B8%83%E6%96%BD%E7%94%BA

 田布施にかかわる政界経済界の人脈図は凄まじいの一語に尽きる。

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 そして田布施の人々、その近隣の多くの住民も、どのような理由で、田布施の人脈が、日本近代史のなかで凄まじい地位を占めているのか、知っているといってもいいだろう。

 だが、このことを表沙汰にするのは厳格なタブーである。それは、天皇家の万世一系説の神話を根底から否定することであり、日本史における、もっとも深刻な「公然の秘密」といえるからである。

 

 壮大すぎて分かりにくいので、近代に関する人脈はこうだ。

http://rapt-neo.com/?p=31962

もう少し絞ると
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 このなかに、総理大臣になった人物が、どれだけいるか分かるだろうか?
 岸信介・佐藤栄作・吉田茂・麻生太郎・宮沢喜一・安倍晋三・鈴木善幸

 実は、これでも肝心要の人脈が不足している。田布施人脈の最大の原点こそ大室寅之祐であり、すなわち明治天皇なのだ。
 明治天皇という巨大な存在が、現代に至るまで田布施人脈を政界の支配者として送り出し続けているといってもよい。
  https://ja.yourpedia.org/wiki/%E5%A4%A7%E5%AE%A4%E5%AF%85%E4%B9%8B%E7%A5%90

 先に紹介した、鬼塚英昭氏の「日本の真相 1」によれば、大室寅之祐は、田布施の出身であって、萩の松下村塾とも関係があった。
 寅之祐は、高杉晋作が組織した「長州奇兵隊」に馳せ参じ、力士隊に加わっているのである。

 田布施近郊では、どんな人物が日本近代史に登場してくるか、見てみると空恐ろしいというしかない。
 山口県出身と限定しても、総理大臣だけで、明治から現代に至るまで9名いる。寅之祐の姉の子孫でもある橋本龍太郎も、総理になった。弟の大二郎は、NHK記者から、今でもテレビの第一線で活躍している。
 もちろん、他の都府県ではありえない。有力政治家といえば数え切れない。実業界でも、日産グループ創始者の鮎川義助、太平洋セメント創業者の笠井順八ら、多すぎて書き切れない。

 もっと凄いのは、日本共産党の創始者である、野坂参三や宮本顕治、福田正義、河上肇らまでもが田布施・萩周辺から出ていることである。
 
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 これらを見ると、山口県田布施や萩の出身者は、表舞台に出る確率が他府県より、はるかに高いことが分かり、長州が明治新政権の主力(=西南戦争後は特に)であっても、それだけでも説明しきれず、明治天皇に関係した何かの力が作用していると思う他はない。

 現代の田布施人脈は、安倍晋三・麻生太郎を軸に、統一教会など日本会議と関係しながら、ますます強固な政治グループを形成しているように思える。
 自民党保守本流にあっては、田布施組であらずば人に非ずと思えるほどだ。
 安倍の実弟である岸信夫や、踊る宗教北村サヨの孫である北村経夫も統一教会の支援を受けて国会議員になっているが、彼らは田布施組の中核に位置している。

 先に書いたように、屈強な健康体だった明治帝の子供が、受精能力がなく知的障害も噂された大正帝であるとは思えず、側室、柳原愛子の産んだ子の父親は、おそらく別人であろう。
 大正帝、嘉仁が、生まれてすぐに中山忠能家に養子に出されたことも、明治帝、睦仁の実子でなかったことの証左になるであろう。睦仁は、実子でないから嘉仁に愛情を抱かず、自分から遠ざけたのである。

 また中山忠能は、日記のなかで、明治天皇が奇兵隊の大室寅之祐であることを暴露していたようだ。
 中山は本物の祐宮も幼い頃から熟知していたから、この養子事件は、大正帝、嘉仁が、本物の祐宮=睦仁と血縁関係があったことを示しているのではないだろうか?

 鬼塚英昭氏も、2016年はじめに亡くなり、鹿島昇氏も死後18年となり、太田龍も死後10年近い。もう、大正帝の真の父親を推論する研究者もほとんどいなくなったが、代わりに、DNA検出技術が劇的に向上しているので、いずれ、遺品から真実が明らかにされる日を期待したい。

 鬼塚氏が、指摘したのは、明治天皇のすり替え事件から、大正天皇、昭和天皇までも、実は我々が教科書で教えられてきた事実とまったく異なる真実があるということだ。

 大正帝、嘉仁には受精能力がなかったと状況証拠から鬼塚氏は言う。すわなち、昭和帝、裕仁は嘉仁の実子ではなく、父親は西園寺八郎であると言う。
 これについては、若干「裕仁は八郎に似てないな」という印象もあって、疑問も残るのだが、嘉仁が子供を作れないという証拠はたくさんあったので、兄弟の高松宮も含めて、実父が誰なのかについて興味が募る。
 これも、やがてDNA解析が解決してくれるだろう。

 平成帝、明仁については、さすがに誤魔化しのきかない時代に生まれているので、両親が別人ということはないだろうと思っている。どうみても、裕仁・良子と明仁は似ているし、ウソはないだろうと思える。

 平成帝、明仁は、妻の美智子氏とともに日本国民全体に非常に高い人気があって、2018年度をもって美濃部達吉言うところの「天皇機関」としての使命を終えることになり、近代における天皇としては最高の形で有終の美を飾ることができるように見える。

 なぜ、これほど高い人気があるのかを考えると、メディアに露出するとき、隣のおじさんのような普段着のジャンパーを着て、気さくに大衆と接し、あらゆる災害に、ただちに現地に飛んで被災者を励ましてきた姿勢が親しみを呼び起こし、人々の絶大な人気を呼んだのだろう。

 明仁氏の温かい人間性は、父親である裕仁氏譲りなのだろうか?
 たぶん違う、それは家庭教師として幼少期に明仁を指導した、エリザベス・バイニング女史の人間性が関係しているように思える。
 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A8%E3%83%AA%E3%82%B6%E3%83%99%E3%82%B9%E3%83%BB%E3%83%B4%E3%82%A1%E3%82%A4%E3%83%8B%E3%83%B3%E3%82%B0
 
 安倍晋三ら、自民党日本会議の極右勢力は、憲法を改悪し、日本軍を公的に容認するとともに、徴兵制を施行し、その段取りとして成人年齢を18歳に下げ、「天皇のため命を捧げる」教育的洗脳に向かってまっしぐらと言えるだろう。

 また、若者が自力で生活できないほど労働環境を悪化させ、このため、容易に就職できる職場は日本軍しかないという状況を作り出そうとしている。
 天皇制は、安倍ら極右勢力が、徴兵制のために利用する機関でしかなく、若者たちを無条件に命を捨てさせる洗脳をするための装置にしかならない。

 現実の生活に何の役にも立たない装飾的存在を虚構というなら、日本社会にあって、最大の虚構こそ天皇制であろう。
 しかし、これまで強固に存在できた理由は、明仁氏らの天皇機関としての具体的な、真摯な活動によるものであった。

 本当は、ただの装飾、虚構にすぎない天皇機関だが、明仁・美智子氏の活躍が、広く国民的な支持を得て、虚構を実体に変えていたのである。
 元号も本当は無用の長物であり、面倒な二重ダブルスタンダードにすぎず、人々の時間の概念を混乱させる悪習にすぎなかったが、これも明仁氏らの人気の故に、今後も存続することになるのだろう。

 次の天皇は、来年から浩宮が就任するわけだが、浩宮自身は、父親の影響を受けて強い反戦平和の意思を持っていて、極右の意図する天皇制独裁国家に向かうことには抵抗するだろうが、あまりにも悪化した、社会全体の拝金主義化、右翼化の流れから。今後、どう変わってゆくのが、今の段階では分からない。
 

 天皇の歴史 その1

 私は、若い頃から民俗学に興味を抱き、柳田国男・宮本常一、近藤正一(長寿村の研究)などには夢中になった。
 有り金残らずはたいて彼らの著作を買い込んだり、図書館に通って、なめ回すように読んだものだ。

 しかし、権力者と政権の名前ばかり挙げる権力史学には、あまり興味はなかった。
 人並みに、司馬遼太郎の著作は貪るように読んだから、小説に出てくる権力史くらいは知ってるつもりだが、興味の対象だったのは、他国に戦争に出かけられるほど、ゆとりのあった食糧事情とは、どんなものか? とか、川中島決戦のように死傷率8割という激烈な戦争の後、故郷の農作は誰が担ったのか? どのような村のダメージが起こったのか? とかの問題である。

 天皇の歴史など、ほとんど何の興味も湧かなかったが、今から30年ほど前、大室寅之祐という人物の存在を知ってから、俄然、興味を抱くようになった。

 これを知ったのは鬼塚英昭という作家によってである。
 何かの機会で、当時まだ若かった鬼塚さんの講演を聴いて、私が、それまで心にため込んでいた、さまざまの疑問をズバリと氷解させてくれる、衝撃的に素晴らしいものだった。
 当時、私も平田国学の調査をしていて、北朝派の天皇が、なんで突然、南朝に鞍替えして楠木正成像を皇居前に建てたのか、いっぺんに疑問が解けて、感激した記憶があり、それから鬼塚さんには夢中になった。

 鬼塚氏は、日本の真相というシリーズで動画にアップしているので、これが削除される前に、ぜひダウンロードするなり、熟聴するなりして心に刻んでいただきたい。
https://matome.naver.jp/odai/2146061673118762301
 コメント欄には、極右、おそらく自民党や日本会議のネットサポート部隊によると思われる下劣な人格攻撃が大量に書き込まれているので、この動画は、私がツイッターを完全凍結されたように削除攻撃を受ける可能性があり、可能な限り、たくさんの人にダウンロードしていただきたい。
 明治維新から戦後に至るまでの保守政権の真実は、すべて、この中に含まれている。

日本の真相1 明治天皇すりかえ
https://www.youtube.com/watch?v=qZve5N-_doI&list=PL109AD928958D9EA1

日本の真相2 仕組まれる戦争・皇室スキャンダル
https://www.youtube.com/watch?v=_YfXIhybq5U&list=PL109AD928958D9EA1&index=2 

日本の真相3 天皇のための戦争・天皇は内通していた
https://www.youtube.com/watch?v=eugXzHoKnes&index=3&list=PL109AD928958D9EA1

日本の真相4 こじつけの天皇無罪論
https://www.youtube.com/watch?v=34HEcM9qvqc&index=4&list=PL109AD928958D9EA1

日本の真相5 すべての戦争は八百長である
https://www.youtube.com/watch?v=kIXzkY8VtLU&index=5&list=PL109AD928958D9EA1

日本の真相6 操り人形がリーダーをする日本
https://www.youtube.com/watch?v=wlfyvOL-OVg&index=6&list=PL109AD928958D9EA1

日本の真相7 超天才の悪魔
https://www.youtube.com/watch?v=1ToSe8A7_wE&list=PL109AD928958D9EA1&index=7

日本の真相8 中曽根、正力工作員の原発
https://www.youtube.com/watch?v=TuVjmXdufS4&index=8&list=PL109AD928958D9EA1

日本の真相9 原発・使い捨て人形からの反乱
https://www.youtube.com/watch?v=3glGABd52fk&list=PL109AD928958D9EA1&index=9

 明治天皇の正体が、長州奇兵隊力士隊に所属した大室寅之輔であるという説は、1960年代に司馬遼太郎が、孝明天皇を書いている何かの本に書いていたと思うが、まとめて世に提起したのは1970年代の鹿島昇さんの本だったと思う。

https://www.amazon.co.jp/%E8%A3%8F%E5%88%87%E3%82%89%E3%82%8C%E3%81%9F%E4%B8%89%E4%BA%BA%E3%81%AE%E5%A4%A9%E7%9A%87%E2%80%95%E6%98%8E%E6%B2%BB%E7%B6%AD%E6%96%B0%E3%81%AE%E8%AC%8E-%E9%B9%BF%E5%B3%B6-%E6%98%87/dp/4915157849

http://teikoku-denmo.jp/history/honbun/nanboku4-1.html

 司馬が書いたのは、孝明天皇が、愛人だった岩倉具視の姉の屋敷に出向いたとき、厠のなかに待ち伏せていた、当時、まだ松下村塾生だった伊藤博文と井上馨が、孝明の肛門から槍を突き入れ(検死の際に殺害痕を残さぬため)、孝明は大量の下血のため、三日三晩苦しみ抜いて死んだというエピソードで、指示したのは岩倉具視だったと書かれていたように思う。

 これは、後に漏れ出た噂から、いわゆる倒幕派合議によって松下村塾生が実行したものだが、どんな理由で、孝明天皇を殺さねばならなかったのか?
 その動機こそ、明治維新の究極的本質が見えてくるものである。

 長州や薩摩の維新勢力の動向よりも、むしろ私の地元、中津川市で書かれた島崎藤村の超大作「夜明け前」のなかに、その秘密が描かれていた。

 夜明け前の主人公「青山半蔵」(藤村の実父、島崎正樹)は、若い頃から国学を学び、やがて本居宣長や賀茂真淵、荷田春満と並び称される「国学四大人」平田篤胤の門人となって、実子の鉄胤にも私淑した。

 明治期に著名な医学者として知られた中津川苗木藩出身の青山胤通は、平田篤胤の字をもらったほどで、苗木藩全体が「平田国学」の強烈な影響を受けていて、藤村の父も、狂信的といえるほどの平田信者となり、馬篭にあった寺を国学に反するとして放火し、このことで死ぬまで座敷牢に幽閉された話が夜明け前に出てくる。

 ちなみに、私が苗木藩蛭川村に移住したのが2003年だが、最初に驚かされたのが蛭川村に、信号とコンビニが一軒もないことだったが、寺も、大正時代に移設された一軒を除いて一つもなかった。
 理由は、平田国学を村中で強烈に信奉していたことで、村中の寺と史跡を廃仏毀釈してしまったからである。代わりに、平田国学徒である奥田胤通らが作った「神国教」という超ローカルな神道があって、今でも村の婚姻葬儀など祭祀の90%が神道様式になっている。

 平田篤胤とは、どのような人物だったか?
 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B9%B3%E7%94%B0%E7%AF%A4%E8%83%A4
 
 全国でも、廃仏毀釈が激しく行われた地方といえば、この苗木藩を筆頭に、薩摩藩や加賀藩の北部などが知られているが、真宗の盛んだった地域では、国学の浸透も強くなかったようだ。

 実は、吉田松陰らが、討幕運動の思想的核心として採用したのが、この平田国学だったのだ。

  http://aozoragakuen.sakura.ne.jp/aozoran/bunsyuu/yoakemae/node3.html

 薩摩藩、長州藩はもとより、高須の松平兄弟として知られる尾張藩・会津藩・桑名藩などの藩主、松平氏も、実はみな平田国学の影響を受けており、会津の容保が統幕勢力から敵前逃亡したと非難された問題も、実は国学思想が絡んでいる。
 慶喜が大政奉還したことにも、実は国学思想の関与があるといわれる。

 明治維新は、平田国学を思想的核心として進められた。
 そして、平田国学は、天皇家に関して「南朝正統論」を提起していたのである。
 当時の孝明天皇は、もちろん室町時代の後小松以来の北朝系譜であり、平田国学は、北朝皇統を廃し、南朝皇統を再建すべしと強く西郷や大久保らに建議していた。

 こうして、北朝系譜である孝明天皇は、松下村塾生によって断絶させられ、息子の祐宮(本物)も行方不明になっている。
 なお祐宮は五尺の華奢な体躯で、貴人らしい蹴鞠の名人として知られていたが、明治天皇に即位した「祐宮」は六尺豊かな大男で、蹴鞠などとは縁もゆかりもなく、後見人であった西郷隆盛や山岡鉄舟と、年中相撲をとっていたと記録されている。

 また、即位後に、突然、東京への遷都が公表され、それまで朝敵だったはずの南朝、楠木正成が銅像になって皇居に建立された理由も、平田国学の思想によるものであり、具体的な経緯については、鬼塚英昭さんの上のリンクに詳しく述べられている。

 孝明と本物の祐宮は維新勢力によって暗殺され、代わりに帝位に就いたのが、長州藩奇兵隊力士であった大室寅之祐である。
 このフルベッキ写真は本物である可能性が強いと私は思う。
huru.jpg

 
理由は、西郷とされる写真が、最近発見されたばかりの西郷写真に酷似している。大村益次郎の写真が本物ぽい。大室寅之輔も実物の明治天皇にそっくりという点である。これらは、私には「平田国学決起大会」のように見えるのだ。
 
 大室寅之輔が明治帝に選ばれた理由は、彼の家柄が古くから南朝皇統を主張していたためであった。
 寅之祐の姉の4代、後裔が橋本龍太郎、大二郎兄弟になる。そして、寅之輔の出生地が、田布施であることが大問題となるが、これについては、書かねばならないことが、あまりに多すぎて、別の機会に譲る。

 後に、明治時代が安定し、明治帝の身辺調査が行われると、実は、寅之祐の出自に明確な根拠がなく、本当に南朝の血を引いているのか、極めて怪しいとする報告が出た。
(この情報は昨年までネット上にあったが、今探しても見つからない)
 そこで、宮内庁は、どうやら側室、柳原愛子に、別の人物が種をつけて大正帝を産ませた可能性がある。それは誰か? 行方不明になっている本物の祐宮なのか?
 
 大正帝も、上の鬼塚講演では「子種がなかった」と指摘されているので、昭和帝さえも実子ではない。鬼塚氏は西園寺八郎を挙げている。
 (西園寺公望について記憶違いがあり削除しました)

続く

再び優生保護思想

 優生保護法による障害者への強制不妊手術問題が、大きな話題となってニュースに取り上げられるようになり、「お国のために役立たない者を排除する」という、麻生太郎以下、全体主義をめざす極右自民党議員たちの心根に焦点が当たるようになっている。

 かつて優性保護法を推進した議員のなかに、加藤シズエや福田昌子ら社会党議員がいたというのは事実だが、基本的に、「お国のために邪魔な者を排除する」発想は、自民党保守系議員の思想であって、加藤シズエらは、女性が自由に堕胎できる権利を主張する延長で議論を進めたものである。

 「優性保護」の本質は、「優れ主義」とでもいうべき、「劣ったものを排除し、優れたものだけを残す」という、一見合理的に見える、人類史の根源にもかかわる問題であるから、これと対峙するには、人類史全般と、人生観、世界観の哲学に深い問いかけの思想が求められる。

 哲学でいえば、ヘーゲルが「人類は合理性を原理として上昇進化してきた」と述べているように、宇宙の根源法則における「合理性こそ進化の原理」と解釈する思想が幅をきかせ、それが国家主義と優性保護を正当化する理屈になっているといえるだろう。

 それを真正面から否定できるだけの、人生観、世界観を獲得しなければ、優性保護正当化の流れに立ち向かうのは困難である。すなわち、社会を進化させる合理性と、劣ったものを排除する優性保護思想は、まったく異なるものと知る必要がある。

 障害者は社会のなかで合理性がないかのように信じこみ、実際に数十名を殺害したのが植松聖だが、麻生太郎も、「老人や障害者は、お国の邪魔者」と平然と発言し、自民党ネトウヨたちの大きな支持を集めている。

 http://tokaiama.blog69.fc2.com/blog-date-201702.html

 優性保護主義者たちにはヘーゲル弁証法の「合理性」解釈に大きな誤りがある。

 ヘーゲルは、単純な優劣の淘汰など何一つ問題にしていない。ただ、対立の統一、否定の否定、量質転化の原則を形而上学的に述べているだけで、人類史における障害者の役割について、非合理だから淘汰の対象だなどと決めつけてはいない。

 むしろ逆なのだ。老人や障害者のいない社会では、住みやすい、暖かい人間性は成立しない。

 ヘーゲル弁証法の意味は、明るさを認識するには暗さの認識が前提になり、進化を知るには退化を知ることが前提になり、表という概念は、裏という概念を前提とする、というわけで、すべての事物現象は二面性の対立の上に存在しているというものであって、健常者の意味は障害者を前提するする仕組みなのである。
 逆に言えば、障害者なくして健常者は認識されず、もし障害者を邪魔者として社会から強制排除してしまえば、今度は健常者のなかに新たな障害者を見いだすことになるという意味である。

 社会というものは、合理性と不合理性、優劣の両方がバランスをとって、はじめて、みんなが住みやすい環境を見いだすものである。
 我々が、住みやすい心癒やされる社会に生きようと思うなら、障害者に対する優しさが前提になるのだ。

 今西錦司進化論では、生物の進化には意思が巨大な役割を果たすと、ダーウィニズムに真っ向から挑戦するような結論を示している。
 何を意味するかというと、生物の進化を定めるのは、ダーウィンが示した偶然の確率論的進化ではなく、ひとつひとつの個体の体験から導き出された意思であるという。

 つまり、人間社会の進化を定めるものも、偶然の確率や、劣ったものの淘汰ではなく、すべての個体における意思であって、優れた者も、劣った者も、健常者も障害者も関係なく、意思あるものすべての総和が人類社会の未来を構築していくのである。

 ダーウィン進化論は間違っていると今西は言う。世界は劣ったものの排除で、優れたものに変化するわけではなく、また偶然の淘汰で変わるわけでもないのだ。
 世界の実存は、すべての意思の総和なのである。

 健常者が、幸福な人生を送れるのは、障害者がいてくれるおかげである。
 能力の高い者が、大きな仕事をなすことができるのは、能力の低い者がいてくれるおかげである。そして、その立場は絶えず逆転する。否定され、さらに否定される。
 こうした視点が本当の弁証法であって、すべては対立とバランスが定めるのである。

 優性保護思想の支持者たちが目指すように、「お国の邪魔者」である老人や障害者を排除抹殺した世の中は、どんな事態になるか想像してみればよい。

 それを実際にやってのけた国があった。ナチスドイツである。

 ドイツは1940年代に、国内の障害者40万人を「国に役立たない」と決めつけてガス室に送り込んで殺害した。これが人類史上、もっとも悪名の高いT4作戦である。
 その悪質性は、日本の731部隊にも匹敵する。
 ただ、同じナチスによるユダヤ人ホローコストの規模が600万人と、あまりに巨大だったので、陰に隠れて、その恐ろしさから意図的に目を背けられてきたともいえよう。

http://www.geocities.jp/torikai007/1939/t4euthanasia.html
https://povril.wordpress.com/2016/07/28/%E3%83%8A%E3%83%81%E3%82%B9%E3%81%AB%E3%82%88%E3%82%8B%E9%9A%9C%E5%AE%B3%E8%80%85%E3%81%AE%E5%AE%89%E6%A5%BD%E6%AD%BB%E8%A8%88%E7%94%BB%E3%80%8Ct4%E4%BD%9C%E6%88%A6%E3%80%8D%E3%81%AE%E3%81%93%E3%81%A8/
 
 実は、T4作戦がドイツに何をもたらしたのか? ネット上で探しても、ほとんど記録は残されていない。あまりの凄まじい悪行に、ドイツ人の誰もが目を背けたまま、未だに直視できないでいるのだ。

 しかし、ドイツ国内でナチズムを賞賛しようとすれば、たちまち恐ろしいほどの怨念が襲いかかってくる。まだT4作戦の犠牲者の身内が、たくさん生きているからだ。

 これはドイツ人の心を深く傷つけたなんて生やさしいものではない。引き裂かれた心は、まだドロドロ血がにじみ出ていて、ドイツ人の心は毎日、新たに切り裂かれ出血し続けている。
 T4作戦を知る世代が、すべて死に絶えたとしても、はたしてドイツは癒やされるのだろうか? 私はドイツの未来永劫を呪い続けるように思えるのだ。

 それは、人間社会を暖かく支える心、人の優しさというものが、老人・障害者など弱者を排除せず、最期まで、人間性を失わないで支え続けるという姿勢から生み出されるものであり、もしも邪魔だからガス室に送って殺すなんてことをすれば、社会全体の良心をも殺してしまうことになるからである。

 そこには、物理的人間として生きているだけの社会しか残らない。どんなに「優れたもの」に包まれて生きることができたとしても、暖かい優しい笑顔が生まれない。人をモノのように考え、扱う、冷たい社会だけになってしまうだろう。

 麻生太郎の理想社会は、心の凍結した地獄のような社会になるだろう。自民党議員たちも、自分たちが、どれほど悪意に満ちた、地獄社会を作ろうとしているのか、誰も理解していない。

 安倍晋三もまた、麻生太郎と同様に、「美しい国日本」をスローガンに、人口の数パーセントの大金持ちだけを支配階級として優遇し、大多数の民衆を被支配階級として奴隷制度のように固定する国家作りを目指している。

 これを指揮してきたのは竹中平蔵である。
 http://tokaiama.blog69.fc2.com/blog-entry-326.html

 竹中は、金儲けする大金持ちだけが価値のある人間であるという。もちろん、老人や障害者に同情し、連帯し、守ろうとする意思は万に一つもない。
 国家は、彼らに対する援助、社会福祉を廃止し、大金持ちのためだけに奉仕せよという。
 竹中平蔵もまた、間違いなくT4作戦を推進してゆく人間性であろう。彼の目には、老人や障害者、弱者が、この社会で果たしている本当の意味は、何一つ見えていないのだから。
 非合理な存在は、切り捨て、抹殺することしか彼の脳裏に存在しないのである。

 竹中はじめ、保守自民党支持者たちの発想の根源には、何がなくとも「日本国家」という絶対普遍の価値があって、それを守るために日本国民がいるという完全に倒錯した虚構の世界がある。

 「偉大な日本」 「美しい日本」 「優れた日本」を守るために、劣ったもの、美しくないものを排除抹殺しようという発想が「優生保護」なのである。

 極右勢力の妄想する「偉大な日本」というのは、いったい何か?

 それは、自分の棲む日本国が世界で一番だと信じて陶酔したい心情にすぎず、それは日常的なコンプレックスのなかに叩き込まれることで醸成された、「自分を救済してくれるなにものか」への期待が生み出した幻想にすぎないのである。

 美しいとか偉大とか、優れているとかいうのは、すべて相対的価値であって「あれよりもこれの方が」という選別の発想だが、これは、競争主義のもたらした淘汰の価値観からきている。

 物心ついた幼い頃から「選別淘汰」の発想に洗脳されきって、自分も含めて、あらゆるものを仕分けし、取捨選択してゆく人生観というのは、人間の自然なあり方では決してない。

 人は「優れたもの」だけを選んで生きてきたわけではない。むしろ、劣ったもの、未完成のもの、のなかから、自分の人生にふさわしいものを見いだし、作りだしてきたのであって、優劣など実は二義的なものだったのである。
 
 真実を直視できる者なら、日本国なんて実態など、本当はどこにもない。国土も天皇も、人間社会のなかで根拠のあるものではなく、人々の洗脳や妄想のなかだけにあることに気づいているだろう。

 イムジン河やイマジンに歌われるように、鳥たちにも獣たちにも、流れる空気にも、水にも国境など関係ない。
 国境というのは宇宙や地球の実態ではなく、国家を信奉する人々の妄想のなかだけに存在しているのである。

 そんなことは、この世に生まれて、人間関係と社会の原理を直観できたとき、すべての人が思うことだ。
 それを見抜き、自分にとっての回答を定めることができず、本当は虚構にすぎない国家という妄想、幻想の価値のを信じ込み、強いもの、優れたもの、美しいものばかりを求めて、そうでないものを排除しようとする国家主義思想が生み出すものこそ、植松聖の世界観である。

 我々は、T4作戦やホローコストの歴史的事実を知っている。
 歴史に向き合えば、それが何をもたらすかも容易に想像できるはずだ。
 宮城県や北海道で行われた人権無視の強制堕胎に対し、自民党も含めて超党派の対策会議が設置されたが、実は、安倍晋三が「美しい国」などと標榜しているうちは、自民党議員は、再び優性保護を目指すしかない運命なのだ。

 311東日本震災における莫大な放射能まき散らしは、日本人の多くを被曝させ、これから遺伝子の劣化した日本人が大量に生まれてきて、影響は十世代も続く可能性がある。

 単純に口蓋裂や多指症児など奇形も、もの凄い数、誕生してきており、目に見える被曝障害はごく一部で、99%の被曝障害は、実は目に見えない遺伝障害になって現れ、その多くは知的障害である。
 軽度知的障害は、大人になって競争に晒されないと見えないこともある。
 そのうちの多くが、障害者として優生保護法の対象になりうる人々である。

 実は、1961~63年における米ソを中心とした凄まじい大気圏核実験競争によって、地球上では莫大な放射能被曝に晒され、チェルノブイリ事故が起きるまで、この放射能被曝によって、地球上全土で、恐ろしい数の奇形や知的障害などが出た。

 私の子供時代も、大気圏核実験が行われ、安倍晋三も被害世代である。このとき、日本中の学校に「特殊学級」が置かれ、ダウン症児や奇形児童が収容されたのを私は目撃している。
 その後、大気圏核実験が廃止されると、この種の学級は消えて支援学校へと統合されていった。
 フクイチ放射能事故の影響が、大規模に直接現れるのは、まだまだ先であり、我々は、凄まじい被曝障害者と癌の激増を目撃してゆかねばならない。
 このとき、再び「優性保護思想」が問われることになるのは確実である。

 

山口達也の飲酒、強制わいせつ問題


 311後、もっとも激しく放射能汚染を受けた浪江町のDASH村を舞台に、20年以上にわたって活動していたTOKIOについては、強い関心をもって見守っていた。

 仲間とも言える、浪江町の三瓶明雄氏が白血病で死亡したにもかかわらず、放射能被曝について、一言も語らず、意見も表明せず、業界に指示されるままに「福島を食べて応援」などの安全デマCMに出演し続けている。

 「そこまでして有名人でいたいのか?」と私は彼らに対し強い憤りを感じた。

 彼らだって、放射能が恐ろしい結果を招くことを知らないはずはない。しかしそれを言えば芸能界から追放されることは確実であり、今後も芸能で生き延びてゆくには政府と電通の飼犬となって安全デマを吠え続けるしかないのだろうが、彼ら自身が被曝し、やがて発症してゆくのも確実であって、見守るしかなかった。

 とりわけ山口達也については、ベラルーシでの測定で、キロあたり24ベクレル以上の被曝を受けていたという情報があり、その後、何らかの体調異変を引き起こす可能性があると考え、情報に注意を払っていた。

http://vegemanga.cocolog-nifty.com/blog/2014/08/post-7498.html

 ベラルーシで、チェルノブイリ事故後、数百名の被曝死者を解剖して、被曝量と死因との関係を研究してきたバンダジェフスキー博士によれば、体重1キロあたり10ベクレルを超えると、心筋や脳への影響が避けられず、50ベクレルを超えると、いつでも発症し、突然死する可能性があると指摘されている。

 山口は明らかな危険水域であって、肝臓や腸などへの影響が懸念されていた。
 数年前には、こんな記事も出ていた。

 http://tameninaruneta.com/?p=8735

 同時に、城島がフクイチ爆発当日に24時間以上、DASH村にいたということで、これにも注意を向けている。

 山口は、謝罪会見後、再び緊急入院している。

  https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20180429-00193148-nksports-ent

 山口は、今年の2月頃、山口宅を訪れた女子高生に対し、泥酔して無理矢理キスを迫るなどわいせつ行為を働いたということで、警察からは書類送検され、事務所から無期限謹慎処分を受けた。

 警察から送検されるときに、強い処罰意見がつけられたことから、おそらく単に泥酔してキスを迫った程度ではなかったのだろう。
 報道では、本当の事実を公開してしまえば、再起不能になるということで、TOKIOグループの解散にも発展しかねず、事務所サイドからの要請による抑制があるのは明らかだ。

 https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20180426-00010013-huffpost-soci
 山口は事件を起こす前日まで、一ヶ月にわたって肝臓治療のための入院をしていて、退院後、再び焼酎を一本まるごと飲んで行為に及んだと説明されている。

 もしそうだとすれば、私には分かることがある。自分自身、肝臓の極めて深刻な疾患を抱えているからだ。

 そもそも、肝臓を壊すほど飲むというのは、ほぼ独身者ばかりで、山口も2016年8月、8年間連れ添った妻子と別れて一人暮らしをはじめ、間違いなく、それが理由で、酒に溺れるようになったのだろう。
 妻や子供のいない寂しさを癒やしてくれるのは泥酔しかないからである。

 肝障害が原因での一ヶ月の入院とは何を意味するのか?
 単なる酒断ち環境? 冗談じゃない。病院は、そんな暇な場所ではない。山口に直接、死亡の危険が迫ったと認識されない限り、長期入院などありえない。

 私の経験では、最初、もの凄いだるさが襲ってくる。次に顔の表面、頬などに蜘蛛の巣状の血管が浮き上がり、掌が赤く染まり、やがて腹水が貯まって腹が膨れてくる。
 歩いても階段を上がっても息切れで、猛烈に苦しい。夜も眠れず、何もかも、やる気を失ってゆく。
 このレベルで、初めて、医者は「余命宣告」を行い「あなたの命は放置すれば1年持ちません」と告げて強制に近い入院となるのである。

 私の場合は、最悪の「肝性脳症」というのが現れて、とんでもない妄想に支配されるようになり、常軌を逸した行動をするようになった。
 この間の事情は恥ずかしくて話せないが、家はゴミ屋敷になり、思考には妄想の連鎖が始まり、他人から見れば「狂ってる」としか思えない行動をするようになった。

  http://www.kansikkan.jp/complications/02.html

 山口も、おそらく「肝性脳症」を引き起こしているのだろう。そうでなければ世間に知られた著名人の山口が、理性のタガを完全に外して性的行為に及ぶことなどありえない。

 チェルノブイリ事故で、もっともたくさん現れた被曝症状は、心筋梗塞・脳梗塞であるが、次に現れたのは、糖尿病、肝臓病、脳神経症、腸上皮障害などであった。

 2016-1.jpg

 山口の顔が、フクイチ事故から数年後に、どす黒くなったというのも、肝臓や腎臓の異変から来ているのだろう。
 尿酸の排出が弱くなると、血中濃度が高まって、顔色がどす黒く見えるようになるのだ。これは腎障害、肝臓障害の症状であることが多い。
 妻と離婚したのも、肝性脳症が関係しているかもしれない。

 なぜ、山口は再入院させられたか? 自殺するからだ。

 事件後の城島の発言に驚かされた。

https://www.nikkansports.com/entertainment/news/201804290000130.html

 「山口の復帰はありえない」という城島発言を見れば、20年以上苦難を分かち合ってきた城島が自分を完全に見放したということであり、山口に残された最後の拠り所さえ失うものであり、これでは山口に残された運命は、自殺しかありえないではないか?

 「よくも、こんな冷たいことを言えるな!」
 と私は憤ったが、放射能安全デマを、金のため良心を殺してまで続けられるくらいの連中だから、もうとっくに、人間としての良心さえ見失っているのだろうと思った。

 TOKIOと、それを支配する芸能プロにとっては、金儲けがすべてであって、山口を追放して自殺させるくらい屁でもないのだろう。
 もし、彼らが人間的良心を大切にする人生を歩んでいたならば、放射能の安全デマをCMで吹聴して、子供たちに被曝を強いることも絶対にしないだろう。

 山口が、この世を追放されたなら、次に来るのは城島であろう。他のメンバーにも、残酷な運命が訪れることを免れることはできない。

 TOKIOが山口を追放して、きれい事のDASH村グループを続けられると思ったら大間違いだ。二十数年にわたる放送のなかで、
グループ全員が一つの人格として認識されるようになっていて、一人が抜けるだけで、変質してしまう。メンバーが急死する以上に深刻な事態となるだろう。

 今の山口達也は、再入院先で、死ぬことしか考えていないだろう。そのまま肝障害で死ねないなら、飛び降り自殺でもしかねない。仲間なら、それくらい思いやって当然ではないのか?

 なお、ひとたび、黄疸からアルコール性肝硬変を発症したなら、完治はほぼない。酒をやめれば生き延びられる可能性は増すが、山口のような条件では、必ず、再び酒に手を出し、もう取り返しのつかない肝硬変に進むしか残されていない。
 順調に治療が行われても、余命は3年もないだろう。
 分かれた妻子が復縁でもすれば、持ち直すかもしれない。
 しかし、アルコール依存症の場合、脳が直接破壊されるので、もう芸能界復帰も無理かもしれない。
 

 蘇る儒教の迷妄

 何度も書いたが、儒教思想にとって最大の価値は、権力・見栄・メンツである。
 このうち朝鮮民族を地獄の底まで束縛し続けるのがメンツであり、「朝鮮人は日本人より上」という優越意識である。

 日本発祥とする、あらゆるものが、実は朝鮮・韓国発祥であるとする。
 桜は韓国発祥であり、ソメイヨシノは済州島で作り出された。染井村の桜なんて関係ない。剣道も空手も柔道も日本刀も寿司も、日本文化のすべては韓国朝鮮が与えたものという非常識なデマを韓国の若者たちは、本気で信じているようだ。

https://matome.naver.jp/odai/2134096136038282101

 天皇でさえ韓国が与えたと、韓国の若者たちは信じるようになっている。

 元を正せば、日本書紀に弓月氏(秦氏)が、百済を経て日本にやってきたと明記されてるので、韓国人が、天皇は韓国から渡ったと思い込むのも無理はないが、残念ながら今の韓国人は百済人の後裔でもなければ、高麗人の後裔でもなく、沿海州方面の渤海という地域から移動してきたエベンキ族(オロチョン族も同じ民族)であって、秦氏とは直接に関係がなく、天皇を古代ユダヤ人や始皇帝の子孫というならまだしも、韓国人の後裔では気の毒すぎる。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%BC%93%E6%9C%88%E5%90%9B

 天皇は「私はエベンキ族じゃない」と大声でいうべきであり、「実は金・清の愛新覚羅と同じ女真族なんだ」と小声で言った方がいい。

 なお、オロチョン・エベンキは法外に荒っぽいことでも知られる。アイヌのユーカラにもオロチョン族が襲ってくる恐怖の物語が伝えられている。
 女真は、割合洗練された民族で、漢族の教養も豊かで、養豚農業の騎馬民族という、かなり変なシステムを持っていた。

 ツングースは先祖や先住国を名字に使ったので、弓月といえば、現在のキルギスタンに相当し、秦氏といえば、秦の始皇帝の末裔という意味である。
 彼らが、高句麗にあった扶余という女真族の地域にいたことが記録されている。

 このように、ネット情報時代が進展すれば、ネットワーク化された莫大な情報から、真実がたちまち検証されて明らかになると考えてきたが、どうやら、現実は、多すぎる情報が、若者たちを逆に惑わし、軽い感覚的な共有、ナショナリズムに容易に洗脳される者たちを増やしただけだったのかもしれない。

 天皇独裁国家を渇望する極右勢力が、天皇制を神秘の霧に包み込み、皇紀2700年、万世一系なんて真っ赤な嘘を吹聴して国民を洗脳しているせいで、天皇家の真実を語れないことが、韓国人の誤解に拍車をかけている。

 世界有数のネット環境に恵まれた韓国人が、歴史を本気で調査すれば、たちまち真実が姿を現すはずなのに、出てくるのは自分たちに都合のよい場面だけで、都合の悪い史実には目もくれないのだから、どうすることもできない。
 ネット情報には、「真実を大切にする資質」というものも重要になってくるようだ。

 好例が竹島問題だ。日本が数百年にわたって利用してきた実績を無視して、1946年李承晩が、突然、一方的に領土宣言をして軍事支配を開始した。
 このとき、ここを漁場としてきた島根県民漁師に50名を超す犠牲者が出た。

 日本は敗戦直後で、軍事力は疲弊の極みであり、国際紛争に対処できるような力を失っていたため、李承晩のいいようにされたまま既成事実化してしまった。
 竹島の歴史的経過を調べれば、韓国側に非があることが一目瞭然なのに、ほぼ、すべての韓国人が、身勝手な解釈で領有権を主張するばかりで、真実よりも前に、メンツを求める高すぎる壁に囲まれていることが実によく分かる。

 これは北方四島に等しい強奪なのだが、植民地朝鮮における日本支配に対する骨肉の恨みの顕現といっても間違いでないだろう。
 李承晩の日本に対する憎悪は、大変なものだった。これを見て、岸信介が子飼いの朴正熙にクーデターを起こさせ、大統領にして数兆円もの戦時賠償を与えたともいわれる。

 韓国人の悲願は、「韓国人は日本人より上位」のメンツであり、悲願であると同時に、これは悲劇なのだ。

 私個人は民族ナショナリズムには興味がなく、日本人と韓国・朝鮮人を差別する気持ちなど毛頭ないのだが、今の韓国人のように、あからさまに現実を直視せず、「自分たちの方がおまえたちより上だ」と決めつけたがる姿勢をみているうちに、韓国儒教思想に対する不快感が際立つようになった。

 韓国人に言いたいことは、人間に序列をつけて上下を定めたがる前に、本当に社会を底辺で支えている者は誰なのか直視してみろと言いたい。

 今のままの発想の韓国人なら、北朝鮮が突如、社会主義体制の装飾を捨てて、李朝再興を宣言したなら、王権独裁回帰への否定より、むしろ金正恩が李朝の血を引くのだから、朝鮮王朝を再興させて、ジョンウンを王様にした方がいいと言い出しかねないのだ。
 それほど朝鮮儒教の観念的束縛は凄まじい。

 だから自民党、安倍麻生政権も、実は日本に儒教を再興して、天皇を見せかけのトップとして、最底辺に非正規労働者を置き、さらに一番下に死刑囚を置くような、差別の巨大な体系を作りたい意思が鮮明に見えるのである。
 日本では、儒教という名が通らないので、天皇をトップとする神道を利用しようということになった。

 繰り返すが、儒教の本質は、人間を序列化して、差別し、底辺の奴隷国民(我々のことだぞ!)の命をエライ人の利権のために使い捨てできる社会を作ることである。
 まさに、安倍麻生、自民党=日本会議の究極の目標がここなのだ。
 
 だが、そうは問屋が卸さない!

 今の日本会議、自民党極右勢力のパワーは、実は1970年代から密かに準備され、積み重ねられてきたもので、昔は、生長の家の谷口雅春や、それに賛同する松下幸之助や統一教会、文鮮明やら、まだ生きてた妖怪、岸信介や正力松太郎らが着々と準備してきた成果である。
 1980年代からは、中曽根康弘や、笹川良一らが準備を重ね、1990年代からは、小泉純一郎や竹中平蔵らが、着々と実現してきたのである。

 ちょうど良いタイミングで、コンピュータとネット社会が劇的に発展したので、子供たちや、若者たちを天皇制絶対主義に洗脳する良い機会となった。

 子供たちに、「愛国心=天皇への忠誠心」なるウソ=虚構をすり込むには、人殺しゲームを楽しませるに尽きる。

 人の愛と平等性、助け合い社会の本質を教えないで、他人は自分を迫害し、殺しにくるものだと教えすり込むのが一番なのだ。
 知らない他人は、全部敵である。知らない他国民も敵である。ましてや日本人を下に見ようとする韓国朝鮮人など絶対に許せない!
 こんな思想を、戦争ゲームによってすり込まれ、洗脳されてゆくのだ。

 そうして、「他人をやっつける」ことに至上の恍惚を覚える大量の若者が生産され、秋葉原でファッシストの麻生太郎が演説すると、やんやの大喝采が起きる時代がやってきた。
 若者たちが、アホの安倍・麻生を熱烈に支持し、障害者や劣ったと決めつけた人たちを嘲笑し、侮蔑し、植松聖のように虐殺、迫害する時代がやってきてしまった。
 
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